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【90分お題:太陽地球月】月に咲く花、太陽に光る花
◆マシュマロからいただいたお題です。「太陽、地球、月」からふたつ以上を使って九十分で書くというものです。詳細は最後に。
* * *
高く、透き通ったオレンジ色の空を見上げながらゆるやかな山道を登る。近頃めっきり冷え込んできたけど、今日は少し暖かいみたいだ。一時間も歩き続けるとさすがに汗ばんできたので窮屈な襟元を少し緩めると、まだ高い場所にある山小屋に向かった。ああ、毎日同じ景色を何時間もかけて登り続けるのは大変だなあ。ポケットからイヤホンを取り出すと、ぼくは静かな曲を流しながら黄色い縞しっぽを揺らし、山道を登り続けた。
ようやく山道を登り切り、振り返ると夕焼けに染まる街が一望できた。日はほとんど沈んでいて空はオレンジと黒のグラデーションになっているから、もう少しすれば夜が訪れるだろう。尾根に続く山小屋の扉を開けると、ぼくは座り込んで水筒の水を飲み干した。
ぶー垂れながら山道を登っているのは別に山登りが好きなわけではない。ここの尾根には夜になると月の光を浴びて光り出す花があるというのだ。珠桂花(しゅけいか)というその花は、あまりにも珍しく、目撃者の話ではぼうっと明滅を繰り返すらしい。その光はまるで蛍のように、しかしもっと白く濡れたように輝いていたそうだ。花屋としてはぜひ、夏から秋にかけてしか咲かないその花を拝みたいし、あわよくばぼくの部屋においておきたい。そんなわけでぼくは夕方店をアルバイトに丸投げして、こうして山道を登っているわけだ。
スコップとビニール袋をガサゴソと探していると、小屋のすみに紙が落ちていた。それは置き手紙のようだった。
『光る花を探しています。珍しい花を見つけても採らないでください』
この人も珠桂花を探しているのだろうか。でも採らないでとは随分勝手じゃないだろうか。ぼくは毎日ここに足を運んでいるけど、ぼくは他に誰とも会ったことがないし、そんなに熱心じゃないんじゃないの。ぼくのほうが熱心に頑張っているんだから、見つけたらぼくが採って部屋に置くんだ。
ぼくは少々憤慨しながら小屋を出た。
尾根伝いに歩くけど、特に光るものは見つからない。うーん、今日もハズレだな。まだ咲いていないんだろうか、それともここにはないんだろうか。落胆して小屋へ帰ろうとしたとき、遠くの方にぼうっとした光があるのが見えた。地面が一段下がったところにあったから見逃していたのか。急いでそこに駆け出した。
すると、そこにはまるで光る蝶の鱗粉をこぼしたような、白い光を放つ花があった。やった、やった! これを採ってビニール袋に入————うん、これはぼくが最初に見つけたんだ。ぼくが採ってもいいんだ。
……でもなにかもやっとしたものが残る。もしこれを採ってしまったら、ぼくは花を見るたびになんだか後ろめたい気持ちになる気がする。この美しさを誰かに見せてあげたいし、発見した嬉しさも味わわせてあげたい。だって一人占めしたら、誰かにこのすばらしい発見を理解してもらえないのだから。そりゃあもちろん最後はぼくが採るつもりだけど、一度くらい手紙の人にも見せてあげたい。
もちろん、手紙の主が利己的な人だったら持っていってしまうかもしれない。だからせめて山小屋に置き手紙をしておこう。結局ぼくはこの発見をここに残したまま山小屋へ戻ると、手紙を書き残した。
『あなたにも見てほしいから花は置いていきます。でも採らないで』
今日も山に登る。花はなくなっていないだろうか。それから手紙の人は花を見られただろうか。山小屋につくと、新しい手紙はないか辺りを探した。あった。
『花はちゃんと見られました。採らずに置いておきます。一緒に見にきませんか。花が光る時間にお待ちしています』
ふふ、この人とは仲間みたいなものだから、この美しさを共有しながらお話でもしたいな。この感じだったら、どっちが採るとか喧嘩になることもないだろう。そんなわけで、今日も花は置いて帰ることにした。
今日、手紙の人はくるだろうか。いつもどおり山小屋に来たけど、それらしい人どころか人っ子一人見つからない。まあ花の場所は分かってるんだから、珠桂花のところにいれば分かるだろう。ぼくはシャベルもビニール袋も持たずに山小屋を出た。
……来ないな。今日は暖かくて空気も澄んでいるのが関係あるのかはわからないけど、珠桂花はいちだんときれいに輝いているのに。空を見上げると煌々と月がぼくと花を照らしていた。ずっとこうしているわけにもいかないので、一旦山小屋に帰って寝ることにした。手紙の人も山小屋を利用しているようだから、来たならすれ違うことはないだろう。
「すいません、あなたが返事をくれた人ですか?」
耳元で優しい声が聞こえた。目を覚ますとしろくまのお兄さんが立っていた。アーガイルチェックのベストに白いシャツを着た、上品な感じの人だ。体を起こして窓を見るとまだ暗い。眠っていたのは二、三時間といったところだろうか。
「あ、はい……」
「もうすぐ夜が明けます。天輪花を見にいきましょう」
「天輪花? あなたが探していたのは珠桂花じゃないんですか?」
「え? 違う花を探していたんですか?」
どうも腑に落ちないまま自己紹介やこれまでの経緯なんかを話した。お兄さんは植物学者なのだという。古い文献を漁っていたら、その天輪花というものを知ったのだそうだ。小屋を出て尾根を歩く。すると山から見える長い地平線が輝き出す。山上の朝霧をやわらかく照らすと、空は少しずつ明るくなっていった。
「天輪花は朝霧に濡れたときに太陽の光を浴びると光るんです。ぜひきみにも見てもらいたい」
お兄さんに案内されるまま尾根を歩くとなにか強い光が見える。
「ほら、これが天輪花です」
花は力強い山吹色を放っていた。朝露の粒がレンズのように太陽の光を散らし、花は花弁だけでなく全身を光らせているかのように美しく花を咲かせていた。
————違う。これは珠桂花だ。毎日この場所に来て見ていたのだから間違えるはずがない。天輪花とは珠桂花のことだったのだろうか?
「……明日、珠桂花を見にきませんか?」
そこにあるはずの天輪花が月に照らされて光るのを見て、お兄さんはぼくがそうだったように動揺を隠せないようだ。
「そうですか……この花は時間とともに色を変える花だったのですね。採ってしまわなくてよかった」
「そうですね。どちらかが採ってしまっていたら、この美しさを誰かと共有することができなかった」
「素晴らしいことというのは、誰かと共有してはじめてそうなるのかも知れませんね」
その夜は二人で並んで座っていろんなことを話した。この花のことだけじゃなく、どうして花屋になったか、学者になったか、とか色々。結局その夜も、ふたりとも花は置いていくことにした。それはもし他の誰かがこの花をみつけたとき、その喜びをまた共有することができるように。
しばらくしたある日、ふと珠桂花はどうなったのだろうと山を登ってみた。誰かがあの花を見ることはできただろうか。
珠桂花があった場所には枯れかけた花が一輪咲いていた。それは花屋のぼくでさえ名も知らない——けれど明らかに雑草の一種だった。
あれから花屋に来てくれるようになったお兄さんにそのことを話すと、少し寂しそうではあったけど、この不思議な花がぼくらをつないでくれたんですねと微笑んだ。
そんな、ちょっと不思議な秋の思い出。
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月は珠桂花、太陽は天輪花。地球はドカンと出てませんが、強いて言えば山です。
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