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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【60】

  もしかして。明日には雪が降るんじゃないかと言うくらいに、寒い夜だった。

  なんとなく、喉の違和感を感じる気がして、ふ、と意識が浮上した。無意識に、喉に唾液を送り込みながら、ゆっくりと目を開ける。

  どうやら、空気が乾燥しているみたいで、喉が少しだけひりついた。…いやこれは、乾燥だけじゃなくて。その前に、大きく声を上げていた所為かもしれないけれど。気絶するように眠った、その前の出来事を思い出して、一気に顔に熱が昇る。俺の、全身裸のままの姿と。俺を包むように抱き締めてくれる、俺の世界一大好きな旦那さまの、あたたかくてふかふかの獣毛に、…ますます、さっきまでの光景が鮮明になって。思わず両手で頬を覆えば、口元が照れるように上がっているのが、自分で分かった。その残滓を名残惜しむように、きゅう、とお尻の孔が締まってしまって、ますます顔が熱くなる。…ほ、ほんとに俺は、何を思い出してるのか!

  一人でわたわたしている内に、更に喉が乾燥したのか。けほ、と乾いた咳が、唐突に喉を突いた。風邪とかじゃなくて、本当にただ乾いた喉から出る空咳。けんけんと、そのまま2,3度咳き込む俺に、…優しい指が、俺の背を労わるように撫ぜてくれる。

  「…どうした?大丈夫か?」

  そのまま、閉じていた眼が薄く開いて。琥珀色の綺麗な眼が、心配そうに俺を映した。俺の背を撫ぜてくれていた手が、俺の身体に回って緩く、優しく抱き締められる。掛布よりも毛布よりも、何倍もあたたかくて心地好い彼の獣毛に包まれながら、そのあたたかさに自然と目が細まっていく。

  「うん、大丈夫だよ。ちょっと、喉が乾いちゃって」

  彼の背に、俺も腕を回して抱き着きながら。うっとりと目を閉じて、彼の言葉に頷いて答える。相変わらず、少しだけ喉は乾いたようにひりついていたけれど、…この心地好い腕の中から離れるなんて、出来そうにない。少なくとも、リジットさんから離れて水を飲みに行くとか、そんなことは考えられない。だって、朝になれば、絶対に起きなくちゃいけないんだもの。だから、…せめて、それまでは。

  そう思って、彼に抱き締められたまま、もう一度幸せな眠りに落ちようとした俺に。…リジットさんが、俺を強く抱き締めながら、身体を起こした。俺を、彼の獣毛で包むようにしてくれながら、掛布の下から毛布を剥いで、それも俺に掛けてくれる。

  「リジットさん?どうしたの?」

  「喉が乾いたのだろう?水を飲みに行こう」

  彼の行動に、思わず目を丸くしたまま問いかけた、俺に。リジットさんが、優しく眼を細めながらそう言って。…そのまま、俺を抱っこして立ち上がった。え、と喉奥で漏らした声は、もう一度、頭から掛け直してくれた毛布の中に消える。

  「え、あの、リジットさん、俺歩けるよ!?」

  「駄目だ。今日はいつもよりも寒いだろう。ルームシューズを履いたところで、寒さはそう変わらない。しかも、お前は裸だろう?風邪を引いたらどうする」

  そう言われて、今の自分の姿を想い出す。…確かに裸だ。や、でも、それなら別に朝まで我慢しても、全然!そう思って、尚も口を開こうとした、俺に。

  「朝まで喉の渇きを我慢するのも却下だ。それでお前が喉を傷めたり、風邪に繋がる可能性もある。…俺がこうやって、抱いていくのが一番いい」

  そう言って、リジットさんが眼を細めて、薄く笑った。琥珀色の綺麗な眼が、暗闇に鮮やかに浮かぶ。その笑顔は、俺が大好きな彼の表情のひとつで。…俺は、ぐ、と喉を鳴らして言葉に詰まった。ああ、そんな恰好い笑顔でそんなこと言われて、俺が断れるわけがないのに!今だって、その笑顔に、顔が熱くなって仕方がないと言うのに!

