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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【58.5】
川辺で、楽しそうに水浴びをする、俺の世界一大好きな旦那さまと、可愛い子どもたち。
…その姿を見つめているだけで。あっという間に、時間が経ってしまっていた。
気づけば、いつの間にか、太陽はすっかり上へと上っていた。…もうお昼だ。それに気づいたのか、それともおなかがすいたのか。3人が水を掛け合う手を止めて、こっちを見る。
「おかーさん、おなかすいた!」
元気なアレクの声が、静かな川辺に弾むように響く。そんなアレクに思わず笑いながら、バスケットからタオルを取り出した。本格的に泳ぐわけじゃないけど、念のために持ってきた大きなタオル。…これは持ってきすぎかな、と思ったけれど、持ってきて良かった!
「うん、じゃあそろそろ、芝生の丘に行こうか?そこで、お昼ごはんにしようね」
そう言うと、アレクが両手を高く上げて、やったー!と声を上げる。そんなアレクに、リジットさんが優しく眼を細めて笑った。それから、手早くシャツを脱ぐと、ぶるん、と大きく身体を振る。濡れそぼっていた獣毛から、一気に水が飛んで、きらきらと辺りに舞い散る。飛び散る水粒が、川面に幾つも波紋が広げた。
きらきらと水粒を跳ねさせながら、黒色が艶やかに映える獣毛を、木陰の日差しを柔らかく弾く。…その様があんまりにも綺麗で、格好良くて。思わず緩んでしまう頬を手で隠しながら、こっそりと彼に見惚れた。ああ、俺の旦那さまは、本当に世界一格好良い!
息子たちも、そんなリジットさんに倣ってだろうか、シャツを脱ぐ。ロバストは、もう上手にボタンを外して、シャツをひとりでも脱げるけれど。アレクは、ボタンのないシャツをまだうまく脱げない。それをリジットさんが手伝ってあげて。万歳をしたアレクから、一気にリジットさんが服を引き抜いた。その様すら可愛らしくて、見守りながらまたも顔が緩んでしまう。
身体を振ると水が切れる、と言うのは、リジットさんを見て覚えたのだろうか。それとも、やっぱり生まれた時から分かってるのかな?リジットさんと同じように、ぶるぶると身体を振って。跳ねさせながら水を切る子どもたちに、目を細めてその様を見遣りつつ、そんなことを思う。お風呂でも、小さなころから息子たちはこうやって水を切っていた。それの真似っ子なのか、近頃はジーニャもそうやって身体をばたばたと振っては水を切っている。それでも、やっぱりお兄ちゃんたちとは違ってうまく水が切れないらしく、その円い頬を膨らませては、尚もぱたぱたと手や身体を振っている。そんなジーニャに目を細めながら、タオルを持って、子どもたちへと手招きした。
「ほら、新しい服に着替えよう?こっちおいで」
俺の言葉に、子どもたちが川岸に上がって、俺のほうへと駆けてくる。身体を振っただけで、獣毛の水気はかなり飛んでいるようだった。最後に、ふかふかのタオルでごしごしと丁寧に身体を拭いてあげれば、もうほとんど濡れているのが気にならないくらい。
最初に俺のほうへと駆けてきたアレクから、タオルで頭から全身をごしごしと拭いてあげる。いつもはやんちゃなアレクも、この時は気持ち好さそうに、俺の手のなかで大人しくしていた。その茶色と黒色の獣毛が、ふわふわになったのを確認してから、新しい服をその身体に着せる。最後に足まで拭って、靴を履かせれば、もう水に濡れたことが分からない。…流石に俺が水に濡れたら、髪の毛はここまで一気に乾かないから、少しだけ羨ましい。
同じように、ロバストの身体もタオルで拭いてあげる。ごしごしと頭を拭ってあげると、身体は自分でやるからいい!と、タオルを奪われてしまった。本当に、もうすっかり『お兄ちゃん』だ。そんなロバストに、ちょっと寂しさも込めて笑いながら、着替えと靴を渡してあげる。
