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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【79ーリジットとロバストの話・前編】

  休日の街中は、相変わらず賑わって忙しない。

  「ロバスト、はぐれないように俺の手を繋いでいるんだぞ」

  「うん、分かった!」

  子どもらしい、俺よりもふわふわとして細い獣毛に包まれた小さな手を握りながら。隣を歩く長男に、言い聞かせるようにそう告げると。俺の眼を真っ直ぐに見遣りながら、元気よくロバストが頷いた。その無邪気な様は、普段は大人っぽく振舞おうとしているこの長男には珍しい…と言うよりも、懐かしいもので。幼い頃を思わせるような素振りに、俺の眼が自然と細まる。

  今日、俺とロバストは、二人で街へと訪れていた。何でも、ロバストが以前に手紙を渡すと張り切り、今では毎日のように手紙のやり取りをしていると言う学友…いや、きっとロバストの想い人なのだろう。その子の誕生日が近いから、プレゼントを買いに行きたいと請われたのだ。…何故だか、俺と二人で。

  その申し出に驚いたのは、俺だけではなくフラフィーも同じで。『えっ、それなら皆で行こうよ!』とロバストに提案していたのだが、ロバストは頑として首を縦に振らなかった。そんなロバストに戸惑いながらも、結局折れたのはフラフィーの方で。

  けれどフラフィーは、俺がロバストと二人で街へ行くことを、最後まで心配してくれていた。それは、…人間の視線を、態度を恐れていた俺の為だろう。誰よりも優しい俺のあの子は、街へ行くたびに俺を気遣って、ずっと俺に寄り添い手を握っては、俺に笑いかけてくれていたから。そんなフラフィーの心配と気遣いを一心に感じながら、最愛の妻に大丈夫だと笑って見せて、ロバストの願い通りに二人で街へとやって来た。

  この間の花火大会の時にも思ったが、…きっと、俺はもう、それほどの人の視線や態度を、恐れなくなってきている。それは、俺のなかに、あの子の愛情が隙間なく満ちて、浸透していることに他ならない。いつでもあの子の優しい愛情を、この身に感じることが出来ているから、…俺は、例え一人であっても、あの子と共に在るような想いで居られるのだろう。それほどまでに、…あの子はこんな俺を愛して、その愛情を惜しみなく俺に注いでくれた。

  それは、…お守りだとフラフィーが持たせてくれた、この手の中の人形からも伝わってくる。俺とフラフィーを模して、あの子が作った小さな人形。上に紐が通してあって、飾りとしても吊るせるような造りのその人形は、クリスマスのオーナメントの為にフラフィーが作ったものだ。サンタクロースの格好をした俺は勿論黒狼だが、フラフィーはトナカイの格好をしている。けれどそこに角は無くて、色も茶色…と言うよりは限りなく白に近い薄茶色だ。まるで白い狼のようだ、と最初に見た時にも感嘆したものだが。それは偶然ではなく、…最初からそう思って作ったのだと。内緒話のように声を潜めたフラフィーが、そう教えてくれた。フラフィーがトナカイの格好をしているのも、トナカイではなく白い狼のような造形も。

  『だって俺は、リジットさんのお嫁さんだから!リジットさんがサンタさんなら、対になるトナカイは絶対に俺がいいし。…それにリジットさんのお嫁さんとして、ずっとリジットさんと一緒にいたいから、俺も狼がいいな、って』

  オーナメントには、いろんな願いを込められてるでしょう?だから、俺もそう願いを込めて、作ったんだよ!今よりもまだ幾分か幼いあの子の柔らかな声が、耳に溶けるように蘇る。それと同時に、照れたようにはにかんで笑いながら、このオーナメントを見せてくれたフラフィーの蕩けそうに幸せそうな顔も、鮮やかに脳裏に浮かんで。…そんなあの子の声に、姿に、こころが甘やかな想いで満たされていく。

  

  黒狼の獣人の父子と言うのは、周りから見ても珍しいに違いない。今も、周囲からはいつもにも増して視線を感じるが、…脳裏に最愛の妻を想い描きながら、可愛い息子の手を握れば、ただそれだけで周囲の目線など気にもならない。もう片手に握っている俺たちの小さな人形が、手のひらであたたかかった。

  ロバストも、俺のあの子のおかげだろう。幼い頃から人間に対して好意はあれど、敵意や悪意など持っていない。だから、周囲の視線も気にならないように、元気に隣を歩いていた。そんな長男の姿に、俺も自然と眼を細める。

