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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【80ー➁ハンデットとシイスの初夜旅行・第二話】

  俺たちの住む城下町から、海岸沿いにあるという目的地の街は、思ったよりも遠くなかった。

  朝早くに出てきたことも功を奏したんだろう。馬車の速度もゆっくりとしていて、更に途中で休憩を挟みながらも、進んだ道程は順調そのもので。朝の8時になる前に、もう馬車からも海が見えてくる。青空に昇った朝日の、強くて透き通った日差しに照らされた海は、きらきらと輝いて、すごく綺麗だった。

  「うわーっ!見て、ハンデット見て!海だよ、海!すごい、俺初めて見た!きれい!」

  思わず海を見つめて声を上げながら、ハンデットの腕にしがみついてその腕を軽く揺する。そんな俺にだろうか、小さく笑う声が隣から降るように聞こえて。

  「…ああ。好いな、来てよかった。想った通りだ、やっぱり可愛いな」

  「可愛い?海が?綺麗じゃなくて?」

  まるで独り言のように呟く彼の声に、思わず目が丸くなる。海が綺麗、って言うのはよく聞いてたし、実際に海を見たら俺も口から思わず飛び出たくらいに、綺麗だってそう思ったけど。海が可愛い、って言うのは初めて聞いた。ハンデットはそう思ったのかな?でも、海が綺麗よりも可愛い、って思うハンデットの感性も素敵だし、俺は好きだよ!

  そんなことを思いながら、ハンデットを見上げる俺に。俺を見返しながら眩そうに眼を細めて、口角を薄く上げる。それから、俺の頭を軽く撫ぜて、今度は大きく笑った。

  「少し、海に寄ってから行くか!この時間ならまだ、ひとも少ねえだろ!」

  「えっ!?いいの?行きたい!」

  彼の言葉に、勢い込んで大きく頷く。海に寄って行ける、ってことが嬉しくて、…彼が海が可愛いって言ったことを少し不思議だと感じたことも、跡形もなく消えてしまった。

  海辺は、観光地と言われているだけあって、馬車停め場も設置されていた。きっと、俺たちみたいに違う街から来るひとも多いんだろう。まだ誰も停めていないそこに馬車を停めて、馬にも休憩してもらう。見れば、水ポンプや桶も置いてあった。今は閉まっていたけど、飼い葉を売ってくれるらしいところまであって、馬にも優しい馬車停め場だ。俺たちも、ひとつ桶を貸してもらって、水を汲んで馬にあげた。それから、わくわくしながら海岸に向かう。…あ、水着は鞄の中だ。まさか、旅荘に着く前に海に来られるなんて思ってなかったから。

  「水着、服の下に着てきちゃえばよかったなあ」

  自分の服装を見やりながら、少しだけ口を尖らせてシャツを摘まんだ。今の俺の俺の格好は、ハンデットが選んでくれた、ボタン留めの白いシャツ。普段はボタンの代わりに皮の紐で結ぶようなシャツばっかり着てるから、ボタンで留めるシャツは少しだけ大人っぽくて、…なんだかどきどきする。ハンデットがいつも着てるシャツもボタン留めだから、お揃いみたいにしたくて、俺がこういうのが好いってハンデットに見てもらったんだ。

  だから、海には入りたいけど、この服を濡らしたくないっていうのもやっぱりある。でも、いざ海に着いたら、思いっきりはしゃいでしまって、シャツを濡らしてしまう自分も容易に想像できた。…やっぱり、水着着てくるんだった!

  そんなことを考えている俺に。ハンデットが宥めるみたいに、俺の頭に手を置いた。そのまま、くしゃくしゃと掻き混ぜるように撫ぜられて、その擽ったさに目が細まる。俺が笑ったのを見ていたのか、今度は髪を梳くように彼の指が動いた。

  「いや、今は旅荘にも着いてねえし、がっつり海に入るのは後でもいいだろ。…なんだ、近衛兵長からの伝手でさ、プライベートビーチ?っての、貸してもらったんだ。だから、泳ぐのはそこでゆっくりやろうぜ」

  「えっ、なにそれ、プライベートビーチ!?」

  そのまま続けられた言葉に、またも目を丸くしてしまう。プライベートビーチ、…って、要は貸し切りってこと!?えっ、なにそれすごい。近衛兵長、ってことはリジットさんだよね?フラフィーの旦那様の。…凄いなあ、リジットさんってプライベートビーチなんて持ってるのか!それか、伝手、って言ってたから、誰かが持っているビーチを貸してもらえるようにしてくれたとか?どっちにしても、本当にすごい!それに、有難い!

