~Hero_Desire~番外編「全てが漏れ出るまで」
ディザイア。この世界に突如として現れた超能力である。人の強い願いに応えて発現し、願いを叶える為の力を与えてくれる力。だが、願いは欲望でもある。その欲望を力によって叶えるためにディザイアを悪用する者達、ヴィランが現れ始めた。
ヴィラン達はただ己の欲望を解き放つ者が多かったが、中には徒党を組んで悪事を為す者が現れ始めた。それらは悪の組織と呼ばれた。そんなヴィラン達と戦うために立ち上がったディザイア能力者、それがヒーローだ。
そんなヒーロー達が集まりヴィラン達と戦うため、正式な国家機関として立ち上げられたヒーローの組織、ヒーロー協会。凶悪犯罪の多くがヴィランによるものとなり、警察に成り代わりヒーローが治安を維持するために戦う。
これはそんな世界の、あるヒーローの物語。
俺の名前は[[rb:狼代>かみしろ]][[rb:範真>はんま]]。灰毛の狼獣人で、今年で52歳になる。いい年ではあるものの、普段から体をしっかりと鍛えているおかげでまだまだ若い奴らに負けない筋肉を保てている。身長190cmというのもあって、十分巨漢と言えるだろう。その上前職と現職中に負った傷が目や鼻、右頬に残っていて、元来の強面もあってカタギではないと言われることもある。幸いにして現職では顔を見られる機会が少なく、昔より言われることはないのだが。
朝七時半。今の俺の職場である、K県K市のビジネス街外れにある、一つの小さなビル。その前を始業前に掃き掃除している最中だ。今の職場にほとんど個人経営に近い人数しかいないのが主な理由になる。後は単純に、俺の日課になっているからだ。
「おやっさーん! おはようございます!」
そう、朝も早くから元気だけはいい声でそう挨拶してくるのは、クリーム色の毛をしたラブラドールの犬獣人、[[rb:吾平>あいら]][[rb:来人>くると]]だ。今年で28になるはずだが、とにかく落ち着きがなく、容姿はともかくまだ18だと言っても信じられそうな奴である。マイナスに思ってしまうのは、若さからくるエネルギーに少しばかり羨ましさを覚えているのかもしれない。
「おう、今日は珍しく早いな」
こいつはよくて八時、遅ければ九時ギリギリに来ることも珍しくないような奴だ。始業時間としては確かに九時に来ればいいことになっているものの、場合によってはそれさえ遅れてくることもあるということだ。
「いやぁ、夜更ししなけりゃこんなもんっすよ!」
「普段から夜更ししてんじゃねぇよ。只でさえ最近は……」
「あーあー! 分かってるっす、分かってますって。それもあって、昨日はさっさと寝たんですから」
小言を言う前に吾平は先手を打って来る。こいつには色々言いたくなることも多いのだが、あまりに説教臭いのもそれはそれでどうかと思う部分はあるから、良しとしてやろう。
「けど、夜勤も覚悟してたんですけどね」
「どう行動しているのか次第だ。大本が夜に動いているとすれば……」
ジリリリリリリッ!
黒電話のベルの音を模した着信音が、俺の携帯から聞こえてくる。あまり当たって欲しくなかった予想は、どうやら的中のようだ。
「こうやって朝、末端が現れることになる。俺だ」
『ヴィランだ。場所はK市南六丁目東、住宅街で暴れているようだ』
「了解だ、すぐに向かう」
一分一秒が惜しいこの状況だから、簡素に受け答えしてから、通話を終える。今日は早めに吾平が来ているから、面倒が少なくていい。
「聞いた通りだ。車出してくるぞ」
「了解でっす!」
すぐに目の前のビルのガレージに入り、シャッターを開けつつ止めてある白いオープンカーに乗り込み、まだ上がり切る前に車を発進させる。すぐ前にいる吾平を轢きそうな勢いだが、あいつは当然のように動く車に飛び乗ってくるから問題ない。
「[[rb:変身>トランスフォーム]]、ブリッツ・ライトニング!」
「[[rb:変身>トランスフォーム]]、ハンマー・ブレイカー」
移動しながら俺と吾平は変身コマンドを宣言する。一瞬白い光に包まれて視界が塞がるが、運転に支障は一切ない。
俺の姿はシンプルな赤の全身タイツ型のスーツに、胸元に金槌をモチーフにしたマークの入ったボディスーツを着たものへと変わっている。頭はスーツと同じ、マズルの出るタイプの赤のフルフェイスヘルメットで覆われており、顔の厳つい部分は隠れている。後は黒い特別な絶縁体のグローブとブーツが手足をすっぽり覆っているくらいか。
隣にいる吾平、もといブリッツ・ライトニングは、青を貴重に大きなジグザグの稲妻模様が胸元に描かれ、体の側面に沿うように同じく黄色のラインが入ったボディスーツ姿になっている。両手足は銀のグローブとブーツに覆われ、目元は青い布性マスクに覆われており、ひらひらと何かと引っかかりそうな部分がいつも気になってしまう代物だ。
俺達はヒーローと呼ばれる、ディザイアという超能力を持ち、同じくディザイアを持つ犯罪者、ヴィランと戦い捕縛、逮捕する公務員だ。警察機関とはまた違うが、やることはそれと限りなく近いことになる。
特別なサイレンを鳴らしながら、公道をアクセル全開で駆け抜ける。事件発生から現場まで五分で到着する距離なのは不幸中の幸いだ。ここが都市部とはいえ片田舎と呼ばれるような地域であるため、出動から到着までの時間が掛かってしまう。住宅街に現れているのが既に大問題だが。
道が混んでいるようなこともなく予定通り五分で現場に着く。避難誘導のため、通行止めのために停められているパトカーの前で止まる。
「とうっ!」
などと声を上げて、ブリッツはすぐに助手席から高く飛び上がり、そのまま近くの民家の塀に着地して走り出す。猫獣人ばりの器用さだと関心するところもあるが、いちいちパフォーマンス気味に動くのは首都ヒーローだけで良いだろうと呆れが出てしまう。
ブリッツのディザイアは雷を発生させる力だが、単純な放出ではなくそれを身体に纏わせて身体強化に使うものだ。ディザイアに目覚めるだけでは超人的な身体能力に目覚める、などということはないのだ。それ故俺にあのような芸当は到底出来ない。
とはいえ追いかけないわけには行かない。あいつのディザイアと違い無理矢理でなければ身長超えのジャンプなんて出来ないから、普通に車を降りて、ブリッツを追い掛けて現場に走る。
「オオオオオォォォォォ!!!」
ヴィランの居所はすぐに分かった。というのも、いつも以上に分かりやすい状況だったからだ。新築の一軒家の並ぶ住宅街に、その家々よりも巨大な亀獣人の姿があれば、あれがヴィランだとすぐに分かるだろう。亀獣人という種族柄甲羅のおかげで多少分かりづらいが、全裸なのも拍車を掛ける。最たるものはヴィランの周囲の民家の二階部分が須らくが破壊されていることなのだが。
「速攻決めるぜ! ブリッツ・シュート!」
すぐに常人には到底不可能な跳躍で巨大化した亀獣人の胸元に蹴りを放つ。それと共に電撃が弾けるも、僅かによろけるだけで大して効いていないように見えるな。ただ身体が巨大になるだけでも厄介だが、生物としての身体能力も向上しているようだ。
「っつう、うおっ!」
離脱するブリッツに向けて少々鈍いながらもその腕を振り回して殴り飛ばそうとする。幸い当たらずに済んではいるが、ただの物理攻撃でも十分危険だな。民家に当たらない内に手を打ちたい。
「おやっさん!」
「人相手には……とも言ってられんな」
すぐにスレッジハンマーを呼び出してその手に握る。俺のディザイアはあらゆるものを打ち壊すハンマーを呼び出す力だ。さすがにディザイアで強化されているだろうとはいえ、対人でコンクリートどころか鉄筋を一撃で粉砕する金属製のハンマーを呼び出すのはまずいと、頭部がゴム製のものにしておいた。
「おらぁっ!」
足元に巨大なハンマーを呼び出して、それを足場にしてから巨大化した亀獣人の胸元にまで上がり、そのまま一撃振り下ろす。しかし、これは想像以上に効いていないか。
「オオオッ!」
理性の無い声と共に巨大な手が背後から迫ってくる。握りつぶされるかはともかく、少なくとも掴まれればその手で胴体、足までは握られることになるだろう。
足元に呼び出してある巨大ハンマーを一気に振り下ろしてその場から回避する。そのまま叩きつけるのも考えたが、勢いがない状態では大した威力にならない。
民家に落ちる前にハンマーを消して、次の一手を考える。被害は全額補償されるとはいえ、住む場所が壊れてしまうのはあまりにも難儀することになるため、ヒーローとして極力破壊されないよう立ち回るべきだ。
「ただデカいだけってわけでもないっすね、あれ」
民家の屋根の上に着地した俺のすぐ隣にブリッツも降りてくる。明らかに敵意を向けられているようで、こちらに向かって鈍いながらもその歩を進めて来た。
「甲羅以外も硬くなっていないことを祈りたいところだ」
これ以上進ませると、回避するだけで民家に拳が突き刺さってしまう。先手を打って大技を放ち、もう既に壊れてしまっている方へと押し戻すべきか。いっそそこに倒れる分には被害が最小限で済むと考えて、大技を仕掛けるタイミングだろう。
「ブリッツ、一気に畳むぞ」
「おっ、合体技ですね!」
はぁ……こいつのこういうところには慣れないな……世代の問題だろうか。とはいえ、ディザイアが世界に発現して12年である以上、こいつもディザイアの無い、ヒーローのいない世界に生きていた世代なんだがな……。単に性格の違いか。
大きく腕を振り上げて、巨大なハンマーをその手に呼び出す。その金属製の頭部は有に俺の身長を超えて、ひょいと飛び乗ったブリッツが余裕を持って乗れるだけの大きさがある。そのまま振り下ろしても普通であれば当然ヴィランには届かないが、ただハンマーを呼び出す力である俺の力は、サイズくらい自在に変えられるため、振り下ろしながらも柄を伸ばしていけば、丁度頭に届く位置まで伸ばせるという寸法だ。
当然そんな殺意さえ込められた一撃をまともに受けるほど耄碌している相手でもなく、両手でハンマーを受け止めてくる。
