Ad
イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【49】
俺の、誰よりも愛おしいお前が。俺の傍にいてくれる、この喜びを。俺を愛してくれる、この幸福を。…どうか、お前に伝えることが、できるように。
帰り着いた、エントランスで。いつも通りに手袋を外しながら。…俺の愛しい家族が、笑顔で俺を出迎えてくれる光景を、眼を細めて見遣る。
『お前に触れるときは、何にも遮られたくない』。俺が常々そう思い、口にも出して伝えているからだろう。俺の誰より愛おしい妻も、俺が手袋をとるのを待っていてくれていた。
ロバストを抱っこしながら、にこにこと嬉しそうに俺を見つめている俺の妻の、その愛らしい姿に、心が逸る。…ああ、早くこの子に手を伸ばしたい。いつものようにそのあたたかな頬に触れて、柔い身体を抱き締めたい。その一心で、両手にはまった手袋を、剥ぎ取るように外す。それを、俺のこの子も待ち兼ねていてくれたように。目を輝かせて、弾むような足取りで、数歩の距離を駆けてきてくれる。
「おかえりなさい!」
そのまま、俺の目の前で嬉しそうに笑う、俺の誰よりも愛おしい妻に。先程から希っていた通りに、指を伸ばして、その柔い頬にゆっくりと沈める。心地好い感触が、指先の肉球から伝わって、思わず口の端が上がった。そんな俺に、フラフィーも擽ったそうに、はにかんで笑う。その腕の中で、まるで俺たちに混ざりたい、とでも言うように。俺たちの息子が、ぱたぱたと元気よく腕と尻尾を揺らすのが眼に映って、今度こそ笑ってしまった。…全く、俺の妻子は、なんて可愛らしいのだろうか。
「ただいま。…今日は、何も変わりはなかったか?」
そう問いかけながら。優しい目で俺を見つめるフラフィーの腕から、ロバストを抱き上げる。きゃきゃっと楽しそうな声を上げて、俺の腕の中ではしゃぐようにロバストが腕を振った。そんな、元気のよい息子に口端を上げたまま、片腕で抱き直して。空けた手で、愛おしい妻のふくふくとあたたかな手を繋いだ。俺の手を、きゅ、とつなぎ返してくれながら、フラフィーが俺を見上げて、嬉しそうに俺を見遣った。その顔は、俺が焦がれてやまない、幸福を詰め込んだように幸せそうな笑顔で。この子のその笑顔を見るだけで、俺の顔も知らずと緩んだ。
「あのね、今日ロバストが掴まり立ちしたんだよ!俺の膝を掴んでね、一人で頑張って立ったの!すごいでしょ!」
ロバストを片腕に抱き、フラフィーと手を繋いだ、俺にとっては幸福の具現のような状態で。いつものように、寝室までの廊下をゆっくりと歩く。何も言わずとも、フラフィーはいつも、俺が家にいるときにはいつも一緒にいてくれる。まるで、…ひと時も、俺を独りにしないと思ってくれているように。
この子の、そんなあたたかな優しさを、今日も堪能するように享受しながら。フラフィーが、俺のいない間に起こった出来事を話してくれる声に、心地好く耳を傾けた。
「そうか。…すごいな、ロバスト」
「うん!あとで、リジットさんにも見て欲しいな。ロバストもお父さんに見せたいって思ってるよ!ね、ロバスト」
そう言って、フラフィーが俺の腕の中のロバストに顔を寄せた。柔らかな指が、俺と同じ黒色の獣毛に包まれた頬を撫ぜるようにつついて。それに、楽しそうな声でロバストが言葉にならない声を、弾むように上げた。俺の何よりも愛しい妻と子の、そんな可愛らしい遣り取りに、口角が上がるのが止まらない。…自分が、ここまで笑うことの出来る男だったとは。自分でも知らなかった一面に、自分で可笑しくなる。
あの夢を見た日から。あの夢の中でも、この子が、俺を、…救ってくれたあの時から。俺の世界は、また一つ鮮やかになった気がした。まるで、あの子と繋がっているかのように、いつでも、俺の中にこの子が在るような感覚。この子が、どれだけ俺を想って、愛してくれているのかも。俺に向けてくれる、あたたかで優しい想いも。その全てを、より一層強く、深く感じては、…今まで以上に、俺の心が穏やかに安らいでいく。それが、自分で分かった。俺の心が、どれだけ充足して、満ち足りているのかも。
