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ハロウィンに外に出てはいけない

  最近は執筆活動がはかどっている。一日に何時間も、休みの日に至っては寝る間も惜しんでパソコンに向かっている。当然食事をする時間ももったいないわけだから、フードデリバリーサービスに頼り切りになる。風呂に入る時間も出来るだけ短くしたいからカラスの行水で、目を閉じて頭を洗いながら小説のプロットを考えている。すると毛皮を洗い流した後で、毛皮がやけに緑色なことに気づいた。あれ、今確かに体を洗ったよね。どうして落ちないんだろう。こすっても落ちそうにない。

  今までなかったことだしこのままにしておくのも怖いので、一応病院に行った。先生は開口一番「コケですね」と言った。へえ、獣人のしろくまにもコケって生えるんだね、野生のしろくまには生えるというけど。感心している場合ではない。コケでもなんでもいいから、対策を教えてほしい。すると先生は一言。

  「動いてください」

  なるほど、仕事と小説でずっと座っているから、ぼくが運いているのは実質通退勤時間だけというわけだね。つまり動かなすぎて苔むしているわけだ。もう少し社会に寄り添った生活をすべきかも知れない。

  *

  もうすぐハロウィンだ。ぼくはハロウィンが何のイベントか知らないので、勝手にかぼちゃの収穫祭か何かだと思っているのだけど、何にせよお祭りごとは楽しいものだ。最近はネットニュースでも、都会の街を埋め尽くすほどの人々がお化けの仮装をして出歩いている写真を掲載している。こんなに盛り上がっているからには、よほど楽しいイベントに違いない。

  ああそうそう、ハロウィンについてひとつだけ知っていることがある。確かハロウィンはお菓子をもらえるイベントなんだよね。なんだったかな、「おかしをあげるからいたずらさせて」かな? とにかくお菓子を持っている人に今の呪文を唱えれば、チョコやキャンディをしこたまもらえるわけだ。ティッシュ配りみたいに表情を変えたら何度かもらえるということはないだろうか。

  参加するだけでおかしがもらえるのなら、このイベントに参加するのはやぶさかでない。ぼくは中心街にある広場のハロウィンパーティに行こう——としたら、ポストに回覧板が入っていることに気づいた。

  『町内ハロウィンパーティのお知らせ 湯川……お菓子の買い出し(費用は後日精算)』

  ジーザス! ぼくはお菓子をあげる側なの? リターンなしでおかしをあげるなんて、ぼくに何の得もないじゃない! 大体、こどもなんてあめ玉一個で満足するじゃない!

  そもそもぼくは中心街で行われる、数千人が街を闊歩するイベントに参加したいのに、どうしてお金を払ってまでよそのこどもの面倒を見なくてはいけないのだろうか。それにこのご近所のこどもといえば、クソガ……いや、大変性格のよろしい子たちばっかりなのだ。

  回覧板をよく読んだら、下の方に「仮装道具の費用は各自払い」と書いてある。ちくしょう! 元々中心街のハロウィンイベントには行くつもりだったから、どちらにせよ仮装衣装は買う予定ではあった。けれど中心街のそれはそれは楽しい大規模なパーティのためにお金を払うからこそ懐が痛まないのであって、生意気なこども数人しかいない寂れた町内会のために、なんのリターンも得られない数千円を捻出するとなると、懐が痛くて仕方がない。

  しぶしぶパーティグッズを買いに行き、かぼちゃヘッドと黒いローブと、あと飾り付けなどを購入した。……このかぼちゃヘッド三千円だって。もろもろ合わせると五千円がこの生産性のない町内イベントによってぼくの懐から消えていくわけだ。その費用で会社までのタクシーに乗ったり、フードデリバリーの費用に充てたりするほうが生産的じゃないだろうか。ぼくはぶつぶつと不満をつぶやきながら、そんなことばかり考えていた。

  *

  ハロウィン当日。ぼくはかごにキャンディやチョコレート——だけじゃなんか悔しいので、ハッカあめやふ菓子や酢昆布など、おおよそこどもがあまりよろこばないものを忍ばせた。大人げないことは重々承知している。

  ローブを着てかぼちゃをかぶり、近所の公園に向かう。すると近所をおまわりさんが通った。おまわりさんを見ると、別に悪いことしてなくても——というより悪いことしないような小心者ほどビクビクしたりするものだ。ぼくは希に見る善人だから、若干ビクつきながら自転車のお巡りさんをすれ違った。

  「きみ、何してるの?」

  サノバビッチ! 見たら分かるだろ! ハロウィンの仮装だよ! これが葬式へ行く格好に見えるのかい! などと憤慨していては話が進まないので、仕方なくかぼちゃをはずした。名前は? 年齢は? 身分証明書は? などとしつこく訊かれ、ちょっぴり注意された上で開放された。なんでもハロウィンに乗じて悪いことをする人がいるから注意しているということらしいんだけど、ぼくみたいな怯えた善人を悪者に仕立て上げるのはひどいじゃない。

  すっかり下がったテンションのまま、集合場所の公園についた。配布役の大人達にキャンディやチョコレート——やハッカあめやふ菓子や酢昆布を渡すと、すごく怒られた。仕方ないのでカボチャ姿でコンビニに走り、チョコレートパイなど個包装のナウくてヤングなおかしを買ってきた。このやろう! こんな高いおかし、ぼくだって滅多に買えないのに!

