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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【57】

  もうすぐ、夏も終わりの8月下旬。

  まだまだ暑いと思って、無意識に油断してたのかな?…熱を出してしまった。

  「おかあさん、だいじょうぶ?」

  「だいじょーぶ?」

  「ぶー」

  ベッド脇で。心配そうに俺を覗き込んでくる子供たちの頭を、ゆっくり撫ぜる。最初は耳も尻尾も垂れさせている長男。それから、泣き出しそうに円い眼を歪めている次男。最後に、朝だというのにまだ寝ている俺を不思議そうに見つめている末っ子。

  「だいじょうぶだよ。ちょっと風邪ひいちゃった」

  言いながら、末っ子の、俺に似た手触りの髪に指を滑らせた。まだ2歳のこの子は、病気とか、そういうことはよく分からないんだろう。リジットさんも子どもたちもみんな元気で、風邪や病気に罹ったことがないし。かく言う俺も、熱で寝込むほどの風邪なんて、引いたのは何年ぶりかだし。そもそも風邪だって、軽い風邪未満のようなものを、婚姻したばかりの頃に一度引いただけだ。少なくとも、ここまでの風邪は、リジットさんと婚姻してからは初めてだろう。

  …熱を出したことも、身体が造り替わるときに、一度あるけれど。あれは、身体が順調にもうすぐ造り替わりますよーって知らせてくれる熱なんだって、お医者様から言われた。…あの時のことを思い出して、知らずと顔が熱くなる。

  一段と赤くなってしまった顔が分かったのか、子どもたちの顔がますます心配そうになった。少しずれてしまった、額の濡れタオルを、ロバストが直してくれる。…冷たくて気持ち好い。

  「ありがとう、ロバスト」

  「…うん」

  そう言って、小さく頷くロバストの頭に、また指を伸ばした。緩く撫ぜると、リジットさん譲りの綺麗な琥珀色の眼が、心配そうな色を残しながらも少しだけ細まる。まだまだ子どもだけれど、ふとした表情がリジットさんにそっくりだ。

  熱でぼんやりとしながらも、そんなことを思ってふふって笑う。そうすると、ロバストの顔がますます照れたようになって、アレクとジーニャが自分も!と言いたげに、俺の手に集まってきた。可愛い。俺たちの子どもは、みんな、可愛いなあ。

  そんな寝室に、こんこん、と、小さなノックの音が響いて。それから、静かにドアが開いた。そこから見えた姿に、俺の顔が自然と緩む。いくら熱で視界がぼやけていようと、彼の姿だけは、俺が見間違えるわけがない。

  「リジットさん」

  「大丈夫か?」

  優しい声と一緒に、リジットさんが真っ直ぐに、俺の元へと来てくれる。おとーさん!って、駆け寄る子どもたちの頭に軽く手をやりながら、リジットさんが俺のベッドの傍らに跪いて。それから、俺の頬に、彼の指がそうっと、触れた。そのまま撫ぜるように沈んでいく、少し乾いてひんやりと冷たい肉球の感触に、一つ心地好い息を吐く。普段から、俺よりも低いリジットさんの指先は、熱を持つ今の俺には更に冷たく、心地好い。

  「うん。きっと風邪だよ。もう少ししたら、お医者様に見てもらうね」

  そう返しながら、リジットさんの手に、重ねるように自分の手を置いた。ふかふかの獣毛が、手に心地好い。うっとりと目を閉じかけて、…また心配そうに、俺の顔を覗き込んでくる子供たちの真っ直ぐな眼に、慌てて目を開いた。危ない、子どもたちの前で蕩けてしまうところだった!