この子に出逢って、俺はどれだけ変わったのだろうか。変われたのだろうか。もう、この子が在ない世界など、考えられないくらいに。一瞬でも、そんなことを想像もしたくないほどに。俺の世界は、この子の光で満ち彩られている。それが、…どれほど幸福なことなのか。それを噛み締めるように、想いながら。繋いだ手に、密かに、けれど強く力を込めた。
「そうか。それは楽しみだな」
そう相槌を打ちながら、俺の誰よりも愛おしい妻を、眼を細めて見つめる。そんな俺に、フラフィーも俺を見つめ返してくれて。…その顔が、照れたように赤くなっては、はにかむようにほころんでいく。その様を、見惚れるように 見つめ続ける俺に。嬉しそうに、円い目をぎゅう、と惜しげもなく細めながら、フラフィーが笑った。
「あ、あとね!ロバストがパンケーキも食べたんだよ!」
赤ちゃん用のパンケーキっていうのがあるんだって、メイドさんが聞いてきてくれたの。あんまり甘くなくて、バナナとかりんごとか入って、すごく優しい味なんだよ。最初は、俺が食べさせてあげてたんだけど、途中から自分で食べたがってね、一枚持たせてあげたら、ちゃんと両手で持って食べたんだよ!すごいよね!そう、繋いだ手を楽しそうに揺らしながら、フラフィーが俺へと話してくれる。こうやって、毎日の出来事を余さず俺と共有しようとしてくれる、俺の愛らしく優しい妻の、明るい声が廊下に響いて。
パンケーキ。…その一言に、不意に記憶の片隅に、…過去の光景が浮かぶ。けれど、その記憶を思い返しても、…身が裂かれるような、痛みも苦しみも、もう無かった。
まだ、…俺と両親が、何気なくも幸せな日常を送っていた頃。父親が、よく作ってくれたのも、…そうだ、パンケーキだった。ホットケーキよりも厚くふわふわとして、けれど甘さは控えめで。俺と父親は、父さんは、…そこにメープルシロップをかけて食べていた。母さん、は、甘いものが苦手で、…けれど、父さんの作るものは、厭わずに食べていた。必ず、ブラックの濃いコーヒーを横に置いて。甘い、と何度も口にしながらそれをほおばる母さんは、…それでも、とても幸福そうに、俺の眼に映った。そんな母さんを、優しそうに、愛おしそうに見遣る、父さんの顔も。
俺は、…そんな母さんが飲む濃いコーヒーに密かに憧れて、一口もらっては苦い、と顔をしかめていた。そんな俺を見て、両親が可笑しそうに笑って、まだ早いよ、と俺の頭を撫ぜてくれたんだ。そんな、…何てことのないささやかで、…けれど幸福な光景。
懐かしい、と一つ笑んで。穏やかに、心安らいでその光景を思い出せる、…そのことに感謝した。こんな風に、…穏やかな気持ちで過去を思い出せる日が来るなど。俺には訪れないと、…訪れるはずがないと、思っていた。
「リジットさん?」
柔らかであたたかい声が、不思議そうに俺を呼ぶ。その声に、眼を細めながら、…俺の最愛の妻を見つめた。繋いだ手から感じる、この子の、…優しさに満ちたぬくもりが、心地好い。
「…今度、俺にもパンケーキを焼いてくれないか?」
笑ったまま、そう切り出すと。フラフィーのあどけなく円い目が、驚いたように俺を見遣った。…確かに驚くだろう、俺は今まで、甘いものを余り好んではこなかったから。今でもそうだ、この子が甘いものを幸せそうに食べる光景こそ好いてやまないが、…自分で食べようとはあまり思わない。けれど。
「俺の父親が、…父さんが、よく焼いてくれたんだ。それを思い出してな」
そう、言葉に出して続ける。耳に届く声は、自分でも穏やかだと思うもので。…そこに、微塵の辛さも見えないことに、自分で喜ばしくなった。ああ、俺は今、俺の過去を。…俺のこの子に、笑って話せている。それが、どんなに、…どれほど俺にとって嬉しいことか、この子に伝わるだろうか?
こんな風に、穏やかに過去を思い出せるようになったのは…お前のおかげだと。…お前がいつだって傍にいて、俺を優しく包み込んで、笑ってくれるからだと。それが、俺にとって、どれほど幸福なことなのかも。
俺にとって、お前が。お前こそが、俺の全てだということも。俺の、誰より愛おしいこの子には、…伝えられているだろうか?
