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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【79ーリジットとロバストの話・後編】
ロバストと共に入店したカフェは、それほど混んではいなかった。
直ぐにテーブルに通され、席に着く。そこに置いてある、羊皮紙に書かれたメニューも以前の通りだった。…あの子と訪れた時のことを思い出して、自然と口角が上がる。
「何でも好きなものを頼むといい」
そう言って、ロバストにメニューを渡す。この一番上の息子は、幼い頃から…俺を憧れだと口にして止まない。『俺も早く、おとうさんみたいな格好良い大人になりたい!』と度々そう言ってくれるこの長男は、幼少期とは比べ物にならないほどにしっかりしてきたとは言っても、まだ子どもだ。特に味覚は。甘味も好きだし、苦いものや辛いものも得意ではないことは、俺も知っている。休日には、10時や3時におやつだと言って、フラフィーの作った菓子を皆と嬉しそうに食べている姿は、年相応に可愛らしいものだった。
だから、ケーキでもアイスクリームでも、好きなものを食べたら好い。そう思って口にした言葉なのだが、…ロバストは、真剣にメニューに眼を通した後で、真面目な顔で『コーヒー』とだけ言った。…その言葉に、眼を丸くする。
「それだけでいいのか?」
「うん。だって、俺はもう大人だから!」
だから、コーヒーを飲むんだ。お砂糖もミルクもいらないよ!まるで俺のミニチュアのような顔が、真剣な表情で俺を見遣る。…そんな俺の大事な息子に、どう答えたものかと逡巡した。きっと、ここにフラフィーがいてくれたなら、ロバストには気づかれないような優しいさりげなさを以て、もっとこの子が好むような甘い飲み物に誘導してくれるのだろう。そんなスキルが、俺にはどうにも身につかないことに内心で歯噛みしながら、そうか、と曖昧に頷いた。
ここで、俺がココアか何か、甘い飲み物を頼めばよいのだろうか。…けれど、俺がそれを頼んだところで、きっとこの子はコーヒーから注文を変えないだろう。この子は俺にそっくりだが、融通の利かないところまでもが俺に似ている。…そんなところまで、俺に似ずともよかったのに。寧ろ、そう言うところこそ、俺のあの子に似て欲しかった。
俺にもフラフィーのような柔軟性と応用力があれば、と密かにため息を吐きながら、手を挙げて店員を呼んだ。俺も、兵法や戦闘の中でならば幾らでも臨機応変に対応できるのだが、…このような時にはどうにも上手く対応できない。結局、頼むものはコーヒーが二つか。そんなことを思いながら店員を待つ間に、ロバストが『おとうさん、俺がちゅうもんしたい!』と小さな声でそう言ってくる。そんなロバストに笑いながら了承をすると、タイミングよく店員がテーブルにやって来た。
「えっと、コーヒーをふたつ、おねがいします!」
来てくれた店員に、ロバストが誇らし気に顔を輝かせてそう口にする。精一杯の大人びた口調に、店員の顔もほころんでいるのが分かった。この子の尻尾も、今、きっと嬉しそうに椅子の隙間で揺れていることだろう。
…これも、ロバストの中では『大人』らしい行為の一つなのかもしれない。そんな可愛い息子に微笑えみながら、コーヒーが来るのを談笑して待つ。普段は、俺と話すことも弟や妹に譲ってしまいがちなロバストと、こうしてゆっくり話すことが出来るのは、俺としても喜ばしかった。
ロバストが、学校での出来事を俺に話してくれるのを微笑って聞いている最中、俺たちのテーブルに店員がカップをのせたトレイを持って立った。そのまま、丁寧な手つきでカップが置かれる。そこに並々と注がれている深い琥珀色と、炒った豆の香ばしい匂いに、嬉しそうにロバストが眼を細めた。