  「俺も、早く帰ってくる。だからお前は無理をするな、今日はゆっくり寝ているんだぞ?」

  俺の顔を、覗き込むように見遣りながら。優しい声で囁くようにそう言って、俺の頭から頬までを、ゆっくりと撫ぜてくれる。まるで子どもにするような手つきが、すごく嬉しくって、…少しだけ懐かしくて、照れくさい。婚約時代や、婚姻したばかりの頃は、こうんやって頭を撫ぜられるたびに、…子ども扱いしないで欲しい、って、嬉しいなかにもそう思って焦ってたな。そんなことを思い出して、胸が甘く疼いた。あの頃から、今でもリジットさんは、…俺のことを、こうやって子ども扱いして、甘やかしてくれる。そうされると、嬉しくって、…俺のこころまで、婚姻したばかりの頃に戻って、甘えたくなってしまう。

  もう俺は『おかあさん』なのに、…甘やかしてもらって嬉しいなんて、駄目かな?でも、やっぱりすごく、嬉しいんだ。すごくくすぐったくて、嬉しくって、ちょっとだけ照れてしまう。彼に子ども扱いしてもらえるのが嬉しくて、心臓がとろとろに蕩けてしまうくらい。

  今も、自然と彼の手に甘えるように、自分の顔を擦り付けるようにして押し当てた。そんな俺に、柔らかく笑ってから、リジットさんが子どもたちを促すようにその身体に触れる。

  「ほら、お前たちも、お母さんを寝かせてやろう」

  リジットさんの穏やかな声が、部屋に響いた。その言葉に、俺を心配するようなそぶりを見せながらも、子どもたちが頷いて、ドアへと歩いていく。そのまま、音を立てないように、ゆっくりとドアを開けて。

  「おかあさん、はやくよくなってね」

  「またくるよ!」

  「まー」

  そう言いながら、名残惜しそうに、やっぱり音を立てずにゆっくりと、ドアが閉まった。そんな子どもたちを見送ってから、リジットさんが優しく笑んで俺を見つめる。もう一度、リジットさんの指が、俺の頬を撫ぜて、滑った。

  「子どもたちの言うとおりだ。ゆっくり寝て、…早くよくなってくれ。無理をせず、いい子にしているんだぞ?」

  額を寄せながら、囁くようにそう言われて。今度こそ、うっとりと目元を緩めながら、大きく頷く。いい子だ、って甘い声と一緒に、口が重ねられた。今の俺が熱すぎるのか、触れた口は、いつもよりも低く感じる。それが心地好くて、重ねるだけの優しいキスに、蕩けるような心地で身を委ねた。本当は、風邪がうつっちゃうからこういうことしちゃ駄目、って言わなくちゃなんだけど。…久々に寝込むほどの風邪をひいて、少し心細いのかな。もっと、彼とくっついていたい。ぎゅう、って抱き締めてもらって、彼のふかふかの獣毛に包まれながら眠りたい。…勿論、リジットさんはこれからお仕事なんだから、こんな願望は口になんてしないけれど。でも、…だからこそ、このキスが心地好くて堪らない。

  そんな俺のこころを、分かってくれているかのように。キスが終わっても、リジットさんは俺の頬を撫ぜていてくれた。それから、もう一度顔を寄せて、…名残惜しそうにぎゅう、と抱きしめてくれる。軍服の上からでも分かる、ふかふかであたたかな獣毛と、その下のしなやかな筋肉の感触に、またうっとりと息を吐いた。

  「じゃあな、行ってくる。…ちゃんと寝てるんだぞ」

  最後に、そう耳元で囁いてから。彼の身体が、ゆっくりと離れた。その後を追うように、自然とその軍服を掴んでしまって。…無意識の動作に、慌てて離して、両手で布団の端をきつく握った。いつもは、彼の身体を手で追ってしまっても、掴む前に止められたのに!やっぱり、熱の所為だろうか、抑止が出来ない。

  熱以外の熱さが、顔に集まっていくのが分かった。きっと今まで以上に赤くなってしまっているだろう俺に、優しく眼を細めて、リジットさんが笑う。それから、…もう一度、俺の頬を撫ぜてくれてから、今度こそ、リジットさんが俺から離れた。

  その背がドアにたどり着いて、そのドアを開けて、廊下へと彼の身体が動く。その様を、ずっと見つめてしまう俺に、…リジットさんが、ドアを閉める前に、俺にまた、笑ってくれて。

  

