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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【80ーハンデットとシイスの初夜旅行①】
ついに。ハンデットとの、二人だけの旅行の日がやってきた。
わくわくして寝られない、なんて何時ぶりだろう?約束の時刻は夜明け頃。でも、その前に目が覚めてしまって、どうせ寝られないからってさっさと起きて、支度をした。それからもう数日前には用意をして、何度も何度も確認をした鞄を、再度開いて確認する。それでも時間には余裕がありすぎて、予定よりも早いけどお弁当を作ろうと、一階の台所へと向かった。勿論、店の厨房とは違う、家の方の台所。
やっぱりお弁当と言えばサンドイッチだよね!とばかりに、張り切って用意していた食材を、台所のテーブルに並べた。ちゃんと母ちゃんに、朝台所を使いたいって許可も取ってあるから、気兼ねなく料理が出来る。
さっそく調理台に火をつけて、まずは卵を焼こうとフライパンを取り出した。俺の家のサンドイッチはゆで卵じゃなくて、スクランブルエッグみたいにふんわり混ぜた、甘い味の卵焼き。それに、マオンソースって言う卵黄と油と酢を混ぜたソースを絡めてパンに挟むんだ。マオンソースを作るのがちょっと手間だけど、その分美味しくて、俺も大好き。あとはハムとチーズとレタスを挟んだサンドイッチにしよう。そんなことを考えながら、砂糖と卵を丁寧に混ぜて、温めておいたフライパンに流し込む。自然と鼻歌を口ずさんでしまって、自分で気づいて笑ってしまった。俺、今日からの旅行をどれだけ楽しみにしてるんだろう!
バスケットに出来上がったサンドイッチを詰めて、革製の水袋も用意する。その支度が終わっても、まだ時間があった。とりあえず使った調理器具なんかを片付けようと、溜めてある水を汲んで洗い物を始める。
そうだ、使った分の水も近くの井戸ポンプから汲んでこないと。そんなことを考えながら、ごしごしとフライパンを擦った。…うきうきしすぎて、知らずちからが入ってしまってるらしい。フライパンのちょっとした焦げ付きも、水に浸けなくてもあっという間に洗えてしまって、一人でますます笑ってしまう。
うきうきパワーの効果か、洗い物も程なく終わる。本当にやることが終わってしまって、手持無沙汰に時計を見た。…まだ、約束の時刻にはもう少しある。でも、家に居ても、そわそわとわくわくが収まらなくて。もういいや、って荷物を持って外に出た。二泊三日分の荷物は、大きな鞄にもぱんぱんだ。この街に来るときに、父ちゃんが引っ越しの為に買った、大きな鞄。それ以降使い道もなくて、仕舞い込まれてた鞄は新品同様だ。この鞄があってよかった、って、ショルダーみたいに肩から下げながらそんなことを思う。両手には朝ごはんの入ったバスケットと水袋も持つから、肩に下げられるのも嬉しい。
8月でも日の出前は、肌寒いとまではいかないまでも充分涼しかった。もうすぐ日の出が始まるのか、辺りは真っ暗じゃなくて薄っすらと明るくなりかけていて。暗闇に浮かぶように見えてきた近くの家々には、灯りのついている様子もない。…なんとなく不思議な気分で、周囲をきょろきょろと見遣った。
「おはよう。晴れて良かったわねえ」
少しだけ眠そうな、でも嬉しそうな声が後ろから聞こえて、声のした方を振り向く。…見れば眠そうなかあちゃんと、いつもの顔のとうちゃんが家から出てくるところだった。とうちゃんは、店の仕込みとかもあるからって、いつもこの時間には起きてるんだ。
「おはよう!二人ともどうしたの?」
「どうしたのって、あんたの見送りじゃないか。ハンデットちゃんにも挨拶したいしね。あんたがお世話になることへのお礼も言わなきゃだし」
辺りの静けさに気を遣ってるのか、いつもよりも幾分も小さな声で母ちゃんが言う。隣では父ちゃんも、母ちゃんの言葉に賛同するように頷いていた。…なんていうか、ちょっとだけ照れくさくて、面映ゆい。
別に隠すことなんかじゃないから、ハンデットと旅行に行ってくるってことは、二人にも勿論伝えてた。俺たちはもう婚約もしてるし、父ちゃんと母ちゃんもハンデットのこと大好きだから、反対なんてされる訳ないことも分かってたし。思った通りに、二人とも『あら!いいわねえ!気を付けて行ってくるんだよ』って笑って頷いてくれた。だから、二人の前でこんな風に、…照れるみたいに恥ずかしい気持ちになんて、なる必要もないんだけど。でも、何故だか少しだけどきどきして、知らず顔が熱くなる。
