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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【10.5】
我が親友から。飲みに行かないか、とのお誘いを、彼の使用人を通して戴いた。
「急に誘って悪かったな、スティケート」
「いえ、どうせ暇を持て余している身です。誘って頂けるのは光栄ですよ」
そんな会話を交わしながら、酒場の椅子に座る。2人で飲みに行くときは、大抵寄る店の。カウンターではなく、店の端にある、向かい合わせのテーブル席。頼むものも、私はワインで彼はウイスキーと決まっている。一番人気はエールだが、そちらはお互い好んでいない。
今日も、お決まりのものを注文し、それを嗜みながらまずは他愛もない近況報告などをし合った。本題に入るのは、多少酔いが回ってからのほうが、話も弾む。
私のワインボトルが半分ほど減り、彼のウイスキーも杯を重ねる。程よく、口も頭も回ってきてから、多分彼が話したいだろう内容を、私から口にした。
「…で、君の妻君と、何かありましたか?」
私の言葉に、彼が微かに、けれど確かに肩を震わせた。ああ、矢張りか。
リジットは、婚約してから、単独の外出を好まなくなった。婚姻してからは、更にそれが顕著だ。仕事の後だろうが休日だろうが、こちらからの誘いに乗ってくることはほとんど無い。それこそ、王家や貴族等、断れない関係の誘い以外は。彼を誘いたいなら、フラフィーも一緒に誘うか、寧ろ彼の家に招いてくれと頼む方がまだ可能性がある。
…その彼が。自分から、外に飲みに行こうと誘ってくるなど、あの子に関する話でしかない。それも、あの子に聞かれたくない内容の。
過去に誘われた際の内容を思い出す。『あの子が可愛くて仕方がなく、関係を勧めたくなるのだが早いだろうか』とか。『やはりそういうことは、婚姻するまで待つのが礼儀だろうか』とか。『それまでどうやって我慢をすればよいだろうか』とか。『やはり我慢できずに先に進んでしまった、だが最後までは婚姻するまで待つつもりだ』とか。
あの子が痛がらない方法だとかどれだけあの子が可愛いかだとかどうするとあの子が気持ち好くなるだろうかとか。…思い返して、遠い眼になる。相談なのか惚気なのか。それでも、そう口にしてくる彼は、いつも真剣だった。だからこちらも、誠心込めて相手になっていた。
いやしかし、もうリジットとフラフィーは無事に婚姻して、仲睦まじく新婚生活を送っているではないか。勿論、夜の方も滞りなく最後まで進んでいるのだろう。…そうでなければ、もっと早くに彼から相談を受けているはずだ。いや、受けたいわけでは無いのだが。
そんなことを頭に巡らせながら、グラスを持って彼を見遣る。彼の顔は、どこか強張っていて、…それが、見ているこちらに少しばかりの不安を与えた。喧嘩でもしたのだろうか。いや、でもこの2人が?何となく、私の方まで顔がぎくしゃくとしてしまうのを感じながら、彼の言葉を待った。
「…これを見てくれ」
神妙な顔で彼が、鞄から何か取り出す。真っ黒くて、柔らかそうにふかふかとしているもの。…それだけで、ああ、と合点がいった。
「君を模したぬいぐるみですね。フラフィーの作品でしょう?」
「…そうだ」
なんだ、と内心で拍子抜けの安堵を漏らす。あまりにも神妙な顔をしているものだから、…何か大変なことでも起こったのかと思ったではないか。ほっとしたのと同時に、顔からも強張りが解けていくのを感じながら、そのぬいぐるみに手を伸ばした。
「で、これがどうかしましたか?」
テーブルに置かれたそれを、かるくさすりながら問いかける。ふわふわと触り心地のよいそのぬいぐるみは、以前に彼の屋敷で見たものとはまた違っていた。抱き上げてまじまじと見遣ってみれば、きちんと軍服まで着せられて、細部まで作り込まれているのが分かる。愛情をこめて作成されたのが、一目でわかるほどだ。
君は本当に愛されていますね。緩む口元で、そう、言葉にしかけて。…神妙を越して、深刻な顔で両手を顔の前で組みながら、それを見遣っている親友の姿に、思わず口を閉じた。…一体どうしたというのか。また、私の方にまで緊張が走るのを感じながら、彼の言葉を待つ。
「…コイツを、最近フラフィーが特に気に入っていてな。俺が居ない時には、いつもコイツを傍に置いているらしいんだ…」
顔と同じ、深刻そうな口調。苦悩すら入り混じった表情で、吐き出すように言われた言葉に。…思わず、眼が点になる。
「…は?」
「俺が、あの子の傍に居られないと言うのに、コイツだけがあの子の傍に居られるのは、狡いとは思わないか!?」
…さすがに、何を言ってるんですか君は、と口から出かけて。それを表に出す前に、なんとか喉奥で呑み込んだ。
「…リジット、落ち着いてください。何の話ですか?」
「聞いてくれスティケート、この間など、俺がいない間、あの子はこいつを抱き締めて眠っていたんだぞ!?あの子の柔らかい腕も優しい指も、俺だけのものだと言うのに!」
そう私に向かって口調を荒げる彼の顔は真剣だ。そんな彼を、遠い眼で見やりながら、ただ、そうですか、と頷いた。
…一体どうしたというのか、この男は。確かに最初から、彼の妻への独占欲の強さは発揮していた。それは認めよう。その独占欲が、日を追うごとに常軌を逸してきていることも知っている。だが、此処までではなかったはずだ。あと、ここまで馬鹿でもなかった!