  「すごいねえ!じゃあ、その海岸には俺たち二人しかいないってことだよね!」

  「ああ。だから自由に泳げるし、他にも気兼ねなくいろいろできるぞ」

  

  浮足立つ歩調でそんな会話を交わしながら、手を繋いで海岸に降りる。遠目からでもきらきらしていた海面は、近づくともっときらきらと輝いて、すごく綺麗だ。ざざぁん、って波打つ音が耳に心地よくて、潮風が鼻先を掠めて、わくわくする気持ちが更に高まる。まだ早いおかげか、海岸に人の姿は他になかった。…すごい、今も貸し切りみたいだ!

  「ね、足だけでも海に着けていい?」

  「おう!俺もやろうと思ってた」

  わくわくが止まらなくて、繋いだ手を揺らしてしまいながらそう問いかけると。ハンデットも、大きく笑いながら俺に頷く。その笑顔は、まるで悪戯っ子の少年みたいに素直な表情で。…子供の頃のハンデットを垣間見たような気がして、俺の心臓がわくわくとは違う意味で、大きく、高く飛び跳ねた。口元が緩んでにやけて、どうしようもない。どうしよう、俺のハンデットが凄く格好良いのに、更に可愛い!

  そんなことを想いながら、靴下を脱いでブリーチズの裾を膝上まで捲った。裸足の足裏を砂浜につければ、細かい砂がさらさらと気持ち良くて、少しだけ擽ったい。初めての感触に、二人で顔を合わせて笑ってから、手を繋いで同時に海へと駆け出した。ぱしゃん、って大きな水音を立てて、勢いよく足が海に入る。水しぶきが上がって、ブリーチズまで少し濡れた。でも、それすら楽しくて仕方がない。

  「つめたーい!きもちいー!」

  海面を蹴り上げるように、ばしゃばしゃと海の中で跳ね回る。ブリーチズが、捲った意味を為さないように濡れていくのが分かる。ハンデットも同じように海面を蹴り上げれば、一際大きな水しぶきが上がった。それが俺にかかって、今度はシャツごと濡れた。でも、すごく気持ち好い!

  「お、悪い、掛かった。足が長くてな」

  「あー!やったなハンデット、俺もやる!」

  

  全然悪いと思ってなさそうな、少しだけ悪い顔で笑いながら。そんなことを言ってくる俺の彼に、俺も楽しくてしょうがなくて。大きくそう口にしながら、空いてる手で投げるように、思い切り海水を彼に掛けた。きっと、ハンデットなら、簡単に避けられただろう。でも、真正面からそれを受けてくれた彼が、楽しそうに犬歯を見せて笑った。それが嬉しくて、俺も張り切って両手で彼に水を掛ける。きゃあきゃあと騒ぐ俺たちの声が辺りに響いて、きらきらした水面に反射する。

  …なんだか、子どもの頃に戻ったみたいだ。そんな想いが、不意に浮かぶ。俺はいつもと変わりないのに、何故だか身体まで子供になったみたいで。目の前の彼も、俺よりも歳が上で背も高い、いつものハンデットなのに。子どもの彼と一緒に遊んでいる気持ちになった。そのくらいに楽しい、っていうのも勿論あるし。…何より、ハンデットがいつも以上に楽しそうなのが、すごく嬉しい。

  いつもの、素っ気なくて不器用で、でも誰よりも優しい彼も、誰よりも一番大好きだけど。こんな風に、まるで子供みたいに素直に大きく笑ってくれたり、少し悪い顔で楽しそうに笑う顔も、もっと見たい。俺は、どんなハンデットだって世界一大好きだし、ハンデットが楽しそうに笑ってる顔を見るのが、一番嬉しいんだよ!