  行き先はもう決まっていた。本屋だ。そう言った場所に俺はあまり出向いたことは無いが、昔にスティケートに教えられて、路地裏の小さな本屋になら行ったことがある。『小さいですが、品揃えは抜群なのですよ』とスティケートが太鼓判を押すその本屋は、なるほど店内に本棚が所狭しと並んでいた。あれならば、街中の大きな本屋にも引けを取らないのではないだろうか。…行ったことはないから分からないが。

  その何処か荘厳として静かな雰囲気と、人のあまり通らない路地裏の場所も相まって、俺もそこには幾度か足を運んだ。婚姻してからはフラフィーも連れて、その本屋に赴いたこともある。それほど広くない店内に整然と並ぶ背の高い本棚を見上げて、感嘆とも甘心ともつかない声を上げながら目を輝かせていたフラフィーの顔を想い出して、小さく笑った。

  その本屋の話を、ロバストにもしたことがあったのだろうか。プレゼントに本を買いたい、と言う息子の言葉で、その本屋へ行くことが決まった。聞けば、その子はあまり運動は得意ではないがとても博識で本が好きな子なのだという。だからきっと、手紙を読むのも、書くことも好きなのだろう。その子にもらったであろう綺麗な便箋に書かれた手紙を何度も開いては、部屋の隅で転げるようにして読んでいる息子の姿は、あまりにも可愛らしかった。…そんな姿を俺やフラフィーが目撃していると知られると、ロバストがどれほど拗ねてしまうかが容易に想像できるので、決して口にはしないが。

  そうだ、便箋も沢山買ってやろう。前にも大量に買ったが、それほど頻繁に手紙の交換をしているのならばもう終わってしまうかもしれない。そんなことを思いながら、到着した本屋へと手を繋いだまま入店する。

  相変わらず、それほど人のいない店内は、息遣いさえ響くほどに静かだった。自然と呼吸すら潜めながら、目的の児童書へと足を進める。俺とロバストと言う黒狼の獣人親子が通路を歩いても、店主も客人も俺たちを気に留めることもない。店内にいる者たちの、本以外への興味の無さが、あの頃の俺には心地好かったことを思い出す。…あの頃、人目を避けながら生きていた俺に。…数年後にはこうして自分の子供と共に店に来ることを話したとしても、到底信じないに違いない。こんな俺に、…この世のなによりも大事だと想える、最愛の存在が出来ることも。その子が俺に、あたたかく優しい愛情を惜しみなく注いでくれる幸福も。

  手に握った人形を、指先で撫ぜるようになぞりながら。ロバストと繋いだ手にも、力を籠める。それに気づいたのか、俺とよく似た琥珀色の眼が不思議そうに俺を見上げた。それでいて、表情の雰囲気はまだ幼いからだろうか、俺よりもフラフィーに似ている。

  俺のミニチュアと言ってもいい程によく似たこの子の中に、愛しいあの子の面差しを感じることを、何処か擽ったく感じながらながら。『いい本はありそうか?』と声を潜めて問いかける。少しだけ首を傾げて上を見上げたロバストが、『あの子の好きな作家さんを聞いたんだ』と、同じように小さな声で俺に告げた。その作家の名を聞き、作者名の順に並んでいる本をゆっくりを見遣っていく。

  どうやら手紙のやり取りをしているうちに、その子の好きな作家から持っている本までを色々知ることが出来たらしい。ロバストと同じ年の、しかも人間の少年にしては、難しい本を読むのだな、と内心で感心する。獣人の子は、人間よりも成長が早い。幼い頃は特に。だから、同じ年だとしても獣人の方が年上のようになるのが常だ。それでも、ロバストが指した本を手に取って捲るだけでも、ロバストが読むには少し難しい本だと知れた。…本当に、ロバストの想い人は博識のようだ。きっと聞き上手なフラフィーや、同じく博識のスティケートとも話が合うに違いない。

  いつか、ロバストがその子を家に連れて来る日を、気が早くも思い描きながら。真剣な顔で本を見比べて悩む、大人びながらもまだまだ可愛い息子に眼を細めた。

  本屋で、無事に本を購入した後。それを包む綺麗な紙と、手紙を書く便箋も買いに文具屋に向かう。その店も裏路地にある裏通りで、これも前にスティケートに教えてもらった文具店だ。前に、俺がフラフィーへの手紙を書くために、便箋を買いたいのだと彼に相談した時に、『それならばここが良いでしょう』と連れてきてくれたのが、この店だった。

