熊瀬鍼灸院の日常3

  1

  「先生、実はね。俺、好きな人が出来たんですよ」

  うつ伏せで鍼を受けている25歳童貞猪獣人の言葉に、俺はその手を止めた。

  「おお、ええやないか! やっと童貞君に春が来たわけやな!」

  最近体調が落ち着いてきている猪野ちゃんにも、ようやっと、腰を振る機会が巡ってきたっちゅうわけや。

  大転子付近から小殿筋目掛けての刺鍼。硬いゴムのような筋肉層に鍼を数本入れると、俺は態勢を変えて腸骨稜を探る。

  「で、お相手は誰や? ひょっとして前に言うとった、職場の事務員さんかぁ?」

  前に、小柄な猫獣人でかわいいんですよって、言うとったもんなぁ。

  こいつ、意外とめんくいやからな。

  「そうじゃないんですけど。……先生、プロレスって好きですか?」

  「はあ、プロレス?」

  俺は傍らに置いてある五寸の鍼を掴みながら、顔をしかめる。

  ……嫌なこと思い出してもうたやないか。

  半年前に厳ついプロレスラーに襲われかけた、処女喪失の危機事件は、まだ俺の心にトラウマを残しているのだ。

  ……あんなのがかずの父親やなんて、ほんまありえへんわ。

  「プロレスかぁ。あんまり好きやないかなぁ」

  俺は消毒をすると、ごわごわした体毛をかき分け、大腰筋を狙って鍼を皮膚表面に触れさせる。

  そのまま刺し入れようとすると。

  「僕、恋しちゃったんですよ! キューティーパンダってプロレスラーに!」

  「ぶほっ!」

  あ、危ないやないか!

  ……思わず腎臓に鍼を突き刺すとこやった。

  俺は鍼を打つ手を止め、くらくらする頭を手で押さえる。

  「……」

  待合で次の施術を待っている狐塚のじいさんも、それを聞いて絶句しているようだ。

  「な、なんやそれ……」

  「先生知りません? 最近テレビにも出てるんですよ! こないだデビューしたばかりの新人プロレスラー。パンダ獣人でね。小柄でかわいらしいのに艶っぽくて……」

  知ってるどころか、昔の教え子です。

  ……というか、自分も一瞬、ここで会うたことあるやんけ。

  覚えてないんか。

  「僕、もうたまらなくて……ファンクラブにも入っちゃった!」

  うへぇ。

  なんやあいつ、人気者なんか?

  しかもファンクラブって……。

  「あんな子と付き合いたいなぁ」

  夢見るように呟く童貞猪獣人に俺は尋ねる。

  「なあ、猪野ちゃん。あいつ雄やで。自分、ノンケやったんと違うんか?」

  「なんだ、知ってるんですか! ……男でもいいんです。あのかわいさは、性別を超えているんです!」

  「……さよか」

  力強い宣言に、俺は何も言うことはできない。

  ……とりあえず、こっちの世界へようこそ、猪野ちゃん。

  まあ、こいつやったら、この界隈にどっぷりつかりさえすればモテモテやろうからな。

  25歳で未だに童貞の、芋っぽい猪獣人なんて、鴨がネギと鍋持ってウーバーしに来るのとおんなじぐらいおいしい存在やからなあ。

  「僕の童貞、もらってくれないかなぁ」

  普段なら、おっちゃんがもらったるでぇ、なんてからかうのだが、さすがに今日はそんな気力はなかった。

  ガラガラガラ。

  「ゆうさん、ただいま」

  ガラス戸を開けて、俺の唯一の癒しが、大学の授業を終えて帰ってきた。

  「おお。かず、おかえり!」

  俺は満面の笑みを浮かべて、ダッフルコートに身を包んだ、最愛の虎獣人に声をかける。

  「寒なかったか?」

  「うん。ちょっと寒かった。……あ、狐塚さん来てたんですね。こんにちは」

  「ああ、かず君こんにちは。猪野ちゃんも来てるでぇ。今は寝とるみたいやけどなぁ」

  鍼が気持ちいいのか、打っているうちに猪野ちゃんは寝息を立てていた。

  「かず君それ……花束なんか買うてきたんか」

  それ飾るんか、男の子やのにまめやなぁと、狐塚のじいさん。

  童貞猪獣人の鍼を打ち終わり、待合を覗くと、確かにかずは小さな花束を抱えて立っていた。

  「ああ、それ犬司のやねん」

  俺は狐獣人に説明する。

  「はぁ?」

  「ほら、今日月命日やさかい。供えようと思って」

  「……それをかず君が買ってきたんかい」

  「そうそう。ありがとな、かず」

  「ううん」

  俺の言葉に、かずはにっこりと笑ってくれる。

  「じゃ、上あがって飯作ってくるから」

  「ああ、頼むわぁ」

  

  とことこと二階の階段を上がるかずを見送っていると。

  「なあ、ゆうちゃん」

  と少し険のある調子で、狐獣人が声をかけてくる。

  「なんや?」

  「……。最近、ちょっとかず君に甘えすぎちゃうか、自分」

  その口調は、いつもの狐獣人にしてはあまり穏やかなものではなかった。

  「へ?」

  意味が分からない俺に、じいさんはため息をついて見せる。

  「どこぞの世界に、前の彼氏のための花を、わざわざ買いに行かせる鬼畜がおんねん」

  「……あっ!」

  ……確かに。

  客観的にみると、かなりひどい絵面だ。

  「かず君の事、ないがしろにしすぎちゃうか? 前にも言ったやろ。釣った魚にもちゃんと餌やらなあかんでって」

  「……」

  何かを言い返そうと思ったが、思いのほか真面目な狐獣人の顔を見ると、俺は何も言えなかった。

  「自分かて患者のおばはん連中から聞いたことあるやろ。旦那が前の彼女と比べてくるだの、昔の彼女にもらったもんを大事にしてるだの。いい年した大人でも、そんな扱いされたら気分ええことないんやで」

  「……」

  「ましてかず君はまだまだ若い。同い年やった犬司君とは違うんや。年上の自分が、もうちょい気を使ってやらなあかんのんちゃうか?」

  「……」

  「犬司君が大事やったのはわかる。でもなあ、生きてる人間をもっと大事にせなあかんやろ。かず君をここに引っ張り込んだのは自分やないんか」

  「……」

  「あの子は優しいから犬司君のことは気にしてないかもしれん。でも、ああいう性格の子なんやから、黙ってたって他にも色々我慢してるところあると思うで。そこを汲んでやるのが、大人の男なんちゃうんか?」

