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イケメン狼獣人がぽっちゃり少年を娶るはなし。【65-1】
何故だか。熱く寝苦しい感覚がして、意識がゆっくりと浮上した。
腕の中の、愛おしくあたたかなぬくもりに手を這わせながら、…頭がいつもよりも重く、熱いことに、目覚める前に気づく。こんなことは、初めてだった。どうしたのか、自分でも見当がつかない。
今日は休日だから、多少は寝坊をしても大丈夫だ。まだ眠いのだろうか。確かに、思考がぼんやりとして働かない。寝起きとも違う、頭のなかに靄が掛かったかのような思考は、酷く不明瞭だ。しかも、矢鱈と熱い。
今日は、朝から随分と暑いのだな。そんなことを思いながら、けれど俺の腕の中で眠る愛しい妻の身体を、抱え直すように抱き寄せた。…こうしてフラフィーの柔らかな身体を堪能していると、重い頭が少し楽になる気がした。
まだ眠いのかと思っていたが、どうやら眠いわけではないらしい。自分のことだと言うのに、はっきりしない思考に脳内で首を傾げながら、フラフィーを抱き締めてその首筋に顔を埋める。この子の、花の香りのような、ミルクのような、甘く優しい匂いが鼻腔に拡がって、小さく安堵の息を吐いた。…今日は、このままずっとこうしていたい。この子を抱きしめたまま、眼を閉じていたい。頭が重くて、なにかを考えることもままならない。
そんな俺の腕の中で、…柔らかくあたたかな身体が小さく身動いた。ううん、と小さく息を漏らして、愛らしく欠伸をして、腕の中から俺を見上げる。
「おはよう、リジットさん」
「…ああ、おはよう」
少し掠れた声で、俺に朝を挨拶をして。起き抜けの無防備でな顔で、愛らしく笑い掛けてくれる俺の可愛い妻に、…俺も笑い返そうとして。けれど頭の重さと倦怠感に、思わず眼を歪めた。起き上がることが、どうにも億劫に思える。
そんな俺に、フラフィーが心配そうに目を見張って、俺の腕から起き上がった。…この子のぬくもりがなくなると、頭が鈍く痛み始めた。行かないでくれ、と口からそんな言葉が飛び出そうになって、驚いて飲み込む。…いったい、如何したと言うんだ、俺は。
自分のことだと言うのに、自分で状態が全く分からない。ぼうっと重い頭で困惑している俺に、フラフィーが俺に覆いかぶさるような体勢で、俺の額にその小さな手を当てる。いつもあたたかなその手が、何故だか今日は少しひんやりと冷たく感じた。
…こんなに暑いのに?なにか、この子の体調でも悪いのだろうか。そんなことが頭を過ぎって、弾かれたように起き…上がれなかった。身体が訛りのように重くて、段々と眼を開けていることすら面倒になる。眠いわけではないのに、勝手に瞼が下がっていく。
ぼんやりとした暗闇にの中で。ふわり、と、俺の額に今度は、この子の手とはまた違う柔らかな感触が当てられた。俺よりも低く、けれど優しいあたたかさ。それに、重い瞼をゆっくりとこじ開ける。…ふくふくと愛らしい妻の顔が、間近にあった。焦点をうまく結べないほどの近くで、フラフィーが目を閉じている。ぼやけた視界にも、その睫毛が震える様まで映って、誘われるように顔を寄せた。この子の唇に、俺の口が触れる、…その直前で。フラフィーの顔が勢いよく上げられて、心配そうな顔が俺の視界いっぱいに広がる。
「リジットさん、熱があるよ!?大丈夫!?」
顔と同じに、心配そうな色と驚きを混ぜ合わせたような声に、俺も驚いて眼を見張る。どうやら、額で体温を計っていたようだ。そのような熱の計り方があることを、何処かで聞いた気もする。俺は勿論、俺の両親も病気の一つもしたことがなかったから、経験はなかったが。…そうか、こんな感じなのか。なんとなく面映ゆくなって、口角が自然と上がった。
しかし、熱か。…そうか、周りが暑いのではなく、俺が熱いのか。そんなもの初めて出した。この思考がぼんやりとして纏まらない感じも、身体中の重さも、その所為だろうか。ああでも、キスが出来なかったのは残念だ。いやしかし、もしこれが風邪かなにかなら、この子に移してしまうところだ、出来なくてよかったのかもしれない。どうにも纏まりのない思考が、あちこちに飛んでいく。そんなことを千々に思いながら、慌てたように俺を寝かそうとするフラフィーを、腕に閉じ込めた。…あたたかい。