「必殺! トール・ハンマー!」
ハンマーの頭部に乗るブリッツの身体を青白い光が包み込む。ブリッツのディザイアは直接電撃を放つのには向いていないが、接触しているものに電流を流す事は出来る。これで雷撃を纏わせた巨大ハンマーで叩き伏せるというのが、ブリッツ曰くの合体技となるわけだ。
ただの鈍い振り下ろし程度ならば止められたかもしれない。だが、巨大化して身体強化されていると推測されるが、だからといって高圧電流をモロに流し込まれることになれば、さすがに無傷では済まない。
帯電するハンマーの頭部を両手で掴み電流を流されしばらくして、ヴィランは意識を失い巨大化したまま背中側に倒れていく。ずんと重い地響きがするものの、どうやら勝利で終われそうだ。
「っし! 今日も快勝!」
ヴィランの頭のすぐ側に着地してそう言い切るブリッツ。まだ予断を許さない状況だというのにあいつは……。
俺が降りていく間に、ヴィランの身体が縮み始める。すぐにブリッツは俺達ヒーローの使用する、ディザイア能力の使用を制限する効力のある手錠をヴィランに掛けた。この手の変化系のディザイアは維持しなければこうして元に戻ることが大半だ。他のヴィランの手によるものではこうは行かなかったから、その一点は幸いだったと言えるか。
ひとまずの驚異は去った。後は事情聴取して、ただの自暴自棄や感情の噴出によるものなのか、或いは裏に何者かの存在があるのかというのを確認する必要がある。恐らくは最近の情勢から後者であることは予想が出来るが、確証はない。
「っおやっさん、重いっす……」
「非力な……というのは酷だな。そっちを持て」
体格としてはそこまででもないように見えたが、亀獣人の甲羅を含めた体重のことを考えていなかった。むしろ俺の方が腰に来そうだな、これは……。
乗ってきたオープンカーの後ろに放り込んでから、すぐに警察署へと移動する。大きな支部であればヒーロー協会の支部で勾留、取り調べまで行うのだが、生憎俺とこいつの二人だけの支部ではそうもいかないのだ。
現場の方も気がかりだが、俺達は俺達のするべきことをしなくてはならない。どの道後片付けの段階で役に立てることなど皆無なのだ。居ても罵詈雑言を浴びせられることがあっても、感謝されるようなことはまず無い以上、被害があった直後の現場に居たいとは思えないのもある。
「なんか、ヒーローが現場からそそくさいなくならなくちゃなんないの、まーだ納得いかないっすねぇ」
「言ったところで仕方ないことだ。首都はどうだか知らないが、地方はまだまだ、ヒーローに懐疑的な場所も多い」
帰りの車で愚痴を零すブリッツに、現実を諭す。こいつは元々首都でヒーローをしていたため、ヒーローがヒーローとして讃えられている環境にあったのだ。こちらに来てからそこそこ経っているが、このやり取りも何度目かのものになる。
「もう十二年も経ってるってのに……」
「年寄りが変わるには、短すぎる時間だな」
「どれくらい掛かるんっすか」
「そうだな……世代が変わるまで、だな」
冗談気味に言うが冗談ではなく、恐らくこれは現実そうなるだろう。元々年寄り共の意見しかまともに通らない風潮は強いんだ。首都のようにライジング・ホープというカリスマが率いているならいざ知らず、復興もままならない状況の地方でそう状況が変わるとは思えない。
---[newpage]
「大した被害にはなりませんでしたか……」
K県某所。お屋敷というには風情のない、近代建築の大きな家の地下。その地下には当然窓の光が差し込むことはなく、明かりもテレビの画面から発せられるものと、同じくパソコンのモニターから発せられるもののみだった。
「面白くありませんね……せっかくの力が台無しでしょうに」
「……なんで、[[rb:鷲代>わしろ]]の君がこんなことを」
その部屋には二人男がいた。一人はテレビを見てつまらなさそうに喋っていた、細身の白頭鷲の鳥人。もう一人は、どういうわけか椅子にロープで括り付けられている、鷲鳥人よりずっと体格のいい獅子獣人。獅子獣人の方は四十代後半と言ったところで、鷲鳥人の方は三十代半ばと言ったところだ。
「それはもう、家のしがらみが嫌で嫌で仕方ないからですよ。貴方だってそうでしょう? [[rb:獅子代>ししよ]]さん」
「家が憎いというなら、どうして自分で手を下さない。それとも、本当は鷲代を……」
「鷲代を殺して終わりなんて、簡単な復讐つまらないじゃないですか。貴方達の家が弱れば、それだけ鷲代は組織票を失い、どんどん根回しが難しくなっていく。ボロが出るか、或いはそれこそ落選でもしてくれればいい気味ですよ。トドメに一人息子がヴィランとして逮捕されれば、政治家としての人生はおしまい。所詮口だけで生きてきた人間に、次なんてありませんからね」
「そんな迂遠な……」
「迂遠と言われればその通りでしょう。この力で組織でも作って、鷲代の連中を貴方みたいに捕らえて拷問する方が恐らく早いでしょうね。ですが、あの男に肉体的損傷をどれだけ与えても、屈しもしないし絶望もしない。その点では嫌でも信頼があるんですよ」
段々と早口になり、鷲鳥人の口から憎しみが溢れ出す。それは人生の選択という選択を全て強制的に決められ、一切の自由を持たず影響という影響から隔絶されて生きて来た男が、ヴィランとなり吐き出す呪詛とさえ言えるものだった。
「だからこそ、鷲代にとっての全てであるその支えをぶち壊してやるんです。衆議院議員鷲代誠司のまま死なせてなるものか。人からそれ以外の全てを奪ったんだ。だったら、その全てで、存在意義と言い切ったそれを、奪ってやることでこそ、復讐になるというものです!」
「……張り切ってるところ申し訳ないけど、僕は家のことなんて興味ないんだ。たとえ君が僕を覚醒させても、君の望むようにはならないよ。それこそあのことで脅されても……」
加熱する言葉に対して、柔和ながら強い意志の言葉が獅子獣人から返ってくる。
「分かっていますよ、獅子代さん……いや、獅子代にいちゃん。貴方は優しい方だ。優しくて、真面目で、とてもとても家の事を憎むような人ではないことくらい、さすがの僕でも分かっていますよ」
「なら、帰してくれるかな」
「ですから、獅子代にいちゃんには、狼代のおじさんを救って欲しいんです」
「……っ、か、狼代? 狼代の誰だって言うのさ」
今まで状況に対して不自然なほど落ち着いていた獅子獣人だったが、明らかな動揺が浮かび上がる。その様子を見て、暗がりの中でヴィランはほんの少し頬を釣り上げた。
「嫌ですねぇ、とぼけちゃって。僕の言うおじさんなんだから、範真さんに決まってるではないですか」
「は、範真さんはもう、狼代とは関係ないだろ?!」
「ええ、狼代とは関係ありません。おじさんはヒーローをしているのですからね、今、この街で」
「えっ……えっ?」
「凄いですよね。認識ジャミングマスク、でしたか。あれがあると、僕達でも範真さんのことが分からなくなるなんて」
「ほ、ホントに、範真さんが……」
先程までの落ち着きは何処へやら、獅子代は嬉しさ混じりの動揺で、感情が混乱していた。しかし、ある可能性に考えが至った時、はたと冷静に戻ることになる。目の前のヴィランがヒーローに対して取る行動、となれば一つだ。
「君はまさか、範真さんを排除しようと……!」
「排除だなんて、そんな物騒なことではないですよ。ただ……そうですね、範真さんが勘当されたのはご存知ですか?」
「勘当って、なんで……家を、狼代建設を出たとは聞いてたけど……」
「ディザイア能力とヒーローというものが、気に入らなかった。如何にも年寄り達らしいことではないですか」
「そんなことで、勘当までするなんて……」
「しない、なんて到底言えないでしょう? そんな苦労人のおじさんに、これ以上辛い思いをさせたくないんです」
「だけど、それは、君が悪事を止めれば……」
「僕がせずとも、ヴィランは現れ続けますよ。おじさんもいい年ですし、いつヴィランにやられて死んでしまうか……正直気が気でならないんです」
どの口がそんなことを言っているのだという者は、その場にいない。誰一人そこへ来るはずがないのだから。
「ですので、おじさんを救ってあげて欲しいんです。果てしなく巌しい人生を送ってきた範真おじさんを、その愛で」
「範真さんを……僕が……」
「はい。では、契約しましょう。僕は貴方にディザイアを与える。代わりに……」
「……分かった……」
「では、契約成立です。さぁ、心に思い浮かべてください。貴方の望む、救済を」
ずっと距離を置いていた鷲代が歩を進め、若干目が虚ろになっていた獅子代の目の前に立つ。そのまま右手をたてがみに覆われた頭に手を置き、ヴィランとしてその力を使う。
「あ、ああ……」
一瞬だけ獅子獣人の身体が光に包まれ、願いの力、ディザイアに覚醒した。
「ふぅ……どうやら成功したようで。では、連絡先はこちらです」
縄を解きながら、今しがた誕生したヴィランへとメモを渡す。悪意なき悪が、今動き出した。
---[newpage]
「んっ……?」
なんだ……妙に頭が重い……寝起き……だからにしては、身体の自由が効かないにも程がある……。
腕を動かすと、ガチャリと金属の鳴る音がする。嫌な予感がひしひしとしてそちらに目を向ければ、やはりと言うべきか、頭の横で手錠で拘束されているのが見える。反対側も同じく拘束されているようだし、なんなら足に当たる感覚からして、両足もだろう。足に至っては無理矢理開かされているようで、膝関節に縄か何かが掛けられているようだ。
いや、そんなことよりなんだ、この違和感は……毛皮に覆われた身体ながら少しの肌寒さを覚えるのは、服を着ていないからというのはすぐに分かる。ただ、一部強烈に違和感のある部分があるのは……。
「あ、もう起きちゃったんだね」
異常な状況の中聞こえる声に、反射的にそちらに顔を向ける。
「なっ……獅子代……?」
