六月③_さあ学校へ行こう、おむつをはいて

  シリアルとヨーグルトの簡単な朝食を、二人で平らげた。

  登校時間をずらすため、リョウは一足先に玄関へ向かう。

  「じゃあ、行ってらっしゃい」

  「あ、ああ……」

  リョウは姿見で何度も自分の姿を確かめた。

  なんと言っても、今日はいつもの制服の下におむつを穿かされているのだ。

  外からちょっとでも分かったりしないか、入念にチェックする。

  「少し膨らんで見えますけど、言われないとわからないですよ」

  「ちっ、くっそ……」

  何度も振り向きながら、スボンの形を整える。そのたび、クシュクシュと音がなる。

  「ほら、早くしないと遅れちゃいますよ」

  「わーってるよ」

  リョウは玄関に向かうと靴を履いて、ドアを開ける。

  いつもより動きづらいし、足を閉じようとするとふっくらとした吸水部に邪魔される。

  「いってきます」

  リョウはそう言いながら、外に出た。

  「はい、いってらっしゃい」

  ユウタはニコニコしながら手を振って見送り、玄関の戸を閉めると鼻歌が聞こえてきた。

  こんな格好で学校に行くのかよ……

  おむつが歩くたびに、股間で擦れる感覚がある。

  「くっそ……まじかよ……」

  リョウは、ブツクサ文句を言いながら歩いていた。

  いつもと同じ通学路なのに、なんだか違う気がする。

  すれ違う人が、みんな自分を見つめてくるような錯覚すら覚える。

  たぶん、そんなことはないはずだが、どうしてもその考えが拭えない。

  いい歳して、おむつをして歩くなんて……

  「くそっ」

  リョウは思わず悪態をつく。

  しかし、いくら言ってもどうにもならない。

  クシュクシュ

  おしりから紙おむつが擦れる音が響く。股がうまく閉じず、姿勢は次第にがに股気味に矯正されていった。

  登校してから、リョウはずっと不機嫌だった。

  高等部に入るような歳しながら、朝から慣れないをおむつしてるんだから。

  「くそっ……」

  いつもの固い教室の椅子に腰を降ろすが、尻には不本意ながらフカフカのクッションが敷かれている。

  身じろぎするとクシュクシュと擦れ、誰かに聞かれてないか気が気でない。

  リョウはなるべく体を動かさないようにしていた。

  時折、級友が恐る恐る声をかけてくるが、全て睨み返して黙らせた。

  「今日は機嫌が悪いんだ、話しかけんな!」

  終始ムスッとした表情を見せ、他人を寄せ付けない雰囲気を作り、リョウはなんとか授業を乗り越えた。

  昼休みになり、昼食を終えた頃、うとうとと眠気に誘われ始める。

  今日の最後の授業は英語だった。

  「she said the movie is so sweet……」

  英語の教師が淡々と説明するが、リョウは完全に寝ぼけ眼だった。

  「んにゃ……む」

  「she shows a scene」

  「ん、しーしー……」

  「to be so sure.」

  「しーしー……するぅ……」

  ゴンゴンッ

  不意に机が叩かれた

  「こら、そこの不良!英語の授業中だぞー」

  「あ! ひゃっ」

  ガタッ

  リョウは慌てて起きた。クラスからクスクスと小さな笑い声が湧く。

  「あ、悪い。寝ちまった」

  「なんだ、今日は馬鹿に素直だな」

  「あ、いや、なんでもねーよ」

  「まったく。寝言で授業を聞くやつがあるか、器用なやつめ」

  「寝言……?」

  「she shows a scene to be 今やってた例文だ、寝ながらつぶやいてたぞ」

  「しーしー……」

  この言葉を聞くと、何だか体が緩む。

  おちんちんに力が入らなくなる……

  「おい、こりゃ寝言のほうが成績がいいかも知れんな……」

  クスクス

  クラスメイトの注目が集まる。

  「じ、じゃあ、睡眠学習の授業でも作れよ」

  リョウが嘲るように言い返す。

  そんななか、膀胱は決壊寸前で、膝はガクガクと笑っている。

  くっそ、も……漏れる。こんなところで……

  「じゃあ、その睡眠学習の成果を見てやろうか。今のを日本語で訳してみろ」

  「あっ……そ、その……」

  だ、大丈夫。

  授業が終わるまで、あと少し……

  「起きたら忘れるんだったら意味ないだろー。寝ながらテスト受ける気かー?」

  またクスクス笑いとともに、クラスの注目が集まる。

  くそっ見るな、こっち見てんじゃねー。

  チョロッ

  おむつの中に、小水が流れる感触が伝わる。

  「あっ……」

  リョウは思わず赤面した。

  「下らないこと言ってないで、ちゃんと起きて授業をうけろー」

  ショ……

  あ、も、漏れる。

  先生の目の前で、クラスメイトも、こっち見てるのに。

  「あっあっ、ああ……」

  「ん? どうした?」

  ショロロ……

  おむつの中が暖かく湿っていく。

  「あぁ……」

  リョウの顔が羞恥に染まる。

  尖った耳の先端まで真っ赤にして、リョウは俯いてしまった。

  「お前、どうした? 顔が赤いぞ……?」

  初夏の湿った風が教室に舞い込み、ふわりとカーテンを揺らした。

  ブワッ

  大きなカーテンがはためく音が響く。

  ショワァァ……