「リジットさん?駄目だよ、早く熱を冷やして、お医者様呼ばないと!」
そう言って、俺の腕の中でばたばたと慌てるフラフィーの身体を、更に抱き締める。…医者よりも、今はこの子を抱き締めていたかった。この子を腕に抱くと、俺の精神はいつだって安定して、幸福になるのだが。それに加えて、今はこの重く不明瞭な頭すら、軽くなるようだ。眠くはない、と思っていたが、勝手に瞼が下がっていく。
「リジットさん!」
そう言って、俺の名を呼ぶフラフィーの声を聴きながら。落ちるように、意識が沈んだ。
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ふ、と意識が浮上して。ぼんやりする頭で、ゆっくりと瞼を開いた。相変わらず、瞼が重い。直ぐに閉じようとする瞼をなんとか開いて、一体どうしたのだったか、と、記憶をたどった。
見慣れた天井は、間違いなく俺とあの子の寝室だ。部屋は暗いが、カーテンの隙間から覗くひかりは明るい。瞼だけでなく、頭も身体も、全てを重く感じながら、のろのろと腕を動かした。…額の上に、冷たいタオルが乗っている。それに気づいて、手を落とすようにタオルの上に載せた。少々の衝撃と共に、タオルの冷たさが一層額に押し付けられる。ふう、と無意識に吐いた息すら、確かに熱かった。
そうだ。熱がある、と言われて、…それから眠ってしまったんだ。いやあれは眠る、と言うよりも、自然と意識が落ちたと言うべきか。それを思い出して、その時には腕に抱いていた最愛の存在が、…今は腕にいないことに気づく。その途端に、…重い頭に、鈍痛が走った。掴むように手の中の冷タオルを握って、それを堪える。
「…フラフィー?」
考える前に、あの子の名前が口から飛び出て。返ってこない答えに、息が零れた。それは我ながら残念そうで、…まるで迷子の子供のようだ、と何故か思う。ゆっくりと首を回して、部屋を見回した。頭を動かすと、鈍い頭痛が酷くなる。外傷の痛みには強い方だが、このような頭痛とは縁がなかった所為か、この痛みは少し堪えた。思わず顔を顰めながら、眼に映る光景を確認した。
矢張り、ここは俺とあの子の寝室で。けれど、今は、…俺の他に誰もいない。勿論、俺の誰より大事なあの子も、いない。
それを認識すると、…胸の辺りに、ぽかりと穴でも空いたような気になった。そこから風が吹いて、全身を冷やしていくような。実際の身体は熱が籠っているように熱いと言うのに、気持ちはなぜか寒々としていた。…これは、何だろう。思わず心臓の上に手を置くが、勿論穴など開いていない。当たり前だ、実際に開いていたら俺は死んでいる。でも、じゃあ、これはなんだ?
再度自問をしても、出てくる答えはない。俺のあの子なら、分かるだろうか。そんなことを、靄のかかる思考で漠然と考えながら、…寝室のドアへと眼をやった。あのドアが開かないかと、期待をしている。それは、自分でも分かった。
『リジットさん、熱があるよ!?大丈夫!?』
先程の、驚きと心配を露わにしたフラフィーの様子を思い出す。あの子が額に当ててくれた手と、重ねてくれた額の優しいぬくもりも。それを追うように、タオルの上から更に、手を強く押し付ける。…あの子のことを想うと、胸の穴が少しだけ塞がる、気がした。
鈍い頭痛は続いていて、重い瞼は相変わらず。眼を開けているのも億劫になって、眠くはないが再度目を閉じる。真っ暗な視界の中で、…求めるように、あの子の笑う顔を、思い浮かべた。俺を見て、あの幸せの詰まったような顔で、花のように俺に笑ってくれる、あの笑顔。俺が、焦がれて止まない、あの。
その笑顔を思い浮かべていると、気持ちが少しだけ落ち着いてくる。再度息を吐いて、既に片手を置いている額へ、もう片手も乗せた。冷たいタオルは心地好く、あの子のぬくもりを思い返すと更に気持ちが穏やかになる。鈍く疼いていた頭痛も、少し収まったようだ。…これも、あの子のおかげだろう。そう想うと、少しだけ口角が自然と上がった。