これは、…この旅行で、俺がハンデットと、その、…最後までえっちなことをするって思ってるからだろうか?流石の俺でも、そんなことまで口には出来なかったから、ハンデットと俺がそういうことをする、なんて知らない筈なんだけど。父ちゃんや母ちゃんも、婚約してる俺たちが、二人だけで旅行になんていくんだから、…そういうことをするだろうって分かったりしてるのかな?そんなことを考えてしまうと、益々顔が熱くなった。
朝靄のなかでも、俺の顔が赤いことはきっと分かってしまってるだろう。でも、そんな俺に突っ込むこともなく、父ちゃんも母ちゃんもお土産のことや、行き先はどんなところなのかとか、そう言う他愛もない話に花を咲かせてくれる。そんな二人の優しさに嬉しくなりながら、俺も『お土産、たくさん買ってくるからね!』と声を弾ませながら二人に告げた。
そんな風に、三人で話していると、時間はあっという間に過ぎていくようで。俺たちの、小声なくらいに声を潜めた、でも賑やかな声が密やかに響く裏路地に。聞き慣れた足音が重なって響いて、顔を輝かせながら辺りを見遣った。
「おはようございます」
俺の視線の先には、いつもの軍服じゃない、シンプルながらもカジュアルな服装をしたハンデットが、こっちに歩いて来る光景。そんな彼が、俺たちを見遣って小さく頭を下げてくる様に、自然と顔に笑顔が浮かんだ。その服、この間一緒に買った服だよね!やっぱり似合う!ああ、俺のハンデットはやっぱりどんな格好をしても一番格好良いよ!そんなことを想いながら、勢い込んで口を開いて。
「おはよう、ハンデット!き」
「おはよう、ハンデットちゃん。今日も男前だねえ!」
でも、俺が言う前に、…俺が言いたかったことを、かあちゃんが先に言ってしまう。俺が一番に、今日も格好良い!って言いたかったのに!思わず頬を膨らませながらかあちゃんをジト目で見遣る俺に、ハンデットが苦笑するように笑いながら、俺の頭に手を置いた。
「今日から三日間、シイスのことをお借りします。絶対に何事もなくお二人の元にお返ししますんで、心配しないでください。何があっても、俺が護ります」
そう言って、ハンデットが目の前の二人に深々と頭を下げる。つられて、俺も大きく頭を下げた。ハンデットの言葉が、反芻するみたいに俺の中で反響して、心臓がどきどきと大きく高鳴る。…本当に、こういう時のハンデットってば最高に格好良いんだから!そんな俺たちに、父ちゃんと母ちゃんが可笑しそうに小さく笑った。
「ハンデットちゃんは本当に真面目だねえ!そう言う誠実なところに、シイスもあたしたちも惚れ込んじゃってるんだろうねえ。ハンデットちゃんが一緒なら、何の心配もしてないよ。気を付けて行っておいで!」
「ああ。こっちこそ、不肖の息子が迷惑掛けるかもしれねえが、どうかよろしく頼むよ。二人とも、怪我なんてしねえで帰ってくるんだぞ」
二人の言葉に、ハンデットが照れくさそうに笑う。こうして、クリソベリルの綺麗な色の眼を細めて笑う彼の顔も、何度見つめても見慣れないくらいにやっぱり格好好くて。口元を緩ませたまま彼を見つめてしまう俺の隣で、『はい』、とハンデットが、二人に向かって力強く頷く。それから、彼の手が地面に置いていた俺の荷物を取った。
「荷物、こんだけか?」
「あ、うん!それで全部だよ!」
ハンデットが持ってくれた荷物と、ずっと抱えるみたいにして持っていたバスケットと水袋。それで、俺の荷物は全部だ。ハンデットの荷物は、俺のよりは小さい、けれどそれなりに大きな鞄がひとつ。両手に大きな荷物を持つハンデットに、慌てて手を伸ばした。
「荷物、自分で持つよ?俺の鞄、肩に下げられるし、大丈夫!」
「いいって。お前はそっちの荷物もあるだろ。いいから俺に持たせとけ」
俺の言葉にそう返しながら。伸ばした俺の手から、遠ざけるみたいにハンデットが両手の荷物を上へと上げる。そうされてしまうと、俺たちの慎重さも相まって、俺の手では飛び跳ねたって届かない。でも、と続けそうになった言葉を一瞬飲み込んで、『ありがとう』って口にした。そんな俺に、ハンデットが満足そうに眼を細める。…全くもう、こんな時ばっかり、ハンデットは俺のこと甘やかすんだから!
