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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【53】

  『ぼくのおとうさんは、世界一かっこいい!』

  がらがらと、車輪が回る音を聴きながら。窓から、薄い藍色に染まりゆく光景を見遣る。…もうすぐ、うちだ。

  込み上げてくる笑みは、もう隠さない。毎日のことだというのに、家で待っている俺の愛おしい家族のことを想うと、今日も胸が逸って仕方がない。きっと、エントランスでは外す暇がないだろうと、はめたままだった手袋を馬車のなかで外した。これも、最近のルーティーンだ。

  車輪の音が、段々と遅くなっていく。窓の外の景色は、見慣れた屋敷だ。軽い振動と共に馬車が止まって、何拍か置いてから馬車の戸が開く。待ちきれないように立ち上がって、馬丁に礼を言いながら馬車の階段を下りた。ともすれば駆けだしそうになる足を押さえて、歩を進める。…それでも、早歩きになるのは止められない。

  エントランスの、この大きな屋敷に相応しい仰々しく厚いドアに手を掛けて、ゆっくりと開けた。なかからあふれ出るような光に、自然と眼が細まる。ドアが開ききる前に、小さな足音がこちらへと駆けてくるのが耳に響いて、口端が上がる。ぱたぱたと軽く騒がしく、愛おしい足音。

  「おとうさん、おかえりなさい!」

  薄い茶色と黒の混ざった小さな身体が、軽い衝撃と共に、俺の足へと抱き着いてくる。そのまま抱き上げて、俺の左腕に乗せるように抱えた。まだ小さな身体は、俺の片腕だけでも充分に抱えられる。…これが、あと一年もしたら片腕では抱き上げられなくなるのだから。子供の成長と言うのは、早いものだ。

  そんなことを感慨深く想いながら、右手でその小さな頭を撫ぜる。それだけで、腕の中の俺の次男が、眼を細めて嬉しそうに笑った。今よりももっと小さかった時は、俺の可愛い妻に似た円い眼だったが、成長するにつれ、俺にも似てきた。今は、俺の鋭利な眼とあの子の円い目を合わせたような、少し丸めのアーモンド形になっている。そして、その眼は、…何より俺の父親に似ていた。

  「ただいま、アレク。いい子にしてたか?」

  「うん!」

  俺の問いかけに、その顔が勢い良く頷いた。同じ目線になったアレクの、その濃い茶色の眼の中に俺が映っている。…眼の色も、俺の父親と同じだということに、今日も胸の奥がじわりと暖かくなるのを感じた。

  俺たちの次男は、この間3歳になったばかりだ。人間の子に合わせると、4歳から5歳、といったところだろうか。同じ頃のロバストに比べたら、身体も少し小さく穏やかな子だが、矢張りまだまだやんちゃな一面も持っている。…と言うよりも、ロバストの幼い頃が活発過ぎたのだろうか。そういうところもあの子は俺にそっくりだったのか、…両親に聞いてみたかったな、と、小さく笑った。

  こんな風に、…両親のことを、心穏やかに想い出せるようになって、大分経った。俺の誰よりも愛おしいあの子が、俺の過去を受け止めてくれてから。夢のなかで、あの時の俺を救ってくれてから。…罅割れて粉々に打ち砕かれていた俺の過去は、段々と形を取り戻していった。俺の父の穏やかな笑顔も、俺の母の凛々しい表情も、今では鮮やかに想い出せる。そのたびに、俺のなかに喜びと、…あの子への愛情が、溢れていくようだった。

  きっと、…父さんも母さんも、フラフィーを見たら一目で気に入るだろう。母さんなどは、俺の肩を力強く叩いて、『よくやった!』と笑うかもしれない。なんたって、俺の両親なのだから。そう想うと、自然と顔に笑みが浮かぶ。この想像は、…きっと間違っていない。確信のように、そう信じられた。

  アレクを左腕で抱き上げたまま、前を向く。そんな俺の眼に、俺の誰よりも愛おしい妻が、俺たちの娘を抱っこして、俺に優しく笑っている姿が映る。その顔は、…どれだけ時が経とうとも、俺の焦がれて堪らない、幸福を詰め込んだような笑顔で。その笑顔を眼に映すだけで、…初めてこの子と逢った日と同じように、俺の心臓は、弾むように大きく高鳴った。

  その腕のなかでは、もうすぐ2歳になる俺たちの娘が、フラフィーによく似たふっくらとした頬で、楽しそうに笑っていた。いつかに見た夢と同じに、…ジーニャと名付けた、俺たちの娘。俺たちの子の中では初めての、人間の血が色濃く出た子だ。その身体には獣の耳も尻尾もなく、手のひらの肉球もない。すべすべとした膚に、可愛らしい大きな円い目。ふくふくとした体型もあって、本当にフラフィーにそっくりだ。

