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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【47】

  

  もう、冬も終わりに近づいた、あたたかな日。

  

  「『ジーニャ、ここはあぶないよ。早くあちらに向かおう』。アルバが、喉をぐるぐると唸らせながら言いました」

  リジットさんの低くて涼やかな、格好良くて優しい声が、お屋敷の一部屋に心地好く拡がっていく。少し厚くて重いこの部屋のドアを、そうっと開いた瞬間に、耳に飛び込んでくるその声に。…思わず頬を緩ませながら、手に持ったトレイを落とさないように、静かにゆっくりドアを開けた。

  大きな本棚の置いてある、けれど書庫や図書室とはまた別のこの部屋は、俺もリジットさんもお気に入りの一室だ。

  窓も大きくて日当たりも好く、天気が良い日は冬でも充分なほどにあったかくて、居心地が良い、この部屋の。その大きな本棚には、俺たちが書庫や図書室から持ってきた、特にお気に入りの本が入れてあって。その本を読むための椅子やテーブルが本棚の前に、ゆったりとして座り心地の好いソファが 窓際に設置されている。

  本棚の前の椅子も、座るところに柔らかなクッションが入っていて、長時間座っていても苦じゃないくらいなんだけど。…やっぱり俺たちが座るのは、そのゆったりと大きなソファだ。そこでなら、その…リジットさんと並んで座って、ぴったりとくっついていられるし。リジットさんが、俺の肩に腕を回して、抱き寄せてくれるのも、蕩けそうなくらいに心地好くて嬉しい。

  だから、この部屋で日向ぼっこをしながら、リジットさんにくっついて読書をするのが、俺の楽しみの一つだった。…たまに、ここでその、えっちなことをしたりもしたけど。それだって、俺にとってはすごく嬉しくて、好い想い出だ。

  でも、俺がロバストを授かってからは、俺が調子を崩してしまったり、イベントで張りきったり、毎日がすごく楽しくも慌ただしくて、あっという間で。…こうやって、この部屋で、リジットさんとのんびりすることもなかったから。…リジットさんがお休みの今日、こうやって、久しぶりにこの部屋で、のんびりと日向ぼっこをしながら過ごすことにしたんだ。

  「『さあ、はやくぼくの背に乗って』。そう言うが早いか、アルバがジーニャをくわえて、自分の背に乗せました。アルバのふかふかの背に、ジーニャがきちんと座ったのをたしかめて、アルバが走り出します。ごうごうと風を切るその速さに、ジーニャはたまらずアルバにしがみつきました」

  俺の彼の大好きな声が、この国では誰しもが馴染み深いだろう絵本の一節を、朗々と紡いでいく。その声にうっとりと聞き惚れながら、トレイを持つ手に力を籠めた。

  今日の午後は、ここでのんびり過ごそうってなったから。じゃあ飲み物でも持ってくるよ、って、さっきまで厨房で飲み物を用意してたんだ。リジットさんにはブラックコーヒーで、俺のはほとんどホットミルクと変わりないようなミルクティーと、ロバストには果実を搾ったジュース。

  その2つのカップと、一つのグラスが載ったトレイを持ったまま、後ろ手でドアを閉めたままの体勢で。…俺は、ソファに座って、ロバストを膝に乗せたリジットさんが。この子に絵本を読んであげてる姿に、先程から見惚れっ放しだ。

  もう、上手にお座りが出来るようになったロバストは。今日も、大好きなお父さんの膝の上で、おとなしく絵本に聞き入っている。黒色の艶やかな獣毛も、ぴんと綺麗に立った耳も、琥珀色の眼だってお揃いのようにそっくりな、俺の大好きな旦那さまと可愛い息子。…その2人が、抱っこし抱っこされながら、同じ絵本に見入ってる様は、…俺にとっては何よりの眼福だ。

  もう、2人とも格好いいなあ!こころで想った言葉が、息だけの声で宙に溶ける。本当に、…俺の旦那さまと息子は、世界一格好良い!少し暖色の入った、輝くような日差しを浴びて、艶やなか黒色の獣毛が、鮮やかに光を弾く。いつもは少し鋭くて、でも綺麗なかたちをした琥珀色の四白眼は、…今は優しい目つきで絵本を見つめていて。そんな『お父さん』を、彼とそっくりで、でも無邪気な顔をしたロバストが、眼を輝かせながら同じように絵本を見つめている。…こんな、格好良いひとと可愛い子が、俺の旦那さまと息子なんて!リジットさんと出逢ってから、もう5年も経つけど、…今でも、まだ少しだけ信じられなくて、時折、頬を指でつねってしまう。だって、こんな俺が、こんなに格好良くて凛々しくて素敵なひとと婚姻して、子どもまで授かれるなんて。こんなに素敵で素晴らしいことが、俺の人生に起こるなんて。…小さい頃は、リジットさんに出逢う前は、思ったこともなかった。きっと、リジットさんに出逢えたことが、…彼が、俺を選んでくれたことが。俺にとって、この世界で一番の幸運で、幸福だ。リジットさんが、これからも、俺の隣にいてくれるなら。俺の隣で、優しく眼を細めて、俺を見つめてくれるなら。ただそれだけで、俺は、これから先もずっと、世界一幸せだって、断言できる。

