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ハロウィンのお菓子は多めに作らなければならない

  来週はハロウィンだ。

  去年のハロウィンは、町内会の行事に無理矢理参加させられ、かわいくないこどもたちにお菓子をたかられた。挙げ句の果てに、仮装をして各ご家庭を回っていたら怪しい人と間違われ、もう少しでおまわりさんのお世話になるところだった。

  今年こそは絶対に中心街の楽しいハロウィンパーティに参加するのだ。毎年恒例のイベントらしいのだけど、今年はどんなイベントをするのだろうか。さっそくスマホでイベントをチェックする。

  「インフルエンザ蔓延によるイベント中止のお知らせ」

  チクショウ! 今年こそは楽しいイベントに参加しようと思っていたのに! ……とはいえ、嘆いていてもしょうがない。何かほかにハロウィンらしい催し物はないだろうか。ああ、そういえば今年の町内会のイベントはどうなっているのだろうか。普段の町内会は別に積極的に参加したいものではないけど、お祭りごととなれば別だ。どうせ時間を持て余しているし、中心街のイベントがないのなら、町内会の方に参加することもやぶさかではない。部屋にひとりでコンビニのかぼちゃパンをかじっているくらいなら、少しでもお祭りムードを味わいたい。

  コンビニの帰りにポストの郵便物を回収しにくると、黒いバインダーが入っていた。ああ、町内会の回覧板だね。部屋に戻りながら回覧物に目を通していく。「ごみの収集」「防犯情報」「催し物」……うん、やっぱり今年もハロウィンイベントをやるんだね。どれどれ、「昨年は夜間に近隣トラブルがあったため、今年は昼間にお菓子作りをします」と。いいじゃない!

  イベントは来週の日曜日に、近所のレンタルキッチンで。内容はかぼちゃを使ったお菓子作り。町内の人がかぼちゃを提供してくれるらしい。作ったら各家庭に持ち帰って、ご家庭でこどもたちに「トリックオアトリ―ト」を唱えるわけだ。

  さて、何を作ろうかな。クッキーにアイシングで何か描くのも悪くはないけど、せっかくだから普段は食べられないようなものがいい。スマホで「ハロウィン おかし」で検索する。……クッキー、プリン、パイ。パンプキンパイはいいんじゃないだろうか。どれもコンビニに売ってはいるけど、あたたかい焼きたてのパイは自分で作らないと食べられないのだ。念のためレシピサイトを確認したところ、パイシートを使えばそれほど難しくないようだ。

  ぼくはレシピを印刷し、おきにいり——というにはちょっとほこり臭い緑色のエプロンを洗濯機に入れた。

  *

  ぼくは料理をまったくしないけど、苦手というわけではない。むしろ慣れていないがゆえにレシピの分量や手順をキッチリ守るので、特別うまく出来るわけではないけど、そこそこのものが出来たりする。特にお菓子作りは分量が命だというし、ぼくのような小心者タイプには向いていると思う。実際小さい頃は母と一緒にケーキなどを作っていたものだけど、それなりにちゃんとしたものが出来ていた。たぶん料理もはじめたらハマるのだろう。まあぼくの部屋についている申し訳程度のIHコンロは狭いので、今ここで料理を始めるのは絶望的だと思うけど。

  ぼくはレンタルキッチンに来るのは始めてだけど、今はこんな都会のビルの一角にも最新のキッチンがあったりするんだね。ここを町内会で昼から夕方まで借り切ってかぼちゃ料理を作るわけだ。ピカピカのアイランド型システムキッチンに胸が躍る。おばさんたちも「いいわねえ」「主人に新しいキッチン頼もうかしら」と嬉しそうだ。やっぱり毎日のことだからいいものが欲しいんだろうね。ぼくもキーボードやディスプレイにはこだわるから気持ちはよく分かる。

  さて、ぼくが作るのはベーシックなパンプキンパイだ。必要な材料はすべて用意されている。クッキーのデコレーションアイテムなどは各自持ち寄っているみたいだけど、たまごやバターといった主要な材料はここにあるものを使わせてくれるらしい。ぼくは持ってきたレシピを確認する。ええと、どれどれ——

  かぼちゃ    400g

  砂糖      大さじ4杯

  卵黄      1個

  生クリーム   50cc

  ラム酒     小さじ1杯

  冷凍パイシート 18cm角 2枚

  卵       1個

  作り方は簡単だ。硬いかぼちゃを切断するのが一番難しいくらいかも知れない。まずはかぼちゃを切ってレンジで柔らかくする。マッシャーで潰しながら砂糖・バターと混ぜる。生クリーム・卵黄・ラム酒を混ぜたらフィリングが完成する。それを敷き詰めたパイシートの中に流し込み、上からパイシートで包んで焼けば完成だ。