  この子は、人間の血が濃い為か、成長も人間の子と大差がない。生まれる時こそ、他の息子たちと同じように、人間の子よりも早い期間で出産となったのだが。その後の成長は、ほかの2人よりも大分ゆっくりだ。それもあってだろうか、上の2人はこの末の妹が可愛くて仕方がないらしい。まるで奪い合うように、この子を抱っこしたり構ったり、ひと時も傍を離れないんだと、フラフィーが幸せそうに笑いながら俺に話してくれた。それは夜も同じで、…おかげで、俺がジーニャと触れ合える時間は、息子たちが風呂に行っている時か、先に眠ってしまった時くらいしかないのだが。それは逆に、俺の誰よりも可愛い妻を、…俺が独占できると言うことに他ならない。俺の愛しいこの子を腕に抱きながら、子どもたちが3人で、楽しそうにじゃれ合っているのを見るのが、俺の今の至福の一つだ。

  そんな俺の妻と娘の隣で、年追うごとに、ますます俺にそっくりになってきている長男も。俺と同じ琥珀色の眼を、照れくさそうに揺らしながら、俺を見つめていた。そんなロバストに、口角を上げながら、手招きをすれば。口の端を笑うように緩めながら、素直に俺へと近づいてくる。もうロバストは、俺でも片手で抱き上げるのが無理なほどに、身長も高く成長していた。…両手を後ろに回しているのは、揺れる尻尾を押さえる為だろうか。そんなロバストに喉奥で小さく笑いながら、俺の傍らで立ち止まったその黒色の頭に、手招いていた右手を伸ばした。

  

  「ロバストもただいま。学校はどうだった?」

  「…おかえりなさい、おとうさん。今日も楽しかったよ」

  そう問いかけながら、伸ばした手で頭を撫ぜた。そうすると、面映ゆげに眼を細めたロバストが、それでも俺を見上げて口端を上げる。その口から出てきた『楽しい』の言葉に、俺も眼を細めて長男を見遣った。

  ロバストは、昨年の秋に、俺の士官先でもある軍事施設の中にある、獣人の子の為の学校へと入学していた。俺たちのような獣人は、この国ではほとんどが軍に属する。そういう獣人に子が生まれれば、大方が、親と同じ道を歩むことになる。勿論それは強制ではないが、親の背を見て育つからだろうか。俺の知る限りでは、家族がいる獣人の子は、年を迎えれば大体が軍への士官を希望していた。

  そういう背景もあるのだろうか。まだ幼いうちから、そういう獣人の子を集めて、勉強や絆を深める場所として学校が用意されていた。これから長い時間を共に過ごす仲間になるのだから、幼いうちから同じ時間を過ごさせて、その仲を深めようということらしい。

  こういう学校は、俺が育ったような山奥の村にはほとんどなく、フラフィーのような貴族も通うことはないらしい。貴族の子どもは、大概が家庭教師のような個人教師を雇うのだそうだ。思えば俺も、親に読み書きや計算を習った。だから、学校と言う場所は、俺もフラフィーも経験したことがないが、…ロバストが言うのならば、きっと楽しいのだろう。まだ幼いからだろうか、肉食獣人として敬遠されることもないようで。…それだけで、俺は安堵していた。この子には、俺の子どもたちには、…俺と同じ思いなど、させたくない。いや、絶対に俺が、させない。それは、…この長男が生まれたときから、俺が決意していることの一つだ。

  この子がアレクと同じ年の頃は、やんちゃで元気が有り余っていたようだったが。学校に通うようになってから、ロバストのそのやんちゃぶりは少し鳴りを潜めたようだ。元気ではあるがしっかりとして、やけに大人びて…というか、格好もつけるようになっていた。どうやら『学校ではクールで格好良い獣人少年』を目指しているらしい。フラフィーからそう聞いて、思わず笑ってしまった。

  『お父さんみたいに、格好良くなりたいんだって』

  ロバストが、学校に入って暫くした頃に。俺にそう教えてくれた、あの子の優しい声を思い出す。

  その頃から、俺たちと子どもたちの寝室は別々にしていた。最初は、別で寝るのはロバストとアレクだけで、まだ小さなジーニャは俺たちと同じ寝室、と思っていたのだが。妹が大好きなこの2人の兄が、『ジーニャも俺たちと同じ部屋!』と言い張って譲らなかった。そこで、試しに子どもたちだけで寝かせてみたところ、俺たちが驚くほどに兄2人が妹の面倒を見てくれていたものだから、…2人の兄の希望通りに、子どもたち3人とも、同じ寝室で寝かせることになったのだ。

  その結果、というか、そのおかげというか。子供たちが生まれる前のように、この寝室はまた、俺たちだけとなった。子どもたちと一緒の時も、勿論とてもあたたかく、幸せだったが。こうやって、俺の妻を独占して、腕に抱いて眠るひと時も、俺にとっては何よりも幸福だ。

  

  そんな、2人きりの寝室で。他には誰も、当のロバストもいないと言うのに、俺の耳に口を近づけて。まるで内緒話のように、そう俺に囁いてきた、愛らしく優しい声。それを聞いて、照れくさいような、擽ったいような、面映ゆい気持ちになったことも、…よく覚えている。きっと、あの時の俺も、…今のロバストのような顔をしていたんだろう。まさか、この子の眼に、…俺が格好良く映っているとは。そんなことを、内心で眼を見張りながら聞いていた俺に。

