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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【43】

  俺にとって。あなたは一番、これ以上ないくらいの喜びや、幸せや、元気をくれるひとなんです。

  まだ薄暗い部屋のなかで。ゆっくりと、意識が浮上する。

  静かな部屋には、俺のすぐ傍らからの寝息が、両側から2つ響くだけだ。ベッドの隣に置いてあるベビーベッドと、…俺を抱きしめてくれる、その身体から。まるで俺の身体に響くように、規則正しい寝息が、俺の膚を心地好く震わせる。

  深夜から朝にかけての冷え込みが、部屋のなかにまで浸透しているようで、部屋の中は肌寒い。寝ぼけながら、少し顔をあげて、…その冷えた空気に、またすぐに顔を元に戻した。俺の頬を包む、あたたかくてふかふかの感触に、ほっと小さく息を漏らす。俺が身動ぎしたのが分かったのか、俺の身体に回る腕が、俺を更に包むように抱き寄せた。…その力強さとあたたかさに、うっとりと目を細める。

  暫く、彼の腕のなかでの微睡みを堪能してから。…今が何時かが気にかかって、彼を起こさない程度にまた、顔を上げる。…まだ夜だろうか。そうだったらいいな。そんな淡い期待を胸に、部屋のなかを見回した。寝室用の厚いカーテンは、朝の透明な日差しはほとんど通さない。だから、隙間から差し込むひかりで朝かどうかを判断しているのだけど、…冬は日が昇るのが遅いから、同じ時間でもまだ薄暗い。ゆっくりと首を動かして、部屋に掛けてある壁の時計を見遣った。暗くても、文字盤が大きいから何時かくらいはなんとか分かる。…というか、薄っすらとでも文字盤が見える時点で、もう夜ではないんだろう。

  予想通り、というか、期待に反して、というべきか。文字盤が差していた時間は、もうすぐ起きる時間だった。正確には、起きるまでにはまだ時間はある。でも二度寝をしたら間違いなく寝坊する。そんな中途半端な時間。

  …このまま、布団の中にいたら、間違いなく眠ってしまう。そうでなくても、彼の腕のなかは、一時も離れたくない程に居心地がいいんだから!セーターを編むために、夜に起き出してた時は、その目的の為に我慢も出来たし頑張れたけど。…それを達成した今、彼の腕から起きることは、俺にとっては毎日のなかでの一番の困難となっていた。

  今朝も。ぬくぬくとあたたかい、リジットさんの腕のなかで、寝息とも声ともつかない音を小さく吐き出す。…日々寒くなっていく気のする今の時期は、とりわけ朝が一番つらい。特に、起きるのが。

  それでも、婚姻する前までは、それなりに寝起きも良かったと思ってたんだけど。…彼に優しく抱き包まれて、そのあたたかい腕のなかで眠るようになってからは、起きることが酷く苦手になってしまった。…だって、彼の腕のなかは、獣毛がふかふかで、あたたかくて、優しくて、居心地が良すぎるんだもの!例え日中だって、彼に抱き締められたら、そのままずっと抱き締めていて欲しいって思ってしまうくらいなのに、…朝の寝ぼけた頭でなんて尚更、俺の理性は本能に勝てない。…ああ、起きたくないなあ。このまま彼に抱き包まれて、ずっと一緒に眠っていられたらいいのに!

  …なんて。内心で絶叫つつも、そんなわけにいかないってことくらいは分かってる。それでも、やっぱり大好きな彼の腕から、起きる決意がなかなか持てなくて。もうすっかりと目が覚めた今も、…彼のふかふかと触り心地の好い獣毛に埋めた頬も、その背に回したままの腕も離せない。…あーもう、駄目だ!駄目だ!駄目だ!起きなきゃ!頭のなかで、何度も大きく思って、身体を動かした。…筈が、どうしても身体が動いてくれない。俺の身体は、今は頭よりもこころに忠実になってしまってるみたいだ。…やっぱり、俺のこころは、彼から離れたくないって想ってしまってるんだろう。

  ああもう、今年の目標は『朝、ちゃんと起きる』にでもしようか。…いやそんな、子どもじゃあるまいし。いやでも、こんなに毎朝葛藤しながら起きてたら、いつか寝坊しちゃうかもしれない。それは避けないと!

