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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【36】
リジットさんのお休みの日。その日は、朝からいい天気だったから。お昼ご飯を食べてから、散歩がてらに。お屋敷からほど近い、森林公園に、…親子3人、で訪れることにした。
『リジットさん、乳母車って座席に積めるかな?荷置き場に積んだほうがいい?』
『いや、持っていく必要はないだろう。ロバストは、俺がずっと抱いていよう』
出発前に交わした、そんな言葉通りに。馬車のなかから、リジットさんはずっとロバストを抱っこしてくれていた。彼の広い胸に抱っこされて、揺られているのが余程心地好かったのか。家を出るときは起きていた俺たちの息子は、公園に到着するときには気持ちよさそうに眠っていた。
…分かるよロバスト!リジットさんの腕の中は、すごくあったかくて、心地好くて、安心できるものね!俺もリジットさんに抱っこしてもらうの、大好きだよ!なんて、こころのなかでロバストに全力で賛同しながら。馬車から降りたことにも気づかないように、彼の腕の中で安心しきったように眠る俺たちの息子に、目を細める。
ロバストは、まだ生まれて一月も経っていないけど。一週間前と比べても、また一回り程大分大きくなった。それでも、リジットさんの広い胸に抱かれていると、まだまだ小さく見えるから不思議だ。彼の腕だと、片手で抱っこしてもまだまだ余裕があるほどに、ロバストが小さい。俺が抱っこしてると、片手でなんて全然無理で、すごく大きくなった気がするのに!
「重くない?大丈夫?」
彼の腕に手を添えながら、そう問いかける。そんな俺に、リジットさんが笑って、俺の頭を撫ぜてくれた。…『お父さん』になっても、こういうとことは全然変わらない。こうやって、…俺をたくさん甘やかして、優しくしてくれるところ。それを感じるたびに、俺は擽ったいような嬉しいような、幸せな気持ちでいっぱいになる。
「この程度、重い内にも入らんさ。…いつもは、お前にばかりロバストの世話を任せてしまっているからな。今日くらいは、俺に少しでも手伝わせてくれ」
そう言って、俺の頭を撫ぜてくれた手で、リジットさんが俺の手を握った。そのまま、指を絡めるように繋がれて、一気に頬に熱が集まる。彼の指に応えるように、俺からも、繋いだ手に力を込めてぎゅう、と握った。そんな俺に、リジットさんが柔らかく笑って、俺を見つめる。…それが嬉しくて、俺の顔も、知らずと緩んだ。
そのまま、森林公園のなかを、ゆっくりと歩く。もうすっかりと紅葉している樹木から、赤や黄色に染まった葉がはらはらと落ちてくるのが心地好い。大きな池のなかで、噴水から勢いよく水が噴き出ているのを目を細めて見つめた。きらきらと、水が日差しを反射して輝くのがすごく綺麗で、思わず立ち止まる。
「綺麗だねえ」
「そうだな」
思わず口に出してしまった言葉に、彼が答えてくれることすら嬉しくて。思わず繋いだ手を揺らしてしまう俺に、リジットさんも楽しそうに笑う。…ちょっと子供っぽい振る舞いかな、って思うんだけど。やっぱり彼と一緒に居られることが嬉しくて、ついはしゃいでしまうのを止められない。リジットさんも、そんな俺に、優しく笑いながら付き合ってくれるから、尚更。
道に積もった落ち葉が、足元でかさかさと甲高い音を立てるのを聴きながら、大きな池の周りを一周し終わる。水辺は周りよりも涼しくて、少しだけ冷えた風が頬を撫ぜた。
「寒くないか?」
そう問いかけてくれる、俺の旦那さまに笑いながら首を振る。今日は、そんなに風もなくて、太陽も暖かい良い天気だ。その上今の俺の格好は、毛糸の帽子にマフラーと、外套も着こんで、かなりあったかい。
もちろん、ロバストもぬくぬくだ。産まれる前に、いろいろ毛糸で編んでおいて良かった!男の子にも女の子にも似合うだろうと思って選んだ、白色の柔らかい毛糸。それで編んだ帽子と手袋、それから靴下も履かせて。その上から更に、お包みで包まれたロバストは、さっきと変わらずにリジットさんの腕の中で眠っていた。そんな俺たちの息子に、ますます顔が緩んでしまいながら。やっぱり毛糸を白にして良かった!って、こころのなかでガッツポーズをとった。ふわふわで綺麗なロバストの黒色の獣毛に、白色の毛糸がよく似合ってる。
「リジットさんこそ、寒くない?やっぱり外套を着た方がよかったかな」
そんな俺たちに対して、リジットさんの服装は軽装だ。やっぱりリジットさんは獣人だから、寒さには強いのかな。そんなことを改めて思いながら、隣を歩く彼を見つめる。特に防寒でもないトラウザーとタートルネックの黒色のニット。シンプルな格好が、更にリジットさんの格好良さを際立たせているようで、そう問いかけながら密かに見惚れた。…ああ、やっぱり俺の旦那さまは、世界一格好良い!
