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正月だからといって食べ過ぎてはならない

  十二月にもなると街の空気はどこか慌ただしさを増し、年末の雰囲気を感じさせる。とはいえ、ぼくには年末年始のイベントなんてあまり関係がない。一緒にお祝いする家族はそばにいないし、そもそもぼくの実家はものすごく遠い。新年の挨拶はSNSで済ませてしまうから年賀状は書かない。もちつきもする予定は特にない。お年玉をあげる相手もいない。一見寂しいようにも思えるけど、でも一人暮らしにとっては年末年始なんてそんなものじゃないだろうか。ここ数年間はずっとそんな感じだ。

  でもせっかくの連休というのもあるし、せっかくだからぼくも何か新年らしいことをして、正月の新しい空気を味わいたい。さっそくタブレットで「正月 過ごし方」を検索した。どれどれ――

  『初日の出を見る』なるほど、一年の最初に相応しいイベントだね。何かややこしい準備をする必要もないし、いいかもしれない。ただ元日の朝から寒い中早起きして見に行くことが果たしてぼくに出来るだろうか、という問題もある。

  『初詣に行く』これも悪くない。参拝して、おみくじを引き、甘酒を飲み、餅まきに参加するのは楽しそうだ。ただ今年はインフルエンザが流行っている。ぼくの家の周りで一番大きい神社は参拝客でギューギューになると聞いているし、大丈夫なんだろうか。

  『福袋を買う』運試しに新しいパンツ福袋やガジェット福袋を買ってみたいものだけど、三万円も五万円もするような値の張る物はちょっと厳しい。

  ああでもスーパーやディスカウントショップには千円から買える福袋もあるし、ちょっとドキドキした気分を味わうにはいいかも知れないね。

  そうそう、以前酒屋さんのネット通販で「何が入っているかは届いてからのお楽しみ!」という「酒福袋」というのを見たことがある。例えば一万円のコースを買うと、一万円分以上のお酒が届くのだ。せっかくのお正月だしこういうのも悪くないね。

  他は……『帰省』『旅行』『ウィンタースポーツ』だって。うーん、情報ブログサイトに乗っている情報は、あとはどれもお金がかかるものばかりだ。やっぱり今年の正月もフードデリバリーでごはんを食べて、ひたすらゴロゴロしたり小説を書いたりして、結局いつもの休日と同じように過ごすのだろうか――?

  情報ブログサイトをさらにスクロールしていると、画面の真ん中にポップアップ広告が表示された。ああもう、最近の広告はしつこいね……あっ、広告には「おせちの予約はお済みですか」と書いてある。そういえばおせちなんてものがあったなあ。一人暮らしを始めてからは毎年コンビニやなんかで済ませていたし、すっかり失念していたよ。

  一度思い出すと、口の中にごまめや数の子の味が次々と広がってくる。久々におせち――というか、懐かしい家庭の味が食べたくなってきたね。強引なポップアップ広告を踏むのは癪だけど、ぼくはおせちの広告をタップした。

  通販サイトが開くと、紅白を基調としたサイトには豪華なおせちの写真が並ぶ。すごくおいしそうだ。でもお高いんでしょう? ……えっ、一人前なら五千円から? これは二十品も三十品も入っている縁起物にしては安価と言えるだろう。ただぼくはたくさん食べるから、どうせなら二~三人前を選ぶべきじゃないだろうか。それに二~三人前は量が多いだけでなく、品数も多くなっているみたいだ。どれどれ、二~三人前のおせちなら八千円~一万円ってところだろうか。お安くはないけど、数年ぶりにあの味を食べられると思えば悪くない。そんなわけで、ぼくは二~三人前のおせちを注文した。

  ……まてよ。そういえばぼくの家のおせちには、おめでたい赤ワイン寒天が入っていたんだった。懐かしい味を再現するのならあれは欠かせない。ちょっとしたものではあるけれど、子供の頃のぼくにとっては、お酒の入った――アルコール分が飛んではいるけど――デザートを口にすることで、どこか大人びた気持ちになったものだった。せっかく数年ぶりにおせちを食べるというのだから、ここはとことん追求するべきだろう。

  寒天をつくるのはそれほど難しくないはずだ。「おせち ワイン寒天」で検索してみるとレシピサイトが見つかった。材料は赤ワイン、粉寒天、水、砂糖、レモン汁。作り方は水を熱しながら寒天を溶かし、赤ワインとレモン汁を入れて冷やすだけ、簡単だ。

  問題は調理器具の類いだけど、これには心当たりがある。ハロウィンのおかしづくりで使ったレンタルキッチンを使えばいいのだ。一時間五百円くらい、冷やす時間を考えると千円くらいかかってしまうけど、思い出のためだからこういうときには仕方ないね。そんなわけで年末三十一日、ぼくはレンタルキッチンでワイン寒天をつくることにした。

  *

  クリスマスなんてなかった。いいね?

