Ad
イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【41】
クリスマスまで、あともう少し。
もう季節は、すっかり冬だ。夜も冷えるようになって、あたたかいベッドが何より恋しい。…俺の大好きな旦那さまが、いつも、寝るときには俺をぎゅって抱き締めてくれるから、尚更。
そうやって、リジットさんに包まれて眠るのが、俺の何より幸せなひと時なんだけど。…今は、今だけは、その幸せよりもしなくちゃいけないことが、俺にはあった。
今日も。リジットさんと一緒に、ベッドに入ってから。いつも通りに、ベッドのなかでぎゅうって俺を抱き締めてくれる、リジットさんの腕のなかが、蕩けそうに心地好くて。…このまま微睡みたくなる身体を叱咤して、彼が眠るまでなんとか意識を保たせる。
そのまま、眠ったふりをして、目を閉じている俺の。その肩口に鼻先を埋めていた彼の口元から、規則正しい寝息が聞こえ始めて。それを確認してから、…そうっと、俺に回された腕を外した。俺の肩口にある彼の顔からもゆっくり離れて、その腕のなかから静かに抜け出る。
…本当は、俺を優しく抱き締めてくれる、このふかふかであたたかい腕のなかから、…出たくなんてない。でも、…俺には今、この腕の中で眠る以上に、したいことがあるから。だから、このまま抱き締めていて欲しい気持ちをぐっと抑えて、ベッドを軋ませないように、慎重に床へと足を着けた。…どうか、リジットさんが起きませんように!そう、誰にともなく祈るのも、毎晩のことだ。
このベッドを抜け出る、最初の日には。俺に回る腕を外すことが、上手にできなくて。まるで起きてるような声で、彼に『どうした?』って聞かれて、心臓が口から飛び出るかと思った。思わず身体を跳ねさせてしまって、彼に怪しまれたんじゃないかってはらはらしたり。『何でもないよ!』って、慌ててそう答えてから、彼の腕の中で硬直してどきどきしたのも、今となればいい思い出だ。…まだ思い出、というには最近過ぎるけど。
でも、その甲斐あってか、リジットさんにはばれることがなかったようで。次の日に、さりげなくその夜のことを問いかけても、彼は覚えていないようだった。…今思い出しても、ほっとしてしまう。
今晩も、なんとか無事、彼を起こさずに、その腕から抜け出ることに成功して。彼が寒くないように、その腕も布団の中に入れて、顎までそうっと布団を掛けながら。声を立てないように、安堵の息を大きく吐いた。
ここ最近。俺はこうやって、彼が寝静まってから、こっそりと起きだしている。理由なんて、ただひとつ。…クリスマスまでに、彼のセーターを編み上げるためだ。
今は、俺たちのベッドの傍らに置いたベビーベッドの。そのなかで眠るロバストが、いつ起きてもいいように、と。寝ているときでもランプに火を灯しっぱなしで。だから、俺が夜に起きてセーターを編んでいても、その編み目が正しく数えられるくらいには明るい。…というか、それに気づいたからこそ、夜にこっそり編むことを思いついたんだ。
本当は、リジットさんのお休みの日にも、独りでこっそり編まなくちゃいけないかも、って思ってたから。そうしなくていい、お休みの日も彼と一緒にくっついていられるってことを思えば。夜に少し起き出して、こっそりと編むことなんて、何の苦にもならない。…まあ、夜に彼にぎゅうってしてもらえる時間が少し減ってしまうのは、やっぱりどうしても寂しいし、残念だけど。でも、せっかくの彼のお休みの日に、一日独りで離れていなくちゃいけないことを思えば!こうやって、リジットさんの寝顔を見ながら、彼の近くで編んでいられる方のが何倍も嬉しくって、幸せだから!