  「……」

  ……その通りや。

  返す言葉もなかった。

  俺はかずの優しさに甘えて、そのあたりずっと粗雑に扱っていた。

  普段は俺が守ったらなあかん、なんて言ってるくせに。

  無神経、極まりない。

  それに気づかされた事が、いや、何より自分で気づくことが出来ずに、人に指摘されてわかったということが、人生で初めてと言えるぐらいのダメージを俺に与える。

  「独りよがりで交尾して、アンアン泣かすだけが、大人の男ちゃうねんで。そんなのそこらのケダモノだってできるんや」

  「……」

  ずっと一緒にいる俺なんかよりも、この狐獣人の方がずっとかずの事を考えている。

  ……こんなん、かずの旦那として失格やないか。

  がっくりとうなだれる俺に、狐塚のじいさんはとどめを刺した。

  「ただでさえ、おっさんがあんな若い子捕まえとるのに。捨てられたって知らんで」

  2

  「ゆうさん、なんか今日元気ないね」

  2人並んで布団に潜り込むと、かずが気遣うように話しかけてくる。

  「そ、そうか?」

  「うん、飯食う時もあんまりしゃべらなかったし。なんか仕事でやなことあった?」

  自分が気を使ってやるどころか、こんな若い子に気を使わせているなんて。

  ……情けない。

  ぐるぐると渦巻く気持ちを整理できないまま体を起こすと、俺はかずの体をしがみつくように抱きしめた。

  「な、ちょっと……」

  かずは驚いたように身じろぎしたが、そのまま俺の両腕を俺の背中に回し、抱き返してくれる。

  その柔らかい毛と温かい体温に、俺は縋り付くように顔を埋める。

  若虎の雄の匂いが俺を包んでくれる。

  「大丈夫だよ。わしがずっとそばにいるから」

  まるであやすように背中を叩いて、かずは微笑む。

  「おおきに」

  初めはかずが俺に依存していたはずなのに、最近は俺の方がどっぷりとかずに依存してるやないか。

  ……このままかずがおれへんようになったら、俺。

  こんな気持ちになったのは初めてだった。犬司相手にも感じたことのない感情。

  ……あいつの時には、いなくなるなんて考えたことなかった。

  きっと大事な人を失うという経験をしたからこそ、そんなことに思いを巡らせられるようになったのだろう。

  俺は黄色い胸から顔をあげると、かずは微笑んだ。

  「ねえ、ゆうさん。エッチしよっか。大丈夫、エロいことしたら、きっとゆうさん元気になるよ」

  「……ああ、そうやな」

  唇を重ねて舌を差し込むと、俺は乱暴にかずの中を掻き回す。

  かずのすべてを貪るよう、頬肉の粘膜に、歯茎の一つ一つに、舌を這わせる。

  「ぷはっ」

  「ゆうさん……」

  口を離すと、うっとりとした表情でつぶやくかず。

  こんなにも愛おしい。喰らってしまいたいほどに。

  あふれる唾液で濡らしながら、俺はかずの体を丹念に舐めしゃぶる。

  首筋も、胸筋も、腹も、太股も。

  感じさせるためではない、喰らいつくようなその様子に、かずは焦れて泣き声をあげる。

  「ゆうさん、そこじゃない……」

  「どこがええんや」

  「乳首と、ちんこ、触って……」

  「えらいで、ちゃんと自分から言えるようになったやないか」

  ご褒美とばかりに俺は乳首に吸い付いた。

  「ひゃあっ」

  ちゅぱちゅぱと音を立てながら吸引されると、以前よりも濃く色づいた膨らみが、ぷっくりと盛り上がって快感を主張する。

  「反対側もちゃんとやったらんとかわいそうやなぁ」

  指先でピンと弾くと、赤らめたその顔を一度目にして、同じように吸い付いた。

  「ん……」

  とろけるような表情のかずを眺めながら、俺は若虎の雄に手を伸ばす。

  相変わらず半分皮をかぶった砲身を俺はゆっくりと剥いていく。

  「ああっ」

  ずるずるに濡れたままの亀頭は相変わらず薄ピンクのままだが、少しぐらいは強く撫でても耐えることが出来るようになっていた。

  それは亀頭攻めをたっぷり味合わせてやれるということ。

  あふれる先走りを丹念に指先にまとわりつかせると、俺はパンパンに張り切った亀頭を柔らかく掴み、きゅっ、きゅっと音を立てて磨く。

  「んんっ!」

  気持ちよさと、いまだ慣れないくすぐったさ。そしてほんの少しの痛みに、かずの体は面白いように跳ね上がる。

  それを押さえつけ、乳首を舐め舐め亀頭を磨く。

  くちゅ、くちゅ、きゅ、きゅ、くちゅ、きゅ。

  「だめ、だめぇ!」

  子供のように暴れるかずを俺は絶対に離さない。

  「あかんでぇ。男の子やったら、これぐらい堪えなあかん」

  きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、くちゅっ、きゅっ、くちゅっ、きゅっ、きゅっ。

  「ひぃぁぁあぁっぁぁあっ!」

  首をぶんぶんと振って泣き叫ぶかず。

  「辛いんか? 違うやろ。ほんまは気持ちええんやろが」

  「やだぁぁぁ、あかんんんん!」

  「辛いんやったら、チンコ萎えてないとおかしいやろ」

  きゅっ、きゅっ、くちゅり、ぐりっ、ぐりっ、きゅっ、くちゅ、きゅっ、きゅっ。

  「こんなにビンビンにしとって」

  くちゅ、くちゅ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、ぐりっ、きゅっ、ぐりっ、ぎりっ、ぐりっ。

  「ぐぅぅぁぁぁっぅぅぅぅぅぅっぅぅぅぅ!」

  「嘘ついて悪い子やなぁ」

  ぐちゅり、ぐりっ、ぐりっ、ぐりっ、ぐりっ、きゅっ、ぐちゅり、ぐりっ、ぐりっ。

  「ごべんなぁざぁあぁぁぁぁぁいいいいい! もう、ゆるじでぇえぇぇぇぇぇ! んんんんんんっ!」

  急に亀頭の滑りがよくなる。

  見ると、若虎の種が、鈴口から溢れ出しているのだ。

  ……イッたんやな。

  俺は手についたそれを舐めたくて仕方なかったが、その心を押し殺して、再び掌を動かす。

  「や、やめでぇぇぇっ! ゆうざぁぁん、いっだからぁ、もういっだからぁぁぁぁぁぁっ!」

  「あかんで、お仕置きはまだ続くんやで」

  ぐちゅり、ぐちゅり、ぐり、ぐり、ぐり、ぐり。

  白く泡立った敏感な亀頭には、耐えがたい拷問だろう。

  だが、俺の手は止まることはない。

  「ゆうざぁぁん、なんが、なんがぐるぅぅぅぅぅ!」

  「ええで、我慢せんとイッてまえっ!」

  「イグぅぅぅぅぅぅぁぁあっぁぁぁぁあぁあ!」

  ぶしゃぁぁっ!

  まるで鯨のように、かずは潮を吹いた。

  透明なそれは、勢いよく飛び出し、俺の顔を濡らす。

  舌を出して、口の周りをベロリと舐めると、ほのかに塩辛い味がした。

  ……かわええなぁ。

  息も絶え絶えのかずにキスをすると、俺はその両足を持ち上げる。

  ……かずと、繋がりたい。

  俺はかずの肉襞の中に潜り込ませるために、自慢の肉棒を掴んだ。

  そして……。

  「へ?」

  この場にふさわしくない間の抜けた声が、俺の口からこぼれる。

  ……なんで。

  いつだって俺の期待を裏切らない、誰にも負けたことのない自慢の肉杭が……。

  萎えていた。

  こんなにも興奮するシチュエーションなのに。

  かずの雌穴が、俺の雄棒を待っているのに。

  俺は焦ってそれをしごくが、肉厚のソーセージは決して硬くならなかった。

  申し訳なさそうにだらんと頭を下げているだけ。

  俺はその竿を掴むと、強引にかずの肉穴に押し込もうとする。

  萎えていたって普通の雄よりはデカいのだ。

  入れるだけなら簡単だ。

  ……でも、こんなものでかずを気持ちよくすることはできない。

  そこに思いが至ると、俺はそれ以上潜り込ませることが出来なかった。

  「ゆうさん、どうしたの?」

  いつもと違う様子に、かずが顔を起こす。

  ……ええい、ままよ!