そこにいた、灰毛に銀鬣の獅子獣人の姿を見て、混濁していた記憶がだんだんとはっきりしてきた。そうだ、意識が無くなる前、今声を掛けてきた、獅子代こと獅子代[[rb:明護>めいご]]が急に家に訪ねて来たんだ。昔馴染みではあったものの、十二年前にディザイアに覚醒してからは一度も会っていなかった。
「これはどういうつもりだ……!」
「もう、そんな怖い顔しなくていいんだよ」
分かっていたことだが、様子が変だ。穏やかな雰囲気なのは確かなのだが、獅子代の方が六つ年下で、こいつはそれこそ小学生の頃から年上に対しては敬語だった。それは俺相手でも例外ではない。なのに、まるで年下の子供にでも話すような、柔らかい口調になっているのはどういうことだ……。
「[[rb:海法>うみのり]]君が教えてくれたんだ。範真兄さんがヒーローになって、狼代家から勘当されたって」
「うみのり……というと、鷲代のか?」
「他にどの海法君がいるのさ」
まさか、鷲代がこの事件に関わってるとは……いや、しかし海法君は鷲代とはいえ末弟だ。鷲代の方針に嫌気が差してというなら、有り得ないことでもないのか……? 鷲代に対して害になることばかりである以上、鷲代の指示という線はないだろうから、有り得るとしたらそちらの方が可能性は高そうだが……。
「そんな細かいことはいいじゃない」
「なっ……!?!?」
獅子代が俺の下半身に向けて手を伸ばしてそちらに目が行って、ようやく自分の下腹部を覆う違和感の正体が分かった。ごわごわしたパンツなんてものではない。紛れもなくおむつだ。
「俺はまだ介護されるような歳ではない……!」
「介護なんて、そんなつもりじゃないよ? それならもっとシンプルなものにするからね」
明らかな侮辱行為に感情が零れ出たが、獅子代は一切そのつもりがないようで、穏やかな表情のまま答えてくる。再度見たくもないおむつに目を向ければ、確かに介護用ではなく、赤ん坊が付けるような可愛らしい犬のキャラクターが描かれたものだった。
「範真さんは、人生においてって言ってさえ、一度だって人に甘やかされたことが無いでしょう? だから僕がデロッデロに甘やかして上げようと思って」
「誰がそんなこと頼んで……っ?!」
なんだ? 急に凄まじい尿意が込み上げて……。
「やっと効いて来たんだね。本当は寝てる内に一度済ませてくれてれば良かったんだけど……」
「獅子代、俺に、何を……」
「我慢しなくていいんだよ? おむつしてるんだから、そのままおしっこしちゃっていいんだ。僕が全部お世話してあげるから。排泄だって食事だって。子守唄だって歌って上げる」
多少会話出来ていたからまだ正常なのかと思っていたが、こんな監禁、拘束してきていた時点で既にダメだと、何故気付かなかった。耐えようにもまともに腹に力は入らないし、手錠も外れない。ディザイアも、当然のように使えない今、獅子代をどうにか正気に戻すしか……。
「ほら、我慢は毒だよ」
なにかしてくるかと思い身構えたが、獅子代の手は俺に届く前に止められて、その手に円筒状のものが先に付いた……音の鳴る赤ん坊用のおもちゃが握られる。なんだ? そんなもので何を……。
ガラガラガラガラ
全く心地いいと感じるような音ではない。ない、はずなのに……なんだ……身体から、力がどっと抜けて……。そうだ、この音で、俺はこいつに会った時も意識が……。
解放感と共に股間周りが一瞬生暖かいものに包まれて気持ちよささえあったものの、それは一瞬で濡れた不快感に変わっていく。はたと冷静になって抑えようとしても、一度始まった放尿は止まること無く続いてしまう。
「わぁ、いっぱい出したね。それじゃあ、おむつ変えようか」
「ばっ、やめっ……!」
「ダメだよ、濡れたおむつなんてしてたら、風邪引いちゃう」
足を閉じることさえ出来ないようにされていて、抵抗出来ないままおむつを取られる。剥ぎ取られたおむつはびっしゃりと黄色い尿で染まっていて、見た目よりずっと重そうだ。種族柄鼻が利くのもあって、自分の小便の臭いが嫌でも分かってしまい、この歳で漏らしてしまった事実が再度突きつけられる。
「最初はここだけみたいだけど、ちゃんと効果が出てて何より何より」
「なっ、何……何!?」
いきなり獅子代が俺の男性器に触れてきて、思わず頭を持ち上げてそちらを見れば、触られたことよりも余程衝撃的な光景が目に飛び込む。違和感は確かにあったのだが、あまり信じたくなかった。俺の性器が、身体に対して到底不釣り合いな小さく、皮の余ったものになっていたのだ。それこそ、小さな子供のものかというような……。
「な、何をしたんだ!?」
「僕、ディザイアに覚醒したんだよ。色々呼び出せるみたいだけど、どれも相手の身体と心を若返らせるもの、みたいだ」
異常の根源はディザイアにあったようだが、ディザイアの内容を知って追い詰められることになるとは……。若返る、と言ってこそいるが、呼び出しているものからして要するに幼児退行させられる力、ということだろう。
「だから安心して、汚れた心も身体も、おしっこと一緒に出しちゃおうね」
比喩でもなんでも無く、獅子代の言う通りになってしまうのだろう。ただの屈辱的行為ならば耐えられる。身体が縮んで、小便が我慢出来なくなって漏らし続けるようなものならば、それでも屈辱を耐えればいい。
だが、精神の退行は駄目だ。こういうディザイアは経験上、洗脳的な意味合いも必ず含まれている。獅子代の目的が度の過ぎた過保護のそれなら、ヴィランにされる心配はないのだけは幸いだ。後は吾平か、もしくは協会が見付けてくれさえすれば……。
「さ、汚れちゃったとこきれいきれいして、おむつ穿こうね~」
そう言いながら、獅子代は濡れタオルで躊躇なく尿で汚れた下腹部を拭き始める。慣れた手付きであっという間にきれいにし終えた。続く行為に抵抗しようとしたものの、またキャラクターもののおむつを否応なく穿かされてしまう。最初穿かされた時の窮屈さは、性器が小さくなったせいでなくなってしまっているようだ。
「こんなことをして、お前に何の意味がある」
脱出も、抵抗さえろくに出来ない今、少しでも言葉が届くことを祈るしかない。この手の説得は嘘も建前も苦手な俺には難しいのは分かっているが、それでも……。
「僕が獅子代として厳しく育てられて来たことは、範真さんならよく知ってるでしょう」
「ああ、知っているとも。なら、お前は本当は甘やかすより、甘やかされたいんじゃないのか」
「ううん、そんなことはないよ。僕は僕と同じような思いをして生きてきた人達を救いたい。その願いで心が満たされているんだ」
嘘も偽りもない言葉。そこに溢れる狂気はない。ただそれを当然と、本気で信じていて、それが本人にとっての現実だと、自覚している言葉。こんな状態の相手に、一体何を言えばいいのか……。
「だとしても、俺には必要ない」
「その言葉こそ、甘えが必要な証拠だよ。範真さんは甘え方さえ知らないんだ。だから、僕が甘やかせて上げるよ」
静かな狂気。叫びも吠えもしないが、根底が狂っている。一番どうしようもない。ただの狂気は見てすぐに分かるだけまだ避けやすいが、こいつはこのまま社会に溶け込み続けるだろう。これでは、本当に助けが来るのか、あまりにも危うい。
「さ、今は難しいこと考えずに、おねんねしようね」
ガラガラガラガラ
またガラガラを鳴らされる。ともすれば不快にさえ思うだろうその音を聞くと、どんどん意識が遠退いていく。身体から力が抜けて、何も考えられなくなっていく。眠気が迫り、瞼を重くしていく。
こんなもので……と意識を張り詰めようとしても、抵抗虚しく瞼は落ち、そのまま意識も闇に落ちた。
---[newpage]
なんだ……? 昨日……かどうかも分からないが、前に寝た時より、随分スッキリしているような気がする。寝起きが良い……そう思っていたが、下半身に感じる違和感のせいで、一気に不快感に支配されることになった。
「おはよう、範君」
「みっ、見るな……!」
「ほら、まずはおむつ変えようね~」
俺の言葉など意に介さず、寝小便で濡れたおむつが開かれる。湿り気に覆われた股間が開放されて外気に触れる気持ちよさがあったのは一瞬のこと。そんなものは些細なことに思えるような羞恥心に苛まれる。赤の他人のヴィランならば羞恥心よりも怒りが勝っただろうが、関わりがあったのが子供の頃とはいえ、それこそ幼少期におむつをしていた頃のことを知っているような相手では、怒るに怒り切れない。
昨日と同じように温められた濡れタオルで丁寧に下腹部を拭き取られていく。そもそもの原因がこいつなのは分かっていながら、汚れと不快感が落ちていくのが少し心地よく思う。駄目だ、気を強く持つんだ。
「それじゃあ、おむつするね~」
さも当然のようにまたおむつをしてくる獅子代。かなり非協力的な俺の抵抗など無意味なように、スルスルとおむつを尻側に回して、そのまま前でテープを止められてしまう。その光景を見ていてふと気付いたが、昨日まであった、腹回りの傷なんかが無かった。
「気付いた? まだまだ大人と言える歳だけど、三十代くらいまで戻ってるんじゃないかな」
三十代……それで、寝起きがかなりマシになったのか。本当にただ若返るだけならまだいいんだが、これ以降もずっと戻り続けることになるのは分かり切っている。
「二十代で止めてくれればいいものの……」
「それじゃあ、素直に甘えられないでしょ? ……のこ……いし……」
後半ボソボソ何か言っていたが、狼の耳を以てしても聞こえなかった。甘えるだけでいいなら倍も年齢が違えば十分だろうに……こんなものを呼び出す力がある時点でそんな理屈は通じないのは分かり切っているのだが。
「さてと、昨日から何も食べてないから、お腹空いたよね? いい加減ご飯にしないとね~」
この状況で食わされるものなんてろくなものではないのは想像に難くない。ご飯なんて言っているが、おそらくこの扱いからして到底食事と呼べるものではないだろう。
