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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【58】

  がらがらがら、と。馬車の車輪が回る音が、振動と一緒に心地好く響く。

  「ねー!ねーえー!まだ?まだ?」

  いつもよりも大きめの馬車の、向かい側で。ロバストと並んで座っているアレクが、上半身を乗り出すように馬車の窓に張り付きながら、何度目かの問いかけを俺たちに投げかける。その耳は、わくわくと興奮した素振りをまるで隠さないように、ぴいん、と綺麗に立っていて。尻尾も、ぶんぶんと揺れる音が聞こえるほどに、大きく揺れている。

  「もー、まだだって!さっきも同じこと言ってたじゃないか。ほら、あぶないからちゃんと座れよ」

  そんなアレクに、ロバストが少し大きな声でそう注意しながら、ちゃんと座席に座らせる。その言い方は、俺に話す時よりも、大分大人っぽくてしっかりしていて。はしゃぐアレクを座らせる手つきも、もうすっかりと『お兄ちゃん』だ。

  …その光景に、思わず顔が緩んでしまう。ちょっと前までは、ロバストもはしゃぎすぎて、リジットさんに諭されていた側なのに。アレクよりもやんちゃで、馬車に乗せると靴も放り出して座席の上でぴょんぴょん跳ねてしまったりして、それでリジットさんや俺に叱られたりしてたのに。

  そんな光景が、鮮やかに思い出されて、口を隠して小さく笑ってしまう。それと一緒に、俺と並んで座っているリジットさんが息だけで笑う声も、小さく聞こえた。その音に、緩む口を隠したままで、上目で彼を見上げれば。眼を優しく細めて笑っているリジットさんも、俺を見てくれる。俺の肩に回されている腕が、優しく俺の肩を撫ぜてくれるのが擽ったくて、心地好い。

  そのまま、視線を合わせて小さく笑い合う俺たちに。リジットさんの膝の上のいるジーニャも、その円い目で俺たちを見上げて、嬉しそうにその小さな手を合わせながら、きゃっきゃっと笑った。

  良く晴れた、9月の始め。今日は、夏の最後の想い出にと、家族みんなで出かけることにした。

  場所は、お屋敷からほど近い森林公園。ロバストが赤ちゃんだった頃から何度も訪れている場所だ。そこなら、馬車で向かえばそう時間もかからないから、夕暮れに帰る予定でも充分に遊べる。公園と言ってもすごく広くて、芝生の敷き詰められた丘や、噴水もある大きな池や、水遊びも出来るような小さな滝と川もある。

  9月に入ってから、朝と夜は薄っすらと肌寒くなったけど、昼間はまだまだ太陽も眩しくて暑いくらいだから。今度の休みには、そこで水遊びでもしようか、ってリジットさんが言ってくれて。それに、子どもたちも大喜びで大賛成で。だから俺も嬉しくって、朝からはりきってお弁当を作ったりした。今年は林檎が少し早く市場に出てきたそうで、いい林檎をメイドさんが買ってきてくれたから、それも2つほど、切らずにデザートとして持ってきている。残りはあとで、アップルパイやジャムにしよう。林檎を甘く煮詰めてつくるアップルパイは、子どもたちも大好きだ。リジットさんは甘いのがそこまで得意じゃないから、甘さを控えたのも作りたいな。

  そんなことを考えながら、バスケットを乗せた足を、子どものように小さく揺らした。今、俺の膝の上にはお弁当や、芝生に引くブランケットや、子どもたちの着替えが入っている大きなバスケットが乗っている。

  本当は、リジットさんがバスケットを持ってくれるって言ってくれたんだけど、…やっぱり、お休みの日には、子どもたちとたくさん触れ合ってあげて欲しいから。俺は、リジットさんがお仕事の間、子どもたちとずっと一緒に居られるけど。リジットさんが子どもたちとゆっくり一緒に居られるのは、お休みの日しかないから。だから、俺がバスケットを持つから、リジットさんは子どもたちを抱っこしてあげて、って俺がお願いしたんだ。そんな俺の言葉に、リジットさんは少しだけ眼を見開いてから、その眼を細めて笑ってくれて。『有難う』、って、俺の頬を撫ぜて、笑ってくれた。

  その時の感触を思い出して、頬を押さえて思わずにやける。そんな俺に、肩に回された彼の腕が、俺の手に重ねるようにして、頬に触れた。そのまま、彼に凭れていた身体が更に寄せられて、抱き込まれるように彼の腕の中に収まる。

