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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【64-1】
「パーティー?」
ハンデットの休日に。いつも通りに、俺の店に来てくれた黒豹獣人の彼から、唐突にそう言われて、思わず目を丸くする。
「え、パーティーって、…誰かのお誕生日会とかじゃないよね?」
「そういう身内だけの楽しそうなもんだったらいいんだけどよ…残念ながら、もっと大仰ででかいやつだ」
そう言って、全く乗り気じゃなさそうなハンデットが、話してくれた内容は。どうやら、今度、軍の方で、慰労会と称した大きなパーティーが開催されるらしい。そういう催しは、時折、王様からのご厚意で行われるようで。無礼講と銘打って、その名の通り軍のみんなの慰労の為に開かれるらしい。なので、基本は、その日の衛兵の軍人さん以外は全員参加。因みに、参加できない衛兵の軍人さんには、すごい特別手当が出るんだって。
場所は、なんと王城の広間の一室。王城で催される舞踏会に使われるような、立派な場所で行われるそうだ。でも、軍人さんしか参加しないパーティーだから、勿論踊ったりはしなくて。食事は立食式で、何をどれだけ食べても、飲んでも自由。服装こそ軍の正装だけど、誰と、何を喋ってもOK。勿論、度を越して羽目を外すのは駄目だけど、そうならなければ割合何をしても大丈夫らしい。この機会に、と、あまり話せないような他の兵団の偉い人と、話したがる人も多くいるんだそうだ。
…でも、こういうものは。あまり他のひとと話したりするのが苦手な人にとっては、大変な催しでもあるようで。
「美味いものが食えるのはいいけど、…なんていうか、こう居た堪れなくてなあ」
衛兵の代わりに、俺が警備の任に着きたいくらいだ。なんて、テーブルに、珍しく頬杖をついて。ため息混じりにハンデットが言う。
…黒豹、という、軍でも珍しいらしい肉食獣の彼は、その所為で軍でも少し浮いている、と前に少しだけ聞いた。ハンデット自身がどうこう、の前に、肉食獣と言うことで、怖がられてしまうんだそうだ。だから、そういうパーティーなんかに行っても、一人で浮いてしまう。
…それを聞いて、胸の奥が、ずきん、って痛んだ。なんでかな?ハンデットは、確かに背は少し大きいけど、でも。こんなに格好良くて、周りのことを考えていて、…こんなに優しいのに。
ハンデットのその様子を思い浮かべるだけで、俺のほうまでこころが痛い。そこに、俺がいられたらいいのに。そしたら、俺がずっと、ずーっとハンデットの傍にいて、絶対に盛り上げるのに。ハンデットが、パーティーの最中、ずっと寂しくないように。パーティーも楽しい、って笑ってくれるように。
…そこまで考えて。俺に、その話をしてくれた、ハンデットの意図に思い当る。え、それってもしかして。
「え!それ、俺も一緒に行っていいの!?もしかして、俺も誘ってくれるの!?」
それなら俺、絶対行く!そんな決意と共に、両手をぎゅうっと握りしめて、ハンデットの前に顔を寄せた。頬杖をついていたハンデットの、鋭い三白眼が驚いたように丸くなって、…それから、何故だか少しだけ赤くなって、俺から眼を逸らした。え、なんで?
「ハンデット?」
その逸らされた視線を追うように、俺も近い距離のまま、顔を動かす。合わない視線にも負けずに、彼の顔を覗き込んで。そのまま数秒…いや、数十秒?じい、っとハンデットを見つめる俺に。根負けしたように息を吐いた。
「わかった、わーったよ。…あのな」
「うん!」
至近距離、って言ってもいいくらいなのに、相変わらずハンデットと視線は合わない。でも、その三白眼の、綺麗に緑がかった金色の眼は、鮮やかに透き通っていたから。その眼の輝きで、彼が怒っているわけじゃないってことは分かっていた。ハンデットが怒ったり、…哀しんだりすると、その緑が深く、昏くなる言うことを。ハンデットのことが大好きで、彼と一緒にいて、…ずっとハンデットのことを見ている俺は、よく知ってるから。
「…今まではな?軍の奴しか行けなかったんだけどよ」
「うん」
続けられたハンデットの言葉に、俺も頷く。軍のひとしか行けない、って、それはそうだろうな。だって軍のひとたちの為の慰労会なんだもの。そう思いながら、ハンデットの言葉の続きを待つ。見つめる先で、困ったように、…いや、これは照れたように、だ。ハンデットの黒目が右往左往して。…それから、その眼がやっと、俺を向いた。
「今度のは、…その。配偶者を連れてきてもいいって、なってな。あ、酒も出るから、子どもは連れてこれないらしいが」
「ふうん?」
へえ、そうなんだ!あ、でももしかしてその慰労会は、夜遅くまで行われるのかもしれないし。そしたら、余計に子どもさんは疲れちゃうだろうし、だからそうなってるのかな。なんて、ハンデットの言葉に納得して。…それから、さっきの言葉を反芻した。…うん?『配偶者』?