その場でディザイアを使い呼び出すのかと思ったが、獅子代は一度その場から離れて部屋から出ていく。改めて周囲を確認するが、ベッドの周囲を覆う木の柵が邪魔でろくに周りが確認出来ない。ベビーベッドのつもりか? 確かに今の俺からすればギリギリ過ぎて寝返り一つ打てない狭さだが、それでもベビーベッドとしては広いだろう。後は天井にやたらと賑やかな玩具らしきものが吊るされているのが見えるくらいか……。
案外すぐに戻ってきた獅子代が持っていたのは、予測していたものより更に食べ物ではないものだった。端的に言えば哺乳瓶だ。離乳食ですらないとは……。
「さぁ、たぁんと召し上がれ」
などと言われて哺乳瓶の口を向けられても、素直に飲めるわけがない。仮に全くのディザイア産でないとしても、今水分を取れば否応なく尿を出す羽目になる。多少なら食事しなくとも死にはしない。そう簡単に飲まされてなるものか。
「ダメだよぉ、そんな嫌がっちゃあ」
ガラガラガラガラ
くっ、また、ガラガラの音が……この音を聞くと力が抜けて意識が遠退く……。
「んぐっ……!」
硬く閉ざしていたはずの口がいつの間にか開かれ、哺乳瓶の口が捩じ込まれる。すぐに吐き出そうとするも、その意志に反して俺は音を立ててミルクを飲んでいた。
「んっ……んんっ……」
仄かな温もりと、猛烈な甘みがあっという間に口の中を占領していく。下品な甘さにすぐにでも吐き出したくなるはずなのに、むしろ自分から飲んでしまっている。これも獅子代のディザイアの力のせい、なのだろうが、吐き出したくとも吐き出せない。
「範君、ちゃんと飲めて偉いよ~」
空になった哺乳瓶を置いてから、マズルの端から零れ落ちたミルクを拭き取りながら、そう言いつつ頭を撫でてくる。侮辱行為も甚だしいが、本人は大真面目にやっているだろうことが伝わってくるせいで、噛み付いてまで拒絶しようと思えない。
「でも、お零しちゃうのは良くないね~。そうだ、これ着けようか~」
そう言って手に現れたのは、端的に言えば涎掛けだった。どう言い訳をしても侮辱行為以外の何物でもない。なのに嫌味や悪意が一切ないのがもはや違和感がある。
「よく似合ってるね~。若返りが終わったら、お洋服も作って上げなくっちゃね~」
呼び出す物が尽くベビー用品のこいつがいう洋服なんてものは一切宛にならないし、欲しいとも思わない。今ならいっそ裸の方がまだ、屈辱感が小さいくらいだ。
「さ、お腹もいっぱいになったところで、おねむしようね~」
「これ以上寝られるか……」
「そう? 寝てる間に済んだ方が、気持ちが楽だと思ったんだけどなぁ」
そうだ。こいつは俺を幼児退行させようとしているんだったな……。甘えさせるだなんだと言っているが、そちらが目的なのではないかと思ってきた。
「甘やかすだのなんだの言ってるが、本当は幼児退行させること自体が目的なんじゃないか?」
「大事なことだよ。そうしなきゃ、ホントに介護になっちゃうでしょ」
確かに、精神だけ退行させられたいい年のおっさんがおむつ替えだのなんだのされていては、それはもう介護そのものだ。だからといって赤子にされたいとは微塵も思わないが……。
「まっ、それならそれでいいか。早くおむつにおしっこするのに慣れた方がいいからね」
さらっととんでもないことを言ってくるな、こいつは。そんなものに慣れてしまったら、甘えるどうこう以前に、人として終わってしまう。こいつの言う甘やかすは、そこまでの堕落と同義なのだろうか。
「お前は……っ!?」
まさか、もう尿意が来るのか……。十中八九さっき飲まされたミルクのせいだろう。こんなすぐに尿として出ては、栄養摂取も何もないだろうに……。いや、そんなことはどうでもいい。無駄な抵抗になるだろうが、とにかく小便を出すのを堪えなくては。
「意外とすぐに効果が出るんだねぇ。ガラガラ……はいいか。自分でおしっこだそうね~」
「だ、誰が……」
口では反抗してみたものの、まるで腹に力が入らない。身体が尿を我慢するという行為のやり方を忘れてしまったかのようだ。漏らしてはいけないと分かっているのに、これはもう……。
ぴくんと小さな性器が飛び跳ね、放尿が始まる。無様を晒しているにも関わらず、放尿の解放感に場違いにも程がある快感に身震いしていた。股間が生暖かい尿で濡れていくにも関わらず、不快感と不可解な快感が均衡していて、自分で自分が分からなくなっていく。
「おっと、これはいけないいけない」
力が抜けてずるりと手足がベッドに落ちる。そういえば、ずっと手足を手錠で拘束されていたんだったな……ということは、今は外れて……!?
「くぅっ……!」
慌てて起き上がろうとしたものの、すぐに獅子代に馬乗りに抑え込まれてしまう。明らかに獅子代の方が大きくなって、それこそ大人と子供の体格差があるのが嫌でも分かってしまう。手錠が合わなくなるほどなんて、一体どれだけ戻されたんだ?
「少しだけ、大人しくしててね」
こうなればディザイアを使って、巨大ハンマーを呼び出す。そうすれば、嫌でも獅子代は手を離すはずだ。手に、ハンマーを……?
「ふぅ、危ない危ない」
「な、何を……? なんだ、これは……」
握ろうとした手に違和感がある。何かと思い見てみれば、両手にボクシンググローブのような、それとは違い柔らかく細かい子供っぽい星柄の描かれたものが付けられていた。
「ミトンだよ。危ないものを持っちゃわないようにするためのものだね」
これでは握ろうにも指の自由が利かない。そればかりかただハンマーを呼び出すことさえ出来なくなってしまった。手に持つという条件はないはずなのに……このミトンにも手錠と同じディザイア封じが掛かってるのだろう。
「おむつも合わなくなっちゃったし、すぐ替えてあげるね~」
下腹部の違和感の正体はそれか。一体どれだけ俺の身体は縮んだんだ? 今の自分の身体に不安を覚えつつも、抵抗する意味が見いだせないため、大人しくおむつ替えの流れを受け入れた。これもディザイアのせい……なのだろうか。
「ふぅ、ミルクのおかげかな、やっと子供の姿になったみたいだね~」
言いながら俺の上から退いて、近くから姿見を持ってきてベッドの反対側へと置いてくる。見ないのも難しくそちらを見れば、本当に俺なのか信じられないものがそこに映し出されていた。
灰毛の狼獣人の子供。そう一口に言っても幅があるが、これは明らかに幼くか弱い、いっそ狼ではなく犬獣人なのではないかというような、か細い手足に愛くるしい目をした狼獣人の子供。その子が涎掛けにミトンを両手に着け、極めつけは黄色く汚れた赤ん坊のおむつをしているのだ。何をどうすればそれが自分だと信じられようか。
「なっ、なん……」
「かわいいね~、範君。今の範君なら、かわいいって言っても親バカなんかじゃないよね?」
そう言いながら獅子代は俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。確かに鏡に映る俺は可愛らしい姿をしていると言えよう。しかし、しかしだ……。
「こ、これの何処が退行なんだ?! 丸っきり別人だろ!」
別人。幼少の頃の記憶が曖昧だとはいえ、小学生に上がった頃ですらこんな可愛らしさはなかった。記憶などという曖昧なものではなく、しっかりと写真が残っている。だというのにこれはどういうことだ? 赤子、にしてはさすがに身体が大きいし……。
「そんなことないよ。写真の範君は、お父さんの前でいっつもブスッとしてたけど、ホントは笑顔の眩しいかわいい子だったんだよ」
確かに、成長記録と称して撮られていた写真は、元締の、父の手前表情を崩すことが無かったのは事実だ。事実だが、ここまで変わるとも思えないが……。
「そんなことも分からなくなるくらい、範君は厳しく育てられて来たんだ。これからは、みんなに愛されるハンくんでいられるんだよ~」
俺が、容姿で愛される……? バカな……だが、今目の前にいるあれは、確かに可愛らしいと言える存在だ。あれが俺なんだから、獅子代の言うことも案外本当に……。
「さてと、ハンくん、僕お仕事があるから、いっぱい寝た後で悪いんだけど、今度こそ帰るまでおねんねしててね」
またガラガラを鳴らされるのかと思ったが、天井にずっとぶら下がっていた飾りのような玩具が降ろされて、くるくるとメリーゴーランド、にしては早い速度で回り始める。獅子代が部屋から出て、絶好のチャンスのはずなのに、そのメリーから目が離せなかった。
だんだんとゆっくりになっていくに連れて、自分の瞼も重くなっていく。メリーが止まる頃には、俺の瞼は完全に落ちて、そのまま眠りに就いていた。
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意識がふわふわしている。とても寝心地が良くて、スッキリ目が覚めたのにもっと眠っていたいような、そんな感覚の中にいた。
「おはよう、ハンくん。よく寝てたみたいだね~」
その声にハッと現実に戻る。そうだ、俺は獅子代に捕まって、身体を幼児退行させられてしまったんだ。身体の方は十歳前後にまで下げられて、拘束されていなくとも無理矢理抜け出すことが難しくなってしまった。
「まずはおむつ替えしようね~」
「え、あ……」
やっぱり、なんて思いたくなかったものの、指摘されておねしょしていたことに気付いた。おむつにおねしょサインが浮かび上がっている。けど、したのが随分前なのか濡れているという感覚がまるでない。
手際よくおむつを取られて、濡れタオルで汚れた腹毛や股毛を前より更に丁寧に拭かれていく。不思議なことに屈辱感や羞恥心が随分鈍ってしまっているようで、すっかり身体と釣り合いの取れてしまった小さなちんちんを見られても、そんなに恥ずかしくない。
「はい、きれいになったよ~。大人しくしてて偉いね~」
きっちり新しいおむつをされた後に、今の俺には大きい獅子代の手が頭を撫でてくる。不思議と心地よさに目を閉じてしまう。これは……駄目だ……理性が崩壊していく。これも、ディザイアのせいなのか……?
