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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【25】

  街に、今まで見たことのないような移動施設が、期間限定で来ているらしい。

  その開催時間は夜だというのに、催されてから直ぐに大盛況で。皆がこぞって訪れている、という話を、よく街に赴くという犬獣人の部下から聞き。それを、フラフィーに何気なく話したところ。

  可愛くて仕方のない、俺の妻が。その愛らしい顔を更にほころばせて、行ってみたい!と。目を輝かせながら、口にしたので。

  俺の次の休みの日に、さっそく、そこに訪れてみることに、した。

  

  「どういうところなのかな?」

  ごとごとと、振動の軽く響く馬車のなかで。フラフィーが、楽しそうに、顔に笑顔を浮かべながら。弾むような声で、問いかけてくる。それに、自然と口角が上がるのを自覚しつつ、円く優しい線を描く柔らかな肩を抱き寄せた。

  「聞いたところによると、『夜にしか開いていない、夏らしく涼しくなる場所』らしいぞ。水遊びだとかの濡れるようなものではないらしいが」

  街の人間とも仲が良いという、犬獣人の部下の言葉を思い出しながら、そう俺の妻に告げると。そうなんだー!と明るい声で、また、ぎゅうと円い目をフラフィーが細めて笑った。その楽しそうな様に、俺の口も緩んだ。

  …それから、前から考えていたことを、口に出す。今日の行き先には関係のない、来月の。…俺たちの、婚姻して1年になる月の話。

  「…フラフィー。この夏は、あの海に泊まりで出かけないか?」

  妻の目を見つめながら、そう言うと。『あの海』、で分かってくれたのだろう、驚いたようにフラフィーが、目を丸くして。…それから、ほころぶように笑って、弾むように頷いた。あの海。…俺たちが、初めて共に出かけた場所。俺たちの、思い出の場。

  「行きたい!…あっ、でも、リジットさんはお仕事、忙しくない?大丈夫?」

  ぎゅう、と目を細めて、満面の笑顔で頷いてから。俺を気遣うように、少しだけ眉を下げて、円い目が俺を見遣った。そんな愛らしい妻に、思わず眼を細めながら、その頬を指先で撫ぜる。

  「大丈夫だ。…来月は、俺たちが婚姻して1年だろう?何か、記念になることをしたいと、想ったんだ」

  俺の言葉に。フラフィーの円い目が、更に大きく見開かれる。それから、照れたように笑うと、…俺に、ぎゅうと抱き着いてきた。俺の胸に、柔らかな頬が押し当てられる。それから、『嬉しい』、と囁くような声が、服を通して身体に響いた。ひたりと重なるあたたかな身体に、俺も腕を回して抱き締めながら。

  「実は、あの海岸の一部を所有している公爵殿に、話を通して頂いたんだ。あの海が想い出だ、と言う話をしたら、是非にその浜辺を使ってくれ、と仰ってくださってな。有難くお受けした」

  「えっ!?あの海の浜辺?」

  「ああ。別荘も貸そうか、ともお話を戴いたが、流石にそれは辞退した。だが海辺だからな、旅荘には事欠かん。何処か泊まりたいところがあれば、言ってくれ」

  そこまで言うと。俺の胸から顔を上げて、フラフィーが俺を見つめた。伸びあがるように、体勢が動いて。…そのまま、仄甘い唇が、俺に重ねられる。俺が反応を返す間もなく、一瞬で離れてしまった唇が、また、照れたように笑った。

  「ありがとう、リジットさん。…俺、すごく嬉しい!」

  そう言って、フラフィーがぎゅう、とその円い目を細めた。幸福を詰め込んだように、幸せそうに笑う、…俺の焦がれてやまない、その笑顔。

  その笑顔に、誘われるように。フラフィーの言葉に、頷きながら。…俺も、何よりも大事な、最愛の妻に。触れるだけのキスを、優しく返した。

  程なくして、馬車が街に到着した。うちから街までは、馬車で半刻と言ったところだろうか。このような夜に、どれだけ待たせるか分からないものを待たせるのも忍びないので、迎えを頼んで先に屋敷へと帰らせる。がらがらと音を響かせて、来た道を戻っていく馬車を見送ってから。どちらからともなく手を繋いで、街へと歩き出した。…どれだけ暑い日だろうと、この子の体温を感じずにはいられない。この子も、そう想ってくれていたらいい、と、傍らに寄り添う妻を見遣れば。大きな円い目を嬉しそうに細めて、はにかむように俺に笑った。