  そんなことを、取り留めもなく考えながら。大きく深呼吸をして、彼の胸から顔を上げた。…俺の動きにだろう、リジットさんが、俺の身体に回す腕にまた、力を籠めた。これも、毎朝のことだ。その、俺を抱き留めるような強い腕に、起きようとした俺のこころが蕩けてしまって。…彼の腕のなかに戻りそうになるこころを叱咤して、なんとか持ちこたえる。ここで彼の腕に戻ってしまったら、絶対寝過ごしてしまう!頑張れ、俺!

  そんな、自分の叱咤の甲斐もあってだろうか。今朝も、離れがたいこころを説き伏せて、彼の腕から起き上がることに成功する。そのまま上半身をベッドの上に起こして、彼に向き直った。…リジットさんも、俺がごそごそと身動きしていただから、少し眼が覚めてしまったのだろうか。俺を抱きしめていた横向きの状態から、仰向けに寝返りを打って、目覚めるように少しだけ瞼が動く。

  気づけば、さっきよりも僅かに、けれど確かに部屋が明るくなっていた。時計を見遣れば、その針は、もうすぐ俺たちの起きる時間を指そうとしていた。…ああ、もう起きないと。

  夜が終わってしまうことを、ほんの少しだけ名残惜しく思いながらも。…彼を起こそうと、ゆっくりと手を伸ばした。眠る彼を起こせるのは、…俺だけだって自負してる。それが、俺にとって、…どれだけ喜ばしいことなのかも。

  いつも通りに、彼の頭をそうっと撫ぜて、その額に口づける。俺の唇に、彼のふかふかとした柔毛が沈んで、少しだけ擽ったい。でも、それがなんだか嬉しい。

  「リジットさん、朝だよ。おはよう」

  そのまま、頭を抱き込むように腕を回して、彼の額に吹き込むように声を掛けた。ぴん、と綺麗に立った黒色の耳が、俺の言葉を聞き取るように緩く揺れる。その揺れる耳が可愛らしくて、口もとが自然と緩んでしまった。

  彼の腕が、確かめるようにまた、俺へと回って。その手が、俺を緩く抱き締めた。俺よりも体温の低い、でもあたたかくて優しい彼の腕。

  「…ああ、そうか」

  寝起きの、少し掠れた低い声が、唸るように小さく呟いた。…この寝起きの彼の、少し掠れた低い声が。すごく色っぽくて格好良くて、…俺は、とても好きだ。こんなことを彼に伝えるのは恥ずかしいから、彼にはずっと内緒だけど。

  もっと喋ってくれないかな。でも寝起きだから、そんなに喋れないよね。そんなことを思いながら、今日も、彼の声に聞き惚れる俺の、目の前で。瞬きをするように、眼を強く瞑っては薄く開ける、を繰り返していた俺の旦那さまが。少しぼんやりとした眼差しのまま、その眼をゆっくりと開いて、…俺を捉えた。

  かたちの良い、綺麗な琥珀色の眼に、俺が映り込む。その瞬間に、ぼんやりとしていた眼差しが、はっきりしたものへと変わって。…嬉しそうに、その眼が優しく細められた。まるで、俺が眼に入ることが、とても嬉しいって言ってくれるみたいに。毎朝の、その一瞬が、…俺にも、とても嬉しくて。今朝も、その一連の様を、見惚れるように見つめる、俺に。

  「おはよう」

  眼を優しく細めたまま、薄く笑いながら、彼が俺に言う。それに、俺が『おはよう』って返す間に、彼もベッドから上半身を起こして。緩く抱き締めたままだった腕で、俺をまた、強く抱き寄せてくれる。

  それから、彼と額を寄せあって。…重ねるだけの、キスをした。そのまま、押さえるように首の後ろを撫ぜられて、ぎゅうって抱き締められる。俺も、同じように、ぎゅう、って強く、彼に腕を回して抱き着いた。