「や、やめろ……」
「そんなに気持ちよさそうに、尻尾まで揺れてるのに止めていいの?」
うっ……拒否する声が弱いばかりか、尻尾まで……。身体ばかりでなく心まで侵食してくるというのも、一切嘘はないようだ。
「でもそうだね。先にご飯にしなくちゃね」
撫でる手は止められて、獅子代は今朝と同じように部屋を出ていく。撫でられた頭にまだ手の温もりが残っていて、どういうわけか名残惜しさを感じている。
「はい、しっかりミルク飲んで、心の汚れをおしっこと一緒に出しちゃおうね~」
戻ってくるなりすぐに哺乳瓶を俺の口元へと半ば強引に押し当てて来る。吐き出さなくては、という意志を持つことさえ難しく、出されたミルクを哺乳瓶からちゅぱちゅぱ音を立てて吸い付いていた。異常に甘く、味の好みからして不味いはずのそれが、どういうわけかゴクゴクと飲めてしまう。
「ちゃんと飲めて、えらいね~。いいこいいこ~」
ただミルクを飲んだだけで、また頭を撫でられて過剰に褒められる。こんなことで褒められても煽られているようにしか聞こえない……はずなのに、何処かから嬉しいという感情がポっと現れていた。
しばらくの間気持ちよく撫でられていると、不意に尿意が訪れる。来るのは分かっていたが、尿意とほとんど同時に、放尿も始まってしまった。
「あ……ふわぁ……」
気持ちいい……。放尿の解放感というのは、なんでこんなに気持ちいいんだろう。何かが身体から抜け出ていくような、そんな感覚があるけど、それももう、いいかな……。
「んー、いっぱい出したね~、ハンく~ん。もっとも~っと心の汚れをおしっこといっぱい出して、無力な子供に戻ろうね~」
ハンくん……無力な子供……違う……。
「俺は……ヒーロー……だ……」
「……そっかぁ! ハンくんはヒーローがいいんだね。それなら丁度いいや」
危うく意識が持って行かれてしまうところだった。記憶が色々あやふやになってしまったものの、俺、狼代範真はヒーロー、ハンマー・ブレイカーだ。例えこんな子供の身体にされておしっこをおむつにおもらしさせられても、そんなことで心は折られない。
「ハンくんのためにお洋服作ったんだよ~。今着せて上げるね~」
意志を強く持とうと気合を入れようとしたものの、思いに反して身体に力は入らず、足の方から服を着せられる。服、とはいうが、上下一体の赤ん坊が着るようなものだ。赤ん坊というにはさすがに身体が大きいから、本当に特注なんだろうが。
「はい、完成。よく似合ってるよ~」
「んなっ……!」
ベッドの反対側に置かれてる姿見を見れば、この服が何を模されて作られたのかすぐに分かった。赤をベースに胸元にハンマーのマーク。ハンマー・ブレイカーのスーツを模してるのは明白だ。しかし肝心のマークは露骨にアップリケで後から付けられたちゃちなものだし、なんなら涎掛けに覆われてしまう。
「ハンくんも男の子だもんね~、ヒーローかっこいいもんね~、憧れちゃうのも仕方ないよね~」
いつもよりも高い声で、顎の下を撫でながらそうあやしてくる。本来なら絶対触らせたくない場所なのに、抵抗する気になれない。パサパサと尻尾が音を立ててるのに気付いても、止めろと言いたくないくらい、気持ちいい……。
って、こんなヒーローの存在そのものを揶揄して侮蔑してくるようなやつに何を懐柔されてるんだ。もはや尊厳なんて一欠片も残っていなくても、俺はヒーローなんだ。そう思わないと、心が身体に連れて行かれてしまう。
「でもね、ハンくんが本当に悪い人と戦っちゃダメだよ~、危ないからね~」
「本当に、悪い人は、お前……っ!」
全て言い終える前に、何かが口の中に捩じ込まれる。これ、おしゃぶりか……? 何か形がおかしいし口いっぱいになるほど大きいし、若干変な味がするし……でも、吐き出せないのが本当に歯痒い。
「『お前』なんて、汚い言葉ダーメ。かわいいハンくんに合った、かわいい言葉遣いになりましょうね~」
そんなことまで変えられるのか……? いや、もう既にいくらか心の変化は起こってしまっているんだ。このままおもらしを繰り返してたら、そのうち獅子代の言う通りになってしまうのは、嫌でも想像が付く。
「んーっ!」
「ごめんねハンくん、ハンくんのワガママなら全部聞いてあげたいんだけど、ハンくんがまた汚れた大人になっちゃうようなことは、叶えられないんだ」
獅子代は本当に俺の心を吐き出させようとしている。そうなったら、俺は俺のままでいられるのか? 善かれ悪かれ人生の積み重ねを取り除いてしまったら、それは本当に俺と言えるのか……アイデンティティが崩壊してしまいそうだ。流れ出ず縋れるものは、ディザイアだけか……。
「さ、もう夜も遅いから、おねむしようね~」
「んんっ……」
まだ寝るのか? 目が冴えてるし、いいむしろ加減身体に悪いくらい寝てると思うんだが……何かしたいかと言われると、こんな監禁状態で今したいことなんて、せいぜい外に助けを呼ぶことくらいか。
「寝れないかな? ごめんね、明日は休みだから、いっぱい遊んであげられるからさ」
遊ぶなんて言うが、本当にそんなことするつもりなのか? まぁ、外に出なければ、こいつとしては問題ないと見ているのか……或いは、もっと別の方法があるのか。そもそも、ここが何処かさえ、分からないわけだが……。
くるくると天井のメリーが回る。ああ、またあれを見るだけで眠くなってしまうのか。目を閉じればいいのに、不思議と目が離せない。
瞼が落ちる。目を覚ました時に、俺は俺のままで、いられるだろう……か……。
大きな滝のように、無数の記憶が流れ落ちていくのを、俺は眺めていた。大人になってから、ディザイアに覚醒してから、ヒーローになってから……色んな事があった。流れる記憶を両手で遮っても、一大工であったことも、現場監督だったことも、ヒーローだったことも、その全てが俺の手からすり抜けて流れ出ていく。
流れ落ちていくこの記憶は大切なものだったのだろうか。今の小さな俺には、あまりにも重くて、支えきれないものだ。こんなにも重いものを、俺は背負い続けて来たのか……。
場面が変わり、おぼろげな景色の中に立っていた。ところどころ霞がかっているそこは、懐かしくもあまり思い出したくない、狼代の本家にあった、日本庭園。その真ん中で、俺が泣いていた。
多分、人生において涙を流した、本当に数える程度しかない一回。まだ四歳の子供に、金槌を持たせた元締はどうかしていると思う。それが実父なのだから、どうしてこんな教育が罷り通っていたのか。それを周りが支持し、失敗した子供に檄と称して怒鳴ったのを誰一人咎めなかったのか。
しかし、それが正しいと俺は思うしかなかった。自分が至らないのが悪いと。自分が狼代でありながら、立派な父を持ちながら、釘一本打てずに手を叩いて泣いてしまったことが情けなくて、父の行いの方が正しいと、そう思うしかなかった。
あの時泣いていた俺は、本当はどうして欲しかったんだろうか。狼代は、厳しく厳しく、狼代範真を鍛え上げた。そこには一片の甘えもなく、父に褒められた記憶は何処にもない。
世界が泡飛沫のように消えていく。俺は……『僕』は、ホントは……お父さんに、ただ慰めて欲しかった。褒めて欲しかった……。
泣いていた僕が、そう訴えていた。そんな気がした。
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夢を見ていた気がする。どんな夢だったかはもう思い出せないけど、寂しくて悲しい夢。
「おはよう、ハンくん。あれ、どうしたの? 怖い夢でも見たかな?」
獅子代のおじさん? お兄さん? が心配そうに声を掛けながら、僕の側に近付いてくる。怖く……はない。誰でもいい。今は、この寂しさを埋めて欲しい。
「よしよし、もう怖くないよ~、寂しくないよ~」
ギュッと僕を抱き上げてから、優しく撫でてくれる。温かい……人の温もりって、こんなにあったかいんだ……。
「ずっとこうしててあげたいけど、まずはおむつ替えようね」
しばらくギュッとしてくれてた獅子代さんは僕をベッドに降ろして、僕の服の股の部分を開く。ボタンで止めてあったみたいで、簡単に取れて黄色くなってるおむつの正面が見える。そのままお尻の方まで取れて、おむつが丸出しになった。
おむつの前を開いて、開けられた股間のところから、おしっこでいっぱい汚れたおむつを取り出す。そのままいつもみたいに獅子代さんは、僕のお股が綺麗になるようにあったかく濡れたタオルで拭いてくれた。
「んんっ……」
「ん? どうしたの?」
言葉を発しようとしたものの、おしゃぶりの存在がそれを阻害して、声にならなかった。それに気付いて、獅子代さんはすぐに、吐き出そうとしても取れなかったおしゃぶりを取ってくれる。
「ありがと、獅子代さん」
「どういたしまして。さ、おむつしようね~」
綺麗なおむつを当てて、獅子代さんはすぐに僕におむつを穿かせてから、服の股のところを閉める。赤ちゃんみたいな服だけど、真っ赤でヒーローみたいでかっこいいからいいや。
「……ねぇ、ハンくん」
「なに?」
「僕のこと、パパって呼んでもいいんだよ」
「パパ……?」
獅子代さんが、パパ? パパ……パパなんて、一度も呼んだこと、ないや。お父さんは、あの人は、そんな呼び方したら、本気で殴るような人だから。獅子代さん……優しい獅子代さんがパパなら……。
「パパ……」
「ハンくん! パパ、嬉しいよ!」
僕を抱き上げて、獅子代さんは、パパはギュッと抱き締めてくれる。温かい。嬉しい。気持ちいい。パパという存在がこんなにも心地良いものだなんて、夢みたいだ。
「これからはパパがいーっぱいお世話してあげるからね~。早速だけど、朝ごはんにしようね~」
「うん!」
パパは僕を抱っこしたまま、部屋を出て廊下を歩いていく。あの部屋以外は初めて見たけど、結局ここは何処なんだろう? パパの家……なのはそうだと思う。廊下の窓から見えるのは草木生い茂る山だけだから、町中ではないみたい。
少し歩いて扉をくぐると、広いダイニングキッチンに出た。パパ一人でいるにしてはすごく広いけど、他に誰かいるのかな。
「ささ、座って待っててね」
今の僕には大きな椅子に座らせてもらって、パパはキッチンの方へ入っていく。少しもしない内に、哺乳瓶を持ってパパが戻って来た。
「パパの特製ミルクだよ~。飲ませてあげるね~」
そう言ってパパは僕に哺乳瓶の口を向けてくれる。それくらい自分で出来るよ、って言おうかとも思ったけど、なんでもしてくれるパパに甘えたくなって、その言葉をミルクと一緒に飲み込む。
パパの特製ミルクはとってもとーっても甘くて美味しくて、身体も心もぽかぽかしてきた。僕の身体は赤ちゃんじゃないけど、不思議とミルクだけでお腹がいっぱいにもなる。
あ、もうなくなっちゃった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした。ちゃんと飲めてえらいよ~」
僕の口元を布巾で綺麗にしてから、パパの手がゆっくりと僕の頭を撫でる。頭を撫でられるのは気持ちがよくって、尻尾もゆらゆらと揺れていた。この時間がずっと続けばいいのになぁ……。
しばらくの間、パパは頭を撫で続けてくれる。頭の上だけじゃなくて、頬や顎下と顔全体を撫でてくれて、僕は目を閉じてパパのなでなでを満喫していた。
しょわぁあ
気付けばおむつにおしっこしていた。なでなでも気持ちいいけど、おしっこも気持ちよくて、お股が熱くなっていくに連れて口が開いて、ベロが口から出ちゃってた。ああ、おしっこ気持ちいい……おしっこって、こんなに気持ち良かったっけ……?