  『学校でね、軍の中を歩かせてもらう授業があったんだって。そのときにね、リジットさんが隊のひとたちを指導してるところを見かけたらしくて、すごくかっこよかった!おかあさんの言うとおりだね、おとうさんは世界一かっこいい!って興奮してたんだよ』

  でも、これはお父さんには内緒、って言われてるから、リジットさんも内緒にしてね?そんな風に話を結んだフラフィーが、幼い仕草で、人差し指を口に押し当てる。幾つになろうとも、そんな愛らしい仕草がよく似合う、俺の誰よりも可愛い妻に。分かった、と頷きながら、その柔らかな身体に、腕を伸ばして抱きしめた。

  そんなことを、照れくささと面映ゆさを以て思い返しながら。…この長男の眼には、俺がそう映っているのかと、噛み締めるように、再度思った。『お父さんのように格好良くなりたい』。そんな風に、…俺が息子から、思ってもらえる日が来るとは。

  くしゃり、と、俺の手のひらで、毛並みまで俺によく似た獣毛が波打った。俺にされるがままに、頭を撫ぜられているその顔は。幼児だった頃の面影を残しつつも、着実に大人へと近づいていた。俺が格好良いかどうかはともかく、このまま、俺に似た狼獣人になることは間違いないだろう。…それを、この長男も望んでいるのだと思うと、ますます胸が擽ったくなった。

  

  アレクを左手に抱え、右手をロバストの背に回しながら。…ゆっくりと、俺の妻の元へと歩いていく。フラフィーのほうも、にこにこと幸せそうに笑って、小走りで俺のほうへと駆けて来てくれていた。…そういうところも、婚姻したころから変わらないな、と顔が緩んだ。…本当に、俺の妻は、あの頃から変わることなく。俺に限りないほどの愛を、与え、注いでくれている。

  

  「おかえりなさい、リジットさん」

  「ああ、ただいま」

  柔らかく、優しい声が俺を呼んだ。それに、俺も眼を細めて応えれば。…会得しているように、ロバストが俺の右手から離れてフラフィーの隣へと位置を変える。そんな、いつの間にか機転の利くようになった長男に笑いながら。空いた右手を、躊躇うことなくフラフィーに伸ばした。…全く、いつから俺たちの最初の子は、こんな気を利かせる子になったのか。

  成人を迎えても、俺の妻は前と変わらず、とても愛らしい。傍から見たら、3人の子を持つ母だとはとても見えないだろう。まだ幼さを残した顔はふっくらと柔らかく、それでいて包み込むような慈愛に満ちていた。

  そんな柔らかな頬に指を這わせて、ゆっくりと沈めた。それだけで、…そのふっくらとした愛らしい頬が、火を灯したように赤に染まる。俺の指に、くすぐったそうに。それでいて、酷く幸せそうにはにかむその顔は、とても可愛らしく、…どこか扇情的に、俺に映った。

  そのまま誘われるように、仄赤く柔らかな唇に、自分の口を寄せる。目元まで、仄りと赤に染まったその円い目が、ゆっくりと閉じられることに、心臓が高鳴った。…もう数えきれないほどには、口づけを交わしてきたというのに。この子と触れ合うたびに高鳴る心臓は、どれだけ時が経とうとも変わらない。そんな自分がおかしくも、…嫌いではなかった。今まで、自分の存在すら疎み、厭ってきた俺が。…この子に出逢って、少しずつ、自分を認め、愛せるようになってきている。それは、…きっとこの子が、溢れるほどの愛情で、いつも俺を包んでくれているからだと、…俺は知っていた。それが、どれほどの幸福であるかと言うことも。

  ちゅ、という微かな音が、辺りに響く。指先の肉球越しにも、フラフィー頬の熱が上がるのを感じて、人知れず口角を緩めた。止まれなくなる前に、重ねるだけのキスで留めて、顔を離す。仄りと上気した頬で、恥じらうように目を伏せたフラフィーが、…それでも幸せそうに、俺に笑う。そんな、誰よりも愛おしい俺の妻に、…俺も笑って。胸に抱く俺たちの娘ごと、その柔らかな身体を抱きしめた。

  「あー!おれも!」

  途端に。俺の左腕から、そんな声がエントランスに響く。それに、驚きつつも笑いながら、その声の主を見遣れば。その丸めのアーモンド形をした眼を、大きく見開いた、俺たちの次男が。

  「おとうさんとおかあさんがちゅーした!おれもー!」

  

  尚もそう、大きな声でそんなことを口にするものだから。…思わず、俺とフラフィーで、視線を合わせて、…それから、大きく笑い合った。

  (そのあとで。アレクの両頬に、俺たちでキスをしてやると。まだ幼い俺たちの次男は大層喜んで。…同じことを長男にもしようとすると、『クールで格好良い獣人少年』を目指す息子からは、真っ赤になって嫌がられた。これも、成長と言う奴だろうかと、嬉しく思いながらも、…少し残念に思ったのは、俺とフラフィーだけの秘密だろう)

  

  

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