  「どこでやってるのかな?」

  「確か、この街一番の広場と言っていたぞ」

  そんなことを話しながら、街中を散策するように歩く。夜は酒場しかやっていない街も、今日は何となく賑やかだ。いつもなら、この時間に営業していることのないカフェや氷菓の屋台も、まだ店を開けている。まるで祭りの夜のような空気に、隣を歩くフラフィーの歩調も弾むようだ。

  街一番の広場は、その広さもあってか、街の外れに造られている。そこまで馬車で行ってもよかったのだが、街に来るのも久しぶりだ。夜の暗がりなら、昼よりも俺の姿の目立たないだろうし、それに。…この子も、たまには街中を見て歩きたいだろう。そう思って、馬車を街の入り口で帰らせたのだが、矢張り、それは正しかったようだ。

  「なんだか、今日は賑やかだね!」

  「そうだな。…もしかしたら、その催しで、夜の人出が増えているからかもしれんな」

  「ますます楽しみだね!どんなことやってるのかなー」

  歩調と揃いの、弾むような声でそう言うと。ぎゅう、と目を細めて笑って、俺の妻が、俺を見上げる。その、花のほころぶ様を思わせる愛らしい笑顔に、俺の顔も、知らずに緩んだ。

  もし、帰りまで店が開いていたら、氷菓子でも買おうか、と。そんな何気ないことで、嬉しそうに笑ってくれる妻に。心を高鳴らせながら、広場へと向かう。街中から、広場へと近づくたびに。段々と、一際大きな建物…というよりも、真っ黒の、サーカスのテントのようなものが、他の建物の間から見え隠れしてくる。

  …催し物とは、サーカスなのだろうか?夏らしい、涼しい、と聞いていたが。けれどサーカスにしては、夜の闇にも負けないような暗い色をしたテントに、それも違うのかと首を捻る。そもそも、サーカスで黒いテントなど見たことがない。

  「…サーカス?でも、違うよねえ」

  「そうだな…何だろうか」

  2人で首を傾げながらも、更にそのテントらしきものに向かって歩く。静かな夜の広場には似つかわしくないような、ざわざわとしたざわめきが耳を揺らした。…ここを曲がれば、広場の入口だ。

  「…え」

  その。テントを改めて目にして、フラフィーが声を漏らして立ち止まる。幾つものランプでぼんやりと照らされて、暗がりに浮かび上がる真っ黒のテントは、幻想的を越して少々不気味だ。…フラフィーの、俺の手を握る力が強くなった。

  「どうした?」

  「え、…え、あの、ここ?」

  「…そうだな、ここで間違いない」

  戸惑ったようなフラフィーの声に、周りを見回すと。入口らしい場所に、そこそこ長い列が出来ていた。そこに設置されている看板には、ペンキの垂れたような赤文字で、『幽霊サーカス』と書いてある。…ああ、だからか、と。そのテントにもう一度目をやって納得した。

  サーカス、と言う割りには、随分と地味な、褪せた黒一色で。遠目からは分からなかったが、やたらと鮮やかな赤色がそこかしこに散っている。そこに、古さの表現だろうか、器用に蔦を絡ませてあった。近づくと、中から叫び声が聞こえてくることに、無意識に耳が揺れる。

  …どうやら、これは、人を驚かす催しのようだ。幽霊、という単語も、このおどろおどろしい様相も、それで納得がいく。それが『夏らしくて涼しい』のかは分からんが。…しかし、幽霊、でどうやって人を驚かすのか。まさか本物をここに呼び寄せているわけではあるまい。流石に俺も幽霊というものは、知識として知ってはいるが、見たことはない。本物がいるとしたら興味深くはあるのだが。

  この国で、このような催し物が開催されるのは、これが初めてではないだろうか。少なくとも、俺は見たことがない。フラフィーも、このようなものは知らない様子だし、周りを見ても、皆初めて来た、という話を交わしている者が多そうだった。…矢張り、皆見たことも、入ったこともないのだろう。部下の言っていた、『今まで見たこともない催し物』、の言葉は、嘘ではないようだ。

  まあ、テントの中から叫び声は聞こえても、特に敵意や殺意は感じないから、安全ではあるのだろう。それに、相手が幽霊だろうが、俺が在る限りこの子に傷一つつけさせん。例え触れられない相手であっても、この子は必ず俺が護る。

  そんな決意を新たにしながら。俺たちも並ぼうと、フラフィーの肩を抱き寄せて促す。…いつも以上に、ひたりと俺に身を寄せてきたフラフィーが、不安そうに俺を見上げた。

  「こ、これ、もしかして…お化けが出てくるのかな」

  「多分、そうなのではないだろうか。中から叫び声も聞こえてくる」

  妻の声に答えながら、耳を澄ませた。幾つもの叫び声が、テントの中から聞こえてくる。…矢張り、幽霊か、それに準ずるものが中にいるらしい。どうやって捕らえてきたのか、そもそも本当に存在していたのか。そんなことを考える俺の前で、…フラフィーの表情が不安そうに曇っていく。