「ちゃんとおしっこ出来てえらいえらい。しっかり出したら、おむつ替えようね~」
飲んだミルク、全部出ちゃったんじゃないかってくらいおしっこして、ようやく止まった。それでもおしっこはおむつから零れてない。
パパは椅子をテーブルから反対に向きを変えて、前を開いてからおむつも開く。改めて見ると真っ黄色で、いっぱいおしっこしてるんだなぁって、ぼんやりと眺めてる内にスルリとおしっこたっぷりのおむつが抜き取られて、ごしごしと布で拭いておしっこで濡れた股をパパが綺麗にしてくれる。
「ちょっと腰上げてね~」
言われて少し腰を上げると、すぐに綺麗なおむつを穿かせてくれて、そのまま前も閉じて元通りになった。赤ちゃんみたいな服だけど、すぐにおむつが替えられるし、赤くてかっこいい。
「今日はお休みだから、いっぱい遊べるよ、ハンくん。なにして遊ぼうか?」
「んー……」
遊ぶ……遊ぶ? 遊ぶって、何をするんだろう? 僕は、遊ぶということを、知らない?
「遊ぶって、なに?」
「あー……そう、か……そうだよね……遊び……」
聞いたパパも何か悩んでるようで、ボソボソと口の中で何か言いながら考えているみたいだった。どうしたんだろう? 僕、何か変なこと聞いちゃったかな……。
「パパ……?」
「大丈夫だよ、ハンくん。これから今まで出来なかったこと、いっぱいやろう! まずはそうだね……キャッチボールしよっか?」
「うん!」
すぐにパパに着いて外に出る。外は思った以上に山の中みたいで、すぐに木々の立ち並ぶ森が見える。大きな道路で外には繋がってるみたいだけど、歩いたらどれだけ掛かるか分からない。
そんな場所だから、キャッチボールする場所には困らなかった。青い柔らかいゴムボールを、グローブなしでパパと投げ合う。言葉にするだけなら、たったこれだけのことなのに、それが楽しくて、嬉しくて仕方ない。
いっぱい、いーっぱい、お昼になるまでずっと遊んでいた。かけっこや二人だけでやる鬼ごっこ、かくれんぼに休憩しながらのしりとり。二人でやる遊びにしては普通なら楽しくなさそうなそれが、パパと一緒にやってるってだけで僕の心は満たされていた。
こんなに楽しいなら、ずっとパパと一緒にいたい。パパとなら、何をしていても楽しい。
お昼のミルクを飲んでから、いつものようにおしっこしてパパにおむつを取ってもらう。新しいおむつを手に取って替えようとした時に、パパの手が止まった。
「ハンくん、そろそろお風呂に入ろっか。遊んで汗もいっぱい掻いてるし」
「お風呂……入る!」
お風呂、ずっと入ってなかった気がする。この服は着心地もいいけど、服の下に掻いた汗はちょっと嫌だ。
パパに着いてお風呂に連れてってもらう。想像してたよりもお風呂はずっと広くって、温泉みたいだ。お家もかなり広かったけど、こんな凄いお風呂のある家に住んでるパパは凄いなぁ。
「よーし、ハンくん、ちょっと我慢してね~」
お風呂に着いてパパは僕の服を脱がせてくれる。右手、左手を脱がせてから、僕を持ち上げて服から引っこ抜いてくれた。今はおむつをしてないから、それで素っ裸になる。
「これでよしっと。さ、まずは身体を洗おうね~。はい、そこに座ってね~」
言われた通り僕には少し大きな座椅子にちょこんと座る。目の前の鏡に映る自分の姿が、自分ではないような気がするけど、どうしてだろう?
そんな一瞬の疑問は、シャワーを頭から浴びせられたら頭から滑り落ちた。ほんの少し熱いお湯にもすぐに慣れて、身体が濡れて毛の張り付く感覚が全身を覆う。ちょっと嫌だなって最初は思ったけど、温かいさに心地よくなってきた。
「シャンプーするね~」
パパの手が僕の毛皮の下に滑り込んで来る。胸やお腹、手足と泡で包まれていく。少しだけ力の入ったわしゃわしゃが妙に気持ちよくって、ちょっとうとうとしそうになった。
「わふんっ!」
急に身体がビクンとした。パパの手が僕のおちんちんをゴシゴシすると不思議な感覚になる。なに、これ……?
「っ! か、かわいい声出ちゃったね~。こんなにちっちゃくなっても、男の子だね~」
「パパ、僕、変だよ……?」
「変じゃないよ~。男の子はおちんちんが気持ちいいんだよ~」
変じゃない……パパが言うなら、変じゃないのかな。うん、パパが言うんだから間違いない。
「……ハンくんは、パパの事、好きかな?」
「うん!」
「ふふっ、そう、そっか……!」
パパは嬉しそうにそう言って、僕の身体に付いた白い泡をシャワーで落としてくれる。なんでそんな当たり前の事を聞くのかな? って思ったけど、パパが嬉しそうで、僕も嬉しい。
「ハンくん、それじゃあ好きな人とだけする、いいことしよっか」
「いいこと?」
いいこと、っていうのが何なのかは分からないけど、好きな人とすることなら、パパとしたい。僕はパパが好きだし、パパが僕を好きだと思ってくれるなら、それはとても嬉しいことだから。
「うん! する!」
「元気でいいよ~。それじゃあ、早速準備しようね~」
「へっ、ひゃんっ!」
パパの手が僕のお尻を包み込んだかと思えば、パパの指が僕のお尻の穴に触れていた。いや、触れるどころかそのまま冷たい指が僕のお尻に入ってくる。
「パ、パパ、なんで……」
「大丈夫だよ~、ハンくん。すぐによくなるからね~」
なんでこんなことするの? よくってなにが? そんな疑問が頭に浮かぶけど、パパがいいことって言ってたから、我慢すればいい、のかな……?
---[newpage]
「ひゅ、ひゅぅ~ん……」
「ふふっ、良くなってきた頃かな? もう少しちゃんと拡げておこうね~」
ぐねぐねとパパの指が僕のお尻の中で動き回って、僕のお尻の穴を大きくしていく。パパは大丈夫って言ったけど、なんだかおちんちんを触られた時のような、それよりももっと変な気持ちだ。
「んー、そろそろ大丈夫かな」
パパの指が抜けたかと思えば、パパに太股を持って持ち上げられる。僕の座ってた座椅子にパパが座って、パパのお膝に……? あれ、何か指よりずっと硬いものが、僕のお尻に当たって……。
「それじゃあ、いくよハンくん……!」
「……っ!!??」
何か、硬いものがお尻に入り込もうとしてくる。痛い。痛みに声にならない叫びを上げてしまう。なんで? なんでパパはこんな痛いことするの?
「パパ、痛いよ……」
「あれ、まだダメだったかな。仕方ない、さっき飲ませたばっかりだけど……ハンくん、これ飲んで」
痛いのはそのままに、パパは僕に哺乳瓶の口を僕の口に無理矢理入れる。なんだかおしゃぶりの部分がいつもと違う形だし、いつもの温かいミルクと違って冷たい。それに、味も甘い甘いそれと違って、甘い中に何か変な臭いがする。でも、パパが飲むように言うから、我慢して飲み干すことにした。
「えらいよ~、ハンくん。もうすぐ楽になるからね~」
哺乳瓶を何処かにやって、パパが僕の頭を撫でてくれる。でも、それじゃあ痛いのは良くならない……?
「パ、パパ……熱い……」
「大丈夫、大丈夫。ほら、お尻の力を抜いて」
パパの言うように、お尻の穴を拡げるように力を抜く。この硬いのが入ってくるのが怖い。でも、パパが言うんだから、パパの言うことは聞かないと……もう、冷たくされたくない……。
「わっ……」
少しずつ、硬いものが僕の中に入っていく。その度に僕は沈んでいき、パパのお膝へとお尻が近づいていく。
「パパ、この硬いの、なんなの……?」
「それはね、パパのちんちんだよ」
「えっ……?」
ちんちん? パパのおちんちん? え? なんで? なんでパパのおちんちんが僕のお尻に?
「お尻におちんちんを挿れると、気持ちよくなるんだよ~」
「え、えっ? ほ、ほんと……?」
「もう少し待っててね、ハンくん。ちゃんと入ったんだから、気持ちよくなるからね~」
パパの言うことだから本当なんだろうけど、それでもやっぱり変な気持ちだ。でも、この変なのが、気持ちいいなのかな……? だとしたら、もっと気持ちよく……。
「ひぇっ!」
お腹の裏側にパパのおちんちんが強く当たって、身体がビクンと跳ねる。何? 何が起こったの? 頭がおかしくなっちゃいそうな衝撃が、身体全体に響くような、そんな感覚に襲われる。これが、気持ちいい、なの……?
