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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【21】

  俺のなかに。やきもち、とか。独占欲、とか。…そういった感情があることに、彼に出逢って、初めて知った。

  「どうした?」

  馬車の中で。俯いたままの俺の、彼の声が隣から掛かる。それに、黙ったままで、ただ、軽く首を横に振った。

  

  いつもなら、馬車の中でもどこでも。彼の隣にいる時には、彼に凭れかかって、彼に肩を抱かれて。そのあったかいぬくもりと、ふかふかの獣毛の感触に身を任せるのが、俺の幸福なんだけど。

  …今は、優しく髪を撫ぜられても、彼の方を向けない。

  

  何も言わない、…言えない、俺に。気遣わし気に向けられる、彼の視線を感じながら。閉められたカーテンの上から、馬車の窓に、…彼にする代わりのように、頭を凭れた。

  さっきまで。前にもパーティーに呼んで頂いた伯爵さまご夫妻のお屋敷に、リジットさんと一緒にお呼ばれしていた。

  今日は、パーティーじゃなくて、少人数の晩餐会だった。ダンスや音楽もなくて、純粋にお食事と会話を楽しむための会で、基本は無礼講。儀礼的な社交じゃなくて、お互いの親睦を深めるのが目的だそうだ。現に、こういう晩餐会で知り合って、そのまま友人になるということも多くある。

  そういう場だから、婚姻相手と出逢う場になっている舞踏会とはまた違うけれど。でも、招待されるのは恋人や夫婦だけじゃなくて、親子や、独身の方もいる。だから、独身の方同士がここで出逢って意気投合して、婚姻まで至ることもある。

  そして、この晩餐会では招待客は全員、席順は籤引きで決める。事前に誰が座るかは誰も分からないから、席決め自体が余興のようだと、招待された方はそれを楽しみにしてる節もある。勿論籤だから、パートナー同士が隣になることもあるけれど、その可能性は往々にして低い。大体が、パートナー以外の方と隣になって、そこで、楽しくお話をする。

  今日の俺の隣は、やはりご夫婦で参加されている伯爵さまだった。年のころはスティケート先生と同じか、少し下くらいだろうか。一緒に招待された奥さまとは、やっぱり籤で離れた席になったそうで、あれが私の妻だよ、と笑顔で教えていただいた。俺のことは、男爵家の息子ではなく、近衛兵長の妻、という方で知ってくださっていて、そのことでもいろいろお話をして頂いた。

  そして、…リジットさんのお隣には、俺と同じくらいか、もう少し年上くらいの女の子が座った。俺でも知ってる、侯爵さまのご令嬢。今日は、その侯爵さまと一緒にいらっしゃったのだろう。

  彼の隣に座るそのご令嬢は、とても美人で、可愛らしい方で。…並んで座る姿に、思わず息を飲んでしまった。そのくらい、…彼と、その方はよく似合って見えたから。

  彼の綺麗な黒色の獣毛に映える、プラチナブロンドの美しい髪と、白色の滑らかな膚。端正な顔だちと、彼とお揃いの琥珀色の大きな瞳。すうっと通った鼻筋と、微笑みを湛える薄い唇。勿論、俺みたいな体型じゃない、すらっとして、まるで陶器の人形のように美しい方だった。…もし、俺がリジットさんの『妻』じゃなかったら、なんてお似合いの2人なんだろう、って感嘆してただろう。

  目を逸らしたくても。話しかけてくれる伯爵さまの、その先に2人の姿が見えて、どうしても2人の姿が目に入ってしまって。…正直、伯爵さまのお話は、ところどころ記憶から飛んでいる。伯爵さまはとてもお話上手な方で、しかも親切で、俺にも気を遣ってくださって、会話自体はとても楽しかったのに。…俺の意識は、どうしても、目に入るその2人へと、引っ張られてしまっていた。

  目には映るけど、席は離れていたから、何を話していたのかまでは、さすがに分からない。けれど、彼女と話している、俺の旦那さまの。…その顔は、とても楽しそうだった。何かを話しては、その顔を笑ませて、彼女を見遣る。それを見ているだけで、心臓がちくちくと痛んで、苦しかったのに。

  …リジットさんが。その琥珀色の眼を優しく細めて、目の前の彼女を見遣るのが、目に入って。…俺はその一瞬、言葉を失ってしまった。

  琥珀色の眼を細めて、いつも引き締まっている口角を軽く上げる、彼の笑顔。そうすると、鋭く見える眼がとても優しくなって、俺は彼のその笑顔が、とても好きだった。それを知っているのは俺だけなんだと、酷く誇らしい気持ちにもなっていた。なのに。

