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下戸にあげるチョコの洋酒には気をつけなければならない
はぁ……昨日の飲み会は最悪だったな。いや、ほとんど飲んでないんだけどさ。開始早々一気コールをされた俺は酒に弱く、飲み会開始から三分後には気分が悪くて隅っこで寝ていた。何が悲しくて参加費まで払って気持ち悪くならなければいけないんだろう。かといってこういうのって断らせてくれないし、研究室の飲み会だからそもそも断りづらいし。
俺は酒に弱い人の中でもかなりひどい方だと思う。奈良漬けやなんかの酒の香りが立ち上るとそれだけでクラクラしてしまう。以前パウンドケーキをもらったので喜んで食べようとしたら、実はブランデーケーキで酷い目に遭ったことがある。さすがに捨てるのも忍びないので研究室に差し入れたらみんな喜んで食べていたけど。
今回一気飲みさせられたのはアルコール度数三パーセントのチューハイをジョッキの五分の一程度だけだったからまだ吐くまでには至らなかった。とはいえ今になっても一向に二日酔いが治らないから、こうして研究室棟の屋上に来てまだ冷たい二月の空気に当たって頭を冷やしている訳だ。
すると屋上の出入り口がカチャリと開く音がする。こんなところに来るのは物好きだけなのに誰だろう。エアコンの室外機や電気設備や配管があってお世辞にも美しい場所とは言えない。遅い昼食でも摂りに来たんだろうか。
俺は慌てて変電設備と書かれた大きな箱の裏に隠れた。咄嗟に隠れてしまったけど、悪い事をしていたわけじゃないんだから別に隠れる必要はないんだけど。しかし次の瞬間隠れてよかったと気づいた。出てきたのは二人組だ。そして前を歩いていた熊がどこかギクシャクしながら立ち止まると、鞄からラッピングされた包みを取りだして牛に差し出した。
「付き合ってくださ」
「ごめんなさい」
あーあ、瞬殺っていうかさ、なんというか牛さんもちょっと酷くない? せめて告白のセリフくらい全部聞いてさ、それで今後も波風を立てないようにこれからも友達として仲良くしようねーなんて熊さんをフォローしつつ、ごめんね気持ちは嬉しかったよくらい言ってあげればいいのにさ。牛がためらいなくスタスタ歩いて階段へと消えていくと、熊は泣き崩れて五分ほど嗚咽を漏らしていた。人の恋愛には興味がないけどさ、今回ばかりは同情するよ。ね、あんな冷たいヤツはむしろ振られてよかったって後から思える日が来るよ。
散々泣いた後、熊はうつむきながら建物内へと戻っていった。俺は同情しつつもどこかホッとして変電設備の裏から出てきた。ふうと小さくため息をつきながら再び外を眺める。
それにしてもあの二人はどういう間柄なんだろうな。サークルつながりとかだったら気まずくなってもまだ辞めるとかすれば何とでもなるけどさ、研究室が同じとかだったら卒業するまでいたたまれないよね。
今の切ないやりとりを見てやっと思い出したけど、そういえば今日はバレンタインデーなんだな、クソみたいな飲み会と二日酔いのせいで忘れていたけど。だったら早くここを離れて帰った方がいいな。なぜならここ数年、バレンタインデーには関わりたくなかったのでいつも逃げるように帰っていたのだ。その理由は——
ガチャリ。再びドアが開く音がする。俺はダッシュで変電設備の裏に隠れる。こっそり覗いていると二人連れだ。ひとりは後輩の——佐々木だったっけ? ウサギの。どこか不安げな表情を浮かべている。そして対称的に後ろでにこやかに笑っているのは——同期の柴犬、柴浦だ。柴浦は高校からの付き合いであり俺とよくつるんでいる。え、まさか佐々木のやつ柴浦に告白とかすんの!? マジ? ……と思ったけど何かブツブツ話合っているしそういう感じでもなさそうだ。
