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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【12】
漸く。暖かくなってきた、春の日のことだった。
門番兼庭師の俺らにとって、春は庭師の本番だ。勿論春夏秋冬、全てに咲く花も茂る樹木もあるけれど。やはり、春が、花の盛りの季節であることは否めない。
今日も、相棒と、門番と庭師を交代しながら、庭の手入れに勤しむ。きりのいいところで俺たちには必要不可欠の懐中時計を見遣れば、交代時間までまだ時間があった。水遣りは終わったからなあ。…よし、じゃあ剪定でもするか。
じょうろを用具室に置いて、代わりに剪定鋏と箒、それから塵取りも手に持った。剪定した葉や枝は、まとめて捨てないといけないからな。
どこからやろうか、と考えて。この屋敷の、幾つかある庭の中でもメインである、中庭にしようと足を向ける。円状に芝生が敷き詰められて、その周りに樹木や花が植えられ咲き乱れる、見事な庭園。
リジット様がそう設えたわけじゃないらしく、俺がこの屋敷に来た時から、この庭園も他の庭も、今と変わらず立派なものだった。多分、何代も前の近衛兵長が、こういう庭がお好きだったんだろう。
きっと、今までも、この屋敷の住人の皆に愛されてきたんだろうこの庭園は。今も、リジット様やフラフィーさまに愛されて、その景色を愛でられている。勿論俺たちも。
今は、そこには白色のエリカと青紫のブルーベルが綺麗に咲き誇っている。もう少ししたら、薔薇が中心になるだろう。庭師としても、遣り甲斐のある季節だ。
スズランのような形をした白いエリカは、今が盛りだ。丁度、薔薇と交換するように、もう少ししたら旬を終える。…少し寂しいな。けれど、今年の有終の美を迎えさせてやる為にも、綺麗にしてやらないと。そんなことを思いながら、庭園の入り口まで足を運んで。
中庭の庭園の。その、芝生の真ん中あたりに、人影が見えて、足を止める。どうやら芝生に座っているらしい丸い人影。そのシルエットだけで、それがどなただか分かってしまうのは、俺だけじゃないだろう。
俺の居る位置は、、フラフィーさまの左斜め横、という辺りだろうか。白や紫の花に囲まれて、少し俯き加減で。背を丸めて座っているフラフィーさまの姿は、それだけで愛らしく映る。微妙な俯き加減に、もしかして眠っていらっしゃるのだろうか、と思いながら。その人影に、足音を立てないように近寄った。もし、お眠りだったら、静かにしないと。そう思いながら、十歩は離れた後ろから、背伸びをして、そのお姿を覗き込んで。…フラフィーさまの背の横から見える、横たわった胴体に、足を止めた。え、と言う声が、喉奥で漏れる。
横向きに投げ出された足の、そのお召し物なんて、見覚えがありすぎる。…と言うか、この屋敷で。…いや、寧ろこの世界で、だろう。この世で、フラフィーさまの膝枕が許される方なんて、ひとりしかいない。
先程よりも慎重に、芝生を踏む。さくり、とした微かな音すら、静かなこの庭園に響く気がして。慎重が過ぎるほどにゆっくりと、その円い背の、正面ににじり寄った。
少し遠目からでも分かる、フラフィーさまの。その両足の間で芝生にお尻を付けた、割座の体勢。
その太腿の上に、…リジット様の、頭があった。
…そうか、今日はリジット様のお休みの日だから、お2人で日向ぼっこでもされていたのだろうか。今日は、とても好い天気だし。だから、今日は屋敷のなかで、お2人の姿を見かけなかったのか。そんなことに思い当たりながら、お2人の姿をつい、見つめてしまった。
柔らかな陽の降り注ぐ庭園で。その日差しを浴びながら、座っているフラフィーさまと。その腿の上に頭を乗せて、眠っていらっしゃるリジット様の光景は。…なんというか、完成された雰囲気を醸していて。それを壊したくなくて、声を掛けるのも躊躇ってしまう。
フラフィーさまの柔らかそうな腿に、リジット様の頭が沈んでいる。彼の方に顔を向けて、その身体を抱き寄せるように、リジット様のその腕がフラフィーさまの腰に回っている様に、頬が緩んだ。時折、ふわり、ふわりとその黒色の尻尾が揺れる様にも、顔がにやけてしまう。…何と言っても、リジット様の尻尾が揺れる様なんて、そうは見られない。これを、あのメイドに話したら、きっと全力で羨ましがられるだろう。よし、後で自慢してやろう。そんなことを思いながら、俺の主人と奥さまの姿を、尚も密かに見つめてしまう。