  俺は入れかけの亀頭を引っこ抜くと、代わりに指を3本突っ込み、皮に埋もれたかずのチンコに吸い付いた。

  「ひゃぁぁぁぁっ!」

  そのまま、メスイキ25回、射精13回させ、かずが気絶するまで攻め続けたが、結局俺の雄は、その間一度もかずの中に潜り込むことはできなかった。

  ……どうしよう。俺、勃たんようになったもうた。

  3

  「うちに来んでも、わかるやろ。EDや」

  「やっぱり……」

  思うように勃たないのは、その日だけではなかった。明くる日も、その明くる日も。

  さすがにこれはやばいと、幼馴染の犀獣人の医者がいる病院に飛び込むと、奴は事も無げに言う。

  こいつは、ガキの頃からの間柄で、犬司よりも付き合いが長いのだ。

  「その1回目の時の出来事が、よほど精神的にダメージでかかったんやろうなあ。人間、1番自信がある事を失敗すると、あとを引きずるからなあ」

  狐塚のじいさんに指摘されたことが、俺にとってよほどの衝撃だったのだろう。

  1発目にあかんかった時に来てくれたらまだ良かったかもしれんけど、と医者は言った。

  「すぐに薬でも呑んでやっといたら良かったんやが、何度も失敗を繰り返したせいで、完全に自信を無くしてしまったんやな」

  「鍼で何とかしようと思ったんや……」

  「そりゃ、鍼でも治るかしらんけど、時間かかるやろ。」

  医者は事も無げに言う。

  「まあ」

  「精神的なもんやからな。薬使った方が早い。もちろん対症療法でしかないけどな」

  「そうやなあ」

  「まあ、とりあえず薬は出しとくから、勃起するようにはなると思うで。セックスはできるやろうけど、根本は精神的なもんやから、そこが解決せんと、すぐに完治ってのは、難しいかもしれんなぁ」

  犀獣人が言う通り、薬のおかげでセックスは出来たものの、それは心の満たされるものではなかった。

  何というか、あまり気持ちよくなかったのだ。

  もちろん射精の感覚はいつもと同じだ。

  ただ、それは単に肉と肉とのぶつかり合い。

  心が交わるような悦楽は、そこにはなかった。

  自分の体が、自分の思う通りに動いてくれない。

  こんなことは生まれて初めてだった。

  特に、セックスに関しては絶対の自信を誇っていたのに。

  ……かずが自分に惚れてくれたのも、きっとあの時のセックスがあったからなのに。

  それが思うようにできない。

  俺は毎日かずを指や舌でかわいがりはしたが、薬を飲んで中へ入れる回数は、いつの間にか減ってしまっていた。

  かずが一つになる事を望んでいるのは分かっていたのだが、薬に頼らなければいけない自分が惨めで、悔しかったのだ。

  ……前みたいにちゃんとでけへんかったら、かずはそのうち俺から離れていくんやないやろうか。

  どんどん自分自身に自信が無くなっていくのがわかる。

  『ごめんなぁ』

  さすがにいつまでも隠し通すことが出来ず、不甲斐なさに泣きそうになりながら謝る俺に、かずは笑いかけてくれた。

  『大丈夫だよ』、と。

  それでも。

  『ただでさえ、おっさんがあんな若い子捕まえとるのに。捨てられたって知らんで』

  狐塚のじいさんの言葉が、ずっしりと俺の心にのしかかっていた。

  「ねえ、ゆうさん」

  そんなおぼつかない日々が一か月も続いたある朝、手に封筒を持ってかずが部屋に上がってきた。

  「なんや?」

  「ちょっと気晴らしにさ、旅行にでも行かない?」

  「旅行? ええけど、あてでもあるんかいな」

  「それがさあ、これ見て」

  渡されたのは、一枚の封筒。

  中にはプロレスのチケットが3枚入っていた。

  「父さんがこれ送ってきたんだ。今度ドームで大きな興行するから、見に来ないかって」

  開催されるのは、ここから新幹線で2時間ぐらいの都会だ。

  中を見ると、ご丁寧に新幹線の切符も入っている。

  ……まあ、土曜日の夜やったら行ってもええなぁ。

  鍼灸院は、土曜の午前中までしか開けてないから、一泊して日曜日に帰ってくればいい。

  「どう?」

  「そうやなぁ、たまには旅行もええかもなぁ」

  「やった!」

  嬉しそうな声をあげる虎獣人。

  なんだかんだで親父さんのことが好きだし、尊敬しているのだろう。

  俺が襲われた時には怒ってくれたが、基本はお父さんっ子のようだし。

  それに、普段遠征で触れ合うことは少ないから、職場訪問はしてみたかったに違いない。

  「でもチケット3枚やろ。大学の友達でも呼ぶんか?」

  「いや、みんなプロレスに興味なさそうだし、猪野さんにも声かけてあげたらどうかな?」

  ああ、そういやあの童貞猪獣人、笹川がどうこう言うとったなぁ。

  「そうやな」

  『でも、3人やったら夜はかわいがってやられへんで』、と言おうとして、俺はやめてしまう。

  それは、勃たへん男の台詞ちゃうやろ、と思わず自嘲してしまったから。

  4

  「いやぁ、かず君ありがとう。まさか生で見に行けるなんて」

  豚鼻から荒々しい息を吐きながら、猪獣人は興奮した様子で言う。

  「このチケットも即日完売で、なかなか手に入らないんですよ」

  「そうなんや」

  かずの親父さん、なかなかやり手なんやなぁ。

  「それにしても」

  と、猪野ちゃんは声を潜めて言う。

  「まさか、かず君のお父さんがビッグライガーやったとは」

  その言葉にかずは笑う。

  「わし、あんなにごつくないから。ちょっと母さん似みたいだし」

  「……なあ、猪野ちゃん。かずの事より、自分のその恰好、もうちょっとなんとかならんかったんかいな」

  俺は猪獣人の格好を見ながらため息をつく。

  「え、おかしいですか?」

  「おかしいわ」

  間髪入れずに言う。

  「なんで法被姿に緑のハチマキ巻いて、新幹線乗ってんねん」

  「いや、これキューティーパンダの応援グッズなんですよ。緑が彼のパーソナルカラーなんで」

  「……さよか」

  法被には笹川の姿が印刷されているし、手に持ったうちわには、『パンダ命!』と書かれていた。

  ……完全にドルオタみたいになっとるやないか。

  「なあ、そんなんは会場着いてからでもええんちゃうか?」

  「先生、何を言うてるんですか! 戦いはもう始まってるんですよ!」

  「……さよか」

  