「リジットさんも」
「ああ」
そう、リジットさんに声を掛けると。みんなの洋服の水を切っていたリジットさんも、俺の方へと来てくれる。そんなリジットさんに、タオルを渡そうとして。…俺の前へと屈んで跪いたリジットさんに、一瞬目を丸くする。それから、…自然と、俺の顔が笑み崩れた。彼の為のタオルを開いて、その頭をそうっと包み込む。そのまま、ごしごしと彼の頭を拭いてあげると、…タオルに隠れた顔のなかで、その眼が嬉しそうに細められるのが、俺にだけ見えた。…あぁ、もう!俺の旦那さまは、世界一格好良くって、こういうところがすごく可愛い!そのまま抱き着きたくなる衝動を抑えながら、尚もその頭をタオルで拭いた。…こういう時のリジットさんは、本当に格好良いのに、どこか小さなこどものようで、堪らなく可愛い。…こんなことを想ってるなんて、リジットさんには内緒だけれども。
もう、頬が落ちてしまうのではないかと自分で思うほどに、顔を緩め崩しながら。リジットさんの頭を更にごしごしと拭いて、首回りまで拭う。そうすると、少し照れたように笑いながら、有難う、ってリジットさんが言ってくれる。そのまま、リジットさんが手を重ねるようにして、俺の手からタオルを取った。…ちぇー、もっと拭いてあげたかったなあ。なんて、そんなことを思ったのも、俺の中だけの秘密だ。
身体を拭き終わったタオルや、濡れた洋服を仕舞う間に、ロバストやリジットさんの着替えも終わったらしい。リジットさんがまたジーニャを抱っこしてくれて。荷物を仕舞ったバスケットも、ロバストがまた持ってくれる。服やタオルが濡れてしまった分、更に重くなっていると思うのに。…ロバストは、さっきは両手で持っていたバスケットを、今度は片手で持っていた。
「重くない?」
「ぜんぜん!おれ、おかあさんより力あるから!」
俺の問いかけに、ロバストが眼を輝かせてそう返す。その顔はどこか誇らしげで、満足そうで。だから俺も、ロバストはすごいなあ、って、その頭を撫ぜた。そうすると、ますます得意そうにロバストが笑う。その顔がすごく可愛くて、俺も笑った。そんな、俺たちに。
「おれもおとうさんにつれてってもらうー!」
無邪気なアレクの声が聞こえて、2人の方へと顔を向けた。見れば、アレクがリジットさんの二の腕にぶら下がって、楽しそうにはしゃいでいる。
リジットさんは、片腕でジーニャを抱っこしているのに、もう片腕にアレクがぶら下がってもびくともしない。寧ろ軽々と、二の腕にぶら下がるアレクを持ち上げていて。その光景に顔を緩めながら、密かに見惚れた。
きゃあきゃあと歓声を上げながら、両手でリジットさんの腕にぶら下がるアレクは微笑ましくて。そんなアレクを、眼を細めて見遣っているリジットさんは、いつも以上に凛々しくて、優し気で、とっても格好よくて。…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけど、…アレクが羨ましいな、なんて思ってしまったのは、俺だけの秘密だ。だって、俺の体型で、その片腕にぶら下がるなんて、…流石に出来ない。だって俺がリジットさんの腕にぶら下がったりなんてしたら、リジットさんが身体を痛めてしまうかもしれないじゃないか!いや、かもしれない、じゃなくて確実に痛めてしまう!俺の、誰よりも大事なリジットさんに、俺の所為でそんな目に合わせるわけには、絶対いかない。
これが、俺とリジットさんが出逢った頃だったら、とか一瞬思ったけど、…その頃から俺はころころと丸かったからなあ。今よりは少しましかもしれない、程度で。だからやっぱりあの頃でも、俺なんかが腕にぶら下がったら、リジットさんが重くて大変だっただろう。うん。