  …ぱたん、と。微かな音を立てて、扉が閉められる。同時に、しいん、って耳鳴りがしそうなくらいの静寂が、部屋を包んだ。

  「…静かだなあ」

  呟いた声は、息だけのはずなのに、いやにはっきりと部屋に響く。熱の所為だろうか、目元がじわじわと滲んで、潤む。…途端に寂しくなって、リジットさんの枕をずるずると引っ張って、腕に抱いた。…ああ、ぬいぐるみの『リジットさん』を一体、持ってきてもらえばよかった。でもなあ、リジットさんはあのぬいぐるみを俺が持つのが、いやみたいだからなあ。メイドさんが来てくれたら、持ってきてもらおうかな。

  婚姻したばかりの頃から作っていた『リジットさん』は、今ではもう5,6体に増えていた。ロバストが生まれた時に、スティケート先生がくれたリジットさんと俺の人形も、仲良く並べて飾ってあるし。ロバストやアレクを模して作った、小さな狼獣人のぬいぐるみや、ジーニャをイメージして作った女の子の人形も作って、子供部屋に置いてある。…リジットさんに、『お前の人形は作らないのか?』って聞かれたんだけど、自分で自分に似せた人形を作るのは、なんだか照れる…と言うか、作りづらくて、まだ自分では作っていない。俺に似た人形は、スティケート先生がくれた子がいるから、いいかなっていうのもあるし。

  そんなことを思いながら、リジットさんの枕を押し付けるようにして、顔を沈めた。リジットさんの匂いが鼻腔いっぱいに広がって、安心する。

  そのまま、ぼんやりと枕に顔を押し当てていると、メイドさんが来てくれた。『もうすぐお医者様がお見えになります』、って俺に知らせてくれながら、額のタオルを替えてくれる。…ああ、リジットさんの枕が少し湿っちゃったかな。そんなことをぼんやりと思って、少し申し訳なくなりながら。リジットさんと、子どもたちのぬいぐるみを持ってきて欲しい、ってお願いすると、メイドさんが笑って頷いてくれる。

  それから、また少しぼんやりしていると、リジットさんたちのぬいぐるみと一緒に、お医者様がいらしてくれた。今日は、俺の普通の病気だから、人間のお医者様だ。身体を起こしてくれて、診察をしてもらう。やっぱり風邪だって言われて、…少しほっとした。勿論風邪だと思ってたけど、…やっぱり、ちょっと心細いのかもしれない。お医者様の診断を聴きながら、リジットさんのぬいぐるみを抱きしめて、子どもたちのぬいぐるみと手を繋ぐ。そうするだけで、心細さが飛んでいくようだ。

  お薬をもらって、お大事に、って労りの言葉を戴いて、またベッドに寝かせてもらう。あんまりおなかはすいてなかったけど、お薬もありますから、って、そのままご飯にしてもらった。メイドさんが作ってくれたオートミールを食べて、お薬を飲む。

  布団を掛けてもらって、みんなのぬいぐるみも周りに並べてくれる。…それが、なんだかすごく嬉しかった。俺が幼い頃も、風邪を引いたことはあったけど。…こんな風に、甲斐甲斐しくお世話してもらったことなんて、ないから。

  ありがとう、って言うと、驚いた顔をされた。それから笑って、早く良くなってください、って言ってくれて、何かあったら呼んでくださいね、って、枕元に鈴を置かれる。これを鳴らしてくれたら、飛んできます、って。それもすごく嬉しくて、またありがとう、って言うと、擽ったそうに笑って、メイドさんが部屋を出ていく。

  並べてもらったみんなのぬいぐるみから、俺が抱き締めたのは、…やっぱりリジットさんだった。メイドさんが持ってきてくれたのは、確か二番目に俺がつくった、『リジットさん』。もう着なくなった彼の軍服から、生地を少し分けてもらって。全く同じ…とまではいかなくても、頑張って彼の軍服に似せて作って。それを着せた、大好きな彼を模した、ぬいぐるみ。

  子どもを授かる前から、寂しい時には、この子たちを抱きしめていた。今は、昼間も子どもたちがいてくれるから、こうやってぬいぐるみを抱っこする頻度は減ったけど。…それでも、やっぱり、ぬいぐるみでもリジットさんを抱きしめていると、安心する。

  子供たちのぬいぐるみも、もっと傍に寄せて。『リジットさん』を胸に抱いて、そのふわふわの頭に顔を埋めるようにして、目を閉じる。熱の所為か、ぼんやりする頭は、目を瞑るとすぐにふわふわと揺れて、沈んでいく。