「橙野先輩、居ないですね……」
え!? 佐々木、俺を探してんの? いや大丈夫、こんな分かりにくい場所、室外機を回り込んだ場所にある変電設備の裏に隠れてるなんて気づく訳がないだろう。見つかる気配はなさそうだな。静かに胸をなで下ろすと柴浦がいらないことを言う。
「橙野のヤツ、バレンタインデー苦手なんだよな。だから隠れてるんじゃないか? さっき見たから屋上に来たのは間違いないよ。あいつのことだから、そうだな……配電盤の裏とか、さ」
苦手だって知っときながら何言っちゃってくれてんの!? デリカシーのないあいつのことだから単に面白がってるだけなんだろうけど。柴浦はこちらまで歩いてくると、ニヤニヤしながら変電設備の裏——にいる俺を覗き込んだ。
「橙野、みーっけ」
「もおおおお何面白がってんだよお前はよぉぉぉお!」
「ええー? だってこんなに可愛い後輩の佐々木が『橙野先輩に大切なお話がある』ってわざわざ俺に相談に来てくれたんだぞ? 先輩としては聞かないわけにはいかないじゃんか」
「わーった、わーったよ! 佐々木、聞くって」
俺は佐々木に気づかれないよう小さくため息をついた。佐々木は伏し目がちに柴浦のほうをチラチラ見ている。
「おーっと、俺はお邪魔だったよな。それじゃ佐々木、頑張ってね」
言いたいことを言うだけ言って柴浦は棟内に戻っていった。
「あの……………………」
「ん、おう。どした?」
「えと……あの…………。つ、ええと、その、私と、じゃない、良かったら、違うな……」
「落ちついて」
「わ……………………私に先輩との子供を産ませてください!」
「ぶッ!!」
残念、〇点だ。いやむしろマイナスだろう。それで喜ぶ男は今どきあまりいない。百年以上昔だったらいけたかも知れないけど。いや、言いたいことは分かるよ? 本気で好きだったらその人との遺伝子を残したい的な気持ちはあるだろうし、それに佐々木はウサギだから特別繁殖が重要なファクターなんだろう。でも一般的には重すぎるし正直引く。
何にせよお断りするほかないんだが、それはそれとして真剣に告白しに来てくれたんだから俺も誠実な返事をしない訳にはいかない。
「ごめん」
「どうしてですか!?」
おーっと、ここで理由を訊いてはいけない。そんなの君を恋愛対象と見ていないか、他にもっと好きな人がいるか、訊くべきでないセンシティブな理由があるかしかないじゃん。例えば死ぬかも知れない手術を控えている、とかさ。いや、俺はピンピンしてるけどな、二日酔い以外は。
ただ、理由を訊きたいという気持ちは分かる。こんなにも好きで好きで苦しんで来たのだからあっさりは引き下がれないという訳だ。だからさらに食い下がって、欠点は直しますとか、もっと良くなるよう努力しますとかアピールするのだ。
それにきちんと振られた理由を知ることで、自分の中での決着をつけたいというのはあるだろう。ごめんと言われた時点でもう脈はないと分かっていても、未練を断ち切るため納得できる答えを求めてしまうのは仕方ないのかも知れない。だから俺はそれらしい理由をつけた。
「えーっと、俺大学院に進学しようと思ってて、ランク高い院だから恋愛してる余裕ないし、恋人作っちゃったら身が入らなくなりそうだから……」
「大丈夫です! 私が手伝ってあげますから!」
本当に食い下がるなあ佐々木。論文とか実験をどうやって手伝う気なのかは分からないけど。本とか買ってきてくれるのだろうか。
「じゃあ先輩が受かるまで待ちます! 大学院に行ったら付き合ってください! 私も院目指します!」
おおっと今度は強く出たな。だが俺を理由に人生の判断を変えますというのは絶対に言ってはいけない、重すぎるから。学費もかかるし、受験に失敗したら目も当てられない。もしそんなことがあったら俺だって多少なりとも罪悪感を持つだろうし。俺を理由にするということは、俺に重荷を負わせるということでもあるのだ。
