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ペットOKのアパートに引っ越したからハムスターでも飼おうかなあ、などと余計なことを友人に言ってしまったのが運の尽き。「旅行に行きたいから三日間ねこを預かってくれ」などと言われてしまった。なんでも動物がいると長期間家を空けることができないから、かれこれ数年間旅行をしていないらしい。動物を預かるくらいならぼくもすごくいいことをしている気がするし、なによりぼくも実際にハムスターを買う前にお試しで動物を飼うことができる。いざ飼ってからやっぱりイメージが違いましたというのが一番不幸だからね。それにハムスターより大きいねこの世話がちゃんとできたら、ハムスターを飼うこともできるだろう。そんなわけで、ぼくはふたつ返事でねこを預かることを承諾した。
トイレや砂やケージやエサその他いろいろはすでに用意してくれている、というか必要なものだけでこんなにあるのか。ガッデム! ぼくのただでさえ狭いアパートのダイニングが全部ねこ様に占領されてしまったよ!
友人にはあらかじめねこの世話をする上でやることを聞いておいた。ねこの飼育は比較的簡単らしい。エサをあげて、トイレの始末をしてあげればいいのだ。散歩なんかいらないし、犬ほど遊んであげなくても自分で遊んだりするらしい。たまにすり寄ってきたときにねこじゃらしなんかを振って、時々おなかをなでてやれば良いのだ。実際にはもっと色々なコミュニケーションを取れるらしいけど、この三日間はとりあえずそれだけしておいてくれとのことだ。
友人は参考までにと『はじめてのねこの飼い方』という本を置いていった。ハハハやだなあ、ぼくだってさっき言われたことくらい出来るのに。などと意気込んでいたらねこがうんこをした。狭い部屋にうんこのにおいが充満する。ぼくはえずきながら窓を開けて換気扇を最大にした。うん、まあ、なかなかの臭さだ。想像していたよりも数倍臭い。猫砂に『抗菌・消臭』と書いてあったからほとんど無臭なのだろうとナメてかかっていた。ぼくは三日間この臭さに耐えなければいけないのだろうかと思うと、さっそく絶望感につつまれた。友人に電話してここまでとは聞いてないと抗議すると、三日間ほどあれば慣れるから、などとのたまった。ジーザス! ぼくが預かるのは三日間だよ! ねこを返すまでこのにおいに慣れないってこと!? ぼくは息を止めながら、猫砂でかたまったうんこをスコップですくい袋にいれた。
ねこのごはんの時間だ。『はじめてのねこの飼い方』に載っている量のねこのえさを計量カップですくって皿に入れてやった。動物動画のワンちゃんみたいにわーっと寄ってきて、かわいくムシャムシャ食べるのかな? ……としばらく見ていたのだが、全然ケージから出てこない。本を見ると、どうも知らない人に見られていると食べにくいらしい。ぼくはわざと部屋から出るふりをして、廊下からこっそり観察してみた。するとねこがケージから顔を出して、カリカリとエサを食べ始めた。かぁわいいいい! エサ、遊び、寝ているところ、これが動物を飼う醍醐味だといったら過言かも知れないけどまあそこそこを占めているだろう。多少はうんこが好きな人もいるかもしれないけど。
……まてよ。聞いている話によると、このねこは一日三回エサを食べるらしい。早朝、夕方、深夜。そしてこのねこはぼくの前ではエサを食べない。ということはその度にぼくは家から出るふりをしないと、このねこは絶食状態になってしまうのでは? そのために深夜にも起きないといけないなんて、睡眠時間が削れるじゃない!
寝る時間になった。今日はきっとベッドでねこと寝たり、ねこと遊べるサービスタイムがあるのかと思ったけど、ねこはまだぼくを警戒しているらしく一日ただのエサとうんこ係で終わってしまった。ままならないものだね、動物というものは。あと二日間慣れない世話をする思うと少し気疲れするけれど、今日一日無事に小さな命を守れてよかった、という思いもある。疲れと安堵からか、ぼくはすぐに眠りについた。
にゃー。ニャァァア。フニャアア!
