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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【9.5】

  目が覚めたら。ひとつも身動きできないことに気付いた。

  明るい光が瞼に透けて、意識がゆっくりと覚醒する。心地好い微睡みに、でももう少し寝ていたくなって、寝返りを打った…筈が、身体が動かない。いや、正確には、腰が重くて、溶けたように力が入らなくて、それで胴体が動かない。

  「あれ、動けない…」

  ぼんやりと呟きながら、手をぱたぱたと動かす。どうやら一糸まとわぬ裸らしく、さらさらとしたシーツの感触が膚を滑る。手は動く。足も動いた。でも、寝返りが打てない。

  …こんな状態は、実は初めてじゃない。目が覚めて、腰が溶けたように動かなくなること。それは。

  「大丈夫か?」

  心配そうな声と共に。ベッドの上で、ぱたぱたと動かしていた手を、きゅ、と優しく握られた。ざらりと乾いて硬い感触と、あたたかい体温。…それで、ぼんやりしていた意識が一気に醒める。

  「リジッ、」

  彼の名前を呼びながら、慌てて起き上がろうとして。…まったく立たない腰に、それが遮られる。あわあわと、まるでベッドの上で溺れているようになっている俺を、リジットさんがふんわりと抱き締めてくれた。

  「無理をするな。腰が立たないんだろう?ゆっくり寝ていろ」

  上正面から、俺に降ってくる涼やかに硬質の声。俺を見る琥珀色の四白眼が、日差しを受けて柔らかく輝いているのが、とても綺麗で。そのまま、慈しむように髪を撫ぜ梳かれて、心地好さに思わず目を細めた。

  裸の俺に対して、彼は、もうちゃんと服を着ていた。白いシャツに、黒色のボトムス。起きて一番に、彼の姿に一度見惚れてしまうのは、最早毎日の習慣だ。

  今朝、腰の立たなくなった原因。…なんて、そんなのひとつしかない。昨夜、身体の限界を越えてまで、彼にもっととねだってた所為だ。裸なのも、多分その所為。最後はほとんど記憶にないから、彼に抱かれたまま、気絶して寝落ちしてしまったんだろう。

  …うう、と、自分の情けなさに泣きたくなった。カーテンから差す陽の光は、今日も好天を表していた。きっと、最高の外出日和だ。昨日だっていい天気だったのに、旅荘に着いてからずっと部屋のなかだった。…主に、俺の所為で

  せっかく観光地に連れてきてもらったのに、これじゃ、今日も部屋のなかだ。俺は、リジットさんと一緒なだけですごく幸せだけど。…こんなに、何処かに連れていき甲斐のない妻なんて、と、…彼は呆れていないだろうか。

  「どうした?どこか痛むのか?」

  一気にしょんぼりとしてしまった俺に気付いたのだろうか。心配そうな顔で、彼が、上から俺の顔を覗き込む。…ああ、更に心配まで掛けてしまった。申し訳なさに、一層ぺしゃんと潰れながら、目を伏せて彼に謝る。

  「ううん、あの…ごめんなさい」

  俺の言葉に、彼が不思議そうに眼を見開いた。

  「何を謝ることがあるんだ?」

  「だって、その、せっかく連れてきてもらったのに、こんな」

  声まで不思議そうな彼の言葉に、目を伏せたまま、言葉を続けた。申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、それがうまく言葉にならない。そんな俺に、彼が俺の頬を一つ、撫ぜて。

  「それを言うなら、俺の方が悪いだろう。お前にここまで無理させたのは、俺の方なのだからな」

  済まなかった、って、真摯な声が俺に響く。真っ直ぐに俺を見る、彼の誠実な眼に、慌てて首を横に振った。

  「ちがっ」

  反射で起き上がろうとしてしまって、また手がばたつく。そんな俺を、覆いかぶさるように、リジットさんが上から抱き締めてくれて。

  

  「それに、俺はお前がいるだけで幸福だからな。お前が俺の傍に居て、喜んでくれるのなら、場所なんてどこでもいい」

  耳元で。囁かれるように言われて、耳に溶ける。そこから熱が回るみたいに、一気に顔から身体まで、熱いくらいにあたたかくなった。ぺしゃんと潰れていた気持ちが、今度は嬉しさで、あっという間に大きく膨らむ。

  「…俺も!俺もだよ!」

  