  会場は、すごい盛り上がりだった。

  プロレスなんて斜陽の業界だと思っていたが、そんなこともないようだ。

  そしてその盛り上がりに一役買っているのが、俺の教え子なんだろう。

  「ぱんだちゃーーーーーん! がんばれっーーーーーーーーー!」

  うちわを握りしめて、隣の猪野ちゃんが大声で叫ぶ。

  キューティーパンダこと笹川は、リング上で二対一の戦いを強いられ、現在、絶体絶命のピンチにさらされていた。

  暴れるその小柄な身体を、山賊のような顔をした犀獣人に後ろから羽交い絞めにされ、逃れることが出来ないのだ。

  「よくもやってくれたな。次は俺たちの番だ」

  ヒールな顔をした鮫獣人はニタニタと笑いながら、その胸をぐちゅぐちゅと揉む。

  「あん!」

  歳に似合わない妙に艶っぽい顔で、柔乳を揉まれるキューティーパンダ。

  「ちびの癖に俺たちに刃向かいやがって。サンダーウルフは場外に吹っ飛ばしてやったからな。あとはお前を弄んでやるよ。……ああ、こんなやわこい乳しやがって」

  ぐにゅ。ぐにゅ。

  分厚い掌に掴まれた乳は、鮫の力に従うように、たやすくその形を変えた。

  マシュマロのような感触だと、見ているだけで手に取るようにわかる。

  「いやぁ、やめてぇ」

  その甲高い悲鳴に、会場の男たちはごくりと唾を飲み込む。

  また、飲み込まざるを得ないほど、妖艶な仕草だった。

  「ああ? 本当は気持ちいんだろうが。乳首が勃ってきたぜ」

  荒々しく胸を揉みしだいていた動きが徐々に優しくなり、指先で乳首をつん、と軽く摘まむと、パンダは、んん、と泣き声をあげる。

  「男に触られて気持ちいいんだろうが」

  「違う、そんな……」

  必死に首を振るが、その目は情欲に濡れていた。

  「くそ、エロい体しやがって」

  耐えかねたとばかりに、鮫獣人はその乳にしゃぶりつく。

  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

  ケダモノが肉を貪るようなその動きに、パンダは体をのけ反らせる。

  その鋭い歯を器用に使い甘噛みをしながら、もう一方の手でその真っ白な体を撫でまわす。

  ……おい。

  まるで発情しているように、鮫獣人の股間が盛り上がっているのがわかる。

  ……いやいや、なんでこいつ興奮してんねん。

  しかし、発情しているのは鮫だけではなかった。

  ごくり。

  いつの間にか静かになった会場に、男たちの唾を飲み込む音だけが響く。

  見ている観客たちも、固唾を飲んで見守っているのだ。

  さっきまでうるさかった猪野ちゃんも、ただただ手を握りしめて見つめている。

  ムチムチの小柄で童顔なパンダを、屈強な男たちが手籠めにするシーン。

  ……これ、完っ全に、公開強姦プレイやないかい!

  しかも、羽交い絞めにされたまま嫌がっているのに、体は反応してしまうという非常にエロいその様子が、公衆の面前で露わにされてしまっているのだ。

  「さて、こんなものはもういらねえよな」

  完全に公衆の面前だということを忘れたのか、笹川のロングタイツに手をかけた。

  ……まさか。

  びりびりっ!

  鮫獣人は手にしたそれを、勢いよく引きちぎる。

  「だめぇぇぇぇぇっ!」

  まるで処女のような悲鳴を上げるパンダは、拘束されたままで恥部を隠すことが出来なかった。

  息を飲みながら見つめる男たちの眼前に晒されるのは、未成熟な小さな小さな蕾。

  まるで豆粒かと思わせるような、かすかな膨らみだった。

  それでも勃起してるのだろう。

  萎えることなく、つん、と正面に顔を突き出している。

  ……いや、さすがにこれはアウトやろ。

  ストリップ劇場やないんやからと、どんびいた俺は辺りを見回すが、誰も同じような考えは持っていないらしい。それどころか、もっともっと、とその先を求めている。

  「こ、こんなうまそうなもん、ぶら下げやがって……」

  ごくりと唾を飲み込んだ鮫獣人の太い指先が、震えながら小粒な蕾に近づいていく。

  蕾の先端は、まるで夜露で濡れているように輝いていた。

  「い、いくぞ……」

  そのいたいけな蕾に、野太い指先が触れてしまう。

  くちゅり。

  大きな会場に、なぜかその濡れた音が響いた。

  「いやぁぁぁぁぁぁ!」

  パンダは泣きながら、嫌だ嫌だと首を振る。

  それでもその声には、男を誘う艶が含まれていた。

  「くそっ!」

  鮫は興奮した面持ちで、その小さな蕾を無理やり開花させていく。

  くちゅり、くちゅ、くちゅ。

  「ひぃやぁぁあぁぁぁぁ!」

  ゆっくりと指先で押し広げられたそれは、鮫の指の動きに容易く応じてしまう。

  抗うこともせず、露の中に隠された、真っ赤な花びらを……。

  「おめぇ、何やってるんだっ!」

  がつん!

  完全にパンダに意識を奪われていた鮫を、側面からドロップキックが強襲する。

  それは場外から帰還した、パンダのパートナーの狼獣人のものだった。

  「ぐぁっ!」

  リング上に叩きつけられる鮫を一瞥すると、その青いマスクをつけた狼獣人は、パンダを羽交い絞めにしたままの犀の後ろへ回る。

  狼特有の俊敏さに対応できない犀獣人の後ろを取ると、その巨体を抱き上げ、バックドロップを決めた。

  「うぉぉぉぉぉぉっ!」

  観客はその迫力に歓声を上げる。

  そのまま戦いは進行し、結局狼パンダペアが、勝利を勝ち取ったのだ。

  リングで全裸のまま、勝ち鬨をあげるパンダ獣人。

  ……いや、笹川。お前、強姦されてただけやないか。

  

