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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【7】

  初めて、彼を見たとき。…こんなに格好良いひとが、この世界にいるのかってびっくりした。

  2月の空は、薄く澄んで青い。

  びゅうびゅうと、打ち付けるような風に立ち向かいながら。俺は、門番兼庭師さんを手伝って、広い庭園の水遣りをしていた。

  この大きなお屋敷は、近衛師団兵士長が代々住んでいるお屋敷らしい。だからお屋敷も庭園も趣があって広いし、その庭園には樹齢が長い樹木もたくさんある。

  夏は一日3回、冬は昼間に一度の水遣りは、同時に花や樹木も楽しめるから、俺は好きだった。

  春に向けて、枯れたり萎れたりしている子たちも多いけど、今が盛りと咲いている花もちゃんとある。

  今日は、庭師さんはシネラリアという花を飾ってくれていた。2月の花だというその花は、青の混ざる白色で、とても綺麗だ。その子たちに水を上げてから、芝生を踏んで次に移る。

  早咲きのデイジーにまんべんなく水をかけながら、良く晴れた空を見上げた。吐いた息が、白く昇って青に消える。…その光景に、なんとなく思い出した。

  …そう言えば。彼が、俺のところに、初めて来てくれた日も。季節は違うけど、こんな、綺麗な空の日だった。

  ************************

  

  あの日。もうすぐ12になる俺のところに、彼が初めて来てくれた日。

  朝からとても良い天気で。両親が、そわそわと屋敷内から庭まで念入りに点検していたのを覚えている。今日は、大事なお客様が来るからな、と、父親が繰り返していた。

  俺も、庭の様子を何度も見に行かされた。庭の様子を見てきなさい、と言われるたびに従いながら。誰がいらっしゃるの?と聞いても、俺の言葉なんて聞こえてないように、てんぱった様子の両親。母親が、それこそ侯爵や公爵と言う上流貴族に招かれたときにしか身に着けないような恰好で、メイドさんに念入りに化粧してもらっていた。

  それでも、どんなお客様がいらしても、俺には関係のないことだと思っていたのに。何故だか、用意の終わったらしい父親に引っ張られて、俺までやたらとめかし込まされる。

  俺の、名目上の…婚約者、である侯爵様に逢うときのような恰好。いやそれ以上に上等な服を着せられ、念入りに髪を梳かれる。一体何だなんだと思っても、それに答えてくれる人は、誰も居ない。

  

  一体何が起こるのか。周りの様子に、興味を越えて不安に思い始めたとき。…そのひとは、うちに訪れた。

  

  ここで待っていなさい、と、エントランス脇の小部屋に押し込まれる。外から、父親の上擦った声と、母親の興奮したように高い声が、微かに聴こえた。誰がいらしたのかは、やっぱり分からない。

  することもなく、ぼんやりと座った、数十分…いや、十分もしないうちだっただろうか?ノックをして、メイドさんがドアを開けてくれる。

  こちらです、と促された先は、応接室だった。うちで一番豪華に飾られた、大事なお客様をお通しする用の部屋。…本当に、うちにとってすごいひとが、いらしているらしい。

  これでも、一応貴族の息子だ。侯爵様への『嫁入り』の為に、マナーも念入りに勉強させられてもいるし。…俺の、自分の将来への心構えの所為だろうか。歳の割にしっかりしているって誉められたことも何度もある。…きっとしっかりしてるんじゃなくて、無意識に諦めてるだけなのかもしれないけど。でも。

  

  親にとって、家にとって、『どうでもいい子』にとっては、それしかなかったから。邪険にされてたわけじゃない。でも、…多分、大事と思われてもいなかった。

  それも仕方ないって知ってる。だから、言われたことにも逆らわなかった。侯爵様の、…玩具になる為の婚姻にも。俺には、そうするしかなかったから。

  …誰かに愛されるなんて。玩具じゃなくて、性嗜好じゃなくて、…誰かが、『俺』を愛して乞うてくれるなんて。俺には、無いことだって分かってたんだ。

  だから、今日も。扉の向こうにいらっしゃるだろう、うちにとっての大事な方の為に。粗相のないように、ひとつ深呼吸してから、ゆっくりとドアを2度ほど、ノックした。

  