俺の問いかけに、リジットさんが薄く笑って俺を見た。それから、…首筋に巻かれた、濃紺の毛糸に目線を移す。シンプルな編み目で、両側にフリンジが揺れる濃紺のマフラー。
「俺には、これがあるからな」
そう言いながら、俺の彼が満足そうに口角を上げた。その笑顔に、やっぱり密かに心臓を高鳴らせてしまいながら、俺も彼に笑い返す。…このマフラーも、俺が編んだものだ。本当は、編み込みとかして、凝ったものにしたかったんだけど、…俺には、編み物に関しては、そこまでの技術はなくて。ロバストの帽子や靴下も、このマフラーも、飾りも何もないシンプルなものになってしまった。せめてもと、両端にふわふわのフリンジが精いっぱいだ。…編み物も、これから猛特訓しよう!来年の冬には、もっと凝ったものを編めるようになるんだ!そんなことを、改めて決意しながら、彼を見上げて首を傾ぐ。
「それ、ちゃんとあったかい?」
「ああ、勿論だ。どのマフラーよりもあたたかくて心地好い」
俺の問いかけに、リジットさんが満足そうに笑ってそう答えてくれる。その言葉に、内心でほっとしながら、繋いだ手を更に揺らした。俺にされるがままに、彼も、腕を揺らしてくれて、…やっぱりそれが、すごく嬉しくて。公園の歩道を歩く足取りが、どんどん軽くなる。
手を揺らしながら、そのままゆっくりと歩みを続ける。天気もいいし紅葉も綺麗なのに、辺りにはそれほど人の姿がなかった。広いから、みんなばらけているのだろうか。それとも、この公園は実は結構な穴場で、そんなに人が来ないのだろうか。どちらにしても、リジットさんはそんなに人混みが得意じゃないから、あまり人気が無い方が彼も居やすいだろうし、俺も嬉しい。
そろそろロバストは起きるかな?そんなことを思いながら、彼の腕に抱かれた俺たちの息子へ目を向ける。…その眼が開いているのが目に映って、思わずロバストに顔を寄せた。
「あ、ロバスト起きたね!おはよう」
声を掛けると、垂れ耳から立ち始めてきた黒色の耳が、俺を探すようにぴくぴくと動く。それでもまだ眠いように、くしゅくしゅと顔を少し顰めて、それから小さく欠伸をした。そんな様さえ可愛くて、顔中笑み崩れながら俺たちの息子を見遣った。
少し前に開いたこの子の眼は、予想通り…願い通りに、リジットさんとお揃いの綺麗な琥珀色だった。大きくて少し丸めがちの眼のなかで、同じように大きくて丸い瞳がくるくると動いている。もう、ぼんやりとだけど辺りの様子が見えているらしい。細かいところは分からないらしいけど、色とか、薄っすらとした形とかはもう分かるそうだ。…興味深そうにくるくると瞳が動いているのは、それでだろうか?ここはどこだろう、いつものところとは違うぞ、って分かってるのかな。そんなことを思いながら、俺たちの息子の顔を覗き込んだ。ぱちぱち、と瞬きをしたロバストが、くしゃりとその眼を細めた。まだ歯の生えていない口が、笑うかたちをふんにゃりと可愛らしく形作る。…ぐう、可愛い!