  そのすぐ隣でリョウのお尻の下からは、とめどなく水音が聞こえてくる。

  小さくくぐもった音だが、リョウにとってはどんな言葉よりもよく通る悪魔の囁きのようだ。

  「あ……」

  リョウは小さく声を上げた。

  教師の視線、クラスメイトの視線。

  心臓はバクバクと高鳴り、耳鳴りがしそうなほどだ。

  「なんだ、本当に体調悪かったのか?」

  ズボンの下の惨状などつゆ知らず、先生は心配そうな顔をして立ってる。

  それでもリョウの頭は、すでに真っ白だった。

  どうしよう、どうすれば……

  おもらし……しちまった

  涙で風景が滲む。

  チョロ……ロロ……

  「あ……う……」

  恥ずかしい水音が止まった。おむつに全て出し切ってしまったらしい。

  ズボンのしたがもこもこと膨らみ、ずっしりと重くなった。

  「おい、大丈夫か?」

  ブォッ……バタッ……

  教室は相変わらずはためくカーテンの音に包まれている。

  クラスメイトも皆、今朝の体調不良を心配しているようだった。

  「あっ、う、うん……」

  リョウは呆けた顔で慌てて取り繕う。

  「気づかなくて悪かった。出席扱いにしといてやるから、保健室で休んでて良いぞ」

  「そ、そーさせてもらうわ……」

  リョウはおもむろに立ち上がる。

  ズシッ

  いつもよりお尻が重い。

  「ほらほら、授業に戻るぞ」

  教師は手を振って教壇に戻った。

  クラスメイトたちも、先生を追って黒板に視線を戻した。

  幸い、リョウのおむつには誰も気づいていないようだった。

  ピシャッ

  足早に教室を出て扉を閉める。

  「うう……」

  誰もいない廊下を頼りなさそうに歩く。

  グシュ……グシュ……

  歩くたびに、ぐっしょりと濡れたおむつが音を鳴らす。

  ぷっくりと膨らんだ吸水体のせいで、足を閉じることも出来ない。

  不格好な、がに股姿だ。

  その顔には、同じくらい情けない表情を浮かべていた。

  「くっそ……」

  精一杯の虚勢を寄せ集めて悪態をつく。

  保健室までの道のりは、一人で何時間も歩いているようだった。

  「失礼します」

  ガララ……

  リョウが保健室のドアを開けて中に入る。部屋には誰も居ない。

  「ラッキー」

  思わず呟いた。

  誰もいないベッドを拝借して、シャッとカーテンを閉める。

  グシュ……

  「う……」

  ベッド脇に腰を下ろした途端、濡れたおむつの感触がお尻に広がった。

  そのまま座っていると、おむつの中身まで染み出して来そうな気がする。

  グシュ……

  「まいったな……」

  途端に教室での出来事を思い出して、顔が赤くなる。

  リョウはおもむろに立ち上がって、ズボンを脱いだ。ぐっしょりと濡れたおむつが露わになる。

  こんなところ人に見られたら……

  静かな保健室の薄いカーテンが、唯一の砦だった。

  「くっそ……」

  リョウは急いでオムツを脱ぐ。一瞬、ユウタの顔が過ぎり躊躇したが、思い切ってその逡巡を払った。

  脱ぎ捨てたおむつが、フローリングの床にパサリと落ちる。

  リョウは改めて、自分のイチモツを見下ろす。

  おしっこで濡れそぼったそれは、赤ちゃんおちんちんと言われても言い返せない風貌だった。

  「あー……なんか、拭くもの」

  自分でもすっかり忘れていた。どこかでこのおしっこを拭き取らなくてはならない。

  脱ぐ前に用意すれば良かったのだが、あのときは勢い任せにやらないと、自分では脱げなくなってしまう気がしたのだ。

  「どうしよう……」

  保健室にティッシュがあるかもしれないが、どうやって取りに行こう。誰かに頼むしかないか……。

  カーテンの外をのぞきみると、サイドテーブルにティッシュが一箱置いてあることに気づく。

  「届くかな……?」

  リョウは上半身だけをカーテンの外に出し格好で、手を伸ばした。

  「んっ」

  少し指先が触れたが、届かない。

  「はぁ……っ」

  再び手を伸ばすと、今度はなんとか届きそうだ。

  「……よっ」

  リョウの手が、ティッシュに触れる。だが、それを掴むことは出来なかった。

  「あ……」

  ボトッ

  バランスが崩れて床に落ちる。

  慌てて膝いついて、ティッシュ箱をカーテンの内側に引っ張り込もうとする。

  リョウは下半身丸裸で四つん這いになって、テッシュ箱に手を伸ばす。

  「何やってんだ……」

  自分の情けない姿に、涙が出てきた。

  とはいえ、保健室のカーテンは膝下ほどの高さまでしかない。現状はかなりまずいポーズをしている。

  リョウは急いでティッシュ箱を手繰り寄せた。

  「ふぅ……」

  ティッシュで一通り拭い去り、とりあえず下半身の見てくれは整ったので、ひとごこちついた。

  色々と迷ったが、取り敢えずノーパンでズボンに足を通した。なんだかスースーして落ち着かない。

  濡れたおむつとティッシュは、保健室にあったビニール袋にまとめて入れて、枕の下に隠した。

  「よしっ……」

  一仕事成し終えた気分だった。

  部活が始まると、校内に人が増えてしまう。

  リョウはそそくさと保健室を抜けだし、教師に早退すると言って帰路についた。

  ノーパンで教室に戻るのは恥ずかしかったが、誰も気づいてなかったことを祈りたい。