  だから、…俺も、俺だって、リジットさんを幸せにしたい。俺がいて幸せだ、って、彼に、…少しでもそう想ってもらいたい。彼に出逢ってから、彼に恋に落ちてからずっと、願うように抱いていたその想いは。…彼が、その過去を俺に教えてくれてから、更に一層、強くなった。

  どれだけの辛い思いを、彼は抱えてきたんだろう。どれだけ辛くて寂しい思いや、…怒りや絶望を、こころに刻んできたんだろう。それは、…きっと俺には計り知れないし、分かる、なんて軽々しく言ったらいけない。でも、ただ、…だから。

  せめて、傍にいたかった。何も出来なくても、その辛さを俺は全て分かることが出来ないとしても、…彼に寄り添いたかった。俺がいるよ、って言いたかった。俺に何が出来ないとしても、…何もできないとしたって、彼の傍にいることだけは出来るから。彼をもう独りになんてしないって、それだけは約束できるから。もう寂しい、なんて思うことが無いほどに、そんな隙間も出来ないくらいに、俺が。いつも、いつだって、彼の隣にいたかった。俺が寂しい時には、いつだって、リジットさんがそうしてくれたように。俺の傍で、優しく抱き締めてくれたように。

  そんなことを、噛み締めるように想いながら。彼の読む物語に、うっとりと聞き入った。

  今、彼がロバストに読んでいるのは。狼と女の子が恋に落ちて、二人で生きる場所を見つける為に冒険するという、この国で一番古いとされている、この大陸の『神話』だ。その最後は『狼と女の子の間に子どもが産まれた』と締めくくられていることから、獣人の起源だってことで、この国では『神話』として言い伝えられてきたんだそうだ。

  学術書から絵本まで、様々な種類の本が広まっていて、この国に住んでるひとなら、きっと何かしらで一度は読んだことがあるだろう物語。俺も、勿論読んだことがある。俺が読んだのは、絵本と児童書だっただろうか。

  この神話が、本当にこの大陸での獣人の起源かどうかなんてことは、勿論定かじゃないし。この大陸の他の国では、獣人の起源というものがどう伝わっているのかは知らないけれど。…それでも、その神話に。『狼と女の子が恋に落ちたその証として、獣人が産まれた』というその物語に。この国のみんなが昔から、馴染み親しんできたことは確かだろう。それが、この国の獣人と人間の関係を、良好なものにしてくれたということも。少なくとも、この国の獣人と人間は、他の国と比べても遙かに親しい関係となっているから。…こうやって、獣人と人間が結ばれて、婚姻が許されているほどに。

  小さい頃は、わくわくして読んでいたその『神話』。獣人がこの国に居ることも知ってはいたけれど、その姿を見たことはなくて。…ただ、お話の世界のことだと思っていた。俺には縁遠い世界、起こる筈のない、結局はただの『物語』。

  けれど、…今は、この物語に。この物語のなかで出逢って、恋に落ちるアルバという狼と、ジーニャという女の子に。その2人の子どもとして、誕生した獣人と言う存在に。感謝で胸がいっぱいになって、ありがとうと言いたくて仕方がない。だって、この神話が本当だとするならば。この2人がいなかったら、出逢わなかったら、恋に落ちなかったら。…今ここに、リジットさんはいないのだもの。

  昔から大好きだった、その絵本を。小さなころとは違う想いで、それでもやっぱり胸をいっぱいにしながら、リジットさんの声に聞き入る。本当は、淹れたてのコーヒーを、冷めないうちに渡したかったんだけど。…今、ここで俺が彼のもとに歩いていって、この心地好い朗読を遮ることも、したくない。

