AdAd
  
漁業協同組合

  海沿いのボロアパートのドアをバゴンと閉めるとぼくは駆け出した。風は頬をくすぐるほどの柔らかさで、波音からすると海は比較的穏やかなようだ。天気はいいらしい……スマホによると。なんせまだ日の出がまだなので。そろそろカンパチなんかも揚がってくる頃だなあ、楽しみだなあ。まあ、ぼくが直接買うわけじゃないけど。

  ぼくは漁協に入って四時四十三分と表示されたポンコツタイムカード機にカードをつっこむと、更衣室に直行して早速仕事着に着替えた。ぼくは漁協で販売を担当している。漁師さんから手数料をいただいて魚を売りさばく仕事だ。市場の床をピカピカに磨き上げ、生け簀の準備をするとあとは漁船の帰りを待つだけだ。ぼくはしばらく雑務に戻ることになった。

  漁協というのは漁師さんが助け合うためにお金を出してつくる団体で、農作物でいう農協のようなものだ。魚の販売から漁業関係の手伝い、銀行、共済、経営相談に至るまで幅広く漁師さんたちのサポートをするのだ。ぼくはここに入って数ヶ月だけど、先輩については漁師さんたちの船を回って、積み下ろしから生け簀の準備、ちょっとしたお手伝いなどをするのだ。ちなみにぼくのようなしろくまの職員は珍しい。種族として希少なのもあるけど、大抵は海に関わるなら漁師になるくまのほうが多いからのようだ。

  さて、そろそろ漁船の帰港だ。港にそれほど大きいとは言えない漁船がつきはじめると、ぼくは先輩とさっそく魚の選別や出荷準備をはじめた。これは漁師さん自身が行うこともあれば、ぼくたちがサポートすることもあるし、漁協の大小や地域にもよる。この漁協は家族や個人の小さな漁船が多いし、みんなで漁業を盛り立てていこうという空気がある。だから手が空いていたら積極的に手伝いに出るのだ。

  どれどれ……これは小さすぎるな。これはいい感じだ。これは傷が……ポイポイ仕分けしていく先輩とは違って、ぼくは一匹一匹じっくり観ながら選別していく。

  「はっはっ 水科(みずしな)くんはまだ慣れとらへんなあ」

  漁師のクロヒョウおじさんは屈託なく笑う。みんなで選別をして、なんとか出荷準備を終えることができた。

  「おーい。ちょっと手伝ってくれぇ」

  漁港の端の船から野太い声が聞こえる。あれは豊海(とようみ)さんという虎のおじさんだ。丁度手の空いた先輩とぼくが向かうと、魚は入りきらずにぴちぴちと跳ねていた。

  「今日はよう獲れてもてなあ。ワシだけじゃようやらんわ。頼むで」

  ぼくたちがポイポイ仕分けを始めると、おじさんがぼくの横にしゃがんだ。そしてぼくの手際を見て仕方ねえなあと呟くと、それはOK、それはアカンとレクチャーしてくれた。手伝いに来たのに逆に教わってしまったなあ。

  「水科……陽太やったかいな。まあ、あんじょう頑張れや」

  豊海さんは休憩に行ってしまった。こうして何件かお手伝いをして、ぼくらは販売の仕事に戻っていった。

  魚の販売といえば競りのイメージが強いと思うけど、あんなのはマグロなど大きい魚などの話であって、ザバーとたくさん獲れるような小さい魚は生け簀で売ることになる。仲卸業者が大量に買い付けていくのを見るのは気持ちがいい。あれがみんなの食べるお寿司やお刺身になるんだね。

  漁は大体が九時頃に終わり、その後販売に関する諸々の仕事が終わるとお昼休憩になる。

  ぼくたちがもぐもぐごはんをたべていると、豊海さんが入ってきた。

  「よう、今空いてるヤツおれへんか? 今日ぎょうさん獲れたけど、網も結構痛んでな。修繕手伝ってくれるヤツ欲しいねんけど……」

  「今は……水科が空いてるねえ」

  「んあ? あいつ修理なんて出来んのかいな」

  「騙されたと思って連れてってごらんよ」

  ごはんつぶをつけて白米で頬をふくらませたぼくの腕をひっぱると、豊海さんはぼくを船の前に連れて行った。網の穴を見せると、どうや? といかにも最初から諦めたような顔で見られた。