膝枕の体勢で、眠っていらっしゃるリジット様の。その漆黒の獣毛を、フラフィーさまの指が撫ぜている。少し俯きがちの姿勢だったのは、この為か。そんなことに納得しながら、優しそうに我が主人に指を滑らす、その優し気な指先に見入った。
もともと、ふっくらとした頬や円い目や、屈託なく笑う表情も相まって、フラフィーさまは歳よりも幼く見える。
けれど、…今の彼は、何故だか少し、大人びて見えた。俯き加減で、伏目がちになっている目の所為だろうか。包み込むようにふんわりと微笑んでいる、その表情の所為だろうか。優しい手つきで、リジット様を撫ぜている、その指の感じだろうか。大人びて、というよりも、…それはまるで、慈愛に満ちた聖母像のように。
…って、俺よりも、幾つも年下の奥さまに、何を考えているのか!ぶんぶんと一人で首を振る。その動きが大きかった所為だろうか。フラフィーさまが顔を上げて、俺の方を見遣った。…ああ、俺がいるのがばれてしまった。
俺の姿を認めて笑う、フラフィーさまの顔は、もういつもの屈託のない笑顔で。ぎゅう、と円い目を細めて、俺に笑いかけてくださる、その幸福そうな顔に。…込み上げるのは嬉しさと。それから、いつもの笑顔にほっとするような、…それでいて、先程までの表情が消えてしまったことが残念なような、おかしな気持ちが沸き上がって。それを深く突き詰める前に、頭を下げて、彼のもとに静かに駆け寄る。
「…リジット様は、眠っていらっしゃるのですね」
「うん。今日、あったかいから。一緒に日向ぼっこしてたら、眠っちゃったみたいです」
ふんわりと包み込むような声が、息だけで響く。多分、俺より幾分も小さいだろう手の指が。やっぱり優し気に、リジット様の漆黒の毛並みを撫ぜている様を、今度は間近で見つめる。リジット様を見遣って、伏目がちになった目の、その睫に。…あたたかい日差しが当たって、緩く反射する様も。
フラフィーさまの腰に回っている、俺の主人の指が。フラフィーさまの指が彼を撫ぜるたびに、心地好さげに、時折ぴくりと動くのが、…何というか、微笑ましい。先程から揺れている尻尾も、フラフィーさまの声に反応するように、峙たれて揺れる耳も。
その様子に、感嘆する。…リジット様は、フラフィーさまに、本当に心を許していらっしゃるのだなあ、と。そんな分かりきったことを、それでも改めて実感した。
…実を言うと。俺は、リジット様が眠っていらっしゃるところを、初めて見た。俺たち使用人が、主人の寝室に入るなど、ある訳がないし。…それ以外の場所で、この主人が眠るなど、有り得ないことだったから。
屋敷でも、どことなく気を張っていらしたのを、多分この屋敷の使用人なら、皆知っている。それは、俺たちが信用できないから、とかでは勿論無く。多分、リジット様の習性だったのだろう。もっと言えば、きっと獣人としての本能で。もしかしたら、…俺たちの知らない過去の、何か、だったのかもしれない。
だから。今日が幾ら好い天気で、あたたかい日差しが降り注いでいたとしても。…こんな風に、昼間の庭園で。ましてや、誰かの傍らで。こんなに気を緩めて眠る主人が見られるなんて、今までの俺なら、思って、なかった。ほんの数か月前、フラフィーさまがここに嫁がれる前の、俺だったら。
現に。俺がこれだけ近づいて、小声とはいえフラフィーさまと、こうやって会話を交わしていても。…リジット様が起きる気配は、微塵もなかった。俺も皆も何となく感じていた、ぴん、と張り詰めた糸のような雰囲気も、霧散して。閉じられた眼が、漆黒の毛並みと同化するように埋もれていた。主人の、規則正しい呼吸音すら聴こえるくらいの、静かで穏やかな空気。
「…安らいでいらっしゃいますね」
こころのなかだけで呟いた言葉が、声となって漏れる。そんな俺の言葉に、フラフィーさまが、俺を見上げて、柔らかく笑った。
「うん、…はい、ほんとに。リジットさん、いつも忙しいから。少しでも、ゆっくりできてるなら、良かったです」
俺の言葉に、嬉しそうに頷いてから。何かに気付いたように、敬語に直る。…そんな『奥さま』に、喉奥だけで小さく笑った。別に、俺なんて、ただの使用人なんだから、敬語なんて使わなくてもいいのに。
それでも、俺の方が年上だという理由で、彼は敬語を使うんだろう。俺にも、他の皆にも。…本当に、フラフィーさまが貴族だというのが、信じられない。こんなに、ただの使用人にまで気を配る貴族なんて、…これも初めて見た。
