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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【64-2】

  王城で、開催されると言う軍のパーティー。

  そこに誘ってもらった俺は、今。王城前で、リジットさん、と言う黒狼の軍人さんや。彼の『奥さま』だと言う、丸くて可愛いフラフィーや。王子様みたいなきらきらした男のひとや、優雅で優しい、大きな犬獣人さんと出逢って、一緒に待たせてもらっている最中で。

  まだ来ないかな、なんて。まだ見えない俺の彼の姿を、わくわくしながら辺りを見回して探す。もうリジットさんとフラフィーも、王子様と犬獣人さんも、相手が揃っているから、あとはハンデットが来たら中に入れるんだ。それに、…俺だって、ハンデットに早く逢いたい!

  そんなことを思いながら。そわそわして辺りを尚もきょろきょろとしてしまう俺を、犬獣人さんが穏やかに目を細めて見遣った。同じ笑顔で、王子様も俺を見る。…や、な、なんか照れる!

  もしかして、俺が早くハンデットに逢いたいって思ってることが、ばれてるんだろうか。そんなことを考えると、顔がちょっと熱くなるのが自分で分かった。リジットさんとフラフィーも、そんな俺に笑い掛けてくれて。…その手が、指を絡めて握られていることに気づいて、俺も思わず顔が緩む。それと一緒に、…いいなあ、なんてつい想ってしまった。

  …いいなあ。俺も、ハンデットとそんな風に手を繋ぎたいなあ。でもハンデットってば照れ屋だからなあ。二人きりの時なら大丈夫だろうけど、こんな人前だと、照れちゃってあんな風に、指を絡めては手を繋いでくれないかもなあ。なんて、そんなことを想像しては、尚も顔が緩んでいく。そんな、俺に。

  「シイス!」

  大きな声で、名前を呼ばれて。弾かれたようにそっちを向いた。俺がこの声を聞き間違える筈なんてない。ただでさえ赤く緩んでいた顔が、更に紅潮していくのが自分で分かった。顔に自然と笑みが浮かんで、満面の笑顔で彼を見遣って。…その名前を口にする前に、ハンデットがまるで俺を隠すように、俺の前に立った。今、俺の目にはハンデットの深い青色の軍服しか見えない。

  「…すみません、うちのが世話になりまして」

  目の前の様子が、一切見えないままで。ハンデットが皆に言った言葉に、目を丸くした。わあ!って思わず喜声を上げそうになってしまって、慌てて喉奥で飲み込む。でも、だって『うちの』だって!まるで俺が、ハンデットのその、奥さんみたいじゃない!?や、いやまあもう少ししたらそうなるんだけどさ!でも、ハンデットにそう言ってもらえると、実感が湧くと言うか、舞い上がってしまうと言うか!勝手に頬が緩むのが止められなくて、きっと今俺の顔は浮かれたように緩んだ笑顔だ。内心でわあわあと大興奮しながら、ハンデットの横から顔を覗かせて彼を見上げる。

  …俺の内心とは裏腹に、俺の目に映ったハンデットの表情は硬かった。え、と思いながら、ハンデットの視線をこっそりと目で追う。…ハンデットの眼は、リジットさんを見詰めていた。いや、見据えている、とでも言ったほうがいいような、鋭い眼。

  まただ、と、こころのなかで呟くように思う。ハンデットは何故だか、…リジットさんが、苦手?嫌い?いや、そうじゃないな。そういうのじゃなくて、なんていうか、きっと、…すごく、警戒してるんだ。前に、俺があのひとと一緒だった時も、すごく苦しそうにしてた。その上、俺があのひとを好きになるんじゃないかって心配までして。そんなこと天地がひっくり返ったってあるわけないのに!