「……ぬいぐるみを抱いて眠るのは、寧ろ可愛いと眼を細めるものでは?」
「違うだろう!あれはただのぬいぐるみではない、『俺』を模して作られたものだぞ?それなのに、俺本人があの子に触れられないときに、このぬいぐるみが抱き締めてもらえるなど、おかしいじゃないか!」
「君がいないから、代わりにぬいぐるみを抱いていたんでしょう。君がいたなら、フラフィーは君を抱き締めていたに違いないですよ」
「そんなことは分かっている!だから、俺があの子の傍に居られないのに、コイツだけが傍に居られるのが狡いと言っているんだ!」
「すみませんマダム、彼に水を」
どんどん激昂していく彼に、とりあえず水を飲ませることにする。これは、大分酔っているとみるべきだろうか。この男は、酔っても顔にも態度にも出ないから、どの程度まで酒が回っているのか分かりづらい。
いつも笑顔の酒場のマダムから水を受け取り、彼に勧める。ありがとう、と素直に私からグラスを受け取った彼が、一気に水を呷って。それから、…その手が拳を作り、勢いよくテーブルを打った。
「必要なら、俺を抱き締めればいいだろう!なのに何故、俺じゃないものをあんなに愛らしく抱きしめるんだ、フラフィー…!」
駄目だコイツ。と、思わず雑になった言葉が浮かんでしまって、脳内で首を振る。いやいや、そんな言い方は彼に失礼だろう。それでも、眼が半目になってしまうのは止められない。
「あの愛らしい笑顔も柔らかい身体も優しい指も、全て俺だけのものだと言うのに…!こんなぬいぐるみにそれを与えるなど…!」
私の視線に気付いていないのか、…いや、確実に気付いてないだろう。向かい合わせた目の前で、尚もそう言い募りながら。両の拳をテーブルに置いたまま、身を震わせる私の親友を、暫く見つめて。
「…それなら、そちらのぬいぐるみは、私が預かりましょうか?」
とりあえず、このぬいぐるみをあの子から引き離せば、彼は落ち着くのではないだろうか。そう思って口に出した言葉に、…何故だかリジットが眼を剥いた。
「それは出来ない!あの子が、俺が居ない時も寂しくないようにと、あの子手ずから俺を模してつくったのだぞ?軍服まで、俺の着ているものを熱心に観察してつくっていたというのに!これがいなくなったら、俺が居ない時にあの子が寂しい思いをするじゃないか!」
何故だか必死の形相でそう言い募る彼に、密かにこめかみを押さえる。それが分かっているなら、今までの愚痴はなんだったのか!