  「…あ、ありがとう…」

  「ああ」

  斯くして。俺が彼に返せたのは、肯定を意味するお礼だけで。それに、リジットさんが眼を細めて嬉しそうに笑ってくれるものだから。…俺は、ますます顔が熱くなって、どうしようもなくなってしまった。

  ****************************

  彼に抱きかかえられたまま、静かな廊下を移動する。しんと冷えた廊下は、確かに寒いはずなのに。…リジットさんにぎゅう、って抱っこしてもらっているのと、頭からかけてもらっている毛布のおかげで、全然寒くなんてない。

  …こうして、抱っこしてもらいながら移動していると、2人で旅行をしたときのことや、ロバストを授かったばかりのころを、思い出した。馬車の中で、その、…いっぱい愛してもらって、歩けなくなった俺をリジットさんが、こうやって抱っこしてくれて旅荘のなかまで運んでくれたこと。ロバストを身籠っている俺を、リジットさんがすごく心配して、気遣ってくれて。何処に行くにも俺を抱きかかえて移動してくれたこと。…それを、あとで診てくれていた先生に注意されてしまって。リジットさんが申し訳なさそうな、それでいて不満そうな、難しい顔をしていたことまで。

  懐かしいのに鮮明で、何度思い返しても嬉しくて、愛おしくて仕方のない記憶。今も、それを思い返して、俺の顔は幸せに緩む。彼の首の後ろに回した腕に力を込めて、ぎゅう、と更に抱き着いた。

  「どうした?」

  そんな俺に、リジットさんも俺を強く抱き返してくれる。毛布の上からじゃなく、俺の膚に直に回っている彼の腕や。俺を抱き締めてくれている彼の身体の、少し硬くてふかふかとした獣毛の感触。それがあったかくて、少しだけくすぐったくて、眠くなるほどに心地好い。

  そんなリジットさんの獣毛に、猫の様に顔を擦り寄せながら、目を閉じる。彼の身体からは、いつだって陽の光のような、あたたかくて眩い匂いがして、俺をどうしようもなく幸せにしてくれた。今だって、雪が降るかもしれないくらいに寒い夜なのに、彼に抱きしめられているだけで、こんなにもあたたかい。

  「リジットさんはすごいなあ、って」

  だって、リジットさんに抱き締められてるだけで、俺はこんなに幸せなんだもの。そのあたたかな心地好さに微睡みながら、うとうとと口にした言葉は子どものように蕩ける。まるで俺たちの可愛い子どもたち程に幼くなってしまった俺の口調に、リジットさんが耳元で低く、優しく笑った。

  「…俺などよりも、お前のほうが凄いだろう」

  お前が在なかったら、俺は生きていけない。俺を生かしてくれるのは、お前なんだ。囁くように、甘い声で。そう俺に告げながら、彼の指が、俺の頭を優しく撫ぜた。その感触に、正しく猫の様に喉を鳴らしてしまいながら。『俺だってそうだよ』、って、舌足らずな口調で、彼に告げる。俺だって、ううん、きっと俺のほうが、リジットさんがいなかったら生きていけない。

  そんな俺に、リジットさんが。また、眼を細めて薄く、優しく笑う。そのまま、俺を抱きかかえてくれている腕に、力がこもって。

  そうだな、って囁いてくれる声は、泣きたいくらいに甘かった。

  きっと、まだ真夜中なんだろう。当たり前だけど、お屋敷にいる皆の、誰の姿も見えない、真っ暗で静まり返った廊下。そこをを、抱っこしてもらったまま進んで。辿り着いた厨房で、流石に彼の腕の中から降りようと、身動ぎする。

  けれど、…リジットさんは、俺を片手だけで器用に抱きかかえたままで。もう片方の手で、置いてある水差しに手を伸ばした。それが、俺に水を汲んでくれようとしてくれているんだって分かって、思わず目を丸くした。…え、流石に重いでしょ!?重いよね!?

  …何の自慢にもならないけど、俺は子どもたちを授かってから、更にその、肉付きが良くなった。胸が大きくなった、というのもあるけど、それ以外にも、前よりも確かに肉が付いている。だから、その分体重も増えているはずで、こんな風に片手だけで俺を抱きかかえるなんて、リジットさんでも大変に違いない。それが分かっているから、降ろしてもらおうと、あわあわと腕を彼の腕に回して、押さえた。

  「り、リジットさん!重いでしょ、俺降りるよ!?」

  深夜だと言うのに、俺の口からは大きな声が飛び出てしまって、更に慌てて口を噤む。しいん、と静まった厨房に、少しだけ俺の声が響いて、それから消えた。耳を澄ませても、何処かの部屋のドアが開く音も、こちらへ向かってくる足音も、何も聞こえなくて。静まり返ったままのお屋敷の音を確認してから、ほっと息を吐いて、もう一度口を開く。…けれど、それよりも早く口を開いたリジットさんが、可笑しそうに笑った。