そんなことを、自分に言い聞かせるように思いながら。部屋にこっそりと隠しておいた、編みかけのセーターと毛糸玉と編み棒を、静かに取り出しして、ランプの近くに座り込んだ。この時間に座る場所は、椅子ではなくて、直に床だ。勿論冷たくないように、大きめのクッションの上に座って、これまた大きめのブランケットに頭から包まる。こうすれば、そこまで寒くはない。…リジットさんのふかふかで心地好い腕のなかとは比べ物にならないけど。それでも、これなら風邪をひくほど寒い、ということはないから。ていうか、この時期に風邪なんて引いていられないし!だって、もうすぐクリスマスなんだから!
このセーターだってまだ編み終わらないし、これからツリーに飾るジンジャーマンクッキーだって焼きたい。プディングに入れるドライフルーツの様子だって見たいし、今年もたくさんご馳走だって作りたい。やりたいことを心のなかで指折り数えながら、ぐ、と編み棒を強く握った。
本当は、…やっぱり、編み物よりも料理の方がどうしても得意だし、していて楽しい。でも、それでも、…どんなに下手だとしても、リジットさんは。俺が編んだものを、とても嬉しそうに身に着けてくれるから。このセーターを完成させて、クリスマスに渡したら、どんな顔で喜んでくれるだろう?それを想うだけで、ただでさえ楽しみなクリスマスが、ますます楽しみで仕方がなくなる。あの、俺の大好きな、優しく眼を細めてくれる笑顔で、俺に笑ってくれるだろうか?『ありがとう』、って、俺の頭を撫ぜてくれたりするかな?優しくキスをしてくれたりしたりして!そんなことを思うと、それだけで顔が熱くなる。緩んでしまう口元を慌てて覆って、ひとりでにやけた。…一頻り、ひとりで照れてにやけてから、大きく息を吐く。
そんなクリスマスを迎えるためにも、今頑張らないと!リジットさんと俺とロバストと、3人で迎える初めてのクリスマスなんだもの!絶対に、すごく楽しくて、幸せなクリスマスにするんだ!
そう、こころのなかで改めて強く決意しながら。その為の一歩を踏み出すべく、編みかけのセーターの編み棒を、力強く動かした。
***********************
ベッドのなかから。俺の、誰よりも可愛い最愛の妻が。その愛らしい顔の表情を、ころころと変えながら。懸命に編み棒を動かす様を、眼を細めて静かに見つめた。
あの子は、俺が眠っていると、信じて疑っていないらしい。俺の寝た振りも、なかなか堂に入っているようだな。そんなことを思いながら、喉奥だけで小さく笑う。
本当は、この子が起き出す前から、目覚めていた。…というよりも、もともと眠ってなど居なかった。この子が、夜中に起き出して編み物をしている、と知った日から、俺も夜には寝たふりだけで。この子がこうやって、真剣な眼差しで編み棒と向き合っている姿を見つめるのが、日課となっていた。
暗い部屋の中、ランプの灯りだけがぼんやりと辺りを照らして。その傍で、編み棒を動かしているフラフィーの顔を、鮮やかに映し出している。その目は真剣そのもので、棒を動かすごとに確認するようにそのやわらかな頬が微かに動く。…そんな様を、この子に分からないようにこっそりと見つめるのが、ここ最近の、俺の楽しみのひとつだ。
一番最初に、この子が俺の腕から抜け出ようとした夜は。明らかに寝返りではない、ベッドの軋みと。…何より、俺の腕のなかで、ひたりと寄せられていたあたたかな身体が離れようとする感覚に、俺の意識は瞬時に覚醒した。…俺の狼獣人としての本能を、甘く見てもらっては困る。特に、この子のこととなれば、尚更。…この子が、俺の腕から少しでも離れようとするだけで、俺の意識は多少なりとも覚めるのだから。
