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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【39】

  12月の最初の休みに。ツリーに飾るオーナメントを買いに、街まで2人で赴いた。

  「うわあ!すごいねえ」

  賑わう街の、メインストリートで。感嘆の声を上げながら、最愛の妻が俺を見上げて笑う。その笑顔に、俺も頷きながら。優しいラインを描く円い肩に腕を回して、俺の方へと引き寄せた。

  今日は、今年のクリスマスツリーに飾るオーナメントを買うために、街まで足を運んだ。去年飾ったオーナメントも勿論あるのだが、ツリーが去年よりも大分大きくなって、それだけでは足りない、と言うこともあるし。…『去年のツリーも、俺たちの寝室に飾りたい』、と、誰よりも可愛い俺の妻が、照れたようにはにかんで笑うものだから。俺に否などある訳もなく、それなら、と、オーナメントの買い足しに2人で出かけることにしたのだ。

  俺の休みは、基本的に祭日や休日とは関係がない。勿論、国を挙げての祝日には休めることもあるし、時には周りの休日と休みが重なることもあるが、大抵の休みは平日だ。この子と出逢う前には、休日を休みにされて舞踏会だの付き合いのパーティーだのに駆り出されることもあったが、婚約してからはそう言ったこともなくなった。

  だから、今日も確かに平日なのだが、…まるで休日のような賑わいに、少しだけ圧倒される。いつもはそこそこ静かな街が、まるで祭りでもやっているかのように人出が多い。いつも赴く通りではなく、この街のメインストリートを歩いている所為もあるだろうか。

  俺たちが街に来るときにいつも歩く、この子が好む手芸店や菓子の屋台のある通りは、この本通りより2本ほど奥に入った煉瓦通りで。様々な雑貨屋や服屋やカフェが並んでいるこの本通りは、俺たちはあまり足を向けたことがない。それでも、クリスマスで盛り上がるのはメインストリートだろうから、と、こちらに来たまでは良かったが。この人混みの上に、勝手が分からないことも相まって、歩くのも一苦労だ。

  「大丈夫か?」

  そう声を掛けると、俺の腕の中で、柔らかく笑いながらフラフィーが小さく頷く。…まだ幼く、背も低くふくよかで愛らしい俺の妻は、この人混みだとあっという間に揉みくちゃにされて流されてしまうだろう。そんなことはさせまい、と、引き寄せた身体を、更に俺の腕のなかに抱き込んだ。

  柔らかい感触が、この子の着ているコート越しにも伝わってきて、…この人混みに密かに感謝する。この街中で、人目も気にせずこれほど密着して歩けることなど、そうは無い。

  いつもなら、俺のような肉食獣人が、人通りのある街を歩けば。…すれ違う人間のなかには少なからず、俺を胡乱に見る者や、怯えた視線を投げてくる者もいる。けれどそのたびに、隣を歩くフラフィーが、俺の手を強く握って、円い目で俺の顔を覗き込んでは、その目を幸福そうにぎゅう、と細めて笑いかけてくれたから。俺は、その視線に気づくことはあっても、気にすることなどなく、堂々と街を歩ける。この子冴え、俺の隣にいてくれれば。俺の手を取って、笑いかけてくれれば。俺はどんな場所でも、誰がいようと、周りなど気にせずに胸を張っていられるだろう。

  だが、今日はこれほどの人出なのに、俺に眼をやる人間はいなかった。今日ほど人出が多いと、…逆に、俺が何者であろうが、そんなことに気を回す余裕もないのだろう。俺の間近をすれ違ってすら、俺に眼を向けることもなく、人々は苦労しながら縫うように通りを歩いていく。…これは、良い予想外だった。

  ほとんど後ろから抱き締めるような体勢になりながら、そのあたたかな頬に顔を寄せた。…例え服越しだろうと、俺以外の誰にも、この子に触れさせたくなどない。この子に触れていいのは、この世界で俺一人なのだから。そんな私欲だけで、包み込むように、その身体を俺の身体に抱き込めば。…俺が、『自分を人混みから護っている』と思ってくれたのだろう。フラフィーが俺を振り返って、嬉しそうにはにかんで笑った。その、無防備で屈託のない愛らしい笑顔が、…少しだけ、後ろめたい。