そんな俺たちを、笑いながら見遣っていた二人に向き直って。ハンデットが頭を軽く下げて、俺は片手を二人に大きく振る。
「「じゃあ、行ってきます!」」
口にした言葉は、期せずして重なった。それを見ていた父ちゃんと母ちゃんが、ますます笑いながら『行ってらっしゃい』と手を振り返してくれて。俺たちの背を見送ってくれる二人が、小さくなるまで振り返りつつ手を振りながら。ついに、俺たち二人の旅行が始まった。
********
『この先に馬車を停めてある』、って。薄く朝靄の広がる街を、二人でゆっくりと歩きながら。ハンデットが俺に言ってくれた言葉に、目を輝かせて彼を見やる。
「俺、馬車って乗るの何年かぶりだよ!どんな馬車?」
「ああ、幌馬車だ。まあ、小さいんだけどな。幌があるから雨は凌げるし、荷台には充分荷物も置けるし、勿論お前も座れるぞ」
クッションも置いてあるから、それを敷いて座ってくれ。そう続けるハンデットに、思わず目を瞬かせてハンデットを見つめた。
「ハンデットは?」
「俺は馬車を走らせるから、御者席にいるぞ。馬車は用意出来たが、御者までは手が回らなくてな」
俺に問いかけに、目線を俺に合わせてくれながら、何気ない口調でハンデットが言う。御者席、と口の中で呟く俺には気づくことなく、彼が言葉を続けた。
「近衛兵長やスティケート教官から、御者付きで馬車を貸してやるとも言われてたんだが、…そういう仰々しいのは俺が苦手でさ。お前は、ちゃんとした馬車の方が良かったか?」
そう俺に告げながら、…少しだけ申し訳なさそうな顔で、ハンデットが俺を見る。そんなハンデットに、勢いよく首を横に振った。そんなの、ハンデットが好きな方でいいに決まってるじゃん!俺は、ハンデットと一緒ならなんでも嬉しいんだから!
「ううん、俺も幌馬車の方が好きだよ!馬車まで用意してくれてありがとう!あと、俺も荷台じゃなくて、ハンデットの隣に座りたい!」
言いたいことが、一気に口から出てきてしまって。勢いよく言い募ってしまった俺の言葉に、驚いたようにハンデットが眼を見張る。俺が、隣に座りたいって言ったからかな?でも、やっぱり一緒に馬車に乗るなら、ハンデットの隣がいい。ハンデットが御者席で俺だけ荷台なんて、寂しいじゃないか!
そんなことを想いながら、ハンデットを見上げる俺に。彼が苦笑するような、でも少しだけ嬉しそうな顔で、眼を眇めて笑った。
「…いいけど、座り心地とか好くねえぞ?」
「ハンデットの隣がいい!」
彼の言葉に、抱えたバスケットを抱きしめながら、更に勢い込んで力いっぱいそう告げると。ハンデットが、苦笑を朗笑に変えて、『分かった』って頷いてくれた。そんな彼に、俺も笑い返しながら歩みを進めて。程なくして行き着ついたのは、街の馬車置き場だった。いつもはいろんな馬車がずらりと並ぶその馬車置き場も、早朝の今は幌馬車が一台置いてあるだけだ。…これが、そうなのかな?