  5

  「お疲れ様です」

  試合後、俺たちは楽屋に顔を出す。

  「おお、かずに先生。よく来てくれた」

  今日は試合がなかったせいか、相変わらず厳ついその体を、黒いスーツに包んだ強面の虎獣人が笑顔で出迎えてくれる。

  「いや、ご招待いただきありがとうございます」

  俺は頭を下げる。

  「それも3枚もチケットを送っていただいて。ちょうど患者にプロレスファンの子がいて、喜んどります」

  「きょ、今日はありがとうございます! 俺、新獣人プロレスのファンで!」

  と、親父さんに握手をねだる猪野ちゃん。

  「いえいえ、喜んでいただけたのならうれしいです」

  握手を返してやりながら、親父さんは俺に言う。

  「先生にはこの間泊めていただきましたからね。そのお礼ですよ」

  「いやいや」

  ふと隣を見ると、反省会をしているのか、マスクをかぶった狼が鮫に説教をしている。

  「おい、鮫肌。あれはちょっとやりすぎだぞ」

  「すんません、大舞台やと思うと、つい興奮しちまって」

  ヒールの顔をした鮫獣人が、借りてきた猫のようにおとなしく頭を下げている。

  「幸い盛り上がったからよかったようなもんだが。まあ、以後気を付けるように」

  「はい!」

  「……そうだ、先生。紹介しときます」

  親父さんが、『上狼塚こっち来い』、とマスクをつけた狼獣人に声をかける。

  「こいつは上狼塚って言うんですが、俺の右腕でね。うちの稼ぎ頭なんですよ」

  「初めまして。サンダーウルフこと、上狼塚です」

  親父さんと同じような大柄で筋肉質な体格。狼獣人のふさふさしている銀色の体毛に隠れてはいるが、その毛では隠すことのできない筋肉の盛り上がりが十分に見てとれる。

  青いマスクを外すと、そこには50代後半ぐらいの男臭い顔立ちが隠されていた。

  ゲジゲジでぶっとい眉に、鋭い瞳。

  下駄のように四角い顔の下半分には、タトゥーのように彩られた黒い体毛が密集している。

  どちらかと言うと、人相が悪いと分類されるような、悪い男の魅力にあふれていた。

  ……やばい。

  たぶん、かずの好きなタイプや。

  しかも、俺のようなメタボオヤジとは違う、鍛え抜かれた雄臭い体。

  男としての自信と包容力に満ちている。

  もちろん、ショートタイツ越しにうかがえる逸物もかなりのものだ。

  俺とは違ってギンギンに勃つのだろう。

  悔しいが、今の俺では、雄としてずいぶん負けていることを自覚させられてしまう。

  「かずと一緒に来た、熊瀬といいます」

  狼獣人は、上から下まで俺の姿を見ると、にっと男臭く笑ってみせる。

  「鍼の先生だってな」

  「はあ」

  親父さん、俺のことを話してるのか。

  「色々聞かされてるぜ。わざわざ自分ちに住まわせて、社長の息子の世話をしてるんだろ」

  「そうやけど……」

  親父さん、まさか犯そうとしたって事まで話してるわけやないやろうな。

  「えらく大事にしてやってるみたいじゃねえか」

  「そ、それほどでもないけど……まあ」

  大事なのは確かだ。

  逡巡する俺の表情を見て、厳つい狼獣人は俺だけに聞こえるような声で、小さく耳元で囁いた。

  「付き合ってんのかい?」

  「へ?」

  俺の顔は強張り、慌てて強面の虎獣人の顔を見る。

  ……親父さんが近くにいるのに。

  「違う、違う!」

  慌てて嘘をつきながら首を振る俺を、かずと親父さんが不思議そうに見ている。

  「ふうん。……じゃあ、あんたとは、趣味が合いそうな気がする。よろしくな」

  「……こ、こちらこそ」

  よくわからないまま俺に軽く頭を下げると、上狼塚はかずに向き直る。

  「君がかず君か。親父さんに聞いているよ。ずっと会いたかったんだ」

  「え、わしとですか?」

  「そうだ」

  女だったら惚れてしまいそうな豪快な笑顔で、かずに笑いかける。

  少し戸惑ったような顔をするかずだが、嫌ではないようだった。

  それが、少し妬けてしまう。

  「しかし、若い頃の社長に似ているな」

  その言葉に各々作業をしてた団員たちが、近くに集まってくる。

  「本当だなぁ」

  「でも、ちょっと優しい顔してんな。社長はもっと厳ついし」

  「奥さん似なんじゃねえの? これ、きっと笑ったらだいぶかわいいぜ。いい顔してる」

  「女のファンがつきそうだな」

  「ガタイもいいし、レスラー体系だ」

  「あ、あの……」

  突然の取り巻きに、困ったような顔をする、かず。

  「ちょ、ちょっと……」

  俺はすかさず間に入る。

  「かずも困っとるんやから、どうぞお手柔らかに」

  「この人は?」

  かばうように前に立つ俺の姿に、首をかしげる男たち。

  「か、かずの保護者みたいなもんです」

  他に言いようがなかった俺は、そんな風に自己紹介をしてしまう。

  「そうだぞ。急に人相悪い奴らに囲まれたら、びびるだろう」

  「ひでぇなぁ、兄貴」

  狼獣人の言葉に、みんな笑う。

  「そうだ」

  狼獣人はかずではなく俺の方をちらりと見た後、なにかを思いついたようににやりと笑ってみせる。

  「かず君、君に色々聞きたいことがあるんだ。よかったらこの後どうだい? ホテルの俺の部屋で2人だけで話でも」

  「は、はい……」

  ……ホテルで2人きりやと!

  「あ、あかんっ!」

  俺は慌てて止めに入る。

  「かず、あかん!」

  『あんたとは、趣味が合いそうな気がする』

  ……明らかにこいつ、かずを狙っとる!

  「見知らぬ男と2人でホテルに入るなんて」

  「え、でも……」

  何もわかっていないかずは、俺の制止に首をかしげている。

  ……こいつは狼なんや!

  そんな無防備やったら、喰われてしまうで!

  だが、俺の言葉に狼は笑う。

  「見知らぬ、でもないさ。社長とはもう何十年の付き合いだからな。身元はちゃんと保証されてるぜ」

  「そ、それでも、学生が初めて会った人とホテルで2人きりやなんて……」

  「おいおい。いかがわしい事なんてしないし、彼はもう成人なんだろ。じゃあ、問題なんてないさ」

  「それは……」

  俺は言い淀む。

  「せ、せやけど……。そ、そう、俺はかずを預かっとるんや。保護者の立場から……」

  「ちゃんとした保護者はそこにいるよ」

  狼が指差す先には、強面の虎獣人。

  「社長、いいですよね」

  「ああ、かまわんぞ」

  「でも……」

  俺はそれでも抵抗しようとするが、それ以上言葉が出なかった。

  「そりゃあ、かず君と先生が付き合ってるってんなら話は別だけど」

  「へ?」

  「彼氏がいる子をホテルに誘うなんてのは、よくねえからな」

  上狼塚の言葉に、かずはこちらを振り向く。

  そこには、何かを期待しているような表情さえあった。

  でも。

  「そんなことは……」

  本当は、付き合っている、と言いたかった。

  だが、実際には俺は何も言葉を返せなかった。

  親父さんもこちらを見ているのだ。

  ……さすがにこの場では、ほんまの事は言えん。

  俺は伏し目がちにかずを見る。

  ……ごめん、かず。

  その顔は気のせいか落胆しているように感じられた。

  忸怩たる思いで、俺は唇を嚙む。

  「じゃあ、問題ないよな」

  「……」

  「ゆうさんがいいのなら……」

  その声音が少し冷たい気がしたのは、俺だけだろうか。

  「そうか。それにかず君が付き合ってくれたら……」

  その耳元で狼に何かを囁かれると、かずの顔が興奮したように赤くなる。

  「本当ですか! 行く、行きます!」

  「よしよし」

  かずとは逆にがっかりした俺の顔を、勝ち誇ったように見下ろす狼獣人。

  「うまい酒もあるから、たんまり呑ませてやるよ。今日は2人で楽しもうぜ。……ああ、さっきも言ったが、いかがわしいことするわけじゃないから心配しなくてもいいぜ。気になるなら先生もあとからくればいい。京東ホテルの403号室だから」

