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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【50】
きっと、俺は。自分の家族か、もしかしたらそれ以上に。自分の仕える主人一家を、とても身近に。…とても大事に思っているんだな、と改めて想った。
「あ」
不意に。俺の向かいで、通路の掃除をしている相棒が、顔を上げて声を漏らした。それにつられるように、俺も顔を上げて相棒を見遣る。
庭師兼門番の俺は、同じく庭師と門番を兼用している相棒と、二人一組で仕事をしている。今も、屋敷の入口から門までの、少々長い通路を箒でもって掃除中で。…そんな中で、同じく掃除をしているはずの相棒が、逆方向を向いて、呟いた。その声に顔を上げて、奴を見遣れば。見つめる、と言っても過言じゃ無い眼で、屋敷の入り口を見遣っていた。それに、俺もなんとなく屋敷へと眼をやって、…相棒の視線に、納得する。
屋敷から出てきたのは。…俺たちの主人であるリジット様と、その奥さまだった。リジット様の腕には、坊ちゃまであるロバスト様が収まっている。俺たちから見ても、旦那様によく似ている、お2人の、…俺たちの坊ちゃま。『きっと成長したら、更にリジット様に似てイケメンになるわよね!』とは、以前リジット様に恋をしていたメイドの弁だ。…まあ、それに異論はないが。
黒狼の獣人で、軍人。高身長で、漆黒の柔毛と、鋭い琥珀色の四白眼で。その上、あまり表情を変えないそのポーカーフェイスと、厳格で冷徹、と評されるその性格も相まって。近寄りがたい印象を、見る者に与えがちな、俺たちの主人。勿論、俺たちはそんな冷たい方じゃないと、知っているけれど。それでも、…やはりリジット様は、周りから敬遠されがちだった。
…そんな、我が主人の印象を。一気に崩したのが、あの方だと思う。低い背とふくよかに丸い体型、丸い目とふくふくとした頬が愛らしい、我が主人よりも10も年若い少年。基い、『奥さま』のフラフィーさまだ。彼の、幸せが詰まったように笑う顔は、きっと誰が見ても、目を奪われるに違いない。…俺らの主人が、そうだったように。
遠目からでもわかるくらいに、寄り添って歩く姿。坊ちゃまを抱っこしていないほうのリジット様の手と、奥さまの手が、…しっかりと重なっているのが分かって、ぐう、と喉奥でうめき声を漏らしてしまった。漆黒の獣毛を纏った主人の手と、それよりも一回りは小さい、ふっくらとした奥さまの手。…その手が、ひたりと重ねあわされて、指と指が絡むように繋がれていることにも。思わず羨望のため息を漏らしてしまえば、隣で相棒も、同じように息を吐いていて、思わず笑ってしまう。恋人のいない俺たちには、いつも仲の良い…言い換えればラブラブのお2人は、目に毒だ。…ああ、羨ましい!俺も、あんなふうに手をつなげる恋人がほしい!喉奥で叫ぶように漏らした声は、無事に俺の腹へと消えた。
こんな風に、お2人が並んで寄り添っているだけでも、幸せそうで堪らないというのに。坊ちゃまがご誕生してから、そのお姿には一層幸せさを増していた。今も、リジット様に抱っこをされて、耳も尻尾もご機嫌そうに揺らしている坊ちゃまと。それを見遣って、嬉しそうに笑っているフラフィーさまは、とても可愛らしくて。そんなお2人を、やっぱり笑って見守っているリジット様も、とても楽しそうだった。…なんだ!なんだこの幸福の具現みたいな光景は!