  なんでだろう。感じる疑問を胸に抱きながら、今度はリジットさんを俺も見遣った。こっちの彼は、ハンデットほど厳戒じゃないけど、…なんだろう、やっぱりハンデットを警戒してる、気がした。その眼光も、さっきよりも鋭い、と感じるのは、多分気の所為じゃない。少なくとも、さっき俺と話してくれてた時は、あんな眼はしてなかった。勿論、彼の『奥さま』にも、他の誰にも。あんな風に鋭い眼になったのは、…今の状態だったらハンデットだけだ。

  剣呑、って言うんだろうか、こういう雰囲気。なにが、ってはっきりとは分からない。でも、…二人の間に感じる空気は僅かに、けれど確かに、重い。それを感じてるのは、きっと俺だけじゃないんだろう。きょろり、と周りを見まわした俺の目に、少しだけ困ったように首を傾げた大型の犬獣人さんの姿が映った。何か言いたげなその眼が、リジットさんだけを見てるわけじゃなくて、ハンデットのことも見ていることに気づく。…そういえばさっき、この犬獣人さんはハンデットのことも知ってるみたいだった。この犬獣人さんも、ハンデットのお友達なのかな?それとも。軍の方なんだろうか。

  …ていうか、俺こそあの王子様と、犬獣人さんの名前も知らない!リジットさんとフラフィーだって、二人の会話から、そうなんだ、って勝手に知ったくらいだし!さっきから、こんなに仲良くお話させてもらってるのに!そんなことに今更気づいて、慌ててハンデットの制服の裾を掴んだ。そのままその裾を引いて、彼に合図しようとして。…その前に、この少し重苦しい雰囲気を搔き消すように、柔らかな声がこの場に響く。

  「あの、ハンデットさん!お久しぶりです!」

  俺と同じように、リジットさんの後ろに隠された、小さくて丸い姿。その黒色の軍服の後ろから顔を覗かせて、俺の彼の名前を呼んだのは、…リジットさんの『奥さま』だった。

  辺りに明るく響いたその声と言葉に、…ハンデットの身体が、雷にでも打たれたみたいに小さく跳ねる。それまで、硬い表情でリジットさんを見詰めて、…見据えていたその眼が、俺のほうを弾かれたみたいな早さで見遣った。慌てたようで、狼狽えたような、動揺を隠せてない緑がかって金色の眼。

  一体、何がどうしたのか。彼の心情が分からなくて、俺のほうこそ困惑してハンデットを見つめる。きっと、何が何だか、って間抜けな顔でハンデットを見上げていたんだろう。動揺しているようだったハンデットの表情が、俺の目の前で段々と落ち着いていく。最後に、逆に俺を落ち着かせるように、眼を細めて俺に小さく笑いかけたハンデットが。俺の頭に手を置いて、それから前を向いた。

  「…ああ、何年かぶりだな。驚いた、俺のこと覚えてたのか」

  「え、勿論です!あの時は本当に有難う御座いました」

  ハンデットの眼は、リジットさんを越して、フラフィーに。…リジットさんの『奥さま』に向けられていた。少しだけ、語頭がぎこちなく掠れてたのは、俺の気の所為じゃないだろう。それでも、自然な口調で目の前のフラフィーへと話すハンデットは、いつもの彼だった。…少なくとも、ハンデットはそう振舞っていた。きっと、俺に、周りに、目の前の子に、いつも通りだと思われるように。

  そんな彼に、フラフィーが屈託のない口調で笑顔を彼に向けて。目の前の二人に、リジットさんの眼光が、また少しだけ鋭くなった。俺も、ハンデットの後ろでその言葉を聞きながら、『あの時』の一語に思いを馳せる。…もしかして、ハンデットとフラフィーは、前に逢ったことがあるのかな?そのことで、リジットさんはこんなに、ハンデットを警戒してるんだろうか。

  「…いや、そんな大したことはしてないだろ。もう、…忘れていい」

  彼の後ろから見上げる俺の目にも、ハンデットが頑張って普通に振舞っているというのが伝わってくる。言う言葉も、ぶっきらぼうないつもの彼のようで、…それでも、やっぱりぎこちなくて、どこかおかしい。忘れていい、、なんて、…まるで距離を置くようで。素っ気ないけどいつだって優しい、俺の彼の言葉じゃない。