  自然と、ドアの前で足を止めたまま、もしかしたらロバスト以上に彼の朗読に耳を傾けてしまう俺に。…もう何行か先を読んだところで、不意にリジットさんの声が止まる。

  「フラフィー?どうしたんだ。何故そこで立ち止まっている?」

  どうやら、俺が部屋に入ってきたことに、気づいていてくれたらしい。絵本から顔をあげて、不思議そうに俺を見遣るリジットさんに。つられたように、彼の膝の上でロバストも、同じように俺を見つめて首を傾げた。俺の世界一大好きな旦那さまと、可愛くて仕方ない俺たちの息子。誰よりも大事なその2人から、よく似た綺麗な琥珀色の眼で不思議そうに見つめられて。…思わず、顔が熱くなってしまう。耳まで熱くなりそうなのを抑えるように、首をぶんぶんと勢いよく横に振った。我ながらぷにぷにと肉付きのよい頬が、風を切ってぷるぷると緩く揺れる。

  「あ、ううん!あの、…コーヒー淹れてきたよ」

  言いながら、手に持ったトレイを掲げるように軽く上げると。その琥珀色の四白眼が、納得したように細められた。絵本の両端を軽く持っていた手が片方、俺へと差し出されて。

  「有難う」

  優しい声が、俺へと向けられる。まるで俺を待ち侘びているように、差し出されるリジットさんの手。それを真似するように、ロバストもその小さな手を両方、俺へと向けてきてくれて。…そんな2人に、顔が勝手に緩んで、破顔した。目尻が下がるほどに緩んだ目が、じんわりと熱くなった気がして。…潤んでしまう目が2人に分からないように、目を細めたまま、ソファへと足を速める。…本当に、幸せすぎて涙が出る、なんて。そんな感覚も、リジットさんに出逢うまで知らなかった。今は、リジットさんの傍にいるだけで、ロバストを抱っこしているだけで、…視界が滲むことだってあるというのに。もう、リジットさんと出逢ってから、俺の涙腺は緩すぎる!そんなことを思いながら、…それでも、幸せすぎて泣ける幸福を、こころのなかで噛み締めた。

  カップやグラスの載ったトレイを、ソファの傍らにある小さなテーブルに乗せて。それから、リジットさんの隣に腰かける。いつものように、彼の腕へと、凭れるように頭を寄せれば。そんな俺に、リジットさんが優しく目を細めてくれて。…俺の腕の下へと、彼の腕が回った。そのままリジットさんが、片腕で、この肉付きのよすぎる俺の身体を、造作もなく持ち上げる。それにも少し仰天したのに、…そのまま、彼の膝へと乗せられて、更に驚いて目を見開いてしまった。先にリジットさんの膝の上に座っていたロバストが、一緒に膝の上に乗る俺に、嬉しそうに歯を見せて笑う。

  「り、リジットさん!?どうしたの、重いでしょ!?ロバストも抱っこしてるし、俺はソファでいいよ!?」

  わたわたと上げた声は、途中でひっくり返りながら部屋に響いた。そんな俺に、リジットさんが優しく眼を細めたまま、楽ししそうに笑って。

  「大丈夫だ。お前の身体の重さなど、俺には心地好くしか感じないからな。それに、…今日は、寄り添うよりももっと近くでお前を感じていたい」

  俺の顔の、すぐ隣。頬と頬が触れ合うほどに近い距離で、真っ直ぐに見つめられながらそんなことを言われて。…続けようとしていた言葉が、完全に喉奥で消えてしまう。琥珀色の綺麗で鋭い眼に、俺が映ってる様すら嬉しくて。…またも、顔が耳まで熱くなるのを感じながら、うん、と小さな声で頷いた。

  それから、言われるがままにリジットさんの膝の上で、素直に座り直す。少し硬くてしなやかに筋肉のついた足を、お尻の下に感じて、心臓が擽ったく高鳴りっぱなしだ。…『お父さん』の膝の上に、息子と並んで座っているこの状態が、なんだか恥ずかしくて、照れてしまって…でも幸せで、仕方がない。

  後ろから俺とロバストを抱き締めるようにして、リジットさんが、俺たちの前で絵本を開く。さっきよりも更に距離が縮んで、今度こそ頬と頬が、緩く触れ合う。ただでさえ艶やかでふかふかの心地好い獣毛が、日差しを浴びて更にあたたかくふわふわになって、俺の頬を擽った。少し彼の方へと顔を寄せるだけで、そのふかふかでふわふわの獣毛に、俺の頬があたたかく埋もれる。すごくあったかくて、気持ちいい。

  俺の耳もとでは、少し離れていても聞き惚れてしまうくらいに、低くて涼やかな格好良い彼の声が、…蕩けるように響いていて。もう俺は、昔から馴染んでよく知っているはずの絵本の内容すら頭に入らないほどに、彼の声だけを耳で追いかけてしまう。