  

  *********************************

  そのまま、少し、うとうととしていたんだろうか。…夢を、見た。すごくふわふわとして、あったかくて、ほとんどが白い世界の夢。だから、夢のなかで、直ぐにこれは夢だと理解した。

  足元までふかふかと柔らかく、心地好いけど少し歩きづらい。そんななかを、ふわふわと歩く。手には『リジットさん』のぬいぐるみ。寝るときは両手に抱っこしていた彼のぬいぐるみを、まるで手を繋ぐようにして、持って歩いていた。

  その夢のなかで、俺は全くの一人だったけど。『リジットさん』が一緒だからだろうか、寂しくはなかった。白い世界は、けれどどこかあたたかくて、真っ白と言うよりかはアイボリーのようで。それも、俺が一人でも寂しくない一因だったのかもしれない。まるで、リジットさんに抱きしめられてるみたいに、ふわふわとあったかい世界。

  

  …その前方に、不意に人影が見えた。あたたかな白色のなかで鮮やかな、茶色と黒色。

  あれ、と思う。思わず、手を繋ぐように持っていた『リジットさん』に目をやって。…その隣に立っている、俺の大好きな姿に、更に目を見張った。…ぬいぐるみだったはずの『リジットさん』は。いつの間にか、俺のリジットさんになっていた。いつものように、優しく眼を細めて俺に笑ってくれて、繋いだ手に力がこもる。

  夢だからだろうか。そんな状況にも、少し驚いたけど、不思議だとは思わなかった。寧ろ、ここにリジットさんがいてくれることに、嬉しくてこころが弾む。

  そのまま、2人でその人影へと近づいた。段々と、はっきり見えるようになるその人影は、2人とも獣人だ。

  黒色の姿は、耳の垂れた、優し気な犬獣人で。茶色の姿は、…俺の彼によく似た、綺麗な薄茶色の狼獣人だった。近づくと、その薄茶のなかに、黒色が混ざっているのが分かる。その色合いは、…俺たちの、二番目の息子によく、似ていた。身長は、犬獣人さんのほうが大きくて、でも狼獣人さんも俺よりも幾分も高い。その姿を見て、…リジットさんが、優しく細めていた眼で、懐かしそうに笑う。その表情に、…あ、と思った。

  俺と手を繋いだまま、リジットさんがもう片方の手を、彼らへと伸ばす。リジットさんと同じように、優しく笑ったそのひとたちが、大きく両手を広げて。まるで抱き寄せるように、俺たちへとその手を伸ばす。夢だというのに、それを俺も分かっているのに、その感触ははっきりとあたたかい。

  いつの間にか、俺たちの傍には子どもたちがいた。犬獣人さんの大きな手が、ロバストから順番に、その頭を撫ぜていく。大きな手のひらに、まだ小さな子供たちの頭はすっぽりと収まった。きゃあきゃあ、と、弾けるような子どもたちの笑い声が、辺りに広がる。

  それを追うように、狼獣人さんの手も、子どもたちの頭に置かれた。犬獣人さんよりは小さくて、けれどしっかりとした指先。その、鮮やかに綺麗な琥珀色の眼は、…・やっぱり、大好きな俺の彼を思わせた。

  子供たちを順に撫ぜていた手が、今度は俺へと向けられる。大きな手が、俺の頭を撫ぜて。それから、今度は両手で、頬を包むように撫ぜられた。大きくて、あったかい手。肉球の、少し硬くてざらざらした感触も、心地好い。

  リジットさんよりも少し円くて、けれどよく似た肉球の感触。少し硬くて、でもふかふかと触り心地の好い獣毛も、その艶やかに綺麗な黒色の毛並みも、…俺と手を繋いでる、彼の獣毛の感触にそっくりだ。

  犬獣人さんは、何も言わない。狼獣人さんも、リジットさんも、何も言わなかった。夢だからだろうか。俺も、…何かを話そうとは、思わなかった。この空気感が心地好くて、そんなことを思いもしなかった。

  慈しむように、何度も、何度も犬獣人さんが、俺の頬を撫ぜる。少し円くて優し気な眼は、…どことなくアレクに似ている気がした。あの子の眼は、俺似だと思ってたんだけど。…なんだか、何故だか。