  リジットさんの腕の心地好さに、思わずうっとりと目を細めてしまう、俺を。アレクが不思議そうに、でも嬉しそうに耳を揺らしながら見遣っていて。…ロバストが、ちょっとだけ照れたように、視線を彷徨わせてから窓の外を見遣る。それから、気づいたように、俺たちへ向き直って、笑って言った。

  「おとうさんおかあさん、もうすぐつくよ!」

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  ロバストの言うとおりに、それからほどなくして、馬車が森林公園へと到着した。

  がらがら、と、ゆっくりと車輪が止まって、馬車が道端へと着けられる。馬丁さんが馬を停めて、それから馬車の扉を開けてくれた。跳ねるように、座席からアレクが飛び降りる。

  「おれいちばーんっ!」

  「ああ!こら待てアレクっ!はぐれちゃうだろ!」

  そのまま、勢いよく馬車からも飛び降りたアレクが、途端に駆けだそうとする。それを分かっていたかのように、ロバストがアレクの襟首を掴んで止めた。…手とかじゃなくて襟首なのは、それが一番的確だと本能で分かってるからなんだろうか。腕や手だと、興奮してるときには掴もうとしても弾かれちゃうときがあるからなあ。

  わあ、と驚いた声と同時に、アレクの足が止まる。ロバストの力加減も絶妙で、絶対に首が締まるような強さでは絶対に掴まない。『お兄ちゃん』だからこその、弟あしらいとでも言うのだろうか?俺やリジットさんだと、止めようとする時でも、やっぱり襟首には手が向かわないから。…そこが、やっぱり兄弟なのかな、って思う。兄弟だからこその、扱いと手加減。…いいな、って、思わず顔がほころんだ。俺にも兄が二人いるけれど、…歳も離れているし、どちらにもやっぱり、俺は相手にされてなかったから。だから、この子たちが仲良くしているのを見ると、可愛くて、嬉しくて、…何故だか泣きそうになってしまう。

  「にいちゃ、ありがと」

  「うん、もうはしるなよ」

  止められたアレクが、ロバストを見上げて嬉しそうに笑う。それに、ロバストも頷いてから、襟首から手を離した。それから、ロバストの手が、アレクの頭をわしわしと撫ぜる。その手つきが、…やっぱりリジットさんとよく似ていて、ほころんでいた俺の顔が、更に自然と緩んだ。…ああもう、ロバストってばこんなに小さい時から格好良いだなんて!これは大きくなったら、もてもてになっちゃうよ!

  どれだけ顔が緩んでいたのか。あと。顔だけで、何を考えていたのか分かってしまうほどだったのか。リジットさんが俺を見て、可笑しそうに眼を細めた。それから、俺へと手を伸ばして、…俺の頭を、優しく撫ぜてくれる。うわ!俺が何考えてたのかばれてた!?

  赤くなった俺の頬まで、リジットさんの手が優しく滑っていく。一気に熱くなった頬に、少しひんやりとした肉球の感触が心地好い。自然と目を細めてしまう俺に、リジットさんの顔が近づいて。…鼻先から掠めるように、俺の額に彼の口がふわりと触れた。…一瞬、口じゃなくて残念、って思ってしまって。それから、こころのなかで勢い良く首を横に振る。いや、いやいやいや俺!子どもたちの前だよ、何考えてるの!

  いろんな思いで真っ赤になってしまった俺を、分かっているのか。リジットさんが、また眼を細めて可笑しそうに、でもとても優しく笑ってくれる。それから。

  「ほらアレク、父さんと手を繋ごう」

  リジットさんの手が、アレクへと伸ばされた。アレクの顔がぱ、っと輝いて、つなぐ~!と飛びつくようにリジットさんの手を掴む。その光景を、目を細めて見遣ってから。

  「ロバストは、お母さんと手を繋ごうよ」

  俺も、ここ最近で更にしっかりしてきた長男へと手を伸ばした。少しだけ恥ずかしそうにしたロバストが、俺へと手を伸ばして。…その手が、俺の手ではなく、バスケットに伸びる。そのまま、俺が持っていたバスケットの持ち手を、まだ小さな手がしっかりと掴んだ。

  「…これ、おれが持ってあげる」

  少し照れたような、幼い中にも大人びた声色。耳の先が少しだけ垂れて、リジットさんそっくりの黒色の獣毛すら赤く染めるようにしながら。ロバストが、もう片方の手も重ねて、俺のバスケットを両手で持った。

  え、大丈夫だよ、重いでしょ?喉まで出かかったその言葉を、…俺を見上げるロバストの、その真っ直ぐで凛々しい眼に、喉奥で、飲み込んだ。リジットさんも、俺に目配せするように眼を細める。…うん、そうだね。