  そんなことを想いながら、海の浅瀬でハンデットとはしゃぐ。ただそれだけで、俺は幸せでいっぱいで。まだ旅荘に着く前なのに、胸もいっぱいで既に大満足だ。今だってこんなに楽しいのに、これからもっともっと楽しいなんて、どうしよう!こころのなかで、始まったばかりの旅行を考えて、わくわくと幸せで胸がはち切れそうになる。

  

  そんな風にして遊んでいると、時間が過ぎるのはあっという間で。太陽がさっきよりも高く昇って、日差しも熱を持って強くなってくるのを感じて、もしかしてもう午前中も大分過ぎたのかなって思い至る。ハンデットもそれに気づいたのか、水しぶきを上げる手を止めて、俺を見遣った。

  「大分遊んじまったな。…そろそろ行くか?」

  「うん、そうだね。ちょっと名残惜しいけど、…まだこれからも遊べるしね!」

  彼の言葉に、少しだけ後ろ髪を引かれながらも、大きく頷く。本当はまだハンデットとこうして遊んでたいけど、…そろそろ海岸にやってくるひとの姿も見えそうだ。あんまりひとが増えたら、人混みが苦手なハンデットは気を遣ってしまうかもしれない。それならせっかく貸してもらえたプライベートビーチで遊んだほうが、気兼ねしなくてよくて、きっと楽しい!

  頷いた俺に、ハンデットも笑って。…当たり前のように、俺の手を取ってつないだ。ずっと海の中にいた身体は冷えていて、でもハンデットの手はあたたかい。そこから、ぬくもりが身体中にじんわりと巡っていくのを感じながら、海から出て、裸足のまま靴を持って馬車へと向かう。タオルも、ちゃんと旅行鞄に入ってるもんね!馬車停め場のところにある井戸ポンプを借りて足を洗って、靴下と靴を履く。お互い、ブリーチズやトラウザーはかなり濡れてしまってるけど、ハンデットのシャツは全然無事だ。俺のほうのシャツは濡れてるのに!やっぱり、身長の差かなあ。ハンデットは背が高いもんなあ。そこも格好良いけど!もう、何を考えてもハンデットが格好良い、と言うところに行き着いてにやけてしまうあたり、俺も相当嬉しくて、浮かれてる。いや、ハンデットが世界一格好良いのは本当だけどね!?

  ああ、でもハンデットが選んでくれたシャツを濡らしちゃったのは、やっぱりちょっとだけショックだ。着たのも今日が初めてだったのに!予想していたとはいえ、ちょっとだけしょんぼりしながら、濡れたシャツを見遣った

  「やっぱりシャツ濡らしちゃったなあ。…折角ハンデットが選んでくれたやつなのに」

  またも自分に対して口を尖らせながら、見遣っていたシャツの裾を摘まむ。明らかにしょんぼりしてるのが分かったんだろうか。ハンデットが笑いながら、また俺の頭に手を置いた。今度は慈しむように、優しく髪を撫ぜられて、心臓がどきどきしてしまう。

  、

  「汚した訳じゃねえし、直ぐ乾くだろ。それに、…そんなにそれが気に入ったなら、今度は俺が買ってやる。お揃いだから、好かったんだろ?俺もそう想う。そう言うのも、…お前となら好いもんだな」

  神に指を滑らせながら、ハンデットが俺に言う。その声すらなんだか甘い気がして、俺の顔は一気に耳まで熱くなった。心臓がどきどきしすぎて、自分がなんて返事をしたのか分からなかった。なんだか、今日のハンデットはいつもよりも更に、益々優しい。勿論ハンデットは、いつも俺に優しいんだけど!なんていうか、…すごく優しくて、蕩けるくらいに俺に、甘い。

  これも、二人だけの旅行だからかな?俺が嬉しくて浮かれてるのと同じくらいに、…ハンデットも、この旅行が嬉しい、って想ってくれてるのかな?そんなことを想いながら、溶けそうなほどに熱く緩みっぱなしな頬を押さえていると。

  「…これも着とけ」

  「えっ?」

  何故だかハンデットがシャツを脱いで、俺に掛けた。俺もだけど、この国では男性は、シャツの下に着る下着が無い。だから勿論、シャツを脱いだ今のハンデットは。上半身に何も着てない状態で。ふかふかで艶やかな黒色の獣毛と、俺の目にも鍛えられてるって分かるくらいの引き締まった筋肉が目の前にあって。わあああ!って大きく出しそうになってしまった声を、慌てて飲み込んだ。い、いきなりこういうのは駄目だよ!ずるいよ!心臓が破裂しちゃうよ!

