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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【11.5】

  俺が。リジットさんにお弁当を渡しに行って、迷った次の日。

  

  「おかえりなさい!」

  エントランスで。帰ってきたリジットさんに、いつも通り抱き着いて出迎える。

  メイドさんや他の皆は、俺が彼に駆け寄ると、見計らったように奥に下がってしまうから。彼に抱き着くときには、広いエントランスには俺と彼の二人きりだ。…皆、気を遣ってくれてるのかと、申し訳なくて、でもありがとうって感謝したいような気持ちになる。

  今も。誰に憚ることなく、ぎゅう、とその背にしがみつくように腕を回せば。リジットさんが、いつも通りに俺の頭を撫ぜてくれて。

  …そのまま、きつく抱き込まれた。俺の顔が、彼の軍服に埋まるくらいのちからの強さ。…俺が、彼の顔を見上げることも、出来ないくらいに。

  「…リジットさん?どうしたの?」

  俺を。抱き締める、と言うよりも、顔を上げないように押さえられてるような感じ。真っ黒い軍服の胸元に顔を埋めながら、くぐもる声でそう問いかける。

  

  「…昨日」

  「うん」

  

  数秒の沈黙の後。まるで絞り出すような声で、…リジットさんが言った。いつもよりも硬い声質は、けれど怒っている、でも不機嫌そう、でもなくて。…何処か、不安そうな色で、辺りに響く。

  「昨日、逢ったあの男を、…どう思った?」

  どう、って?聞かれた言葉は、一瞬意味が掴めなくて。軍服に向かって、瞬きをする。それでも、…リジットさんが、黙ったまま、俺の言葉を待っているのが分かって。彼に抱いた印象を、正直に答えた。

  「いいひとだと、思ったよ」

  「他には?」

  他には!?続けられた言葉に、思わず目を円くした。…いいひと、の他に?まさか、他になんて、聞かれるとは思ってなくて。昨日初めて逢ったひとを思い浮かべて、次の印象を探した。

  「…えっと、優しいなって」

  「他には」

  …他には。間髪入れずにまたそう聞かれて、言葉に詰まる。早くも俺のなかでの、彼の印象は息切れだ。だって、昨日逢っただけのひとだもの!もう少しハンデットさんを知れば、もっと他の印象もあるかもだけれども。…それでも、リジットさんの真剣な、…というよりも。何処か、…切羽詰まったような声に。俺も懸命に、また言葉を探す。

  「…黒豹の獣人さんって、初めて見たな、とか」

  「他には」

  また続け様に聞かれて、頭を抱えたくなった。…もう、ほとんど思い浮かばない。だって、俺にとってのハンデットさんは、本当に『優しくていいひと』だったから。他の印象って、実はあんまりない。 迷った俺を助けてくれた、いいひと。転んだ俺に、手を貸してくれた、優しいひと。思い浮かぶ彼の印象は、主にそんな感じで。それでも。…リジットさんの声に、俺も、必死になって、更に言葉を絞り出した。

  「…ええと…、迷った俺を案内してくれて、ありがたいなって」

  それでも、口に出した言葉は、結局、言いたいことが今までの答えと、あんまり変わらなくなってしまう。それがリジットさんにも分かったんだろう。もう、他には、と聞かれなかった。…ちょっとだけ、ほっとする。

  「それが、どうかした?」

  一体どうしたのか。リジットさんの様子に、心配になって、そう問いかけてみる。けれど、…俺の言葉に、帰ってくる言葉は無くて。

  その代わりのように、リジットさんの手に、更に力がこもった。まるで俺を押さえるように、俺の頭の後ろで込められている力。だから、俺は彼を見上げられない。…今、彼がどんな顔をしているのか、見ることも出来ない。

  …もしかして、リジットさんはやきもちを妬いてくれてるのかな、って。一瞬、そう思ったけど。なんとなく、それとは違う気が、した。やきもちじゃなくて、それと似てるけどそれだけじゃない、もっと。…もっと?

  

  「…俺と、」

  「え?」

  彼から発せられた、喉奥で、唸るような声に。俺の思考は、たどり着く前に遮られる。

  俺と、って確かに聞こえた言葉。それに、思わず声を上げれば。…訂正するように、いや、って声が小さく聞こえて。

  「…俺は、どうだ?」

  「大好き!」

  やっぱり、絞り出すような声で。問いかけられた言葉に、即答した。頭で考えるよりも先に、こころで反射的に答えてしまう。

  だって、そんなの当たり前すぎて、考える間でもないもの。俺が、リジットさんをどう想ってるかなんて、『大好き』以外にない。や、それ以外にも、大好きなところなら、いっぱいあるけど!

  俺の、当たり前の返答に。それでも、彼の驚いたような気配がして。…一拍置いて、彼の喉が震える。

  …それが、分かったけど。なんとなく、分からなかった振りを、した。笑ってるのかな。…だったら、いいな。そんなことを思いながら、目を閉じて、彼の背を、ぎゅう、と抱き返す。そんな俺の身体を、…リジットさんも、きつく抱き込むように、抱き締めてくれた。痛いくらいのちからが、でも心地好い。

  「…他には、って聞かないの?」

  彼の胸に顔を埋めたまま、そう問いかける。俺の言葉に、今度は彼の笑う声が、微かに、だけど確かに聴こえて。

  「…他には?」

  上から降って来たのは、いつものように硬質で、けれどさっきよりも幾分も柔らかい声。それにほっとして、彼の背に回した腕に、力を込める。

  ハンデットさんのことは、聞かれても困ったけど。リジットさんのことなら、寧ろ幾らでも聞いて欲しい。だってたくさんあるんだ、俺が、リジットさんを大好きなところなんて。それこそ、きっと一晩中でも話せるくらい。

