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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【10】

  リジットさんが居ない時に、自分で寂しくないように、と。新しく作った、2体目の『リジットさん』。

  その彼に着せる衣装の為に。リジットさんの軍服を参考にさせてもらおうと、借りた軍服をベッドに広げた。

  「うーん」

  午後の陽が入る、寝室で。ベッドに広げた軍服を見ながら、思わず唸ってしまう。生地はまあ、似たようなものを探すとして。…この軍服を、俺の技術で再現できるのかどうか。特に金の縁取りも鮮やかな襟とか、小さくても黒に映える肩の錦繍とか。…いや、ここは省略して、金の釦をつけるだけでもいいかな。そんなことを喉奥で唸りながら、軍服を撫ぜて凝視した。

  この軍服は、少しくたびれてしまった為、今はもう着ていない軍服だ。この国では、普通の軍兵には軍服が支給されるけど、階級が上になると自分で購入になる。でも、自分で購入するものはやっぱり品質がよくて、一度買えば長持ちするから、そんなに買い換えることもない…んだそうだ。まあ、そんなにダメージがなくても、数年に一度は換えなくちゃならないらしいんだけど。

  でも、そこまで破れたりほつれたりしてるわけじゃないから。新しいのを新調したあとも、以前の軍服もまとめてワードローブの奥に仕舞ってある。

  その一着を借りて、ぬいぐるみのリジットさんに着せる衣装のイメージを膨らませていたところだ。

  ちなみに、使いたいなら鋏を入れてもいい、って言ってくれたんだけど。さすがに、こんな立派な軍服、しかも彼と一緒にさまざまな任務に着いただろう衣装に鋏を入れるなんてこと、俺にはできない。リジットさんも、やっぱり愛着があるからとっておいてあるんだろうし。

  また、参考にさせて貰ったらワードローブに戻そうと思いながら、釦で閉じてある軍服を開いた。裏地までしっかりした造りの、彼の軍服。裏の始末はどうなってるんだろう?そんなことを思いながら、軍服を捲って。

  …ふ、と鼻先を掠めた大好きな匂いに、手が止まった。

  リジットさんの匂いだ。

  彼の服なんだから、そんなことは当たり前…のはずなのに。まるで今気付いたみたいに、俺の手はそこから動かない。

  …そうか。そうだ、これリジットさんの軍服だもの!今更ながら、改めてそう意識してしまうと。服をまさぐることにさえ、なんだか照れてしまう。

  手に取っていたそれを、また、綺麗にベッドにおいて。正座して、その服を上から覗き込んで、また照れた。そこには彼はいないのに、彼の匂いを纏う服がそこにあるだけで、体温が上昇して仕方ない。

  …一頻り照れてから。広げた軍服に、あ、と思う。

  …何となく、辺りを見回してしまって。当たり前だけど、俺の他に誰もいないのを確認してから、…その軍服に再度手を、伸ばす。

  彼がいつも身に纏っている、漆黒の軍服。

  着てみたいと思ったことも、今までなかったけれど。…なぜだか、無性に俺も、それに手を通してみたくなった。今、ここにリジットさんがいなくて、…それが寂しい、なんて。そんな訳じゃないけど、だって彼は今日も夜には帰ってきてくれるんだから。…でも。

  何となく自分に言い訳をしてしまいながら、彼の軍服に袖を通す。その腕は、ぶかぶかだ。手どころじゃない、指先すらひとつも出ないくらい、長い袖。…俺の腕が短いんじゃない、彼の腕が長いんだ。そもそも身長だって大分違うし!

  そう自分に言い聞かせて。思い浮かべた俺と彼の体型の差に、またへこむ。

  それでも、両腕を通して、肩に羽織ると。ずしり、とした重みが身体に広がって。…まるで、後ろから、彼に抱き締めてもらっている気持ちになった。彼の匂いがするから、尚更。

  心臓が高鳴って、頬が上気するのが分かる。勝手に顔がにやけるのが、止まらない。

  前も閉めようかと思ったけど、万が一閉まらなかったら更にへこむので、それはやめておく。

  俺の指先すら出ない腕と、全然違う肩の位置と、膝下までありそうな丈。きちんと前を閉めてないから、尚更長く感じるんだろうか。

  そのまま、ベッドに寝転がって、袖で口許を隠すように覆う。そうすると、彼の匂いが、鼻腔いっぱいに広がって、彼に包まれているようで、心臓は高鳴っているのに安心する。

  せっかくだから、と。俺の作った、リジットさんも腕に抱いて、もう一度寝転がる。ふかふかのそのぬいぐるみは、我ながら手触り好く出来た、と自負できる出来栄えだ。勿論リジットさん本人には敵わないけれど。