それに万一入学できても理系の院なんて人権がないくらい忙しいところもある。満足に寝食できればまだいい方だろう。恋人なんて作ってるヒマはないし、もしヒマがあったらあったで学費稼ぎにバイトしなきゃならない。
うーん……それにしてもここまでの佐々木は〇点どころかガッツリマイナスだ。いい加減俺の“付き合いたくない”という気持ちを察して欲しいところなのだが。どうしたらいいだろうか。はあ……やっぱりもうストレートに言うしかないんだろうか。
「佐々木」
「はい!」
「あのさ」
「はい……?」
「俺、グイグイ来る子、苦手なんだ」
「ごごごごめんなさい! そうですよねそうですよね、こんなにテンパってたらドン引きですよね! ええと、大人しく慎ましくします! だからお側に置いてください!」
時代劇の旦那さんか俺は。そうじゃないんだって、いい加減引き下がってほしい。ああ嫌だなあ、これだからバレンタインデーって嫌なんだ。俺は穏便に済ませようとしてるのに、振ったら勝手にひどいヤツだって尾ひればかりついて悪者扱いされる。
「あー……っと……。傷つけるから黙ってたんだけど、俺今気になっ」
「誰ですかその人! 大丈夫です、私その人よりもちゃんとしますから!」
あーあーダメダメ。本人が気になってる人を“よりも”なんて言っちゃ。相手の好きなものをディスるのは印象が最悪だ。いや、これを使うか。
「俺が好きなものをディスる人とは関わりたくない」
佐々木はそれでもガンガン食い下がってくる。ああもうイヤだ、しんどい。仮にも俺に好意を持ってくれた相手だから穏便に済ませたいところだったけど、ここまで俺の気持ちを汲んでくれないのなら何で俺が我慢しなけりゃいかんのだと思う訳だ。もう遠慮する必要もないだろう。
「帰って」
佐々木ははっとした後ギャン泣きして、持っていたきれいな箱を俺に投げつけ、そのまま棟内へ走っていった。あーあ、後味最悪だろ……。
佐々木が走り去ると、柴浦が再び屋上へ戻って来た。案の定やれやれといった表情でこちらを見ていた。
「お前なあ! 俺がバレンタインデー嫌いな理由分かってんだろ!」
「えー。いたいけな後輩の頼みを聞いただけじゃん。スッパリ振ってあげたんだろ?」
「めちゃくちゃこってりだったわ! もう連れてくんなよ!」
これ以上屋上に居てもまた変なのに巻き込まれるだけだし、なにより寒くなってきたので棟内に入った。休憩室に自販機があるから温かい飲み物を飲んで帰ろう。俺と柴浦は休憩室の前で別れた。ソファに寝転びながら、当然今あった痴情のもつれについて考えていた。ああ胸糞悪い。
俺はモテるかモテないかでいったらモテる。バレンタインデーやクリスマスには毎年何度か告白される程度には。見た目で言うならわざとらしくない程度にがっちり締まった体、くっきりとした虎縞、太く長いしっぽ、そして自分で言うのもなんだけど悪くない顔立ちをしている。
持つものの傲慢と言われるかも知れないけど、たくさん告白されるのは同時にたくさん振らなければならないということでもある。振れるだけいいだろというご意見もあろうが、相手を出来るだけ傷つけないように穏便にふるまわなければいけないし、いくら穏便にしようとも最終的には多かれ少なかれ傷つけてしまう。そのことに罪悪感を抱くことも多い。
自分が望む望まざるに関わらず相手を傷つけるしかない状況が果たして喜ばしいとでも言うのだろうか。そういう理由から、俺は高校の途中くらいからはバレンタインデーから出来るだけ遠ざかるようにしているのだ。
誰もいない休憩室でため息をついていると近づいてくる足音が聞こえる。もう講義も終わったのにこんな時間に珍しいな。上半身を起こして足音の方を確かめる。
(み、水野……!?)