  俺たちの、朝一番の、大事な触れ合い。…これで、今日も一日頑張ろうって想えるんだ。やっぱり、俺にとっては、彼に抱き締めて、キスをしてもらえることが、一番の力になるから。

  最後にぎゅって抱き着いてから、名残惜しさを隠して身体を離す。今までなら、このあとはベッドから降りて、服を着替えるところなのだけれど。…この間のクリスマスから、俺には、…俺達には、もう一つ『日課』が増えた。

  ベッド脇に備え付けてある、小さなナイトテーブル。ベッドと同じくらいの高さで、小さな引き出しがついていて、でも今までは、ランプを置いておくくらいだったそのテーブルの。今までは使っていなかった引き出しに手を掛けて、揺らさないように開ける。

  …そこに入っているのは、小さくて四角いリングケース。それを、丁寧に手に取って、ゆっくり開いた。ぱこん、って小さな音と一緒に、なかに収められているものが、顔を覗かせる。それを目にした瞬間に、…俺の顔が、勝手に緩んで崩れた。

  そこに入っているのは。クリスマスに、リジットさんから贈られた、綺麗な三連の指輪。…俺の、すごく大事な宝物のひとつだ。

  俺の左手の薬指にぴったりの、俺たちをイメージしてつくってくれたっていうこの指輪は。…俺に、いつも身に着けていて欲しい、って、彼が言ってくれたものだ。だから、俺もいつも身に着けるようにしてるんだけど、…寝るときには、こうやって指から外して、ケースに入れている。

  だって、確かにこの指輪は、俺の指にぴったりだけど。…もし万が一にも、寝ているときに指から外れちゃったら、大変じゃないか!リジットさんは、汚しても失くしても構わないから、いつも着けていてくれ、って言ってくれたけど、…失くすのだけは、俺が絶対に嫌だ。だから、寝てる時だけは、こうやってケースに入れて、朝にまた、指に填めることにした。こうやって、ケースに入っている指輪を見ると、…指に填めている時とはまた別の、嬉しさや喜びが、実感と一緒に湧いてくるって言うのもあるし。

  今朝も。それを顔を緩ませながら手に取る俺に。リジットさんが、リングケースを俺の手から持ち上げた。…これから起こることに、じんわりと、頬が熱くなる。

  「フラフィー、手を」

  リジットさんが、俺へと手を差し出しながら、…俺の名前を呼んだ。彼の眼は覚めているだろうに、寝起きの低くて色っぽい声は未だ健在だ。…その声で名前を呼ばないで欲しい!もっと喋って欲しいって想ってたけど、名前は別なんだよ!だって、朝から、すごくどきどきしちゃうから!

  「う、うん」

  朝の空気で冷えた部屋で、しかも薄い寝間着姿だと言うのに、…きっと俺の顔は、耳まで赤い。照れて緩んでしまう顔で、ぎこちなく頷きながら、…言われたとおりに、毎朝の通りに、彼へと手を差し出す。右手じゃなくて、左手の方。

  俺の指を、俺よりも長くてしっかりとした彼の指が、優しく掴んで。…そのまま、俺の薬指に、彼の手が指輪を填めていく。この間のクリスマスと、同じように。…それだけで、高鳴っていた俺の心臓は、更に速く鼓動を打った。頬が、熱い。

  指の根元まで、ゆっくりと指輪が通されて。俺に指に填まった指輪を見て、彼が、今朝も満足そうに眼を細めて笑う。

  「今日も、良く似合っているな。…どうか、今日も俺の想いと共に、一日身に着けていてくれ」

  夜の蕩けるような甘い低さとも違う、低くて掠れがちな、…色っぽくて格好良い声。俺の大好きなその声で、そんなことを俺に囁きながら。…彼が、掴んだままの指を持ち上げた。

  もう、俺の心臓は、指輪を填めてもらってからのその囁きで、爆ぜそうになっているというのに!心臓がどきどきしすぎて、朝から身が持たない!…でも、これから先に起こることを、俺だって知ってるというのに。止める言葉すら思い浮かばないんだから、やっぱり、俺も期待してるんだろう。

