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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【44】

  あたたかな日差しの入る、屋敷の一部屋で。家族で過ごす休日の何気ない一時が、…何よりも幸福なのだと、噛み締めるように実感する。

  「ロバスト~!ロバスト、おいで!」

  今も。休日の一時を、あたたかな部屋のなか、フラフィーを腕に抱いて過ごす。

  俺の腕のなかで、誰よりも愛おしい俺の妻が、その手を俺たちの息子へと差し出した。距離にして2メートルに満たない程だろうか、少し離れたその場所で。ロバストがうつ伏せのまま、俺によく似た黒色の耳を大きく揺らして、俺たちを見遣った。

  

  「ロバスト~!こっちだよ!」

  フラフィーの明るい声が、部屋に響く。俺の耳には、何よりも心地好い音で聴こえるその声色は、…俺の息子にとってもそうなのだろう。外見は俺そっくりだ、と、誰からも言われる俺たちの子は、…きっと、その内面も俺によく似ているに違いないのだから。

  今も。フラフィーの声に、大きく耳を揺らしながら。俺と同じ琥珀色の眼を細めて、ロバストが口を開けて、笑う。…この表情は、俺には出来ない顔だ。もし、俺が口を大きく開けて笑ったら、このような顔になるのだろうか。…いや、こんなに愛らしい顔にはなるまい。

  そんなことを考えている、俺の前で。ロバストが、うつ伏せの体勢のまま、腕を床にしっかりと着けた。それから、その腕をしっかりと動かして、足でも床を蹴るようにして、ゆっくりと前進する。床に腹は着けたままだというのに、その動きはなんとも力強く、頼もしい。

  床が板張りで滑る所為もあるのだろうか、腹を擦りながら這うその動きが、どんどん加速をつけていく。早くこちらへ辿り着きたい、母親に、…フラフィーに抱き上げて欲しい。そんな願いが聴こえるかのように、その距離を、ロバストの動きが埋めていく。

  

  「すごい!すごいねロバスト!ちゃんとおとうさんとおかあさんのところに来れたね!」

  そのまま、無事に俺たちのところまで辿り着いたロバストを。歓声をあげながら、フラフィーの柔らかで、あたたかな腕が抱き上げる。すっぽりと母親の胸に収まったロバストは、何処か誇らしさすら覚えるような顔で、俺たちを見上げてまた、笑った。

  

  ロバストが、こうやって匍匐前進のように腕と足だけで床を這うことが出来るようになったのは、つい最近のことだ。少なくとも、年が明ける前までは、寝返りもまだだったというのに。つい1週間ほど前に初めて寝返りを打ってから、ここまでになるまではあっという間だった。今ではもう、ずっと眠っていただけの頃が懐かしいに、ずっと動き回っている。

  「…子供の成長というのは、早いものなのだな」

  感慨深い想いで、そう呟くと。それが聴こえたのだろう、俺の腕のなかで、フラフィーが笑いながら頷いた。

  「ほんとだね!…こうやって、あっと言う間に大きくなっていくんだね」

  きらきらと、弾むような声。俺と同じに感慨深そうに言う、その言葉の中で。ほんの少しだけ、…寂しそうな響きが最後に、混ざった。それに気づいて、…その柔らかな身体を抱きしめる腕に、自然と力がこもる。

  寂しいのか、と問いかけそうになる口を一度結んで、それを飲み込んだ。フラフィーの腕のなかで、無邪気に笑っているロバストが、視界に映る。まだ産まれて半年にも満たない、俺たち2人の可愛い子ども。

  俺にとっても、フラフィーにとっても、…この子の成長が嬉しくないなんてはずが、ない。けれど、その成長の早さに、…一抹の寂しさを覚えてしまうのも、きっと本当なのだろう。

  つい昨日までできなかったことが、今は出来るようになっている。つい最近まで、俺たちの腕にだっこしてされているばかりだったこの子が、…いつの間にか、自分で這って動けるようになっている。本当に、子供の成長なんて、あっという間で、目が離せない。