  顔が上気しているのが、自分でも分かる。動かせない身体で、それでも手を伸ばして懸命に彼に伝えた。俺の様子に、嬉しそうに俺の旦那さまが眼を細めて。

  「それなら、何も気にせず眠っていろ。俺はずっと傍に居るからな。なにかしてほしいことがあったら、何でも言ってくれ」

  幼い子どもにするようなしぐさで、優しく頭を撫ぜられる。彼より10も年下の所為か、たまにリジットさんは、こんな風に俺を子ども扱いして甘やかす。こんな時、俺は、もっと大人扱いしてほしいような、擽ったいような、でも溶けるような心地好さで、こころが蕩けてしまう。

  今日も。低くて涼やかで、でも優しい声色で言われた言葉に、俺のこころの柔らかいところが蕩けてしまって。じゃあ、って、素直に要望を口に出そうとしたとき。こんこん、とドアがノックされた。

  「はい」

  『失礼いたします、奥さまはお目覚めでしょうか』

  ドアの向こうから聞こえるのは、この旅荘のご主人だ。昨日、俺が此処に着いたとき、俺の様子にすごく心配してくれたひと。

  「ああ、今目覚めた」

  『食事の支度が出来ておりますが、奥さまのお加減は如何でしょうか。まだお悪いご様子でしたら、お部屋に運ばせて頂きますが』

  「そうしてもらえると有難い。こちらから取りに向かおう」

  言いながら、彼が俺の傍を離れて、ドアへ向かう。ドアを開ける音と一緒に、「いえそんな、こちらからお持ち致します」、って。ご主人の声が、ドア越しから、はっきりとしたものへと変わる。

  そのまま、ぱたん、とドアが閉められて、静かになった。2人分の靴音が、部屋から遠ざかっていくのが聴こえる。…俺のご飯を取りに行ってくれたのだろうか。立てない自分が不甲斐なくて、またも申し訳なくなる。しかも、まだご主人は、おれの体調が悪いって思って、心配してくれてるのか。…ああ、更に申し訳ない。

  今、何時なんだろう。首だけ捻って、辺りを見回した。食事、と言う言葉を聞いて、一気にお腹が減った気がする。そう言えば昨日から食べてないから、当然と言えば当然なんだけど。

  きょろきょろと見回しても、俺の見える範囲に、時計は無いらしい。陽の光は、大分上に昇っているように感じた。…もしかして、もうお昼近いんだろうか。そしたら、夕方には帰るのに、ここで過ごせる半分くらいを寝て過ごしてしまったことになる。…それは勿体ないなあ。

  そんなことを考えていると、また、廊下から靴音が聴こえる。今度は一つだ。…本当は駆け寄ってドアを開けたいけど、それも出来ない。それでもなんとならないか、と、じたばたしてみる。…無理だった。

  がちゃり、と音がして。彼が、中に入ってくる音が聴こえた。じたばたしている俺を見られたのだろうか。どうやらテーブルに先に寄ってから、靴音が、俺の方へと近づいてきて。

  「どうした?」

  上から覗き込まれて、思わず赤くなってしまう。少し逆光気味になる彼の顔は、そうすると、琥珀色の眼が更に輝いて、吸い込まれそうになる。…ほんとに、綺麗な眼だなあ。

  「あ、えっと、今何時かなって」

  そんなことを考えながら、しどもどと目を動かした。…嘘じゃない、時間を知りたかったのも本当だし。

  そんな俺に、ああ、と彼が軽く頷いて。シャツの胸ポケットから、彼愛用の懐中時計を取り出した。ぱかりと開いて、文字盤を俺に見せてくれる。…午前11時半。本当にもうお昼近い。そのことに少し打ちのめされながら、有難う、と彼に告げた。それに、彼が眼を細めて返してくれてから。ぱちん、と懐中時計を閉めて、またポケットにしまう。

  「食事を貰って来た。食べられるか?」

  「有難う!お腹空いたから、嬉しい」

  笑いながらそう答えると。また、リジットさんが柔らかく眼を細める。それから、起き上がれない俺を、リジットさんが抱えてくれて。ベッドの先に寄りかからせて座らせてくれた。