出てきたのはしろくまの水野だ。俺と同じ研究室の同期だ。小柄でかわいらしく、屈託なく笑う。俺が今一番気になっている人だ。それを目の当たりにして動揺しているとスマホが振動する。柴浦からだ。
「今もう一人送り込んだから頑張れ。ウヒヒ」
くそッ、俺の気持ちを分かっててもてあそびやがったな。水野が気になってると柴浦に話した事はないけど、俺がいつも水野の方を見ているもんだから全部筒抜けだったらしい。
けどこれは千載一遇のチャンスでもある。あまり話したことのない水野とお近づきになるチャンスだからだ。それに——もし、もしだぞ? 水野の用件が俺にバレンタインデーの何かをプレゼントしてくれるとするならそれは両思いってことじゃないか。一気に親密になれるどころかベッドの中でも密になれる。
本当はドキドキして緊張が隠せないしまだ動揺してるけど、変にテンパってるところを見られるのもイヤだ。ここはあたかも水野には気づいていなかったフリを装い、自然な流れで話しかけよう。
「ふわぁ〜……ぁあ、眠い」
「……!」
「あーあ、よく寝た。……あれ? 水野じゃん。どうしたんだ、こんなとこで」
さも今ちょうど水野に気づいたように振る舞った。おお、俺いい感じじゃーん。めちゃくちゃ自然な流れだ。演劇でもやってみようかな。そんな俺を見た水野は一瞬驚いていたけど、すぐいつも見ている通りの人懐っこい顔で俺に笑いかけた。
「今日バレンタインデーだからチョコ持って来たんだけどさ、せっかくだからみんなに配ろうかなって。柴浦くんに訊いたら君がここに居るって聞いてね」
ふーん、残念。俺にだけ特別なのをあげるからね? とかそういうアレではなさそうだ。まあちょっとでも水野とお近づきになれるならそれだけでも嬉しいかな。二人で横並びに座ると水野のいい匂いが近づく。
「久々にお菓子作ってみたんだけどさ、なんか途中で面白くなってきちゃって。生チョコとチョコパウンドと、あとこっちは小さい型に流し込んで作ったやつ」
へえ、可愛い子が料理やお菓子作り出来るというのはなかなかにポイントが高い。
「じゃあ遠慮なくいただくよ。…………んぐ!?」
「どうかした?」
「い、いや、すげえ美味いよ……」
生チョコにはたっぷり——酒には詳しくないけど洋酒が振りかけてあった。いや、美味いのは本当だし水野の手作りだし最高なのだ、アルコールが入っていること以外は。ジョッキのチューハイを二センチほど飲んだだけで気分が悪くなる俺は、立ち上るアルコールだけでもクラクラする。……いや、お菓子のアルコールは香り付けであってそんなに度数が高いわけではないはずだ。このくらいのアルコールなら何とか耐えられる。
それに憧れの水野がわざわざ作って持ってきてくれたものを食べられないと断って悲しい顔をさせたくない。
「ぼくの家は酒屋だから、父さんがちょっといいラム酒を安く売ってくれたんだ」
なんだと……それじゃあ将来お義父さんにご挨拶に行くとき、まあまあ橙野くんも飲みなさいとか、酒も飲めねえヤツがウチの敷居をまたぐんじゃねえ! とか言われたりするじゃないか。いやそもそも付き合うどころかまだちゃんとした友達にすらなれていないんだけど。
俺は生チョコをいくつか食べるとかばんに突っ込んであった緑茶を一気飲みした。さあ、アルコール野郎はこれで倒したぞ。あとはもう怖くない、水野が作ってくれたお菓子を堪能するのだ。喜んでチョコパウンドに手を伸ばした。
「……ンごふっ!」
「どうしたの!?」
「ごふごふ……いや、ちょっとむせただけ。美味いよ」
「よかったー。このオレンジキュラソーもいいものを使ってるから香りが違うよね」
「あ、ああ……」
くそっ、パウンドケーキに洋酒が染みこませてあったのか。生チョコよりダメージがでかい。考えてみたらスポンジに染みこんだ酒を飲んでるようなもんなんだから、そりゃダイレクトにくる。かといってやはり水野に悲しい思いをさせるわけにはいかない。鼻に香りが流れ込まないように口呼吸で一気にパウンドケーキを飲み込むと再び緑茶で流し込んだ。
「じゃあ最後はこれね」
ふう、あとは型に入れて作った普通のチョコだけだ。ようやくチョコを堪能できる。ひとつ口に放り込むと、俺の歯がいよいよチョコを噛み砕かんとした瞬間に水野が言った。
「そのウィスキーボンボン、自信作なんだ」
そんな声を聞きながら、俺の意識は闇の奥底に沈んでいった。
「——ん? 橙野くん? 橙野くんってば!」
「ん……んあ? 何だ、今どうなった?」
「チョコ食べたら急に倒れちゃって……」
水野は俺にひざまくらをしてくれていた。え? 水野のひざまくら? マジで? 俺死ぬの?