いただきます、と礼儀正しく両手を合わせてから、ロバストが姿勢を正してカップを手に取った。この習慣は、フラフィー譲りだ。俺のあの子は、昔から食べる時にはいただきます、食べ終わったらご馳走さまでした、と必ず手を合わせて口にする。それを俺や子どもたちに強要することは決してなかったが、…フラフィーがあまりにも自然に、そう口にしては美味しそうに食事をするから。俺も子どもたちも、当たり前のようにそう口にする習慣が出来た。
あの子がいなくても、その習慣は健在らしい。そんな息子に眼を細めてから、俺もいただきます、と口にしてカップを手に取る。一口目をゆっくりと啜りながら、目の前でふうふうとコーヒーを冷ますロバストを注視した。口の中に広がる風味は、俺には心地好い苦みだが、…この子には苦いだけかもしれない。
俺の内心に気づくことのないロバストが、ゆっくりとカップに口をつけた。…思った通りに、ロバストは一口飲んだだけで、見てわかるほどに顔を顰める。まるで良薬を飲んでいるような顔で、口に含んだ分を飲み込んでから、途方に暮れたようにロバストがカップを見遣った。さっきまでは誇らし気にぴんと立っていた耳も、今はしょんぼりと横向きに垂れている。…ああ、矢張りロバストにはまだ苦すぎたか。けれど、ここで俺が、ミルクや砂糖を勧めたり、甘味を頼めと言ったとしても、きっとこの子は大丈夫だと言って聞かないだろう。そんなところまで息子は俺によく似ている。だからこそそれが容易に分かって、内心で頭を抱えた。
どうしたものか、と再度逡巡して、…俺の可愛いあの子ならば、どうするだろうか。そんなことが、頭を過ぎる。そうだ、誰よりも優しく、いつだって他人の感情を慮るあの子ならば、きっと。
「ロバスト。…おかあさんは、此処のケーキを美味いと言っていてな。でも俺は食べたことがないんだ。だから食べてみたいんだが、半分、付き合ってはくれないか?」
再度メニューを開きながら、脳内をフル回転させ、言葉を選んで口にする。…きっと、俺のあの子ならば、自分が食べたいんだと笑って言うだろう。とは言っても、フラフィーのようなさりげなさは、俺にはどうにも無理だと自覚している。ロバストにも、俺の言動は唐突だと思われただろうか。俺が、ロバストに甘いものを食べさせたいのだと分かってしまっただろうか。そんなことを内心で懸念しながら、それでもロバストに向かって眼を細める。そんな俺に、ロバストが眼を丸くして俺を見た。…この子は俺にそっくりだが、このような表情をすると、俺とは違って矢張り幼い。そんなことを口にすると、大人っぽく振舞おうと頑張っているこの可愛い長男は、拗ねてしまうだろうが。
「おとうさんも、ケーキ食べるの?」
「ああ。おかあさんが甘いものを好きだからな、俺も好きになった。矢張り、同じものを食べて、美味いと言い合いたいからな。だが、あまり量は食べられないんだ。お前も一緒に食べてくれると、有難い」
如何にも意外、と言う顔でそう問いかけて来るロバストに、素直に告げる。言った言葉は全て本心だった。俺は甘いものは得意ではないが、…フラフィーが美味しいと笑って幸せそうに食べるものは、俺も食べたい、と思うようになった。例え一口だろうが口にして、俺に笑ってくれるあの子に笑い返して美味い、と言いたい。
最初は、あの子が幸せそうに食べているところを見ているだけで、満足だったが。…いつも、フラフィーは自分が美味しいと思ったものを、躊躇いなく俺に差し出してくれる。そうして、俺がそれを口にして、美味いと言って笑うと、…益々嬉しそうな顔で、幸せそうに、俺に笑ってくれるのだ。俺がいつだって焦がれて止まない、あの幸せが詰まったように愛おしい笑顔で。…それを知っているから、あの子が一口差し出してくれることを、密かに期待するようになった。それがどれだけ甘かろうが、あの子の蕩けるように幸せそうな愛らしい笑顔が見られるのならば、易いものだ。
俺の言葉に、眼を丸くしていたロバストが、納得したように頷いた。それから、覗き込むようにメニューを見遣る。…その耳は、嬉しそうにぴん、と立って揺れていた。そんな息子の様子に、俺に内心で小さく笑う。