  「え、だ、大丈夫だよ!?濡れちゃったけど、俺、全然寒くないし、大丈夫だよ!だから大丈夫!」

  ハンデットの上半身裸な姿なんて、どきどきしすぎて目に入れられない!でも、それを口にするのは恥ずかしいのと、いきなり彼の裸の上半身を見てしまった動揺で、意味もなく大丈夫を何度も繰り返してしまう俺に。

  「いいから。そうじゃなくて、その、…透けてんだよ」

  「へ?」

  口ごもるようなハンデットの言葉に、自分の様子をもう一度見遣る。…白いシャツが濡れて、張り付くように膚が透けている俺の上半身。そこに赤とピンクの中間のような色が、ぽつん、とふたつ、浮いていた。それが俺の、…乳首だということに気づいて、さっきまでとは違う意味で、一瞬で顔から首まで熱くなる。

  「あっ!あ、ほ、ほんとだ…」

  「だろ。だから、それ着とけ。…お前のそんな格好、万が一でも誰にも見せたくねえからさ」

  わたわたと、その恥ずかしい乳首を隠そうと背を丸めた俺に。俺から眼を逸らしながら、ハンデットが指だけで、俺に掛けてくれたシャツを示した。その言葉に、首だけで大きく頷きながら、有難くシャツを羽織る。…俺のよりも全然大きくて、少しだけハンデットの匂いがする真新しいシャツ。

  それを羽織っているときも、ハンデットの眼は俺から逸らされていた。それは、…上半身裸の彼を、俺がどきどきしすぎて直視できないように。ハンデットも、シャツの透けた格好の俺を見たら、少しでもどきどきしてくれるからだ、って思ってもいいのかな?

  そうだったら好いな、なんて密かに思いながら。羽織ったシャツのボタンも幾つか留めて、ハンデットに向き直る。

  「ありがと、ハンデット!やっぱり、ハンデットのシャツは大きいね!ほら見て、指しか出ないんだよ!」

  そう言いながら、ほら!とばかりに指先だけしか出ない袖を見せると。ハンデットが眼だけでこっちをちらり、と見て、それからまた逸らしてしまった。でも、その顔が照れたように、…黒色の獣毛すらも赤く染まるような表情で、笑っているから。そんなハンデットに俺も笑って、裸のままの彼の上半身に寄り添うように、御者席に座りなおした。

  今日のハンデットは、いつも以上に俺に優しくて、甘くて。そんな彼に、俺もいつも以上にどきどきしてしまうけど。…照れ屋なところは、いつも通りのハンデットで。そんなところも、やっぱりすごく、愛おしかった。

  ******

  天気の良さと、御者席に吹く風のおかげで。旅荘に着く頃には、濡れていた俺のシャツも完全に乾いていた。

  旅荘からほんの少し離れたところに、旅荘用の馬車停め場を見つけて、そこへ向かってハンデットが馬車を走らせる。その間に、俺も貸してもらっていたハンデットのシャツを脱いで、ハンデットに渡せるようにスタンバイする。

  慣れた手つきでハンデットが、馬車停め場に馬車を停める。それを見計らって差し出したシャツを、ハンデットが笑って羽織りながら、御者席から飛び降りるようにして降りた。そんなハンデットに倣って、俺もさっきみたいに勢いよく御者席から降りようとして。…こっち側に駆けてきたハンデットに、手で止められる。どうしたのかと思わず彼を見遣ってしまう俺に、…ハンデットが両手を差し出してきた。

  「ほら」

  まるで当たり前のように、俺へと広げられた両手。一瞬意味が分からなくて、思わずきょとんとハンデットの顔を見つめてしまった。そんな俺の様子を、ハンデットも不思議そうに見遣って。…それから当たり前のように自然な手つきで、彼の手が俺へと回る。ぎゅう、と抱きしめられた俺の身体が、軽々と宙へ浮いた。