「リジットさん、ロバストが笑ってるよ!やっぱり、お父さんの抱っこでお外に居るのが、嬉しいのかな?」
思わず声を弾ませながら、リジットさんを見上げる。…その眼が、あんまりにも優しく俺たちを見ていることに、一瞬、喉奥で息が止まる。今までだって、俺を包み込むように優しく俺を見ていてくれたのに。『お父さん』になってから、更に優しい眼差しになった、リジットさんの眼。
その眼で見つめられると、俺は、嬉しくて、あたたかくて、…泣き出したくなるくらいに幸せな気持ちで、身体中が満たされる。どんな防寒具も敵わないくらいに、彼の眼で見つめられるだけで、俺の身体は指先まであたたかく火照った。
今も、思わず潤みそうになった目を隠すように、顔を伏せてまたロバストを覗き込む。今まで以上に頬が熱くて、…きっと、マフラーから少しだけはみ出た耳の先まで俺の顔は赤くなってるだろう。
いつの間にか、ロバストは器用に自分の尻尾を足の間から出して、その尻尾をしゃぶっていた。…何故だかロバストは、自分の尻尾をしゃぶるのがお気に入りだ。最初はびっくりしたけど、獣人の子で尻尾が長めの赤ちゃんは、割とこういうことが多いらしい。人間の子でいう、指しゃぶりみたいなものなのかな?そうしてると安心するみたいで、今も尻尾を掴むように、その小さな手を添えながら、ちゅうちゅうと音を立ててふわふわの尻尾を吸っていた。
それに思わず笑ってしまうと。まるで、俺に気づいたかのように、ロバストの琥珀色の眼が、凝視するように、瞬きもせずに俺を見つめる。まだ、俺を認識してるわけではないんだろう。でも、この子の綺麗な色の大きな眼にじっと見つめられると、…まるで、俺が『お母さん』だって分かってもらえてるみたいで、嬉しさにこころが弾んだ。
まるで彼のミニチュアのように、リジットさんにそっくりな顔のなかで、その丸い眼のかたちだけが俺に似ている。これは、赤ちゃんだから丸いのかな?それとも、この眼は俺似なんだろうか。そう思うと、嬉しいような、擽ったいような、でもやっぱりリジットさんに似て欲しいような、いろんな気持ちが込み上げる。俺に似てくれるのもすごく嬉しいんだけど、…やっぱり俺は、リジットさんの涼やかに切れ長の眼が、すごく格好良くて大好きだから。
自然と顔が緩んでしまうのを自覚しながら、ロバストのふわふわの頬毛を指で撫ぜる。俺を見つめる彼の眼が、擽ったそうにきゅっと一瞬閉じられた。少し前よりも少しだけ大きくなって、でもまだまだ小さなロバストの手が、尻尾から離れて、もにもにと宙を掴むように握られる。黒色の柔らかな肉球も、それに合わせてふにふにと動くのがまた可愛らしい。それでも、しゃぶっている尻尾は口から離さないところが、更に可愛い。…もしかして、この子も食べるのが好きなんだろうか?そしたら、そこは俺似だな!
そんなこと思いながら。その動きにつられて、紅葉みたいな少し肉厚の小さな手に、俺の指を伸ばしてみる。宙をもにもにと掴んでいたその手が、俺の指を、その小ささに似合わないくらいのしっかりした力で握った。ぎゅう、と心地好い握力が、俺の指を締め付ける。その手を振るように動かしながら、また、ロバストが眼を細めて、その口角を柔らかに上げた。…まだ全然小さいのに、まるでリジットさんみたいに優しい笑顔。
「…ロバスト、本当にリジットさんにそっくりだね」
俺たちの息子の顔を見つめながら、息だけで彼に伝える。上から、リジットさんが小さく笑う声が、微かに、けれど確かに聴こえた。それが嬉しくて、俺の顔が更に崩れる。
「リジットさんも、小さな頃はこんなに可愛かったの?やっぱりお父さん似だったのかな?いいなあ、その頃のリジットさんにも逢いたかったなあ」
笑ったまま。口にした言葉は、何気ないものだった。…少なくとも、俺はそのつもりだった。小さなリジットさんはどれだけ可愛かっただろうか。俺の知らないリジットさんを見てみたかったな。逢ってみたかったな。そのくらいの、軽い気持ちで。
…そんな、俺の隣で。彼の気配が、緊迫した。動揺するように、彼が息を飲むのが、繋いでいる手から伝わる。俺の手を握るリジットさんの手に、痛いくらいに力が込められた。