それでも、手洗いか水でも飲みに行くのだろう、と。何気なく、『どうした?』と問いかけた俺に。…まるで飛び上がるような勢いで、俺のこの子が。腕の中で、ベッドも軋ませるほどに身体を跳ねさせたことに、俺の方も密かに驚いたものだ。身体を硬直させながら、慌てたような声で『何でもない』、と返してくる様すら、まるで何でもないようには見えずに。そのまま、腕の中で困ったように小さく丸まる柔らかい身体を、きつく抱き締めて。俺も、眠りについた…振りを、した。
そんな俺を、息を潜めるように伺っている気配がして。…しばらく後に、また、その身体が俺の腕から抜け出した。その腕を引くことも正直考えた、けれど。…この子がここまで俺に何かを隠すということなど、今までなかったものだから。…それが何かがどうしても気になって、そのまま、あたたかい身体が俺から離れるのを、引き留めずに我慢をした。
その時に、知ったんだ。この子が、俺に必死に隠していたことが、何かということに。…こんな夜中に、密かに起きだして。この寒い中、毛布に包まるようにして、懸命に編み棒を動かしているのが、…誰の為なのかということに。
どうやら、俺のいない間も、暇を見つけては編んでくれているのだろう。毎晩ごとに、その編んでいるものは完成に近づいているように思えた。昨日は、確か、マフラーよりも幅の広く、大きなものを編んでいると思ったが。今は、昨日よりも細いものを編んでいるようだ。…もしかして、あれは袖だろうか?だとすると、あの子は俺に、何か着るものを編んでくれているのだろうか。…それを想うだけで、浮かれるように胸が弾んだ。
あの子の編んでくれたマフラーは、俺を想って編んでくれただろうことが、触れるだけでも伝わってくるようで、何よりもあたたかい。コートなど着なくても、あのマフラーさえあれば、どんな厳寒も耐えられるだろうと思うほどに。
マフラーだけでも、それほどにあたたかいものが。例えばあの子が編んでくれたセーターやカーディガンも、身に着けることが出来るとしたら。…俺にとって、それはどれほどあたたかいだろう。それこそ、極寒のなかでも、俺は凍えることなく過ごせるに違いない。あの子が、俺を愛してくれている、その想いが溢れんばかりに籠められたセーター。あるいは、カーディガンだろうか。どちらでも、俺にはこれ以上ないほどに喜ばしい贈り物だ。まだ幾分も幼いあの子が、こんな夜に起き出してまで、俺の為に編んでくれている。…その想いだけで、熱いほどの幸福が、俺の身体を満たしていった。
料理や裁縫の時とは違った、たどたどしい手元。それすらも愛らしくて、幾ら見ていても全く飽きない。編み棒を動かしては、数を数えるように頷くふっくらとした横顔を密かに見つめる。細まる目元と、緩む口元を自覚しながら、真剣に編み棒を動かすその愛らしい姿にただ、見惚れた。
そんな俺に。…不意にフラフィーの顔が、こちらを向いた。その目が俺を映す前に、慌てて眼を閉じる。…まずい。あまりにも、熱心に見つめすぎていただろうか。フラフィーが、俺を見ているのが気配で分かった。密かに焦りながら、、規則正しい寝息を立てることだけに意識を向ける。
…俺が、実は起きていることに気づかれたのだろうか。早鐘を打ち始めた心臓が、全身に響いて。それを抑えるように、眼を閉じたままゆっくりとした呼吸を続ける。フラフィーが、こちらへと身を乗り出して来る気配がして、少しだけベッドが軋んだ。俺の顔を覗き込んでいるのだろうか、あたたかな熱が俺に寄せられる。触れなくとも分かるほどに、あたたかで、優しい熱。それに、思わず緩みそうになる顔を叱咤して、密かに奥歯を食い締めて押さえた。…布団のなかで揺れてしまう尻尾までは抑えきれずに、せめて音をたてないようにと誰にともなく内々で祈る。