そんなことを考えながら、自分を納得させて頷く俺に。ロバストが、俺の腕を掴んで、軽く引く。さっきまでの、得意そうな顔は鳴りを潜めて。どこか真剣な顔で、俺の腕を引いて、真っ直ぐに俺を見上げてくる、俺たちの長男。その、リジットさんにそっくりの、綺麗な琥珀色の眼を、俺も、目を細めながら真っ直ぐに見返した。
「おかあさん」
「うん、どうしたの?」
呼びかけられて、ロバストの目線まで屈みながら、声を返す。日に日に大きくなっている、と言っても過言ではないほどに成長の早いロバストは、今や俺の胸まで背が伸びていた。腕や足もまだまだ細くて小さい、と思っていたけれど、…きっと直ぐに、リジットさんみたいにしなやかにしっかりとた腕や、大きな手のひらになるのだろう。その姿が待ち遠しいような、…やっぱり寂しいような気持ちになって、ロバストの頭に指を滑らせた。もうすっかり乾いてふかふかの獣毛は、リジットさんの獣毛の毛並みとそっくりだ。
そんな俺の耳元に、ロバストが内緒話のように、顔を寄せる。俺も、もう少し背を屈めて、ロバストの顔へと、耳を近づけた。あのね、って声が、耳を擽る。
「あのね、俺がおとうさんみたいに大きくなったら、俺がおかあさんをもちあげてあげるからね」
息に近い、小さな声。その声言われた言葉に、思わず目を丸くする。俺の思ってたことがばれてた!?しかも息子に!一気に顔に熱が上がって、耳朶まで熱くなる。うわーっ!うわ、恥ずかしい!リジットさんにぶら下がってるアレクが羨ましいなんて!そんなこと思ってたってロバストにばれてしまった!?
あわあわと、言い訳しようとして口が動く。けれど、…俺を真っ直ぐに見遣りながら、照れたように笑う俺の可愛い息子に。言い訳しようという気持ちが、段々と薄れていく。…ああ、この子はやっぱり、俺がリジットさんにぶらさがるアレクが羨ましい、って分かったんだな。でも、今は、きっと。…俺が『おかあさん』だから、我慢してるって思ったんだ。…分かったんだ。そう思うと、恥ずかしいっていう気持ちよりも。…この子の優しい気持ちや思いやりに、こころがあたたかくなった。…ああ、俺たちの息子は、やっぱりリジットさんによく似て、優しいなあ。
「うん、ありがとうロバスト」
そんな想いを込めて、ロバストの目を見つめながら、目を細めてまた、笑った。そのまま、またその頭を撫ぜると、面映ゆそうな顔で、それでも気持ちよさそうに眼を細めた。…ああ、本当にロバストは、毎日成長して。毎日お兄ちゃんに、…大人になっていってるんだな。
それをまた実感してしまって、撫ぜる手に力がこもる。ああ、きっとロバストは、今ロバストが目標にしてる通りに、リジットさんと。おとうさんと同じくらいに、格好好くて、素敵な大人になるね。その時が来るのが、…今から、すごく楽しみだな。
そんなことを想いながら、ロバストの空いている手を、ぎゅう、と握って繋ぐ。
「お、おれこどもじゃないよ!」
「うん、でもおかあさんは、ロバストと繋ぎたいなあ。…だめ?」
恥ずかしそうに声を上げたロバストに、笑ったままでそう聞くと。少しだけ口を尖らせてから、ちょっとだけ照れたように笑って、ロバストが俺の手を繋ぎ返した。俺よりも小さくて、でもきっと、もうすぐに俺よりも大きくなるだろう、この子の手のひら。
そのまま、『だめじゃないよ』、って声が、小さく聞こえて。ぎゅうぎゅうと、俺の手を繋ぐ手に、力が籠められる。そんなロバストに、俺も笑って。
「ありがとう、ロバスト」
もう一度、そう言って。ロバストと同じように、俺も。ぎゅう、って繋ぐ手に、力を込めた。
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芝生の丘に着いたのは、お昼には少し遅い時間になった頃だった。