そこで、思考が止まった。話を聞いていた顔のままで、目だけを見開いて止まってしまった、俺に。…ハンデットが、ますます照れたように赤くなって、目線を逸らす。…今度は、俺も、それを追えなかった。目の前の彼と同じように、顔が熱くなって。見開いた目が、瞬きさえできない。
「で、その…こ、婚約者も連れてきていいんだと!だから、…お前、その、…来ないか?俺のこ、っ婚約者としてっ!」
ハンデットの語尾が、まるで怒鳴るみたいに大きくなる。でも、それも、…ハンデットの照れ隠しだって、俺は知ってる。心臓がどきどきして、鳴り過ぎてうるさくって、…声を大きくしないと自分で聴こえないんだってことも。だって、俺もそうだから。
今だって、ハンデットの言葉に、…心臓が、痛いくらいにどきどき鳴ってる。でもそれ以上に嬉しくて、顔が勝手に緩んで、目元が溶けた。腕も勝手に動いて、身体が彼へと傾ぐ。照れたように俺から視線を逸らしたままのハンデットが、…それでも、俺の身体を当たり前みたいに抱き留めてくれた。それも嬉しくって、飛びつくみたいに彼に、抱き着く。
「行く!絶対行く!」
そう言って、ハンデットと同じくらいの大声で、そう答えた。彼の手のひらの肉球が、照れたように俺の背をなぞって。…それから、ぎゅう、と力強く抱き込まれる。
そうかよ、って、囁くみたいなハンデットの声が耳元で聴こえて。俺は満面の笑顔を浮かべながら、ハンデットに抱き着く腕に、力を込めた。
***************************
当日。
当日。王城の門の前の、小さな広場のようになっている場所。そこが、経一緒に参加する配偶者や、…こ、婚約者の待ち合わせ場所だと知らされた俺は、そこで立って、ハンデットを待ちながら。…パーティーへと参加する軍獣人のみんなの姿に、圧倒されていた。すごい!正装した軍人さんたちが、目の前を歩いていく!
今日は、普通に軍の仕事をした後の夜に、パーティーが王城の方で行われる、っていう予定らしくて。参加する獣軍人のみんなは、軍の施設で着替えてから、まるで行進するように、綺麗に並んで王城に歩いて向かうんだそうだ。その様は、まるで一種のパレードのようだって。…そう言えば、王城の城下に住んでるお客さんが、夜に軍人の列が王城に入っていくのを見たことがあるとか言ってたなあ。『すごい迫力だったのよ!』って、興奮した顔でそう教えてくれた顔を思い出す。
そのおきゃくさんの言葉通りに。これが一糸乱れぬ、って言うんだろうなって思うくらいの、綺麗な行進で。普段見ることの少ない獣人の軍人さんが、勢ぞろいで並んで歩いていく様は、壮観の一言だった。はあ、と吐いた息が、自然と感嘆になる。
見れば、俺の他にもきっと、軍人さんを待っているんだろう人間や獣人の皆が、同じように行進を見遣っていた。そこで、行進を抜けた一人が、誰かに近寄って行く。そうか、ああやって一緒に行くのか。流石に、誰かの配偶者です、って言ったら勝手に王城に入れるような警備じゃ、大変なことになりかねないものな。特に今までは、参加するのは獣軍人さんだけで、その家族が家族がいっしょに行く、っていうのは今回が初めて、って言ってたし。
それでも、待っている人たちもみんな、誰かと一緒みたいで。完全に一人で待ってる、って言うのは俺だけだった。その服装も、綺麗だったり格好良かったりと、見るからにちゃんとした服装の人たちばかりで。…あれ、もしかして俺って場違い?なんて、今更ながら、そんな不安が顔を出す。こんな大きなパーティーなんて、俺が行くのも初めてなら、そんなところに行ったことのあるっていう人も周りにいなくて、…だからどんな格好をしたらいいのかって言うのも分からなかったし。それでも、俺の持ってる中で一番いい服を着てきたつもりだけど、…それでも、他のひとに比べたら、浮いてしまう服かもしれない。どきどきしていた心臓が、…不安な音で、鳴り始めた。…どうしよう、俺、此処にいていいのかな?