そんなことを言っている場合ではない。水野はとても悲しそうな顔をしている。ここから挽回できるだろうか。とりあえず何か言わなければいけない。
「えっと、ウィスキーが思ったより強かったんでむせただけっていうか」
「じゃあなんで倒れたの」
……まあそう来るわな。でも洋酒のきっちり利いたお菓子を作って持ってきてくれたのに、肝心の俺が酒に弱いというのはなんかすごく悪い気がするし、つまるところ悲しい思いをさせるのはイヤだ。でももう誤魔化しようがないもんな。すると水野のほうから苦笑が聞こえた。
「あーあ、失敗しちゃったな。お酒、好きじゃないんでしょ?」
「……んー、ちょっと苦手かな」
「ウィスキーボンボンでぶっ倒れるなんてちょっとじゃないよ! どうして言ってくれなかったの?」
「え……だってさ、せっかく水野が作ってくれたのに食べられないなんて言えないじゃん」
「そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに。無理って言ってくれたら今度別のものを持って来るだけだしさ」
ああそうか、考えてみたらそうだよな。俺から見たら気になる人から手作りチョコを貰った訳だから過剰に反応して舞い上がったり気を遣ったりしたけど、水野からしてみれば単に研究室仲間にチョコ配ってただけだもんな。何意識して期待してたんだろ、俺。
「今日のお詫びって訳じゃないけど、何か埋め合わせするよ。何がいい?」
「いや、俺は大丈夫だよ。悪いよ」
「だーめ。ぼくが気にするの。正直に言いなさーい」
水野は俺の両頬をひっぱる。こりゃ何か言わないと帰してもらえそうにないな。うーん、モノ買ってもらって金使わせるのもなんか違う気がするしな。……いいや、これなら金も減らないし俺も嬉しい。あとは水野が嫌がらなければ、だけど。
「もうちょっと酔い覚ましにひざまくらしててもらってもいいかな……?」
「えっ? ふふ。いいよ」
「イヤじゃないのか?」
「そりゃ相手は選ぶよ?」
今のはどういう意味だ? 俺にはひざまくらしてもいいってことか? これまでそんなに沢山話したことがあるわけでもない俺に。すると急に今までどことなく固かった空気が緩んだ。水野は苦笑しながらふうと息を吐いてソファーの背にもたれかかる。
「あーあ、もうちょっと上手く渡せるかなって何度も脳内予行演習したんだけどなあ。思い通りに行かないものだねえ」
そう言って水野は俺の体をぐっと引き寄せる。セーターの生地がこころなしかドクンと小刻みに揺れているような気がする。頭に当たる膝が少し落ち着きなく動く。
「でもま、予行演習ではひざまくらまで出来るとは思ってなかったから、結果的にはよかったかな」
そうか、そういうことか、そうなんだな。鈍い俺だけどこの好機を逃がすほどバカじゃない。
「俺も水野がひざまくらしてくれるとは夢にも思ってなかったよ」
びくんと水野の体が揺れる。水野は優しく俺の頭と背中を撫でてくれた。
「なあ、埋め合わせとかじゃなくっていいからさ、今度どこか行かないか?」
「うん、どこがいい?」
「そうだな、チョコでも買いにいくか」
「え、いいの?」
「酒が入ってなきゃ俺チョコは好きなんだよ。さっき美味いと思ったのは本当だぞ」
「ふふ、嬉しいな」