これ!とロバストが元気よく選んだケーキは、期せずしてフラフィーの好物だった。蜂蜜のパイ、と流れるような文字で書かれたその一語に、俺の眼が自然と細まる。いつだったか、まだ俺とあの子が婚姻したばかりの頃。あの子の家庭教師をスティケートがしていてくれた時に、彼が買ってきてくれたケーキの一つが、蜂蜜のパイだった。…それが、もう大分昔の話になることが、懐かしくも面映ゆい。それを食べて、美味しい!と嬉しそうに笑ったあの子の幸せそうに愛らしい顔は、今でも鮮明に思い出せると言うのに。その時から、蜂蜜パイはあの子のお気に入りになり、今でも好んで食べるケーキの一つとなっている。
そんなケーキを、俺たちの息子も選んだことが、何故だか無性に嬉しかった。勿論、この子はこのケーキにそんな思い出があることを知らないだろう。蜂蜜のパイは、好物が昂じたのかフラフィーもいつの間にか作れるようになっていたから、おやつとして食卓に上がることもある。だから、ロバストの好物となっていても、何らおかしくない。…それでも。
「蜂蜜のパイでいいのか?」
「うん!俺、これ大好き!」
薄く眼を細めながらそう問いかけると、ロバストが大きく笑って再度頷く。その造形は、変わらず俺とよく似たものだったが、…浮かべた笑顔はフラフィーを想わせた。美味いものを食べて、美味しい、と無邪気に笑う素直な笑顔。…ああ、矢張りこの子は俺とフラフィーの子なのだ、と、そんな分かりきったことを、噛み締めるように想う。幾度実感しても、まるで初めて噛み締めたように幸せになる。それは、とてもいいものだな、と想いながら、再度店員を呼んだ。
注文して程なく、蜂蜜のパイがテーブルへと運ばれてくる。取り分ける用の皿と、フォークも二本だ。どうやら、この店ではデザートのシェアは当たり前のように行われているようで、俺が取り分け用の皿とフォークを頼んだ時も、何も戸惑われなかった。有難い。
丁寧な手つきで置かれたケーキを、最初にフォークで半分に割ってから、持ってきてもらった皿に取り分ける。普通のケーキとは少し形も大きさも違う三角形のパイは、真ん中で割ると丁度半分に分けられる。けれどロバストの分をさりげなく大きめに切って、それをロバストに渡した。ロバストが、口端から犬歯が覗く程に嬉しそうに口角を上げて、渡した皿を受け取った。
「…ところで、どうして俺と二人がいいと言ったんだ?何か、俺に話したいことでもあるのか?」
にこにこと笑いながら、分け合ったケーキにフォークを入れる息子の姿を、俺も微笑して眺めながら。ふと、気になっていたことを口にした。大きな口で、ケーキを一口頬張ったロバストの眼が、俺を見遣る。美味そうにそれを咀嚼しながらも、真剣な眼が俺を見つめていた。…問いかけるタイミングを間違えた、と内心で再度頭を抱える。食べ終わってからにすれば良かったか。いやしかし、まさかケーキを食べる手を止める程に、大事な話なのだとは。そんなことを考えつつ、目の前の息子を見つめ返す俺の前で。ごくん、と微かな音を立てて嚥下してから、ロバストがフォークを置いて口を開いた。
「うん。…あのね、おとうさん。おとうさんはなんで、おかあさんをすきになったの?」
真剣な顔で問いかけられて、思わず息子の顔を凝視するように見つめてしまう。…口に出された言葉は、完全な予想外だった。見つめた視界の先で、俺とそっくりな琥珀色の眼が、射るように真剣な面持ちで俺を見ていた。そこには、当たり前だがふざけも茶化しも何も無い。そのあまりにも真っ直ぐな眼差しに、自然と居住まいを正した。
…もしかして、俺と二人になりたい理由は、これだったのだろうか。フラフィーが居るところでは聞きづらかったのか、それともフラフィーが居るところでは、俺が正直に答えにくいかと気を遣ってくれたのだろうか。この子が俺に、こんな問いかけをしたいと思っているような素振りすら、家では感じたこともない。…まさか、この子がそんなことを聞きたがっているなどとは、夢にも思わなかった。