  『入りなさい』、と、緊張したような父親の声が扉越しに聴こえて。一拍置いてから、丁寧に、ドアを開けた。頭を下げながら、俺もあまり立ち入らない、応接室を密かに見遣る。

  豪奢で大きなソファが、テーブルをはさんで2脚ずつ。下座には、うちの両親が畏まって座っている。そして、上座には。

  『フラフィー、こっちへ』

  その姿を認める前に、名前を呼ばれた。その声に急いで、けれど駆けらないように、両親の下へと足を急がせる。

  母親の隣まで向かうと、身体をくるりと四半回転させられる。上座に座るそのひとと、向き合う格好。けれど頭を下げるようにと促されて、慌てて深くお辞儀をした。目の前のひとの姿は、足しか見えない。黒色のブーツに同じ色のズボンを纏った、下肢の姿。…もしかして、この格好は軍人、だろうか?

  もし本当に軍人だとしたら、両親の緊張も畏まり方も、朝からの浮かれ様も、納得がいく。この国の軍人の地位は、一般兵の方ですら、伯爵さまと同じ権威を持つのだから。

  …この分だと、目の前のこのひとは、なにかしらの階位を戴いている方に違いない。そうすれば、侯爵さまか…もしかしたら公爵さまほどえらい方かもしれない。…ますます粗相が出来ない。

  一体、そんなえらい方が、なんでうちに。そんな疑問を頭に浮かべながら、お辞儀を続ける。

  『末子の、フラフィーです』

  父親の言葉と同時に、母親に、今度は頭を上げるように促された。自己紹介だ。一呼吸ついてから、ゆっくりと頭を上げた。名前を言おうとした声が、…喉奥で止まる。

  目の前に、座っていたのは。漆黒の毛並みが綺麗な、…狼獣人の軍人さまだった。

  

  獣人。…こうやって、きちんとお逢いするのは、初めてだった。だって、獣人は、主に軍人として、王城に仕えている。うちみたいな、王城に入れもしない下流の貴族なんて、縁遠い存在で。だから。

  だから、…こんなに、格好良いとは、思わなかった。獣人はみんな、こんなに格好良いのだろうか。…それとも、このひとが、一際格好良いのだろうか?それすらも見当がつかない。

  そのくらい、目の前の獣人の彼は、格好良かった。俺の世界の、どの人間よりも格好良かった。こんなに格好良いひとが、この世界に居たのかと、そう想うくらいに驚いた。

  

  透明な、琥珀色の眼が、真っ直ぐに俺を見ていた。鮮やかな黄褐色のなかの、黒色の四白眼は、狼、という獣種というのもあるのだろうか、鋭い眼差し。引き締められた口元と、少し前方に傾いて、ぴんと立てられた耳。座っていてさえ背筋を伸ばした、綺麗で正しい体勢。

  ぽかん、と彼を俺も見返して。…それから大きく跳ねた心臓に、自分で驚く。反射で押さえてしまった胸を隠すように、もう一度頭を下げた。…掌の下で、厚い胸脂肪にすら負けないくらいに心臓が跳ねている。それが分かる。更に押さえるように、胸に当てていた手に、もう片手も重ねた。握るように、きつく掴む。

  気付かれないように深呼吸をしてから、顔をあげると。名前、と母親に小さく言われて、慌てて口を開く。顔の熱で蒸発でもしたかのように、唇がかさかさ乾いていた。

  『フ、ラフィーです。よろしくお願いします』

  ぎゅう、と、心臓の上で握っていた手に、力を込める。両手を下げなさい、って注意されないかと冷や冷やしたけど、誰にも咎められなかった。

  声が裏返りそうになって、必死でお腹に力を入れた。…目の前で、鋭い中にも誠実さを湛えた眼が、俺を映している。それを意識するだけで、心臓が大きく鳴った。こめかみからつま先にまで、心臓の鼓動が振動となって響くくらい。…今、俺の顔は真っ赤になっていないだろうか。おかしく思われてないだろうか。そんなことばかり気になってしまって、目の前の、軍人さまの顔なんて見られない。

