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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【56】

  「ねえ、おかあさん!おとうさんとおかあさんは、なんでけっこんしたの?」

  8月も半ばのある日に。俺たちの大事な長男からそう問いかけられて、思わず目が丸くなった。そんな俺に、何故だか教科書を両手で持っているロバストが。リジットさんにそっくりな、琥珀色の涼しげな眼で、真っ直ぐに俺を見上げる。…えーと。

  「いきなりどうしたの?学校で、そんな話があった?」

  唐突な質問に、そう問いかけ返すと。大きく頷きながら、握りしめるようにして持っていた教科書を開くと、そこから四つ折りにした紙を取り出す。そのまま、教科書を脇に挟んで、その紙を俺へと差し出すように見せてきた。

  「夏休みのしゅくだいがあったの、今日思い出した!みんなのお父さんとお母さんのけっこんした話を聞かせてください、って先生に言われてたんだ!それを聞いて、これに書いて、学校が始まったらみんなの前ではっぴょうするの」

  俺にそう言いながら、目の前で、差し出してきた四つ折りの紙を、丁寧に開く。どうやら、くしゃくしゃにしないために、四つ折りにしたこの紙を、教科書に挟んで持って帰ってきていたらしい。こういう、真面目で誠実なところもリジットさんによく似てるなあ。そんなことを思いながら、顔を緩ませてロバストの頭を撫ぜた。ふわふわで艶やかな獣毛の手触りも、もうすっかりリジットさんとそっくりだ。

  「そっかー!学校では、そんなこともするんだね」

  ロバストの言葉に感心しながら、その紙を受け取ってしげしげと見つめた。見せてもらった紙は、綺麗に罫線が引かれていて、一枚でもたくさんの文が書けそうなものだった。こういうものは、俺も婚姻前に家庭教師に習って書いたことがある。自分の言葉で長い文章を書いて文章力を高める、作文だ。でもその題材が両親の結婚なんて、俺は書いたことがなくて、だから逆に感心してしまう。そうか、学校って、そういうこともテーマで扱うのか!

  俺は、というかこの国の貴族の子どもは、ほとんどが学校には行かずに家庭教師から勉学を習う。だから俺も、婚姻する前もずっと家庭教師で、こういう大人数で勉強を習う『学校』という場所には縁がなかった。だから、ロバストが話してくれる学校の話や、出されたという宿題は、俺にとっても初めて聞くことばかりで、とても興味深いし、すごく楽しい。

  それに、ロバストの通う学校は軍施設の一部でもあるから、学校にくる子も獣人の子で、お友達もたくさんいるらしい。夏休みが終わったら、友達を連れてきてもいい?ってことも聞かれていて、勿論OKを出した。そのときは、たくさんお菓子を焼いておもてなしするつもりだ。…あ、でも邪魔はしないようにしないと!やっぱり親が一緒にいたら遊びにくいっていうのもあるだろうし!そういうことも初めてで、俺のほうが、今からそわそわわくわくしてしまう。

  「うん!だから、お父さんとお母さんがけっこんしたときのはなし、聞きたいんだ」

  リジットさんと同じ、琥珀色の綺麗な眼をきらきらと輝かせながら、俺たちの大事な長男が俺を見上げる。嬉しそうに笑う口の端から犬歯が覗く様や、黒色でふかふかの尻尾がぱたぱたと揺れている姿まで可愛くて、思わずロバストを腕の中に抱き込んだ。俺の胸とおなかの間辺りに、ロバストの顔が緩く沈むのが分かる。…もう、こんなに大きくなったんだなあ。

  リジットさんや、アレクやジーニャのいる前では、こうやって俺に抱きしめられると、照れて暴れてしまうロバストだけど。こういう風に2人の時だと、大人しく俺にぎゅう、ってさせてくれる。