  「ありがとう、ロバスト。すごく嬉しいよ」

  飲み込んだ言葉に代わりに。俺たちの可愛くて、大事で、…大人へと、格好良く成長していく息子を、ぎゅう、と抱きしめた。ロバストの顔が、俺の胸肉に沈んで。黒色の耳が、困ったように揺れているのが目に入って、顔が緩む。さっきよりかも、黒色の獣毛を赤が染めているようで、それがこの子の照れ具合を表しているようだった。学校に入学してから、ロバストはこういうスキンシップに照れるようになってきていた。けれど、どれだけ照れたとしても、決して俺の手を払ったりはしない。

  こうやって抱き締められるのが恥ずかしいっていうのは、やっぱり成長している証なのかな?でも、まだまだ子どもでいいのにな。前みたいに、おかあさん!って抱っこをせがんでくれても、いいのにな。子供たちの成長はすごく嬉しいけれど、…こうやって、ぎゅうって出来ることが少なくなってしまうのは、やっぱり寂しい。

  

  ロバストは、リジットさんが大好きで。だから、早くリジットさんみたいな、格好良くて凛々しくて、素敵な大人になりたいって思ってるのかもしれない。…でも、そんなに早く大人にならなくてもいいんだよ。もっと、俺たちの子どもでいてくれて、いいんだよ。それが、リジットさんも俺も、嬉しいんだよ。

  …なんて。これは、ただの俺の我儘なんだけど。それが分かってるから、口には出さないけど。でも。そんなことを思いながら、まだまだ小さな俺たちの可愛い長男を、更に強く抱き締める。俺の足を、ぱたぱたと勢いよく揺れるロバストの尻尾が掠めて、触れて。それが嬉しくて、まだ小さな身体をぎゅうぎゅうときつく、抱きしめた。

  

  **********************************

  この森林公園で、水遊びの出来る川は、少し奥まった場所にある。

  

  9月になったとはいえ、まだ暑いからこの水浴び場もひとがたくさんいるかな、って思ったんだけど。たどり着いたその川のほとりには、誰の姿も見えなかった。どうやら、みんなもう水浴びではなくて、芝生の丘や森林の散策の方に足を向けているらしい。まだ紅葉には大分早いけど、この高く遠い空に木々の緑は良く映える。気の早い樹木のなかには、薄っすらと黄色く色づくものもあるから、そういう木々を見ながら紅葉を待ち侘びたりもしてるんだろう。

  なので、この川辺は今、俺たち家族の貸し切りのようになっていて。ぱしゃぱしゃと、水が跳ねる音と。きゃあきゃあと、子どもたちがはしゃぐ声が、静かな川の木陰に楽しそうに響く。

  

  流石に全身水に入るのは寒いかな、って、水に入る用の服は持ってきてないんだけど。それでも、ロバストもアレクも裸足になって、躊躇いなく川の中へと入っていた。履いてる子供用のトラウザーも、膝の上まで折ってある。拭くためのタオルも、濡れてしまった時の為の着替えも持ってきているから、もし水のなかで転んでしまっても大丈夫だ。

  俺とリジットさんも、裸足になって川に足を着けている。ジーニャはまだ水が怖いのか、中に入りたがらない。興味はあるみたいで、手を伸ばして水に触れたりはするんだけど。ちょっと触ると、驚いたようにすぐに水から手を出してしまう。

  「ちめた」

  「うん、つめたいねえ」

  今も、俺の膝の上で、濡れた手をぱたぱたと振りながら、俺を見上げて目を円くする。そんな末の娘が可愛くて、俺の顔は緩みっぱなしだ。この子は、俺に瓜二つというくらいによく似てるって、みんなが言ってくれるんだけど。…俺なんかよりも全然可愛い、っていうのは、俺の欲目だろうか。ああでも、この子もやっぱり食べるのが好きで、もちもちのぷくぷくだから、やっぱり俺に似てるのかな?そんなことを思いながら、そのぷくぷくの頬を指でつつけば。柔らかな弾力で、指が自然と頬に沈む。ああ、可愛いなあ!俺たちの子は、なんでみんなこんなに可愛いんだろう!