  6

  ……なんで止めることができひんかったんやろ。

  俺は雪の降る中、ホテルの前で1人立ち尽くしていた。

  あれから3時間。

  猪野ちゃんは出掛けるというので、俺は一人、予約していた旅館の部屋で佇んでいたものの、我慢できずに飛び出してきたのだ。

  ホテルの前から見える403号室は、まだ明かりがついている。

  ……何をしてるんやろう。

  気になるなら、足を踏み入れたらいい。

  狼獣人もくればいいと言っていたのだから。

  ……でも。

  どうしてもそれをすることが出来なかった。

  もし、2人が交わっていたら……。

  あのでかい逸物でかずが貫かれていたら……。

  そして、泣き狂わされていたら……。

  きっと、今の自分では太刀打ちできない。

  ……なんで止めることができひんかったんやろ。

  同じ思考がぐるぐると巡る。

  付き合っていると、言えばよかったのだ。

  でも、言えなかった。

  あの場所にはかずの親父さんがいた。その前で、そんなことを言い出す勇気がなかった。

  これまでのことをすべて暴露しなければならなくなってしまうから。

  社会人としてあるまじき、高校生の頃からかずに手を出していたということも。

  俺の立場だけじゃなくて、かずの立場もある。

  少なくても、それをかずに確認してからじゃないと。

  ……いや。

  それは言い訳だ。

  一番の理由はそれじゃない。

  ただ。

  ……自分に自信がないからや。

  今の自分では、男として、ちゃんとかずを満足させることが出来てない。

  そんな状態で、胸を張ってかずと付き合っているということが出来なかったのだ。

  あの時、かずは落胆しているように見えた。

  そんな時に、俺よりもタイプな男前のおっさんが現れたら。

  ……ああ。

  あの夏。

  泣きながら走り去ったかずの事を思い出す。

  ……あの時泣いていたかずは、こんな気持ちやったんやろうか。

  ずっとついていた、403号室の明かりが消える。

  きっと、2人の交わりは終わったのだ。

  そして、抱き合って眠るのだろうか。

  「もう、あかんか……」

  旅館に戻ろうと思うけど、俺の足は動かなかった。

  それでも、無理にでも張り付いたような足を動かし、俺はきびすを返す。

  と。

  「ゆうさん!」

  声と共に、バタバタと鳴る足音。

  はっ、と振り向くと、ホテルの入り口から、驚いたような顔をして駆け寄る虎獣人の姿があった。

  「どうしたの、こんな雪まみれになって。まるで白熊じゃないか。……ひょっとして、ずっと待っててくれたの?」

  「……」

  かずは俺の頭の雪を払いのけると、俺の頬に手を当てる。

  「体もこんなに冷えちゃって……。こんな所にいないで、上がってきたらよかったのに」

  「でも……。もし、自分らがヤッテる最中やったら……」

  「へ?」

  消え入るような俺の声に、かずは素っ頓狂な声をあげる。

  「……やっぱりゆうさん、わしが上狼塚さんとエッチしてたと思ってたの?」

  「違うんか……」

  「違うに決まってる! ゆうさんがいるのに、そんなことするわけないだろ!」

  虎獣人の怒りは、本物だった。

  「でも、俺では薬を使わんと勃たへんし、かずを満足させることもでけへん……」

  「満足してるよ!」

  かずは怒鳴る。

  「あのねえ、勃たなくったって、毎日指と舌で何十回もイカされてて、満足しないわけないだろ! わし、どれだけ色情狂なんだよ! むしろ、ちょっと休めると思って期待してたのに、どんどん激しくなるし!」

  「……」

  そ、そんなふうに思われてたんかいな……。

  「ごめんな、勘違いして。……あの時ちゃんとかずと付き合ってるって言えばよかったんやけど」

  「そりゃ、あの時ゆうさんがそう言ってくれたら嬉しかったけど……。父さんもいたし、大変なことになるのはわかってたから仕方ないよ」

  「……」

  「それにね、ゆうさん」

  声を和らげて、かずは言う。

  「俺、セックスだけでゆうさんが好きになったわけじゃないんだ。そのぶっきらぼうで優しいとこも、わしを大事にしてくれてるとこも、もちろんその顔も体も、よその男にチョッカイかけてわしの様子を見てる性格の悪いとこだって、全部全部ひっくるめて、大好きなんだ。……そんな好きな人がそばにいてくれるのに、なんでわざわざ知らない男と寝なきゃいけないんだよ」

  「かず……」

  『全部ひっくるめて』。

  ……俺のこと、そこまで好いてくれとったんや。

  「そこまで思い詰めてたとは思ってなかった。ごめんね。でもさ……」

  かずはいたずらっぽく笑う。

  「なんか、嬉しい。初めて、ゆうさんが嫉妬してくれた気がする」

  「……俺はいつだって嫉妬してるで。かずが一番好きなんやからな」

  その言葉に、かずは人目もはばからず俺に抱き着く。

  「ねえ、ゆうさん。早く旅館に戻ろうよ」

  7

  「ゆうさん」

  冷え切った体を風呂で温めて部屋に戻ると、すでに布団に入っていたかずが俺を手招きする。

  俺は誘われるがままにその隣に滑り込んだ。

  「好きだよ」

  かずは俺の頭を抱えると、口づけを迫る。

  唇に温かさを感じるとともに、舌先が俺の中に潜り込んでくる。

  「んん……」

  優しく、しかし嬲るようなその動き。

  能動的なかずの動きは気持ちよく、俺は受け身のまま身を任せる。

  俺の口の中に印をつけるように、一か所一か所、ゆっくり舌を動かした後、口を離す。

  「なんや、今日は積極的やないか」

  「今日のゆうさん、なんかかわいいから、つい」

  「か、かわいい?」

  その言葉に顔が赤くなるのがわかる。

  「な、年上相手に……」

  思わず絶句する俺に、かずは余裕の笑みを見せる。

  「そういうとこがかわいいんだよ」

  そう言いながら、その黄色い指先を俺の首筋に触れさせる。

  「ん!」

  何かおかしい。

  かずの指先が、とろけるほど気持ちいいのだ。

  無造作にただ撫でるような動きなのに、おのずと快感が湧き上がってくるのだ。

  ……好きな相手に愛撫されたら、それだけでこんなにも気持ちええんや。

  俺は陶然となりながら、それを受け入れる。

  慣れないかずの手は不器用に、俺の体を確認するように触れていく。

  「ああ……」

  恥ずかしいのに思わず声が漏れてしまう。

  触れられたところがぐずぐずに溶けていくようだ。

  首筋から流れた指先は、上腕を軽く撫でた後、胸筋に移る。

  その指先がすでに立ちあがった乳首に触れてくれることを、俺ははしたなくも期待してしまう。

  ぴん!