  *

  大晦日。ぼくは赤ワインと粉寒天と砂糖とレモン汁を持ってレンタルキッチンに来ていた。さっそく道具類を洗い、粉寒天を入れた水を火にかける。しばらくして粉が溶けたら火を止め、ワインを入れる。そしてレモン汁を垂らし、カタに入れて一時間放置した。

  レンタルキッチンのソファでくつろいでいると、弟の雄大から着信した。

  「あ、もしもし兄さん? 年始はどうするの?」

  おせちを頼んだものがすでに届いているからそれを食べる旨を伝えると、弟は「それじゃあ今夜行くね」といって電話を切った。

  寒天が固まったので、型抜きをしていく。本来はニンジンやクッキーなどを花形に抜く型を使って、ワイン寒天を花形に抜いていった。型を抜いたあとの残った寒天を少し口に含む。……うん、この味だ。子供にはちょっとほろ苦いけど、どこか大人っぽい味。雄大が食べたら何と言うだろうか。ぼくは寒天をタッパーに入れ、後片付けをして家に帰った。

  家に戻り、寒天のタッパーを冷蔵庫に入れる。ちなみに冷凍庫にあったおせちは昨日の内に冷蔵庫に移して解凍を始めているから、年が変わる頃にはおいしく食べられるようになるはずだ。これで新年を迎える準備は整った。ひと息つくと、慣れない料理に疲れたからか、ぼくはベッドでうとうとしはじめた――

  ピンポーン。もうすぐ年も明けようという頃にチャイムが鳴った。玄関のドアを開けると、そこにはぼくと同じ顔の双子の弟が立っていた。

  「やあ。大掃除は……ははは、してないみたいだね」

  余計なお世話だけど、本当にしていないのだからしょうがない。雄大をベッドに座らせると、ぼくはあまり綺麗でない部屋の一角に腰を下ろした。雄大は持ってきた紙袋から酒瓶やおつまみを取り出した。ぼくもおせちとタッパーを取り出して狭い座卓に並べる。タッパーのふたを開けると雄大は驚いた顔をした。

  「これ……兄さんが作ったの?」

  おせちが食べたくなった経緯や寒天を作った理由を説明すると、雄大はなるほどねとうなずいた。

  「そうだねえ、もう何年も実家に帰ってないもんなあ」

  ふと時計を見る。年明けまであと三十秒を切った。ぼくはおせちのふたを開け、雄大はコップにお酒を注ぎ始める。そして――

  「あけましておめでとう」

  コップをカチンと慣らすと、ぼくらはお酒を一気に飲み干した。おせちのごまめをつまむと、香ばしくて懐かしい味がする。数の子、黒豆、栗きんとん――雄大は噛みしめるようにひとつひとつ食べて行く。そしてワイン寒天を口にすると、雄大はぽつりと漏らした。

  「うん……この寒天は確かにうちの味だね……」

  ぼくの作った寒天を食べて、雄大は少し目をうるませた。ぼくも今年こそは帰ろうかな、実家に。

  *

  今年はお正月いっぱい、雄大と一緒におせちや餅やすき焼きを堪能した。例年は正月なんて何事もなく過ごしていたけど、たまにはこういう年があってもいいかも知れないね。季節の行事というもの自体はそんなに大事ではないかも知れないけど、こういう機会にみんなで集まったり、昔に思いを馳せることには意味があるのかも知れない。

  ……ところで最近パンツがパツンパツンだったり、やけにワイシャツの肩がつっぱったりするのだけど、気のせいだろうか。ズボンもこころなしか苦しくて、ベルトだとずり落ちてしまうからサスペンダーをしている。おそるおそる体重計に乗る。

  ……。

  ままならないものだね、カロリーというものは。

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