  身体中に、心臓の鼓動を響かせている俺の、見つめている前で。…彼の唇が、指輪の上から、俺の指にゆっくりと押し当てられていく。

  その感触に、喉奥で上がりそうになった声を、慌てて飲み込んだ。もう、これ以上熱くなりようなんてない、と思っていた頬が、当たり前のように更に熱く温度を上げた。…もう、俺の体温は日々最高体温を塗り替えているんじゃないだろうか。彼に触れられるだけで、心臓が大きく跳ねあがって、こころが蕩けて、顔が崩れる。キスされた指から、泣きたいくらいの幸せが、全身に広がっていくようだ。…あの日と、クリスマスと同じように。

  この。指輪を填めて、指にキスをしてくれること。それが、この間のクリスマスから、…彼から俺への、毎朝の日課になっている。もう、二週間ほどになる、この『日課』は、…それでも、色褪せることなんて全くないほどに、毎朝、俺の胸を高鳴らせて、幸せにしてくれていた。彼に、指輪を填めてもらうだけで、心臓が爆ぜるように高鳴って、…指にキスをされると、こころが蕩けて、幸せで仕方がなくなってしまう。

  今も、きっと崩れそうなくらいに顔を緩ませながら。朝の冷えた空気も分からないほどに、頬も身体も熱くなってしまっている俺に。リジットさんが、優しく眼を細めて、俺の頬に触れる。ただでさえ俺のほうが体温が高いのに、今、俺の顔は燃えるように熱い。だからだろうか、リジットさんの、俺よりも幾分か低い体温が、更に冷たく感じる。でもその冷たさが、熱すぎる頬には心地好く馴染んだ。

  「どうした?そんなに照れなくてもいいだろう」

  

  …あんまりにも、毎朝指輪を填めてもらうたびに、赤くなっているからだろうか。可笑しそうに笑いながら、リジットさんが俺の頬を優しく撫ぜた。…いや!いや照れるよ!毎朝すっごく嬉しいし、どうしようもなく幸せだけど、けど、やっぱり照れるよ!慣れるなんて、絶対ないよ!そう全力で言い募りたいけど、俺の口からは何も出て来なくて。喉奥でぐう、って音が鳴るだけで、ただ真っ赤なまま、緩み崩れそうな口元を抑えるだけで精いっぱいだ。

  そんな俺に。リジットさんが、眼を細めて笑ったまま、顔を寄せて。

  「…お前は、本当に可愛いな。もっと、その照れている顔を俺に見せてくれ」

  すっかりと、眼は覚めているはずなのに。未だに少し掠れて低い、彼の寝起きの…色っぽくて格好良い声。俺の大好きなその声で、そんなことを囁くものだから。

  …彼の目の前で、まるで限界突破のように、俺の顔は爆ぜるように真っ赤に染まってしまって。そんな俺に、彼が、…まるで可愛くて堪らない、と言っているような眼で、優しく笑って。

  それから、その眼と同じくらいに優しいキスを、俺にくれた。

  そのあとで。俺たちに一足遅れて目が覚めたらしい、ロバストを抱っこしながら。一気にカーテンを、勢い良く開けた。朝特有の、透明で眩しいひかりが、部屋に広がって。それを感じながら、彼に向かって振り返る。

  「リジットさん!今日も、いい天気だよ!」

  照れ隠しのように、大きな声で。彼に向かって、そう言うと。

  俺の、世界一大好きな旦那さまが。俺を見つめて、また、楽しそうに眼を細めて。…俺に、笑ってくれた。

  …リジットさんの、その笑顔だけで。更に、今日もやる気が満ち溢れてしまう俺は、やっぱり相当現金だと思う。…でも、それもしょうがないんだ。

  だってリジットさんは、俺に一番、これ以上ないくらいの喜びや、幸せや、元気をくれる人なんだもの!

  

  さあ、今日も一日頑張ろう!

  (そして、また、夜になったら。…彼にたくさん抱き締めて、キスしてもらうんだ!)

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