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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【54.5】
ハンデットのいる軍事施設を外から見てたら。犬獣人の門兵さんに、その中へと連れていかれた日。
俺の家の店は、夜の7時には終わる。俺の家は揚げ物屋だから、一番混むのはやっぱり夕方で。みんなが夕飯にする頃には、店内のお客さんも、新しく来るお客さんもいなくなるからだ。
だから今日も、父さんと母さんが店じまいをするのを手伝って。床を箒で掃いたり、椅子を拭いたりと、主に厨房外の片づけを引き受けていた。厨房の片づけは父さんだし、お金の計算は母さんの仕事だって決まってるから。
「シイス、外の看板を仕舞ってきてくれるかい?」
「はーい」
今も、今日の売り上げを計算していた母さんからそう頼まれて。入り口に置いてある看板を仕舞おうと、ドアを開ける。看板と言っても、木製で、うちの店の名前が書いてあるだけのシンプルなものだ。本当は、吊り下げ式の看板とかが良かったらしいんだけど、それはお金がかかるってことで諦めた、らしい。いつかうちの看板を、吊り下げ式の看板にすることが、父さんと母さんの夢だ。勿論、俺も。
そんなに大きくはない看板だけど、木製だからそこそこ重い。折りたたんで、よっ、と掛け声を掛けながら持ち上げかけて。…もう暗い裏路地の、その一角に、人影を見つけて手を止めた。暗い中に、更に黒く見える人影。…なんだろう。目を見開いてから、ぎゅう、と眇める。暗い中だと、目を見開くのと細めるの、どっちが見えやすいんだろう。そんなことを考えながら目を開け細めしている俺は、まるで百面相でもしてるようだったのだろうか。…その人影が、可笑しそうに吹き出した。その声で、その姿が誰だか、一瞬で知れる。
「え、ハンデット!?」
その名前が、口から飛び出るが早いか、俺の手は看板をその場に置きなおして、足が彼へと自然に駆ける。近寄ったハンデットの顔は、まるでしまった、とでも言いたそうに、顰められていた。気まずそうな、困ったような顔で、眼を眇めて俺を見遣る。少し緑がかっているような金色の眼が、暗がりで綺麗に輝いて見えた。
「あれ、どうしたの?今日休み…なわけないよね、だって昼間に訓練見せてもらったもんね!」
言いながら、昼間のことを思い出す。今日、たまたま王城の近くに揚げ物の配達を頼まれて。その帰りに、足を延ばして軍事施設の前まで向かった。別に、そうするのはこれが初めてじゃなくて、ハンデットと恋人になったときから、機会があれば見に行ってる。そう数は多くないけど、少なくとも季節に一度はあるんだ、この地域から配達を頼まれるのって。
勿論、中に入れるとかハンデットに逢えるとか、そんなこと思った訳じゃなくて。第一王城も軍事施設も、高い塀に囲まれて、どちらも入り口には門兵がいるし。当然だけど。ただ、外から、ここがハンデットのいる軍事施設かあ、と見たいだけだし、それだけで充分だった。まあ、俺がそんなことしてるってハンデットにばれたら、すっごく照れるか、仮にも軍事施設だからあんまり近寄るなって叱られるかな、って思ったから、彼には言ってなかったんだけど。やっぱり王城のすぐ傍だし、軍事の施設だし、あんまり一般の市民が近づいていい場所じゃないだろうしね。
いやでも、訓練してるハンデットは格好良かった!思い出すだけで頬が緩む。せいえい師団とは、精鋭師団と書くのだそうだ。その名の通りに、少数精鋭で、軍の中でも戦う能力に特化している人たちが所属している師団なんだと、俺を案内してくれた黒狼の軍人さんが言っていた。それだけ、能力を買われているのだと言うことも。
だから、一番実技訓練も多いそうで、現に、案内してもらった時、ハンデットや同じ精鋭師団のひとなんだろう獣人さんたちが、剣を使って戦っていた。それも、みんな同じ剣というわけじゃなくて、細くて片手で持てる剣や、大きくて両手で持っている剣とか、長い槍とか、色々。ハンデットは大きな剣だった。どのくらい大きいんだろう、でもハンデットの胸くらいまではある気がする。刃も長くて、重そうで、それでもあれを難なく扱っているハンデットに、思わず見惚れてしまった。はー格好良い!