しかし、熱が出るとは、こんな風に倦怠感があって、起き上がるどころか眼を開けているのも億劫になったり、頭が重く、鈍く痛んだりするものなのだな。…これでは、出勤できないだろう。時折、体調不良と言う名目で休む者がいるが、これは納得だ。今日が休日でよかった。思考の纏まらない頭で、そんなことを取り留めもなく、ぼんやりと考えていると。
かちゃり、と。ゆっくりと、慎重な動作でドアノブが回った。それに、弾かれたように振り向こうとして、…けれど重い頭がそれを許してくれない。気だけは逸りながら、ゆっくりと、ドアの方へと顔を向けた。
ドアノブと同じに、音を立てないようにゆっくりと、寝室の扉が開かれる。そこから、ひょこっと顔を出した愛らしい姿は、…俺が焦がれていた、誰より愛しい妻のものだ。この時ばかりは身体中の重さも、籠るような熱も全て忘れて、俺の顔に笑みが浮かぶ。眼を細めて、俺のこの子の名をゆっくりと呼んだ。
「…フラフィー」
「あっ、リジットさん!目が覚めたの?よかった、起きて大丈夫?」
呼んだ声で、俺が目覚めたことが分かったのだろう。フラフィーが、その小さな手には余る大きさの盥を手に持ちながら、俺へと駆け寄ってきてくれる。からん、とその盥から涼しそうな音が聞こえて、ああ、と思わず息を吐いた。…きっと、額に乗っているタオルは、これだろう。この子が、この冷たそうな盥に手を入れて、タオルを冷やして乗せてくれたのだ。それを想うだけで、こころのなかが幸福に溢れた。
ベッド脇のサイドテーブルにそれを置いて、フラフィーが俺の顔を覗き込んだ。その大きな目いっぱいに広がっているのは、心配と、俺を気遣ってくれる色で。…そんな、俺の誰より愛しい妻に、大丈夫だと伝えるべく、眼を細めて笑って見せる。そんな俺に、フラフィーも少しだけほっとしたように、俺に優しく笑ってくれた。
氷水の涼し気な音をさせながら、フラフィーが盥の中で、なにかをかき回した。取り出して搾るときに、それが新しいタオルだと分かる。それから、額のタオルとそれを、代えてくれた。この子の、俺を慈しむような手つきは、いつだって心地が好い。タオルを替えながら、まるで俺の頭痛を分かっているかのように、その小さく柔らかな手が、俺の頭を撫ぜてくれる。そのあたたかな手を喜ぶように、俺の身体の下で、弱弱しくも尻尾が揺れた。熱の所為で身体が重くなっていても、喜びで尻尾は揺れるらしい。病気など、これまでしたことがなかったから、そんなことも初めて知った。自分のことだと言うのにな。…この子は、俺が自分でも知らなかったことを、いつも。今でも、こうして教えてくれる。
「…子どもたちはどうした?」
心地好い感触を享受しながら、子どもたちのことを問いかける。そう言えば、今は何時なのか。まだ朝なのか、もう昼になったのか。それすらも分からない。
そんな俺に、まるで息だけのように小さく、優しい声が、ふんわりと俺に答えを返す。その間も、柔らかな手が、俺の頭を撫ぜていてくれて。この子にそうされるだけで、あの頭痛もすっかりと収まっていた。
「アレクとジーニャは、メイドさんが遊んでくれてるよ。ロバストは元気に学校に行ってる。…みんな、リジットさんのこと心配してるよ」
フラフィーの言葉に、俺の口角がまた、自然と上がった。病気自体が初めてのことだから、それで心配される、と言う経験も、…初めてだ。このように面映ゆく、…嬉しいものなのか。
「そうか」
「うん。これ、みんなからお手紙」
そう言って、フラフィーがエプロンのポケットからなにかを取り出す。前に、ロバストが欲しいと言って一緒に買いに行った、あの便箋だろうか。そんなことを、まだ少し不明瞭な思考で思い返しながら、綺麗に折り畳まれたその用紙を受け取った。未だに身体は重いが、この子が来てくれる前と今では雲泥の差だ。…きっと薬より医者より何より、この子がいてくれることこそが、俺にとっては大事なのだろう。そんなことを想いながら、用紙を開く。矢張り見覚えのある便せんに、たどたどしくも、俺より余程綺麗な文字が、眼に入った。
『おとうさん、はやくよくなってね。きょうははやくかえってきます。かえってきたら、いちばんにおとうさんのところにくるね』