フラフィーが、ベッドに手を置いたのだろう。きし、と微かにベッドが軋む音が、静かな部屋に仄かに響いて。その動きに合わせるように、ベッドが僅かに沈んで傾いだ。あたたかな優しい熱が、更に、俺に近づいて。
…俺の鼻先に、柔らかいものが押し当てるように触れた。あたたかくて柔らかな、心地好い感触。
反射で、この子を抱きしめようと動きかけた腕を。押さえ込んだ俺の理性を、どうか褒めて欲しい。口ではなく、鼻先に口づけるのが、恥ずかしがりなこの子らしかった。堪らなく愛らしい行為に、口端が緩むのが抑えきれない。ベッドのなかで、尻尾が揺れる速度が増して、フラフィーには分からないように身体で踏んで押さえた。
そのあたたかな手が、俺の耳から頭までをゆっくりと撫ぜる。そのまま離れていく優しい熱に、俺が起きていることに気づかれなかった安堵と、…この子の熱が離れていく名残惜しさに、喉奥で小さく息を吐いた。一拍置いてから、再度、薄っすらと眼を開ける。目線の先に、先程と同じように真剣な眼差しで、編み棒と向かい合う俺の最愛の妻の姿が映って。…その、優しい線を描く、柔らかく丸い姿に。上がっていく口角を、今度は抑えることなく。…その愛らしく懸命な顔に見惚れるように、ただ、俺の妻を見つめ続けた。
それから、一時間ほど過ぎただろうか。俺の見つめる先で、フラフィーがひとつ息を吐いて、顔を上げた。膝の上に編んでいたものを置いて、眠そうにその目を両手で擦る。その幼い仕草に、俺の口元が更に緩んだ。
どうやら、一段落ついたのだろう。大きくひとつ伸びをしてから、編み棒ごと編み途中のものを、ふくふくとした手でひとつにまとめる。それから、籠のなかに毛糸とそれを入れて、包まっていた毛布をたたむと、その籠を包んだ。
…どうやら、今日はここまでのようだ。それなら、もう少しであの子がここに戻ってくるだろう。あの子をまた、この腕に抱き締められるその瞬間を期待しながら、再度寝ているふりをするため、眼を閉じる。
数拍置いたのちに。ベッドを軋ませながら、静かにフラフィーがベッドに上がってくる。俺を起こさないようにだろうか、慎重とも思える手つきで布団を捲ると、滑り込むように柔らかい身体が俺の隣に横たわった。
そのまま、俺にひたりと身を寄せてくる、あたたかな感触。躊躇うことなく、自分から俺の腕のなかに収まってくる、俺の誰よりも可愛い妻に。もう我慢もすることなく、その身体をいつも通りにきつく抱き寄せた。
毛布に包まっていたとはいえ、矢張り肌寒かったのだろう。少し冷えた身体が、俺の腕のなかで安心したように弛緩する。ふくりと柔らかな頬が、まるで猫のように、無防備な仕草で俺の胸に擦り寄せられて。俺の背に回されたフラフィーの腕が、寝間着の上から獣毛に沈んだ。愛らしい欠伸の声が、小さくベッドに響くのを聞きながら、俺も、愛しい妻の髪に顔を埋める。
鼻腔をくすぐるのは、花の匂いともミルクの匂いとも思うような、甘くて優しいこの子の匂い。同じ石鹸を使っていながらも、俺とは違う、この子だけの甘やかな匂いに。心安らぐようで、気が昂るような、相反する想いを抱きながら。その柔らかであたたかな身体に指を沈めて、俺も、ゆっくりと眠りについた。
明日の朝。眼が覚めたら、この誰よりも愛おしい俺の妻は、なんでもない顔で、けれど少し眠そうに。俺の腕の中で、『おはよう』と言って、はにかむように笑うんだろう。
その顔を思い浮かべるだけで、上がってしまう口角を自覚しながら。…この子が、こんなにも俺を喜ばせてくれているほどに。俺の贈り物も、この子を喜ばせられるように、と。…誰にともなく、密かに願った。
(ああ、その前に。俺が用意した贈り物が、クリスマス前に、この子に気づかれないように、とも。クリスマスの聖人、とやらに願っておこう)
Ad