  それを、目の前のあの子も感じたんだろうか。少しだけ不思議そうにその丸い目が更に丸くなって、首を傾げた。その子の前に立つ、リジットさんの雰囲気も、少しも和らがない。…なんで、ハンデットはあんなことを言ったんだろう?フラフィーのほうは、あんなに屈託ない笑顔を彼に向けてたのに。ハンデットは、あんな風に笑ってくれる『友達』に、意味もなくあんなこと言うひとじゃ、絶対にないのに。

  

  そこまで考えて、…あ、と思った。というよりも、分かった。もしかして。もしかしてハンデットはきっと、…この子のことが好き、だったんじゃないだろうか。それはきっと、リジットさんとフラフィーが婚姻した後で、…ハンデットが俺と出逢う前。

  そう考えると、あのリジットさんの眼光も、納得がいく。あれだけ、自分の奥さんが大好きだってことを隠さないひとなんだもの。例え過去だろうが何だろうが、自分の奥さんを好きになった、って誰かがいたら、そりゃ大変なことになるだろう。少なくとも、その相手に対して警戒したり、用心してこの子を護りたくなったっておかしくない。だって、これだけ奥さんを大好きだって言うひとなんだから。

  だからか。内心の呟きと一緒に出した結論は、勿論ただの予想で。でも、それは思いの外、すとん、と自分の中に落ちた。ハンデットとリジットさんの雰囲気がなんとなく重苦しいのも。リジットさんが、ハンデットを警戒しているようなのも。さっきから、ハンデットの様子がおかしいのも。あんな風に彼に笑うあの子に、『忘れていい』、なんて。まるで距離を置くような、彼らしくない言葉も。

  それはきっと、…ハンデットが、あの丸くて可愛い、リジットさんの『奥さま』を好き、だったからなんだ。

  きっと、間違ってはないだろうその、予想に。…正直、それが全然平気、って言ったら嘘になる。ちょっとだけ胸が痛んだ、って言うのも本当だ。でも、『今』ハンデットが好き、って言ってくれるのは、俺だから。彼の眼に映って、笑ってくれて、頭を撫ぜてくれて。そうして、隣にいるのは、俺だって。俺と、…結婚したいって、そう言ってくれるくらい俺を好きでいてくれるって、俺は、ちゃんと知ってるから。

  だから、そこまでショックではなかった。だって、ハンデットくらい嘘のつけないひとも、そうそういないと思う。そのくらい、ハンデットは真面目で、不器用で、誠実だ。そもそもハンデットなんて、あれだけ格好良いんだから!俺の前に恋人の一人や二人いたっておかしくない、って思ってたし。ハンデットが俺に逢う前に、あの子を好きだったと言うのなら。俺が好きになったのは、その過去も含めてのハンデットだから。

  それに、…俺は、ハンデットの最初の誰かになりたいんじゃない。ハンデットにとって、最後のひとになりたい。ハンデットが、過去に誰を好きだったっていいんだ。俺を、一番最後にしてくれたら。

  ハンデットがこれから先の未来で、好きだって囁くのも。抱き締めて、キスする相手も。その隣にずっと一緒に居られるのも。ハンデットと、家族になるのも。

  その全部を、俺だけにしてくれたら、それで、いいんだ。

  でも、そうするとなんで、ハンデットもリジットさんを警戒してるんだろう?そこだけがよく分からなくて、彼の背の後ろから、再度こっそりと彼の顔を見上げて、見つめた。きっと、彼が前に好きだったんだろう相手を見ている眼は、いつも通りで。…けれど、その緑がかって綺麗な金色の眼は、いつもよりも、少しだけぎこちなく戸惑っているように、俺には映る。でもそれは、ハンデットがあの子をまだ好きだとか、そういうのじゃなくて。…なんだろう、まるで、後ろめたさを感じてるような。申し訳なさとか、罪悪感とか、…不安が透けて見えるような、そんな眼差し。

  …更によく分からなくなって、思わず眉を寄せた。何で、ハンデットはそんな後ろめたさを持ってるんだろう?やっぱり、好きだった子の旦那さんが隣にいるから?でも、それでなんで、ハンデットはフラフィーの旦那さんであるリジットさんまで警戒してるの?