  「はうっ!」

  不意に弾かれると、俺の体は快感で震える。

  「気持ちいいんだね」

  ぽっちりと膨れた乳首を、優しく優しく摘まみ上げ、かずは笑う。

  「……」

  俺はぱくぱくと口を動かすことしかできない。

  「かわいいよ」

  ……なんで。

  なんでこんなに気持ちええんや。

  「んん!」

  とろけるような感触が、刺すような刺激に変わる。

  かずが爪先で捩じり上げたのだ。

  「すごい、なんでも感じちゃうんだ」

  「い、言わんといてくれ……」

  思わず顔を隠そうとするが、若虎の太い腕で手首を押さえつけられてしまう。

  「大丈夫。そんなゆうさんも大好きだから」

  そういうと、また唇を重ねる。

  ぬちゃぬちゃと舌を絡めていくうちに、また体から力が抜けていく。

  「ゆうさん、今日はわしの好きにさせてもらうよ」

  見上げるその顔は、完全に雄そのものだった。

  そのシチュエーションに、俺は見覚えがあった。

  ……親父さんと同じやないか。

  このタラシの技術は、血筋やったんや……。

  「ああ!」

  片方の乳首をちゅぱちゅぱ舐めしゃぶりながら、片手を俺の体の下に潜り込ませて、反対の乳首をコリコリといじる。

  空いた手で体を撫でながらゆっくりと下ろしていく。

  金玉をさわさわと嬲った後、その指先は俺の菊穴に到達する。

  誰にも触れられたことのない場所に、初めてかずの手が伸びた。

  「ねぇ、ゆうさん」

  かずは言う。

  「今日はわしが入れるよ」

  「あ、あかん……」

  俺はか弱い女の子のように身を固めることしかできない。

  「そんなこと言ったって、ゆうさんの体はちゃんと興奮してるよ。入れて欲しいって」

  「……俺は、雄なんや」

  俺は弱弱しく抗うが、かずのその表情は、雌を見る雄のものだった。

  ……あかんのや。

  それでも、気持ちのほとんどは、このままかずに身を任せることに傾いていた。

  ……俺はかずの雌になるんや。

  「大丈夫、わしに任せて」

  かずは優しくそう言うと、すでに先走りでズルズルに濡れている俺の逸物に触れる。指先を先走りでくちゅくちゅと濡らすと、その指を俺のケツへ運ぶ。

  濡れた指先が、俺の硬く締まった雌穴をぴちゃぴちゃと撫でる。

  ……あれ?

  ちょっと待て。

  濡れた指先?

  興奮して先走りでずるずるやと?

  今までは勃起どころか先走りも出なかったのに。

  ……ひょっとして。

  俺は慌てて自分の逸物に触れる。

  それはかずの愛撫に興奮したのか、弾けんばかりにいきり勃ち、脈打っていた。

  勃起しとるっ!!

  「怖がらなくても大丈夫。……入れるよ、ゆうさん」

  ぐじょぐじょになるまで表面をたっぷりと濡らすと、かずは俺の雌穴にその野太い雄棒を……。

  「入れさせるわけないやろーーーー!」

  がばっと体を起こした俺は、無理やり若虎の体を布団に押し付けた!

  「な! ……ゆうさん、何を」

  急な展開に慌てるかずに、俺は怒鳴りつける。

  「何をやあるかい! 俺の体を好き勝手にしよって!」

  「え?」

  「かずは俺の嫁さんじゃ! 嫁は旦那の下でアンアン啼いとったらええんじゃ!」

  俺はそのままいきり勃つ逸物を、慣らしもせずに若虎に突っ込む。

  ずぶりっ!

  「ああああああっ!」

  悲鳴は上げるものの、かずは俺の砲身を即座に受け入れた。

  ぬちゅりぬちゅりと、柔襞が俺の息子を優しく包み込む。

  子種をねだるような久しぶりのその感触に、俺は涙が出そうになる。

  「ほら見てみぃ! こんなデカいもんをすぐに呑み込みやがって」

  俺の雄棒を差し込まれ、かずの顔は上気して真っ赤になっている。

  ……この体も、俺の雄を待ってたんや!

  「完全に雌の身体やないか!」

  「そんなこと……」

  必死に雄を取り戻そうとするかずを、嘲るように俺は言う。

  「恥ずかしないんか? 雄の癖にケツにデカいもんぶち込まれて、スケベ汁まで垂らしやがって」

  俺は包茎の先っぽを指先で掬って、その塩辛い汁を舐めとる。

  「こんなにうまい汁を出しやがって。さすが俺の嫁さんや。……うまい蜜を舐めさせてくれた礼を、たっぷりしてやらんとあかんなぁ」

  俺の猛獣のような笑みに、かずの顔が青くなった。

  「透明な蜜もええけど、白い蜜もうまいからなぁ。今日はどっちも味わわせてもらわんと」

  そう言うと、俺は前立腺を狙ってがつん、と腰を振る。

  この体の事は、誰よりも知り尽くしているのだ。

  「ひぃぃぃっ!」

  そのひと突きで、皮の隙間から、とろり、と白濁液が漏れてくる。

  極上の若虎の蜜だ。

  粘つくそれを、俺は指に浸して口に運ぶ。

  青臭さが口いっぱいに広がる。

  「やっぱり俺の雌の味は、格別やなぁ」

  「ゆうさん、わし、雌なんかじゃ……」

  俺はその言葉を腰の一振りで中断させる。

  「何を言うてんねん! 自分は俺の雌以外の何物でもないんや! 雄のふりしようとしやがって! 自分が雌だってことをわからせたるからな!」

  がちゅん、がつ、がつ、がつがつっ!

  俺は怒りに任せて、そのたくましい肉杭を何度も何度も叩きつけた。

  よく締まるその肉襞に、俺の逸物の形を再び覚え込ませるために。

  感じるところだけを、執拗に突いていく。

  がちゃんっ、がちゅんっ、がちゅんっ、がちゅんっ、がちゅんっ!

  「ゆうさん、やめてぇぇぇぇぇ!」

  とろとろと溢れる白濁液。

  「誰がやめるか!」

  俺はかずのチンコを指先でつまむ。

  ケツの快感で、野太いチンコはすっかり縮んでしまい、皮に包まれた蕾に変わってしまっていた。

  真っ白に濡れた小さな小さな蕾。

  「ああ? こんなに小さくなりやがって。こんなしょうもないもんで、誰を掘ろうとしたんや!」

  無理やり幼い亀頭を引き出すと、お仕置きとばかりにぐりっぐりっ、と磨き続ける。

  「やだぁ、やだぁぁぁぁぁぁっ!」

  「誰が俺の雌か、その体にしっかり教え込ませたる!」

  がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ!きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ。がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、きゅっ、ぎゅるっ、ぎゅっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、ぎゅっ、ぎゅるっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、きゅっ、きゅっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、ぎゅるっ、ぎゅるっ、ぐちゅぐちゅぐちゅっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ!

  「ひゃぁぁっぁぁぁっ! イグぅぅぅ、イッじゃぁぅぅぅぅぅ!」

  どぷり、どぷり。どぷり、どぷり。

  まさにトコロテンのように、突けば突くほど、とめどなくザーメンが漏れていく。

  それでも、許さない。

  金玉の中身を搾り取るように、俺は腰を振り続ける。

  「ああ、ここかぁ、ここがええんのんかぁ?」

  態勢を変えながら、肉襞をこそげ落とす勢いで、こすりつける。

  「ひやぁぁあぁぁぁああああっっぁぁあっ!」

  泣き叫ぶかずに、俺は容赦などしない。

  肉欲の赴くまま、壊れろとばかりに思いの丈を叩きつける。

  がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ!

