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アパートに帰ると、ポストにネット通販で買ったパンツが届いていた。ポストを開けてパンツの封筒を取り出し、ついでに不要なチラシを捨てていった。このチラシはいらない。これもいらない。……どうして水道修理屋の広告はマグネットになっているのだろう。ポストの内側に貼り付いて取りにくい。そのくせ冷蔵庫につけると磁力が弱すぎて、ゴミの収集日を記載したA4用紙一枚すら留めておくことができない。
どうやらめぼしいチラシは無……へえ、駅前にドーナツショップができたんだ。どうやら開店記念に福袋や限定ドーナツなど、各種特典があるらしい。このチラシは部屋に持って帰って詳しく見ようね。
ドーナツ福袋とは、通常一個百五十円のドーナツを実質一個百円で交換できるほか、かわいいキャラクターグッズもついてくるらしい。いいじゃない! 三千円の福袋なら、ドーナツ三十個分のチケットに加え、ちょっと豪華なキャラクターグッズが入っているということだ。
これは買うしかない。でもチケットはどのくらい買えばいいのだろう。あんまり大量に買っても、チケットの期限内に食べきれない。チケットの有効期限は一ヶ月だ。三十個なら一日一個だ。
高尚な文筆家であるぼくは、寝食する間も惜しんでずっと官能小説を書いていたい。だから時短のためにフードデリバリーを利用することが多い。でもデリバリーはいかんせん高すぎて、毎日使うと食費がちょっと困ったことになってしまう。だから最近はコンビニに行ってお弁当やお惣菜を買うことも多い。それで一食五〇〇円くらいに食費が収まるといったところだ。
それがどうだろう。一食をドーナツに置き換えれば……そうだね、一食で三個食べるとすれば一食三百円だよ! しかも元々甘味だから、食後に別途デザートを食べようかな? という気分にならずにすむ。三食をドーナツに置き換えれば一日の食費は九百円になる。これは経済的だね!
そんなわけで、ぼくはさっそくドーナツ屋に来た。さっそく一ヶ月・三食分、つまり九十個分の福袋を買——まてよ。ぼくは食事して満足なわけではない。健康かつ平均的な成人男性にはおやつの時間というものが必要だ。ごはんの他に、おやつとしてもドーナツが必要ではないだろうか。そうだね、一日三個くらい。
というわけでぼくはカウンターのお姉さんに三千円で三十個分の福袋を四個、つまりドーナツ百二十個分の券を注文した。
めずらしくぼくにしてはいい買い物をした。これでだいぶ食費が助かる。それにフードデリバリーの牛丼にはそろそろ飽きてきたけど、ドーナツは何十種類もあるからしばらくは飽きなそうだね。チケットを買うついでにちゃんといくらかドーナツに引き換えてきた。
かわいいキャラクターグッズもついてきた。福袋四個だからグッズも四個だ。ええと、チラシによると、ランダムにカレンダー、ブランケット、ドーナツボックスのどれかが入っているはずだ。ドーナツボックスというのはドーナツ専用のお弁当箱のようなものらしい。グッズ写真にはかわいいデザインのケースが載っている。これはいいね! ぼくはドーナツをおやつにもお弁当にもするから、これに入れて会社に持っていけばいいのだ。
せっかくだからどのグッズもひとつずつは欲しい。ブランケットは洗濯のことを考えるとふたつ以上あってもいいかな。まあ三種類なのだから確率的にはひとつずつくらいになるだろう。
わくわくしながらふくろを開ける。まずはドーナツボックスが出てきた。やっぱりひとつは欲しいよね。次は……ドーナツボックスが出てきた。次は————
結果:
ブランケット…………〇個
ドーナツボックス……四個
カレンダー……………〇個
ガッデム! ぼくの欲しかったブランケットがひとつも出なかったよ! そしてなによりドーナツボックス四個だよ! 同じデザインの弁当箱四個ってどうすればいいんだよ! ふたつくらいならまあ、洗って使いまわすのに便利だろうけど、四個はさすがにいらない。ドーナツボックスは誰かにあげたいところだけど、ぼくに友達はあまりいない。しかたない、ドーナツボックスのひとつは消しゴムコレクション入れにでも使おうかな。
さて、グッズに関してはちょっと残念な結果に終わってしまったけど、あくまでメインはドーナツだ。さっそく今日の昼食のかわりに三個食べることにしよう。今日のドーナツはスタンダードなオールドファッション、ちょっとクリームが入っておいしいフレンチクルーラー、そしてストロベリーチョコのかかったドーナツだ。……うん、おなかが空いているときに甘いものはやっぱりいいね。ぼくにしてはなかなかいい買い物をしたかも知れない。
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今日は職場にドーナツを持って来た。三時くらいにおやつにドーナツを食べようとして、食事とは別にドーナツボックスに入れて持って来たのだ。いざふたを開けて食べよう——とすると、あら湯川くん美味しそうなもの持ってるじゃないの、とか言うお局に全部かっさらわれた。普通三個しかなかったらひとつもらうのさえ遠慮するだろ! とはいえお局に逆らうことは難しい。ぼくはドーナツをふたつしか食べられないまま、しぶしぶ仕事に戻った。