俺の目の前で。フラフィーが、真っ直ぐに俺を見つめる。その顔が、…花のほころぶように、愛らしく笑んだ。俺の愛してやまない、幸福の詰まったように笑う、その顔で。
「もちろんだよ!リジットさんのはすごく大きくてふかふかのパンケーキにするからね!」
そう言って、弾むような笑顔で俺へと優しく、嬉しそうに笑ってくれるその顔を見つめ返しながら。…指先まで幸福に満ちていく感覚に、眼を細めて。誰よりも愛おしい妻に、俺も笑った。
********************************
目の前で。リジットさんが、俺に優しく笑ってくれている。その顔に、…何故だか心臓が、ぎゅうって甘く締め付けられて。泣きだしそうになりながらただ、見惚れた。
リジットさんは、ここ最近。…今まで以上に、優しく笑ってくれるようになった。とても穏やかに、幸せそうな顔で。
今までだって、リジットさんは、とても優しく俺に笑ってくれていたけど。今は、それ以上に優しい眼で、俺やロバストを見てくれる。笑顔だけじゃなくて、眼だけじゃなくて、なんていうか、…その雰囲気、全部が。
今だって、ごく自然に。…昔のことを、口にしてくれた。笑って、…ご両親との思い出を、話してくれた。繋いでいる手が緊張することもなく、その優しい顔を、強張らせることもなく。とても穏やかに、あたたかい口調で。
これは、…この間のお休みの日の朝に、リジットさんが見ていた夢と、関係があるんだろうか。不意に思ったそんなことを、…密かに喉奥で飲み込む。
あのお休みの日の朝。…リジットさんが、夢を見て、泣いていたのを。…俺は、知ってる。
最初は、魘されてたんだ。あんまりにも辛そうに魘されて、…俺まで胸が締め付けられるような、哀しそうな声を、途切れ途切れに上げていた。…涙こそ出ていなかったけれど、それは嗚咽のような声で。その声は、段々と慟哭のようになっていった。
俺が、目を覚ましたのも、…きっとその声が聴こえたからだ。俺の誰よりも大好きなリジットさんが、苦しんで、哀しんでいるのが聴こえたから。まるで、喉から血を吐くような、辛くて、苦しそうで、…哀しい声で。
何の夢かは、分からない。でも、…そんなに辛そうなリジットさんを、俺が放っておけるはずなんてなかった。例え夢でも、リジットさんに、哀しそうな顔をして欲しくない。いつだってリジットさんには、笑っていて欲しい。幸せでいて欲しい。そして出来れば…その隣に、俺を置いて欲しい。いつでも。それが、夢の中だとしても。
だから、…思わず声を掛けた。居ても立っても居られなくて、『大丈夫?』って聞きながら、そのまま彼の身体を抱き締めたんだ。…そんな俺を、リジットさんが強い力で抱き返してくれて、それから。声を上げて、泣いた。
。 …初めてだった。リジットさんが、声をあげて泣くのを見たのは。『父さん』『母さん』、って、…彼が、そう呼ぶのを聞いたのも。そこで、…彼が、何の夢を見ているのかも、薄っすらと気づいた。
リジットさんが、涙を零すところは。俺が、…ロバストを授かったときに、一度だけ見た。けれどそれは、きっと、…喜びの涙で。リジットさんが、俺たちの子の誕生を、心から喜んで、慈しんでくれるからこその、涙で。
だから、…彼が、辛さや、苦しみや、哀しみを表に出すところを。俺が見たのは、きっと初めてだ。…ずっと、リジットさんはそういう気持ちを、自分の内側に抱え込んでしまっていたのだろうから。俺に、…心配をかけないように。周りに、そういう辛い気持ちが分からないように。だって彼は、とても優しいひとだから。
彼が、初めて俺に、ご両親の話を、…彼の過去の話を聞かせてくれた時ですら。リジットさんは、泣かなかった。俺のほうが、…泣いたら駄目なのに、それでも泣くのが抑えきれなくて、泣いてしまって。そんな俺を、…リジットさんのほうが、優しく抱き締めてくれた。まるで、俺を宥めるように。気遣うように。リジットさんのほうが、…俺が想像もできないほどに、辛い思いをしているだろうというのに。
本当は、俺が、俺こそがリジットさんに、そうしてあげたかった。彼を慰撫して、慈しんで、優しく抱き締めて。なんでもいいから、俺のできる全てで、彼の力になりたかった。俺の想いを、彼に伝えたかった。それなに…その時は、ただ、俺は泣くばかりで。リジットさんの胸の中で、ただ、彼にしがみついて、泣くことしか出来なかった。
だから、…だからこそ、彼に伝えたかったんだ。ご両親を呼んで、声をあげて泣く彼に。独りで抱え込んでいただろう、その苦しさを、哀しさを、…その孤独を。俺に、…見せてくれた、俺の彼に。少しでも、伝えたかった。