  身体に感じる、心地好い軍服の重みと。彼の匂いと、ふかふかの手触り。それを感じていると、本当に彼に抱き締めてもらっているようで。気持ち好いなあ、と思っているうちに、意識が沈んだ。

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  頭を。何かに撫ぜられているような気がして、沈んでいた意識が浮上する。ふわふわとした心地好いものも、俺の頬を撫ぜている。…なんだろう。その疑問のほうが大きくて、まだ微睡んでいたい意識を引っ張り上げるように、重い瞼をこじ開けた。

  ぼんやりとした視界に映るのは、真っ黒くてふかふかとしたもの。…ああそうだ、確か彼を模したぬいぐるみを抱いて寝てたな。そんなことを思い出したけれど、…目の前のその黒いふかふかが、緩く動いていることに気付いて、思考が止まる。…え?あれ?

  「起きたか」

  そんな俺に、上から降ってくる声。大好きなその声に、一気に意識が覚めた。横向きだった体勢から、勢いよく転がって仰向けになって、声の降ってきた場所を見遣る。俺の目に映ったのは、ベッドの縁に腰かけて、俺を上から優し気に見ている琥珀色の四白眼。

  「え、り、リジットさん!?え、なんで?」

  混乱に声が上擦りながら、そのままあわあわと起き上がった。…さっきまで明るかった部屋は、カーテンも閉まって、真っ暗だ。え、と思いながら、壁掛けの時計に目を遣る。…時計の針は、午後八時を過ぎていた。えええええ。

  「ご、っごめんなさい!俺、寝てた!?」

  どれだけ寝てたのか。みんなの手伝いをする予定が、寝過ごすなんて!あれ、ていうかご飯は?いろんなことが脳裏を過ぎって、一気にパンクしそうだ。

  そんな俺に、微笑ながら。彼が、俺の頭を撫ぜてくれる。…さっきと同じ、心地好い感触に、思わず目が細まった。頬が薄く上気するのと同時に、ぐるぐると勢いよく巡っていた思考も、緩やかになる。…そうか、さっき頭を撫ぜられてる感じがしたのは、リジットさんの手だったのか。

  「お前は、いつも頑張ってくれているからな。たまにはゆっくりするといい」

  お前が寝ているから、と、食事はメイドの皆で張り切って作ったらしいぞ。お前が食べるのを楽しみにしていたから、一緒に食べよう。そんなことを、涼やかな低い声で、優しく言われる。…心臓が高鳴りながらも、申し訳なさで少しへこんで。それから、あれ、と気付く。

  「もしかして、リジットさんまだご飯食べてないの?帰って来たばっかり?」

  「いや、帰ってきたのは七時半前だったか。お前が寝ているのを眺めているのが楽しくてな。帰ってきてから、ずっとお前を見ていた」

  そんなことを事も無げに言われて、俺の方が照れてしまった。…リジットさんは、ひとつも照れた様子がないのが、なんだか悔しい。俺ばっかり照れてるみたいで。そんなことを思いながら、俯いて、赤くなる顔を手で押さえれば。彼の軍服の袖の感触が頬に当たって、更に顔が熱くなる。…そうだ、俺、リジットさんの軍服羽織ったままだ!

  絶対変に思われてる、と、俯いたまま、上目だけで彼を見遣った。さっきから変わらずに、優し気に俺を見てくれている琥珀色の四白眼に、それでも不思議そうな色が混ざる。

  「…ところで、何故俺の軍服を着ているんだ?寒かったのか?」

  まるで、俺の思ってることを読まれたみたいなタイミング。眼と同じ、不思議そうな声で聴かれた言葉に、…声が詰まった。ぐ、と喉奥で、息が詰まったような音が漏れる。

  

  「…あの、ええと…」

  「?どうした」

  俺のそのままの言動を口にするのは、流石に恥ずかしくて言葉が出てこない。抱えていた黒色のふかふかを、手のなかでもにもにと弄りながら、なんとか言葉を押し出した。

  

  「ぐ、軍服を見てたら、その、リジットさんの匂いがして…その、それで、羽織ってみたくて…」

  しどもどと、俯いたまま、それだけを絞り出す。色々端折ったけど、それでも恥ずかしすぎて、顔が熱い。それを隠すように、抱いているふかふかしたものに口元を埋めた。ふわふわと揺れるその毛並みが、頬に当たって擽ったい。

  俺の言葉に、嬉しそうにリジットさんが破顔する。そうか、って満足そうに頷く声がして。頭を撫ぜていた手で、そのまま緩く抱き寄せられた。

  

  …うう。顔が更に熱くなるのを感じながら、彼の胸に頭を預けて、腕のなかのふかふかに更に顔を埋める。艶やかでふわふわとした、心地の好い手触り。…あれ、そう言えばこのふかふかは、結局なんだろう?