どうやら庭園へと向かわれるらしい。坊ちゃまは今、掴まり立ちをされるようになって、今にも自分で歩きたいくらいになっていらっしゃるから。もしかしたら、歩く練習をしに行くのかもしれない。屋敷の中も、坊ちゃまが危なくないように絨毯を厚く敷いたりしてはいるが。それでも床は固いから、転んだりしたら危ないだろう。それよりも、地面が土で芝も伸びて柔らかい庭園のほうが、もし何かあっても怪我の心配は少ない、…と、思う。きっとお2人もそう思っているから、庭園へと行くんだろうな。そんなことを考えながら、箒を動かす。…自然と、履く方向が庭園へと寄って行っているのはきっと気のせいだ。
そう、これはこれから庭園の手入れをしなくちゃからだし!坊ちゃまがお生まれになったときに植えた記念樹も、少しずつだけど成長してるから、その世話もしたいし!そんなことを言い訳のように思いながら、尚も俺たちの足は底辺へと向かう。
坊ちゃまがお生まれになったとき。リジット様とフラフィーさまは記念樹として、2本の木を庭園にを植えた。記念すべき、ロバスト様の誕生の記念樹として選ばれたのは、ブルーベリーの苗木だ。ブルーベリーは違う品種のものが2種類以上ないと実がつかないから、実がつくようにと。それから、父親と母親から、ということで、2本。
その苗木の買い付けから、植えるまで。光栄なことに、俺と相棒も同行させてもらえた。…まさか、苗木を買いに行くのに、使用人が主人と同じ馬車に乗るなんて、思ってなかったけどな!幾ら余裕で4人は乗れる広さがあるとはいえ、こんなことは今まで勤めていても、予想にもしていなくて、…死ぬかと思うくらいには緊張した。普段はそこそこ喋るのが好きな相棒も、まるで息を止めているような顔で黙っていたから、俺とどっこいだろう。
その馬車の中でも、…俺の主人と奥さまは、とても幸せそうだった。馬車の座席の構造上、真向かいに座らせてもらってる俺たちの、その目の前で。とても自然に、お互い凭れ寄り添いながら、仲睦まじく喋っている姿は、…ただ見ているだけで、こちらまで顔が緩んでしまうほどで。まだ、そこまでおなかの大きくなっていなかった奥さまが、それでも大切そうに、下腹部に手を添える様や。旦那様の膝の上で、やっぱり指を絡めて繋ぎあう手と手や。…そういった光景をすぐ近くで見られる幸運と幸福に、その時だけで何度、『庭師になってよかった…!』と脳内で両手を突き上げたか知れない。
その時に、俺たちにも話を振ってくださって。…そこで、記念樹にブルーベリーを選んだのがリジット様だという話も、聞いた。
ブルーベリーは、赤ん坊が生まれた時に植える木としては人気のもので、俺たちの周りでも、それを選ぶ人間は多い。そこまで大木にはならない小柄な木だが、庭に植えるにはこのくらいがいいという声もよく聞くし。花言葉も『実りのある人生』と、いい言葉だ。フラフィーさまは、花や樹もお好きだから、てっきりフラフィーさまがそういう花言葉を知っていて選んだのだろうと思っていたのだが。…ブルーベリーを選んだのは、リジット様というのを聞いて、少し驚いたものだ。
『いっぱい花言葉とか、どんな木なのかって、本で調べてくれたんだよ!俺も、一緒に調べたんだ』
あまりにも、俺たちは意外そうな顔をしていたのだろうか。フラフィーさまが、嬉しそうに笑いながら、そう言ってこっそりと教えてくれた。…そう言えば、一時期お2人が図書室や書庫に籠られていたことがあったな、とその時気づいた。そうか、あの時に、植物図鑑かなにかでいろいろ調べられていたのか。