「いやー、でも訓練してるハンデットはほんとにかっこよかったよ!あれは惚れ直すね!やっぱり俺、ハンデットのこと大好きだなって想ったよね!」
思わず手を握り込みながら、当のハンデットに向かって力説する。ハンデットは割と照れ屋だから、俺がこういうことを言うのを嫌がるんだけど。俺は、好きな人に好きって言いたい方だと、ハンデットを好きになって初めて自覚したので、遠慮なく口にすることにしている。そうすると、そのふかふかで真っ黒の短毛すら赤く見えるくらいに照れて、『そういうことを軽々しく言うな!』って、髪をぐしゃぐしゃに掻き撫ぜられながら怒られるんだけど。そんなハンデットを見ることすら嬉しくって、俺は何度でもハンデットを好きだって口にする。
だから、今日も。『またお前は!』って、照れ隠しのように髪を乱暴に撫ぜられることを期待したんだけど。…予想に反して、ハンデットは俺の言葉に、照れなかった。緑がかった金色の眼を、…どこか苦しそうに眇めて、ただ俺を見つめる。
「…どしたの」
何か変だ、とこの時気づいた。そう言えば、夜に来てくれるのも、初めてだし。…ハンデットの服装は、軍服だ。少し黒みがかった青色の軍服は、昼間に見たハンデットの服装と全く一緒で。もしかして、今日の軍での仕事が終わってから、直ぐに来てくれたんだろうか。そう思うと嬉しいはずなのに、…ハンデットの様子に、胸のなかで、いやな予感が膨らんでいく。
え。…え、まさか別れ話とかじゃないよね?俺が、今日軍事施設のなかに入ったから?ハンデットの訓練を見たから?え、それはそんなに駄目なことだった?今日の行動を思い返しながらも、いやな予感は止まらない。心臓まで、いやな感じにどくどくと鳴り出して、息が詰まるように苦しくなった。
彼が、…意を決したように、ゆっくりと口を開いた。無意識に、心臓を掴むように、服ごとぎゅう、とこぶしを握った。ふにふにと柔らかい胸肉に、爪が食い込んで少し痛い。でもそれどころじゃない。まるで、死刑宣告でも聞くように、その口が言葉を紡ぐのを待つ。いやだ、いやだ、別れるのなんて嫌だ!
「…お前、あのひとのこと、どう思った?」
ほとんど泣きそうになっていた俺の耳に、流れ込んできたその言葉。それに、…一瞬固まってから、頭に疑問符が浮かぶ。あのひと?
「え、だ、だれ?」
未だに、心臓がどくどく言っていて、言葉が掠れてつっかえた。ここから、どこに話が転がるのか。まだどんな話なのか分からなくて、身構えたままの俺に。…ハンデットが、目線を少し逸らしながら、言葉を続ける。
「あのひとだ、…その、今日の昼、お前を連れてきたあのひと」
それに、頭にようやく浮かんだのは。俺を、ハンデットの元まで案内してくれた、黒狼の軍人さんの姿だった、背が高くて、あ、でもハンデットよりは少し低いかな?黒い軍服を着ていて、俺に奥さんの惚気話をたくさん聞かせてくれた、面白い軍人さん。
なんだ、あのひとの話か。と言うことは、別れ話とかじゃない?一気にほっとして、強張っていた身体から力が抜けた。ああ、良かった!もー、なんだ良かった!そんな重大な話の雰囲気で振ってくるんだもの、何かと思った!
「ああ、あの面白い狼の軍人さん!」
緊張の反転で、テンションまで上がってしまって。笑顔で頷くと、ハンデットが眼を眇めながら、俺を見遣った。その眼は、…何故だか苦しそうなままだ。あれ、なんでだろう?疑問に思ったけど、彼の次の問いに、俺の思考はそっちへ向かった。
「…面白い?」
「え、だってすごいよ、奥さんのことすっごい惚気てきて、俺びっくりしたもん。あんなにクールで格好良い感じなのに、話し始めたらずっと奥さんが可愛い可愛いって言ってて、しかも惚気てることに気づいてないっぽくて、あーほんとに奥さん好きなんだなー、って!最初はすごく偉い人が来たって思って、絶対怒られるんだって緊張してたけど、全然怒られなくって、俺に謝ってくれて。それでずっと奥さんのこと大好きって話してて、俺、一気に緊張解けたもん。あんな軍人さん、いるんだねー」
ハンデットの言葉に、テンションの上がったまま、あの軍人さんのことを思い出しながら話した。…ほんとに、面白いひとだったなあ。最初見た時は絶対怒られる!って思うような、ちょっと怖い感じのひとだったけど。話し始めたら、自分の奥さんがすごく可愛いって内容で。俺と似てるって言ってたけど、あれは『自分の奥さんのほうがずっと可愛いけど』って言ってたよね。ほんと、奥さんが大好きなんだなあ。思い出しながらも、また口が緩んでしまう。あ、そうだ。
