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大晦日。今年がもうすぐ終わろうとしているよ。今年もロクなことがなかったけど、なすびが食べられるようになったし、似顔絵描きさんともお近づきになれた。臭いものを持って来るドリアンヒグマと出会って良かったかどうかは一考の余地があるけど。パンツのサイズがワンサイズ上がったことに関しては触れないでおきたい。
今年こそはちゃんと大掃除をしなければならない。この部屋は最近引っ越したばかりだからまだそれほど汚くはないけど、何年も掃除をサボっていた前の部屋から引っ越した時は大惨事だった。ホコリも貼り付いていたし、水場は水垢がこびりついていたしで散々だったものだ。
高尚な文筆家たるぼくとしては掃除をする時間をも惜しんで官能小説を書きたいものだけど、さすがに引っ越しの際泣きながらゴミ袋をくくったことを思い出すと危機感がないわけでもないのだ。
とりあえず洗濯をしようね。それは普段からやっておくべきところではあるんだけど、だって小説を書いていたら家事するのめんどうくさいんだもん。ともかく大量のタオルとシャツとパンツを洗濯機へ放り込んだ。
洗濯している間にごみ捨てを済ませておこう。まずは要らない服がないか確認する。これはいる、これはいらない……へえ、三年も五年もそのままにしておくと結構着ない服がたまるものだね。ほら、昔お気に入りですごく大事に着ていた服も新しい服を買ったら着なくなったり、貰い物だからなんとなく捨てづらくて結局タンスの肥やしになっていたりするわけだ。
そもそも四季が一周して着なかったものはたぶんこの先もずっと着ることはないのだ。それに襟が黄色を通り越して茶色くなっていてもう着られない。そんなわけでよれたTシャツや襟付きシャツを十枚ほどゴミ袋に放り込んだ。
そうこうしているうちにピーピーと電子音がする。洗濯が終わったみたいだね。これで昨日みたいにタオルを切らしてしまい、しぶしぶ洗濯かごにあった汗臭いTシャツで体を拭かなくて済む。服をハンガーにかけて吊るし、浴室乾燥のスイッチを入れた。洗濯かごもスッキリ空になったし、これで清々しい気分で新年を迎えられるというものだ。
ついでに洗濯洗剤を詰め替えておこうと、洗濯機のわきに置いておいた詰め替え用ボトルを手に取……洗濯機の下に布きれが挟まっている。なんだろう、あれは。靴下かな? 片方だけ無くなることってよくあるもんね。まてよ、ひょっとしたら無くしたと思っていたお気に入りのハンドタオルかも知れない。割り箸を使って回収する。……パンツだ。ジーザス! お気に入りのパンツがホコリまみれになってしまったよ!
悔やんでも仕方がない。カビが生えたりしていないだけマシだ。パンツについてはシーツを洗うときにでも一緒に洗濯しよう。気を取り直して段ボールを畳んだり普通ごみをまとめたりするとダイニングはすっかりきれいになった。
きれいなダイニングに気分を良くしたぼくは、アイスでも食べて休憩しようと居室の扉を開けた。足の踏み場がない部屋がそこにはあった。きれいに片付いたダイニングを見てから改めて見るとなかなか凄まじいものだね。ずっとここで小説に没頭していたから気づかなかったよ。
空のペットボトルやいらない郵便物を捨てた。なるほど、こういった散らかりやすいものをまとめていくだけでも随分きれいになるものだね。おや、この封筒はなんだろう。いやな予感がする。まだ開封してすらいないそれを開けるとお役所からの手紙だった。
『住民税払込用紙 支払期限十一月末』