  「いくつもの谷をこえて、アルバは走り続けました。ふたりで生きていけるばしょが、きっとあると信じていたのです」

  聴き心地の好い声が、静かな部屋にあたたかく響いていく。やっぱり、これだけ聴きやすくて格好良い声だと、ロバストも静かに聞き入るんだな。そう思ってしまうくらいに、俺の隣で、彼の膝に座って絵本の朗読を聴いているロバストも、静かだった。最近頓におしゃべりで、まだ言葉にならない声で一生懸命になにかを話してくれるロバストが、身動き一つせずに絵本を見つめている姿は微笑ましくて。小さく笑いながら、更に彼へと身体を寄せた。

  指の一本も入る隙間もないほどに、ひたりと身体をくっつけて、寄り添えば。俺の身体の、その体内にまで、彼の声が優しく心地好く響いていく。俺の身体に回る彼の腕も優しくて、心地好くて。ぽかぽかの日差しも相まって、…段々と、瞼が重くなってくる。

  「いつしか、きれいな花のさきほこる道を、アルバは走っていました。もうごつごつした岩も、道をさえぎるはげしい川もありません…」

  リジットさんの声が、段々と遠くなる中。微睡みかけた俺の頭では、絵本の白い狼と可愛い女の子はいつの間にか、…俺とリジットさんになっていた。

  あたたかい日差しのなか、絵本の挿絵とそっくりに綺麗な花が一面に咲いている道を、俺とリジットさんが、手を繋いで歩いている。リジットさんが俺を見つめて、優しく眼を細めてくれる。それが嬉しくて、俺も…彼の手を繋ぎ返して彼に笑った。

  …ああ、幸せだなあ。蕩けそうに心地好い微睡みのなかで、噛み締めるようにそう想う。そんな俺の頬に、彼の指が伸びて。…その指が、俺の頬にゆっくりと沈んだ。なぞるような指の動きが擽ったくて、でも嬉しくって、目を細める。ざらり、と少し硬くて荒い肉球の感触すら、夢だというのに鮮やかで。緩む頬を抑えられないまま、その指を堪能した。

  ゆっくりと。俺の頬を撫ぜては滑っていく、彼の指。それを数度繰り返した後で、…リジットさんが、俺に向かって口を開いた。ずっと一緒だ、って声が、俺のなかに響いて。…その声に、俺も、彼の目を真っ直ぐに見つめ返して、彼に伝えた。

  『リジットさん、これからもずっと、一緒だよ!』

  ***********************************

  「アルバはジーニャに言いました。『ぼくらはこれから、ここでいっしょにくらすのだ。そう、これからも、ずっといっしょだよ』」

  あと、もう残りは幾頁もないというところで。…こくん、と、俺の頬毛に埋もれるように寄せられていたフラフィーの顔が、頷くように小さく揺れた。そのまま、ひたりと寄せられていた柔らかな身体から力が抜けて、お互いの洋服越しに、俺の獣毛へと沈んでいく。俺の首筋に、この子の息が当たるのが擽ったくも心地好かった。

  「…眠ったのか」

  小さく笑いながら、絵本にしおりを挟んで、ゆっくりと閉じた。…見れば、ロバストも、絵本に傾くようにして眠っている。そのあたたかな光景に、思わず口元が緩んだ。…どうりで、静かだったはずだ。

  閉じた絵本を傍らに置いて、…俺の何よりも大切な家族を両腕で抱き寄せる。あたたかいぬくもりも、膝上の心地好い重みも、何もかもが愛おしくて堪らなかった。

  そのまま、ロバストの小さな頭を指先で撫ぜて。俺の最愛の妻の、その柔らかな頬に指を伸ばした。閉じられた目で、その瞼が仄かに震えて。少し短めの愛らしい睫毛も、それに合わせて微かに揺れる。

  心地よさそうに眠るフラフィーの顔は、穏やかで。口の端に、笑みすら浮かべているように、幸福そうだった。いくら見つめていても、決して飽きることなど無い様に、穏やかで、幸せそうな寝顔。時折、薄赤い唇から、声とも息ともつかない音が小さく漏れては、俺の獣毛を微かに揺らした。…なにか、夢でも見ているのだろうか。

  「一体、どんな夢を見ているんだ?」

  そんな誰よりも可愛い俺の妻に、返事はないと分かりつつも、そんなことを小さく問いかけてみる。…俺の夢なら嬉しいのだが。つい過ぎってしまうそんな思考に、口の端が自然と上がった。同時に込み上がってきた欠伸に、それを慌てて噛み殺す。…いかん、俺まで本当に眠くなってきた。