  今も、少しだけ困ったように、耳が動いて。…それから、俺の腰へと、小さな手が回った。耳は困ってる風だけど、後ろに見える尻尾はさっきよりも勢い良く揺れている。…こういうところも、何故だかリジットさんを連想させた。なんでだろうな?リジットさんは、いつだって格好良くて、俺を包み込んでくれていて、こんな風に照れながらぶんぶんと尻尾を揺らすところなんて、見たことないのに。

  「そうだなあ…おとうさんはね、ずっと前から強くて、優しくて、格好良くてね?困ってるお母さんを助けてくれたんだ。それでね、お母さんはお父さんを大好きになって、世界一大好きで、それでお父さんもお母さんを好きになってくれて、結婚したんだよ」

  …どこまで話していいものか、って少し逡巡して。すごく根本的なところだけを、ロバストに話した。…というか、俺も、リジットさんがどうして俺をお嫁さんにしようと思ってくれたのか、未だに知らないんだよね。俺が知ってるのは、…リジットさんが、俺の家に来てくれて、俺を娶りたいって言ってくれたところから。あの時のことは、俺のなかの一番の幸福として、今でも鮮明に思い出せるし。その後のことだって、リジットさんのことなら全部が宝物なんだけど。…どうして、リジットさんは、俺をお嫁さんにしたいって思ってくれたのかな?ていうか、いったいいつ、俺を見つけてくれたんだろう?今までも何度か不思議に思ったこともあるけど、リジットさんと出逢えた幸福や、ずっと一緒にいられる幸せに、その疑問さえもすっかり忘れてしまっていた。

  だから、この子に今話せるのは、俺が知ってるなかの話でしかないけれど。俺が、リジットさんに、初めて逢ったあの瞬間から恋に落ちて、大好きだって想ったのは、紛れもなく本当だし。リジットさんが、俺をあの侯爵さまから助けてくれた、っていうのも、本当だ。それで、…リジットさんが俺を好きになってくれたのも、本当。そう思うと、…今でも信じられないくらいに、すごい幸せだな、って想う。あんなに格好良くて優しくて素敵なひとが、俺を好きになってくれたって言う、幸福。

  今まで数えきれないくらいに、想うだけで満たされてきたその幸福を、今も実感するように噛み締めながら。その幸福の結晶の、俺たちの息子の頭をゆっくり撫ぜる。そんな俺に、耳を照れくさそうに揺らしながらも、大人しく抱き締められていたロバストが。俺を、その琥珀色の眼に真っ直ぐ映しながら、口を開いた。

  「じゃあっ、おれもおかあさん大好きだから!おとうさんみたいにかっこよくて強くなったら、絶対お母さんが困ってたら俺が一番に助けるから!そしたら、おかあさん、おれとけっこんしてくれる?」

  勢いよく、その口から飛び出してくる言葉に、一瞬目が丸くなる。俺の腰に回る小さな手に、力がこもるのが分かった。…ああ、俺たちの息子は、なんて可愛いんだろう!その頭をよしよし、と撫ぜてから、もう一度ぎゅうって抱き締める。リジットさんとそっくりの琥珀色の眼が、きらきらと輝いて俺を見つめた。その眼に、…リジットさんが、優しく眼を細めて俺に笑ってくれる顔が重なる。

  「…ごめんね、それは無理だなあ。だっておかあさんは、おとうさんがだいすきだから。ロバストでも、ほかの誰でも、駄目なんだ。おとうさんじゃないと、おかあさんはだめなんだよ」

  ぎゅう、と抱き締めたまま。言い聞かせるようにゆっくりと、ロバストに言う。それを聞いたロバストの耳の先が、がっかりしたようにへにょ、と垂れた。さっきまで、ぱたぱたと勢い良く揺れていた尻尾も、しょんぼりしたように揺れるのを止めて垂れさがる。

  そんなロバストの頭を、元気づけるように両手で撫ぜて。それから、また、ぎゅうって抱き締めた。そのままぎゅうぎゅうと、俺の身体に押し付けるようにして抱き締めると、俺の身体にロバストの顔が沈むのが分かった。垂れていた耳も尻尾も、少しだけ浮上するように立ち上がる。