ガッデム! 一ヶ月過ぎてるよ! 確かこういうものは期限が過ぎたら用紙が使えなくなるはずだから、一度役所に行って怒られてこなければならない。しかももう今年は役所の窓口が開いていない。支払えるのは一月になるけど大丈夫だろうか。
今考えても仕方ない。この封筒は忘れないようにベッドサイドにでも置いておこうね。書類はおおかた片付いたから今度はいらない本を仕分けよう。これはいる、これはいらない、これは……うんうん、エッチな同人誌はあとで電子化しよう。
おや、これは? 随分大きな本だ。困ったなあ、こういう大判の本は片付けにくいんだけど——ああ、これは高校の卒業アルバムか。別に普段読み返すことはないのだけど、もし万が一奇跡的にも驚くべきことにまかり間違って同窓会に誘われたりしたときに読み返そうと思って持ってきていたのだった。まあ高校のどころかあらゆる同窓会に一度も誘われたことはないのだけど。ままならないものだね、人生というものは。
以前遠出したときに入った居酒屋で見覚えのある集団を見たことがあるけど、今考えてみればあれは同窓会だったのではないだろうか。気づかなければよかった。
同窓会に呼ばれることがないのであれば、もうこのアルバムを持っている意味はないかも知れない。そもそもぼくはクラスの集合写真を撮る日はゲリで欠席してしまったから写っていないのだ。他人の写真集なんか見て何が楽しいのだろう。
ああでもその年流行ったもののページを見るのはちょっと楽しいかも知れない。昔はこんなもの載せなくてもいいのになあと思っていたけど、大人になってから改めて見ると懐かしいものだ。……ああ、こんなギャグ流行ったなあ。この曲もヒットした。青春時代の音楽は今でも案外口ずさめるものだね。流行したマンガも載っている。そういえば段ボールに入れたままなんとなく捨てずに持って来たマンガを持っているはずだ。親元を離れてからずっと開けていないから、かれこれ……年は読んでいない。さっそくクローゼットの奥からくたびれた段ボールの箱を引っぱり出した。
次々マンガを取り出すと懐かしい表紙を見るたびにいろんな記憶が蘇る。そういえばキャラクターごっこ遊びなんかしたね、エネルギーを貯めたり、魔法を使ったり、バリア張ったから効かない! とか言ったり。あの頃はバリアと言えばなんでも防げたことになるので、空想上の攻撃はおろか全てのダメージが防げるていになっていたものだ。最終的に掃除当番に指名されたときや授業中に先生に当てられたときにまでバリアと言っていたら殴られた記憶がある。子供の時はなんであんなにアホだったのだろう。
思い出に浸りながら箱からマンガを取り出していくとシリーズマンガが入っていた。ああこれだよ、ぼくが一番好きだったマンガは。ごっそり取り出すと二十巻くらいある。
うんうん、これは能力バトルものの先駆けとも言えるね。お札やなんかを使って敵を倒していく話だ。大ヒットしただけあって能力を発動する仕組みなんかもしっかり説明されていて好感が持てる。主人公が成長していく過程も素晴らしいし、バトルものならではのカタルシスがとても気持ちいい。……ああ、このセリフってこういう意味もあったのか。大人になってから改めて読むと言外の意味も含まれていたことが分かって今でも十分楽しめる。やっぱりいいマンガは時代を超えて愛されるのだ。……うん、面白かった。ぼくは二巻目を手に取った——
いやあ、あっという間に二十巻全部読んでしまった。ああそうだ、掃除の途中でマンガを読みはじめてしまったのだった。とりあえずこのマンガは取っておいて他のものも今度読もう。ふと気づくと外が暗い。ふと時計を確認すると22:43だ。サノバビッチ! 道理でやけにお腹が空いていると思ったよ!