  「これは……こうして……こうして……キュッと。ほら」

  「早ッ! 仕分けはあんな慣れてへんのになんでこないなん上手いんや」

  「親が元漁師だったので、小さい頃おもちゃ代わりにロープワークしてたんです」

  ぼくは手早く全ての穴を塞いだ。豊海さんは見直したという顔で笑っている。

  「がはは、ウチの船に欲しいくらいやな、陽太。ワシのコトは勝久……勝とかでええぞ」

  漁師は朝が早いぶん少し早めの昼食をとって、明日の漁の準備……例えばさっきの網の修理なんかが終わったら仕事は終わりだ。でも今日は勝さんがえらく長いこと別室で職員と話していた。先輩によると、勝さんの船はかなり古いものらしく、お金も貯まってきたから買い換えとローンの相談だろうということだ。良くも悪くも田舎は情報が早い。ふうん。まあそこは職員のぼくにはいかんともしがたい。大変だなあと思いつつも、ぼくは更衣室で私服に着替えて、そろそろ色づきはじめる夕暮れの海を眺めて一服しようかなと漁港の係留場所にぽふりと座った。脚を投げ出すと眼下に広がる海が見える。視界いっぱいに広がるこの景色は海に関わる仕事をしている者にしか見られないものだ。ああ、今日も一日が終わったなあなどと感傷に浸っていると、後ろからドスドスという足音が聞こえてきた。蹴落とされたりしないだろうか。

  よっと、といってどかっと尻を下ろした勝さんは少しお疲れ気味だ。疲れた笑いでお疲れさん、といいながら缶コーヒーを差し出すので、ぼくはつぶオレンジジュースをカチンと当てて乾杯した。お疲れの理由はまあなんとなく察することはできた。十中八九船の資金だろう。案の定、勝さんは漁師は……いや自営業は商売道具買うカネつくるのも大変やなあ、とため息をついた。

  船の大きさとか狙う魚とかいろんな要素によるけど、沿岸漁業の平均年収は二百から三百万円だ。沖合・遠洋漁業となってくると跳ね上がってくるのだけど、人も資金もそれなりのリソースがなければできない。しかも大シケなど悪天候が続いたりすると収入にも大きく影響が出る。そんな資金状況で新しい船などという大きな買い物をするのは難しいけど、圧倒的収入不安定でお金を借りるのも難しい。

  「あーアカンアカン、辛気くさい話はナシや」

  そういうと無理に笑顔を作ってなんとか気分を切り替えた勝さんは、ぼくのことを訊いてきた。ぼくがなんでここにいるかということ。別に大したことじゃないんだ。

  都会は人がたくさんいるからこそ、ひとりひとりが目に入らない。ひとつひとつがどうでもいい。ぼくはいなくてもいいし、ぼくはひとりだ。誰も助けてくれない孤独の中で理不尽な仕事に打ちひしがれて折れてしまって、特に行くところもなかったけど、ふと思い出して父さんのいた海にたどり着いたんだ。

  ぼくはこんなことは話したことがなかったから、思わずまくし立てるようにぼくが都会に合わなかった、都会で暮らすことが辛かった理由をわめいた。

  「……ほうか、都会に馴染まへんでこっちに逃げてきたんやな」

  勝さんはコーヒーをすするとぽつぽつと話し始めた。

  「逃げるのは悪いことやあらへん。サメがおるのに逃げへんアホはおらんやろ」

  勝さんは立ち上がって尻をはらうと、傾いた夕日に照らされてコーヒーを飲み干した。

  「まァ、今やれるコトはやっとかんとな! 偉いさんにカネ貸せ言うといてくれ」

  かっかっと笑いながら勝さんは手を振って帰っていった。ぼくは自分のことと勝さんのことを考えていた。なんでこんなつまんないことをいままでため込んでいたんだろう。なんで誰も言う相手がいなかったんだろう。都会でぼくは本当にひとりだったんだなあと今さらながら思い知った。ここに逃げてきて正解だったと思った。……ああいう人が友達っていうんだろうな、と思った。今までこういう人、いなかったかも知れない。ぼくは少し救われた気持ちで、暗くなるまで夕日を眺めていた。