「ふぅ、ハンくんも気持ちよくなったなら、もう動いたっていいよね?」
動く……? この状態でパパが動いたら、パパのおちんちんが……!?!?
「わうううう!!」
下から物凄い衝撃と一緒に刺激が身体を突き抜ける。それが何度も何度も繰り返されて、訳の分からないまま僕のおちんちんからおしっこが零れていた。
「あらら、気持ちよすぎてもうトンじゃったかな? でも仕方ないよね、ハンくんの中、すっごく気持ちいいからね!」
頭がおかしくなっちゃいそうで、そこから逃げ出そうとするも、パパに身体を掴まれてるし、何よりお腹に刺さったおちんちんから逃れられない。ダメなのに、ダメだけど、ダメだから、パパのおちんちんが欲しくって……。
「ああいいよハンくん! ハンくんかわいいよハンくん!」
おちんちんが僕のお腹の中を、それどころか心の中までぐっちゃぐちゃのドロドロにしていく。頭が真っ白で、グチュグチュパンパンとハァハァって荒い息遣いくらいしかちゃんと聞こえない。
「ハンくん、僕の愛をたっぷり受け取ってねハンくん!」
僕の中に、熱いものが満ちていく。それがなんなのか、もう僕には分かんない。熱くって、お腹の中が火傷しないか心配になって、でも、おしっこ止まんなくって……。
「んー、ハンくんも気持ちよすぎておしっこ止まんないんだね~」
「んっ……ふわんっ!」
ずるりとパパのおちんちんが抜けて、僕はパパのお膝の上に乗ってパパのお腹に身体を横たえる。身体、動かない……頭、真っ白……。
「ふぅ、これからもっともっと、ハンくんをドスケベに……おっと、もう一回洗い直しだね、こりゃ」
パパはそう言って、僕にシャワーを浴びせてから、シャンプーでまた身体に泡を纏わせてきた。全然、身体も動かなくって、ただされるがままだった。
「んっ……んん……」
あれ、いつの間に寝ちゃってたんだろ……そっか、僕、お風呂でパパと良いことして……。あれからパパが着せてくれたのか、いつもの赤い服を着ていた。おむつもしてるみたい。
「ハンくん? ああ、良かった、起きたんだね」
部屋に入ってきたパパは、少し不安そうな顔をしていた。どうしたんだろう? 急に寝ちゃったからかな?
「あれから夕方になっても起きなくって、もう夜中だよ」
「ふぇ?」
そんなに寝てたんだ。いっぱい寝るのはいつものことだけど、あの良いことは疲れちゃって寝ちゃったみたい。でも、気持ちよかったし、パパは喜んでくれてたみたいだし……。
「とりあえず、ご飯食べそびれちゃったし、ミルク飲もうね~」
パパはそう言って、僕の寝るベッドに上がって、僕の上に膝を着いて跨る。でも、パパの方がずっと大きいから、その身体が僕に当たることはない。
「って、え?」
「ハンくんにいいことを教えたから、今日から夜は僕の特製ミルクを飲ませて上げようと思ってね~」
よく見るとパパはズボンを穿いて無くて、パパの大きなおちんちんがもっと大きくなっていた。
ゴクリッ
「さぁハンくん、哺乳瓶の代わりに僕のおちんちんをしゃぶって、おちんちんミルクを飲もうね~」
おちんちん……おしっこを出すとこなのに……いい匂いとはとても言えない臭いがしてるのに、僕は自然と口を開いて、パパの大きなおちんちんの先を咥えていた。
ちゅぱちゅぱしゃぶってみても、パパのおちんちんからすぐにミルクは出てこなかった。代わりに何かしょっぱくて独特の臭いのするのが出てきたから、それを飲んでみる。初めて飲んだはずだけど、なんだか飲み慣れてるような、咥え慣れてるような、変な感じ。でも、しゃぶるのも飲むのも止められない。
口だけでしゃぶっていたけど満足出来なくて、大きく口を開いてマズル全部でパパのおちんちんを咥え込む。口の中で物凄い存在感を放つパパのおちんちんが、その硬さが、太さが、臭いが、味が、全てが大好きになっていく。もっと、もっと欲しい。
「ああ、いいよハンくん! ハンくんはお口でおちんちんしゃぶり方が得意なんだね~」
パパは気持ちよさそうに息を荒げながらも、僕を撫でて褒めてくれる。パパ、パパはこれが好きなんだね。なら、僕もパパのおちんちん、好きになるよ。
「うっ……ハンくん、パパのあつあつおちんちんミルク、全部飲むんだよ……!」
ぐっとパパの撫でる手が僕の頭を押さえつけたかと思えば、今までのとは違う、ミルクよりもずっとドロドロのものが僕の口の中に飛び出して広がっていく。
凄い……何、これ……。パパのおちんちんから、ミルクが出てきた。いつも飲んでる甘い甘いミルクとは全然違うし、美味しいわけではないけど、パパが僕の中に広がって、パパでいっぱいになれる幸福感が堪らない。そう思ったら、そんな味のないそれが美味しく感じてきた。
パパのミルクを、最後の一滴までパパのおちんちんから吸って飲み干した。なんだか顎が疲れたや……。
「ふぅ、ふぅ……ハンくん、どうだった?」
「んっ……好き……」
今は萎れたパパのおちんちんを見ながら、美味しいとか色んな感想を突き抜けて、好きって短い言葉が出てきた。また、欲しいなぁ……。
「そっか。それじゃあ、今度から毎晩飲ませてあげるね~」
「うん!」
やった、また飲めるんだ。嬉しい。嬉しくて、また、おしっこが出ちゃう。あれ、また? いつの間にか、僕、おしっこしてたみたいだ。
「パパ、おしっこ出ちゃった……」
「ああ、そんなに嬉しかったんだね~。いいよ~、おむつ替えてあげるね~」
ペロッと股間のとこを開いて、すぐおむつを取ってから、新しいおむつに替えてくれた。おしっこは気持ちいいけど、濡れたおむつはなんだか変だから、綺麗なおむつの方が好きだ。
「さ、もうおねんねしようね~」
「パパ……」
「ん? なにかな?」
「パパと一緒に、寝ちゃダメ?」
ふと、また一人で寝るんだなって思うと、寂しくなってパパにそうお願いしてみた。パパのこと、こんなに好きなのに、一緒に寝られないのは、ちょっとさみしい。
「!! も、もちろんいいよ! じゃあ、パパの部屋に行こうね~」
そう言って、パパは僕をだっこしてくれる。パパと一緒に寝られるなんて、幸せだ。
部屋を出てすぐ隣の部屋に入る。パパの部屋は僕のいた部屋と違って色んなものが置いてある。暗くってよく見えないけど、ベッドは僕の寝てたのより大きかった。
そのままベッドに下ろして貰って、布団も掛けてもらう。パパの臭いのするお布団に、すぐ隣にパパがいるのが、すごく安心する。
「おやすみ、ハンくん」
「おやすみ、パパ……」
パパを感じていたい。そう思っていても、疲れてたからか僕の瞼はすぐに重くなって、結局すぐに寝ちゃった。
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それから何日経ったかな。パパにもお仕事があるから、毎日いつもいつでも一緒というわけにはいかない。分かってるけど、お家で待ってる時はちょっと寂しい気持ちになることもあった。でも、お昼寝してたら案外すぐで、パパと一緒にいられる時はとっても幸せだ。
甘い日常がずっと続くと思っていた、そんなある日のこと。
「パパ、おかえり……?」
パパと一緒に、知らない人が帰ってきた。白い羽毛に覆われた頭に、黄色いくちばしの鳥人。鷲の鳥人、かな?
「ただいま、ハンくん」
「その人は?」
「なるほど、本当に記憶ごと退行しているようだね」
すっと僕の前にしゃがみ込んで、その鷲のお兄さんは僕と目線を合わせる。なんだろう、不思議と引き込まれそうになるのに、何処か怖い目をしているような……。
「今の君には始めましての方がいいね。僕は鷲代海法。君のパパとは……そうだね、契約関係とでも言うべきかな」
「けいやく……?」
「そうだよ。今の君には少し難しいかも知れないけどね」
そう言って、鷲代さん? は立ち上がって、パパの方へと向き直る。
「さて、それでは契約を守ってもらいましょうか、獅子代さん」
「……ハンくん、パパ達とお出かけしよっか」
「え? うん……」
なんだろう、パパの様子がいつもと違うような……気のせいなのかな?
「パパ、大丈夫?」
「えっ? ああ、うん、大丈夫大丈夫。ハンくん、鷲代さんはいい人だから、ちゃーんと言うこと、よく聞くんだよ」
「う、うん……?」
パパが大丈夫って言ってるなら、大丈夫なのかな。後、鷲代さんはいい人で、言うことちゃんと聞く。でも、急になんでかな……。
「お出かけの前に、ハンくんに僕からのプレゼントだ」
「プレゼント?」
鷲代さんから僕に、赤い輪っかが渡される。腕よりは全然大きいものだけど、なにかのおもちゃなのかな?
