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コンビニへの壮絶なる冒険を舐めてはいけない

  高尚な文筆家たるぼくとしては、時間の取れる休日にこそ一分一秒でも長く官能小説の執筆に時間をとりたい。だから食事なんて近所のコンビニかスーパーで済ませてしまうのだ。そもそも引っ越しをするときに調理器具は全て捨ててしまったから、包丁はおろか鍋やどんぶりすらない。あるのは皿と使い捨て箸と、レンジでもちを調理できるお手軽もち網だけだ。

  それにしてもすごいね、レンジで調理できるもち網は。スーパーで買ってきた切り餅を濡らして並べて温めれば二分で熱々のお餅が出来る。これが五百円だなんて世の中は便利になったものだね。一人暮らしだから餅や甘酒といった正月らしいものは食べられなかったけど、いざ正月が過ぎてみるとああなんだかもっと正月らしいことがしたかったなあと思い返してしまうのだ。一人暮らしの学生さんとかで正月はバイトだし全然関係ねえなあという人にこそお勧めしたいものだ。なんせ面倒くさがりのぼくが餅を二袋空けてしまうほど簡単で美味しかったのだから。

  餅の話はどうでもいい。今日は冷凍食品がそろそろ尽きそうなので買いに行かなければいけない。じゃあコンビニにしようね。なぜかって、業務用スーパーは道の向こう側にあるので渡るのが面倒だからだ。

  ところでだ。買い物に行く直前、家の中で小説を書いていたとする。いや別に小説でなくてもなんとなくテレビを見ながらポテチをつまんでいたり、タブレットでいやらしいWebコミックを見ていたりとかでもいいけど。時計を見ると夕飯の時間だ。ああそろそろ買い物に行かないといけないなあ、じゃあコンビニ行こう! と元気に起き上がってさっさと服を着替えるとはいかないのが本心ではないだろうか。だるくて。

  この番組がCMに入ったらとか、エッチなWebサイトのこの話を読み切ってからとか、どことなく腰が重い。いよいよテレビ番組がCMに入ったり、Webコミックが一冊読み終わったりする。あーあ、買い物に行かないといけないな。時計を見ると五時四十分だ。するとポテチをつまみながら、ああこの時間だと中途半端だし、折角ならもうちょっとテレビを見て、キリよく六時になったら行こうかな、とうまい言い訳を見つけるわけだ。よく考えてみたら怠惰なだけで全然うまくないけど。

  このように、近所のコンビニへ行くというミッションには乗り越えなくてはいけない大きな山があるのだ。まず第一にテレビやWebコミックを見るのをやめるのが面倒くさい。だって楽しいから見てたんだからしょうがないじゃん。そして起き上がるのが面倒くさい。出かけるついでにごみをまとめるのも面倒くさいし、次に部屋着を着替えるのが面倒臭い。靴を履くのが面倒くさくて、扉を開けるためにキーケースを出すのも面倒くさい。エレベーターで下りるのも歩いてコンビニに行くのも全部面倒くさい。……今一生分面倒くさがった気がする。

  面倒くささを軽減するために出来そうなこととしては、部屋着のままでコンビニへ行くという方法がある。部屋ではスウェットを着ている人も少なくないハズだ。実際にコンビニではスウェットのお客さんを見かけることが少なからずある。

  しかし繊細なぼくとしては、スウェットで出られるのは宅配便や食品宅配サービスの受け取りくらいのものだ。ごみをくくってマンションのゴミ捨て場に行くのもはばかられる。どうもぼくの中では部屋着で部屋から出ることがNGのようだ。まあコンビニに行くために化粧をする女性もおられるようなので、ぼくの神経は決しておかしいわけではないと主張しておきたい。

  一方、スウェットでも家の周辺なら行けるよぉ〜という人が多いのは事実だ。だがちょっと待って欲しい。自分は近所を歩いているつもりでも、道を歩いている人から見たらその人物がこの周辺に住んでいるのかアウェーかなんて分からないのだ。ひょっとしたら他県からスウェットで来たと思われているかも知れない。つまり近所をスウェットでうろうろできるというのなら、きっと飛行機の距離であってもスウェットでうろうろできるのではないだろうか。