  さっき、テーブルに寄ったと思ったのは、俺のご飯を其処に置いたかららしい。また、そのテーブルに彼が歩み寄って、それをこっちまで持ってきてくれた。

  運んできてくれた、朝…と言うか、時間的にはもうお昼ごはんは、オートミールのポリッジと、あたたかいスープと卵料理。それからデザートに果物。…俺が調子が悪いと思って、旅荘のご主人が用意してくれたんだろうか。本当に申し訳なくて、感謝の気持ちでいっぱいだ。ちゃんと帰る時に、お礼を言おう。湯気が立つそのご飯は、お腹が空いているのも相まって、とてもおいしそうだった。

  そのまま、彼が先程からベッド脇にあった椅子に座る。…もしかして、ずっとここで、俺が目が覚めるのを待っていてくれたんだろうか。それに気づくと、申し訳ない気持ちと一緒に。…照れるような、擽ったいような、嬉しい気持ちになった。ああ、俺は彼に愛されているんだなあ、って、指の先まで幸せが込み上げる。

  ご飯の載るお盆は、大きくてしっかりしている。だから、ベッドの上で、俺の膝に置いても大丈夫だろう。そう思って、ご飯を受け取ろうと、彼に手を差し出した。けれど。

  「ほら」

  お盆ではなく。…スプーンに、スープを掬ったものを目の前に差し出されて、ぽかんと、それを見つめてしまった。

  「え?」

  「俺が食べさせてやろう。ほら、口を開けろ」

  目を丸くする俺に。こともなげに、彼が言う。けれどその顔は楽しそうで、機嫌の良さそうに耳が立っていた。…これは、断れない。こんな愉しそうなリジットさんを前に、俺が断れるわけがない!

  …惚れた弱み、と言う言葉を頭の中に過ぎらせながら。目を伏せて、そのスプーンを口に咥える。あったかい液体が口に拡がって、喉に落ちる。でも、味なんて分からない。絶対美味しい筈なのに、すごく勿体ない。でも、俺の意識は全部リジットさんに持っていかれてしまって、味覚にまで気が回らない。

  自分からは、よくするけど。リジットさんからされたことってそう言えばあんまりなくって。なんていうか、すごく、…照れてしまって、気恥ずかしい。リジットさんは、俺が一口って差し出しても、そんなに照れたりしないから、知らなかったよ!こんなに照れるものだったなんて!

  

  もごもごと、口を動かす。あたたかいスープのおかげか、喉奥からおなかまであたたかい。でも、それ以上に、顔が熱い。

  「美味いか?」

  「…う、うん」

  

  なんだかすごく照れてしまって、彼の顔が見られない。多分、今、俺の顔は耳まで赤い。そんな俺に、また、スープの入ったスプーンが差し出された。

  「ほら、もう一口」

  「も、もう大丈夫だよ!?自分で食べられるよ!」

  目がぐるぐるして、声がひっくり返る。これ以上食べさせてもらったら、身体中に熱が回りすぎて倒れるんじゃないだろうか。そんなことすら思ってしまって、首を横に振る俺に。

  「なんだ、口移しの方がいいか?」

  愉しそうなリジットさんの言葉が耳に届いて。ぼん、と音がしそうな勢いで顔が爆ぜる。本当に、顔から火が出たんじゃないかと思うくらい、顔が熱い。

  「無理!無理無理無理!ほしくなっちゃうから無理っ!」

  ぶんぶんと首を振りながら、…言わなくてもいいことまで口にしてしまった。でも本音だ。ここで、口移しで食べさせてもらったりなんてしたら、腰もたたないのに、こんなに昼間なのに、また彼が欲しくなってしまう。

  俺の反応が可笑しかったのか、それとも満足したのか。上機嫌なのを隠そうとしない顔で、リジットさんが眼を細める。

  「そうか、残念だ」

  「~~っもう!」

  絶対、これは俺のことを揶揄っている!精一杯の顔で、リジットさんに怖い顔をして見せるけれど、多分俺の顔は真っ赤だろう。そんな顔で睨まれても、欠片も怖くないに違いない。

  現に、俺の目の前では、リジットさんがますます相好を崩して、可笑しそうに笑っている。

  「すまない、揶揄いすぎたか」

  「ほらー!やっぱり!」

  

  笑いながら言う彼に、思わず指をさしてしまった。やっぱり!やっぱり揶揄ってた!普段はあまりしない、珍しいリジットさんの冗談。…こころの奥底で、そんな彼を見られて得したと喜んでいる俺が居るのは、隠しておく。

  