  またある日ぼくが同じ場所で暗雲立ちこめる海を見ていると、勝さんはまいったなという声で聞いてくれよぉ〜と声をかけてきた。なんでも弟さんが再婚するのでご祝儀やら贈り物やらがいるらしい。たしか色々と目を気にする田舎の場合、ご祝儀って兄弟だと十万円とかだった気がする。十万って……比較的規模の小さいこのあたりの漁師は年収いいところでも二百五十万円とかだろう。ひと月の給料の半分が吹っ飛ぶなんて……いやもちろんおめでたいことではあるのだけど、そのために船が……。

  「そやねん、今のが老朽化しとるから、ダマシダマシ使っててもしょっちゅう痛んで余計カネがかかるねん。そやからぱーっと買い換えてしまお思たんやけどなあ、思い通りにカネ貸してももらえへんし、カネもかかるし……」

  お金のことに関してはもうどうしようもできない。ぼくはせめて水揚げのときと漁具の修理のときは頑張らせてもらいますよ、といって自販機に走り、つぶオレンジジュースを二本買うと一本を勝さんに渡した。

  「あのなァ、ワシにオレンジてお子様……ウマいな、これ。今度からコレにするわ」

  勝さんは少しだけ気が晴れたようで、おおきに、といいながら帰っていった。お金のことというセンシティブなことをぼくに打ち明けてくれたのは嬉しい。特に見栄を大事にする田舎だとこういう話はあまり……ということもあるだろう。……勝さんは隠さない性格な気もするけど。あと漁協で散々カネ貸せと言ってるのだから懐事情は誰の目にも推して知るべしだし。それでもわざわざぼくに話しに来てくれたのは嬉しい。

  「なあ、なんで陽太は漁師にならなんだんや」

  海の仕事を選んだし、ロープワークなんかも出来るし、海を見るのも好きなのにどうして漁協職員になったのかということだろう。

  「泳げへんのか?」

  「ぼく、しろくまですよ。獣人がいくら雑食とはいえ、その気になればアザラシくらいはこう、メコッと」

  「あーやめやめ。……やっぱアレか」

  「……そうです。生きてかなきゃダメですから」

  漁協職員の給料は決して高くない。そりゃ漁師がお金を出しているのに自分たちだけ高給というわけにはいかないだろう。ぼくだと大体二百七十万円くらいだろうか。それでも確実に安定した給料が貰えるし、天気や水揚げの影響を受けないし、船や漁具もいらない。

  「ゼーーーータクやなあ、ワシよりええ生活しとるやんけ」

  「す、すいません、都会の金銭感覚だったもんで」

  「ハハハ嘘やウソや、安定しとるに越したこたあらへん。でも家賃やら安くて案外暮らしやすくて驚いたやろ? せやけど親戚の子も近所の子らもええ生活がしたい言うてみんな都会いきよるでなあ」

  勝さんは、ったくしゃーねえなあ、などとはいいつつも、顔は怒っていなかった。

  「ないものねだりなんやろけどな、悪いことちゃうんや。『もっとええもの探そう』いう気持ちの表れなんやからな。アカンかったらアカンかったで陽太みたいにまた別のことしよるやろ」

  話が途切れるとぼくは自動販売機へ走った。

  「まあ寂しいことは……なんやコレ。つぶぶどうジュースてまたかわいらしい……ええなコレ。買いだめしとこうかな」

  真面目な話が終わると、サメのチンポ見たことあるかとか下世話な話でギャーギャー騒いで解散した。

  そんな奇妙な関係ができてから数ヶ月後。ぼくがいつもどおり販売の準備をしていると、勝さんの船からお呼びがかかる。必要なモノを持って船まで走ると魚を選別する。もうぼくもかなり慣れたものだ。早よなったけどまだまだやなァなどと冷やかしの言葉が飛んでくる。

  「なァ、陽太……仕事終わったらメシ食いに来んか?」

  いつもと較べてやけに挙動不審だ。目を合わせず、なにか露骨にそわそわしている。別によそのおうちにお呼ばれして獲れたてをいただいたりすることはよくあるんだからそんなに緊張しなくてもいいのに。ぼくはふたつ返事でOKして、販売の準備に戻っていった。でも嬉しいな、最初は仕事が遅くて教わったり、漁具直せないだろうなんて目をされたりしていたから、誘われるような関係になれたっていうのは。