  …え?わ、うわあ!って、頭の中では大きく叫んだ声も、驚きすぎて口からは出てこなかった。それよりも顔が爆ぜるみたいに熱くて、抱っこされている感触が心地好くて、自然と彼の背へと腕が回る。

  御者席から地面への、ほんの少しの距離。でも、俺がぎゅって抱き着き返したからか、…ハンデットも、俺を下ろすことなくそのまま抱きしめてくれていて。それが嬉しくて、彼に抱っこされたまま、そのシャツ越しにそのふかふかの獣毛に顔を寄せる。

  「いらっしゃいませ!お待ちしておりました」

  そんな俺たちに、後ろから大きな挨拶の声が聞こえて。その声に、ハンデットが慌てて俺を地面へと下ろした。俺も、ハンデットの大きな身体で顔を隠しながら、赤くなった顔を冷やそうと、ぶんぶんと顔を大きく振る。

  どうやら、馬車の音や俺たちの遣り取りが、旅荘まで聞こえてたらしい。こちらに駆け寄ってきてくれたのは、旅荘のご主人らしきおじさんだった。そのまま俺たちの傍まで駆けて来てくれたご主人が、俺たちに頭を下げる。こういうところに泊まるのも初めてな俺は、どぎまぎしながら慌てて頭を下げ返した。

  「よ、よろしくお願いします!」

  「お世話になります」

  ハンデットも、俺の隣で頭を下げながら、旅荘のご主人さんにそう挨拶する。その姿すら様になっていて、頭を上げながら思わず見惚れた。…思えば、ハンデットのこういう姿を見るのって、初めてだ。俺の父ちゃんや母ちゃんにも礼儀正しく接してくれるし、商店街の皆にも真面目で律儀だって評判のハンデットは。旅荘のご主人にも礼儀正しくて、それでいて堂々としている。こういう旅荘に来るのは俺と同じで初めてだ、って言ってたけど、全然そんな風には見えなくて。…ぐう、俺のだ、旦那さまは本当に格好良いんだから!

  なんて、内心でハンデットを『旦那さま』呼びなんてして、ついはしゃいでしまう俺の隣で。俺たちの様子を笑顔で見ていたご主人が、頷きながら口を開いた。

  「新婚旅行でいらっしゃるのですよね!そんな大事なご旅行に当旅荘をお選びいただき、誠にありがとうございます」

  「いえ、この旅荘がすごく好かったと紹介してもらったので。こちらこそ、よろしくお願いします」」

  そんな会話を交わす二人を見遣りながら、…密かに目を丸くする。し、新婚旅行だって!ハンデット、この旅行をそんな風に言ってくれてたの?大きく緩んでしまう口元を隠すように、持っていた荷物で顔を覆う。え、じゃあこの旅行中は一足先に、俺はハンデットの、…その、お嫁さんとして振る舞っていいってこと!?そう思うと、馬車に乗っていた時から緩みっぱなしだった顔が、益々蕩けるように崩れてしまう。どうしよう!嬉しい!

  「では、お部屋にご案内致しますね。奥様も、よろしければお荷物をお持ちします」

  そうご主人が言いながら、…俺へと手を差し出す。一瞬、奥様と言うのが誰なのかわからなくて、きょとんとご主人を見返してしまった。そんな俺に、…ハンデットが俺の肩を緩く抱いてくる。そのまま、俺を彼のほうへと引き寄せながら、ハンデットが言葉を続けた。

  「大丈夫です、コイツの荷物は俺が持つので」

  「左様でございますか。では、こちらへどうぞ」

  二人の会話を聞きながら、またも内心で目を丸くした。…『奥様』、って俺のことか!それに気づいて、今更ながらにじわじわと顔が熱を持つ。ハンデットに抱かれている肩があたたかくて、心地が好いい。いつもは、手を繋いだり、俺がふざけて彼にぶら下がるように腕を組んだりしてるから。…こんな風に肩を抱かれて歩くっていうのも、あんまり経験がなくて、それにもどきどきしてしまう。

  『奥様』、の響きに似合うように、つい精一杯で大人っぽく歩いてしまったりして。そんな俺に気づいたのか、ハンデットが小さく笑って、俺の肩を撫ぜた。大人ぶろうとした自分に気づかれてしまったことに、ちょっとだけ、照れてしまう。

  

  俺たちの部屋は、2階の海側だと部屋に向かう道中で教えてもらって。案内してもらった部屋に入って、うわあ!と歓声が自然に漏れた。広い!それに、窓から海が見える!思わず一歩踏み出して、部屋を見まわしたくなる気持ちを押さえて、目だけで部屋の中を見渡した。それでも、つい顔も動いてしまうのは見逃してほしい。だって、本当に綺麗で、広くて、すごいんだよ!