  …あの笑顔は、俺だけのものだと思ってたのに。

  頭を過ぎったその思考に、自分で酷く恥ずかしくなった。…どれだけ思い上がってるのか。目の前の2人が似合って見えるということよりも、自分の思考にショックを受けた。リジットさんが、俺のものだなんて、…彼がそう言ってくれるからって、それをそうだと思い込んでいた、俺の傲慢に。

  彼が、俺を好きだと言ってくれるだけで嬉しかったのに。彼が俺のものだと、そう言ってくれていた言葉を、…臆面もなく受け取っていた自分に、自分で苦しくなる。

  あの笑顔も、彼自身だって、俺のものなんかじゃないのに。あの笑顔を俺以外の誰かに向けた彼にも、向けられたあの方にも、ショックを受けるなんて。…それが、一番つらかった。

  晩餐会が終わっても、ずっとその気持ちを引き摺ってしまって。帰りの馬車の中でも、隣にいる彼の顔を、見ることも出来ない俺に。…リジットさんは、いつもと変わらず、優しく頭を撫ぜて、肩を抱いてくれる。…それが、今の俺には、酷く哀しい。

  俺以外のひとに、あの笑顔を向けないで欲しい、って。俺以外の誰かを隣に置いて、優しく笑わらないで欲しい、って。…そんな想いが、どれだけ圧し潰しても、胸の中で渦巻いて。口を開けば、その言葉が零れ出てしまいそうで、口がきけない。

  「疲れたのか?」

  …俺を気遣ってくれる言葉が、今は苦しい。こんな自分勝手な想いを抱えてる俺には、彼に気遣ってもらえる資格なんてないのに。瞬きしたら泣いてしまいそうで、自分の足元を凝視するように見遣った。おなかでゆっくりと呼吸をして、込み上げそうになる言葉を押し込める。

  「…うん、ちょっとね」

  そう言って、俯いたままでぎこちなく笑う。少し、言葉が掠れてしまったのは、彼に気づかれなかっただろうか。それとも、疲れたから、で流してもらえるだろうか。

  リジットさんの視線が、強くなったのが見なくても分かった。頭を撫ぜてくれていた手が、肩に置かれて、そのまま掴まれる。

  「…なにか、あの男に言われたのか?」

  あの男。一瞬誰のことだか分からなくて、頭に疑問符が浮かぶ。その沈黙を、…彼はどう捉えたのだろうか。今度は両手で肩を掴まれて、ぐい、と上を向かされるように強く押された。

  「矢張り、食事中になにかあったのだろう?どうしたんだ、何を言われた?」

  

  続けられた言葉で、彼が誰のことを言っているのか、ようやく分かった。あ、と声を漏らしてしまうと、強い眼が、射貫くように鋭い眼差しで俺を見詰める。掴まれる肩が、少し、痛い。

  「ち、違うよ!別にあの方から悪いことなんて何にも言われてないよ!?寧ろすごい親切で、優しくて、お話も上手で楽しかったよ!」

  

  彼の言葉に、慌てて首を横に振った。あの伯爵さまは、本当にとても良い方で、それを悪く言われるのはあの方にも申し訳ない。そんな俺の言動に、…彼の眼が、ますます強さを帯びた。

  「何故庇う?お前が、晩餐会中様子がおかしかったのは、傍から見ていても分かったぞ。あの男に何かされたのではないのか?何故俺に言わない?」

  琥珀色の眼のなかで、瞳孔がぎゅ、っと収縮してから大きく開く。強い、と思った眼は、燃えるようだった。けれど赤ではなく、青や、…もっと昏い色を思わせるような、仄暗い炎の色。

  「何か、…俺に言えぬようなことでも、あったのか?あの男に、少しでも、心動くようなことでもあったのか」

  俺を掴む指が、肩に食い込む。強すぎる力は、さっきよりも痛かった。でも。…俺の脳裏に、晩餐会でのリジットさんが浮かぶ。あの、綺麗なご令嬢に、楽しそうな表情を浮かべる彼の顔。何事か言葉を交わして、おかしそうに笑って。…俺だけのものだった、あの笑顔で。あの方に向かって微笑う、優しい眼。…掴まれる肩よりも、心臓が軋んで、痛い。