一気に緊張とか遠慮とかが解けた俺たちは、これまでお互いをどう思っていたのかとか、これからどうしたいなんてことを話していた。すると水野は思い出したように鞄から箱を取り出した。綺麗にラッピングされているけど誰かに貰ったのだろうか。
「これ、柴浦くんがくれたんだけど……一緒に食べようか」
水野はリボンとラッピングを丁寧に外す。まてまて、イヤな予感がする。一番仲のいい俺にも何もくれないアイツが、あまり関わりのない水野にプレゼントする理由が思いつかない。そもそもアイツはバレンタインデーになんか興味がなさそうだし、板チョコくらいならともかくこんな丁寧なプレゼントをするはずがない。俺が柴浦の企みについて頭を高速回転させている間に、無邪気な水野は包装を全て外して中の箱を取り出した。
「綺麗な箱だね。デパート? にしてはブランドとか書いてないなあ」
「箱のサイズ的にアソートチョコとかか?」
「そうだね、お酒が入ってないやつなら一緒に食べられるんだけど」
水野が箱を開けると——
「…………これ、どこで売ってたんだろう」
「…………」
俺たちが呆然としていると、水野がプレゼントを開けるところを待ち構えていたのだろう、つまり出歯亀していたのであろう柴浦がニヤニヤしながらこちらにやってきた。
「ははは、気に入ってくれた? 俺のプレゼント。おもしろ雑貨の店で買ったんだけど」
「コレ、どうしろって言うんだよ」
「え? いいじゃん、お相手とお使いになられては如何ですかね」
俺の顔が火照る。きっと水野もそうだろう、顔が少し引きつっている。今水野の手の中にある小箱の中には……お洒落なコンドームギフトが入っていた。
「ど、どうしよう橙野くん。一緒に使う?」
「ばばばバカッ!」
「おおっ? 橙野よかったなあ。好きな人はヤル気満々みたいだぞ」
水野は動揺してると同時に、もうそういうコトする気満々だ。俺も嬉しいけどそういうのは柴浦が帰ってから二人の時に言ってくれ。
「水野もお前の方ばっか見てたしさ、絶対上手くいくと思ってな。使うだろ? それ」
「ハメられた……」
「なんだよ、背中押してやっただけだろ。たまには良いバレンタインも味わえて良かっただろ」
「……まあな」
「んじゃくっつけてやったのが俺のプレゼントってコトで。ホワイトデーにはなんか奢れよな。じゃ、今度はマジで帰るぞ」
柴浦は手を振って帰っていった。それを見届けた水野はさっきよりも俺のほうにくっついて笑う。
「柴浦くんいい人だね」
「半分は遊んでただけだと思うけどな」
「それで……コレ、使う?」
バレンタインデーから一週間。講義が早く終わった俺は、弁当や生活物資をカゴに入れてコンビニのレジに並んでいた。後ろから肩をつつかれると柴浦が並んでいる。
「……あのさ、俺コンドームあげたよな?」
「ん、ああ」
「あれ、十八個入りだったと思うんだが……」
「そうだな」
「……また追加で買うってことは、まさかもう使い切ったのか?」
「うぐ」
なんと言い訳しようかと考えたけど、実際消費してしまったのだからしょうがない。毎日二個以上使ってたんだからそりゃなくなりもする。あたふたしているとコンビニのドアが開き、しろくまが無邪気な顔で駆け寄ってきた。
「柴浦くん、こんにちは! あ、ゴム買っといたよ」
「バカ!」
「似たもの夫婦だな」
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