「…お前は、俺にそれを聞きたかったのか?」
「うん。俺、おとうさんにもずっと聞いてみたかったんだ。おかあさんには、聞いたことがあるから」
でも、やっぱりおかあさんの前だと、おとうさんも言うの恥ずかしいかな、って。そんなことを、変わらず真っ直ぐな眼差しで告げて来るロバストに、思わず苦笑する。…矢張り、俺と二人になりたがったのは、この子の気遣いの証らしい。フラフィーとは、俺が職務に就いている最中に聞く機会もあるのだろうが。俺は家に居る時は、ずっとあの子と一緒だからな。まだ隠し事も苦手なこの子には、フラフィーに隠れてこっそり聞く、と言うことも出来なかったのだろう。
…しかし、フラフィーにも同じ質問をしたと言うことは、あの子はどう答えたんだろうか。どうして俺を好きになってくれたのか、あの時、俺の初対面での唐突な求婚に、どんな想いで頷いてくれたのか。…その答えを知りたいが、この子に聞き返す訳にもいかない。フラフィーに聞いてみたら、俺にも答えてくれるだろうか。
そんなことを、頭の隅に巡らせながら。尚も真剣な眼差しで俺を見つめて来る小さな息子に、眩しい思いで眼を細める。…こんなに真剣な顔で問いかけて来る息子に対して、はぐらかすなどと言った不誠実な態度を取れるわけがない。何と言っても、俺はこの子の父親なのだから。
「…そうだな。きっと、お前と同じだよ」
テーブルの上で、指を組んで。俺とそっくりな目の前の息子の顔に、眼を細めたままゆっくりとそう告げる。俺の言葉を聞いて、ロバストの眼が不思議そうに丸くなった。
「俺と?」
「ああ。…お前は前に、『あの子が俺を見て笑ってくれないか』と言っていただろう?」
俺と同じ琥珀色の眼を瞬かせて首を傾げるロバストに、笑いながら小さく頷いた。この子が、『手紙を書きたいから便箋が欲しい』と俺たちに告げてきた時の光景が、脳裏を過ぎる。幼いながらも大人びた表情で。何かを、誰かを想い浮かべているように遠い眼差しで。
『…あの子が、おれを見て。おれにわらってくれたら、いいのになあ』
まるでこころの内が漏れたように、ぽつりと呟いたその言葉。…その一言に、内心で驚いたことも、記憶に新しい。それは、…それこそ俺が、あの子に眼を奪われたときに想ったことと、同じだったのだから。あの子が、あの幸せが詰まったような笑顔で、俺を見ないだろうか。俺にも、その顔で笑ってくれないだろうか。…初めてフラフィーの笑顔を見た時に、一番に頭を過ぎったのは、そんな想いだった。俺と同じ想いを抱くとは、流石は俺の息子だ。そう内心で笑いながら、口を開く。
「俺も同じだ。おかあさんが、…フラフィーがあまりにも嬉しそうに、幸せが詰まったような顔で笑っているものだからな。その笑顔に、一目でこころを奪われたんだ。あの時の俺は、おかあさんの名前名前さえ知らなかった。きっと、おかあさんは俺に気づいてもいなかったと思う。けれど、あの笑顔を見た時に、…あの目に、俺が映らないかと。あの顔で、俺に笑ってくれないかと、そう想った。思えば、あの時に、…俺はおかあさんに恋に落ちたんだ」
それは、…フラフィーにも伝えたことのない、俺の恋に落ちた瞬間だった。きっとフラフィーは、俺がいつあの子に恋をしたのか、今でも知らないだろう。俺だって、そのときは自分でも気づいていなかった。その想いが何なのかすら掴み切れずに、…それでも、あの子に焦がれたんだ。それは、自分でもどうしようもないほどに。
「それっていつ?」
「そうだな、…俺が22歳で、おかあさんが12歳の頃だよ」
広い丸テーブルに身を乗り出すようにして、ロバストが俺に問いかけて来る。そんな息子にそう応えると、じゅうに!?とばかりにロバストが眼を見開いた。…しまった、正直に言い過ぎたか。
「12歳で、結婚って出来るの!?」
期待を込めた眼で見つめられて、一瞬言葉に詰まった。ロバストの眼が輝いているのが分かる。きっと、その尻尾は椅子の背もたれの隙間で、これ以上ないほどに揺れていることだろう。そんなロバストの期待を裏切るのは心苦しいが、…流石に12歳で娶る側にはなれない。