  父親の俺だって、この子のそんな成長に眼を見張るばかりで。その成長の早さに、数限りない喜びとともに、…ほんの僅かの寂しさも感じてしまう程だ。母親であるこの子が、ロバストの成長に、…俺よりも寂しさを覚えてしまうとしても、それは当然のことなのだろう。フラフィーは、まだ幼い身体で、この子を身籠り、命を懸けてこの子を産んだのだから。…産んで、くれたのだから。

  「そうだな。歩くようになって、話すようになって、…あっという間に成長していくんだろう」

  俺の、誰よりも愛しい妻に、…これ以上の寂しさなど、感じさせまいと。俺が在ることを知らせるように、そのあたたかな頬に、自分の顔を緩やかに寄せた。

  ふわり、と柔らかな感触が、頬の獣毛に沈んで。間近に映るフラフィーの愛らしい顔が、擽ったそうに目を細めて、俺に笑った。その嬉しそうな笑顔に安堵して、…ゆっくりと眼を、閉じる。

  そのまま、暗くなった眼の奥に、ロバストの姿を思い描いた。まだ赤ん坊のこの子が、これから過ごしていくだろう、未来の姿。その過程を。

  「成長して、大人になって恋をして、…そして、その相手と一緒になるんだ」

  独りごちるように、そう、言葉を口にしながら。眼の奥に映る姿を、見詰めるように見遣った。

  閉じた眼のなかで、一人の黒狼の獣人が、成長していく。将来を何も疑っていないように、無邪気にはしゃいでる、幼い姿。その様が、まるで頁を捲るように、…絶望を映して、荒さんだ眼をした少年へと移り変わっていく。

  少しずつその身体が大きくなっても、その眼差しだけは変わることはない。すっかり大人になって、立派な体躯になった、その黒狼の獣人は、…それでも、誰も受け入れずに、近寄ることすら許さない空気を醸ししながら。射殺すように鋭い眼差しで、辺りを、…俺を、俺を見据えていた。

  …ああ、これは、『俺』だ。眼を閉じたまま、喉奥で呟く。…なんとなく、最初から分かっていた。この眼の奥に、映っているのは、誰なのか。

  俺の眼の奥で。そこに在る『俺』は、たった独りで歩いていた。絵本のように、紙芝居のように、たった独りだけ描かれた『俺』は。…ただその荒んだ眼で、俺を、世界を見詰めている。絶望に塗れて、荒れ果てた眼。

  …その眼が、違うものを、初めて、映した。

  そこに映っていたのは、あの子。…今、この腕のなかにいる俺の愛しい妻よりも、更に幼いあの日のあの子が、『俺』の眼のなかで、嬉しそうに笑っていた。俺の焦がれてやまない、あの笑顔で。この世界の幸福をすべて詰め込んだように、幸せそうに笑う、顔で。

  世界が輝いた気がした、あの瞬間。閉じているはずの俺の眼の奥にも、眩いばかりの光が、拡がっていく。あの日の幸福を、俺は永遠に忘れないだろう。この子を、…俺の最愛の妻を、初めて眼にしたあの瞬間。俺の世界が、反転したように変わった、あの日。

  俺の眼の奥で。誰も信じられずに、心許すことなく荒んだ眼をしたあの獣人が。…ふっくらと優しい顔で愛らしく笑う、その子の柔らかな手を取り、幸福そうに笑っている。

  …きっと。俺たちの息子にも、こんな出逢いが待っているのだろう。勿論、俺のような幼少期を、少年期を送らせる気など毛頭ない。俺の心を抉り取っていった、あの絶望を。今でも俺のなかに色濃く残る、この痛みを。ロバストに味合わせるなど、俺が許さない。…許せない。

