AdAd
  
イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【77ーハンデットとシイスの話】

  ハンデットと。二人で旅行に行ける日が、段々と近づいてきたので。一緒に、街に買い物に繰り出すことにした。

  手を繋いで、街の表通りを歩く。ただそれだけで、自分の歩調が浮かれるように弾んでることに気づいて、小さく笑った。

  二人で街を歩くこと自体は、そんなに珍しいことじゃない。でも、いつも街を歩くときは、俺の家の店があるような裏通りの商店街に行くことが多かった。その商店街は、うちみたいな総菜屋や肉屋さんみたいに食材を売っているお店は勿論、服屋さんや靴屋さん、生地屋さんや金物屋さんなんかもあって、買い物ならそこだけで用が足りてしまう。何より、その商店街なら俺もハンデットもそこのおばちゃんやおじちゃんたちとすっかり顔見知りだし、仲も良いから。母ちゃんからお使いを頼まれることがあれば喜んで行くし、ただ二人で買い物がてら顔を出すことも、度々ある。

  特にハンデットは背も高くて格好良いし、青色の軍服がその真っ黒な獣毛によく映えていて、『ハンデットちゃんは本当に素敵ねえ』っておばちゃんたちから大人気だ。『フラフィーちゃんも、こんなに素敵な旦那さんなんていいわねえ!おばちゃん羨ましいわあ~!』って、俺にもそう言ってくれて。そんな時、俺は照れるような、それでいて自慢したいような気持ちで、『いいでしょ!』ってハンデットの腕に抱き着きながら笑って見せる。ハンデットは、そんな俺たちにいつも困ったような顔をして笑ってるけど、そんな顔も格好良くて、俺は大好きだ。

  だから、今日も本当なら、裏通りの商店街でも良かったかもしれない。でも、…今日は初めて、二人で表通りを歩いていた。表通りの方は、この街の貴族のひとなんかも来るような、高かったりお洒落だったりするお店も多くて、普段は俺とは縁遠いところだし。…何より、ハンデットを怖がるひとがいるかもしれない。そう思って、今までは来ることが無かったんだけど。

  『旅行の買い出しに行くなら、…折角だから、たまには表通りにでも行ってみるか?』

  今日、約束していた買い物に行こうってなった時に。そう、口に出してくれたのは、ハンデットからだった。驚いて、思わず『いいの!?』って大声で問いかけてしまった俺に、ハンデットが少しだけ照れたように眼を逸らして。

  『まあ、…なんだ、そういうのもたまにはデ、デートっぽいだろ』

  照れてるのを隠すように、首筋に手を当てながら、…俺にそう言ってくれた。ハンデットの口からデート、なんて言葉が出て来るなんて!それもすごく嬉しかったし、それに。ハンデットが、ひとの多い表通りに、…自分から行こう、って言ってくれたのが、俺には何より嬉しかった。ああ、もう人前を避けるように歩いていたハンデットとは違うんだな、って。自分が皆から怯えられてるって落ち込んだり、人の目をっ気にしたり、そういうことを、もう怖がらなくても良くなったんだな、って。それが、…俺にはすごく嬉しい。

  今も、表通りを歩くハンデットを、…軍服を着た肉食獣人の姿を見て。怯えた目をしたり、露骨に目を逸らしたり、来た道を引き返す人もいたりするけど。それに、ハンデットは何も気にする様子はなかった。俺に笑ってくれる優しくて柔らかい表情もいつも通りで、その背が丸まったりもしない。軍人さんらしく、綺麗に背を伸ばした正しい姿勢で、真っ直ぐに前を向いて歩いている。寧ろ、俺の方がハンデットの手をぎゅう、と握りしめてしまったりして。…それに気づいたハンデットが、俺に、その金緑色の少し鋭くて綺麗な眼を優しく細めて、繋いだ手を同じ様に握り返してくれる。

  そんなハンデットが、格好良くて。格好良すぎるくらいに格好良くて。俺は、もうこの大通りを歩くひとたちに、『俺のハンデットは、凄く格好いいんだよ!』って大声で自慢したくなってしまう。いや、流石にそんなこと、本当にはしないけど!でも、そのくらいに、ハンデットは俺にとって凄く格好良くて、世界で一番大好きなんだ。

  そんなことを想いながら、弾む歩調で街を歩いて。あ、と思って、下げていた肩掛け鞄から紙を一枚取り出した。

  「見て!俺、今日の買い物にって、旅行に必要そうなものとか書き出してみたんだよ!」

  言いながら、取り出したその紙をハンデットに差し出す。前に住んでたところでは食堂を営んでいて、今は揚げ物屋をやっている俺の家は、そう言えば小さい頃から旅行なんてしたことがなかった。家族と一緒に長距離を移動した経験なら引っ越しがあるけど、流石に引っ越しは、旅行とは違うだろうし。それも一回しかないし。

  今まで、それについて特に不満に思ったこともなかったけど。今回、旅行に行く、ってことになった時に、…俺、旅行自体が初めてだ!って思い当たって。だから何が必要なのか、何を持っていったらいいのか色々考えて、纏めてみたんだ。

  やっぱりタオルとかは自分のを持って行った方がいいのかな、とか。旅行先は海の近くって聞いてるから、きっと水着は要るよね!俺、海も初めてだし、持ってないから買わないと!とか。そんなことを考えながら、ひとつひとつ記入してまとめた、俺特製の旅行用買い物メモ。これを作ってる間も、ハンデットとの旅行が本当なんだなって、本当に。二人で一緒に旅行に行けるんだな、って実感出来て。…俺は、凄く楽しかったんだよ?