  いや、この子を人混みからも、他の誰からも護りたいと思っているのは本当だ!…ただ、この子の可愛らしい笑顔も、ふくよかで柔らかい身体も、俺だけのものだと。この子に触れることが出来る者は、俺だけなのだと。それを周りに知らしめたいと、そう想ってしまうことが止められないのも、本当なのだが。…そんな思考を、内心で鬩ぎ合わせながらも。俺に笑うその顔に、俺も目を細めて笑い返す。

  「ありがとう、リジットさん!…でも、すごい人だね」

  「ああ、これはロバストを連れて来なくて正解だったな。あの子が潰されてしまうところだ」

  人ごみに押し流されるように歩きながら、なんとなく小さくなる声でそんなことを囁き合う。…こうなることを見越して、俺たちの大事な息子は、今日は屋敷で留守番だ。それでも、これほどまでとは思わなかったが。…早く、あの子も一緒に街へ来られるほどに、大きくなればいい。俺とフラフィーの間で手を繋いで笑う、少し大きくなったロバストの姿を想像して、自然と口の端が上がった。…いや、でもそうすると、俺とフラフィーが手を繋げなくなるな。それは、俺が耐えられん。…そうだ、俺がロバストを肩車をするのはどうだろうか?それならロバストもきっと喜んでくれるだろうし、俺もフラフィーと触れ合っていられる。

  そんなことを考えながら。人の流れに逆らいつつも、なんとか通りの端に出る。そこで一息ついて、顔を見合わせて笑い合った。端から見遣った本通りは、相変わらず人の波で埋まっている。…これは、向かい側の店を見るのは諦めた方が良いかもしれない。

  「どこか、見たい店はあるか?」

  「うん、あのお店がすごく可愛いな、って、さっきから思ってたんだ!あそこのお店を見てみたいな」

  そう問いかける俺に。フラフィーが、腕の中で俺を見上げながら、直ぐ近くの店を指さして笑う。雑貨屋かなにかだろうその店は、ドア横にクリスマスツリーが飾られ、ウインドウにはリースが吊るされ、外観からクリスマス一色となっていた。入り口のドアの硝子窓に描かれている、『Merry Christmas!』の金色の文字を見遣りながら、俺も笑って頷いた。

  「じゃあ行こうか。…俺の傍から離れるなよ」

  言いながら、きつく抱き寄せる腕に、更に力を込めれば。俺の腕に、その柔らかな指を這わせて絡めながら。誰よりも愛しい俺の妻が、嬉しそうにはにかんで、俺に笑った。

  俺は。クリスマスというものを。…この子に逢うまで、良いものだと思ったことがなかった。

  俺に、クリスマスの記憶は、…ほとんどない。…いや、きっと幼い頃には、毎年行っていたんだろう。けれど、その記憶は、他の記憶と同様に、…もう、消えかけて曖昧だ。朧気に覚えているのは、当時の俺の背丈よりも大きなクリスマスツリーと、その根元に置かれた贈り物。それに歓声を上げる俺の隣で笑っている筈の両親の顔は、ぼやけ霞んで顔も分からない。

  一緒に飾りつけをした記憶など、疾うに消えた。ツリーを用意してくれたのは誰だったのか、一緒に買いに行ったのか採りに行ったのか、それすらも俺のなかから喪われて。…この国に来てからも、俺にはクリスマスなど、縁遠いものだった。

  俺が、この国に来て訓練兵となって。最初に住んでいた場所は、軍施設の一角にある、訓練兵の為の寮だった。そこで、皆で共同生活をして、団結力や協調性を高める…という目的があったらしい。一般兵となれば、改めて一人住まいの住居が与えられたり、家庭を持てば家族で住める住居を宛がわれたりもするから、共同生活をするのは本当に訓練兵の時だけだ。

  訓練兵でも休みはあったが、勿論平日の上に連休などもなく、基本的に遠出は禁じられている。その時期の娯楽と言えば、街へ遊びに行くくらいものだっただろうが、門限が決まっていた上に酒や、性的な交友などは厳禁だった。それを破れば厳罰。それでも給金だけは良かったが、使い道がないと嘆いている者もいた。…俺には、何の関係もなかったが。