「この馬車?」
「ああ。小さいが、なかなかいい馬車だろ?」
思わず目を見張りながら、その馬車を見つめてしまう俺に。荷台に荷物を置いてくれながら、ハンデットも馬車の荷台を見やる。小さい、ってハンデットは言うけど、全然そんなこと無かった。荷台は広そうで、ひともゆっくりと4人は乗れそうだし、俺たちが持ってきたくらいの鞄なら、積み上げちゃえば十個以上は置けそうだ。…十個以上は言い過ぎかな?でも、そう思ってしまうくらいに広い。
「うん!すごくいい馬車だよ!全然小さくないし、荷台も広いし!」
これで、ハンデットと二人で旅行に行くのか!そう思うと、ただでさえうきうきと浮足立ってるこころが、更にわくわくして止まらなくなってくる。緩む顔も抑えられない俺の前で、ハンデットが荷台からクッションを取り出して、御者席の左側に置いてくれた。それから、俺のほうを向いて、彼が俺へと手を差し出す。
「ほら、来い。乗せてやる」
その言葉と、あまりにも躊躇いなく差し出された彼の手に、また目を丸くしてしまって。それから、一瞬で緩んだ顔に満面の笑顔を浮かべながら、俺も躊躇いなく彼の手を取った。たったこれだけの遣り取りで、心臓が踊るように跳ね回ってるのを感じる。ハンデットの手は大きくて、肉球が少しひんやりとしてして、…それでも心地好くあったかかった。
彼の手に引かれながら、荷台よりもほど高い御者席に乗せてもらって。俺が無事に座ったのを確認してから、ハンデットも逆側から御者席に上がる。もたもたと、梯子みたいな階段を上った俺とは違って、ハンデットはほとんど階段も使わずに、言葉通りにひらりと御者席に飛び乗る。そんな彼に思わず見惚れてしまいながら、またも大きく口元を緩ませた。ああ、俺のハンデットはやっぱり世界一格好好いなあ!
そのまま、俺の隣で手綱を握ったハンデットが、馬車を動かし始めた。ごとごとと、車輪の回る音が静かな早朝の街に響く。大きくものんびりとした歩調で引かれる馬車は、それほど揺れない。煉瓦通りから舗装されてない道へと移っても、馬車の揺れは酷くならなかった。これは、ハンデットの馬を引く腕と、馬車を引いてくれてる馬のおかげなんだろう。引っ越しの時に乗った、馬車は山道の所為もあったんだろうけどすごく揺れた。それを考えると、この馬車旅は快適過ぎて天国だ。俺のハンデットはすごいなあ!なんて、手綱を握る彼の横顔を盗み見ながら、蕩けそうなくらいに頬を緩めた。
道についた轍を踏みながら、馬車がのんびりと進んでいく。一頭立てのこの幌馬車は、御者席からの見晴らしがすごく好かった。すぐ前に見える、馬車を引いてくれている馬は、前にハンデットと二人で乗った子だろうか?ハンデットと同じ黒色の獣毛に、同じく黒色のたてがみが綺麗な、大きな子。背も高くて強靭な身体をしているハンデットと、背は低いけど横幅と重量のある俺をその背に乗せても、全然大丈夫な様子で走ってくれた格好良い子。あの時の馬と、目の前を歩くこの子は同じに見えた。あの子は、軍の馬じゃないって言ってたから、また同じ子を借りてきてくれたのかな?それとも、あの時から仲良くなったとか?そんなことを頭に巡らせながら、ゆっくりと歩くその子の揺れる尻尾を見つめる俺に。
「そういや、さっきからそのバスケット、抱えてるけどよ。重くないか?後ろに置かなくてもいいのか?」
「あ、うん!これは朝ごはんに食べようと思って作ってきたサンドイッチだから!」
不思議そうな声で、隣の彼にそう問いかけられて。馬の尻尾からハンデットに目線を移ながら、勢い良く頷いた。『あとで、休憩できる時にでも一緒に食べようね』って、バスケットを抱えたまま笑ってそう続ければ。ハンデットが、少しだけ驚いたように眼を見張って、俺を見た。
「お前が作ったのか?」
「そうだよー!あっ、俺が料理できるのかって心配してる?安心してよ、俺だって食べ物屋の息子なんだから!前の村で食堂してた頃から手伝ってたし、料理はちょっと自信あるよ!」
ふふん、とばかりにちょっと自慢げに厚い胸を張る。昔から食べ物屋をずっとしてたこともあって、父ちゃんも母ちゃんも作るのも食べるのも好きだし、俺だってそうだ。がっちりした体型の父ちゃんはともかく、俺と母ちゃんは如何にも食べることが大好きそうなぽっちゃり体型だし。縫物とかは苦手だけど、料理はなかなか上手なんじゃないか、ってちょっとだけ自負してる。父ちゃんや母ちゃんからも、料理に関しては褒めてもらえてるし!そんなことを思いながら、にこにことハンデットを見上げる俺に。
「…今、ひとつ貰ってもいいか?」
俺とバスケットを見やりながら、ハンデットが俺にそう聞いてくる。その言葉に、目を大きく丸くしながら、またも勢い込んで頷いた。そんなの、いいに決まってるじゃないか!ハンデットに食べて欲しくて、作ってきたんだから!