  「俺に、すごく優しくしてくれるよね。それで本当は、皆にもすごく優しいんだよ。リジットさんは、そういうところ不器用だから、気付かれにくいかもしれないけど。でも、俺は、知ってるよ」

  「…そうか」

  笑うような、音を含んだ相槌に。俺も笑いながら、甘えるように、胸元の軍服に顔を擦りよせる。…俺の頭を、押さえるように抱き込んでいた力が緩んで。少しだけ動かせるようになった顔で、彼を見上げる。

  「他には、って聞いて?」

  「…他には?」

  今度は、問いかけじゃなくて、催促になる。そんな俺に、…彼が、少しだけ眼を細めて、俺を見た。…その顔に、俺の顔が、勝手に緩む。あのね?俺ね、リジットさんのね?

  「笑った顔もね、俺、すごく大好き。…眼がね?細めるとね、すごく優しくなるんだよ。いつもはすごくきりっとして格好良いのに、眼が笑うだけで、すごく優しい顔になるの。でも、その顔は、…ほんとは俺にしかしてほしくないなあ」

  「…分かった」

  また、笑うように、優しい声。俺の頭の後ろにある手は、もう俺を押さえてはいなかった。そのまま、今度は俺の頭を撫ぜてくれる。彼の笑顔と、声と同じに、優しい指先。

  その心地好さに、俺も目を細めて。…それから、今度は自分で、顔の軍服に顔を埋めた。他には?って聞かれなくても、俺から言葉を続ける。

  「あとね、格好良いところも、大好きだよ。外見もだけど、でもそれだけじゃなくて、リジットさんは全部かっこいい。俺のなかで、リジットさんは一番かっこいいんだ。他の誰も、敵わないよ」

  …彼の、俺を撫ぜてくれる指に、少しだけ力がこもった。彼の返答を待つよりも早く、彼の胸元から、また、顔を上げて。

  「世界中で、一番だいすき!俺の、世界一の旦那さまだよ!」

  言葉と一緒に。俺の満面に、笑顔が浮かぶ。俺よりも、幾分も高い位置で、俺を見遣る彼の顔が。…一瞬、ぎゅ、と、…泣き出しそうに歪んだ気がして。けれどそれに気付く前に、…彼の口で、唇を塞がれた。重ねるだけの、優しいキスに、それでもうっとりと目を閉じる。

  重ねられて、食むように何度か啄まれて。最後にちゅ、と音を立てて、唇が離れた。ぽすり、と小さな音を立てて、彼の軍服に、また顔を寄せて埋める。キスの余韻か、頭のなかからこころまで、ぽわぽわと溶けるみたいに心地好い。

  「…まだまだ、あるんだけど」

  「もう充分だ。…ありがとう」

  

  半分溶けたような声で、呟くように言う、俺に。

  そう返して、笑ったリジットさんは、もう、いつもの彼で。その笑顔に、俺も安心しながら、笑って返した。

  ***********************

  「あのね。俺、リジットさん以外に、好きになるひとなんて、いないからね?」

  エントランスから、食堂に行く途中。手を繋ぎながら、彼を見上げてそう宣言する。

  そんな俺に、リジットさんは。俺が好きだと言った通りに、琥珀色の四白眼を、優しく細めて。

  「…ああ」

  そう言って、空いている手で、俺の髪を撫ぜてくれる。…それだけで、彼も、俺に対してそう想ってくれていることが伝わってくるようで。それが嬉しくて、更に言葉を続けた。

  「リジットさんしか好きじゃないし、他のひとなんて要らないくらい、リジットさんだけだいすきだからね?」

  いつも想ってる言葉は、何の衒いもなく俺の口から出てきて、その想いを彼に告げる。

  繋いだ手を揺らしながら、真っ直ぐに彼を見上げれば。言葉の代わりに、彼の顔が、俺に寄って。…濡れた鼻先と、ふかりとして艶やかな頬の獣毛が、俺の頬にふわりと触れた。

  あたたかい感触に、後押しされるように。繋いだ手に、もう片方の手も置いて。両手で、彼の手を包んで、握る。ざらざらと硬い肉球の感触と。少し硬くて、でもふかふかとした手触りの獣毛が、手に心地好い。

  「俺には、リジットさんだけだからね」

  誓言のように、口にして。重ねられていた頬に、口づける。ふわふわした毛並みが、唇に擽ったくて。でもあたたかくて、口元が緩んでしまう。

  …そんな俺の耳に、彼が小さく笑う声が、掠めて聴こえた。そのまま、俺の耳元で、俺もだ、って声が甘く響いて。

  「俺が愛するのは、一生涯、お前ひとりだ」

  その、一言が耳に、溶ける。そのまま、彼の顔が、頬から俺の唇へと、寄せられて。

  エントランスから、食堂までの廊下。手を重ねながら、2人で。

  まるで、婚姻式の続きのように。誓いのキスを、もう一度交わした。

  「一度目の誓いが、生涯なんだから」

  「ああ」

  「二度も誓ったら、永遠になるね!」

  「…ああ、そうだな。本当だ」

  そう言って。笑ったリジットさんは、嬉しそうで。…何故か、どこか泣き出しそうに、俺には映って。

  だから、俺は、絶対に。…彼の傍から離れないことを、こころに誓った。

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