辺りを見回すと、そこでは、少なくないひとが思い思いに過ごしている。少し遅いお昼ご飯を食べている家族、寝転んでいる子や本を読んでいるひと。その中でも、あまりひとがいないところを選んで、ブランケットを引いた。バスケットの中からお弁当を取り出して、そこに並べる。
「おれ、たまごのサンドイッチ食べるー!」
「あっ!ひとつは俺のだから!ぜんぶとるなよ!」
わあわあと賑やかに、ロバストとアレクがサンドイッチを取り合いしている。それを笑って見遣りながら、サンドイッチを入れた箱を更に並べた。
「ほら、ふたりとも喧嘩しないのー。たまごのサンドイッチはまだたくさんあるよ」
そう言うと、2人の顔がぱっと輝く。…チーズとハムよりも、スモークサーモンとクリームチーズよりも、うちの子たちはたまごのサンドイッチが好きらしい。うちの、言うか俺のたまごのサンドイッチは、ゆで卵のたまごサラダではなく、甘い炒り卵に卵黄とビネガーのソースを加えるだけのシンプルなものだ。それが一番好きだと言うのだから、…やっぱりこの子たちは、俺たちの息子なんだな、って、くすぐったくて、嬉しくなる。だって、このサンドイッチは俺が、たまごサラダよりも甘いたまごが好いな、って思って作ったものだし、それに。
「フラフィー、俺にもそれをひとつ貰えるか?」
ジーニャを抱っこして、ジーニャ用のお昼ご飯を食べさせてくれているリジットさんが、俺に手を伸ばす。それ、っていうのは勿論たまごのサンドイッチのことだ。…リジットさんも、俺の作るサンドイッチのなかで、このたまごのサンドイッチが一番好きでいてくれてるんだよね。お肉や、白身のフライのサンドイッチがあっても、俺のたまごサンドが一番好きだ、って笑ってくれる。だから、俺がサンドイッチを作るときには、このたまごサンドを一番多く作るようになったんだ。
リジットさんと出逢う前は、…俺しか食べる人がいなくて。俺しか好きじゃないと思っていた、甘い炒り卵のサンドイッチ。それを、リジットさんが好きだって笑ってくれた時、すごく嬉しかった。俺が作ったものを、俺と一緒に食べてくれて。俺と同じものを、美味しいって言って、笑ってくれる、初めてのひと。…だから、俺も、前以上にこのサンドイッチが好きになった。
そんなサンドイッチを、…俺たちの息子も一番に好きだと言ってくれるなんて。やっぱりこの子たちは、俺たちに似てるんだな、って。流石、リジットさんの俺の子どもだな、って。すごく嬉しくて、なんだか照れくさくて、擽ったい。
早く、ジーニャも同じものが食べられるようになればいいな。この子にサンドイッチを食べさせたら、何のサンドイッチが好きだっていうかな?そんなことを思うと、すごく楽しみで、こころが弾む。
そんな風にして、みんなでお弁当を食べると。たくさん作ったはずのサンドイッチやサイドディッシュも、あっという間になくなってしまう。…俺も食いしん坊だし、子どもたちも最近たくさん食べるようになったし、リジットさんも大人の男のひとだから、って、余ってもいいやってくらいにたくさん作ったはずなのに!やっぱり、外でみんなで食べると、また違うなあ。ジーニャも、用意したご飯を完食して、ご機嫌そうにリジットさんの膝の上で笑っている。そんなみんなの顔を見ていると、俺まで顔が緩んでしまう。
よし、じゃあデザートかな。そんなことを思いながら、林檎をひとつ、手に取った。皮を剥こうとして、眼をきらきらとさせたアレクの声に、手を止める。
「おかーさん!りんご、おれにして!」
一瞬、その意味を考えてしまって。それから、思わず笑ってしまった。ああ、『あれ』かあ。
「うん、ちょっと待ってね」
「わあい!」
俺の言葉に、アレクが更にきらきらと眼を輝かせた。そのまま、俺の手元を凝視するように見つめる。気づけば、ロバストもジーニャまで、俺の手元を眼を大きくして見つめていた。…ちょっと、緊張する、