  「じぬぅぅぅっぅぅぅっっ! じんじゃぅぅぅぅぅぅっ!」

  「かめへん。死んでまえっ! イッてイッてイカせまくって、イキ狂うまでやめへんで!」

  「あぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっ!」

  びくっ、びくっ、びくっ、びくっ、びくっ。

  すっかり枯れ果ててしまったのか、その蕾は何も吐き出さなくなっていたが、俺が突くたびに身体を震わせ、俺の肉棒を柔襞できゅ、きゅっと甘噛みする。

  イキ続けているのだ。

  涙と涎にまみれたかずのその顔が、愛おしかった。

  ……こいつは俺のもんなんや。

  そう思うと、金玉の奥深くから熱いものがせり上がってくる。

  「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

  俺はかずの体を抱え込み、その首筋に牙を立てる。

  「あ、ゆうざああああああああん!」

  その痛みすらも快感に変換してしまったのか、これまでにないほどの勢いで、かずの雄穴が俺を搾り取る。

  その感触に、俺はすべてを開放する。

  「ぎでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

  「くそ、かずぅ、イグぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉっ!」

  びしゃりっ、びしゃりっ、どぴゅっ、どじゅっ、びしゃりっ、びしゃりっ、びしゃりっ、びしゃりっ、どぷっ、どぷっ、びじゅり、びじゅり、どぷ、どぷ、どぷ、どぷ。

  1か月もの間、デカい金玉で熟成された、黄ばんでぼってりと濃厚な熊の雄種が、若虎を孕ませるためだけに砲身から大量に撃ち出された。

  「あああああああああああっ!」

  溶けた鉄のように重たいそれは、孕ませるべき若虎の卵子を探して、じゅるじゅるとその粘膜を侵していく。

  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

  重量感のある濃い精汁がその襞を満たしていく感触だけで、かずは感じてしまっているのだ。

  「ああああぁあぁぁぁぁぁっ! イグぅぅぅぅぅぅ!」

  びくびくと体をのけ反らせて、快感に溺れているのだ。

  その若い体が、大量の俺の子種によって、俺の匂いに染まっていく。

  それが、たまらなく嬉しかった。

  ……かずは、俺のもんなんや。

  「ゆうさん……」

  やがて、その筋肉質の腹が膨れるあがるほど、俺のすべてを受け止めたかずは、うっとりした表情で、俺の名前を呼んだ。

  俺は小さく呟くかずに、優しく口づけをする。

  そして、幸せそうにとろけたかずの顔を見て、俺は再び腰を振り始めた。

  ぐちゅり、ぐちゅり。

  ……くそ、我慢できん!

  俺の肉棒は、完全復活したのだ。

  もう、萎えることなどないのだ!

  「え、まだ……」

  顔を強張らせる虎獣人。

  「何を言うてんねん! こんなもんで終われるかいな!」

  1か月分のザーメンをこいつに吐き出さなければ。

  俺のもんやって皆にわかるぐらいに、俺の匂いをつけとかんと!

  がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ、がつんっ!

  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ、もう、ゆるじてぇぇぇぇぇっ! ごべん、ごべんなぁざぁあぁぁぁぁぁいいいいい!」

  「許さへん! ちゃんと立場をわからしたる! 自分はなぁ、かわいい俺の嫁なんじゃぁ!」

  8

  「昨日はお楽しみだったみたいだな」

  新幹線乗り場前まで、わざわざ見送りに来てくれたかずの親父さんと笹川、そして狼獣人。

  「おう!」

  俺は、胸を張って上狼塚の言葉に応える。

  幾分げっそりしたかずは親父さんと、猪野ちゃんは笹川と話し込んでいるので、俺は上狼塚と2人きりだ。

  「よかったな」

  その言葉に、俺はふと思いつく。

  「なあ、ひょっとして……」

  俺の言葉に、狼獣人はにやりと笑う。

  「まあな。……なんか自信なさそうな顔してたから、発破かけてやろうと思ってさ。……あんたら、社長にばれないように付き合ってるんだろ?」

  「……知ってたんかい、俺とかずの事」

  ひょっとして親父さんも。

  「いや、あの人は知らねえよ。ただ俺が感づいただけだ。……昔の俺みたいだと思ったからよ」

  ……昔の俺?

  首をかしげる俺に、狼獣人は笑う。

  「かず君を誘ったのは別に他意はないんだ。あれは大学卒業したらレスラーにならないかって誘いがしたかったんだよ。社長の息子だけあって、なかなか上玉だからな。それと、息子から見た社長の話が聞きたかったんだ。代わりに仕事場での社長の様子を聞かせてやるって耳打ちしたら喜んでたがな」

  ああ、あれであの時かずはあんなにも興奮していたのか。

  ……普段の父親の様子なんて、なかなか聞けんやろうしなぁ。

  「それとまぁ……」

  やんちゃな顔をして上狼塚は言う。

  「ちょっとあんたを困らせてやろうと思ってな」

  「……」

  「心配しなくても、かず君に対してそういう興味はない。俺が好きなのは、社長だからな」

  少し声を潜めると、強面の虎獣人をちらりと見る狼獣人。

  「社長とは学生時代からの長い付き合いでな。あの人が先輩で、俺が後輩。まあ、あの人ああいう性格だから、ムラムラしたらところかまわずセックスすることはあっても、基本ノンケだ。だから、告白することなんかはなかったんだがよ」

  狼は笑う。

  「だから結局、かず君の母親にとられちまったけどな」

  「そうか」

  「社長はすぐに溜まっちまうから、いくらでも相手をしてくれるし、現状に不満はねえ。でもな、思うんだ。ひょっとして、俺が勇気を出して社長に告白してたら、万が一でもあの人に受け入れられてたかもしれねえって」

  「……」

  「もちろん、駄目だったかもしれねえけどな。でも、チャンスがあったのに挑戦しなかったってのは、このサンダーウルフ、一生の不覚だと思ってる。あいつは、俺がゲイだと知って毛嫌いするような奴でもないし」

  「じゃあ、今からでも……」

  「人のものを取る趣味はねえよ」

  狼は男臭い笑みを見せた。

  「現状には十分すぎるほど満足してる。でも、きっと俺が死ぬときは、それを後悔しながら死ぬんだろうなって思うんだ。……鍼灸師の先生にこんな説教するのもどうかと思うんだが、人の命なんてはかないもんだ。年上とか年下とか関係ねえ。取られて泣きそうになるほど悔しいなら、力尽くでも縋り付いてでも、確保しちまった方がいいぜ。昔の俺はそれが出来なかったから、さ」

  「……」

  「社長から、息子をかわいがってくれるってあんたの話を聞いててな。……俺とあんたは似てる気がしてたんだ。だから、老婆心かもしれねえが忠告させてもらった。同じ血筋の男を好きになったもん同士だからよ。他人から殴られようが嫌われようが、大事な奴はちゃんと自分のものだって主張しないとな。それが、雄ってもんだ」

  じゃあな、と上狼塚は離れていく。

  その言葉は激しく俺の心を揺さぶった。

  新幹線に乗っている間も、童貞奪ってもらったと興奮気味に猪野ちゃんが話す間も、駅からかずと歩いて帰宅する間も。

  「やっと帰ってきたね」

  鍼灸院の前で立ち止まると、かずはこちらを振り返ってにこりと笑った。

  相変わらず不器用なその笑顔。

  夕日に照らされたその姿は、1枚の絵のように俺の目に焼き付いた。

  ……こいつを手放したくない。

  一番、大事な人だから。

  「なあ、かず」

  「なに、ゆうさん?」

  「次の……そうやな。大型連休にでも。……親父さんが帰っているタイミングで、2人でかずの実家に行きたいんや」

  「それはいいけど、なんで?」

  「ちゃんと挨拶したいんや。これまでの事と、これからの事。……かずを俺にくださいって」