  …もしかして、怖いのだろうか。そこに思い当たって、臍を噛んだ。それはそうだろう、これだけ叫び声が聞こえてくるんだ。…この子が怖いと思っても、当然だろう。

  「…怖いなら、止めておこう。そこまで無理をすることはない」

  俺がここに来たのは、フラフィーが楽しそうだったからだ。この子が喜ぶから来たのであって、嬉しそうに笑ってくれるから、俺も楽しみだった。ここに来た意味なんて、この子が、幸せそうに笑う顔を見たかった、ただそれだけだ。…その顔が曇るのであれば、この催しになど、何の意味も興味もない。

  けれど、フラフィーは少しだけ考えるような顔をした後で。…ふるふると、顔を横に振った。それから、俺の手を両手で握ると、真っ直ぐに俺を見つめる。

  「リジットさん。…俺と、ずっと、手を繋いでてくれる?」

  大きな円い目が、縋るように俺を映した。…そんなこと、言われるまでもない。フラフィーの手を、俺も重ねて握り返した。

  「勿論だ。決して離さない。…安心してくれ」

  妻の目を見つめ返しながら、そう返すと。不安そうな顔が、花のほころぶように笑顔になる。…その顔に、密かに見惚れる俺に。

  「じゃあ、俺頑張る!行こう!」

  明るい声で、そう言いながら。俺の手を引くように、繋いだ手を、妻が揺らした。

  長い、と思った列も。並んでしまえば、番が来るまでは半刻ほどだった。

  金を払って中に入ると、少々こもった空気が身を包んだ。それでも、そんなに暑く感じないのは、夜だからだろうか。俺たちが入った途端に、隙間なく閉められてしまったテント内は、外よりもなお暗い。ぽつぽつとランプか何かが置いてあるらしく、その光源でその部分だけは多少明るい、という程度だ。

  見るからに広く、大きなテントはいったいどういう構造なのか、と思ったが、どうやら中は迷路のようにしてあるらしい。そこそこ狭い通路の壁に触れると、布の手触りの向こうに、薄い板のような感触も伝わる。…なるほど、こうやって薄い板と布で仕切っているのか。移動施設だから、直ぐに設営、撤収できるよう、なるべく簡易にしてあるのだろう。

  そんなことを考えて納得する、俺の。その腕に、柔らかい感触が巻き付いて、ぎゅう、と抱き着く。思わず口元が緩みながら、そちらを見遣った。…暗がりのなかで、俺の可愛い妻が、不安そうな顔で俺に抱き着いている。この暗闇だと、俺からはこの子の表情も分かるほどには見えているが。この子からは、俺が黒狼だと言うことも相まって、俺の表情はおろか、輪郭もよく捉えられてはいないだろう。

  「大丈夫だ、俺はここに居るぞ」

  

  そう言って、安心させるようにその頭を軽く撫ぜる。それから肩を抱けば、ほっとしたように。俺を見上げる円い目が、ぎゅう、と嬉しそうに細まった。ぐる、と思わず喉が鳴って、咳払いでそれを誤魔化した。…これだけ狭く暗い中だと、簡単に理性の箍が外れそうで、少々困る。そんな想いと裏腹に、俺の尻尾は喜ぶように勢いよく揺れていた。…それに自分で気づかないふりをして、愛らしく幼い妻の頬を、指でなぞるように撫ぜた。

  薄っすらとした暗闇のなかを、フラフィーの歩調に合わせてゆっくりと進む。もともと、それほど歩調の速くない子だが、今日は俺の腕に抱き着いて、不安そうに辺りを見回している所為だろう。いつもよりも更にゆっくりとした速度で、時折、俺の腕に怯えるように顔を寄せる。そして、俺を確認するように、俺を見上げては、安心したようにその顔をほころばせるのだ。その愛らしい様子に、俺の口元は緩みっ放しだ。ここなら、どれだけ顔が緩んでも、この子に分かってしまうこともないだろう。…大きく揺れる尻尾には、気づかれないように気を付けないといけないが。

  