  …きっと、スティケートは他にも色々な店を、表通りの店だって勿論知っていただろう。けれど、本屋も文具屋も裏道の店を教えてくれたのは、…きっと俺が、人間の目を怖がっていると、察してくれていたからに違いなかった。俺は、彼に人間の目を恐れていることも、…その理由も口にしたことはない。スティケートも、決して俺に問いかけては来なかった。それでも、…あの聡明で優しい親友は、きっと俺の様子から気づいていたのだろう。それでも、俺に何を言うでもなく、さりげなく人目の無い店を教え、時には一緒に赴いてくれた。そんな親友のあたたかな気遣いを、噛み締めるように感謝しながら、裏通りをロバストと共に歩く。

  久々に訪れた裏通りは、以前よりも賑やかになっていた。惣菜店や食料品店も増え、人通りも活気もある。美味そうな揚げ物の匂いが鼻を掠めて、…そう言えばフラフィーの友人が、裏通りで揚げ物屋をやっていると言っていたな、と思い出した。後で買って行こうか。そんなことを考えながら、辺りを見回す。…不思議なことに、この通りの者たちは俺たち親子にそれほど眼を向けなかった。表通りでは、あれだけ視線が向けられたと言うのに。狼獣人と言う肉食の獣人が親子で通りを歩いていても、まるで見慣れていると言った風情で、掛けられる言葉も他の人間たちに向けられるものと変わりがなかった。

  「おっ、そこの獣人の兄さん、どうだい!今日は苺が新鮮なんだよ!」

  そんな風に声を掛けられて、俺の方が戸惑ったほどだ。それに対して、道行く者たちもいつもの光景のように目を細めて通り過ぎていく。…こんなに肉食獣人に友好的な場所も珍しい。そんなことを思いながら、すすめられた苺を幾つか購入した。この国では夏が旬だという苺は、フラフィーも子どもたちも大好きだ。現に今、俺の隣でロバストが、袋に詰められる苺に眼を輝かせて俺を見ている。

  「いちご買ったの?」

  「ああ。後で皆で食べよう。沢山買ったからな、おかあさんにお願いしてデザートも作ってもらおうか」

  差し出される苺の袋を受け取りながら、ロバストにそう言えば。やったあ!とでも言うように、ロバストがその耳を嬉しそうにぴん、と立てた。まだ幼い尻尾も勢いよく揺れていて、その無邪気な喜びように、俺の眼も自然と細まる。店主も、そんな息子を可愛いと思ってくれたのだろうか。

  「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいねえ!これもやるよ、サービスだ!」

  

  威勢の良い声でそう言いながら、苺を更に袋に詰めてくれる。その様子に、慌てて遠慮をしようと思ったのだが、あっという間に袋には苺が更に詰め込まれた。豪快な笑顔で笑う店主の、『毎度ありぃ!』と言う元気な声を聞きながら、改めて礼を言って店の前から足を進めた。…本当にこの裏通りは、俺たちのような肉食獣人にもあたたかい。

  フラフィーたちにいい土産が出来た、と思いながら、…このことも、フラフィーに話そうと心に決める。きっと、この話をすれば、俺のあの子も嬉しそうに笑って、喜んでくれるだろう。そうだな、今度はあの子と、アレクやジーニャも連れて皆で、ここに買い物に来るのもいい。そのときは今日のお礼も込めて、あの店で沢山買わせてもらおう。そうしたら、あの店主はさっきのように豪快に笑いながら、更にサービスしてくれそうだな。そんなことを想像して口端に笑みを浮かべながら、目的の文具屋へと、ロバストと手を繋いで歩いた。

  久々に訪れた文具店は、以前と変わりのない、懐かしい佇まいだった。そこに入店して、包装紙や便箋の置いてある場所へと向かう。ロバストが手に取る紙の色は、まるでアプリコットのように柔らかであたたかな印象を受ける、落ち着いた黄橙色だった。その優しくも可愛らしい色合いに、…きっとロバストのなかでその子は、このような印象なのだな、と小さく笑う。…そう言えば俺も、あの子に贈る便箋を選ぶときには、無地ながらもあの子のような色合いの紙を自然と選んでいたな、と思い至る。俺の選ぶ紙の色合いは、穏やかでおっとりと優し気な桜色だった。親しみやすく可愛らしい桜色は、まるであたたかな春の陽だまりのようで。…俺のあの子のようだ、と無意識に手に取っては、その紙色の便箋ばかりが増えていった。俺はそれほど筆まめな方ではなかったから、…きっと、今も家の机の引き出しに眠っているだろう。今は、フラフィーがいつでも傍にいてくれるから、あの子の代替のように手に取っていた便箋のことはすっかり忘れていた。