  「何を言う。お前は何も重くないぞ?寧ろ、お前の身体は柔らかくあたたかで、抱いているだけで心地好い。降ろすなど勿体無いくて、出来ないさ」

  …ぐう。喉奥でおかしな音を鳴らしながら、彼の言葉に赤面する。俺が重くないなんて、絶対嘘だ!柔らかいのは本当かもしれないけど、その分肉がついてるんだから、重くない筈がないのに。もう、リジットさんは急にこんなことを言って、いつだって俺を甘やかすんだから!…それでも、彼の言葉に、膨らませたはずの頬が勝手に緩んでいく。嬉しくって、幸せで、頬から更に口元まで顔が緩んでしまって、彼の肩口に顔を埋めた。太陽の匂いが鼻を擽って、ますます顔が緩んでしまう。

  そんな俺を、きっと分かっているんだろう。ますますくつくつと低く、可笑しそうに笑ったリジットさんが、俺の頭をまた、撫ぜてくれて。

  「どうした?水を飲むんじゃないのか?」

  「…飲む!」

  珍しい、揶揄うような彼の口調に、踊るようにこころが、跳ねた。俺以外のひとには、例えスティケート先生にすらあまりしない、…俺だけに向けられる彼の、その声。彼の中で、俺は、…それだけこころを許して、開いてもらえてるんだって。彼の、その声色を聴くたびに、俺は、どうしようもなく嬉しくなる。

  だから、俺も、笑いながらそう声を張り上げて、彼の肩口から顔を上げた。そんな俺の目の前に、彼の顔があって、…そのまま、優しくキスをされる。目が瞬いたのは一瞬で、うっとりと目を閉じた。

  彼のぬくもりで温められた水が、俺の口に注ぎこまれて、喉を鳴らしてそれを飲んだ。ただの水のはずなのに、リジットさんから口移しで飲ませてもらってると思うだけで、どうしようもなく甘く感じた。乾いた喉よりも、こころが幸せで満たされていく。…さっきまで、それこそ気絶するほど彼にたくさん愛してもらったのに。それじゃ足りない、とでも言いたげに、俺の身体が熱くなってくる。寄せられた額が当たって、彼の短くてふかふかとした獣毛が、額にくすぐったい。俺の口内を弄るように彼の舌が絡んで、ちゅ、と俺の舌を優しく吸った。それだけで、眩暈がするように視界が蕩ける。

  いつもの部屋とは違う響き方で、厨房に水音が響いた。彼に回した腕に力がこもって、腰が震える。彼の片手だけで抱えられていた俺の身体は、いつの間にかまた、両腕で抱っこされていて。縋るように、無意識に、俺の足も彼の背に回った。目の奥がちかちかして、ここが何処かも分からなくなっていく。

  舐めるように、舌を合わせられるのが、身体の芯から蕩けるようで、気持ち好い。いつの間にか、毛布は床に落ちていて。けれど、顔から全身にまで、熱が広がっていって、寒いなんて微塵も感じなかった。彼の身体に回すために、拡げた足の奥の奥で、彼を受け入れる場所が、きゅう、と物欲しげに疼くのが分かる。それだけで、おなかの奥まで蕩けていく。

  静かすぎる空間に、荒い息遣いが広がる。それが恥ずかしくて、でも、それすら耳からも気持ち好くなるようで。彼にしがみついたまま、ああ、と小さく息が漏れた。彼の口が俺から離れて、彼の息が、耳に掛かる。

  「部屋に戻るぞ。…今夜はもう眠らせてやれないかもしれない。覚悟はいいか?」

  耳元で囁く、その声が熱くて。俺を見る彼の眼が、光を孕んで暗闇に輝く。その眼は、薄く細められて、捕らえるように俺を、射貫いた。その眼で見つめられるだけで、俺の身体は、ぐずぐずに蕩けてしまって。期待するように、おなかの奥がきゅうん、と疼く。

  

  きっと。彼の顔を見つめ返しながら、笑って頷く俺の顔は、…幸せそうに蕩けていただろう。

  そんな俺に、リジットさんも俺を捕らえるように眼を細めたまま、笑い返してくれて。その手が毛布を拾って、また、俺に掛けてくれる。そのまま、来た時よりも速く、彼の足が廊下を歩いて。彼にきつく抱き着くように腕を回して、その荒く、強い歩調を感じながら、俺は。…この後の寝室で起こるだろうことへ、期待に胸を高鳴らせた。

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