「分からないか。獅子代さん、着けて上げてください」
「はい。ハンくん、ちょっと貸してね」
僕の後ろへとしゃがみ込んで、パパは赤い輪っかを受け取る。少しして、僕の後ろからあの赤い輪っかが首のところに巻かれた。
「うん、大丈夫そうだ。それじゃあハンくん、[[rb:変身>トランスフォーム]]って、大きな声で言ってみようか」
「うん? とらんすふぉーむ……?」
鷲代さんに言われた通りにすると、首輪が光って、僕の身体を包み込む。驚いたけど一瞬で光は収まって、まず僕の手が変化していたのが目に入った。
「こ、これって……?」
「君のために作ったヒーロースーツさ!」
「ハンくん、ほら」
パパが僕を持ち上げて、玄関にある大きな姿見で僕の今の姿を見せてくれる。全体が真っ白のスーツで、ミトンじゃないちゃんとした黒いグローブが僕の腕まで包み込んでて、足も膝まで黒いブーツが覆っている。上半身と違って、下半身が少し膨れているけど、これはおむつのせいかな。おむつのあるところはパンツみたいな模様が黒い線で描かれてる。
顔には耳とマズル以外をすっぽりと覆う、黒いマスクが着いていた。鏡で見える僕の目は白いものに覆われてて見えないけど、僕の目にはいつもと変わらず見えているのが不思議だ。
「ハンくん、かっこいいよ~」
「えへへっ」
「それじゃあ出発だ」
そのまま僕はパパに抱っこされたまま、外に停めてあった車に乗り込む。お出かけって、もう夜だけど何処に行くんだろう。パパのお膝の上にいるからいいけど、パパと色んなことしたいのになぁ……。
パパは特に何も言わないくて、ただ僕の頭を時々優しく撫でてくれる。マスクが邪魔して直接撫でてもらえないのは残念だけど、それでも嬉しい。
山を降りてから街を抜けて、静かな町中に来ていた。古そうな家がポツポツと建ってて、なんだか寂しい場所だなって思う。
「着いたよ」
「ここ?」
そんな町の空き地に車が停められる。こんなところに何をしに来たんだろう?
「さ、獅子代さん。手筈通りに」
「……分かりました。ハンくん」
「なに?」
なんだかパパが深刻そうで、少し不安になる。ここで何をするんだろう。何を、させようとしてるんだろう。
「この辺の家はね、悪い人が住んでるから壊さなくちゃいけないんだ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。だからね、ハンくんの力で壊しちゃおう」
「僕の……力……?」
力って、何? 僕に、そんな力……でも、壊すって言われた時に感じた、あのざわつく感覚は……。
「僕に、そんな力が……?」
「あれを見せて上げたらどうだい」
「ああ、そうだね」
パパは車の中に戻って、何かを持ってきた。それは、赤い頭のピコピコハンマーだ。おもちゃのハンマー。でも、なんだろう、それを見ると、心がざわつく。お家にはなかったのに、何故か、すごく馴染みのある形で……。
「君には『ハンマーを呼び出すディザイア』がある。今から『眠ってるその力を呼び覚ます』から、『これからはパパのどんな命令でも言うこと聞くんだ』。いいね?」
「うん……」
ポンッ
「えっ?」
鷲代さんの言葉が終わって、気付けば僕の手にもピコピコハンマーが握られていた。パパの持ってるものとは比べ物にならない、僕の身長よりも大きなピコピコハンマー。なのに、全然重くなくって、僕の腕と変わらないように振り回せちゃう。
「契約成立だ。さ、頼むよ」
「……ハンくん、そのピコピコハンマーで、この辺の家を壊してきて。僕達は先に帰るから、ここら辺がある程度綺麗になるか、ヒーローが来たら『[[rb:脱出>エスケープ]]』って叫ぶんだ。いいね?」
「うん……」
パパの言葉が、いつもよりもずっと染み込んでくる。お家を壊す。パパ達は先に戻る。僕が帰るときは、エスケープって叫ぶ。うん、大丈夫。やれば出来る。しっかりと覚えた。
「よしよし、ハンくんはいい子だから、ちゃんと出来るよ」
「パパ、お家で待っててね」
「勿論だよ。帰ったら、パパのミルク飲ませて上げるからね~」
パパのミルク……うん、頑張ろう。僕は、パパのためならなんだってする。
二人が車に乗って空き地から出ていったのを確認してから、一番近くにあった家に向かう。塀で囲まれてる古い家で、なんで残ってるのか不思議なくらいだ。とりあえず試しに一発、塀でも叩いてみよう。
ピコンッガラッ
叩いた音は軽いというか、おもちゃのピコピコハンマーが鳴る音そのものだった。だけど、それでも手応え十分で、塀はあっさり崩れてしまう。なんだろ、老朽化してるのかな? それなら危ないし、ちゃんと壊していかないと。
家を壊すならハンマーが小さいなぁ。もっと大きくなればいいのに。そう思っていたら、手に持ってたハンマーの柄はぐんぐんと伸びて、頭は大きくなっていった。これなら簡単に叩いて潰せるね。ディザイアって凄いや。
大きくなったピコピコハンマーを思いっきり振り下ろす。その先にあった家にハンマーがぶつかる。さすがに一発でぺちゃんこってわけには行かなかったけど、ぐっと力を入れて押し込んで行くと、お家はべきべきと音を立てて潰れた。
よし、この調子ならすぐ言いつけを守れそうだ。次の家もとハンマーを持ち上げて、隣の家目掛けて振り下ろす。ハンマーで潰れる、というより触れた先から壊れてるって感じがする。
壊せ。壊せ。心の奥底からそんな声が聞こえてくる。楽しい、のとは違うような……でも、スカッとするなぁ。もっともっと壊して、言われた通りこの辺を綺麗な更地にしてしまおう。
さすがにその場から壊せる家もなくなったから、次の家を壊すべく移動する。そうやって何度か繰り返して、結構綺麗になってきた。最初の家以外には人がいたみたいで、二軒目を壊したくらいでバタバタと人が出ていくのが見えてたけど、悪い人って言ってたし、いいよね。
結構壊したけど、あっちにまだ残ってるなぁ。ちょっと疲れてきたけど、パパの言うことだしちゃんとやらなくちゃ。
「そこまでだ!」
「ん? わわっ!」
急にそんな声と一緒に、何かが飛んでくる。僕は慌てて飛んできたそれを家を壊す用の巨大ハンマーではなく、僕の背くらいの大きさのもので叩きつけた。
「うおあっ……! っべぇ……って、ブーツ壊れてるし」
なんて言ってる人の姿を見ると、青にビリビリマークが胸にあるスーツを着てて、銀色のグローブとブーツをしていた。目元には青い帯みたいなマスクをしてて、長いひらひらがマスクから伸びてる。
この人がヒーロー、なのかな。えっと、ヒーローが来たらもう帰るんだったよね。それじゃあ帰ろうか。
「エス……」
「逃さないぞ!」
「うわっ……!」
さっき弾き飛ばしたヒーローがいきなり目の前に現れて、パンチが飛んでくる。慌てて手に持ってたハンマーで防いだけど、すぐに拳を引いて次のパンチが飛んできた。ハンマーだけじゃ防げなくて、頬にパンチが当たってしまう。
痛い。なんで僕、ヒーローに攻撃されてるの? これじゃあまるで、僕がヴィランじゃないか。パパが言ってたし、悪い人の住んでる場所なら、壊さなきゃいけないんじゃないの?
「大人しく……!」
吹っ飛んだ僕を更に殴りつけようとしてくるヒーローから逃げるべく、僕は思いっきり大きなピコピコハンマーを呼び出して、その上に立って距離を離す。よし、ここまで離れれば言う余裕くらいあるはず。
「[[rb:脱出>エスケープ]]!」
「これ、まさか、ハンマー・ブレイカー!?!?」
最後に聞こえたヒーローの言葉。気になったけど、僕の身体は光に包まれて、凄い浮遊感に襲われて、少ししてそれが収まった。
光が収まったかと思えば、全然違う場所にいた。でも、あれは僕の寝てたベッド? なんで……。
そっちに行こうと手を伸ばすと、何かに触れてそのまま開いた。こんなもの僕の部屋にあったっけと後ろを振り返って見たものの、見覚えのない、クローゼットって言うには物凄くメカメカした、銀の四角だ。この中にテレポートしてきたってことなのかな。
「おかえりハンくん!」
乱暴に部屋の扉が開かれたかと思うと、パパが入ってきてすぐに僕をギュッと抱きしめてくれる。パパのたてがみが少しだけくすぐったいけど、パパの匂いに包まれて尻尾がバタバタ暴れ回ってた。
「ただいまパパ。ごめんね、全部壊す前にヒーロー来ちゃった」
「いいんだよ、そんなこと。いや、それよりヒーローが来たって、何もなかった?」
「何も……あ、一回殴られた」
「ええ?! どどど、何処を?! あ、このほっぺだね。えーっと、あ、そうだ! [[rb:解除>リリース]]!」
殴られた事を言うとパパは慌てて僕の身体を見て、すぐに行動に移った。リリースってパパが言うと僕の身体が変身した時と同じく光に包まれて、すぐに戻った。どうやら元々着てた赤い服に戻ったみたいで、マスクもなくなってる。
「ああ、これじゃあ腫れちゃうよ。そんなのダメだ、やっと傷のない身体になったのに……いや、大丈夫、大丈夫……。ふぅ、ハンくん、痛くない?」
「ちょっと……」
「痛いかぁ……でも、ちょっとだけ我慢して、これ飲んで」
そう言ってパパはいつもの哺乳瓶を取り出して僕の口に優しく当てる。言われるままにミルクを飲む。お腹すいてたし晩ご飯まだだったから嬉しいけど、これでどうするんだろ。甘くってお口の中がほんわかして、ちょっと痛いのが引いた、かも?
「理屈的には大丈夫なはず……もうちょっと、我慢してね~」
パパが僕の怪我した頬を撫でてくれる。もう、それだけで怪我とかどうでもいいんだけど、パパが心配するならなんとかなってくれた方がいい。もっと撫でて欲しい。もっと、僕を……。
「ふあぁ……」
少しして、おしっこが始まった。さっき着替えたけどおむつはそのままだったから、ちゃんとおしっこ出来てる。おむつにおしっこするの、気持ちいい……。
「ああ、良かった。ちゃんと怪我、戻った……治ったみたいだ」
「ふぇ?」
おしっこが気持ちよくってボーッとしてる間に、怪我が治ってたみたいだ。確かに、痛みももうない。
「凄いよパパ!」
「よかった、ハンくんのかわいいお顔に傷が残らなくてよかった」
パパは僕の怪我してた頬をもう一度優しく撫でてくれる。ああ、嬉しい……パパがこんなに僕のこと心配して、側にいてくれるのが、心地いい。
それからパパにおむつを替えて貰って、パパのおちんちんミルクも飲ませて貰って寝ることになった。今日はちょっと疲れたけど、パパのお願いもちゃんと聞けたし、パパが心配してくれて嬉しかった。
明日も、パパと一緒に……。