  『フラフィー。こちらは、近衛師団兵士長の、リジット様だ』

  父親の声すら、心臓の音に邪魔されて上手く聴こえない。それでも、彼の名前は聴こえた。…リジット。リジットさま、って言うのか。彼の名前を反芻してから、名前まで格好良い、ってこころのなかだけで呟く。彼が、父親の言葉に、軽く頭を下げてくれたのが分かって、俺も慌てて、もう一度頭を深く下げた。…って言うか、近衛師団って言った?…だからか。これは、父親も母親も興奮してしまうだろう。それだけ、その地位はすごいものだから。

  それでも、俺には彼の地位よりも、…彼の姿の方に、気を取られてしまう。リジットさま、が、どんな軍人さまだってどうでもよかった。彼の眼が、俺を見ている。そう思うだけで、呼吸すらうまく出来ないくらいに。…知らなかった、俺って面食いだったのか!

  座りなさい、って促されて、ぎくしゃくと座る。俺の一挙手一投足にも、彼が注目しているようで、綺麗な座り方さえ分からなくなる。心臓の上から手を離して、両の膝の上でまた、硬く握る。顔があげられなくて、目だけでそろりと、彼を見遣った。大きく鳴りすぎて、心臓が痛い。

  『して、今日は何の御用でしたでしょうか』

  同じように、ぎくしゃくとした声で、父親が問いかける。それに、一瞬だけ琥珀色の四白眼が、父親を見てから、…また、俺を見つめた。真っ直ぐに、射るような眼。顔が熱くて、見返せない。慌てて目も伏せてしまいながら、彼が口を開くのを待つ。

  『貴殿の御子息のフラフィー殿を、我が花嫁として娶りたい』

  彼の雰囲気によく似あう、硬質で涼やかに低い声。ああ、声まで格好良い。その声に聞き惚れてしまってから、…言われた言葉に、一瞬止まる。……今、彼はなんて言った?

  停止した思考で、彼の言葉を反芻する。娶りたい、と彼は言った。…言った?ほんとに?ていうか、めとるってなんだっけ?意味なんて知ってるはずなのに結びつかない。いや待て、花嫁とも聞こえたけど?誰を。俺を?まさか!

  舞い散る疑問符のなか、伏せていた頭を上げた。多分、今、すごく間抜けな顔をしていると思う。ぽかん、と目も口も開いて、目の前の、漆黒の狼獣人の軍人さまを見遣った。

  間違えた。と、いつ、彼がそう言うかを待つ。人違いでした、と、そう言って彼が謝ってくるのを。…数秒待っても、それは訪れなかった。

  

  透明な、琥珀色の四白眼。鋭い中にも誠実な色。…そこに見える、確かな緊張。その眼には、俺が映っていた。…俺、だけが映っていた。

  隣に座る母親の、歓声が遠くに聴こえる。呼吸の仕方すら忘れてしまって、うまく息が吸えなかった。現実かどうかを確かめるために、ゆっくりと瞬きをする。…何度瞬いても、消えなかった。その綺麗な漆黒の毛並も、ぴんと前方に傾いて立つ形の良い耳も、艶やかに光る黒色の鼻も、…俺を真っ直ぐに見つめる、その透明な眼も。そこに映る、俺も。

  

  本当なの、か?な?じわじわと、反芻した言葉が浸透する。ただでさえ熱を持っている顔が、燃えるみたいに熱くなった。…ほんとに?ほんとに、そう、言ったの?