この国では、娶られる側に年齢の制限は特にない。特に人間の貴族の間では、それは顕著だと聞く。それこそ、12歳だろうがもっと年若かろうが、本人や周囲が納得さえすれば娶ることが出来るのだ。婚約ならば更に簡単で、それこそ本人の物心がつかない幼少期でも養育者の同意さえあれば、それは締結される。…俺のあの子がそうだったように。
しかし、そう言った年若い者を娶る時には、娶る側の年齢…と言うよりかは、財産の有無が重要とされる。要は、まだ幼いと称されるような年齢の者を娶った時に、相手を養うことが出来るかどうかだ。そしてその場合は、婚家に対しても金銭の援助や、地位向上や上との繋がりを期待されることも少なくない。その為だろう、大抵は年嵩の上流貴族が十代前半かそれ以下の者を娶ることが多く、そもそもがその為に出来た法令なのではないか、とも囁かれている。…この国は獣人と人間に差別がなく、他国に比べて住民の待遇なども充実しており軍事的な争いも少なく、比較的暮らしやすい国だと聞くが。そう言うところには、矢張り昔からの闇が残っているのだろう。
けれど、その法令は勿論人間だけではなく、この国に住まう獣人にも当てはまる。例えば獣人は、軍に入ることになれば訓練兵でもそれなりの収入が見込める。入軍は通常は15歳からとなるから、15になって直ぐに入軍すれば、相手次第ではその歳からでも娶れる可能性があるのだ。ただ、俺の知る限りでは、流石に15で誰かを娶った、と言う話は聞かない。22であの子と婚約をした俺でも、当時は早い方だと言われたくらいだ。
「いや、おかあさんと結婚したのは、俺が26歳になってからだな。22歳で、おかあさんと婚約したんだよ」
俺の言葉に、ロバストがあからさまにがっかりした顔をする。その余りにもな落胆具合に、…もしかして、ロバストとその想い人は、もう結婚の約束をするにまで仲が進んでいるのだろうか、と内心で逡巡した。てっきり俺は、ロバストの片恋か何かだと思っていたのだが。もし二人が幼いながらも将来を約束した仲だと言うならば、俺もその子の家に挨拶に出向いたほうが、…いや流石にそれはまだ早いか。しかしその子には、俺やフラフィーも逢っておいた方がいいのではないだろうか。その子を家に遊びに連れておいでとロバストに言っておこうか。そんなことを、頭のなかで巡らす俺に。
「そうかあ。…じゃあ俺も、22さいになったらこんやくしてもいい?」
がっかりした顔から一転、期待を込めた真面目な顔で。テーブルに身を乗り出したままの体勢で、ロバストが今度はそう口にする。まだ10歳にもならないこの子からしたら、22歳などとは遠すぎる未来の話だろう。けれど、…この子はもう、将来を共にしたい相手に出逢ったのだ。そのこころを自分で決めて、想い人と一緒になれる道筋を真摯に探している。
この子が22になるまでには、まだ十数年ある。普通に考えたら、その間にこころが変わる可能性だってあるかもしれない。…けれど、そう逡巡しつつも、この子のこころが変わることは無いだろう、と言うことも分かっていた。何故ならば、ロバストは俺によく似ているからだ。自分で言うのもなんだが、己の一途さや、あの子に対しての執着やどうしようもないほどの独占欲。そう言う感情は、人一倍強い自信がある。…一途さ以外は褒められたものではないが。
だからこそ、俺とよく似た息子が、…こころ変わりなどする筈がないことも理解していた。きっとこの子も、ここまでこころに決めたのならば、その相手をこの先も一途に愛するのだろう。最愛のあの子以外、他の誰も代わりになんてならない。なれない。そんな、唯一の相手に生涯焦がれる生き方を。
…しかし、こんなに幼い頃から唯一の相手に出逢えるとは。俺もそうだが、ロバストも幸せ者だな。そんなことを思って、目の前の息子に眼を細める。
「…お前は、本当にその子が好きなんだな」
「うん!俺、あの子のこと、大好きなんだ!」