「うん、もちろんいいよ!サンドイッチだから、食べやすいと思うんだ!たまごとハムチーズ、どっちがいい?」
ハンデットの言葉に、早速バスケットを開けながらそう問い掛ける。ハンデットならハムチーズの方がいいかな、と思った俺に、ハンデットの『卵の方、もらえるか?』って声が隣から降ってきた。それに、うきうきと胸を弾ませながら、卵のサンドイッチをひと切れ、手に取る。
「はい、どうぞ!」
そう言って、満面笑顔でサンドイッチを差し出せば。ハンデットが、手綱を両手で持ったまま、俺を見て口を開いた。
「喰わせてくれ」
えっ。て、彼の言葉に上げそうになった声を、寸でのところで飲み込んだ。思わず丸くなった目が、蕩けるくらいに細まっていくのが自分で分かる。ハンデットが!この、いつも照れ屋でぶっきらぼうで、そんなところも格好良いハンデットが!俺に『喰わせてくれ』だって!俺から一口あげるよ!って差し出すことはあっても、ハンデットからこんなこと言ってくるなんて、今までなかった。
これは、…ハンデットが、俺に甘えてくれてるってことでいいのかな?そうやって、俺にお願いしてくれることが、ハンデットにとって当たり前になってきてるってこと?そう想うと、心臓がどきどき大きく高鳴って、なんだか泣きそうなくらいに嬉しくなってくる。サンドイッチを手に持ってなかったら、ハンデットに抱き着きたいくらいだ
そんな、彼に抱き着きたくなる気持ちを抑えに抑えて。手に取ったサンドイッチを、ハンデットの口元へと持っていく。手綱を両手に持つ彼が、前の様子は見遣ったままで、俺へと顔を寄せて口を開いた。その、何の躊躇いもない無造作な彼の様子に、口元が緩んでいくのが止められない。以前は、俺にも見せないように気を遣っていたんだろう鋭い犬歯も、もう隠すこともなく大きく口が開かれる。それが、何より嬉しかった。…ハンデットの何を見たって、俺が、彼を怖がることなんてない。嫌うことだって、天地がひっくり返ったって在り得ない。そういうことを、…ハンデットも想ってくれるようになったんだな、って。俺には、何も隠さなくてもいいって言うことも、彼が分かってくれたんだな、って。それを、何より感じることが出来るから。
大きな口で、サンドイッチを一口嚙み千切って。もぐもぐと咀嚼する様を、どきどきしながら見つめてしまう。どうかな、美味しいかな?店では、俺の作った揚げ物もあるけど、基本は父ちゃんが揚げてるし。皆でまとめて作ってるから、どれが俺が作ったもの、っていうのも明確には分からない。うちで彼がご飯を食べていってくれる時も、『お前はハンデットの相手をしてろ』って言われて、料理は父ちゃんだ。だから、『これ、俺が作ったんだよ!』って、胸を張って言える料理は、サンドイッチと言えども今日が初めてで。どきどきと高鳴る心臓は、期待と不安で破裂しそうだ。…少しでも、美味しいって思ってくれるかな?ハンデットは優しいから、美味しくなくても美味しいって言ってくれちゃうかも。それだったらどうしよう。そんなことが、ぐるぐると頭を巡って。…でも、そんな俺の思いは。
「…美味い」
噛み締めるように呟いたハンデットの一言で、一瞬で霧散した。途端に、顔中に笑顔が浮かんで、またも溶けそうに頬が緩んだ。好かった!好かった、嬉しい!