そんな、俺たちの間抜け面にも、何も気を悪くした風もなく。少し照れたように、優しく眼を細めたリジット様が、フラフィーさまを柔らかく見つめる。そのあとで、俺たちを見遣って、少し笑った。…ああ、きっともし増あのメイドがここにいたら、きっと叫ぶを越して卒倒していたに違いない。そんな、優しさと力強さを湛えた、凛々しくも雄偉な笑顔。…もとからうちの主人はイケメンだと思っていたが、今までよりも更に格好良さを増していた。これは、リジット様が父親となられたからだろうか。思わず、同じ男としての羨望の息が漏れそうになって、それを慌てて喉奥で飲み込んだ。…ああ、こんな風に格好良い男になれたら、フラフィーさまみたいな愛らしくて柔らかくて優しい、愛おしい子を俺も娶れるんだろうか。前に相棒が言っていたようなことが頭を過って、そんな自分に脳内で頭を振る。
『スノーベルやオリーブもいいかと思ったのだがな。矢張り、この子には、たくさんの者と出会い、友人をつくり、そして…大事な誰かと巡り逢い、一緒に生きる伴侶を見つけてほしい。そんな願いを込めて、ブルーベリーにしたんだ』
そう、穏やかに柔らかな口調で言うリジット様の言葉。それを聞く、フラフィーさまの顔も、…今までと同じにふくふくと愛らしく。けれどやはり、その顔は母親のものだった。俺よりも年下なのに、まるで包み込むように慈愛に満ちた表情。あどけない幼さも色濃く残しながら、それでも、円熟した優しさに溢れた顔で、…幸福を詰め込んだように笑って、リジット様を見つめていた。そんなお2人を見ているだけで、何故だか泣きそうになったのをよく覚えている。…それを、興奮半分自慢半分で周りの奴らに話したら、本気でぶん殴られたことも。
そんな、俺の中で一際鮮やかなその思い出を、今日も脳裏に浮かべながら。庭園の入り口辺りまで、箒を動かしながら移動する。結果として、いつもよりも時間を掛けて掃除することになった通路は、いつも以上に綺麗になっていた。塵の一つもなくなった通路に、思わず相棒と顔を見合わせて笑ってしまう。…全く、俺らも現金なものだ。
そのまま、リジット様たちのお姿が見えるところで、腰を据えて掃除を再開した。まだ小さな苗木のブルーベリーも、徐々に成長しているのが眼に入って、自然と口角が上がった。勿論、あの苗木だけは毎日様子を見ているが、それでも元気に日々大きくなる姿を見るのは、楽しいものだ。この木は、 坊ちゃまと同じ年になるのだから、猶更。
もうすっかりと春の装いになりつつある庭園の。その芝生をの上を、…我が主人一家が歩いている。やっぱり、ロバスト坊ちゃまの歩く練習も兼ねていたらしい。てとてとと、そんな足音が聞こえてきそうな足取りで。リジット様とフラフィーさまと手を繋ぎながら、坊ちゃまが庭園を楽しそうに歩いていた。まだ、その足取りは頼りなく、時折倒れかけてはお2人が支える。けれど、その様はとても楽しそうで、嬉しそうで。…それを見ている俺たちの顔も、やっぱり緩んでいた。箒を動かす手も止まりがちで、お互い気づいては掃除を促しあう。
「坊ちゃまも、大きくなられたよな」
「ほんとになー」
ざかざかと、箒を動かしながら。誰にともなく言う相棒に、俺も、地面を見遣って相槌を打つ。
獣人の子は、人間よりも成長速度が速い、とは聞いていた。でも、それを目の当たりにしたのは、俺はロバスト坊ちゃまが勿論初めてで。その成長の速さに、毎日密かに驚いているといっても過言ではない。…まだ生まれて半年足らずだというのに、もうあんなに元気よく動くようになられるとは!