  そんな生活でも、年に一度のクリスマスから新年へかけての休暇と言うものが与えられて。その時だけは門限もなく、遠出の外出や帰省も許された。だから皆、その休暇を心待ちにして、その時が来れば喜び勇んで家族や友人のもとへと帰っていく。

  …あの頃、年末の休暇の間も寮に残っていたのは、俺くらいのものだ。最初の頃にスティケートが一度、俺を彼の家へと誘ってくれたが、…それは丁重に辞退した。彼の厚意は嬉しかったが、…そうやってひとの家に入り込んでも、余計に孤独を味わう気がしたんだ。きっと、人の輪のなかにいればいるほどに、…俺は寂しくなるんだろう、と。まだ、独りでいた方が、何も感じずに済むのだろう。彼もそんな俺の感情を理解してくれて、尊重してくれた。…本当に、、有難い。

  それから、…あの子に出逢うまでは。俺にとってクリスマスは、何の意味も持たないただの一日で、独りで過ごすものだった。18を過ぎた頃には、クリスマスのパーティーを冠した舞踏会に呼ばれることも増えたが、…それも、俺にとってはただ気詰まりで、疲れるだけのものだった。

  だから。…あの子に逢って、一緒にクリスマスを迎える、となったときには。一体どうしたらよいのか分からなかった。クリスマスとは何をすべきか、何を用意したらよいのか、俺の朧の記憶など、何の役にも立たずに。軍の図書館を巡っては資料を集めて、それを抱えたままスティケートに教えを請いに行ったのも、良い思い出だ。『貴方は、クリスマスの成り立ちを学ぶつもりなのですか』、と、呆れながらも俺に付き合ってくれたあいつには、本当に頭が上がらない。…あれだけ集めた資料は、何の役にも立たなかったが。

  その時に、覚えたんだ。…そして、思い出した。クリスマスには、もみの木を飾ることを。それをクリスマスツリーとして、オーナメントで飾り付けること。…朧気だった、たったひとつのクリスマスの記憶。

  

  それでも、…今までの、お互いの慣例もあり。クリスマスを2人だけで、と言うことは、婚約時代には出来なかった。フラフィーも、今までのクリスマスはご両親と色々なパーティーに出席していた、と言うことだったらしく。そのパーティーへ、フラフィーの婚約者として是非一緒に、と誘われたり。逆に、王家の繋がりの公爵の方などに、俺の婚約者にぜひ会いたい、との招待を受け、あの子とともに参加したこともある。…まあ、要は婚姻前の顔見せだったのだろう。

  だから。あの子と2人で迎えられたクリスマスは、俺たちが婚姻してからで。

  あの子と、夫婦として、…『家族』として。一緒に迎えられるようになったクリスマスは、俺にとって、何よりも喜ばしいものだった。

  一緒にツリーを買いに行って。飾りつけをして。あの子が用意してくれた、クリスマスのご馳走を食べる。ローストチキンや豚肉のソテー、牛肉の赤ワイン煮。狼獣人と言う性質上、矢張り肉を好む俺に合わせて用意してくれた肉料理の数々と。クリスマスの前から作り始め熟成させたドライフルーツがふんだんに使われたクリスマスプティング。…このプティングは、初めて食べた。この子が、俺の為につくってくれたというクリスマスのケーキ。

  『この日の為に、前から練習してたんだ!上手にできてよかった』

  そう、照れたように笑ったフラフィーの可愛らしい笑顔は、今でも鮮やかに思い出せる。口にしたそのプティングの、酒の利いてほろ苦くも、…蕩けるように甘く感じた、その味も。そのあとで重ねた、あの子の唇の甘さも。

  今ならわかる。訓練兵時代に、皆が、あれだけ嬉しそうにクリスマス休暇に帰っていた意味が。クリスマスが、…どれだけ幸福で、待ち遠しいものなのか。あの子と迎えるクリスマスが、どれほど幸せに満ちたものなのかも。