  俺を娶りたいって。…俺を、彼のお嫁さんにしてくれるって。

  唐突に、それこそ降って湧いた幸運に、頭がついていかなかった。だって、ほんのついさっきまで俺は、もうすぐ侯爵様の『嫁』として、…玩具になりに嫁ぐはずで。それをずっと覚悟もしてたし、諦めてもいたのに。誰かに愛情で求められることなんて、俺の人生に無いんだって、そう。…それが。

  この、ひとは。俺を、そう想ってくれたんだろうか?少しでも、『俺』を。こんな格好良い狼の軍人さまが?ほんとに?一体、何がどうして俺なんかに。

  頭の中には、相変わらず舞い散る疑問符。それでも、心臓が、痛いくらいに弾んだ。勝手に顔が緩んで、ほころぶ。

  「喜んで!」

  そう、満面に笑顔を浮かべて、そう返したとき。俺を真っ直ぐに見てくれていた、その琥珀色の四白眼が、ゆっくりと。…笑うかたちに、細められた。

  鋭く見える、その眼が。笑うと、…とても優しくなることに、思わず見惚れてしまって。

  彼の顔が、眼だけじゃなくて。俺に向かって、眼も口も、優しく笑んでみせてくれたとき。

  

  この瞬間に。俺は、彼に恋に落ちたんだ。

  *******************************

  じょうろの最後の一滴まで、花壇の土に落ちて染みていく様を見遣りながら。巡らせていた記憶に、顔が緩んだ。笑った口から、白い息が漏れて、上へと昇る。

  格好良かったなあ、ほんとに。いや勿論外見もだけど、それだけじゃなくって!まるでこう、なんていうか、おとぎ話の王子さまっていうか!いやもういいんだ、俺にとっては王子さまだから!って何言ってるのか俺は!自分で自分に突っ込みながらも、顔が緩みっぱなしで笑みが止まらない。

  ああ、リジットさん早く帰ってこないかなあ。にやけたままでひとつ息を吐いて、じょうろを置きに屋敷の方へ足を向ける。ああそうだ、水遣り終わりましたって報告もしないと。

  さくさくと、黄朽葉色になった芝生を踏みながら歩くと。前から、こちらに歩いてくる影が見えた。背の高くて、黒色の影。

  あ、って思う。それと同時に、その影が俺に向かって手を上げて。

  「フラフィー」

  「リジットさん!」

  その、声を聞くと同時に。足が、勝手に動いて駆けた。じょうろも持ったまま、彼へ走り寄る。近づくたびに鮮明になる彼の姿。優しく細めた琥珀色の四白眼が、俺を見遣った。

  じょうろごと、彼に抱き着く。その勢いで、持っていたじょうろが、手から離れてしまって、柔らかい芝生にさくりと落ちた。…ああ、あとで拾わないと。そんなことを思いながらも、抱き着いた、彼の身体から離れられない。

  彼の手が、俺の髪を撫ぜてくれてから、少し、身体が離された。俺よりも幾分も高い背が屈められて、俺に視線を合わせてくれる。

  「寒かっただろう」

  言いながら。彼の手が、俺の頬を包んだ。少しざらりとして、あったかい彼の掌と肉球。それが嬉しくて、自然と顔が緩んでしまうのを自覚しながら、彼の手に自分の手を重ねた。冬毛になってから、更にもふもふとあったかい黒色の獣毛。

  「おかえりなさい!今日、早かったんだね」

  「ああ、ただいま」

  

  そのまま頬を撫ぜてくれる、彼の掌を緩んだ顔のまま享受している俺に。彼が、ふ、って息を吐いて、その眼が優しく細められる。

  …彼の手から指を離して。その顔に、手を伸ばした。頬周りの獣毛は、更にふかふかと柔らかい。彼の頬を、もふもふと撫ぜまわす俺に、少しだけリジットさんが驚いたように眼を開いた。けれど、俺の手を咎めることなく好きにさせてくれる。

  それが嬉しくて、また頬を緩ませると。今度はリジットさんが、俺の手にその掌を重ねながら、可笑しそうに笑う。心臓が、きゅう、と震えて、そのまま跳ねた。

  彼の頬の、ふかふかの獣毛。そこに置いている手に、自然と力がこもる。足先にも力を込めて、爪先立った。眼を細めた彼の顔が、更に近くなって。また、少しだけ驚いたような顔の彼を目に映してから、そのまま閉じる。

  

  自分から重ねた唇は、そこだけ、やけに熱かった。

  彼が、喉奥で小さく息を呑んだ気がして。それから、リジットさんの腕が、俺の背中に回る。片腕でぎゅう、と抱きすくめられて、もう片方の手は、俺の首筋を押さえるように当てられた。ざらりとあったかい手の肉球が、俺の、うなじと呼ばれる部分を撫ぜてくれるのがくすぐったい。