  ふふ、って、息を漏らして笑いながら、ジーニャの頬をぷにぷにとつつく。遊んでいると思ったのか、ジーニャも小さな歯を見せながら、楽しそうに大きく笑った。

  そんな、俺たちに。リジットさんの指が、隣から伸びる。あ、リジットさんもジーニャと遊びたいのかな、って。笑ったまま振り向いた俺の、…その頬を、包むようにリジットさんの手が触れた。あれ。

  「り、リジットさん?」

  俺にとっては、不意打ちだったリジットさんの手のひら。ぎゅうん、と熱の上がった頬を、ざらりと荒くて、ひんやりと冷たい肉球がゆっくりと滑っていく。俺の目の前で、リジットさんがその琥珀色の綺麗な眼を細めて、優しく笑った。俺の大好きな、リジットさんの笑顔。

  「お前は、本当に可愛いな」

  囁くような甘い声が、子どもたちの歓声と水音のなかでも、はっきりと俺の耳に溶ける。そのまま、俺の頬に彼の指が沈んだ。その親指が、俺の唇に掛かって、軽くなぞる。あ、と、息だけの声が漏れたのが、身体から聴こえた。頬を越して、身体中が溶けるほどに熱い。

  そのまま、リジットさんの顔が俺へと近づいて。彼の眼の中に、真っ赤な俺が映るのが分かるほどに近くなる。彼の息すら耳に届いて、自然と瞼が下りた。そのまま、彼の口が、俺の唇に触れて。

  「おとーさん!えい!」

  「わあ!ばかアレク!いまはだめだって!」

  ぱしゃっ。無邪気な掛け声と、慌てたような静止の声。それと一緒に、リジットさんから水音が響いた。驚いて、慌てて閉じていた目を開ければ。…目の前には、頭から胸元までをびしょりと濡らしたリジットさんが、驚いたように眼を見開いているリジットさんの姿。俺やジーニャには一滴も掛からないほどに、見事にリジットさんだけを狙ったその水は、リジットさんのふわふわの獣毛に染み込んで、そのままぽたぽたと水滴を滴らせていた。

  「…今、水を掛けたのはアレクか?」

  「うん!」

  

  困惑したようなリジットさんの声と、元気よく頷くアレクの声。それを聞きながら、傍らに置いたバスケットを大急ぎで開いて、タオルを取り出す。それを手渡そうとして、リジットさんに手で制された。その眼は少しだけ困ったようで、…それでも楽しそうに、優しく細められている。ぽたぽたと、濡れて更に艶やかになった黒色の獣毛から水粒を滴らせながら、俺の大好きな笑顔で笑っているリジットさんは、…堪らなく格好良かった。

  体内から、熱が上がる音が聞こえるように、身体中がまた熱くなる。手に持ったタオルを、ちゃんと掴めているかも分からないくらいに、意識が彼へと持っていかれてしまっていた。…ああ俺は今、きっとすごく間抜けな顔をして、彼に見惚れている。でも、それも気にならないくらいに、…俺の大好きな旦那さまは、堪らなく格好良かった。

  「おとーさん!おとーさんもあそぼ!あそぼー!」

  アレクが、水を滴らせるリジットさんの手を掴んで、ぐいぐいと引いた。リジットさんの顔が、ますます楽しそうに笑んでいく。白色のシャツがぺたりと獣毛に張り付いて、そのしなやかな筋肉が目に見えて分かる。いつもは、…そういうときにしか見られない、彼の姿に。あわあわと何故だかジーニャを抱っこして、その頭に顔を埋めた。どっどうしよう!リジットさんが格好良すぎて今直視できない!顔どころか全身が燃えるようで、きっと俺は今、茹蛸よりも更に赤い。

  「全く、お前たちは仕方がないな」

  リジットさんが、笑いながら言う声が、辺りに心地好く響く。リジットさんが川に入っていく水音。おとうさんごめん、おれとめたんだけど、ってロバストが謝る声。それに穏やかに笑う彼の声がまた、聴こえて。…ああ、きっと今、あの優しい顔で、ロバストの頭をリジットさんが撫ぜている。目の前の光景を思い浮かべながら、ジーニャの頭に顔を埋めたまま俺も笑う。

  「おとーさんいくよ!えい!」

  アレクの元気な声が、空に響いた。それと一緒に、弾けるような水音も耳に届いて、…ジーニャを抱きしめたまま、その頭から、ゆっくりと頭を上げた。

  

  目の前で。俺の、誰よりも大好きで、世界一格好良い旦那さまと。俺たちの、何よりも大事な息子たちが、水飛沫を上げながら楽しそうに笑っている。きらきらと、太陽の光を水粒が弾いて、鮮やかに煌めく。

  それを見つめながら、俺たちの何よりも大切な娘を、また抱きしめて。…ああ、幸せだなあ、って、こころのなかで噛み締めるように想った。

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