…いつでも、俺が傍に在るということを。俺が、彼の為になることを、…例え何も出来ないとしても。リジットさんを、独りにだけはしないって。何があろうとも、俺だけは、リジットさんから離れない、って。…俺がリジットさんを、誰よりも想っているということも。俺の持つこの想いを、決意を、その全てを、…彼に伝えたかった。
俺の身体を抱き締めるリジットさんの腕は、まるで小さな子がしがみつくようで。彼の鈍く伸びた爪先が、俺に食い込むほどに強くて。けれど、その力の強さが、…彼の哀しみを表してるように思えた。
そんな彼を、…抱き締めながら、こっそりと泣いて。でも、今度は泣くだけじゃなくて、…彼に呼び掛けた。『俺が、ずっとそばにいるよ』って。『もう、独りになんてしないよ』、って。
もう、リジットさんに哀しんで欲しくなかったんだ。辛い思いも、して欲しくなかった。俺の在る限り、リジットさんを独りになんてさせないから。俺の全部で、リジットさんを幸せにしてみせるから。そんな、彼を想う全てで、彼へと呼びかけた。どうか、夢の中の彼にまで、…この想いが伝わるようにと。
それが、…通じたのかな。夢の中の彼にまで、俺の言葉は伝わってくれたんだろうか。もしそうなら、…嬉しいな。そんなことを想いながら、彼の手をぎゅう、と握る。俺の隣を歩くリジットさんが、俺を見て、また眼を細めて笑ってくれた。…その顔に、心臓が弾むように跳ねると同時に。息が苦しくなるくらいに彼が愛おしくなって、…幸せで、泣きたくなった。
なんでだろう、もう幾度となく俺に笑いかけてくれてる顔なのに。俺は、もうこの顔を何度も見ているはず、なのに。見慣れる、なんて考えられないほどに、顔が熱くて、胸が苦しい。…まるで、初めて彼に笑いかけてもらったあの時のように。彼に、恋に落ちたあの瞬間のように。
そこまで想って、自分に笑ってしまった。なんだ、そうか。…だって俺は、あの瞬間から今でもずっと、彼に恋をし続けているんだもの。恋以上に大きくなって、愛よりももっと深いところまで。…言葉では、もう上手に言い表せないくらいに。俺は、彼を、想ってるんだもの。
頬が熱い。でもそれよりも更に、滲んでしまった目元が熱い。こっそりと、目元をぬぐう俺の頭を、…小さな手が、撫ぜるように触れる。
「まー、あー!」
見れば、…リジットさんに抱っこされてるロバストが。俺へと懸命に身を乗り出して、その小さな手で俺の頭に触れていた。その手が、触れている俺の髪を撫ぜるように動いていることに気づいて、…ますます涙腺が緩んでしまう。
「ロバスト、俺にいい子いい子してくれてるの?」
「あー!」
問いかけた声にも、少しだけ涙が滲んで。それを隠すように、ロバストを覗き込んで、その顔へ笑いかけた。そんな俺に、…まるで安心したかのように。ロバストが元気よく、両手を握って振り上げた。その顔は、いつも通りに元気で。けれどその顔は、成長を感じさせるように、しっかりとした眼差しで俺を、見ていた。リジットさんとお揃いの、涼やかで綺麗な琥珀色の眼に、…泣き笑いの俺の顔が映る。いつの間にか、俺に似た円い眼じゃなくて、その形もリジットさんそっくりになった、この子の眼。
まだ、こんなに小さいのに。…紛れもなく、この子は、俺を心配してくれていた。この子のお父さんと、俺の大好きな旦那さまと同じように、誠実で真っ直ぐな眼が、それを物語っているようで。…ああ、やっぱりこの子はお父さんに。この世界で、誰よりも格好良くて、凛々しくて、…誰よりも優しい俺の旦那さまに、…そっくりだ。そう感じるだけで、…どうしようもなく嬉しくて。喉奥で呟いた声は、まるで感嘆のように、こころに溶けた。
「そっか!…そっか、ありがとうロバスト」
更に泣き出しそうになるのを、誤魔化すように。少し大きな声でロバストに言って、その頭を撫ぜる。ロバストが、嬉しそうに声を上げて笑う顔に、目を細めながら。…繋いでいる手を、指を絡めるようにして、ぎゅう、と強く握った。
そんな、俺を。リジットさんが、やっぱり優しい眼で、見ていてくれて。…寝室に着いた後、ロバストをベッドに降ろしてから。俺を、その眼と同じに優しい力で。けれどぎゅう、って強く、抱き締めてくれた。
そのあたたかくて、力強い腕に、抱き締められながら。…誰よりも大好きな、俺の彼と。一緒に在られる幸福を噛み締めるように想って。俺も、彼の背に腕を回して、しがみつくように抱きついた。
今度のお休みには。すっごくふわふわで、大きなパンケーキを、彼の為に焼こう。
それを食べたリジットさんが、俺に優しく笑って、美味しい、って言ってくれる光景を、頭の中に思い描きながら。…大好きなぬくもりに顔を寄せて、蕩けるように目を、閉じた
Ad