  いつもの場所で夕日を見ていると、つぶグレープフルーツジュースをふたつ持った勝さんがニカッとして一本をぼくに差し出した。これは新商品だな。ちなみにつぶシリーズのつぶはかんてんゼリーであって果実ではない。最初に何気なく内容物表示を見たときに騙されたと思ったモノだ。

  つぶシリーズのことはどうでもいい。勝さんは料理期待すんなよとか狭いけどええかとか色々気にしているようだったけど、ぼくは友達の家に遊びに行けるならなんだっていい。友達と食事をして、友達とどうでもいいことを話ながら寝る。お泊まりはそれだけで楽しい。しばらく何気ない会話をした後、つぶグレープフルーツジュースを飲み干していよいよご相伴にあずかることになった。

  勝さんの家は一軒家にしてはこぢんまりとしているけど、ひとりで生活するには広すぎるくらいだった。前はここでご両親と弟さんと生活していたはずだし。掃除は案外ちゃんとされていてパンツが落ちているなんてことはなかったけど、漁業関係のコーナーがある雑誌などが乱雑に散らばっていた。

  「ほんなら今から料理するさかい、ちょっと待ってえな」

  勝さんは男らしい紺色のキュッと締まったエプロンをして厨房に立った。ぼくはテレビをつけて適当に今日の料理とかを見ていた。あ、からあげおいしそうじゃん。……今のタイミングで言うことじゃないな、やめとこう。四十分も経つと勝さんがおいしそうな料理を運んできた。鯛めしやカンパチのカルパッチョ、カツオの竜田揚げ、イワシの味噌汁などがでてきた。ええええ、豪華。しかも取れたて。勝さんって料理うまいんだなあ。

  「はっは、普段からこんなもん食うてへんで? お客さんやさかいな」

  それにしてもこんな立派な魚なんて街で食べたら何千円もするのに原材料費ほぼゼロだもんなあ。過酷な漁師ならではの特権か。ぼくは味噌汁をすする。……ダシが利いていてうまい。鯛めしを口に運ぶ。やわらかい身が崩れていくのを感じる。おいしい!

  「すごいなあ、勝さんも魚もすごい!」

  「がはは、そやろ?」

  食事を楽しみながら楽しい話をたくさんした。やがて腹がくちるとお茶を飲んでまったりとした。何気なく家の中を見渡す。掃除こそしてあるものの庭は荒れ放題だ。漁師なんかやってると庭に構ってるヒマもカネもないもんなあ。仏壇には写真がふたつ並んでいる。勝さんのご年齢からすればご両親だろうな。そういえば弟さんが再婚されたって言っていたから前は四人暮らしだったのかな。そうすると今広い家で一人暮らしなのは……ちょっと寂しいな。ぼくはちょっとセンチメンタルになっていた。勝さんは横になって屁をこいていた。

  もう八時か。遅いわけではないけど漁師や漁協職員にとってはまだ早い時間というわけにはいかない。ぼくらはぱっぱと風呂に入り、ふとんに潜り込んだ。ふたりとも仰向けに寝ている。時々風がガラス窓を揺らす音以外はほとんど何も聞こえない。ぼくらはいつも波音や風音の中だったからつまらない話もできたものだけど、この暗闇の中、静かな中では妙にお互いの存在を意識してしまう。……それにしてもお泊まりで家に誘ったら、ある意味ここからが本番だろう。まくらなげとか。違うか。違うな。なんか下世話な話したり、はたまた真面目な話をしたり、普段言いにくいことを言ったりするんじゃないだろうか。きっと似たようなことを考えていたのだろう、まだ寝息といった感じではない勝さんの呼吸音は、次に何を言おうか、または何を言い出そうか、内容なりタイミングなりを図っているように感じられた。