  けれど、…だからこそ。あの子に、小さなツリーしか用意してやれなかった自分が、歯がゆかった。あの子よりも背丈の低いクリスマスツリー。

  フラフィーとクリスマスツリーを買いに行ったのも、去年の今頃だ。去年は、…きっとすごい人込みだろうから、と。あの子が俺を気遣ってくれて、こちらのメインストリートではなく、いつもの煉瓦通りに足を運んだ。

  そこそこの人混みを、手を繋いで、2人で歩いた。こちらのメインストリートほどではなかったとは言え、ツリーやオーナメントを扱っている店も幾つかあった。

  『すごいねえ!あっ、あのツリー可愛い!』

  そんな通りを、俺の隣で、フラフィーが目を輝かせながら見回していた。そのあとで、俺を見上げて嬉しそうに笑うその顔に、俺も、自然と細まる眼で笑い返す。

  『あのね、俺、ちゃんとしたツリーを飾るの初めてなんだ』

  繋いだ手を、楽しそうに揺らしながら。道に飾られている大きなツリーを見上げて、フラフィーが言う。…その言葉に、思わず眼を見張った。

  『…そうなのか?』

  『うん。いつも、クリスマスはいろんなパーティーに連れて行かれてたでしょ?だから、自分の家にツリーってなかったんだ』

  俺の問いに、フラフィーが。少しだけ寂しそうな顔で、一瞬視線を下に動かして。…それから、その目が俺を見上げて、笑った。俺の焦がれてやまない、幸福の詰まったように、笑う顔。ぎゅう、と細めた円い目に、俺が映るのが微かに、けれど確かに見て取れた。

  『だから、今年は嬉しいな!リジットさんと一緒にツリーを買いに来れて、飾りつけも出来るなんて!』

  どんなツリーがいいかな、ねえリジットさんはどんなのがいい?弾むような声で、フラフィーが花のほころぶように笑う。そんな、誰よりも愛しい俺の妻に、繋いだ手に力を込めながら、…俺も言葉を返した。

  

  『それなら、大きなツリーを飾ろう。それこそ、天井まで届くように、大きなものを』

  

  …けれど。そこまで大きなツリーは、何処の店に行っても売ってはいなくて。ほとんどが一メートル程度、一番大きなツリーでも、この子の背よりも低いものだった。その事実に、失望したのは寧ろ俺の方で。フラフィーは、自分と同じくらいの丈のツリーにも、嬉しそうに目を細めてくれていた、けれど。

  この時に。…来年こそは、と思ったんだ。来年は、それこそ天井まで届くような、大きなツリーを用意しよう、と。この子がもっと喜んでくれるような、大きく立派なツリーを。この子の為に、家に飾ろうと。

  

  そんなことを、思い返しながら。柔らかな身体を腕に抱き込んだまま、店の扉を開いた。からんからん、と澄んだベルの音が鳴り響いて、いらっしゃいませ、と言う声が雑踏に紛れて微かに聴こえる。

  外観だけではなく、そのなかも可愛らしいクリスマスの飾りで溢れたその店に。俺の最愛の妻が、歓声を上げるのを聞きながら。

  今年は。今年こそは、…大きな大きなツリーの下で、幸せそうに笑う、この子の顔が見られることに。今から、密かに胸を高鳴らせた。

  「ね、このオーナメントボール綺麗だね!リジットさんは、何色が好い?」

  「そうだな…この赤い色のものは、お前に似合いそうだな」

  「えっ、そうかな?じゃあ赤いのと…あっ、この銀色はリジットさんみたい!えへへ、リジットさんと俺と、…ロバストはどれだと思う?」

  「そうだな、あの子は金色はどうだ?ツリーに飾る金色は、希望の色なんだそうだ。ロバストにぴったりだと思わないか?」

  「そうなの!?すごくいいね!じゃあ、金色も買って行こう」

  「あとは…この天使は、お前みたいだな。俺はこれも貰おうか。お前は、あとは何が欲しい?お前の欲しいものを、全て買って行こう」

  (そう言って。店のオーナメントを全種類包んでもらおうとした結果、フラフィーに必死に止められてしまった。…少し浮かれすぎてしまったかもしれない。自重しよう)

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