  「そんなこと、何にもないよ!こころ動かされるようなことがあったのは、そっちじゃないの!?」

  気を緩めたら、泣きそうになるから。目に力を入れて、彼を見詰めた。同じようにおなかにも力を入れて声を出すと、思ったよりも大声になってしまう。でも、…少しでも緩めると、やっぱり泣いてしまうから、声量も下げられない。

  「どういうことだ?」

  彼の眼が、強いままに眇められた。一瞬身が竦んで、…それでも、動き出した口は止まらない。

  「だ、だって…リジットさんだって、あのご令嬢に優しく笑ってたじゃないか!あの笑顔は、俺だけのものだったのに!」

  さっきから、ずっと胸に渦巻いてた言葉が、爆ぜるように口から飛び出た。あ、と思っても、一度吐き出してしまった気持ちは、堰き止めることが出来なかった。

  「リジットさんだって、あの方がすごくお綺麗で、だから嬉しかったんでしょ!?だからあんなに嬉しそうだったんでしょ、リジットさんは俺のだって言ったのに!嘘つき!」

  そこまで一気に口にしてしまってから、肩で息を吐いた。…そこで、張っていた気が緩んで、今度は目から涙が一気に溢れて零れる。ああ、折角泣かないように、頑張ってたのに。ぼたぼたと零れる涙と一緒に、頭も冷えていくようだった。自分の中で、言ってしまった言葉が頭を巡って、指先が冷たくなる。

  どうしよう。どうしよう、言うつもりなんてなかったのに!こんな、俺の自分勝手で、ただの我儘で、…いや、多分、それ以下だ。俺が勝手に、リジットさんは俺のだって思い込んでて。それが叶わなかったからって駄々を捏ねてるだけの。…ほんとに、みっともない。こんな俺なんて、彼に絶対見せたくなかったのに。

  リジットさんのほうを向けなくて、また俯きながらごしごしと目を擦る。彼が怒ってしまったんじゃないかって怖くて、気配も伺えずに自然と身が縮こまった。彼に嫌われたらどうしよう。もう、傍に置いてもらえなくなったらどうしよう。そんな不安だけが、全身を占拠して、また顔があげられない。…そんな俺の肩を、掴んでいた彼の指から、ふっと力が抜ける。

  「…フラフィー、それは」

  呟くような声が、上から聞こえた。怒るよりも、驚くような、ぽかんとした口調。それから、…今度は優しい仕草で、また、上を向くように肩を押される。それでも伏せてしまった顔に、彼の声が響いた。

  「それは、嫉妬か?」

  …予想外の反応に、今度は俺の方がぽかんとしてしまった。伏せた顔も上げて、思わず彼を凝視してしまう。

  …怒らせてしまったとばかり思っていた、彼の顔は。何故だか、とても嬉しそうな笑顔だった。さっきの仄暗い炎は、その眼から跡形もなく消えていて。いつも通りに、綺麗な琥珀の色に戻ったその四白眼が、優しく細められて、俺を見つめる。俺へと向けてくれる愛おしさが、何よりも伝わってくるような、優しい眼。

  その眼に映っているのは、…紛れもない、俺、だった。瞬きも忘れた目から、ぼたぼたと涙だけが零れて。それを、彼の指が、優しく拭ってくれる。

  「そうか、嫉妬か。…お前に妬いてもらえるとは、思ってもなかったな。…そうか、妬いてくれるのか」

  まるで独り言のような言葉は、声まで嬉しそうだった。噛み締めるように、そう囁きながら。彼の腕が、今度はぎゅう、と俺を抱きしめる。…彼の胸に収まって、無意識に、その背に回しそうになる腕を、慌てて抑える

  「な、なんで?怒ってないの?俺、リジットさんに酷いこと言ったんだよ?」

  「何が酷いことだったんだ?」

  わたわたと、彼の腕をつかみながら、その胸から頭を上げて、彼を見遣った。俺の言葉に、見遣り返してくる彼の顔は、本気で不思議そうで。…その顔も予想外で、俺は更に混乱する。

  「だって、あんなに俺、自分勝手で」

  「お前は本当のことを言っただけだろう?俺はお前のものなんだ、お前は俺に何でも言っていい。…嫌な思いをさせて、済まなかった」

  真摯な声が、耳に響く。止まっていた涙がまた、目から溢れて零れた。彼の腕を掴みながら、ぶんぶんと大きく首を横に振る。勢いで、辺りに零れた涙が舞った。

  