「お生まれになったときは、あんなに小さかったのになぁ」
「ほんとになぁ」
しみじみと口にする相棒に、繰り返した相槌は、…やっぱり感慨深いものになる。俺たちはただの使用人だというのに、これじゃまるであの2人の親戚か何かのようだ。それだけ、…旦那様と奥さまが、俺たちを親身に扱ってくれているということなのだろう。少なくとも、ここに勤める前は、主人宅の誰が婚姻しようが子が生まれようが、どうでもよかった。…あんな風に、ご懐妊を知らされて、感動で涙ぐむなんて、考えられなかった。それが。
「ご懐妊の時さぁ、お前泣いてただろ」
「お前もな」
そう軽口をたたきあいながら、相棒の言葉を否定することなく眼だけで笑う。…本当に、あの夜は言葉通りのお祭り騒ぎだった。フラフィーさまが、…リジット様のお子を授かった、と聞いたとき。一番に、歓喜の声を上げたのは、誰だったのだろうか。あのメイドの声のような気もするし、相棒のような気もする。いつもは冷静な一番年上のメイドも歓声を上げていたし、…かくいう俺も、無意識に叫んでいた。思い切り相棒の背を叩いてもいたらしく、後で俺の手形がついた背を見せられて、流石に平謝りした。…そんな勢いで叩いていたとは。
あの時に、…喜んでいない使用人が一人でもいただろうか。いつも穏やかで、あまり大声を上げたりしない馬丁も、あの日ばかりは両腕を上げて喜んでいたし。一部のメイドたちは嬉しさのあまりに号泣レベルで泣いていた。俺も、…まあ相棒の軽口を否定しなかったところで、お察しだろう。そういうコイツも、笑いながらもこっそりと涙ぐんでいたのを俺は知ってる。
その次の日からだっただろうか。屋敷が、ご懐妊一色になったのは。メイドたちはみんなで一斉に妊娠時の食事のレシピを調べだしたし、階段には滑らないようにと滑り止めがつけられた。馬丁が、馬たちの手入れをしながら嬉しそうにそれを語っているのも、幾度となく聞いたりもした。…だからだろうか、この屋敷の馬たちは、皆ロバスト様を見ると、尻尾を揺らしたり、時には後ろ足を蹴り上げるしぐさをしたりする。それを初めて見たときは、ロバスト様を威嚇でもしてるのかと慌てたものだが、馬丁曰く『尾を振るのはもちろん、後ろ足で蹴る仕草も嬉しさの表れ』なんだそうだ。要は、ロバスト様を好きなんだと。それを聞いて、笑ってしまった。きっと、…馬丁がどれだけお2人の子のご誕生を楽しみにしてるのか、それを馬たちに話していたから。馬丁のことが好きな馬たちも、逢う前からロバスト様に懐いているのだろう。やっぱり、好きなひとが好きなものは、自分も好きになるもんだからな。それはきっと、人間だろうが馬だろうが関係なく、そうなんだろう。
たった数か月前のことを、懐かしく思い返しながら。箒を動かしつつ主人一家をこっそりと見遣る。そんな俺たちの目線上で、歩くのに飽きたのか疲れたのか、坊ちゃまがお2人に向かってぱたぱたと手を振る。そんな坊ちゃまに、笑いながらフラフィーさまが腕を伸ばして。…それを、リジット様が遮った。そのまま、不思議そうにリジット様を見遣るフラフィーさまの前で。リジット様が、坊ちゃまに腕を伸ばした。そして。
「…おお」
隣から聴こえた、感嘆のような声が耳を掠めた。もしかしたら、俺も同じ声を上げていたかもしれない。
俺たちの盗み見ている前で。リジット様が、坊ちゃまを肩車していた。黒色の獣毛が、日に当たってあたたかそうに風になびく。リジット様に肩車をされて、坊ちゃまはとても嬉しそうにはしゃいでいた。ぱたぱたと、勢いよく動く尻尾が微笑ましい。それを見遣って、幸せそうに笑うフラフィーさまも、…とても可愛かった。その笑顔に、…見惚れてしまったことは、例え相棒にも絶対秘密にしておこう。
坊ちゃまの小さな身体を支えるように手を置きながら、もう片方の手で、リジット様がフラフィーさまの手を握る。そうして、奥さまを見つめてその眼を細める我が主人の顔は、…思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどに優しく、格好よく。そんなリジット様に、嬉しそうにはにかんで、その円い目をぎゅう、と細めるフラフィーさまも、…蕩けるほどに愛らしかった。
眼を奪われるように、その光景に暫し、見入って。それから、隣の相棒と同時に吐いたため息は、羨望と憧憬が入り混じって、空へと消える。
ああ、俺も恋人欲しい。この主人たちを見るたびに、もはや口癖のように口から洩れる言葉を、今日も漏らして。隣の相棒と、視線を交わして小さく笑った。
(もう、幾度空に願ったか知れない。でも、願わずにはいられない)
俺にもいつか、…あんな風に。優しく見つめあって、笑いあえるような。愛おしくて堪らないと、その眼からでも伝わるほどに愛しく想えるような。…そんな恋人が、どうかできますように!
「…さっきの光景、あとでメイドにでも自慢するか」
「お前、また殴られるぞ」
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