この文章を書いたのは、ロバストだろう。フラフィーが熱を出した時に、俺が『早く帰ってくる』と言った言葉を覚えていたのかもしれない。可愛らしくも大人びた文章に、俺の顔にまた、笑みが漏れた。その下に描かれた、黒い耳のある生き物は、多分俺だ。その隣の、まん丸いかたちの薄いベージュに、大きな円い目で笑っているのがフラフィーで、残りのスペースに小さく描いてある黒と茶色とベージュの、にこにこと笑っているものが、ロバストとアレクとジーニャだろう。きっと、この絵を書いたのはアレクだな。特徴をよく捉えている絵に、ますます笑みが深くなる。ジーニャも何か書いてくれたのだろう、便箋の隅に描かれた赤と緑の色合いが、便箋に一層鮮やかだ。
「有難う」
そう言って、便箋を手に持ったまま、俺の愛しい妻に眼を細めた。俺の頭を撫ぜてくれているフラフィーが、花のほころぶように愛らしく笑って、小さく頷く。それから。
「…リジットさんは、いつも頑張ってくれてるから、きっと少し疲れちゃったんだね。今日は、ゆっくり眠って、俺に我儘でも何でも言ってね?俺、何でもするから!」
いつも、本当にありがとう。ふんわりと優しい声がそう言って、そのふくふくと愛らしい顔が、俺に近づく。大きな目がそうっと閉じられて、…その睫毛が震える様を、見惚れるように見つめた。重いはずの腕が自然と上がって、その柔らかな線を描く頬に、指が伸びる。
薄桃の唇が、俺の口に、ゆっくりと触れた。…ただでさえこの子の前では外れがちな箍が、熱の所為か、更に自制が利かない。俺の口に重ねられた、その優しく甘い唇を舌で舐めて、仄かに開いた隙間に舌を滑り込ませる。
頬に沈めていた指を、首筋へと移して、押さえるように力を込めた。一瞬だけ、微かに身動いたふくよかな身体は、けれど俺を受け入れるように、俺の好きにさせてくれる。いつもよりも、自分の息が熱い気がする。これも熱の所為だろうか。
舌の絡まる水音が、熱っぽく部屋に響く。フラフィーの息も熱く弾んでいるのが分かって、俺の身体に違う熱が拡がった。病気の熱ではない、興奮の、…欲情の熱だ。本当なら、今すぐに起き上がって、この柔らかな身体を俺の下に組み敷きたい。けれど、…今は俺の身体が言うことを聞いてくれなさそうだった。内心で臍を嚙んで、甘い唇を強く吸う。…ああ、こんな病の熱は、一刻も早く下げなければ。そんなことを強く誓いながら、名残惜しく唇を離す。
顔を寄せたままの間近の距離で。頬をほんのりと上気させながら、俺の誰より愛しい妻が、愛らしくはにかんで笑う。そのまま、もう一度俺の頭を撫ぜて、今度は耳の先にキスしてくれた。喜ぶように、俺の耳の先が緩く揺れる。俺の顔も、今、きっと緩んでいることだろう。…格好悪い。けれど、どうにも感情の制御が利かない。
ベッド脇に跪いてくれているのだろうか。ベッドに寝ている俺と視線を合わせながら、フラフィーが優しく笑ったままで俺に問いかけてくる。
「リジットさん、起き上がるの辛いかな?一回、身体を拭いて、着替えようか?」
それは魅力的な提案だったが、…俺が頷く前に、瞼が何故だか一気に重くなる。この子が寝室に、俺の元に来てくれてから、大分症状が良くなったと思っていたが。…それは俺の喜びや幸福や一次的な興奮で、まだ熱自体はよくなっていなかったのだろうか。
俺の様子が、目の前のこの子にも伝わったのだろう。ぼんやりとしてきた視界で、フラフィーが俺を慈しむように優しく笑ってくれる顔だけが、鮮明に映る。
「じゃあ、汗を拭くのはまた後にしようね。今は、ゆっくり休んでね」
そう言って、また、耳に口づけてくれる感触が、重い身体に広がった。そうされると、心地好さに更に瞼が落ちていく。眠くはない筈なのに、自然と瞼が閉じようと動いて。…耐えることなく眼を瞑ると、意識まで落ちていくようだった。暗闇に吸い込まれるように、思考が沈む。
「おやすみなさい、リジットさん」
沈んでいく思考の中。俺のあの子が、ふんわりと甘い声でそう言って。優しく頭を撫ぜてくれる感触だけが、頭に残った。
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