  「違うよ、俺が勝手にやきもち妬いたんだ、リジットさんは悪くないよ!俺が、リジットさんとあの方がすごいお似合いで、リジットさんが笑ってて、それで、あの笑顔は俺のなのに、って勝手にっ」

  そこまで言って、声が詰まる。彼が、また俺を抱き締めてくれて、彼の指が俺の頭を撫ぜて滑った。それが心地好くて、彼の胸に顔を埋める。

  「お前以外に、俺に似合う者など存在しないぞ」

  「でも、だってあの方、すごいお綺麗だったでしょ。俺なんかよりもずっと綺麗で、リジットさんもすごく格好良くて、だから」

  彼の言葉が嬉しくて。でも、今日の光景が、脳裏に浮かんだまま消えなくて。…もっと、俺の言葉を、彼とあの方がお似合いだと思ってしまう俺を、否定してほしくて、言葉を続ける。そんな俺に、彼が、困ったように少し笑った。

  「お前は、あの令嬢殿を綺麗だと言うが、…俺はお前以外の誰かを可愛いとも美しいとも思ったことがなくてな。だから、お前よりも令嬢殿が綺麗だと言われても、分からんのだ」

  …言われた言葉に。彼の胸に顔をうずめたまま、ぽかんと目を見開いた。いや。いやいやいや!弾かれるように、彼の胸から顔を上げて。彼を見遣って、声を上げる。

  「あ、あんなにお綺麗な方だったのに!?」

  「お前の方が愛らしいに決まっているだろう。比べ物にもならない。…そもそも、件の令嬢がどんな顔だったか思い出せん」

  どのような顔だっただろうか。と、真顔で悩みだした俺の旦那さまに、またもぽかんとしてから。…思わず、笑ってしまった。本当に、リジットさんてば俺に甘い。…そして、優しい。

  笑いながら目を細めると、残っていた涙が頬を滑る。でも、…きっとこれは、嬉し泣きだ。彼の腕の中で笑う俺を、リジットさんが、優しく頭も背も撫ぜてくれる。

  一頻り笑ってから、…また、腕を掴んだまま、彼の胸に顔を埋める。ぎゅう、と、彼の腕をまた掴んで、息を吸った。

  「…あのね、リジットさん」

  「なんだ?」

  俺の呼びかけに、彼の優しい声が降ってくる。それに目を細めながら、彼の腕を掴む手に、秘かに力を込める。

  「…ずっと隠してたけどね、俺、…俺、ほんとはすごいやきもち妬きだから!」

  「それは望むところだな。寧ろ、俺にとってはその方が望ましい」

  そのまま、大きな声で、意気込んで言った言葉。それに、リジットさんが、溶けそうに甘い声で、嬉しそうに囁く。

  …俺がやきもち妬きなのが嬉しいって、なんでかな。でも、俺も…リジットさんが、ぬいぐるみにやきもち妬いてくれたとき、なんだかすごく嬉しかったから。…それと、おんなじことなんだろうか。そんなことを思いながら、彼の胸に額を摺り寄せた。なんだか照れるような、嬉しいような、甘酸っぱい気持ち。

  「だ、だから、…ほかの人に、あの優しい顔で笑ったりしないでね?」

  言いながら、少しだけ顔を上げて。上目で、彼を見遣った。そんな俺に、…少しだけ、耳と首を傾げながら、彼が俺を見遣り返してくる。

  「…済まない、それはどんな顔だろうか」

  「あの、えっと、…俺にだけ笑ってくれる顔」

  そう言うと、リジットさんが困惑したように眼を眇めた。…もしかして、俺にし向けてくれるあの笑顔は、無意識なんだろうか。そう思うと、やっぱりすごく嬉しくって、なんだか照れてしまう。

  でも、だとすると、どう言えばいいんだろう…あ、そうか。

  「ていうか、今日、どんなお話ししてたの?」

  そのお話の内容で、彼がいつ、あの笑顔を浮かべてたか分かるかも。そんな思考で、口にした言葉。それに、リジットさんが会得したように頷いて。

  「ああ、お前の話だ」

  …事も無げに言われた言葉に。俺は、またもぽかんとしてしまった。多分丸くなっているだろう目に、少し眼を細めたリジットさんが映る。

  「…え?」

  「あの令嬢殿も、俺とお前のことをご存じでな。いつか、俺たちのような夫婦になりたい、と仰られていた。それが嬉しくて、ついお前の話をしてしまったんだが、…よくなかったか?」