まず林檎を八つに切って、芯を取って。それから、林檎の皮に、剥きやすいように切り込みを入れる。真ん中よりも短い、上から三分の一辺りのところ。例えば、これがうさぎりんごなら、その耳の皮は少し長めに作るのだけれども。これは、…うさぎりんごではないから。
しょりしょりと、皮を剥く音さえ聞こえるほどに、子どもたちは静かに俺の手元を見つめている。…そんなにすごいことはしていないのだけれども。それでも、この子たちにとっては、今の俺はまるで手品に見えるらしい。それが面映ゆくて、くすぐったくて、俺の頬が自然と緩んだ。
うさぎよりも短く、綺麗な三角の形をした耳を林檎の皮で形作って、その先に小さく目を作る。と言っても、ナイフの先で小さくまあるく円を二つ作るだけだけど。
「はい、アレク」
「やったー!おれのりんご!」
一番最初に作ったそれを、アレクに差し出す。それを、アレクが両手で受け取って、大きく上に掲げた。その顔は、満面笑顔できらきらと輝いている。うさぎよりも耳が少し短くて、眼がまんまるなのが、アレクの言う『おれのりんご』だ。前に、うさぎりんごを少し失敗してしまって、耳を短くしてしまったのを、子どもたちが『おれたちみたい!』って気に入ってくれて。それから、この切り方が定番になった。
次の林檎を手に取った俺に、ジーニャが、今度は私、とばかりに手をぱたぱたと動かした。
ジーニャはまだ2歳だから、林檎も皮を綺麗に剥いて、林檎も薄く切らないといけない。でも、やっぱりお兄ちゃんとお揃いがいいみたいで、ジーニャに皮を剥いて薄いりんごを渡した時には、嫌がるように泣かれてしまった。それから、みんなとお揃いの耳をつけて、アレクよりも大きく円い目をした林檎を、『ジーニャのりんご』として、最初に渡してあげることにした。勿論、食べる為じゃなくて、見るだけの林檎として。それを手に持ってるだけで、ジーニャはみんなとお揃いだと、安心して満足するみたいだから。その後で、食べる用の、皮を剥いて薄く切った林檎を上げると、ご機嫌で食べてくれる。
今日も、その林檎を二つ作って、『ジーニャのりんご』を手に持たせる。食べるための林檎は、リジットさんが受け取ってくれた。その次は、ロバストだ。八つに切った林檎のひとつをまた手に取ると、ロバストの顔がぱ、っと輝く。
耳を一番鋭く尖らせて、眼も半円のように鋭くして、格好良くしたものが、『ロバストのりんご』。下の子たちと同じように、眼を円くして可愛らしく作ったら、眼を三角にして膨れられてしまった。曰く、『俺はかわいい、じゃなくてかっこいい、なの!』だそうだ。その姿こそ可愛くて、顔が緩んでしまったことは、ロバストには内緒だけれど。それからは、ロバストのりんごは一際格好良く作るようにしている。…でも。
「リジットさんも食べる?」
「ああ、貰おう」
子どもたちに林檎を剥いて、渡したあと。もうひとつの林檎を持ちながら、リジットさんにそう問いかける。それに、眼を細めて頷いてくれたリジットさんに、俺も笑いながら、またナイフを手に持った。
林檎をまた八つに切って、林檎の皮を短く飾り切りする。彼に林檎を剥くときに、…今までで一番、綺麗な三角に耳を整えてしまうのは、子どもたちにも誰にも秘密だ。耳だけじゃない、眼にも一番時間を掛けてしまうことも。
あの、俺や子どもたちに笑ってくれる時の、優しく細めてくれるリジットさんのあの眼。それを再現したいのだけれど、…やっぱり林檎とナイフじゃ、うまくいかない。結果として、今日も。リジットさんの眼とは似ても似つかない、ただの線の切り込みになってしまったそれを、リジットさんに手渡す。…これが、リジットさんの笑ってくれる顔を想ったものだ、ってリジットさんが気づいてくれるくらいに。自分で、この林檎はリジットさんの笑った顔なんだよ、って、彼に胸を張って伝えられるくらいに。上手に、なりたいな。