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まさかこんなところでドーナツボックスが役に立つとは思わなかった。ひとりで食べようとすると盗られるのなら、最初からみんなに配る前提で持って来ればいいのだ。三つのボックスにドーナツを詰め込んできたドーナツを部署内に配ると、いつもはぼくに厳しい課長も顔をほころばせる。これで査定も少しは上がっただろうか。作戦は上手くいき、この日はなんとかおやつにありつくことが出来た。二日分のおやつを余計に浪費してしまったけど。
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うーん、そろそろ新しい味のドーナツは発売しないだろうか。……いや、きっとそういうことじゃないんだよな。たくさんの種類のドーナツがあるのは確かなのだけれど、ほら、こういうのって生地の作り方とかは基本的に同じなわけじゃない。だからトッピングの味が異なっても、基本的に同じ味の上にいろんなものがまぶしてあるわけで、何となくその店の味を食べているという感覚があるのだ。例えば大好きな行きつけのラーメン屋にて、今日はラーメン醤油味、翌日は味噌味……と毎日食べていたら、いくらおいしくてもさすがに毎日はいいかな、となるだろう。
それにぼくは百八十個分のチケットを買ってしまったから、三十日以内に全部食べ切らないと期限切れになってしまうのだ。ええと、残りは……ジーザス! あと百八個もあるじゃない!
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職場にも出来るだけたくさんのドーナツを持っていくようにしたけど、さすがに毎日同じドーナツなものだから「別のものが食べたい」「飽きてきた」「査定下げるぞ」の嵐だ。ていうか最後のは理不尽じゃない?
焼肉が食べたい。
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ドーナツショップに行く途中、駅前で青いくまさんが似顔絵描きをしているのを見つけた。なるほど今日はこの駅でやっているというわけか。……ふむ。くまさんに見つからないようにこっそりドーナツショップに入ると、ドーナツを三〇個引き換え、これ差し入れですといって押しつけて家に帰った。一食十個ずつ食べれば当日中に消化できるので頑張ってください。
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結局残った十三日分のドーナツを毎日泣きながら平らげて、ようやくひと月間のドーナツ地獄は幕を閉じた。もちろんチケットを捨てるという手もなくはなかった。でも金額的にそこそこの額になるじゃん? そして捨てたらまた普段通りの食費がかかるじゃん? 食費を安く済ますためにドーナツチケットを買ったのに、食費が二倍になってはこれまでの苦労が水の泡だ。……ここまでの苦労をするのと、お金を失うのとどちらがマシだったかは考えてはいけない。
安さに釣られてドーナツを大量に買い込んではいけない。まして毎日三食をドーナツに置き換えるなどと無謀なことを考えてはいけない。ドーナツのデザートにドーナツはもっとやってはいけない。別にドーナツだからいけないというわけではなくて、同じブランドのカップラーメンとか、同じ店のお惣菜とかもNGだ。ああ、今はガンガンに辛口のたれをつけた焼肉が食べたい。ああ、ぼくはダイエット中だからそんなカロリーの高いものを食べるのはよくないか――
……まてよ。安さに釣られて全然気にしてなかったけど、そもそもドーナツのカロリーってどれくらいなんだろう。ドーナツチェーンのホームページを開く。三個で五百キロカロリーくらいだ。おやつを加味すると一食あたり八百キロカロリーだ。ぼくの一日の基礎代謝狼を調べてみる。……まあ、そうだね。何キロカロリーかとは言わないけど、とりあえず見たくはなかったと後悔したくらいだ。そういえば最近ドテにかゆみがあるような気がする。これはパンツがXLからXXLへとサイズアップし、キツくなったときと同じ現象だ。体重計に乗ってみた。……まあ、今日からドーナツはやめるから大丈夫だろう。
今日くらいはドーナツとはコロッと違うテイストの、ちょっと豪華なものが食べたい。釜飯とか、鯖の味噌煮とか、カルパッチョとか。そんなことを考えてよだれを垂らしていると玄関のチャイムが鳴った。引っ越す前のアパートにいたドリアンヒグマと似ている。毛皮の色が少し明るくて、それ以外はそっくりだ。いやな予感がする。
「すいません、くさや焼きすぎちゃって……」
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