  「照れるお前があまりにも可愛くてな。ついやりすぎてしまった」

  …ぐう。そんなことを言われて、『許す』以外の選択肢なんて、あるわけがない。『惚れた弱み』の一語が、また、頭を猛スピードで過ぎっていく。ほんとに、言い得て妙だと思う。大好きだから、大好きすぎて。何を言おうがされようが、彼が笑ってくれるだけで、幸せになってしまうなんて。

  今度はお盆を渡してくれた彼にお礼を言って、自分で食べ始める。そんな俺を、ベッド脇に置かれた椅子に座ったまま、リジットさんが眼を細めて見ていた。その視線にすら、なんとなく照れてしまって。スープと一緒にスプーンを齧ってしまってから、…あれ、と思う。

  「リジットさんは、ご飯食べないの?」

  「ああ。俺も、起きたのはお前とそう大差ないからな。少し前に、冷めるから、と勧められて先に食事を貰ったから、今は遠慮したんだ」

  

  俺の問いかけに、彼がそう答える。長い脚を組んで、椅子に座っている様すら格好良い――じゃなくて!それを聞いて、俺の頭にエクスクラメーションマークが浮かんだ。

  「…じゃあ、これあげる。あーんてして?」

  俺からなんて、よくしてるし。リジットさんは、あんまり照れないって知ってるけど。でも、俺だって少しくらい仕返ししたくて。さっきの意識返し、とばかりにオレンジを一つ手に取って、彼に差し出す。ほんの少し、眼を見開いたリジットさんが、…その眼を薄く細めて、俺を見返した。微かに、だけど確かに上がった口角から、少しだけ牙が覗いた。

  「戴こう」

  

  笑ったままで、彼が、…俺の手首を掴む。手を引けないようにされてから、彼の口が俺に近づいて。…指ごと、その口に含まれた。

  「ひゃあっ」

  予想外の感触に、思わず手を引く。けれど、がっちりと掴まれた手首は、びくともしない。

  手にしていたオレンジなんて、あっという間に指から取られて。彼の舌が、俺の指へと這って、絡みつく。

  「り、リジットひゃん、ゆびなめちゃらめですっ」

  驚くのと、指に走る性感に、声が上擦って、舌が回らなくなった。腰なんて既に抜けてるはずなのに、更に砕けそうになる。昨夜のことを思い出して、身体がまた蕩けそうになるのを必死で抑える。…流石に!流石に、これ以上は、どんなにしたくてもほんとに壊れてしまう!…ほんとは壊れてもいいんだけど、なんて想ってしまう思考も、必死で振り払った。

  ぬるぬると、彼の長い舌が、俺の指の根元から指先まで舐め上げる。動かないはずの身体が、びくびくと跳ねてしまうのが止められない。嬌声にも似た声が、喉奥から上がってしまって。それが聴こえているんだろう、俺の指を舐めたまま、リジットさんが薄く笑った。

  舐め尽くすくらいに、俺の指を、指先から根元まで舐めてから。漸く、彼が、俺の手を解放してくれる。手が、痺れてしまったようにじんじんと熱い。…熱いのは、手だけじゃないけど。

  「リジットさんのばか!」

  「煽るような真似をしたお前が悪い。」

  茹るくらいに赤くなりながら、半泣きで叫んでしまう俺に。牙を覗かせながら、彼が笑う。…いつも、リジットさんは、俺に優しく笑ってくれるけど。今日の彼は、いつもよりも一段と、楽しそうに、俺に笑ってくれてる気がして。その笑顔を見たら、何も言えなくなってしまう。

  そのまま、もう、と口を尖らせれば。済まなかった、って、また、楽しそうに笑った彼が。俺に、優しくキスをしてくれたので。それだけで、俺の機嫌も急浮上して、あっという間に幸せになってしまった。

  ご飯を食べ終わって、彼が食器を下げてくれる。テーブルにそれを置くと、また、俺をベッドに寝かせてくれた。…その手が離れてしまう前に、シャツの手の裾を引っ張る。彼を見る俺に気付いてくれたように、彼も、上から俺を覗き込んでくれた。