  この子を怯えさせることはいただけないが。…いつも以上にこうやって、ぎゅう、とこの子に抱き着かれて頼られている状態には、正直、心が弾む。

  愛らしく素直で、何事にも一生懸命な俺の妻は、…それが過ぎて、独りで我慢してしまうことも少なくないから。俺には、どんな我儘も不安も哀しみも、怒りだってぶつけてくれていいというのに。寂しいと口に出してくれていい、傍にいてくれ、なんて何の我儘にもならない。寧ろ、どちらも俺にとっては、この子から言われたなら、求められたならば、堪らなく喜ばしく、嬉しいことだと言うのに。

  …この子の、そんな風に我慢してしまう様は、俺にとってはいじらしくももどかしい。もっと俺を頼って欲しい。甘えて欲しい。この子の願うことならば、何だって叶えてみせるのに。

  だから、…この子が怖がるように、俺にしがみついて。俺を見上げては、安心して笑ってくれる姿は、俺には如何しようもなく甘美だった。この子に頼られている、と感じることが何よりも喜ばしい。フラフィーは怖がっているというのに、と自分を戒めても、…それは抑えきれない。

  いったい、どこまでこの迷路が続いているのかは分からないが。もう少し、このまま暗がりが続いてくれれば、と。そんなことを、願うように思ってしまった時。…不意に、それは現れた。

  『…ああぁぁあぁぁぁああ…』

  

  潰したような、低い声とともに。身体中に泥を纏い、目と口から赤を溢れされた者が、目の前に現れた。咄嗟に、俺の最愛の妻を背に庇って、臨戦態勢をとる。その者は、俺たちの前に立ち塞がると、今にも襲わんばかりに、土気色の膚の手を大きく上げる。更に大きく開いた眼と口から、ごぼり、と赤いものがぼたぼたと零れる。

  

  「うわああああっ!」

  俺の妻の、おびえたような叫び声に、…一気に全身の血が沸騰した。勝手に唸り声が喉から上がって、辺りに響く。相手が襲ってくるよりも早く、その土と赤に塗れた喉笛を掴もうと。足を踏み出して、勢いよく腕を伸ばした。ひっ、と息を飲むような声がその者から上がって、その身体がおびえたように仰け反る。そのまま尻もちを搗く姿からは、殺意どころか敵意のかけらも感じられない。

  思わず相手を凝視しながら、腕を下ろせば。相手も驚いたようにこちらを見て、ぱちぱちと瞬きをしていた。…どうやら、こちらを脅かそうとしただけらしい。眼と口から流す赤いものも、血液ではない。それは最初から、匂いで分かってはいた。しかし、幽霊とはそういうものかとも思ったのだが。…この者は、普通の人間のようだ

  …そこで、ああ、と納得する。そうか、ここは、幽霊に扮した人間が、訪れた者を脅かすという催し物か。…出てきたときには、この子に害をなす気かと、本気で立ち向かってしまったが、…それなら申し訳ないことをした。危うく殺しかねなかった。

  「大丈夫だフラフィー、この者は人間だ。敵意もない。それに、お前に害なすような者は、例え何者だろうが俺が斃してやる。お前は、俺が絶対護ろう。だから、安心しろ」

  俺の背にしがみつくフラフィーの頭を撫ぜながら、安心させる為にそう口にした。…その言葉に、俺の身体に顔を押し当てていたフラフィーが、恐々と言った面持ちで顔を上げる。上目遣いのその目に、薄っすらと涙が浮かんでいる。…その水膜の向こうで、円い目が頼りなく揺れている様に、心臓が震えた。指を伸ばして、その目の涙を優しく拭う。そのまま、その指で頬までなぞった。

  「…ほんとう?」

  「ああ、勿論だ」

  フラフィーの言葉が、『人間』に掛かっているのか、『俺が護る』と言ったことを指しているのかは分からない。けれど、どちらにしても本当だ。この驚かしてきた者は人間だし、…この子は、俺が必ず護る。

  そう思いながら、力強く頷くと。ほっとしたようにフラフィーが笑って、俺にぎゅう、と抱き着いてきた。それを抱き締め返しながら、…俺の妻の愛らしさに、堪らず顔が緩んでしまったのは、この子には秘密だ。

  気づけば、脅かし役のあの者は、もういなかった。…驚かしたら、脇に捌けるものなのだろうか。なかなか面白い。ということは、この先にもあのような者が出てくるということか。

  それを、半ば期待しながら、先に進む。俺の腕、…から服までを掴んで、俺の背中に隠れるように。フラフィーが恐る恐るという足取りで、後ろを歩く。どうやら、出てくるのは人間だけではないらしい。恨めしそうな声がしたり、いきなり風が吹いてきたり。…それも、生きた人間が行っている仕掛けなのだろうが、フラフィーには恐怖の対象となりえるようだ。