  やることは簡単だ。区画ごとに担当者が決まっていて、こどものいる家庭に訪問して「トリック・オア・トリート?」と言って、こどもがトリックと言ったらいたずらするフリをしてもう一度呪文を、トリートと言ったらおかしをあげればいいのだ。……最初からおかしをあげればよくない? という疑問が頭をよぎる。でもこれはこどもたちを喜ばせるイベントなんだよ、と自分に言い聞かせた。……ぼく、別にこども好きじゃないんだけどなあ。

  一軒目。熊谷さんのお宅。

  ピンポーン。呼び鈴を鳴らすと、おかあさんに連れられた女の子が出てきた。こどもが好きじゃなくてもこういうシーンは微笑ましいね。ぼくがトリックオア……と言いかけると、こどもがゲーム機の画面を見ながら「おかあさん代わりにもらっといて」だそうだ。おかあさんはすいませんと言いながらも、微妙にお茶菓子になりそうな高そうなおかしだけをチョイスして家に戻っていった。

  なんなのもう、飽食の時代だよ! というかお客さんが来たらゲーム機は切ってちゃんと応対するものだよ! あとおかあさんもおかあさんだよ、何ちゃっかり高いお菓子だけ取ってんの。しかもチョコパイを四つも持っていったけど、余ったらぼくが食べようと思ったのに、あとひとつしかないじゃない!

  ぼくは憤慨しながら次の家に向かった。

  二軒目 尾上さんのお宅。

  呼び鈴を鳴らすと利発そうな男の子が出てきた。今度はまともな子かと思いきや、ぼくを前にして、片手でタブレットを持ちながら、両耳にはたぶんBluetoothのイヤホンをしている。どうも動画サイトを見ていて忙しいらしい。だったら出てこなきゃいいのに。仕方ないのでトリック……と言うぼくを遮って「ああトリートトリート」と言いながら片手でお菓子をむしりとって戻っていった。こっそりハッカあめをしのばせておけばよかった。

  三軒目 虎澤さんのお宅。

  呼び鈴を押すと、なにやらチャラい女の子が三人出てきた。いやもう今の時代、見た目がチャラいとかそんなものは当てにならないことは重々承知なのだけど、彼女たちの場合行動がもう完膚なきまでにチャラい。

  「あー! マジかぼちゃで草」

  「マ?」

  「写真投稿サイトアップしていいッスか?」

  写真を撮られて帰った。ちなみに最後のチョコパイは取られた。

  四軒目 戌亥さんのお宅。

  キャーーーーーーーーーー!!!

  扉が開くなり女性の耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。……あれ? ひょっとして一軒隣と間違えた? それは失礼。でもさ、でもさ、ハロウィンの日にかぼちゃ頭がちょっと家を間違えて来たからって、それはないんじゃない? せいぜい冷静に「こどもさんがいるのはお隣ですよ」って言ってくれればいいじゃんね。そんなことを考えていたらおまわりさんがすごい速さで自転車を漕いでぼくの前に止まった。

  ぼくはかぼちゃをとって、町内会のイベントで訪問する家を一軒間違えただけだというと、おまわりさんは女の人でなくぼくを見て呆れた。よく見たらさっきのお巡りさんだ。どうやらぼくはハロウィンに乗じた変質者だと思われたらしい。ぼくはよくわからないまま三十分ほど説教されて、公園に戻った。

  公園に戻ると配布係の人はみんな戻ってきていた。世間話をしながら、余ったお菓子をどれをどの家が持って帰るのかという争奪戦をしている。ぼくもまだ本部に残っていたチョコパイをもらおうとしたら、湯川さんちはこどもさんいないからいいわよね、といってしょっぱいラムネ菓子を三つ渡された。このやろう! あれだけ苦労して、こどもたちに嫌な思いをさせられて、女の人に変質者扱いされて、あげく同じおまわりさんに二回捕まったぼくの苦労がラムネ三つってひどくない? ……とはいえ、おばさんたちとのお菓子争奪戦では叶いそうにないのでトボトボ家へ帰った。

  ――以上のことから、ハロウィンには外に出てはいけない。おいしいお菓子から取られるわ、お菓子のチョイスに文句つけられるわ、こどもは生意気だわ、変質者扱いされるわ、おまわりに捕まるわ、ろくなことがないからだ。

  というわけでぼくは、帰りにコンビニで買ったハロウィーンフェアのパンやスイーツを食べている。焼き芋とは少し違った味わいでなかなか悪くないものだね。来年からは大人しく家でこれを食べることにするよ。

  ピンポーン

  なんだろう、フードデリバリーサービスは頼んでいないし、この時間に宅配便はこない。来る可能性としたらハロウィンの人くらいだけど。一応インターフォンに出ると、見慣れたしろくまが映っている。彼はワインのビンを掲げてこう言った。

  『ハッピー・ハロウィン』

  少しくらいはいいこともあるもんだね。

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