  首を傾げながら、そのふかふかから顔を上げて、まじまじと見遣る。俺の手のなかで、ふぁさりと緩くそれが揺れた。その感じに酷く見覚えがある気がして、もうひとつ首を傾げる。…あれ?

  「…これ、尻尾?」

  「そうだが」

  あっさりと頷かれて、俺の方が驚く。尻尾!?彼の!?さっきから、俺、思いっきり抱き締めちゃってたのに!?

  

  「うわーっ!ご、ごめんね!?いつの間にか抱き締めてた!尻尾、痛くなかった!?」

  頓狂な声を上げてしまいながら、慌てて彼の尻尾から手を離した。そりゃふかふかでふわふわで気持ち好い筈だよ!リジットさんの毛並みは、いつも艶やかで手触りが良くてふかふかだもの!

  それは、毎朝ブラッシングさせてもらってる俺が、一番よく知ってる!

  俺の様子に、楽しそうにリジットさんがまた、微笑った。それに呼応するように、彼の尻尾もふぁさあふぁさと楽し気に揺れる。

  「気にするな。お前が俺の尻尾を抱えて寝てる様、とても愛らしかったぞ」

  …ぐう、と。喉の奥で、また息が詰まってしまった。爆ぜるように顔が熱くて、軍服の袖の上から顔を押さえる。ひんやりとした厚い生地が、頬に心地好い。

  …本当に、俺の旦那さまは、こういうことを照れずにさらりと言うから!言われた俺の方がいつも照れてるの、なんかずるい!まるで八つ当たりのようなこころの叫びは、それでも俺の口から出ることは無い。だって、…やっぱりどうしようもなく嬉しいんだもの。そう、俺が照れてしまうようなことを、彼が言ってくれるのが。

  

  「…ていうか、なんで俺、リジットさんの尻尾抱えてたの?俺、ぬいぐるみ持ってなかった?」

  またも一頻り照れてから。思い出したことをそう聞くと。…リジットさんの顔から、笑みが消える。少し眼を眇めて、ベッドの上側を見遣った。つられて、俺もその目線を追えば、…ベッドの上端の隅ぎりぎりのところに置かれている『リジットさん』の姿。…あれ、なんであんなところに。

  俺が寝ぼけて、あそこに置いたのだろうか。でも、あんな落ちそうな端っこに?そんなことを思いながら、俺の彼に目を戻した。

  眼を眇めたまま、鼻に皴まで寄せて、リジットさんがそのぬいぐるみを見遣って。

  「…俺が帰って来たのだから、もうあれは用済みだろう」

  荒げないまでも、まるで投げるように言う声に。…ん?と、内心で首を傾げる。怒っている、のとは違う。機嫌が悪い、のでもない。でも、明らかに少し低くなった声。

  「あれは、俺の代わりなんだろう?なら、俺が居ればあれはもう要らないはずだ」

  いつもよりもひとつ低くなった声で、尚もそう言ってくる言葉に。…俺の頭に、ひとつの言葉が思い浮かぶ。…あれ、これは。でも、まさか。だってぬいぐるみだよ?…でも。

  「俺がいるんだ、抱き締めるならあんなものじゃなく、俺にすればいい」

  その言葉に。きょとん、と彼を見つめてしまう俺に、彼が笑う。琥珀色の四白眼を、優しく細めて、少しだけ口角を上げて。それから。

  「おいで」

  そう言って。彼が俺に向けて、腕を軽く曲げて、広げる。…考えるより先に、顔が熱くなって、身体が動いた。

  飛び込むように彼の腕のなかに抱き着いて、首に腕を回す。そのまましがみつくように、ぎゅう、と彼に回した腕に、力を込めた。俺の身体に回る彼の腕も、同じように俺を強く抱きしめてくれて。正しく彼に包まれていることに、どうしようもないくらいに幸せを感じる。軍服をこっそり羽織ったときも、どきどきしたけど。やっぱり、彼に抱き締められて、ぎゅってされることが、一番嬉しくて、幸せだ。

  熱くなった頬を、服の上から彼の毛並みに寄せる。そのまま、少しだけ速く聴こえる鼓動に、耳を傾けながら。

  「…もしかして、ぬいぐるみにやきもち妬いたの?」

  さっきから、思ってたことをそう口にすると。可笑しそうに、少しだけリジットさんが、身体を震わせて。

  「…さあな」

  囁くような声と一緒に、彼の口が俺の耳に触れる。

  そのまま、『お前には、俺だけいればいい』って、彼が甘い声で俺に言う、から。

  その声が耳で蕩けて。顔に熱が上がるのを感じながら、ただ、何度も頷いた。

  …リジットさんが居ない時の為に、と。せっかくつくった『リジットさん』だけど。どうやら、1体目のリジットさんと一緒に、展示棚に飾られてもらうことになりそうだ。

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