九月⑧_ 閑話:『家』

  「さ、湯舟に行きますよ」

  ボディソープをシャワーで洗い流したユウタが、リョウに向かって手が差し伸べてくる。

  「あ、その……」

  ぐいっ

  リョウは両手をだらんと体の横に下ろしらポーズで、ユウタに引っ張られるまま向き直る。

  晒された股間はまだひくひくと元気なままだ。

  ぴょこん

  振り返った反動で、固く持ち上がったおちんちんが、元気よく跳ねた。

  「うう……こ、これぇ……」

  リョウは耳まで真っ赤どころか、湯気が出そうな勢いでユウタに向き直った。

  「あらあら、収まらなかったんですか。元気ですねー」

  「み、見るなよっ……」

  唇を尖らせて顔を背ける。

  ユウタに握られていないもう片方の手で、慌てて股間を隠した。

  「あらら。おちんちん触っちゃいけませんよ」

  「うっせ、ま、マナー違反って言うか、これ常識的にアウトだろ」

  「赤ちゃんのおちんちんなんて、誰も気にしませんよ」

  「だ、だめだろ。それでも……」

  「うーん。それじゃあ、どこかで火照った体を冷ませば良いんですね」

  「あ、ああ?」

  有無を言わせずにぐいぐいと引っ張られる。

  「たしか、こっちにありましたよね」

  手を引っ張られるまま、後に続いて歩かされる。

  ぴょこんぴょこん

  歩くたびに、股間で小さなおちんちんが跳ね動く。

  「ちょ、ちょっと……」

  これは、さすがに……

  身をかがめて、片手でそっと股間を覆う。

  手で覆い隠したいところだが、ユウタに何を言われるか知れたものじゃない。

  しかし、勃起したあそこを公衆の面前に見せるなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。

  眉をしかめながらそれとなく手で覆ってみる。

  横から覗き込めば簡単に見られてしまいそうだが、仕方がない。

  「あれ?こっちだっけ」

  「お、おい……」

  片手をつなぎながら、もう片方の手で必死に股間を隠しながら後に続いて歩く。

  ぴょこん……ぴょこん……

  おちんちんは収まる様子はなく、一歩歩くごとにぴょんと顔を出してくる。

  いっそのこと堂々と晒してしまったほうが良いようなくらい、なんとも情けない恰好だ。

  情けない姿をさらして、膝ががくがくと震えてくる。

  ペタペタ

  湯舟から流れる水を踏みながら、銭湯中を歩かされる。

  周りの客は暖かい目で見ていたり、子供は馬鹿にするようなニヤニヤ顔を浮かべていたりする。

  「うーん……確かに見たはずなんですけどねー」

  ユウタは明らかにこの状況を楽しんでいる様子で、銭湯の中をあちこち歩き回らされた。

  「あった。水風呂って言うんですよね」

  ユウタは立ち止まり、サウナ横の湯舟にリョウを誘った。

  「は、入ったことねー」

  「火照った体にはきっと良いですよ」

  ぐいと引っ張りながら、冷たい風呂へと押しやってくる。

  「く……くそ……」

  少し逡巡しながらも、渋々と中へ入る。

  ひゃっ!!!