  その大きな手が、俺からゆっくり離れると、今度は狼獣人さんが、俺の頬を撫ぜた。やっぱり、…この狼獣人さんは、リジットさんに似ている。その容姿も眼の色も、肉球の形も、獣毛の色合いを除けば、リジットさんとそっくりだ。それは、…ただ、このひとが、リジットさんと同じ獣人だからだ、ってだけじゃない気がした。そして、唯一違う獣毛の色は、犬獣人さんと同じに、濡れ羽のように綺麗な黒色で。

  俺のなかで、ひとつの可能性が、段々と形を成していく。犬獣人さんの手が、…隣のリジットさんの頭に、ゆっくりと置かれた。リジットさんが眼を細めて、照れたように笑う。その顔は、…俺たちの長男が、大好きな父親に頭を撫ぜられて、はにかんで笑う顔を思い出させた。あの顔と、全く同じ笑顔で、リジットさんが笑っている。

  やっぱり、って想う。じんわりと、視界が滲んだ。それを、…俺を撫ぜてくれていた指が、ゆっくりと拭う。リジットさんとお揃いの琥珀色で、涼し気な切れ長の綺麗な眼が、ゆっくりと細められた。そのまま、額を寄せられる。ふかふかの獣毛に、俺の額がふわりと沈んだ。

  そのひとは、何も言わなかった。俺も、何も言わなかった。ただ、…あったかくて優しい感情が、俺のなかに流れ込んで、満ちていくような気が、した。それが心地好くて、目を閉じる。

  数分、…それとも、もしかしたら数秒だったのだろうか。暫く額を寄せてくれていた後で、触れた時と同じように、その感触が俺からゆっくりと離れた。それに、閉じていた目を、ゆっくりと開ける。俺に触れていた手は、リジットさんへと移っていた。まるで、…子どもにするように。リジットさんを、狼獣人さんの手が撫ぜていく。見るからに優しい、穏やかな指先。その手を受けるリジットさんは、…何故だか小さな子どものように、俺には映った。俺に撫ぜられて、嬉しそうに笑っているロバストを見ているように、優しくて、あったかい気持ちが満ちていく。…さっき、狼獣人さんから流れ込んできた感情のように。

  そのひとが、小さく口を動かす。何かを言った気が、した。俺には聞こえなかったけれど、リジットさんには届いたんだろうか。さっきまでの、小さな子どもを連想させるような表情から、…一瞬で、俺の旦那さまの顔に変わっていく。目の前のそのひとに優しく、けれど強い眼で笑って、頷いた。それから。

  …その顔が、俺を向いた。優しくて凛々しい、俺の大好きな顔で、眼を細めて。繋いでいた手をぐい、と引かれた。唐突な行為に、俺の身体が大きく傾いで、彼の腕へと受け止められる。そのまま柔らかく抱き締められて、…何故だかまた、視界が滲んだ。

  薄っすらとぼやける視界の向こうで、犬獣人さんと狼獣人さんが、嬉しそうに笑っている。それから手を繋いで、寄り添うように並んで、俺たちへと手を振った。そんな2人に、俺を抱きしめたままでリジットさんも、小さく手を上げる。子どもたちは、駆け寄るようにして、2人へと大きく手を振っていた。アレクの明るい声が、何処か遠くから響く。

  ばいばい!ばいばいおじぃ――――

  ************************************

  「大丈夫か?」

  不意に。はっきりと聴こえてきた声に、我に返るように目を開いた。目の前いっぱいに、俺の大好きな彼の顔が映って、自然と顔に笑顔が浮かんだ。すう、っと目元からあたたかいものが流れて、瞬時に冷たい感触へと変わる。…あぁ、そうだ俺寝てたんだ。知らず溜まっていた涙を拭おうと、布団から手を出しかけて。それを柔らく押さえられて、リジットさんの指が、俺の目を拭ってくれる。