  … … …

  できた。ぼくにしては特に問題が起きることもなく、すごくおいしそうなパイが完成した。オーブンを開けるとふんわりと甘く、香ばしいパイの香りがキッチンに広がる。すると談笑しながらかぼちゃを煮ていたおばさま・おじさま方がこちらを向いた。いやな予感がする。

  「あら湯川くん、おいしそうじゃな―い」

  「おやつによさそうね」

  「かぼちゃが煮えるまでの間にみんなで食べましょう」

  六人の大人たちはそれぞれ小皿を取ると、六つに切り分けたパイをひとつずつ取っていった。サクサクのパイがむしゃむしゃと音を立てて潰れていく。

  ガッデム! ぼくの分がひとつもないじゃない! どうせそんなこったろうと思ったよ! だけどここまでは予定調和だ。ぼくはぼくの運の悪さを熟知している。あつかましい大人たちが搾取しにくることは予想していたのだ。そう、ぼくはもうひとつパイを焼いていたのだ——

  「あら湯川くん、気が利くわねえ! それじゃあそれをご家庭に配る分にしましょう。虎澤さんと戌亥さんのおうちの分」

  ジーザス! 作った分は自分のご家庭に持ち帰るのかと思ってたよ! ぼくはまだこの町内会のがめつさを舐めていたようだ。大体、参加しなかった家のせいで、頑張って参加したぼくにしわ寄せが来るというのは納得できない。とはいえもうパイがもうひとつあることはバレてしまったし、三個目のパイはないし、ぼくは逆らうことができない。

  もしぼくがひとつしかパイを焼かなかったら、配る分は全然足りなかったハズだ。おばさま達は最初どうするつもりだったのだろうか? ——今煮ているかぼちゃを配る予定だったはずだ。つまりおばさんたちは最初は自分で作ったものを配るハズだったけど、ぼくが多めにパイを作ったことを知って、配る分は全部ぼくに押しつけてしまおうとしているわけだ。こんなことならパイを四つくらい焼けばよかった。そしたら今度は半分ずつ持ち帰ろうとか言われると思うけど。

  搾取者たちがキッチンに戻っていくと、ぼくはこっそりパイを切ることにした。虎澤さんと戌井さんの家はそれぞれ三人家族で合計六切れ必要だから、普通に切ったら丁度ぼくの分がなくなってしまう。せっかく作ったのにひとつも食べられないという悲劇を避けるためには、あらかじめぼくの分を確保しておかなければならない。

  ぼくはまず中心にまっすぐ包丁を下ろした。パイは二等分になる。そしてパイの右側を四等分に切っていく。次に左側だ。左を三等分してもいいのだけど、右と左でパイの大きさが違うとバレてしまうし、左側も四等分の大きさにするべきだ。だからぼくは……左側を二等分し、さらに半分にした。つまり中心角が四五度のパイが六つ、九十度のパイがひとつ出来たわけだ。これなら配るパイがちゃんと六つ出来るし、ぼくの取り分も少し多めになる。

  こうしてぼくは六つのパイをラップで包んで配布用の袋に入れ、ぼくのパイも包んでこっそり自分のかばんに入れた。なんで自分の作ったものを自分で食べようとしているだけなのに、こんなにコソコソしなければいけないのだろうか。

  ぼくは洗い物をして、逃げるように——逃げるんだけど——帰路についた。

  家に帰ってさっそくパイを開ける。少し冷めてしまったけど、まだほんのり温かい。少し奮発してティーバッグの紅茶を淹れて、パイを口に運ぶ。

  いいじゃない!

  このパイは冷凍のパイ生地を使ったから難度が低かったというのもあるけど、手順と分量さえ守ればそんなに難しくないものだね。かぼちゃも甘すぎず、生クリームのコクがある。丁度いい時間焼かれたパイはサクサクと軽快な音がして歯で砕ける。これはぜひひとつ丸ごと食べたかったものだし、あわよくばもうひとつ作りたいものだ。レンタルキッチンなら千円から使えるようだから、時々借りて何か作ってみるのもいいかも知れないね。

  しばらく紅茶をお代わりしながら家にあったおかしを味わっていると、インターフォンが鳴った。ドアを開けるとさっきのおばさまがたが立っていた。

  「ごめんねぇ、全部プレゼントにさせちゃって。これお詫びじゃないけど、私たちの作ったお菓子持ってきたから、食べてね」

  ビニール袋に入ったタッパーを受け取るった。お菓子ということは、さっき煮込まれていたかぼちゃということだね。クッキー生地に練り込んだのかな? プリン生地に入れてパンプキンプリンにしたのかな? ぼくがお礼を言うと、おばさまがたは手を振って帰っていった。

  何が入っているのだろう。さっそくタッパーを開けようとすると、小さなメモが入っている。

  「かぼちゃのいとこ煮」

  うーん、そうだね、別に間違ってはないと思うけどね?

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