「大丈夫?」
そんな俺に。…横から、声がかかる。そのふんわりとした柔らかな声に、驚いて顔を上げた。見れば、…にこにこと笑って俺を見ている、俺と同じに低い背と円い体型の。その笑顔がとても幸せそうで、可愛く見える、…俺と同じくらい?それとも年下?の、男の子と。その隣には、金髪碧眼の、まるでおとぎ話の王子様かってくらいに綺麗な顔の、男の子…いや、男のひと?の、姿。
思わずぽかん、と彼らを見遣ってしまってから、慌ててぶんぶんと首を横に振った。…いや、横に振ったら大丈夫じゃないって意味になるんじゃ!?一人であわあわとする俺に、今度は金髪碧眼の王子様のほうが、俺に向かって綺麗に笑う。…すごい、完全な美形だ。
「君も、此処で待ち合わせ?僕たちもなんだ。あの行進はすごいよね」
「ほんと、すごい光景だよねえ!俺も初めて見たよ。これは、圧倒されちゃうよね!」
王子様の隣で、ころころと円くて可愛い子が、屈託なく俺に笑い掛けてくれる。いや、俺も同じ体型なんだけども!でも、その幸せそうに笑う顔は、周りの目を奪うようだった。きっと、『花のほころぶような』っていうのは、こういう笑顔に使うんだろう。そんなことを思ってしまうくらいに、可愛い笑顔。
…この二人は、恋人か何かなんだろうか?あ、でも此処にいるなら、パーティーに参加する為だろうし。そしたら、軍人さんの配偶者か婚約者の筈だ。じゃあ、兄弟とか?外見はあまり似てないけど、二人とも、すごく美形だったり可愛かったりするから、その可能性も捨てきれない。雰囲気が柔らかくて、優しそうな感じも似てるし。
そんなことを思いながら、二人を見遣れば。その服装も、きちんとして綺麗な正装だ。もしかして、貴族の方か、そういう身分の方なのかもしれない。…そういえば、軍人さんは普通の兵士から貴族の身分をもらってるんだっけ。そしたら、貴族の方と結婚したりすることも多いのかも。…え、待って、じゃあもしかして普通の平民って俺くらい!?思い当ったそんなことに、内心で一気に焦る。まずい!ちゃんとしないと!
「あ、えっと俺は、その、待ち合わせで、相手を待ってます!」
遅ればせながら、わたわたと姿勢を正して。問いかけられた言葉に頑張って敬語で答える。…こ、こんな貴族かもしれない方と、お話しするのなんて生まれて初めてだよ!前にいた村だって、山奥過ぎて貴族なんて方、見たことすら一度もないのに!
そんな俺に、目の前のお二人が揃って目を丸くして。…それから、おかしそうに笑った。その笑顔に、思わず見惚れるを越して、ただお二人を凝視してしまう。…すごい。美人や可愛いひとってすごい。笑うだけで、後ろに花が見えるような人間なんて、俺、初めて見たよ!いや、ハンデットも笑うとすごく格好良くて大好きだけど!こんな風な、花が飛ぶような笑顔とはちょっと違うからなあ。なんだろ、ハンデットの笑顔は周りがきらきら輝いて見えるみたいな笑顔っていうか!あれ、それは俺だけ?でも、ほんとに笑った顔もすごい格好良いんだけどなあ!もっと満面で笑ってくれたらいいのに、照れ屋だからあんまり全開で笑ってくれないんだよなあ。そんな照れやなとこも好きだけどね!