  「ハンデットは、旅行とか行ったことある?他に、何か必要なものってあるかな?」

  俺の書いたメモを、真剣な顔で見つめているハンデットに。手を繋いだまま、覗き込むように彼の顔を見上げた。そんな俺に、ハンデットが眉の辺りを寄せて首を捻った。

  「…いや、俺も旅行なんてもんは初めてだからな。要るっていっても着替えとか…まあ最悪、金銭さえあればいいんじゃねえかと思ってたんだけど」

  そうか、色々入り用なんだな。小さな声でそう続けながら、ハンデットがまた紙に眼を向けた。そんなハンデットの言葉に、俺も目を丸くする。

  

  「えっ、そういうものなの!?そんなに必要なものってない!?」

  「いや…分からん」

  思わず素っ頓狂な声を出してしまった俺に、更に眉を寄せながら首を捻るハンデット。…こんなところまで初めて同士の俺たちに、思わず笑ってしまう。そっか、ハンデットも旅行自体が初めてなんだ!嬉しいな、ハンデットの初めての旅行の相手が、俺なんて!ますますこころを弾ませながら、繋いでいた手で彼の腕に、勢い良く抱き着く。

  ハンデットと一緒なら、俺は何処に行ったって、勿論すごく楽しいけど。…彼と初めてのことを一緒に出来るなら、それはきっと、もっと楽しい。そんなことを想いながら、えへへ、と声に出して笑ってしまった俺に。ハンデットが、『いきなりどうしたよ』と、同じ様に笑う。それだけで、今だって凄く楽しい。

  

  「そう言えば、ハンデットは旅行の時も軍服?」

  「ああ、流石に旅行中は私服でいいってよ。旅行の許可を貰った時に、上官からそう言われた」

  ハンデットの腕に、両手でぶら下がるようにしてじゃれながら。頭に浮かんだことを、そう問いかける。そんな俺に、ハンデットが、俺がぶら下がっている腕を俺ごと更に持ち上げてくれながら、思い出すような口調でそう答えてくれた。彼の持ち上げる力は本当に強くて、俺の爪先が地面から軽く浮いている。俺、字自分で言うのもなんだけど、相当重いと思うのに。俺のハンデットは、こんなところも格好良い!なんて、俺の行動に合わせて一緒に遊んでくれるハンデットに、俺の顔は緩みっぱなしだ。

  「じゃあ洋服とか見に行こうよ!俺、ハンデットの軍服じゃない服見るの初めて!」

  「…言っとくが、俺はセンスとかねえぞ。今まで洒落っ気だの流行だのに縁なんてなかったからな」

  少しだけ腕が下がって、俺の足が地面に着く。彼の腕に抱き着いて歩くのも、俺は嬉しいし楽しいんだけど。…如何せん背の高いハンデットと、背の低い俺だと身長差が大きすぎて、歩きづらい。だから、今度はさっきみたいに手を繋ぎながら、ハンデットにそう提案した。

  俺の言葉に、ハンデットがその鋭い眼を眇めて。まるで期待するな、とでも言いたげな口調で、俺に返す。そんなハンデットに、俺も大きく頷いて。

  「大丈夫!俺もセンスとか全然ないから!」

  胸を張ってそう言うと、『そこは胸張るところかよ』、とハンデットが笑う。そのまま、くしゃくしゃって髪をその大きな手で撫ぜられて、その心地好さに目を細めた。

  「でも、ハンデットは背も高いしスタイルもいいから、何着ても絶対に格好いいよ!軍服も凄く似合ってて、いつも格好良いもん」

  ハンデットはどんな格好が似合うかな。俺は、ハンデットの軍服姿も最高に格好良いと想ってるんだけど、シャツにトラウザーズって言うシンプルな格好も、格好良くて大好きだ。でも、ここは折角の旅行なんだから、今まで見たことの無いような畏まった服装も見てみたい!いや、でも旅行先は海沿いの街なんだから、そうするとやっぱり動きやすい格好の方が一緒に遊べていいかな?いつもハンデットは軍服の、丈の長いトラウザーズを履いてるから、たまには俺がいつも履いてるみたいな、少し丈の短いブリーチズなんかどうだろう!ハンデットは足も長いから、絶対に似合うよ!そんなことが頭に浮かんでは積もっていく。そんな俺に、ハンデットが少しだけ、照れたように眼を細めて。