  もうじきの春を思わせるようなあたたかな日差しと、俺の腕のなかの愛おしいぬくもり。…それに加えて、こんなに気持ちよさそうで愛らしい寝顔を見せられては、俺が睡魔に負けても仕方がないのではないだろうか。段々と取り留めのなくなってくる思考で、そんなことが言い訳のように脳裏をめぐる。そんな、俺に。

  「…じっと、さ…」

  その口が。微かに、けれど確かに俺の名前を呼ぶのが、耳に届いた。考えるよりも先に、心臓が弾むように跳ねあがる。俺が言葉を返すよりも早く、フラフィーのふくふくとした柔い手が、…ぎゅ、と淡い力で俺の服を掴んだ。そんなこの子のいとけない仕草に、俺の心臓が愛おしさに震える。

  「どうした?」

  まだ幼く、あどけないその顔は、確かに眠っている。そんな無防備な妻に、額を当てるように顔を寄せて、小さく声を掛けた。すうすう、と規則正しい寝息を立てるそのいとけない顔が、…不意に、ふにゃり、と愛らしく笑んだ。俺の服を掴むその手にも、更に力が籠められる。

  「…っと、いっしょ…」

  寝息交じりの、小さな声。それを、…耳で数回繰り返して、ゆっくりと反芻する。確かに、…この子は言った。『ずっと一緒』、だと。

  この子の夢に、俺が出ているのだろうか。夢のなかの俺にまで、この子は、…そう言ってくれているんだろうか。そう想うだけで、弾むような喜びとともに、…眼の奥が、じん、と痺れるように熱くなる。

  両親を、…全てを喪ったあの日から、この子に出逢うまでは。俺には泣くどころか、何の感情も沸き起こることなど無かったというのに。今は、こうやって眼の奥が熱くなることが、…多大に増えた。こうやって幸せを感じることも。…泣き出したいほどの幸福に包まれることも。あの日に喪ったものが、それ以上になって、…俺のなかに、満ちていく。

  それが、どれほど幸福なことなのか。…フラフィー、お前には分かるだろうか?お前が俺に与えてくれるものが、どれだけ多いのか。お前の存在が、俺にとって、…どれほど大きく、大切で、かけがえのないものなのか。

  噛み締めるように、そう想いながら。腕のなかのぬくもりを、抱き込むように抱え直した。誰よりも、何よりも愛おしい、俺の最愛の妻と。こんな俺にこの子が授けてくれた、大事で堪らない俺たちの息子。

  …あの日の俺に、伝えてやりたい。お前にも、将来、…何よりも大事なものが。何に変えても護り通したい、愛おしい存在が、…2つも出来るのだと。そんな、俺にとって最愛の存在が、…誰よりも、俺を愛してくれるのだと。

  「…ああ、そうだな」

  愛らしい寝息を立てて。…夢のなかの俺にまで、一緒に在ることを伝えてくれた、俺の誰よりも愛おしい妻に。ゆっくりと、返した言葉は、僅かに掠れた。そのまま、ロバストの柔らかな獣毛を撫ぜながら、…眠る妻に、そうっと顔を寄せる。眠っていてすらも、まるで花のほころぶように笑う、幸福が詰まったようなその顔に。

  「ずっと、ずっと一緒だ」

  …この子の、夢のなかにも、届くようにと。そう願いながら、誓うように妻へと、告げる。

  そんな、俺に。俺の声が届いたかのように、フラフィーが、またふんわりと、眠りながらも柔らかく笑んで。…誰よりも愛らしく笑う、俺の最愛の妻に、俺も小さく笑いながら。

  これからも。夢のなかでも、この先も。…ずっと、この子と共に在れるようにと。そう、祈るように想いながら、その唇へと口づけた。

  このまま眠ったら、夢のなかでも、この子と逢えるだろうか。同じ夢を、見られるだろうか。

  そんな期待を胸に沈めて。眠るフラフィーの柔らかな頬に、俺も、更に頬を寄せながら。俺も、瞼を閉じて、眠りについた。

  (夢のなかで。俺は、愛らしく笑うフラフィーと、まるで絵本のなかのように花の咲き誇る道を、手を繋いで歩いていた。…こんな夢を見たのだと、この子に言ったら、…フラフィーは笑うだろうか?驚くだろうか?それとも、…喜んでくれるだろうか)

  その顔が見たいから。…こんな夢を見たのだと、あとでこの子に伝えてみよう。

  この子が可笑しそうに笑う顔も、目を丸くして驚く顔も、きっと堪らなく愛らしいが。けれど、やっぱり願うなら。

  『夢でも一緒で嬉しい』、と。喜びに頬を染めて、花のように笑ってくれるこの子の顔が見たいな。

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