  角度が替えられて、キスが深くなる。俺からしたのに、あっさりと主導権は彼に行ってしまった。けれど、それすらも何故だか嬉しい。

  首根を撫ぜ押さえられながら、挿入ってくる長い舌に俺も舌を差し出す。どっちのだろう、漏れる息が頬に熱い。そうでなくても、身体中、火照るみたいにあったかいのに。

  

  息遣いの聴こえるみたいなキスを交わしてから、彼の顔が俺から少し離れた。完全に離れてしまわないように、彼の頬に当てたままの手に、また力を込める。ぎゅう、と瞑りすぎてしまった目は、開けた後も少しだけぼやけて見えた。

  ふかり、と、彼の額に俺の額を寄せれば。ぼやけた視界の向こうで、彼が優しく眼を細めてくれる。…ああ、って想った。キスの余韻か、ぽわぽわと溶けたようになった思考で、想ったまま口を開く。

  「…俺、リジットさんの笑った顔、すごいすき」

  だから、笑って?って。出したつもりの声は、まるで囁くようになった。段々としっかり戻ってきた視界のなか、リジットさんが今日何度目かの、驚いた顔をして。…その顔が、破顔した。

  「…そんなこと、俺の方がいつも、想っている」

  額を寄せたまま。俺の頬を撫ぜながら、俺に響く、甘い声。それに、心臓がぎゅうぎゅうと揺さぶられてしまって。俺の方が想ってるよ、って、尚も言い募ろうとした言葉が、心臓の鼓動に負けて、止まってしまう。…ずるい。リジットさんはほんとずるい!

  多分、爆ぜそうに真っ赤になってるだろう、俺の身体に。彼の腕が、ふわりと回る。それから、…俺の身体が、宙に浮いた。俺の視界が一気に高くなって、彼を見下ろす。…うわあ!

  「ぎゃあ!俺重いよ!?おろした方がいいよ、無理しちゃだめだよ!」

  気付けば、彼に抱きかかえられていた。俺のお尻の下辺りに、彼の腕が回っているのが分かる。わたわたと腕を振り回して、おろしてくれってアピールする。けど。

  俺を抱きかかえたる彼の腕は、揺るがない。珍しく逆転した視界で、俺を見上げる彼の眼が、楽しそうに細められて。

  「案ずるな、お前くらいどうと言うこともない」

  本当に、こともなげに彼が言う。…確かに、お尻の下に感じる彼の腕は、無理なんてしてる様子もなくて。そもそも、綺麗にしなやかな彼の身体がどれだけ鍛えられて逞しいか、一番よく知ってるのは俺だろう。いろいろ。…いろいろね!

  思考をあらぬ方向に飛ばしてしまって、人知れず赤面する。そんな俺に、それに、って。彼が眼を細めたまま、言葉を続けた。

  「愛する妻一人抱きかかえられないようでは、夫失格だろう?」

  …言われた言葉が、耳に溶ける。一拍置いてから、ただでさえ赤くなってる顔に、更に熱が上がって、回った。ああもう!ああもう!

  「~~~っリジットさんは、ほんとずるい!」

  ばくばくと、煩いくらいに鳴る鼓動に、負けないくらいの大きな声で。そんなことを、口を突くように叫んでしまう。きっと、真っ赤になりすぎて、何の迫力も無いだろう言葉。

  思った通り、上から見遣ったリジットさんの顔は、楽しそうに笑ったままで。大好きなリジットさんが、笑ってくれてるその顔に。もう、それ以上俺は、何も言えなくなってしまって。

  その額に、噛みつくみたいにキスをしてから。そのまま、その頭を力いっぱい抱き締めた。

  

  (置き去りにしてしまったじょうろは、その光景を見ていたらしい庭師さんたちが、持ってきてくれていた。見られていたことが恥ずかしくて、暫く庭師さんたちと目を合わせられなかったのは公然の秘密だ)

  

  

  

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