こんなことをしている場合ではない。モタモタして食品配達サービスの注文があまり遅くなると配達時間には日付が変わってしまって、新年最初の食事が配達されたごはんになる。スマホアプリを開いて現在注文可能な店のリストを見る。ふうん、やっぱりそば屋が多いみたいだね。特に食べたいものはないし折角だから年越しそばを食べて一年の終わりを感じるのもやぶさかでない。ぼくは高級そば専門店とかはスルーして近くの定食屋のそばを注文することにした。
メニューを見るとやっぱり年越しそばがオススメになっている。へえ、炊き込みごはんをひとつ頼むともうひとつ付いてくるんだね、それは人気なのも頷ける。配達にかかる時間は四十分だ。やっぱり今日は注文が殺到しているんだね。まあこれくらいなら多少押したところで十分間に合うだろう。注文ボタンを押してぼくは小説の続きでも書いて待つことにした。
そこそこに小説が進んだ、いい感じだね。これなら新年一番に小説投稿サイトにアップできるかも知れない。元日から官能小説を読む人がどれくらいいるものか分からないけど。
するとインターフォンが鳴る。もう着いたのだろうか。ごはんの到着に喜んでいると画面には見慣れたしろくまが映っている。……イベントのたびに来るのはまあいいんだけど、いくら年末はイベントが盛りだくさんだからって来すぎじゃない? まあぼくもヒマなのは確かなんだけど。
玄関を開けると彼はいつものワインではなく日本酒のビンを持っていた。嬉しそうにベッドに座ると年末年始の予定を訊かれた。ぼくは特に何もないし、そばを食べて日付が変わったらコンビニで冷凍食品を買い込もうと思っているくらいのものだけど。
そんなことを伝えると、彼はそれだけじゃ寂しいなあと言いながら持っていたバッグから三重のお重を取り出した。いちばん上のふたを開けると中には豪華なおせちが入っていた。わあ、おいしそうだね。というかこれを食べるということは正月はうちに居座るつもりなのだろうか。さっきお重を取り出すときに歯磨きセットらしきものがちらっと見えたからきっとそのつもりだろう。
「実家には帰らないのかい?」
あーあー。そんな付き合ってもうかなり経ったカップルの彼女側は結婚を意識し始めているのに彼は一向に親に紹介してくれないからといって無理矢理急かすために強引に実家に帰らせる作戦のようなセリフは聞きたくなかった。っていうか実家まで何時間かかると思ってるんだよ、帰っている間に正月が終わるよ! 大体もうチケット取れないし、そもそもお金だってないよ!
一応ネットでチケット代を調べてガックリしているとインターフォンが鳴った。そばを受け取るとホクホクしながら机の上に取り出す。炊き込みごはんはふたつあるのでひとつを彼にやった。日本酒を飲みながら嬉しそうにしている。
食品配送サービスの汁物は大抵容器にぴっちり二重にラップを張ってゴムバンドで止めてある。厳重な包装を外す。麺をぼちゃんと入れる。しろくまはへえ便利なものがあるもんだねと興味津々だ。麺をほぐしてひとくち食べる。……ぬるい。これはレンジで温めるべきだったね、プラ容器だから温めていいのか分からないけど。でももう麺を入れてしまったし、これは我慢して食べるしかない。
炊き込みごはんを食べているしろくまは何やら怪訝な顔をすると日本酒を一気飲みした。明らかに酒で流し込んだように見えるのでぼくもあまり食べたくないんだけど、せっかく頼んだこともあるし口に入れた。……ぺっちょりしてる。あまりおいしくない。ぼくらはすぐに箸を置いた。今年最後の食事がこれとはまったく酷い話だ。ガックリしているとしろくまは笑った。
「いいじゃない、よくないことは今年に置いていけってことさ」
ぼくらは気を取り直すと、まずかったなあと笑いながら日本酒を飲んで談笑した。除夜の鐘が遠くに聞こえ、いよいよ迫る年越しへの期待をふくらませる。
あと一分で今年が終わる。なんとなくタブレットで動画を見るとどこも年末カウントダウンをやっている。五、四、三、二、一……
あけましておめでとう、といって年賀状が差し出された。表には『湯川優大様』と書かれている。裏返すとそれはおそらく郵便局とかコンビニで売っている印刷済みの年賀状だけど、ぼくとは違ってきれいな文字でひとこと添えられていた。
『お年玉ちょうだい 湯川雄大』
双子の兄にお年玉をねだろうとは何を考えているのだろうか。まあ彼の性格上本当にお年玉が欲しいわけではなくて、単に僕の反応が見たいだけだろう。ぼくはホコリを被った茶封筒を出すと、財布の中で一番汚い千円札を一枚入れて渡した。ぼくと全く同じ顔をした弟は嬉しそうにありがとうといってお年玉をかばんにしまった。
「そうだ、おせち食べちゃおうよ」
ぼくらは遅くまでおせちを食べ日本酒を飲んで楽しんだ。そしてもう何年ぶりだろうか、兄弟同じ部屋で眠った。
そんなわけで教訓としては、大掃除のときに卒業アルバムを開いてはいけない。続き物のマンガはもっといけない。
今年も随分いろんなことがあったものだね。ぼくは飽きっぽくてこれまでなにも続かなかったけど、官能小説とマインスイーパーだけは続けられた。何かひとつでも楽しいことがあれば何とかやっていけるのかも知れない。
よいお年を。
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