  「お食事は、下の食堂にご案内しておりますが、お部屋でもお取りいただけます。その際はお声をかけて頂けましたらお運び致しますので、遠慮なくお申し付けください」

  「分かりました、有り難う御座います」

  そんな会話が聞こえる中で、部屋を見まわしていた俺の目に。…一際存在感を放つ寝具が映って、目を見開いた。真っ白なシーツとベッドカバーも目に眩しいそのベッドは、二人で寝転んでも余りそうなくらいに大きくて。…そして、部屋に一つだけだった。わあ、と喉奥で漏れそうになった声を、慌てて飲み込む。…今日、きっと起こるだろうことが、一層鮮明になった気がして、顔中に熱が上がる。心臓がどきどき高鳴って、全身に響いた。  き、今日、今夜このベッドでその、…ハンデットと俺、最後までするんだ!そう思うだけで、おなかの奥がじんじんするみたいに疼いてしまう。すっかりハンデットの指のかたちを覚えている、俺のお尻の孔から腸壁までもが、おなかの中で甘く畝る。…どうしよう、ただベッドを見ただけなのに、身体が蕩けそうだ。

  聞こえてる筈のハンデットとご主人の会話も、耳から素通りしてしまって。部屋に一つだけの大きなベッドから目を離せない俺に、…ぱたん、てドアの閉まる音が響いた。次いで、かちり、って鍵の閉まる音も微かに聞こえる。ああ、ご主人の説明が終わったのか。そんなことを頭の隅で考えた俺の真後ろに、ハンデットが立つ気配がした。

  「どうしたの?」

  

  そう問いかけながら、後ろを振り向こうとして。…そのまま、ぎゅう、と抱き締められる。抱き締める、よりも抱き竦める、っていう方が似合うような強い力。急な行為に、少しだけびっくりしてしまって。もう一度『どうしたの?』と問いかけかけた俺の口は、重ねられたハンデットの口に塞がれる。開いていた口に彼の舌が入ってきて、俺の舌に絡められる。

  ちゅう、と舌ごと唇を吸われると、それだけで気持ちが好くて頭の芯がじん、と痺れた。気づけば、服の上から彼の手が、俺の身体を這っていて、シャツの上から乳首を転がされる。背筋が甘く震えて、膝にちからが入らなくなる気がした。

  「…着いたばっかなのに、すまん。もう、我慢が効かない」

  間近の距離で。彼の、聞いたことがないくらいに切羽詰まって余裕のない声が、吹き込まれるように耳に響く。焦点がぶれるくらいに近い距離で、俺を覗き込むように見つめる彼の眼は、…声と同じに余裕がなくて。まるで、情欲が剝き出しになったみたいに、濡れていた。そこに浮かんでるのは情欲だけじゃない、支配欲とか、征服欲とか、…独占欲とか。そういう感情が、俺にも分かるくらいに露になっていて。その眼を見ただけで、俺のおなかの奥の疼きも、焦れるように強くなっていく。心臓の高鳴る音が全身に響いて、内に籠る息遣いと反響する。

  「お、俺も、…がまんできない。ハンデットと、最後までしたいよ…」

  零れるように、口から出た言葉は心臓の鼓動と息遣いに消されて遠くに聞こえる。でも、ハンデットには伝えられたみたいで、…俺の身体に回る彼の腕に、力が籠った。そのまま、抱えるように俺の進退が宙に浮いて。彼の足が、荒い音を立てて数歩歩いた。

  その足音を聴きながら。ハンデットの背に、腕を回して目を閉じる。…高鳴りすぎて、痛いくらいの心臓の音が、重なって聴こえた。

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