  冷たい。肺が押しつぶされるようにはーはーと浅い呼吸を繰り返す。

  全身がこわばり、満足に息ができない。

  「加減はどうですかー?」

  「あ、う……あう……」

  冷たさで口がかみ合わない。

  「火照りが取れたら上がって良いですよ」

  ユウタに押し込まれ、肩までざぶんと冷水に浸からされる。

  「ひゃああっ」

  冷たさに思わず湯舟から飛び出す。

  はーはーと息をつきながら、湯気交じりの暖かい風を受ける。体がじんじんと熱を取り戻していくのがわかる。

  「こら、騒ぐのはマナー違反ですよ」

  「はーっ……はーっ……」

  肩で息をして、何も返答できなかった。

  体中が震えて、口ががくがく揺れている。

  「収まったみたいですし、湯舟に行きますよ」

  「……ん」

  ユウタに差し出された手を何も考えずにつかむ。

  視線を落とすと股の間の小さなあそこは、これ以上ないくらいに縮み上がっていた。

  「これなら、隠さなくても良いですねー」

  「う、うるひゃい……ち、縮んでるだけだっての……」

  入った時と同じように、見せつけるようにゆっくりとユウタに歩かされる。

  フルフル

  縮んでさらに小さくなったおちんちんは、揺れもせずにぴったりと股の間に張り付いてしまった。

  もしかしたら、女湯に入っても驚かれないんじゃないだろうか。男らしさが身に付き始めたとは言え、まだ少年の体なのだ。

  ペタペタ

  寒さで身をこわばらせながら、大きな湯舟へと向かう。

  「これが、銭湯のお風呂ですか……」

  こわごわと様子を見ながら、ユウタが湯舟へと足を踏み入れる。

  「さむっさっむ」

  それを追い越しながら、足早に湯に浸かる。

  「急ぐと危ないですよ」

  ユウタの小言を背中に受けながら、全身に湯の暖かさを感じる。

  「くああああ……」

  水風呂で凍えたせいもあって、体中に気持ち良さが響く。

  手足を伸ばし、全身で銭湯のぬくもりを受け止めていく。

  「これは、気持ちよさそうな」

  ユウタもざぶざぶと湯舟に入り、腰を下ろす。

  「あ、手ぬぐいは取るんだぜ」

  頬っぺたまでお湯に浸かりながら、ユウタに注意した。

  「外すのですか?」

  「必要なもの以外はお湯に浸けないのがマナーなんだ」

  「なるほど、清潔に保つためですね」

  「そんなとこだな」

  ブラン……

  腰巻を外すと大人のちんちんが見えた。

  分かってはいるが、目の前に見せられると何か悔しいものがある。

  「で、タオルはどこに……?」

  「湯舟のそばに置いたり、頭にのっけたりだな」

  「おお! そういうこと!」

  ユウタは嬉々として、自分の手ぬぐいを頭に乗せた。

  「様になってるじゃん」

  「イラストとかで見たことあったんですよ。なぜタオルを乗っけているか不思議でした」

  「あー、なるほどな」

  ちゃぷん

  改めてユウタが腰を下ろす。

  手足を曲げ伸ばしして、湯の感触を楽しんでいる。

  顔がほころび、頬を緩ませて目を細めた。

  「うっ、ああああ……」

  「おっさんみてえな声……」

  「同い年ですぅ……」

  口を曲げながら返答するが、顔が緩んだせいで言葉尻も緩んでしまったらしい。

  「あああ……でも……気持ち、わかるぜ」

  ユウタと同じくらい気の抜けた声を上げて、湯の気持ち良さに体を浸らせる。

  「ああ……」

  「ふう……」

  二人並んで、湯に身をゆだねながらゆったりと天井を見上げる。

  湯気にやわらかく包まれた夕暮れの光が、見事なオレンジの柱を地面に下ろしている。

  まばらな客たちがそれぞれに闊歩しながら、黄昏時のゆったりとした時間を楽しんでいた。

  「銭湯って、気持ちいいですねぇ」

  「そ、そうだろ……」

  遠くから来た親戚に地元の銭湯を褒められたこともあって、リョウは得意げに答えた。

  チャプチャプ

  柔らかな湯の音が響き、水面のゆらめきに身を任す。

  波と共に体がほぐされていく。

  「あー……」

  銭湯でふやけている同居人を横目で見る。

  改まって見てみると背格好は年相応だがやや小柄、どちらかと言えばリョウよりも年下にさえ見える。

  それでも親元を遠く離れて暮らし、家事全般も一通りこなす。

  「なあ、なんで家に来たんだ?」

  ふと頭をよぎった疑問を口に出す。

  「なんでって?」

  「だって……遠いじゃん。言葉もちげーしさ」

  一人で異国の土地に来て、不安だったりしないのだろうか?

  「言葉は母国語ですよ。昔、住んでましたし」

  「へ? そうなの?」

  「学校に通い始めるくらいの頃に、色々あって離れたんですよ。むしろあっちの生活のほうが、言葉が通じなくて大変でしたね」

  「へ、へー」

  「それから母が再婚したんです。そのころには僕も大きくなってたんで、あんまり相手にされなくなりましたね」

  「あー、うん。やっぱ、苦労してんだな」

  義父と連れ子の関係だし、それなりにギクシャクしたりするんだろうな。言葉も通じない場所で母親にも相手にされないって、どんな感じだ……?

  「そんな悪いものじゃなかったですよ。父とも仲良いですし」

  ユウタは顔では笑っているものの、複雑そうな面持ちを垣間見せる。

  向こうでは、あまり居場所がなかったりしたのだろうか。

  「こっちに来れて良かったってんなら、俺も嬉しいよ」

  「そ、それはどうも」

  「俺も、お前と住むの、嫌じゃねーし……」

  「リョウ……くん?」

  「あそこはもう、俺とお前の家だから……さ」

  バシャ

  言ったあと、急に恥ずかしくなって顔を水面に沈ませた。

  目だけをお湯から出してユウタの顔を見ると、見開いた目がキラキラと輝いているようだった。

  「リョウくんッ!」

  ぎゅう

  隣に座っていたユウタが、急に抱き着いてきた。同時に頭をわしゃわしゃと撫でられる。

  「なっ……こらっ、抱き着くな」

  銭湯なので騒ぎにならない程度に、なんとか逃れようとするが、一向にうまくいかない。

  「ホームですね。僕のホーム、嬉しいですよ」

  「わかったから、離れろ、騒ぐな、マナー違反だろ」

  「ハグくらい、普通のスキンシップですよー」

  「ここじゃ、普通じゃねーの」

  日本語で”家”と訳されるホームとハウスの二語は、厳密にはニュアンスが違う言葉だと、昔誰かに教わったことを思い出した。

  やっぱり、むこうで居場所がなかったんじゃねーか?