彼の言葉に、『ありがとう!』、って大きく口に出そうとして。でもその前に、ハンデットに問いかけられて、それを飲み込む。
「甘いんだな、卵。炒り卵か?」
「うん!それにマオンソースを絡めてあるんだ。シンプルだけど、なかなか美味しいでしょ?」
卵のサンドイッチに、甘い卵焼き、って言うのはちょっと珍しい。彼も、それに驚いてくれたみたいで、益々にこにこしながら中の卵の説明をしてしまう。そんな俺に、ハンデットが頷きながら『もう一口』、とでも言いたげに口を開いた。それに、残りのサンドイッチを口に入れれば、…今度は嚙み切ることなく、一口でそれを口の中に入れてしまう。それに、今度は俺のほうがちょっとだけびっくりして、思わず見つめてしまった。ハンデットの口って、大きいんだなあ!そんなところも大好きだ!なんて、ついそんなことまで想いながら、彼が食べているところを見遣る俺に。ハンデットが、最後まで丁寧に咀嚼してから、眼を細めて俺を見た。
「美味い。お前、本当に料理上手いんだな」
「へへ、ありがとう!他にも俺、色々料理できるからね!これからたくさん、美味しいものつくるからね!」
揚げ物も勿論できるし、ハンバーグとか、シェパースパイも得意だよ!彼の言葉に、ガッツポーズのように両手を握りしめながら、ハンデットを見上げて満面で笑う。得意料理に肉が多いのは、見逃して欲しい。揚げ物も、じゃがいものクロケットも好きだけど、俺が得意なのはメンチカツやスコッチエッグだ。だからこの体型なんだと言われたら反論も出来ないけど、でもやっぱり好きなんだよ!
それに、…ハンデットも肉料理とか好きだしさ。肉食獣人だからか、ハンデットも例えば魚料理よりは肉のほうが好きみたいだった。それもあって、俺の得意料理には更に肉料理が増えてきていて。だから、…結婚したら、たくさんハンデットに美味しいものを作るんだ!勿論、健康面も重視しながらね!
そんなことを思いながら、ハンデットを見上げて笑う俺に。…彼も、少しだけ面映ゆそうに眼を細めながら、俺に笑う。
「好いな。俺の嫁さんは料理上手だって、皆に自慢してやろう」
そんな風に優しく笑ったままで、…ハンデットが言ってきた言葉に。一瞬目を丸くした後で俺の顔が爆ぜるような勢いで熱くなった。頬どころか耳も、首筋まで熱くなって、きっと今俺の顔は林檎よりも赤い。そんな俺を見たハンデットが、益々笑って。
「いいだろ。…俺だって、誰かにお前のこと自慢したいんだよ。最高の嫁さんもらうんだってな」
俺の頭を、大きな手で撫ぜながら、…そんなことを言うものだから。堪え切れなくなって、バスケットを膝の上に置いたまま、勢いよくハンデットに抱き着いた。
あーもう!こんな風に、急に更に格好良い顔で、俺の心臓が破裂しそうなくらいにどきどきするようなことを、さらって言ってくれちゃうんだから!そういうとこ!そういうとこが、もう本当に!
「俺だって、ハンデットのこと世界一大好きだからね!」
なんて。ぎゅうぎゅうと、力いっぱいハンデットに抱き着きながら。大声で告げた言葉は、朝のひかりが差し始めたのどかな道に沿うように、遠くまで響いた。
目的地までの、まだ長い道のりも。こうして、ハンデットに抱き着きながらお喋りしてたら、きっとあっという間だ。旅荘に着いたら何をしようか?どんなことだって、彼と一緒だったら、きっと、なんでも楽しい。
早く着いて欲しいような。まだまだこうして、彼と二人で馬車に乗っていたいような。そんな俺の浮足立った気持ちを乗せて、馬車はのんびりと道を進んだ。
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