お二人の笑顔を、きっと間抜け面で凝視しながら。それでも段々と、思考が何故だか俺の彼へとずれていく。そんな俺に、花の飛ぶ笑顔のままで、王子様のような彼が口を開いた。
「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ?敬語も使わないで欲しいな。僕たちも、そんな大層な者じゃないから」
「そうだよ!全然気にしないで!俺たちと歳も近そうだし、良かったら仲良くしてね」
そう言って、可愛い方…いや、可愛い子のほうが、俺に両手を差し出してくる。…握手、かな?でも両手だし、俺も同じように、掴み返していいのかな?ちょっとだけ逡巡して、思い切って俺も両手で、その手を繋返した。俺と同じ肉厚で、柔らかな感触に、勝手に親近感が湧く。いや、でも俺のが手のひらに豆もあるし、同じなんて言ったら申し訳ないんだけど。でも、貴族の方みたいなのに、とても優しくて、幸せそうな笑顔が可愛くて。俺と同じような体型で、同じくらいの年齢のその彼に、…俺も、仲良くなれたらいいなって思ったのは、本当だ。その彼の隣の、まるで絵本の王子様みたいに綺麗で、彼と同じくらいに優しいもう一人の彼とも。
「う、うん!よろしく!」
言われたとおりに、敬語を無くてして。俺も、今できる最大の笑顔で笑い返して、その手をぶんぶんと振る。…こ、こういうのでいいのかな?どきどきしながらお二人…二人を見遣れば。嬉しそうに笑いながら、二人とも、俺を見ていた。…ほっとすると同時に、俺も、すごく嬉しくなる。
「えっと、二人とも誰か待ってるの?」
「うん。僕は婚約者の方をね。今は婚約者だけど、もうすぐ伴侶になれるんだ」
そう言って、俺の問いかけに王子様のほうが、その碧色の眼を嬉しそうに細めて、答えてくれる。言葉からも、嬉しさと誇らしさが溢れているようなその口調は。その、決して長くない一言だけでも、彼が、婚約者さんをどれだけ好きなのかが、伝わってくるみたいだった。
そっかあ、って、俺も自然に顔を緩ませながら頷く。ただでさえ花の舞うような彼の笑顔が、更に眩く輝いた。…わあ、すっごいきらきらしてる!その笑顔に、圧倒される俺に。丸くて可愛い子のほうも、口を開く。
「俺はね、」
「フラフィー」
きっと、俺の問いかけに答えてくれようとしたんだろう。その言葉がまだ途中のうちに、…低くて涼やかな声が、辺りに響いた。その声にだろう、目の前の可愛い子が、ぱ、っと顔を輝かせて、声のしたほうを向く。つられて俺も、そちらを向けば、…そこには、軍服まで真っ黒な、威厳のある黒狼の軍人さんと、大きくて、でも優しそうな犬の獣人さんがこちらへと歩いてきていた。…あれ?あ。
「あ!」
「うん?…ああ、君は」
瞬時に、記憶の中からその獣人さんが思い出されて、頓狂な声を上げてしまった。ちょっと前の出来事、だけど忘れるわけなんてない。俺が軍事施設で逢った、あの奥さんが大好きな、面白くて格好良い狼の軍人さんだ!奥さんと間違われて軍事施設に入ってしまった俺にも親切にしてくれて、ハンデットの訓練風景も見せてくれた、ちょっと怖そうだけど優しい狼の軍人さんで。…ハンデットと、前になにかあったのかな、ってちょっとだけ気になってた、獣人さん。
俺の上げた声にだろうか、黒狼の獣軍人さんが、俺のほうを見て。それから、まるで俺に見覚えがあるみたいに、俺に頷く。…え。え、俺のこと覚えてくれてるの!?逢ったのなんて、あんな短い間だったのに!?いや、俺のほうは、あんなに面白くていろんな意味で印象深いひとなんて、忘れるわけないんだけど!
俺と、狼の軍人さんの反応にだろうか。フラフィー、って呼ばれた可愛い子が、俺と軍人さんを不思議そうに交互に見遣る。そっか、あの子はフラフィーって言うのか。…あれ、そういえば俺、二人に自己紹介もしてなくない!?