  そんなわけでぼくは外出用の服に着替え、ごみをくくってゴミ捨て場に捨ててコンビニへ向かうのだった。ああ面倒くさい。

  ガーとコンビニのドアが開く。積み上げられたかごを取ると、とりあえずは本・雑誌コーナーに行く。最近はマンガ雑誌以外すべて中身が見られないようにフィルムで包んであって残念極まりない。とはいえ立ち読み座り読みを防ぐためだから仕方ないよね。でも、これチラッと読んだら思いのほか面白かったから買って行こうかな、的な人からの売上が減ってしまわないのだろうか。

  ぼくも昔は動物写真や動物園コラム、しろくまコーナーなどがある雑誌は思わず買ってしまっていたのだけど、今はそれもない。以前だったらパラパラめくって偶然目に入ったコラムが意外に面白くて、それが切っ掛けで雑誌を買ったりしたものだけど。今では月刊誌のように、その雑誌の中に大体何が書いてあるか分かっているような人しかほとんど買わないのではないだろうか。

  そんなわけでぼくが狙うのはコミック誌コーナーだ。このコンビニは雑誌には立ち読み防止加工がしてあるけど、大量に入荷して棚に押し込まないといけないコミック類まではフィルムが付いていないのだ。なにか面白いものがないかチェックしてみようね。

  パラパラとコミック数点に目を通していると、モップで床掃除をしているお兄さんが近づいてきた。咳払いをしながらやけにぼくの周りだけ念入りに掃除しているような気がする。おや、ここは入り口に近いから床が汚れやすいのかな。親切心から少し移動すると、お兄さんは咳払いを激しくしながら再びぼくの周りだけ掃除しはじめる。ああ、さっきのところ掃除し終わったんですね。じゃあ元の場所に戻りますね。するとやっぱりぼくの周りだけ掃除を始める。これってひょっとして立ち読み野郎扱いを受けている感じかな?

  なんなの、もう! ぼくは面白いコミックがないか物色してただけじゃない! しかもよく見ると雑誌コーナーにはさっきはいなかった柄の悪い高校生たちが座り読みをしているけど、お兄さんは執拗にぼくの周りをきれいにキュッキュキュッキュ掃除している。あっちを何とかすればいいじゃない! 怖いから腹いせにぼくに八つ当たりしないでよ! ……まあもしぼくがコンビニ店員だったら触らぬ神にたたり無しといったところだから理解はできるけど、それにしたってぼくを邪険にすることないじゃない!

  不満はあるけど今日は生活物資を買いに来たのだから怒っている場合じゃない。ため息をつきながらコミックを置くとお兄さんはバックヤードに戻って行った。

  それにしても今はコンビニで何でも売っているものだね。例えば急な出張なんかで着替えを持っていなくても、歯ブラシからパンツまですべて揃っているし。とりあえず何かないか生活物資をチェックしよう。足りていると思っても忘れていることがあるからね。どれどれ……どうしてこうもコンビニのティッシュは高いのだろう。スーパーで二、三〇〇円の商品がコンビニで買うと四〇〇円くらいする。

  仕方ないからティッシュを棚に戻して、スマホのメモ帳アプリの『ネット通販備忘録』というメモを開くと、ティッシュ、トイレットペーパーと書いておいた。何か他のものを買うときに一緒に買うのがよさそうだ。餅が食べたくなったときとか。とりあえず市の指定ゴミ袋だけを買い物かごに入れた。

  飲料コーナーだ。ぼくはお茶をケースで買い溜めするほうだからあまりコンビニで買うことはない。ワンケース分二十四本をバラで持って帰るのはちょっと難しいし、ケースで買うほうが安いからだ。これもネットで買おう。……カップ麺なんかもかさばるし、ネットのほうが安いからコンビニではあまり買わないな。

  しかしコンビニが通販に勝る点もある。それはプライベートブランドの商品だ。どこかよそのブランドではなくて、コンビニのロゴが入ってるやつ。普通のブランドだと百三十円とかするドリンク類がなんと百円くらいで買えるのだ。いつもお茶をケース買いしているぼくだけど、コンビニに来るときに数本ずつでも買い足しておけば飲料代を節約することが出来るのだ。ぼくはお茶を四本と、ついでに飲みたくなったオレンジジュースを二本かごに入れた。

  それから通販には真似できないことといえば、冷凍食品やバナナやお弁当、あとは肉まんやチキンなどといった、痛みやすかったり溶けてしまったり冷めるとマズくなったりするものが買えるということだろう。保存が利かないものというやつだ。だからぼくはいつも冷凍食品を大量に買い込んで、帰宅後や休日の執筆活動時の食事としているわけだ。体の八割くらいが冷凍食品で出来ているのではと言われても否定できない。