  俺の彼を見上げて見つめたまま、ぐるぐると思考を巡らす。そんな俺は、どんな顔をしてたんだろうか。不意に、ハンデットの眼が俺へと移って。…俺の顔を隠すように、彼の腕が動いた。でもそれは、誰かから俺を隠すためじゃない。…俺の目が、ハンデットを見ないように、だ。

  その証拠に、隠される前に見えたハンデットの眼は、…苦しそうに歪んでいた。さっきよりも色濃くその眼に浮かんでいたのは、やっぱり罪悪感や、申し訳なさそうな感じや、…不安そうな色で。

  なんでだろう、って。目の前の、彼の軍服の深い青を見遣りながら、思考を巡らせる。ぐるり、とその思考が一周する前に、…俺の脳内で、ある一点に辿り着いた。

  …もしかして。ハンデットが罪悪感や、申し訳なさや、不安を感じてる相手って。俺。なんじゃないだろうか。

  辿り着いたその思考は、何故だかすとんと腑に落ちた。正直、ハンデットがなんで俺にそんなことを思うのか、って言う理由は分からないけど。でも、…多分、きっとそうだ。

  

  その理由を探すように、俺の身体が自然と動いた。少しだけ爪先立って、ハンデットの腕の隙間から、周囲を覗く。そんな俺の目に一番に映ったのは、ハンデットと対峙するように、少しの距離を置いて前に立っているリジットさんで。その後ろに見える、俺と同じくらいの身長と、柔らかそうに丸い姿に。

  …ハンデットが、動揺して不安そうな眼になったのが。リジットさんの『奥さま』を見た時からだと言うことに、漸く思い当たる。あ、と喉奥で声が漏れかけて、慌ててその声を飲み込んだ。目の前の、リジットさんの後ろに見え隠れするその姿と、俺の彼の深い青色を、凝視するように目が無意識に見開く。

  …あれ、もしかしてハンデット、俺が怒ってるとか、気にしてるとか。…あまつさえ、俺が彼のことを嫌いになったりするんじゃないかって思ってる!?

  行き着いたその思考に。自分で驚きながらも、その予想は間違ってないだろうって自然と思った。だって、…それはすごくハンデットらしいから。ぶっきらぼうで素っ気ないけど、すごく優しくて。…俺のことを、いつだって考えていてくれるハンデット。

  背だって高くて、真面目だし、俺からしたら世界一かっこいい!って思うようなひとなのに。…あんまりいない肉食獣人だって理由で、今まで人間にも、獣人からも避けられてた、って、まるで秘密を言うみたいに俺に教えてくれた。…だから、誰かと一緒にいることに、慣れてないんだ、って。

  ハンデットが、彼から抱き締めてくれたりとか、手を繋いでくれたりとか、そういうことをあんまりしてこないのも。彼が照れ屋だから、って言う以外にも、そういうことがあるのかもしれない。例えば、…誰かから拒まれたり、避けられたりすることが今まで、あんまりにも多くて。…それが、辛くなってしまってる、とか。そう思うと、俺までなんだか、…泣きたくなるくらいにつらく、なる。俺が、俺なら絶対に、ハンデットにそんなことしないのに!ずっとハンデットと一緒にいて、ハンデットにそんな想いさせたかったのに!

  でも、…だから、もしかしたら。ハンデットは、自分がそういうことをされたら辛いから。…俺も、同じように感じてる、って思ってくれたんじゃないだろうか。そして、それは。

  それは、ハンデットが、俺のことを。…もしかしたら、俺が感じてる以上に。…俺を、真剣に好きでいてくれるから、って想って、いいかな?

  

  そう感じるだけで、目の前の深い青が滲むようだ。ばかだなあ、俺がハンデット以外の誰かを好きになったことなんて、一回もないし。…ハンデットが、誰かを好きになったことがあったからって、ハンデットを嫌いになるなんて、そんなこと絶対にないのに。ハンデットが、過去に誰を好きでも、目の前のあの子が好きだったとしたって。今、俺を、俺だけを好きでいてくれたら、それだけでいいのに。きっと、ハンデットよりも俺のほうが、何倍も、何万倍も、ハンデットのことが好きなんだから!