  俺の反応が、怒ったり、困ってると思ったのか。彼が申し訳なさそうな顔をして、俺を見遣った。いつもはぴん張り立っているその耳まで、少し垂れる様まで、目に映しながら。それでも、ぽかんと目を丸く開いたまま、口が動かせない。…え。じゃあ。…あの笑顔は。

  「お、俺のことを話してたから、あの顔で笑ってたの…?」

  「多分そうだろう。今日は、俺はお前の話しかしていないからな。そもそも、俺が笑うとすれば、お前の話でしかない」

  令嬢殿も、お前のことを聞きたがっていた。今度、是非に話したいと仰っていたぞ、と。続けられたリジットさんの言葉に頷きながらも。俺の意識は、リジットさんのあの笑顔へと帰結していく。

  …俺が妬いてしまったあの笑顔は。目の前の、ご令嬢に向けられてたんじゃなくて、…俺を想って、浮かべてくれていたんだって。彼の中で、あの笑顔は、…俺に、向けてくれていたんだって。

  それに気づくと、また、視界が滲んだ。最近の俺は、前よりも随分と泣き虫になってしまった気がする。少なくとも、…リジットさんに出逢う前よりも、ずっと。

  それまでは、哀しかったり寂しかったりすることで泣くんだって、ずっと思ってたけど。…嬉しかったり、大好きだって気持ちが膨らみすぎても、涙が出るんだってことも。彼に出逢って、初めて、知った。

  「どうした?」

  俺の様子に気づいて、彼が、俺の顔を覗き込む。その顔も滲んで、くしゃりと霞んだ。

  「やきもち妬いて、ごめんなさい…リジットさん大好き…!」

  ぼろぼろと泣きながら、そう告げる俺に。リジットさんが驚いたように少しだけ眼を見張ってから、嬉しそうに甘く笑った。

  「謝る必要などない。少しでも、俺を独占したいと、そう想ってくれたのだろう?…寧ろ、もっとそう想って欲しい。俺を取り巻くものに、妬いて欲しい。…俺は、いつも、お前の取り巻くの全てに、妬いているんだからな」

  お前には、格好悪くて今まで言えなかったが。って、悪戯っぽく笑いながら、彼が囁く。そんなリジットさんに、俺も、泣き笑いで抱き着いて。

  「…そんなこと言ったら、本当に、なんにでもやきもち妬くんだからね!」

  軽口に紛れさせて、声に出した、俺の本音。…妬いて欲しい、なんて言われたら、…本当に、彼の周りのひとたちに、やきもちを妬いてしまう。俺が一緒に居られないときに、彼の傍にいられるひとたちに。…一緒に居られて、いいな、って。ずるいな、って思ってしまう。

  そんな俺に、彼が小さく笑って、俺の頭を撫ぜてくれた。そのまま、背まで指を這わせられて、背筋が淡く震える。

  「ああ、そうしてくれ。俺の世界は、お前が全てだ。…もっと妬いて、独占してくれ」

  お前に想われることが、俺の幸福の全てなのだから。そう、低く蕩けるような、甘い声で囁かれて。…俺は、言葉で答える代わりに。自分から唇を重ねることで、彼に応えた。その方が、俺の気持ちを伝えられると想ったから。

  リジットさんも、それを分かってくれたのか。彼の指が、俺の首根を押さえる。角度が変わって、口づけが深くなって。

  …そのタイミングでがこん、と停まった馬車に。驚いて、唇を離す。馬丁さんが、外から『お屋敷に到着致しました』、って声を掛けてくれて。…その言葉に、2人で顔を見合わせてから、思わず笑った。

  「残念だね」

  照れながら、彼に向かってそう言うと。薄く眼を細めたリジットさんが、…耳に、噛みつくようにキスをして。『部屋でな』、って囁くから。…俺は、夜の闇でも多分隠せないくらいに、顔を真っ赤にしながら、ぶんぶんと勢い良く頷いた。

  そのまま、馬車を降りて。手を繋いで、お屋敷までの短い距離を、歩きながら。

  

  リジットさんと出逢えて。彼と、一緒にいることが出来て。…彼のお嫁さんになれて、本当によかった、って。自分の幸福と幸運を、改めて噛み締めた。

  

  

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