  「うん、…ごめん、だいじょうぶ」

  そう頷きながら、…さっきまで見ていた夢の光景が鮮やかに浮かんで、また視界が緩く滲んだ。リジットさんの指が、…あの狼獣人さんと重なる。アレクとそっくりな色合い獣毛で、リジットさんにそっくりな顔立ちと、鮮やかに綺麗な琥珀色の眼をした、薄茶に黒色の狼獣人の、あのひと。

  また、目に溜まってきてしまった涙を見たのだろう。リジットさんが心配そうな顔で、俺の額を掻き揚げるように撫ぜてくれる。優しいその指先に、知らずと目が緩んで、細まる。溜まった水粒が、また、すうって目元から頬に滑った。

  「まだ少し熱いな。…辛いか?」

  「ううん、大丈夫だよ。…おかえりなさい」

  俺を心配してくれる彼の言葉が嬉しくて、自然と顔に笑顔が浮かんだ。そんな俺に、リジットさんもまた、優しく笑って俺の頬に指を沈める。少しひんやりとした肉球の感触が、まだ熱い頬に心地好い。

  「ああ、ただいま」

  優しく降ってくるその声を聴きながら、起きようと身体を動かした。それが分かったのだろう、留めるように、彼の手が俺の肩を緩く押さえる。

  「無理をするな、寝ていろ。なにか欲しいものはあるか?」

  俺を慈しむように言ってくれる言葉。それに、ううん、ないよ、って言いかけて。一拍置いて、それを飲み込んだ。欲しいものは、…いっこだけ、ある。

  「うん、あの…」

  「どうした?」

  どうやら、俺のこころは、すっかり婚姻したばかりの頃に戻ってしまっているらしい。それでも、口に出すのが少し恥ずかしくて、口ごもってしまう俺に。促すように優しく、リジットさんが俺を覗き込むようにして問いかけてくれる。それに勇気をもらって、もう一度口を、開いた。

  「えっと、…その、だっこして?」

  口ごもった所為か、熱の所為か。自分でも思った以上に、幼くなってしまった口調。それに、更に顔が熱くなるのを感じながら、彼へと、両手を広げるようにして差し出した。そんな俺に、リジットさんが一瞬だけ眼を見開いて。…それから、破顔するように、嬉しそうに笑ってくれる。

  「勿論。…おいで」

  そう言って、リジットさんが俺の腕を彼の首後ろに回して、そのまま彼の膝に乗せるようにして、俺の望んだ通り抱っこしてくれる。リジットさんに寄り掛かるように、全身を彼に預けながら、ぎゅう、と彼に抱き着いた。リジットさんの服装は、軍服のままだ。…きっと、帰ってきて真っ直ぐに、俺の傍らへと来てくれたんだろう。そう想うと、ただでさえ滲んでいる視界が、またひとつ潤む。

  まるで小さな子どもみたいに、リジットさんにしがみついた。リジットさんの手も、小さな子をあやすみたいに、俺の後ろ髪や背を撫ぜてくれる。それが嬉しくて、猫のように彼へと全身を擦り寄せた。

  「…あのね、リジットさん。俺、さっきまで夢を見てたんだ」

  「夢?どんなだ?」

  

  リジットさんに抱っこしてもらうのが、心地好くて、心地が好すぎて、とろとろと、また睡魔が襲ってくる。軍服越しに、彼のふかふかの獣毛と、その下で脈動するしなやかな筋肉を感じながら、ゆっくりと口を開いた。

  「あのね、…笑わないで聞いてくれる?」

  「当たり前だろう。どんな夢だったんだ?」

  幼い子どもになってしまったような、舌足らずな俺の口調にも、リジットさんは優しく応えてくれる。声と同じ程に優しい手つきで、俺の後ろ髪を撫ぜてくれながら、リジットさんがそう聞き返して、促してくれた。それが嬉しくて、とろりと蕩けた頭で、また口を開く。

  …俺が、さっきまで見ていた光景は、ただの夢だし。それに、俺が想って感じたことだって、きっと、ただの夢への感想に過ぎない。

  でも、…リジットさんは、分かってくれるって想った。分かって、そして俺と同じことを想って、笑ってくれるって。だって、…リジットさんは、世界一大好きな、俺の旦那さまなんだから。

  『あのね、俺、夢でね?リジットさんのおとうさんとおかあさんに、お逢いしたよ!』

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