俺の言葉に、躊躇いなく頷いて。真っ直ぐな口調でそう言うロバストは、…幼いながらも立派に男の顔をしていた。そんなロバストに、手を伸ばしてその頭を撫ぜる。俺よりも細くて触り心地の良い、ふわふわとした子ども特有の獣毛も、…けれど確かに、大人の獣毛へと代わる片鱗を見せている。
「お前が大人になっても、その気持ちが変わることがなくて、その子もお前と同じ気持ちだったのなら、婚約でも婚姻でもしていいと思うぞ」
「ほんと!?」
「ああ。けれど、その子もお前と同じ気持ちだったら、だからな?お前の気持ちだけで、先走っては駄目だ」
俺の言葉に、眼を輝かせたロバストに、付け加えるように言葉を続ける。…まあ、こんな言葉は、俺だけの感情で突っ走って、全ての順序も飛ばしていきなり求婚と言う手段に出た俺が、言えたものではないのだが。あの時の俺たちに、同じ気持ちも何もあったものではない。俺があの子を一方的に知って、恋焦がれていただけで、…あの子を娶らせて欲しいと申し出た日が、あの子にとっては初対面だったのだから。
…いやでもあの時は、うかうかしていたらあの子が侯爵殿に娶られてしまうところだったのだ。それだけはどうしても許せなかった。あんなに幸せそうに笑うあの子が、幸せではない婚姻をするなど、絶対に。…いや、違う。あの子が、俺以外の誰かの妻になる姿など、どうしても見たくなかった。是が非でも、あの子を娶りたかったんだ。あの侯爵殿などよりも、…余程俺の方があの子を欲していた。俺があの子を幸せにしたかった。俺を見て、笑って欲しかった。…他の誰にも渡したくなかったんだ。
あの頃の想いを思い返しながら、誰にともなく内心でそんな本音を言い募る。そんな俺に、ロバストが大きく頷いて。
「うん!俺、ちゃんとあの子に大きくなったら結婚してくださいって言うんだ!それで、あの子がいいよって言ってくれたら、結婚していい?」
きらきらと、琥珀色の眼を輝かせたまま。満面の笑顔でそう問いかけて来る俺たちの可愛い息子に。
「ああ。二人で決めたことならば、俺も賛成だ。おかあさんもきっと、そう言うだろう」
そう言って、頷いて見せれば。今日一番に輝いた笑顔で、ロバストが『ありがとう!』と俺に言う。その笑顔は、まだ可愛らしい子どもの様で、…けれど、矢張り一人前の男の顔をしていた。
いつか、そう遠くない内に。ロバストがそこまで焦がれて、将来を共にしたいと想っているその子を、家に招こう。俺たちの息子が好きになった相手ならば、きっと、俺たちもその子を好きになる。その時に、ロバストがどんな顔で、その子を紹介してくれるのか。目の前で、嬉しそうに蜂蜜のパイを再度頬張り始めた息子の姿を見つめながら、そんなことを早くも想像して。緩んだ口角を隠すようにして、コーヒーを一口啜った。
すっかりと冷めてしまったコーヒーは、…それでも仄かに甘く。まるで俺の幸福を表すかのように、口の中に広がった。
その後。カフェから出て、帰る前にフラフィーの友人の家がやっているという揚げ物屋を探したのだが。裏通りも、俺が知っている頃とはすっかり様変わりしている為か、見つけられなかった。それだけが残念だと思いながら、…今度こそは俺のあの子と、子どもたちと皆で街に繰り出そう、と小さく笑った。
きっと、フラフィーも。…あの裏通りの人々のあたたかさに、幸せそうに笑いながら、喜んでくれるだろう。俺のあの子の、俺が焦がれて止まないその笑顔を想い浮かべながら。ロバストと隣り合って、待ってくれていた馬車に乗り込む。
どうやら疲れてしまったらしく、馬車に乗った途端に俺に寄り掛かって眠ってしまった長男は、寝顔まで満足そうで。眠りながらもしっかりと腕に抱えている便箋の袋に、眼を細めながら。俺も苺の袋を抱え直して、ロバストの小さな肩に腕を回した。
家までは、もうすぐだ。俺の誰より愛しいあの子と、兄が大好きな下の子たちが、俺たちの帰りを待っていてくれるだろう。
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