  けれど。…俺が、この子に出逢えたあの幸福は。あの瞬間の胸の高鳴りは、世界が反転したかのような衝撃は。…初めて恋に落ちた、あの蕩けるように甘い想いは。どうか、ロバストにも、経験して欲しいと思った。俺が、この子に出逢えたように。ロバストにも、…誰か、狂おしいほどに焦がれる相手に、出逢って欲しい。恋に落ちて、一緒になって、…誰よりも幸せになって欲しい。俺が、今、そうであるように。

  ゆっくりと眼を開けて。俺の眼に一番に映った、何よりも愛らしい俺の妻に笑いかける。細めた俺の、その眼のなかに、…俺の最愛の妻が、花のように顔をふんわりとほころばせる様が、鮮やかに映って。そのふっくらと柔らかな身体を抱きなおして、俺の膝へとロバストごと乗せた。

  「だから、何も寂しくなんてないさ」

  俺の獣毛よりも柔らかい、ロバストの毛並みを擽るように指で撫ぜる。遊んでもらってる、と思ったのだろうか。高い声を上げて笑う、俺たちの可愛い息子を見遣りながらそう言うと。うん、と、俺の腕のなかで、小さくフラフィーが頷いた。

  「それに、…この子がどれだけ成長して、独り立ちしようとも。お前には、俺がいるだろう?」

  知らず、甘やかに低くなる、俺の声。その声のまま、可愛らしい耳へと吹き込むように囁く。俺の言葉にだろうか、弾かれたようにフラフィーが、俺へと勢いよく顔を向けた。少し顔を寄せれば口づけられるほどに間近な距離。その距離で、正面から見つめ合う。驚いたように俺を映す円い目が、少しだけ水膜を湛えて、部屋の光を反射した。

  「俺は、…俺だけは、お前から決して離れたりしない。お前を独りにして、寂しがらせるなんてことも、決してしない。ずっと一緒だ」

  その柔らかな身体を、抱きしめる腕を片方解いて。緩やかに優しい線を描く頬に、ゆっくりと指を這わせる。潤んだ目が、くしゃりと細められて。そこに溜まった涙が頬を伝う前に、舐めとるように舌を這わせた。小さく笑うように、ふっくらと愛らしい頬も柔らかい身体も、微かに震える。その仄赤い唇から、薄っすらと息が漏れて、俺の獣毛をわずかに揺らす。その感触が、心地好かった。

  丁寧に、目元から頬までを舌で舐めとって。更に、指も這わせて何度もなぞる。そのたびに、擽ったそうに笑いながら身を震わせる俺の可愛い妻に。俺も、自分の顔が緩むのを自覚しつつ、更に顔を近づけた。

  「それとも、お前は俺だけでは不満か?」

  揶揄うように、そう囁くと。途端に、またも弾かれたように、勢いよくフラフィーが首を横に振る。ぶんぶんと何度も、何度も首を横に振った後で、ぴたり、と動きを止めて俺に向き直った。

  …その顔が、見る間に笑顔へと変わる。俺の世界を変えた、あの笑顔。あの頃から、俺の焦がれてやまない、幸福をすべて詰め込んだような、幸せそうな表情で。

  「大満足だよ!リジットさんがいてくれるなら、俺、全然寂しくなんてないよ!ずっと、ずっと嬉しくって、幸せだよ!」

  まるで、光が見えるようにきらきらと輝いた声。それと、同じくらいに輝く笑顔で、フラフィーが。誰よりも愛おしい、俺の最愛の妻が、俺に、言う。

  その光を振りまくような声が、ロバストにも聴こえたのだろうか。フラフィーの腕のなかで、きゃきゃっと、俺たちの可愛い息子も、楽しそうに声を上げて笑って。

  その声を聴きながら。俺たちも、見つめ合って、同時に笑った。

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  「…この子は、どんな子と恋に落ちたりするのかな?」

  フラフィーの腕のなかで。とろとろと、眠そうに瞬きをしているロバストを見遣りながら。口元を緩ませたフラフィーが、そんなことを口にする。

  「…気の早い話だな」

  「そうなんだけどさ!でもやっぱり、この子はリジットさんみたいにすごく格好良くなると思うんだよ!そしたらロバストなんてもう大人気じゃない!引く手数多だよ!モテモテだよ!」