  「そんなおだてても、何も出ねえぞ。それに、…お前の方が、何着たって可愛いだろ」

  そう言って、彼の指が俺の頬を軽く、撫ぜる。そのハンデットのその言葉と、…少し低くて甘い声と。俺の頬を撫ぜる彼の指の優しい手つき、それから同じくらいに優しい眼差しに。…俺の喉から、ひぇ、って驚きとも歓声ともつかない声が、小さく漏れる。

  こんな風に、ハンデットが。俺に対してこういうことを言ってくれたり、こんな風に優しく頬を撫ぜてくれたりするようになったのは、あの慰安パーティーの後くらいからだ。あのパーティーが、ハンデットにどんな影響を与えたのかは分からない。俺はただ、ハンデットの傍にいただけで、大したことは出来てないし。でも、…確かにあの時から、ハンデットは変わったんだ。勿論、いい方向に。

  それを噛み締めるように実感しながら、今度はハンデットの身体に抱き着く。ハンデットが、そんな俺に少しだけその鋭い眼を見開いて。それでも、『しょうがねえな』と言いたげに眼を細めながら、俺の身体に腕を回して、抱き寄せてくれた。

  そのまま、他のひとたちの迷惑や邪魔にならないように気を付けながらも、じゃれるようにして歩いている俺たちを。待ちゆく人たちが通りすがりに見ていることには気づいてたけど、…そんなこと気にしない!ハンデットも、そんなひとたちの視線を気にしてないように、俺を見て楽しそうに笑ってくれてる。そんなハンデットの、楽しそうで穏やかな笑顔を見ているだけで、俺も嬉しくなった。

  「でも、何処の服屋さんがいいのかなあ」

  「…服買うなら、裏通りのシェリルおばさんの店でいいんじゃねえか?俺たちがどっちもセンスねえなら、お洒落な店なんて着こなせねえだろ」

  それなら、俺たちをよく知ってるおばさんに選んでもらう方が、安心だろ。何気ない口調で、そんなことを口にして笑うハンデットに。密かに目を丸くしてから、俺も満面で笑う。ハンデットは、さっきの言葉がどれだけ、あの裏通りの商店街に彼が馴染んでることを、表してるか。どれだけ、俺がさっきの言葉が嬉しいか、きっと気づいていないんだろう。でも、それが良かった。だって、気づいてないって言うことは、…ハンデットがそれだけ、あの商店街に彼が在ることを当たり前だと思ってるってことだと思うから。

  「そうだね!じゃあ、帰りにシェリルおばちゃんの服屋さんに寄って帰ろう!」

  おばちゃんのお店も、素敵な洋服があるんだよね!シェリルおばちゃんがお洒落だからなあ!ハンデットの言葉に大きく頷きながら。返す言葉は、俺の嬉しさを表すような大きな声になる。そんな俺に、ハンデットがその犬歯が見えるほどに口を開けて笑って、…それから、俺の手を強く、繋いだ。

  「…じゃあ、折角だし何か食うか」

  ほら、あそこになんか、珍しいモンが売ってそうだぞ。そう言って、ハンデットが指さした先には、氷菓子、って言う看板を掲げたカフェだった。冷たいお菓子ってなんだろう?と首を捻る俺に、促すようにハンデットが俺の手を引く。…ハンデット、カフェなんて場所は苦手そうなのに。いや、俺もそんなお洒落なお店入ったことないけど!

  「え、いいの?」

  ハンデット、ああいうところ苦手でしょ?とばかりに、彼を見上げてそう問いかけると。ハンデットが、少しだけ眼を眇めて、おれから視線を逸らした。…あ、ハンデットが照れてる。俺に、…可愛いなんて、さらっと言ってくれるようになっても、こういう照れ屋なところは変わらないんだ。そんなことを想って口元を緩める俺に、見据えるようにカフェを見ながら、ハンデットが口を開いた。

  「今日はいいんだよ!デ、…デートなんだから」

  ぶっきらぼうな口調で、そんなことを言いながら。繋いだ手が、更に強いちからでぎゅう、と握られる。…そんな彼の照れ隠しに、ますます顔じゅうで笑ってしまいながら。俺も、繋いだ手に力を込めて、自分から指を絡めた。

  カフェまでは、もう数メートルだ。…きっとお洒落な内装のカフェに座って、彼と、何を食べようか?可愛いケーキに、冷たいお菓子。ハンデットとお揃いのものを頼んでもいいし、違うものを頼んで半分こするのもいいな。そんなことを考えるだけで、また、歩調を浮かれるように弾むのを感じながら。

  誰よりも格好良い、ハンデットの隣を。俺も、胸を張って歩いた。

  

  

  (旅行の買い物は、今日はほとんど出来なそうだけど。…ハンデットと、こうして手を繋いで歩けるだけで、俺には何よりも素敵なデートだよ!)

AdAd