そんなことを思いながら、今日も、これがリジットさんの林檎だということを口に出来ずに、彼に渡す。
「はい、リジットさん」
「有難う」
俺の渡した林檎を、…リジットさんが、俺の想い描いていた優しい笑顔で受け取ってくれた。それを、リジットさんが口に運ぶのを、顔を緩めて見遣ってしまう。…こうやって、俺が作ったものを、彼に食べてもらえるのが。それを、俺が見ていられるこの時間が、…俺は、とても好きだ。
もっと剥こうと、手をまた林檎へと伸ばす。と、…子どもたちのはしゃぐ声が聞こえないことに気づいて、息子たちのほうへと目をやった。さっきまで、きゃあきゃあとはしゃいでいた俺たちの息子は、…いつの間にか、ブランケットの上で、くっついて眠っている。最近とみにしっかりしてきたロバストと、やんちゃなアレク。いつもは、喧嘩…というか、ロバストに叱られてばかりのアレクだけれども、やっぱり、こうやって見るととっても仲良しだ。
ふふ、って思わず声が漏れてしまって。慌てて口を押さえながら、もう一枚のブランケットをバスケットから取り出して、2人に掛ける。それが分かったのか、ロバストが少し手を動かして、むにゃむにゃと何か呟いた。アレクの腕は、お兄ちゃんにしっかり回っていて、…やっぱりこの子はお兄ちゃん子なんだな、って、更に微笑ましくなる。
「眠ってしまったのか?」
「うん、遊び疲れたのかな」
リジットさんの小さな声に、俺も、小声で笑って返す。それに、リジットさんも笑って、この子も寝てしまった、って、ジーニャを指した。その言葉に彼の膝を見遣れば、ジーニャのりんごを手に持ったまま、気持ちよさそうに眠っている末娘の姿が映る。その姿も可愛くって、またも思わず顔がほころんだ。
「ロバストたちと、一緒に寝かせてやろう」
そう言って、起こさないように丁寧に、ジーニャを抱っこしながらリジットさんが立ち上がった。俺も、ブランケットを持ち上げて、アレクの隣へとジーニャが寝かされるのを見守る。リジットさんの膝から、ブランケット越しの柔らかな芝生の上へと移っても、ジーニャは気持ちよさそうに眠ったままだ。その小さな手が、何かを探るように動いて、…アレクの尻尾の先をぎゅう、と掴む。あ、と思ったけれど、アレクは起きることはなく。ジーニャも、それが気に入ったように尻尾をしっかり握りしめたまま、眠っている。そんな、俺たちの子どもが可愛くて、可愛いね、ってリジットさんへと顔を、向ける。…思いもよらないほどの近くに、彼の顔があった。
あ、と、声にならないような息が、自分の口から漏れるのが聴こえた。そのまま、頬を優しく撫ぜられながら、彼の顔が更に近づくのを感じて、目を閉じる。心臓が甘く高鳴って、顔が熱くなって、…けれど、堪らなく嬉しくて、安心する。
俺の口に、彼の口が優しく触れるのが分かって、こころがとろりと蕩けた。ここが、外で人のいる公園だって分かってるけど。…それでも、とろとろに蕩けたこころは、この行為を止めようとは思ってくれない。それどころか、自分からも彼の背に腕を回して、もっとと言いたげに身体を擦り寄せた。そんな俺を、リジットさんが口と同じに優しい手で、頭から後ろ髪まで撫ぜてくれる。
口が離れても、ぎゅう、と彼にしがみつくように抱き着いたまま、彼の体温を感じていた。ぎゅう、とくっついた身体から、彼の心音すら伝わってくるようで。とくん、とくんと言う鼓動が、俺の身体にまで心地好く響く。
「おいで」
そんな俺を、リジットさんが身体をずらして、その膝の上へと乗せてくれた。さっきまでは、俺たちの娘が座っていた場所。そこに乗せられたことに、…なんとなく気恥ずかしくなる。もうおかあさんなのに、子どもと同じことをして、甘えさせてもらってる、って。
そんなことを考えてる、って、リジットさんに伝わってしまったのだろうか。目の前で、リジットさんが優しく眼を細めて、俺に笑ってくれた。…俺の大好きな、彼の笑顔。