思ってもなかった彼の反応に、俺まで一瞬、動揺して。弾かれたように、彼を見上げる。…目に映った彼の表情は、眼を見開いてまま、まるで固まったように止まっていた。…そこで、気づく。思い当たる。
…そうだ。俺は、彼の『家族』を、何も知らない。彼の口から、その話を聞いたことも。…彼の口から、その単語が出てきたことすら、ない。
婚姻の儀にも、彼の家族が来てくれるどころか、…呼ぶという話すら出なかった。スティケート先生からも、彼の訓練兵時代のお話なら、してもらったことは幾度もあるのに。…彼の家族の話は聞いたことがない。俺なんかよりもずっと前から、リジットさんのことを知ってる、親友なのに。
…自分が。彼のなかの、触れられなくないだろうところに、土足で入り込んだ。そのことに漸く気づいて、頭が一瞬、真っ白になった。知らず顔を伏せて、繋いでいた手から力が抜けた。そのまま彼の手を離しかけて、…そんな俺の手を、更に強く彼が握る。
ごめんなさい。咄嗟に出てきた言葉を遮るように、彼が。『フラフィー』と、…俺の名前を、呼んだ。呼んでくれた。その声の、…優しい響きに、ゆっくりと伏せていた顔を上げて、彼を見上げる。
「謝ることはない」
そんな俺を、彼も見遣り返してくれて、…小さく笑う。優しく眼を細めているのに、口角も柔らかく上がっているのに。…何処か、泣き出しそうな笑顔。その笑顔に、ぎゅう、っと心臓が締め付けられた。俺まで泣きたくなって、でも、…彼が泣いてないのに、俺が泣いちゃいけないから。浮かびそうになる涙を懸命に堪えた。その代わりに、繋いでいた手に俺も、懸命に力を籠める。
「俺が、お前に話していなかったんだ。スティケートにも、誰にも、話さなかった。…話せなかった」
まるで独り言のように、彼が呟く。彼の腕の中で、…まるで話が分かっているかのように、ロバストも、リジットさんを見つめていた。俺も、…泣き出しそうに笑う、リジットさんの顔から、目が、離せない。
リジットさんが、俺に向き直る。繋いでいた手を離して、…その手が、俺の頬に触れた。そのまま俺の頬に、彼の指が沈んでいく。彼から離れたくなくて、…俺も、その手に自分の手を重ねた。少し硬めの、けれど触り心地の好い獣毛の感触。…俺の、世界一大好きで、なによりも大切な、旦那さまのぬくもり。
彼の眼が、真っ直ぐに俺を見つめた。もう細められていないその眼は、…静かで、誠実で、けれどもやっぱり少し泣き出しそうな色を湛えて、俺を映す。
「…いつか、お前には。お前だけには、話したい。お前に…俺の過去を聞いて欲しい。俺の、何よりも大事で、誰よりも愛しているお前に。…俺の、大切な家族の、…愛していた両親の話を」
その眼と同じに。静かに伝えられた、その言葉に、ただ頷いた。
…『いつか』、って彼は言った。だから、きっと、…まだリジットさんのなかで、話せるようなことではないんだろう。
だから、いつでもいい。いつだっていい。…いつか、彼が、俺に話せる時が来たら。話してもいい、って思ってくれる時が、きたら。その時には、俺に、…言って欲しい。何でもいい、彼にとって嬉しいことでも、…哀しいことでも。つらいことでも、なんでも。全部聞くから。全部受け止めるから。俺だけは、何があっても。…絶対、一緒にいるから。
そう、決意を込めて、彼の目を見つめた。口に出しては言わなくても、…リジットさんは、そんな俺の想いを、きっと分かってくれたんだろう。その眼が、…泣き出しそうな色を残しながらも、優しく細められる。…そんな彼の眼に、俺の心臓が、またひとつ、ぎゅうって締め付けられた。
ありがとう、と、囁く彼の声に。俺も、精いっぱいの笑顔で笑い返す。そのまま、彼の手に重ねた俺の指に、力を込めて。
俺だけは。…何があっても、彼の傍に絶対在るんだ、って。絶対に、彼を独りになんてしない、って。
ロバストを長男として、彼と俺の子を。彼のことを大好きな『家族』を、もっと増やして、…絶対に、彼に寂しい想いなんかさせない、って。
そう、祈るように、誓うように。強く、深くこころに刻んだ。
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