  そんなことを、今すぐに彼に伝えたくて。ぎゅう、って、彼に抱き着きたくなる衝動を、頑張って抑える。いやだって、これからパーティーだし!何より、ハンデットは照れ屋だから、ここでそんなことしたらすごく困ったり、照れちゃったりするだろうし!それでも、想いが抑えきれなくて、…俺の前にある彼の腕の、その手首の裾をきゅ、と握った。ああ、今俺の顔が隠されてて良かった。そうでもないと、…今、俺の顔が赤くなってて、目も泣きそうなのが、皆に分かってしまうところだった。

  「あの、その子は貴方の婚約者なのですよね?先程それをお聞きして、素敵だと話していたんですよ」

  ぐしぐしと、顔を隠されたままでみんなに分からないように目を擦りながら。この微妙な空気を一掃するみたいにふわり、と辺りに広がる穏やかで優雅な声に、…そうだ!と今更ながら、またも思い当る。そうだ、俺、まだちゃんと自己紹介してなかった!ていうか、王子様と犬獣人さんの名前も知らない!少し前にも思ったことに再度思考が巡って、あわあわと顔を上げた。

  「あ、ああ、そうです。すみません、俺もこいつも、ちゃんと名乗らなくて、その…変な空気にしちまって」

  「いえ、お気になさらずに。僕たちも、まだ彼にちゃんと名乗っていないと思い当たりまして。それに貴方とも、僕は初対面ですよね?こちらこそ、ご挨拶もせずに申し訳ありません」

  相変わらずぎこちないハンデットの声と。穏やかで丁寧な王子様の声が、頭上から聞こえて。紹介、のその言葉に、…不意に思いついたひらめきが、頭で輝く。

  …さっきの、抱き着きたい衝動は頑張って抑えたのにね?そんなことをしたら、ハンデットはきっと怒るだろうなあ。と言うか、少なくともあのリジットさんは、ハンデットの上官?って言うのなんだろうし。でも。…俺は、今、そうしたい。抱き着くのは我慢したのに、こんなこと思うのは我儘なんだろうか?でも、…でもきっと、そうしたら。ハンデットは、安心、してくれるんじゃないかな、って。なんとなく、そう感じた。

  ハンデットが、俺を紹介する為にだろう、俺の顔の前から腕を下ろす。未だに掴んだままだった手首の裾を、思い切りぐい、と引いた。ぅお!?ってハンデットが驚いた声が上から響いて、彼の身体が俺へと傾ぐ。俺も、低い背を、ぎりぎりまでつま先立ちして、頑張って伸ばして。

  ふかり、と、頬の柔らかい獣毛が、唇に触れる。引いたままのハンデットの腕が、驚いたように一瞬、跳ねた。わあ!って歓声のような小さな声は、目の前のあの子だろうか?いろんなことが頭を巡って、でも、流れるみたいに一瞬で消え去る。残るのは、どきどきと高鳴って煩い心臓の鼓動だけだ。

  流石に、この場で口にキスするのは、俺でも恥ずかしくって出来なかった。頬にキスするのでも、心臓がどきどき鳴って、顔が熱い。でも、顔は勝手に緩んで、笑顔になって。それから、引いたハンデットの腕を、改めてしがみつくように掴んで。

  「ハンデットの婚約者の、シイスです!よろしくお願いします!」

  辺りに響くような大声で。もう一度、宣言するように婚約者だと、口にした。そのまま、思い切り勢い良く頭を下げる。正直、目の前の皆さんの反応よりも、…俺の彼がどう思ってるのほうが気になったけれど。一瞬の、驚いたような沈黙の後で。頭上から、おかしそうに降ってきた、聞き慣れて低い、笑い声。それから。

  「…俺の、世界一大事な奴です。どうか、 仲良くしてやってください」

  そう、言う彼の、優しい言葉に。…頭を下げたまま、目の前が潤んで滲んで、止まらなくなった。

  例えば、今までの人生で。ハンデットが、誰を好きだったっていいんだ。これから先の未来で、俺を。俺だけを好きでいてくれたら。俺を、ずっと隣においてくれたら。だから。

  『俺を、ハンデットの一番最後のひとにしてね!』

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