  それでも大事に袋に仕舞って、丁寧に引き出しに入れてあるのは間違いない。きっと、まだ色褪せもしていないだろう。そう思って、真剣な眼差しながらも口元には笑顔を浮かべて紙色を選んでいる息子を見遣る。…そうだな、俺もまた、俺のあの子に手紙でも書いてみようか。あの頃は、まだ躊躇って、書けていないことも多かった。勿論今は、『愛している』と告げることに、何の衒いも躊躇いも無いが、…文字に起こして捧げたことは、きっと無い。

  あの子のような愛らしい桜色の便箋に、この愛を書きしたためて渡したら、…フラフィーはどんな顔をするだろうか。『いきなりどうしたの?』と驚いて俺を見上げるだろうか。『お手紙なんて恥ずかしいな』と照れたようにはにかむだろうか。…そうだな、出来ることならば。俺がいつまでも焦がれて止まない、あの幸福が詰まったように甘やかな顔で。『嬉しい!』と、俺を見つめながら、蕩けるように笑って欲しい。あの子の笑顔の為ならば、…俺は、何でもするのだから。

  そんなことを想って、密かに笑う俺の隣で。漸く納得する紙色を選べたらしいロバストが、『これにする!』と元気よく俺に包装紙と、同じ色の便箋を複数個差し出した。柔らかなアプリコットの色合いのそれに、俺も眼を細めてそれを受け取る。

  「他にはいいのか?」

  「うん、大丈夫!ありがとうおとうさん!」

  そう言って、俺の問いかけに元気よく頷くロバストに、俺も頷き返してから。店主の元へ行き会計を済ませ、紙や便箋の入った袋を受け取り店外に出る。ロバストは、先程本屋で購入した本も大事そうに自分で持っていたが、ここで買ったものも自分が持つ、と言って手を差し出してきた。

  「俺が、あの子にあげるものだから俺が持つよ!」

  

  そう言って耳を峙てるロバストに小さく笑って、言うとおりに文具屋の袋を渡した。包装紙はともかく、複数買った便箋は紙の束となるから多少の重さは感じる。とは言っても俺にはどうと言うこともない重さだが、まだ子どものロバストはどうだろうか。そんなことを思いつつ、嬉しそうに笑って両手で袋を抱える息子には、何も言わずに様子を見遣る。…きっと、この子の想い人に渡すものだから、どうしても自分で持ちたいのだろう。それは、同じ男としてよく理解できた。少しでも、例え自分の想い人が見ていないとしても、…その子に格好をつけたいと思う、その気持ちも。

  そんな、小さいながらも立派に男として振舞っている可愛い息子に、眼を細めながら。まだ馬丁に伝えた帰り時間には少々早いな、と取り出した懐中時計を見遣る。このまま辻馬車で帰れば、馬丁が家を出る前には帰り着くだろうから、それでも構わないのだが。

  そんなことを思いながらも、…ロバストが、どうしても俺と二人がいい、と主張してきたことが頭を過ぎる。それが、どうにも気になるのだ。ただ単に、行きたい場所が俺の知っている本屋や文具屋だから、と言うだけかもしれない。けれどもしかしたら、俺に何か話でもあるのではないか。そう頭に巡らせながら、嬉しそうに隣を歩く息子の顔を盗み見る。

  何処かで、ゆっくり話でも聞ければ。そう思った俺の視界に、…以前フラフィーと二人で入ったカフェが映った。ああ、そうだ。

  「ロバスト。ここで少し休憩しないか」

  そう言って、店の数歩前で足を止め、木製の看板を指させば。看板に書かれたカフェ、やケーキ、の文字でその店が何かわかったのだろう。ロバストが嬉しそうに耳を立てながら、『うん!』と大きく頷いて返事をする。

  そんな息子に、俺も再度、小さく頷き返しながら。『じゃあ行くか』、と促しつつ、カフェのドアに手を掛けた。

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