目を覚ますと二時だ。昼間はニャアとも鳴かなかったクセに超アクティブだ。眠い目をこすりながら本をめくる。……なになに、ねこは知らない環境に行くなどしてストレスを感じると夜鳴きすることがあります。うーん、今すぐ何らかの対策をするのは難しそうだ。環境はいかんともしがたいし、なでてやれるほどぼくに懐いていないし。かといって放っておいてはご近所迷惑になって最悪アパートを追い出される。結局ぼくは気をそらしてやるために、こっちを見向きもしないねこに三時間話しかけつづけたのだった。
*
仕事。眠い。
ふらふらになって家に帰ると、だらしなく腹を見せて寝ていたねこが目が合った瞬間ケージに逃げ込んだ。こうしてご主人様、じゃないけどぼくのいない間にくつろいでいるわけだな、けしからん。それよりなかなかのかぐわしい臭いがする。ぼくはスコップと袋を持つと、昨日より手際よくうんこをまとめた。昨日はさんざんえずいていたけど、確かに言われたとおり昨日より慣れて、臭いなあ程度で済んでいる。
さて、気になるのが夜鳴きだ。友人と本によると、ずっと夜鳴きしつづけるねこはほとんどいないらしくて、基本的にはしばらくすれば収まるらしい。だったら今日は昨日よりましかも知れない。それに今日は睡眠不足だ。爆睡して夜鳴きなど気にならないかも知れない。思った通り、ぼくはベッドに横になるとすぐに意識が溶けていった。
… … … ツン! と鼻孔を暴力的な臭いが刺す。
時計を見ると四時だ。どうやら夜鳴きは収まったか、ぼくが爆睡していたかでとにかく睡眠はとれていたようだ。じゃあどうして起きたかって、うんこが臭いからだよ! それにしても昨日の朝にもうんこはしていたけど、ここまでひどくなかったはずだ。爆睡から醒めるほどのこの激臭はなんだろう。ねこトイレを見ると、いつもだったらだんご状になっているうんこが、こう、好きな人には申し訳ないのだけど、チョコレートフォンデュ状というか、すなわちゲリっぽいのだ。猫砂が巻き付かず液体の表面が露出している。道理で砂の消臭効果がないわけだ。
とにかくぼくは急いでうんこセットを手に取ったのだけど、かたまりじゃないのでスコップに……いやあまり考えたくはない。結論から申しますと、ねこトイレが汚れてしまったのである。
とりあえず砂を替えてみたけどなんかくさい。トイレのパーツの隙間にソレが付着しているようで、これは洗わないとだめだ。砂を全部捨て、トイレをバラして風呂場に行くと、順番にうんこを洗い落としていった——
朝四時にねこのうんこを洗うというのはなかなか辛いものがある。これまで自由な一人暮らしを謳歌していたところに、突然やってきた言葉の通じない、しかもまだ気持ちも通っていない同居人と暮らすのはなかなか大変だ。打ち解けるまでは時間がかかるというものである。トイレを乾かして元に戻すと、ぼくはまた泥のように眠った。
*
仕事。だるい。
夜鳴きもましになったし、うんこも固くなって、昨日よりは余裕ができた。いつでも出られるようにとケージをあけたままベッドでおやつを食べていると、突然ふわふわとした感触がした。驚いたことに、ねこがぼくにすり寄っているのだ。そういえばねこはきちんとトイレやエサの世話をしてくれる人が分かっているらしい。それに環境にも慣れてきたのだろう。ああ、これがねこのかわいさなのだなあ。一生懸命振り回されてきた甲斐があったよ。などと感動していたらねこはくるっと反転して、ぼくの至近距離で屁をこいて逃げていった。なんか粉末が飛んでいた気がするけど、おやつを食べていたからぼくの口の中なんでもない。顔を洗って歯を磨いてこよう。今何もなかった。いいね?
*
ようやくねこに振り回されず自分のペースで生活できるようになったところで、ねこは友人のもとへ帰ることになった。ああ、せっかく少しずつだけど懐いてくれたのになあ。最初は振り回されっぱなしだった世話にも少しずつ慣れてきたのになあ。少し寂しくなったけど、ねこは友人のところが一番いいんだからね。ほらあんなに楽しそうにしている。飼い主の腕にうんこを漏らすのは楽しかったり懐いたりしているからなのかバカにしているからなのかは知らないけど、とりあえずアパートの前でうんこを漏らすのはやめていただきたい。大家さんに知れたら怒られるし。
ねこは比較的買いやすい動物だというし、実際ぼくもこの三日間でかなり慣れてきた。とはいえ、それでも単身で会社に勤めながら動物の世話をするのは簡単なことではないね。ハムスターはどうだろう。カメなんかは本当に飼いやすそうだ。鳥類はどうだろう? インコとか。
*
次の休日、ぼくはペットショップへ向かった。ショーケースを見ると先日のねことそっくりなねこがいる。ぼくが動揺していると、ねこをお探しですかと店員さんが声をかけてきた。もうあのねこのことは振り切ろう。それよりも先日の経験から、もう少し飼いやすいものにしたいものだ。すると店員さんからうさぎをおすすめされた。でもうさぎって小学校のころ学校で飼っていて、うんこばっかりしていた記憶しかない。世話があまりいらないほうがいいというと、カメを提案された。なるほどカメを見ているのも癒やされるかも知れない。でももう少しコミュニケーションがとれるのがいいなあ。
困った店員さんは少し考えた後、胸からショップカードを出して、うちの提携店なんですがと渡してくれた。
「ぬいぐるみショップ ふもふも」
アザラシのぬいぐるみを買って帰った。
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