  それにしても最近はコンビニの冷凍食品もおいしくなったものだね。しかも一種類をヘビーローテーションしていたら飽きようものだけど、種類も豊富だからなかなか飽きることがない。たまにどうしても他のものが食べたくなったら食品宅配サービスを使ったりすればいいのだ。

  とりあえずお好み焼き五枚と、小籠包二パックと、牛肉コロッケ五パックと、焼きおにぎり三パックと、パスタ二パックをかごに突っ込んだ。あとはおやつのゼリーやバナナ、カップアイスクリーム、生パスタなどを適当にかごに入れてレジに並んだ。

  レジではすでにおばちゃんが会計の途中で、レジのお姉さんがスキャンを始めていた。おばちゃんは山盛りに商品が入ったかごをふたつと、収納代行の紙を五枚くらい出して長財布を持ってピリピリしながら終わるのを待っていた。

  ぼくのように繊細で心の機微に敏感な文筆家としては、イライラしているおばちゃんを見るといつ爆発するか心配で気が気でない。せめてさっきぼくにプレッシャーをかけてきたお兄さんが袋詰めを手伝ってほしいものだけど、彼は補充でもしているのだろうか、バックヤードから戻ってくる様子はない。

  二分くらいかけてスキャンが終わると、お姉さんはさらに二分ほど時間をかけて袋詰めをした。あんなにパンパンのレジ袋三袋って持って帰れるのだろうか。

  「ああたばこ。ヤワラカセブン1mg」

  「すみません、番号でお願いします」

  おばさんはブスッとした顔でたばこの棚を見回して番号を告げた。

  最後にお姉さんは収納代行の紙のバーコードを読み取った。レジのモニタに『お間違いなければOKボタンをタッチしてください』と表示される。おばちゃんがグイグイとモニタをタップするけど反応がない。タッチパネルは力を入れば反応するものではないと思うんだけど。やがてしびれを切らしたおばちゃんはお姉さんに反応しないと愚痴を言い出した。

  ぼくは笑いをこらえていた。タッチパネルは指が乾燥していると反応が鈍くなるらしいのだ。ようするにおばちゃんの指はカサカサカッサカサというわけだ。結局お姉さんが反対の手で押してみてくださいと言うと何とか反応したようだ。

  「七万三百六十二円になります」

  コンビニにしてはかなりの金額だ。通販の代金でも払ったのだろうか。おばちゃんが会計を終えると、お姉さんは収納代行の用紙にバンバンとはんこを押し、控えをおばちゃんに渡した。おばちゃんはツンとしながら店を出ていった。

  いやあ、コンビニの店員さんは大変だね。昔はコンビニのサービスなんかここまで充実していなかったから、きっと覚えることが今よりずっと少なかったんだろうけど、今はチケット販売なんかもあるからね。さっきの大変さを見ると、せめてお姉さんにとって面倒臭くない客でありたいものだ。さっき大量に冷凍食品を詰め込んだかごをレジに置いた。

  「お待たせしました、いらっしゃいませ」

  山のように商品が入ったかごを見るなり、お姉さんがとても面倒臭そうな顔をした。うん、分かってる。コンビニバイトに歩合制というものがあればぼくは大層ありがたがられるんだろうけど、さっきのおばちゃん然り、いくらさばいても彼女らは同じ給料だ。量が多くてスキャンや袋詰めが面倒な客はだるいことだろう。さらに面倒くさいだろうことに、お姉さんの死んだような声でお決まりのセリフがいくつも飛んでくる。

  「袋ご利用ですか?」

  「二袋にお分けしてもよろしいですか?」

  「箸とスプーンはお付けしますか?」

  「パスタは箸とフォークどちらがよろしいですか?」

  「温めますか?」

  「ポイントカードはお持ちですか?」

  大変だね。もっと給料上げてあげればいいのに。

  お姉さんが死んだような目つきでバーコードをスキャンしていくと、ぼくの背後に次のお客さんが並んだ。ええ、なんかすごく背後の視線が痛い気がするのだけど。そりゃ二人連続で大量に買い込むものぐさが会計をしていたら無理もない。ぼくだってさっきのおばちゃんに五分間待たされた訳だし。