  「わあっ!やだあっ」

  俺の背で、そう声を上げながら。柔らかい身体が、俺にひたりとしがみつく。覗き込むように、後ろで震える俺の可愛い妻を見遣れば。…ぎゅう、と俺の服を掴んで、俺の背に隠すように、顔を押し付けていた。その愛らしい姿に、またも口角を上げてしまいながら。ふるふると震える髪を、梳くように撫ぜる。

  そうすると、少しだけ、俺の背から顔を上げたフラフィーが。…上目で俺を見つめながら、安心したようにその顔をほころばせた。大きく揺れる目が、ぎゅう、と細められて、はにかむように笑う。…一瞬、この暗がりが何処かを忘れそうになった。違う意思を持ちそうなった指を握って戒めてから、俺の妻に優しく触れる。それに、擽ったそうに笑う妻を見つめてから、…先へと歩を進めた。このまま、こうやって、この子にひたりとくっついて、縋りついていて欲しいような、…早くここから出て、思う様この子を抱きしめて、その身体の隅々にまで触れたいような。そんな想いが入り混じって、身体を渦巻く。

  

  それから、何者かが出てくるたび、仕掛けが動くたびに。可愛い俺の妻は、声を上げながら、俺に強くしがみついてきた。俺の背や腕に顔を埋めながら、かたかたと頼りなく震える様は、…堪らなく愛らしかった。俺に全幅の信頼を置いて、全身で俺に頼って縋りついてくれる、最愛の妻。

  そんな愛らしいこの子の姿に、…喜びに大きく揺れる尻尾を気づかれないように気を回していたことだけが、この場で唯一冷や冷やした出来事だ。このような場所に来て、一番怖かったのが、それだったと。…この子に知られたら、笑われるだろうか。呆れられるだろうか。…笑ってくれるのなら、知られてしまってもいいかもしれない。

  そんなことを思いながら。幽霊サーカスとやらの、最後まで。俺の何よりも可愛い妻の、俺にしがみつく柔らかな身体と。俺を頼りとして縋ってくれる、甘やかな指を堪能した。

  「あー!もう怖かった~!」

  外に出ると、同じ暗がりでも、夜の闇の方が明るいことに少しだけ驚いた。未だに並ぶ列は長く、出てくる者を見ては楽しそうな声を上げている。他の者の姿が見える場所に戻ってきたことで、元気を取り戻したのだろうか。大声を上げながら、照れたようにフラフィーがはにかんで笑った。

  「リジットさんは、全然怖くなかったの?」

  「そうだな」

  「すごいねえ!俺、すごく怖かったよー」

  先程までは、ひたり、と隙間もないほどにくっついていた柔らかい身体。それが離れてしまったことを、名残惜しく思いながら。それでも、ぎゅう、と俺の手を繋いできた指に、心が満たされる。その手を同じように、強く繋ぎ返しながら、俺を見つめる妻の顔を、見つめ返した。照れたように、愛らしくその顔がほころぶ。

  「でも、リジットさんが護ってくれる、って言ってくれて、ずっとぎゅってしてくれてたから、…すごく嬉しかったんだよ。お化けは怖かったけど、リジットさんと一緒だから楽しかった!」

  弾むような声が、俺に告げる。その言葉に、眼を細めて笑い返しながら。甘露のように、繰り返しては耳で転がす俺に。…フラフィーが背伸びをしながら、俺の服の裾を引いた。

  「どうした?」

  その愛らしい仕草に笑いながら、少し屈むと。まるで内緒話をするように、フラフィーの顔が俺の耳に寄せられる。耳を擽る息が甘やかで、知らず耳が喜ぶように揺れた。

  

  「あとね、…リジットさん、すっごく格好良かったよ!リジットさんはいつもすごく格好良いけど、今日はもっと格好良かった!」

  

  世界一大好きだけど、もっと惚れ直しちゃった、と。悪戯っぽい声が、息だけの音で続けられて。間近で見遣った妻の顔は、…これ以上ないほどに、愛らしく。

  思わず掻き抱くように、抱き締めて抱き上げれば。驚いたような声を上げながらも、…楽しそうな声で、俺の何よりも、誰よりも愛しい妻が笑った。

  来年も。もし、この催しが開催されるのならば。また必ず、来年もこの子と一緒に来よう。と、そんなことを心に誓いながら。

  愛しい妻を胸に抱きかかえたまま、未だ賑やかな、夜の街を歩いた。

  (…どうやら、その姿を、夜な夜な街に繰り出していたらしい犬獣人の部下に見られていたらしく。後日、王城の軍内で、邪気無い口調でそれを話題に出されて、大層居た堪れない思いをした)

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