  「どうした?」

  「リジットさん、あの」

  優しい声と。俺の頭を撫ぜてくれる手に励まされるように、声を続ける。さっき、ご飯を食べる前にも、お願いしたかったこと。

  「う、腕枕して、…ください」

  今まで、夜に幾度となく、してもらってること。でも、こんな昼間に、自分からしてほしいって言うのはあんまりないから、大分照れた。少しだけ声が裏返って、更に詰まる。

  もう、昨日から今日まで、俺の顔が赤くなってないときなんて、ないんじゃないだろうか。そんな風に思うくらい、今も、俺の顔は我ながら熱い。

  俺の言葉に、リジットさんが一瞬眼を開いて。…それから、嬉しそうにその眼が細まる。

  「そんなことでいいのか?」

  「…じゃあ、その、…上だけでいいから服脱いでください、ふかふかしたいです」

  未だ、脳のどこかが蕩けているのだろうか。語彙力がすさまじく低下しているのが自分で分かる。

  俺の言葉に、リジットさんがまた、楽しそうに破顔して。俺の要望通りに、上着を脱いでくれた。艶やかな濡れ羽色の、綺麗な毛並みと。獣毛の上からでも分かる程の、しなやかに引き締まった肉体。

  彼が服を脱ぐときは、俺のほうが色々いっぱいいっぱいで。彼の身体をちゃんと見たことが、そう言えばあまりない。明るい場所で見ることなんて、尚更。

  

  彼の身体をまじまじと見つめながら、こころのなかで感嘆した。ああ、ほんとに格好良いなあ。

  そんな俺の隣に、彼の身体が滑り込む。そのまま、頭の下に、彼の腕が差し入れられた。しなやかな筋肉と弾力を感じて、心地好くも照れてしまう。

  寝返りも打てなくて、でもなんとか転がろうと身動ぎする俺に、空いている方の彼の手が回って。そのまま、ころりと彼の方に寄せてくれて、緩く抱きしめられる。それに伴って腕枕の位置も、彼の二の腕へと移動したみたいで。何処にも無駄のない、更に引き締まった筋肉の感触に、密かに感動してしまった。本当に、リジットさんの身体はしなやかな発条みたいだなあ。

  「…俺ももう少し痩せ」

  「絶対やめておけ。お前にその必要は無い。」

  ぽそりと呟いたことを、途中で即座に否定される。語尾が特に強調されるような口調で、断言のように返されて。えー、と口を尖らせれば、可笑しそうに笑ったリジットさんが、俺の身体に回っている腕を強くした。どこもふにふにと柔らかい脂肪肉に、彼の腕が沈んでいく。

  

  「お前の身体の、柔らかい抱き心地が、俺の癒しなんだ。俺の至福を奪ってくれるな」

  言いながら、俺の枕になってくれている腕で、優しく頭を撫ぜられた。…そうなのかー。こんな身体でも、彼の癒しになることができているのか。そう思うと、柔い肉に厚く覆われている俺の身体も、少しだけ誇らしくなる。…彼が、これがいいって言ってくれるなら、いいかな。

  そんなことを思いながら。彼の、和毛というのだろうか、背中よりもふかふかと柔らかい、お腹側の獣毛。首筋より少し下の辺りに顔を寄せて、ふわふわとあたたかい毛並みに顔を埋めた。気持ち好い。

  相変わらず、腰を中心に胴体は動かないけど。自由になる手で、俺も、彼の背に腕を回す。俺の頭にも、身体にも、回っている彼の腕の力が強くなって。ぎゅう、と抱き締めてもらうと、彼に包まれている実感が一際強くなる。

  ふわふわと柔らかい和毛が、頬にも裸の身体にも気持ち好くて。重くなりかけた瞼の向こうで、優しく響く彼の声が聞こえた。

  「Good night, dear.」

  

  それから。結局、夕暮れになるまで、2人で眠ってしまって。また必ず来ることを、旅荘のご主人に約束して、避寒地を後にした。

  観光は、全くできなかったけど。ずっと、リジットさんとくっついていられたから、俺としては大満足だった。

  「楽しかったね!」

  「そうだな」

  「リジットさんとずっとくっついてられて、俺、すごく幸せだったよ」

  「俺もだ。お前をずっと腕に抱いていられて、とても幸福な時間だった」

  「…うん!」

  「でも、今度はちゃんと観光しようね」

  「…そうだな」

  「でも」

  「うん?」

  「俺は、今回と寸分違わぬ内容でも、全く構わないがな」

  「…~~っり、リジットさんがいいなら、俺も、全然いいよっ!」

  

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