今更ながら、思い当ったそのことに。また内心でわたつきながら、軍獣人さんと、フラフィーの二人を、俺も見遣る。フラフィーの手が、とても自然な手つきで優しそうに、狼の軍人さんの腕に添えられていて。…それだけで、この二人の関係がとても親密で、仲睦まじいものなんだと、俺にも伝わる。…あれ?て、言うことは。
「リジ」
「あー!あの時に可愛い可愛いってずっと言ってた『奥さま』!誰よりも世界一可愛いって言ってた奥さま、そっか、この子なんだ!」
フラフィーが。その狼の軍人さんに話しかけようとした、それを遮ってしまう形で。俺の思った言葉が、素っ頓狂な大声となって、口から飛び出る。…あ、って思った時には、俺の思ったことが、全部言葉となってしまった後で。
俺の言葉に、フラフィーが、驚いたように一瞬、ぽかんと目を見開いて。それから、旦那さんだろう狼の軍人さんを見て、…真っ赤になった。膚の白い子だから、その赤色が一層映えて、鮮やかだ。
「り、リジットさん、そんなこと言ってたの!?」
「?なにかおかしかったか?お前が俺の妻なのも、誰より愛らしいのも、本当のことだろう?」
さっきの俺に負けず劣らず、素っ頓狂なフラフィーの声。それに、傍から見ても心底不思議そうに、彼の旦那さん…リジットさん、って言うのかな?が、フラフィーに答える。…ああ、このひと本当にぶれないんだなあ。でも分かるよ、だってフラフィーは本当に可愛いもの!
そんな二人の様子に、俺まで顔が緩んでしまいながら見遣ってしまう。そんな俺に、上から苦笑するような声が、柔らかく降ってきた。
「すみません。彼はあの子のことになると、周りが見えなくなってしまうんですよ」
少し低くて、でも柔らかな、穏やかで聞きやすい声。それに、弾かれたみたいに、上を向けば。さっきの、大きくて優しそうな犬獣人さんが、困ったように笑っていた。片目のモノクルが印象的で、よく似合ってる。その隣には、王子様のような彼が、さっきよりも更にきらきらと花の舞う笑顔で、嬉しそうに犬獣人さんと俺を見ている。…あ、てことはこのひとが、王子様の婚約者、かな?
その身長も体格も、王子様のほうが犬獣人さんよりも小さい。でも、…何故だか、王子様のほうが旦那さんになるんだと分かった。綺麗な立ち姿のなかにも、犬獣人さんを庇うように、一歩前に出てる感じが、そう思うのかな?穏やかで、優しそうな感じが、二人ともよく似ている。…ああ、お似合いだなあって湧き上がるみたいに感じた。
またも、感嘆するように二人を凝視してしまえば。王子様が、ふふ、って金色の髪を揺らして笑う。…あ、俺がぽかんと見詰めているのに気づかれたかな?って一瞬焦ったけど、その碧色の眼は、リジットさんとフラフィーのほうへ向けられていた。
「それは、フラフィーもそうですから。本当にお似合いの二人ですよね」
そう言って、まるで踊るような手つきで、王子様が犬獣人さんの手を取った。こういうのが、優雅、って言うんだろうか。絵本の王子様が、お姫様の手を取る情景が、脳裏に浮かぶ。感嘆の息が、小さく漏れた。
「や、お二人もすごいお似合いだと思います!」
自然と、そんなことが口に出て。…またも、言葉に出てから、はっと気づいた。二人の目が、俺へと集中する。な、なんだって俺は、思ったことをすぐ口に出しちゃうんだ!
あわあわと、なにか言葉にしようとする、俺に。…すごく嬉しそうに、王子様と、犬獣人さんが笑う。王子様のその顔は、ほんのりと赤くなっていた。その様が、…何故だか、照れてる時のハンデットを連想させる。
俺が好きだ好きだってハンデットに抱き着いたときに、ハンデットがお前なあ、って言いながら笑って抱き締め返してくれる、その表情。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「そう仰って頂けるのは、あまりないことなので…なんだか照れてしまいますね」
王子様が、俺の手を両手で掴んで、ぶんぶんと振った。今までの、穏やかで落ち着いた様からは想像できないくらいの勢い。その隣で、犬獣人さんが、言葉通りに、照れたように。でも、とても嬉しそうに、目を細めた。垂れがちの耳が、さっきよりも更に垂れてる気がする。
そんな二人に、俺も笑った。こんなに似合ってるのに、みんな、二人にそう伝えないのかな?そしたら、俺がたくさん言うよ。『すごくお似合いです』、って!そんなことを思って、俺も、王子様の手を握り返す。…あ、だからこの二人の名前も俺、まだ聞いてない!ていうか、俺もまだ自己紹介してないし!