  

  「でも、ロバストにも、おかあさんよりももっと、もーっと好きで大好きで、大切な子が出来るよ!だからその時は、おかあさんにこっそり教えてね?」

  そんなロバストに、内緒話のように囁いた。俺の言葉に、今度こそロバストの耳がぴん、と立ち上がって。俺の身体から顔を上げたロバストが、伺うように俺を見上げる。

  「…そんな子、おれにできるかな?」

  「絶対できるよ!世界一素敵で可愛くって、ロバストを大好きになってくれる子が、絶対いる!」

  同じように、小さな声で俺にそう問いかけて来て。ロバストのその言葉に、抱きしめていた手を、ぎゅう、と握りしめながら、力説した。だって、俺たちのロバストは、こんなにいい子で優しくて可愛くて、リジットさんに似てこんなに格好良いんだから!

  もう、これは断言できる!と、自信満々でそう言う俺に。ロバストが、照れたようにまた、耳を揺らしてその眼を細めた。そうすると、…リジットさんが優しく眼を細めて俺を見てくれる、あの大好きな笑顔によく似ていて。そんなロバストに、俺も、目も顔も緩めて、ロバストを見遣った。

  

  「じゃあそのときは、一番にお母さんに教えてあげるね」

  そのまま、また内緒話のように。手を口に寄せながらそう言ってきた、俺たちの可愛い長男に。約束だからね!と、その頭をまた両手で撫ぜてから、力いっぱい抱きしめた。

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  「あのね、リジットさん。今日の昼間にね?俺、ロバストにプロポーズされたんだよ!」

  一日の終わりに。寝室で2人きりになってから、悪戯っぽい気持ちで、リジットさんに昼間のことをそう口にした。

  今思い出しても、昼間のロバストが言ってくれた言葉は、すごく可愛くって、思い出すだけで顔が緩んでしまう。そんなロバストが可愛い!って、それをリジットさんにも伝えたくて。その後のやり取りも彼に話したくて、口に出したこと、なんだけど。

  俺の言葉に、リジットさんの眼がぽかんと円くなって。…一拍置いて、それが鋭い眼差しへと変わって、俺を射抜くように見据えた。その反応に、俺のほうも思わず目が丸くなってしまう。…あれ、思ってた反応と違う。

  「…どういうことだ?」

  そのまま強い力で肩を掴まれて、目の奥まで覗き込むように、リジットさんの顔が俺に近づく。いつもは綺麗な琥珀色が、仄かに昏く、鋭い色で俺を映した。その眼の中で、黒色の瞳が薄く開いているのが分かる。

  彼のこの反応を、俺は知っている。今までにも、幾度か見たことのある、リジットさんのこの眼の色。…え、いやでも待ってリジットさん、ほかの男の人とかじゃないよ!?ロバストだよ!?

  「あ、えっとね?夏休みの宿題で、お父さんとお母さんの結婚について聞いて、作文にしてきなさいっていうのがあったみたいで。それで、なんでお父さんとお母さん結婚したの?って聞かれたから、お父さんがすごく強くて優しくて格好良くて、お母さんを助けてくれたんだよーって。それで、お母さんはお父さんを世界一大好きで、お父さんもお母さんを好きになってくれたから結婚したんだよ、って話をしたら、俺もお母さんと結婚する!って、なって、それで」

  思ってもなかった反応に、俺の口調があわあわと慌てたものになる。昼間にロバストに言ったことを多少簡潔にして、リジットさんへと話した。その話をしている中で、俺の肩を掴むリジットさんの指から、力が段々と抜けていく。眼光も笑うように和らいで、最後には細められた。その顔に、俺もほっと息を吐く。…ああ、良かった!