  次のお客さんは片手にメロンパンと缶コーヒーだけを持っている。スキャンが始まる前だったら時間が掛かるからお先にどうぞと言えたものだけど、スキャンが始まってしまっているものだからもうどうにもならない。ぼくは面倒くさそうなお姉さんとイライラが伝わってくる次のお客さんに挟まれながら、この時間が早く過ぎろと願うほかなかった——

  「五千円お買い上げなので七枚くじを引いてください」

  えええ。ぼくは早くこの場から逃げたかったのにまだ時間がかかるのだろうか。さっきのおばちゃんはツンとして早足で帰ったから権利を放棄したのだろう。ぼくも断ったほうがいいだろうか。でもこのコンビニチェーンでは以前のくじでもなかなか豪華な賞品が当たったはずだ、ジュースとか、ゼリーとか。当選率も高かった気がする。デザートや飲料が最高で七個も当たるのであればやぶさかでない。ぼくはお店のキャンペーンだから時間が掛かっても仕方ないねと自分に言い訳をしながらくじをめくっていった。

  「はい、ゼリーと栄養ドリンクとガムとポテトチップスとポケットティッシュと紅茶と焼き菓子が当たりましたので交換しますね。少々お待ちください」

  ハズレなしだった。お姉さんはレジを離れるとフロアの該当商品を七つピックアップしに行った。次のお客さんと二人きりは超気まずい。こころなしか圧力が増したようが気がする。一分ほど経つと、おねえさんは賞品を抱えて戻ってきた。再び袋詰めが始まる。というかすでにぼくのレジ袋はふたつだ。三つになったら持てないよ!

  「ありがとうございましたー」

  会計が終わると急いで逃げ出した。次のお客さんに刺されないかと思って後ろを見ると、顔はいかついけどお姉さんとなごやかに会話していたので常連さんだったみたいだ。あまり人を顔で判断してはいけないね。

  はあ。ぼくはコンビニで買い物をしただけなのに、こんなに疲れたのは初めてだよ。急いで家に帰り着くと、冷蔵庫にもらったドリンク類やゼリーを、冷凍庫に冷凍食品を詰めてパンパンにした。

  コンビニに行くという凄絶な冒険を終えたぼくは、執筆に戻る前に少し休憩することにした。そうだね、さっき買ったオレンジジュースを飲もう。百円で500mlのオレンジジュースが楽しめるなんて嬉しいね。ペットボトルのふたを開ける。

  ……なんか薄い。いや紛れもなくオレンジだしマズい訳ではないのだけど、美味しいかどうかで言われると微妙なところだ。不思議に思ってラベルを見る。果汁二十パーセントと書いてある。ガッデム! やけに安いと思ったよ! 百パーセントじゃないってことはジュースじゃなくて清涼飲料水じゃない! 道理で薄いわけだよ、このオレンジジュースではなくてオレンジ味の何かは。しかもカロリー据え置きだ。ファクシミリ!

  ピンポーン

  こんな時間に来るのは弟だけだ。ドアを開けると相変わらずお洒落で笑顔が爽やかでとても双子とは思えない弟の雄大がコンビニの袋をぶらさげてやってきた。

  雄大が持って来た缶チューハイを飲んでさきイカを食べながら、コンビニでのおばちゃんの事、背後のお客さんのこと、袋が三袋にもなってしまったことなどを愚痴った。途中までふんふんとうなずいていた雄大は途中から不思議そうな顔をする。

  「毎日こまめに買いに行けばいいんじゃない?」

  サノバビッチ! ロジハラだよ、ロジック・ハラスメントだよ!

  あれから週に二回はコンビニかスーパーに行くことにした。面倒臭いけどおばちゃんの言動にビクビクしたり背後の人に圧をかけられたりするくらいなら、執筆時間を十分間だけ削るのは仕方ない犠牲という訳だ。一回に買う量が減ったからか最近はお姉さんにもあまり嫌な顔をされなくなった。

  重いもの・かさばるものは通販で買った方がいい。大抵はその方が安いしね。それから安いものはきちんと理由を確かめた方がいい。そして何より、スーパーやコンビニにはこまめに行った方がいい。食料がなくなるギリギリまで行かないと大量買いするハメになるからレジに時間はかかるし、店員さんは面倒臭そうだし、並んでいる人に迷惑がかかるからだ。それにこまめに行けば冷凍食品だけじゃなくて新鮮なお弁当を食べることだってできるのだ。通販ではチキン南蛮弁当を食べるのは難しいだろう。

  「コレステロールが高いですね」

  やっぱりね。

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