再度思い当たったそのことに。二人の名前を聞こうと、口を開きかけて。
「そ、それより!リジットさんてば、この子のこと知ってるの?」
「ああ。前に話した、ハンデットの恋人だ」
フラフィーの、慌てたみたいな、照れたような言葉に、そちらの二人のほうを向く。フラフィ―の顔は、未だに鮮やかに赤くて。そんなフラフィーを、やっぱり可愛いって言いたげに眼を細めてるリジットさんが、フラフィーの言葉に頷く。そのまま、…あんまりにも当然のように、俺のことを紹介されて。一瞬、言われた言葉に気づかなくて、流しかけてしまって、…一拍遅れてその言葉に気づいた。
うわあ!うわ、ハンデットのこ、恋人だって!今、そう言った?そう言ってくれた!?いや、そうなんだけど!勿論そうなんだけど!でも、俺でもハンデットでもない誰かから、そんな風に紹介されたのって、初めてだ!
誰かから言ってもらえる、『ハンデットの恋人』の破壊力。それに、一気に顔に熱が上がって、汗が噴き出る。でもすっごく嬉しくて、心臓がどきどき鳴った。そっか、俺、ちゃんと『ハンデットの恋人』なんだ!他のひとからも、そう思って貰えてるんだ!
まるで、足元から舞い上がってるみたいだ。勝手に顔が溶けるみたいに緩んで、言ってもらえた『ハンデットの恋人』、の一文を、頭の中で何度も反芻する。嬉しい!うわ、すっごく嬉しい!
そんな俺に、リジットさんが気づいたように、俺のほうを向いた。
「いや、此処にいると言うことは、婚約したのか?婚姻した、という話はまだ聞いていないが、もう婚姻の儀まで済ませたのか?」
低くて涼やかな声が、当然のことを聞くみたいに、自然な口調で俺に聞く。その言葉に、…俺の顔が、爆ぜるみたいに熱くなった。や、いや!でも、そっか、此処にいるってそうだよね!言う前に、そう気づくよね!
「あ、えっと、…こ、この間その、こ、こんやくしました…」
照れすぎて、口が上手く回らなくなった。ふにゃふにゃした口調になる上に、語尾が勝手に消えていく。それでも、そうやって、…ハンデットと婚約した、って言うのを口に出せるのが、どうしようもなく嬉しくって、俺の顔はゆるゆるに緩んだ笑顔になる。
そんな俺の言葉に、フラフィーと王子様と犬獣人さんの目が、揃って丸くなる。リジットさんの眼も細められて、…でも、それはお祝いとか、めでたいとか、そういう意味じゃなくて。何故だか、安心しているように、俺には映る。
「えーっ!この間!?じゃあ最近婚約したの!?すごい!おめでとう!」
「おめでとう!じゃあ、このパーティーが婚約して初めての催しなのかな?それは緊張するよね」
「まさか貴方がハンデットの婚約者とは!おめでとうございます、ハンデットは素っ気なく見えますが優しい子ですからね。それは、きっと貴方も知っているでしょう」
でも、そのリジットさんの眼の意味を考える前に。フラフィーと王子様が、俺の手を握って、ぎゅうって強く繋いでくれた。それから、3人が俺にお祝いの言葉を贈ってくれて、…熱かった顔が、更にあったかくなった。今日、初めて逢った俺に、こんなに優しい言葉をくれるなんて。…やっぱり、このひとたちはみんな、すごく優しいひとたちなんだなあ。
そんなことを想って、目元が潤む。嬉しさに泣きそうになりながら、その優しい言葉に、ありがとう、って頭を下げて。繋いだ手に、俺も力を込めて、それに応える。その時の俺は、…犬獣人さんが、ハンデットのことを知っている様子なことに、そのときは気づけなくて。
ハンデットが、俺を迎えに来てくれるまで。みんなの名前を聞くことも、俺の自己紹介も。またも、すっかり忘れてしまって、いた。
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