  眠そうなロバストを気遣ってだろう。声を潜ませつつも、力強い声で。ぎゅう、と握りこぶしまでつくって、俺の誰よりも可愛い妻が、そう、俺に力説する。そんなフラフィーに、緩む口元を密かに抑えながら、少しだけ眉を寄せて苦笑した。

  「…俺に似ても、そんなに人気などでないと思うが」

  「でるよ!でるでしょ!だってリジットさんはこんなに格好良くて優しくて頼りがいがあって凛々しくて格好良くて、世界一素敵なひとなんだから!」

  握ったままの握りこぶしが、ますます強く握られる。円い目を見開くようにして、俺へと懸命に力説してくるフラフィーが、…真っ直ぐに俺を、見遣った。

  「だから、リジットさんにこんなにそっくりなんだから。きっとみんな、ロバストのこと大好きになるよ!」

  …言外に、『皆、俺のことも大好きだ』、と。…そんなことを滲ませて、最愛の妻が、俺に笑う。

  俺など、…お前に逢うまでは、誰にも好かれてなんていなかった。俺も、誰も愛してなどいなかった。

  お前に出逢えたから、俺は、愛することを知れたというのに。お前が、…こんな俺を選んで、愛してくれたから。お前が、限りない程の愛情と、幸福を、こんな俺にくれたから。…だから、今の俺が在るのだと言うのに。

  心に浮かぶ、幾つの言葉。それを、指先に籠めながら、あたたかな頬をゆっくりと撫ぜる。…俺の想いが伝わったかのように、フラフィーが、照れたように…幸せそうに、はにかんで笑った。

  「ね、リジットさんは、ロバストがどんな子を好きになると思う?俺はね、やっぱり」

  「お前に似た子」

  その後で。まるで照れ隠しのようにそう言ってきた、フラフィーの言葉。それを途中で遮って、…それだけを口にした。俺の言葉に、何事かを言いかけていたその仄赤い唇が、一拍置いて言葉を止める。…それから、驚いたようにその円い目が、腕のなかから俺を、見上げた。

  「人間だろうが獣人だろうが関係ない。俺は、ロバストは…お前に似た子を選ぶと思う。なんたって、この子は俺にそっくりなのだからな」

  俺の言葉に、フラフィーが、その柔らかな頬にほんのりと赤を乗せた。また、照れたように笑って、揺らすように首を傾げる。その赤くなって照れる顔は、何よりも愛らしく、俺には映った。

  「…そう、かな」

  「ああ、そうに決まってる」

  そのまま、照れた顔を隠すように、フラフィーがその顔を伏せて呟く。うとうとと眠りだしたロバストの、ふわふわと柔らかな獣毛を、ふっくらと柔らかいフラフィーの指が撫ぜていく。その様を、眼を細めて見遣りながら、…俺も、指を這わせたままのフラフィーの頬を、また、指で撫ぜた。指先の肉球で触れる頬が、またひとつ、熱くなるのが分かる。愛らしく覗く耳たぶも、仄かに赤く染まっていた。

  「…その前に、俺たちにも、お前に似た子がもうひとり、居たらいいと思うのだが」

  

  その耳に、顔を寄せて。この子にしか聞かせることのない、我ながら甘く響く低い声色で。再度、囁くように吹き込めば。

  弾かれたように、また顔をあげて。俺を見遣った、俺の、誰よりも愛おしい妻が。今度こそはっきりと、その頬も耳も、真っ赤な赤色に染めながら。

  それでも。…嬉しそうに大きく笑って。俺の言葉に、大きく頷いてくれた。

  (来年の今頃には、きっと家族が一人増えているだろう。…などと思うのは、気が早すぎるだろうか?)

  けれど。…この予想は、きっと現実になるだろう。そんなことを、願うように期待しながら。腕のなかのあたたかなぬくもりに、腕を更にきつく回して、抱き込んだ。

  

  

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