  「……な、ワシも随分寂しい生活しとるやろ」

  「え、はい……」

  「都会にいたころの陽太と同じや……ここではみんな相手してくれるのが救いやけどな、家帰っても誰も笑っても慰めてもくれへん」

  「……」

  「都会……えらいこことはちゃうんやろな。陽太の言うとおりなんやろな。でも……きっとそれだけやないねん。最後は……最後のほんのちょっとやけど大事なとこだけは、きっとどこにおるとかやないねん」

  「ぼくらは……寂しいのかな」

  「そや。……もし、もしやで? 都会におったとき、ワシみたいなのがおったら、もちっと頑張れたかもとか、そういうの、あらへんか?」

  「それは……」

  「ワシはある。家族はおらんようになるし、船のことも頭が痛い。一人で全部抱え込んどったときに、なんとなく陽太に話しかけたらスーッと楽になった。そこなんや。環境に多少の合う合わんはあっても、最後は人なんや。陽太…………みたいな愚痴のひとつも聞いてくれるやつが横におったら、ワシかてスーツで仕事できたかも知れへん」

  あのとき勝さんが横でぼくのことを笑い飛ばしてくれていたら、か。こころが曇っているときに明るく照らしてくれる人がいたら、か。ぼくは都会でも、大勢の人に飲まれても、自分のことを見失わなかったのかも知れない。

  「そうかも……知れません」

  「なんや漁師と職員のままやな。もうその……と、友達やねんから敬語やめてくれ、カユうてかなわんわ」

  照れくさそうに言うと、勝さんはこっちを向いた。窓の外からのかすかな光が目に反射してこちらを見据えている。ぼくもゴソゴソとゆっくりそちらを見ると、見つめ合った形になる。

  「ここにおっても、もし都会に戻っても、どっかの漁協へ行ってもても、ワシらはもう……と、友達、いうの? とにかく、心だけでも『アイツがきっと思ってくれてる』と思ってたらそのためにガンバれる気がすんねん」

  「分かる気がする。でも、ぼくはどこかにいったりするつもりはないよ」

  「ああ……そうしたら、いつも一緒にいよな……メシ食ったり、アホな話したり」

  ぼくたちはギュッと抱きしめ合うと、なんか猛烈に涙がでてきた。それは勝もそうだった。二人で嗚咽を漏らしながら相手の背中をさすりつづけた。ぼくと勝の孤独はやっとここで終わったんだ。

  数ヶ月後。ぼくはいつものとおり漁港のへりで夕日を見ていると、つぶ……なんだそれ、見たことないぞ。新製品が出たのか……つぶ青汁。自分で別の買ってくるんでそれ一人で飲んでください。——とにかく勝が隣にドッカリ座った。あの夜からぼくらは天気の悪い日や寒い日以外はずっとここで、そうでない日も勝の部屋や屋根の影で話をしていた。そしてあの夜から後は、もっと自分の弱さや言いにくいことも言い合うようになった。

  「な、なあ、もしよかったらなんやけど」

  「……今さら何そんなにキョドってるの?」

  「いやその、家賃? とかもあるやろし? シェアハウスいうやつ? どうや?」

  「……いいかもね。固定費とか食費とか半分ぼくが払えば船も早く買えるだろうし」

  「それに……一緒におれるからな、いつも」

  漁に行けない天気の日と合わせてぼくは勝の家に移り、アパートを引き払った。どこからか聞きつけた漁師連中や職員連中からはお熱いねとかラブラブだねとか夫婦だねとか言われるけど、ぼくたちにはその自覚はあまりにもないというか……あくまで友達だと思っているし、セックスしたりということもない。でもお互いがどう思い合っているかと問われれば、ぼくたちほど真剣にお互いの弱さを共有しあい、お互いを支えたいとの意思を持ち、お互いを信頼し合っている人達もなかなかいないんじゃないのと思う。だからその思いの深さという意味でいえば恋人とも言えるのかも知れない。

  「陽太、そろそろ船買えそうやぞ」

  「えっ、もうお金貯まったの?」

  「自己資金がほんだけあったら融資できる言われてな」

  ぼくらはこれからも関係を深めていくのだろう。それこそ恋人と呼ばれる関係になるのかも知れない。けどそれがそんなに重要なことだと思っていない。もし、もしもっとお互いの弱さや汚さや奥底を知りたいと思ったら……セックスしてこころの中にダイブするのだろう。いつか————

AdAd