  「そんな話をしたのか」

  「うん!学校だと、両親のそんな話も聞いたりするんだね、初めて知ったよ」

  「俺もだ。俺も、学校のようなところには通ったことがないから知らなかったが…、面白いものだな」

  話しながら、俺の肩を掴んでいたリジットさんの手が、俺の身体へと下りて回る。そのまま彼の腕の中へと収まるように抱き込まれて、俺も、リジットさんの背へと腕を回した。彼の首元のふかふかの獣毛へと頬を擦り寄せると、リジットさんが息だけで笑う音が、上から降ってくる。それが嬉しくて、まるで猫のように、彼の獣毛へと更に顔を擦り寄せた。もうすっかりと俺に馴染んだ、ふわふわの感触が心地好い。

  「でも、ロバストにそう聞かれてね?リジットさんと初めて逢った日のこととか思い出して、…懐かしいのに、つい最近のことみたいな気持ちになったりして。ああ、やっぱり俺、リジットさんのこと大好きだ!って想ったんだよ」

  そう、口にしながら彼の腕の中で目を瞑る。リジットさんが、俺の頭を優しい手つきで撫ぜてくれて、それが堪らなく心地好くて、嬉しかった。…この手が、指が、俺だけのものであることも。

  「初めて逢ったあの日から、俺、リジットさんのこと大好きで。その気持ちは全然変わってなくて、それどころか毎日もっと大好きになってて、だから」

  言いながら、背に回した手を、彼の服を巻き込みながらぎゅう、と握った。俺を撫ぜてくれながら、俺の身体へと回っているリジットさんの腕にも、力が込められたのが、膚で分かった。すごく嬉しくてあたたかい、優しい感情で、全身が満ちていく。この気持ちが、幸せだということを、…俺は彼に出逢ってから、たくさん知っていた。

  「リジットさんと出逢えて、お嫁さんにしてもらえて、こうやってずっと一緒にいられて、…俺、すっごく幸せだよ!」

  そう言って。顔を上げて、彼に満面で笑った。そんな俺に、リジットさんが、俺の頭をもう一度、優しく撫ぜてくれて。優しく眼を細めて笑う、俺の大好きな笑顔で、俺もだよってキスしてくれた。

  リジットさんに、頭から後ろ髪までを優しく撫ぜられながら、唇を重ね合って。段々とキスが深くなって、彼にしがみつくように抱き着く。そのまま、ゆっくりとベッドに倒されて、目の前で笑ってくれる、その優しくて綺麗な琥珀色の眼を、間近で見つめながら。

  …ああ、幸せだな、って。彼と出逢ってから、もう数えきれないくらいに想ったことが。また満たされるように自然と、胸に浮かんだ。

  その翌朝。ロバストと顔を合わせたリジットさんが。

  『フラフィーは、俺が誰よりも愛している妻であって、誰にも、例えお前だとしても渡すことはできない』って、すごく真剣な顔で言い聞かせていて。いやそもそも親子なんだから、結婚とか出来ないよ!って心のなかで思わず突っ込んでしまったり。

  それを神妙な顔で聞いていたロバストが、分かった!って大きく頷いて。そのあとで、『俺も、おかあさんみたいなひとを見つけるから!おとうさん、応援してね!』って宣言して、笑顔で頷いたリジットさんと固く男同士の握手をしてたり。

  そんな2人を見ていたアレクとジーニャが。自分たちも!と言いたげに、2人一緒にリジットさんとロバストに抱き着いたりしていて。

  そんな家族の、朝の光景に、思わず笑ってしまいながら。

  …ああ、幸せだな、って。噛み締めるようにまた、想った。

  (そういえば、リジットさんが俺を見つけてくれて、娶りたいって思ってくれたのは、いつなんだろう?)

  不意に頭に浮かんだそのことは。…そうだな、いつか、俺たちがもっともっと歳を重ねたその先にでも、彼にそうっと聞いてみよう。

  その、まだまだ何年も何十年も先のことを。その時も、その先も、彼と一緒に在ることを想って。そのいつかの楽しみに、密かに胸を躍らせた。

  (だって、楽しみは先の先まで、取っておきたいじゃないか!)

  ね?

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