「ハンデットのことも知ってたよ。俺が、ハンデットの恋人なんです!って言ったら、そうか、って笑ってた。いいひとだなーって思ったよ」
そう続けると、ハンデットもそうか、って頷いた。でも、それは嬉しそうな感じじゃなくて、もっと、…なんだろう、重苦しい。いつもは、綺麗に透き通っているような緑がかった金色の眼が、…今は、何故だか昏く見えた。
「…それだけか?」
「うん?」
ハンデットが、俯いて、小さな声でそう言った。まるで搾り出すような声に、一瞬聞き取れなくて、相槌で聞き返す。ハンデットが、睨むように眼を眇めて、俺を見た。…睨んでいるというよりは、まるで泣きそうなのを堪えている子どもみたいな眼。
「正直に言っていいぞ。…いや、言ってくれ。本当にそれだけか?ほかにも、…思ったんじゃねえのか」
「うん?なにを?」
握りしめた、ハンデットのこぶしが震えている。え。なに、どしたの、この重い空気は一体。ハンデットと出逢ってから3年、俺がハンデットに好きだ好きだって言って怒られることは数えきれないほどあっても、喧嘩とかはしたことがない。ましてや、こんな雰囲気になることなんて。しかも理由が分からない。…困った、どうしよう。無意識に首を傾げながら、ハンデットを見上げる。ハンデットの眼は、…下を向くように俯かれていて、俺と目線が合わない。
「だから、…俺より格好良いとか。お前が、あのひとを、…好きだとか」
喉奥から搾り出すように、小さな声。その声で言われた言葉に、…びっくりした。そりゃもう、一瞬声も出ないくらいには、びっくりした。多分、俺の顔は今、目も口も円い。なんだっけ、埴輪?きっと今、俺はそんな顔をしてる。ってか、はあ!?何が!?なんで!?怒るより何より、仰天が先に来てしまって、ただぽかんとハンデットを見つめてしまった。いったい全体、何がどうしてそんな話に!?
「分かってんだ、俺よりも、あのひとのほうが格好良くて。お前も、…あっちのがいいんだろうな、とか」
いや、ハンデットのほうがかっこいいじゃん。何言ってんのコイツ。言われた言葉で、一番に思い浮かんだのは、そんなことだった。え、なに、コイツは俺がどんだけハンデットのこと好きか、あれだけ好きだ好きだ言ってるのに信じてないの?あっちのがいいってなに?俺が、あの狼の軍人さんのこと、いいなって思ったって思ってんの?しばらくぽかんとしてから、ふつふつと怒りがわいてくる。え、なんなの!?お前この、俺がどんだけお前を好きか思い知れよ!もうお前とか言っちゃうけど!
頭に一気に血が上って、それから一気に下がっていくみたいだった。俺も、手をぎゅーって握りしめてから。俯いてるハンデットに向かって大きく一歩、踏み出した。そのまま背伸びをして、両手で彼の、…奴の襟首をつかんで、ぐうって俺へと引き下げる。驚いたように、ハンデットの眼が見開かれて。…それを見据えながら、目も閉じずにハンデットの口へと、自分の口を押し付けた。ごちん、って、音が聞こえるくらいの勢いで、額がぶつかる。押し当てたハンデットの口が、痛て、って言うように動くのが分かった。色気もへったくれもないキス。それでも、押し当てた口は、…あったかい。
「っお前のほうが、ていうかお前しか好きじゃないに決まってんじゃん!ばかなの?ていうかばかだ、ばかなんだな!?ばーか!」
口を離して、開口一番。もう、ご近所迷惑とかも考えずに。至近距離、大声で彼に向かって怒鳴りつける。緑がかった金色の眼が、きっとさっきの俺と同じように、ぽかんと見開かれていた。その口が動く前に、俺が言いたい言葉を全部言おうと、更に口を大きく開く。
「俺がこんっだけお前のこと好きだ好きだって言ってて、よくそんなこと言えたな!よーし分かった、それならこれからもっと言ってやる!ハンデットがやめろって言っても言ってやるからな、覚悟しとけ!」
がくがくと襟首を揺らしながら、尚も怒鳴るように言葉を続ける。口が悪いって?そんなの仕方ない、この国に来る前は、山奥の田舎で生まれ育ったんだもの。そこでも父さんの働いてた食堂の手伝いしてたし、そこのひとたちはみんなのんびりしてたけど口調は荒かったし。うちの母さんだって、怒ったらこんな口調になるわ!