『安らいでる』。俺の言った意味に、きっとフラフィーさまは気付かれてない。そんな彼に、口を緩めて。跪くように、両の膝を芝生につく。
「俺は、ここに来て長いですが」
「はい」
「…中庭で眠るほど、安らかにくつろいでいらっしゃるリジット様を、初めて拝見しました」
俺の言葉に。俺を見上げるフラフィーさまの目が、きょとんとしたように丸くなる。その目に、また、小さく笑って見せてから。
「きっと、フラフィーさまがご一緒だから。…だから、リジット様は、こんなに穏やかに、満ち足りていらっしゃるんでしょうね」
そう言うと。円い目が、もっと丸く見開かれて、俺を見つめて。…それから、その目がぎゅう、と細められた。まるで嬉しさを隠さないように、…隠せないように、素直に。
「ありがとうございます!」
その、笑顔のままで。小声ながら、弾むような声で、そう言うと。…その目が、俺から、主人へと移る。伏せられた目の、その睫にまた、ひかりが跳ねた。愛おしさと慈愛に満ちた目で、フラフィーさまが、リジット様を見つめて。
「俺も、リジットさんといる時が、一番嬉しくて、幸せで、安心できるんです」
密やかな声が、柔らかく辺りに響く。それが聴こえているかのように、リジット様の耳が、峙つように、ぴんと伸びて。ふわり、と尻尾が、嬉しそうに芝生を掃いた。
「リジットさんも、そうだといいなあ」
呟くように。囁くような声で、そう言いながら。その指が、優しい手つきで、主人の獣毛を撫ぜていく。その指を、何ともなしに眼で追いながら。…俺の指が動かないように、きつく、持っていた箒を握りしめる。
「…大丈夫です!きっと、リジット様もそうだと思いますよ!」
振り切るように、その指から目線を離して、顔に笑顔を浮かべた。小声で言ったはずの言葉には、何故か不必要に勢いがついて。そのまま、話を打ち切るように、頭を下げる。
…これ以上、傍に居たら。言わなくてもいい何かを、言ってしまいそうな気がしたから。例えば、…あのひかりを反射する、伏目の眼差しで。あんな風に、愛おしそうに見つめられてみたいと。例えば、…あの優し気な指で、撫ぜられるのが羨ましいと。…そんな、願っても詮無いことばかりを。
ああ、俺はもう、相棒のことを言えない。もしかしたらあいつ以上に、俺の方が、…フラフィーさまに対して、『目覚め』てしまっているのかもしれない。こんなこと、表に出すつもりなんて絶対にないけれども。
唐突に話を打ち切ってしまった俺に。それでも、フラフィーさまがぎゅう、とまた、目を細めた。
「ありがとうございます、また、俺もあとでお手伝いに行きますね!」
明るい声で、フラフィーさまが俺に言った。リジット様を撫ぜる手はそのままに、もう片方の手で、俺に手を振ってくれる。柔らかそうな、俺よりも小さい掌。
その掌を、思わず見つめてしまって。…また、不埒なことが頭を過ぎりそうになって、慌ててもう一度、頭を下げる。
そのまま、逃げるようにその場を辞す、俺に。フラフィーさまは、いつもの幸福そうな顔で。笑って、手を振って見送ってくれていて。それを、背で感じながら。
「…不毛だよなあ」
喉奥で呟いた声は、芝生を踏む音で消えていく。わざと、強く庭園の芝生を踏みながら。…庭園の入り口で、少しだけ振り返って、見遣ったお2人の姿は。…遠目から見ても、とても幸せそうに、俺の眼に映った。
…ああ、俺も。あんな風に、俺を愛おしそうに見てくれる目と。あんな風に、俺を優しく撫ぜてくれる、柔らかな指を持った恋人が欲しい。
それが、どんなに高い理想か。知っているからこそ、余計に性質が悪い、と分かっていても。…ああ、本当に俺も、相棒のことを言えない。
とりあえず。この後、相棒を誘って、コーヒーを飲みに厨房に向かおう。
そして、相棒曰くの、『ふわふわで柔らかくて笑顔があったかくて幸せそうで、俺を大好きでそれをいつも全身で表現してくれるような、もう俺の恋人が可愛すぎてつらい』となるような。…そんな、フラフィーさまのような恋人を、一緒に探そうと誘ってみよう。
(ああでも、そんな子簡単にいるわけねえだろ!いたらとっくに俺が恋人にしてるわ!って怒鳴られそうだな)
…それでも。あんな、…あの方のような恋人が。俺にも欲しいと、想ってしまったのだから。…仕方ないよな、と、小さく笑った。
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