「…それなら、君が我慢するよりないですね」
「分かっている…分かっているからこそ、お前にしか話せないんだ」
最初から、結論などそれしかなかった気がするが。私の言葉に、漸く彼が頷いた。…彼の口から出た言葉に、私の機嫌が急浮上したのは黙っておく。大事な親友と想っている相手に、頼られるのはやはり、嬉しいものだ。
「…出来るなら、これを遠くにやってしまいたいのは山々だ。けれど、コイツがいなくなれば、フラフィーが悲しむだろう…」
「…そうですね」
今度は沈んできたリジットに、相槌を打ちながらグラスに手を遣る。矢張り、大分酔っているのだろう。感情の漏れ出す親友の言葉を、言葉は挟まずにただ聞いた。
「あの子が悲しむ顔は見たくないんだ…あの子には、いつも笑っていて欲しい」
「分かります」
彼の声が、誠実さを増していく。頷きながら、手を伸ばして。テーブル向かいのリジットの肩を、軽く叩いた。
あの子に笑っていて欲しいのは、私も同じだ。その想いは、きっと彼の方が万倍も強いだろうが。それでも。
「あの子の一番傍に居るのは、いつだって俺で在りたいんだ」
彼の肩に置いていたままの手で、その肩を宥めるように撫ぜた。あの子にとって、彼は紛れもなく一番だろう。この世界で、あの子の世界で、ただひとりの。
それは、リジットだって身に沁みて理解しているに違いない。それでも、例えぬいぐるみにさえ嫉妬するほどに。
「…愛してる。愛しているんだ、フラフィー…」
空になりかけたグラスの。その向こうに、彼の愛妻の姿を見ているのだろうか。吐き出すように、絞り出すように、…囁くように。愛を口にする彼の肩を、また一つ撫ぜて。
「…今日は、好きなだけ、愚痴も惚気も聞きますよ」
そう言って、彼と私の分の酒を、酒場のマダムに追加すれば。有難う、と、沈んだ顔を、それでも少しだけ笑ませて。息だけで、彼が言った。
「…済まなかったな、付き合わせて」
あのあと。酔いの回ったリジットから、耳が溶けるのではないかと思う程の愚痴と言う名の惚気を聞いてから。迎えの馬車が来る時間だ、との彼の言葉で、今日の宴はお開きになった。
いつも、彼の馬車に私も送ってもらう為、馬車のくる場所で私も一緒に待たせてもらう。もうじき春とはいえ、夜はまだまだ肌寒い。ひんやりと冴えた空気は、酒の酔いも急速に冷ましてくれる。
それは、彼も同じだったのだろう。夜の街に、声からも済まなさをにじませた彼の声が響いて。それに、笑いながら私も答えた。
「いえ、楽しかったですよ」
多少疲れましたが、の一言は、胸の奥に仕舞っておく。なんだかんだと言っても、あまり感情を表に出さない、出せない彼が、ここまで感情を駄々漏れさせるのを見るのは珍しく、矢張り楽しい。それに何より、それを見られるのは限られた者だけだろう。その中の一人になれているということに、誇らしさすら覚えた。
息を吐きながら、他愛もない会話を交わして。そう待つこともなく、一台の馬車が暗闇から姿を現す。
そのまま馬車が目の前に着いて、…途端に内側からドアが開いた。それから。
「リジットさん!おかえりなさい!」
我々が口を開くよりも早く。そこから弾むように出てきた彼の妻が、明るい声で彼の名を呼んだ。一瞬で酔いも醒ましたように見える彼が、フラフィーを見遣って眼を細める。
「どうした、まだ休んでなかったのか」
馬車から降りてくる、私の教え子の手を取りながら、優しい声で彼が言う。それに、フラフィーが照れたようにはにかんで。
「だって、リジットさんに逢えないと、寂しいから」
だから、一緒に迎えに来させてもらったんだ。と、円い声が、ふんわりと辺りに響いた。それを聴く我が親友の顔が、溶けるように破顔する。多分、この子の前でしかしないだろう、甘い笑顔。
「…そうか。寂しい思いをさせたな」
その顔のままで、フラフィーの身体を抱き寄せて。彼の腕のなかで、彼の愛妻も、蕩けるような笑顔で笑う。
妻を腕に抱く親友の顔は、先ほど酒場で見せていたものとは全く違う、愛情深くも格好のよい、凛々しい表情で。
ああ、彼も、自分の妻には格好良いところだけを見せたいのだな、と。愛する人には格好をつけたいと言う感情が、彼にもあるのだな、と。そんなことを思って、微笑ましくなった。
そのまま、彼に促されて。先に馬車へと乗せさせてもらいながら。
…酒場での彼の様子や、彼の話す内容を、この可愛い彼の妻に聞かせたら、どんな反応をするのだろうか、と。そんなことを想像して、こっそり笑った。
(けれど、それはそれで勿体ない気もするので。矢張り、この話は私の胸だけに仕舞っておこう)
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