そんな俺に。ハンデットは、俺にされるがまま、ただ驚いたように俺を見つめていた。その眼は、…もう、眇められてなかった。泣き出しそうな子どもみたいな眼も、してなかった。そのことに、…怒った頭の片隅で、安堵する。ああ、良かった。
それでも、俺の中での怒りは収まらなくて。襟首から手を放して、そのままぎゅう、とハンデットの頬を、抓るように掴む。ふかふかの獣毛に阻まれて、きっとそんなに痛くないだろう。でも。…俺の想いを、思い知れ!
「俺が好きなのは、ハンデットだから!あの狼の軍人さんがどうだろうが、俺が好きなのは、ハンデットだから!他の奴なんて目に入んないくらい、ハンデットしか好きじゃないんだからね!」
ぎゅうううう、と、両頬を掴む指に、尚も力を込めながら。大声でそう、宣誓する。ぽかん、と見開かれたままだったハンデットの眼が、…くしゃり、と細められた。まるで笑うように、…泣き出すように、緑がかった金色の眼が細まって。…それから、頭を撫ぜられる。ぐしゃぐしゃと掻き混ぜるように乱暴に撫ぜてくる、俺の一番好きな行為。ハンデットの照れ隠し。それに、俺も、思わず目を細めると。
「悪かった。すまん、…ごめん。お前が、俺をどう想ってくれてんのか、俺が一番知ってんのにな」
眼と同じに、笑うような。…泣き出す手前のように、少し掠れて、震えた声。ぐしゃぐしゃと頭を掻き撫ぜられてから、ぎゅう、と抱きしめられた。俺の身体に回る、腕と指の強さに、…何かあったのかな、って、不意に思う。あの軍人さんに、こんな、訳の分からない不安を抱くようなこと。例えば、俺がハンデットと出逢う前に。何か、…あのひとと。
それは、俺には分らないことだけど。それでも、…それなら、俺が今まで以上に、ハンデットに好きだって伝えればいいだけだ。俺が、あの軍人さんに、いやそれ以外の奴にだって、何か想うわけもない。それを、ハンデットが不安に思わなくなるくらい、俺が伝えていけばいいんだ。そんなことを思いながら、俺も、ハンデットの背に腕を回した、彼と同じくらいに、ぎゅう、って腕に力を入れる。
「…分かったなら、キスしてくれたら、それでいいよ」
高い背を屈めて、俺の肩に顔を埋めるように、俺を抱きしめてくれているハンデットの顔は、俺の頬と触れそうなほどに近い。ふわふわと頬に当たる、短い獣毛を心地好く想いながら、ハンデットにだけ聴こえるように、そう言った。
少し笑うように、その肩が揺れて。ハンデットが、俺の肩から顔を上げる。さっき、俺が思いっきりぶつけたのとは全く違う、優しい強さで、俺と彼の額がこつん、と触れた。焦点がぶれるほどの近い距離で、ハンデットが眼を細めて俺を見つめる。…まだ怒ってるように、口を尖らせようかと思ったけど。その顔を見たら、俺の顔も、勝手に緩んでしまった。さっきまで昏く見えた気のする彼の眼は、今はいつも以上に、綺麗な緑がかった金色をして、暗がりに輝いていた。
了解、って。俺の耳に、優しい声が響いて。彼の指が、俺の頬に触れる。指の肉球が、俺の頬に柔らかく沈んだ。少し厚い皮膚の下の、ぷにぷにとした感触が気持ち好い。
更に顔が寄せられて、今度はゆっくりと目を閉じた。俺の口に触れる、あったかい感触。頬を撫ぜる、指と肉球の感触も、くすぐったくて、心地好かった。舌先で、なぞるように俺の唇を舐めてから、また抱き締められる。
そのまま、囁くように。ハンデットの声が、『好きだ』って言ってくれて。俺は、その一言だけで、顏が溶けるくらいに破顔しながら。俺も好きだよ!って、大声で、今日何度目か分からない告白を、彼に返した。
ハンデットの過去に何があって。…何が、そんなに不安なのか。俺には、やっぱり分からないけど。
(これからは、ハンデットが、何を不安に思う隙間もないくらいに。俺が、ハンデットのこと、ずっと、好きだって大きな声で言ってやるんだからね!覚悟してろよ!)
なんて。彼にぎゅう、と抱き着いて。そんなことを想いながら、大きく笑った。
「…痴話げんかは終わったのか?」
「まったく、あんたたちはもう!仲がいいのは良いことだけど、ご近所迷惑だろう!」
「わーっ!ごめん!でもだって、ハンデットが俺がハンデットのこと好きなの信じてないから、つい!」
「あー!あー分かった!悪かった!俺が悪かった謝る!」
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