「…こんなことを言うのは、親としてはいけないことかもしれないが」
囁くような彼の声が、耳を擽る。低くて、優しくて、蕩けるように甘い彼の、声。それを聴きながら、俺も、彼の腕のなかでうっとりと目を細める。まるで、二人きりの寝室のように、俺のこころが彼の、彼だけの雌へと戻ってしまう。
そんな俺に、彼の甘い声が、言葉を続けた。
「俺が、一番甘やかしたいのは、いつだってお前なんだ」
だから、俺の前でだけは、なんでも俺に甘えてくれ。そう、囁く声と一緒に。優しい感触が、耳朶に落ちる。…耳にキスされたんだと分かって、俺の身体が一段と熱くなった。彼の背に回した腕に、知らずと力がこもる。
「…なんでも?」
そう口にした自分の声は、我ながら舌足らずで。…とろとろに蕩けたこころが、彼に甘えてしまってることに、自分で気づく。彼の腕の中が、あたたかくて、心地好くて堪らない。まるで猫のように、シャツの上から、彼の獣毛へと顔を擦り寄せれば、ふかふかと柔らかな感触が頬を包んで滑った。正しく猫のように、喉が鳴っている気さえしてしまう。
そんな俺に。リジットさんが笑うのが、くっついた身体を通してまた、響いて。
「ああ、なんでもだ。例えば、…そうだな、まずは俺の腕にぶら下がるか?」
…言われた言葉に、彼の腕のなかで、瞑っていた目を思い切り見開いた。え、え。
「し、…っ知ってたの!?」
「分からないはずがないだろう?俺が、誰よりも一番、お前を見つめているんだ、気づかないはずがない」
驚きのあまり、一音目を大きな声で口から漏らしてしまって。慌てて小声に直しながら、目の前の彼へと聞き返す。そんな俺に、思わず可笑しそうに笑いながら、リジットさんがそう返してきて。…その言葉に、俺の顔を中心に、全身が一気に熱くなる。
彼の腕にぶら下がれる、って言うことを、羨ましがっていたとか!それがリジットさんにまでばれてたなんて!っていう恥ずかしさと。…リジットさんが、一番、俺を見つめてくれてる、って彼の言葉。その言葉の嬉しさが、俺の心のなかで混ざりあって、恥ずかしいのに嬉しくって、心臓が大きく高鳴った。思わず顔を両手で覆って、彼の膝の上でもだもだと転がってしまう。そんな俺を、リジットさんがまた、両手で優しく抱き締めてくれた。
「お前が望むことは、俺が何でもしてやりたい。だから、どんな些細なことでも、俺に言ってくれ」
優しくて、蕩けるほどに甘い声が、耳に溶ける。顔が熱くて、こころが蕩けて仕方がなくて、そこからでも幸せが身体中に満ちていくようだ。ゆっくりと、顔を覆っていた手を離して、また、リジットさんへと抱き着いた。
「あのね、じゃあね…」
こんなやり取りが、俺にとって、堪らなく幸せだって。俺の彼は、知っているだろうか?ふわふわと、幸せな気持ちに満ちながら。子どものように、彼にしがみついて、その胸に顔を埋めた。シャツ越しに、ふかふかの獣毛が顔を擽って、心地好さに目を閉じる。
「ああ、なんだ?」
要領を得ないだろう俺の言葉にも、そう、優しく声を返してくれながら。リジットさんが、また、俺の頭から後ろ髪までを、優しい指で撫ぜてくれる。その気持ち好さに、俺の意識がゆっくりと沈み始めた。ええとね、あのね。一気に襲ってきた睡魔に、むにゃむにゃと口を動かしながら、彼の背に回した手で、彼のシャツをぎゅう、と握った。…ああ、さっきのロバストよりも俺のほうが、子どもになってしまっている。そんなことが頭の片隅に過ぎって、けれど睡魔には抗えない。
そのまま、心地好い微睡みに落ちていく、俺に。リジットさん、優しくて甘い声が、蕩けるように響いて、聴こえた。
『おやすみ、願わくばお前の夢にも俺が出てきますように』
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