Ad
親分とぼくが何事もなかったかのように小屋を出ると、まだ朝の湿った空気の中だというのに、すでに何人かのケトラ族が働き始めていた。焚火のほうを見ると、トイヴォが食事の準備をしていた。ぼくらを見たトイヴォは嬉しそうな顔で手を振った。まだ早朝だというのに元気いっぱいだ。
「おはよっス!」
「おう」
「おはよう、トイヴォ」
親分がどっかりと腰を下ろすと、ぼくもその隣にちょこんと座った。親分の腹の音を合図とばかりに、トイヴォは昨日のパンの残りと、野菜がごろごろ入ったスープを出してくれた。不格好な木製のスプーンでスープを飲むと、その温かさが眠っていた体を優しく温めてくれた。ああ、安心するなあ。なにしろほとんど野宿のような――まあ屋根はあったわけだけど――環境で一晩を過ごしたのだから、こういうちょっとしたことでも随分ほっとする。ぼくがスープを飲み込んでふうと息を吐くところを見て、トイヴォはそんなぼくの考えを見透かしたように苦笑した。
「やっぱり街の人からしたら、大変だったでしょ?」
「え、いやそんな……よく眠れたよ」
「本当ッスかぁ? 昨日も自分の小屋まで親分のいびきが地響きみたいに……」
そんなの気づかなかったなあ。昨日は滑るように眠ってしまったから気づかなかったのかもしれない。そういえば慣れない寝床のせいか体の節々は痛いものの、十分眠れた気がする。よっぽど疲れていたのか、暗闇から助け出されて安心していたのか、それとも……親分が隣にいたから安心して眠れたのか。ぼくはこれまで誰かと一緒に寝るなんてことがなかったから、隣に人がいるというのがこれほど安心するとは知らなかった。
「マウリさん、もう帰っちゃうんッスか?」
「うん、今日も仕事はあるからね」
「そんなぁ、残念ッス。ねえ、親分?」
「んァ?」
親分は細い目でトイヴォをにらんだ。肩をすくませるトイヴォ。親分は少しの沈黙の後、ふとこちらを見た。
「そうや、トイヴォはもう放ったらかしでええんか」
「大丈夫だと思うけど、悪い期間が長かったようだから、しばらくは胃腸を活性化する薬を飲み続けたほうがいいね」
「ワシら薬なんか作れへんぞ」
「え? 何言ってるの、仕事が終わったらまた薬を届けにくるよ」
親分は少し意外そうな顔をすると、「ほうか」とだけ言って再びスープの椀を持ち上げた。そんなに意外だろうか。成り行きとはいえ、一度診た患者を放っておくわけにはいかない。一宿一飯の恩というわけじゃないけど、ぼくは最初からトイヴォがもう大丈夫になるまで診るつもりだ。ぼくらは他愛のないことを話しながら、しばらく温かい食事を楽しんだ。
そろそろうちへ帰る時間だ。親分は相変わらずムスッとした顔だけど、「おう」と一言だけぶっきらぼうにつぶやいて見送ってくれた。トイヴォは帰路をついてきてくれた。昨日は気づかなかったけど、森の中にいくつか人が通ったような跡があって、そこは安全に通れるということらしい。トイヴォは後ろを歩くぼくをこまめに確認しながら、まるでスキップでもするかのように導いてくれた。
「それにしても親分、嬉しそうでしたね」
「え、どこが? 相変わらずムスッとしてたけど」
「マウリさんがまた来てくれるって聞いて喜んでたでしょ?」
そういえばさっきぼくがまた来ると言ったとき、(喜んでたかはともかく)意外そうな顔をしていたな。トイヴォは少し寂しそうに言う。
「今回みたいにたまーに外のヒトと出会っても、みんな親分の顔を見ると逃げちゃうんッス」
それは無理もないかも知れない。ぼくは止むを得ないから一晩一緒にいることになったわけだし、その結果親分がただの怖い人じゃないんだと知ることができたから、親分のことはもう全然怖くないけど、もし昨日親分と会ったのが日中の森の中だったら、親分の顔を見たぼくは一目散に逃げ出していただろう。2メートルの巨体にがっしり肉付きのいい体、細く鋭い眼光、厳つい顔。それが野性丸出しの恰好で迫ってくるのだから、子供でなくても泣くだろう。
「絶対、来てくださいね。待ってるッス」
森の端にたどり着くと、トイヴォは手を振ってぼくを見送ってくれた。
*
今日必要な分の薬の処方をすべて終え、ぼくは伸びをしながら一息ついた。今日は患者さんに「何かいいことがあったのかい」と言われてしまった。確かに今日はちょっと浮ついていたような気がするけど、そんな空気がダダ洩れだったのだろうか。確かに誰かに会いに行くのがこんなに楽しみだったことはないな。別に親分がエッチだからとかそういうことじゃない。親分が少しずつぼくと話してくれるのが嬉しいし、トイヴォと話すのも楽しいし、集落の生活を見ているのも飽きない。初めての刺激的で非日常的な体験はぼくの心をくすぐった。昼食のパンを口にくわえてかじりながら、ぼくはいそいそとケトラ族の集落に向かう準備をした。
トイヴォが教えてくれた歩きやすい道を、草を踏みしめながら歩く。ケトラ族の集落は、一度場所さえ覚えてしまえばそれほど遠いところではない。それなのに今まで存在すら気づかれていなかったのは、こんなに鬱蒼とした森には誰も立ち入らないからだろう。街からここまでは結構離れているし、ここまで来るような人たちは、みなぼくの患者さんか取引業者だ。ぼくの家より奥に行くようなもの好きは、薬草を取りに山へ入るぼくくらいのものだ。仮に森に立ち入る人がいたとしても、ケトラ族の集落は大きな岩壁に囲まれているから、よほどの偶然でもなければたどり着くことは難しい。だからトイヴォの言っていた「外のヒト」は、本当に偶然に偶然が重なったレアなケースなのだろう。トイヴォはあんなにぼくに来て欲しそうだったし、本当に久しぶりの来客だったのかも知れないな。そんなことを考えながら、ぼくは川を渡った。
「あっ、マウリさんが来たッス!」
トイヴォは野菜が入ったかごを置くと、嬉しそうにぼくの方へと手を振った。隣には若い好青年の狼がいて、彼は担いでいた薪を足元に置いた。ぼくがあいさつをすると、ここを離れてからまだ半日ほどしか経っていないというのに、トイヴォは大喜びしてぼくに抱き着いてきた。トイヴォの毛皮を撫でていると、隣の狼がぼくをクンクンと嗅ぎ始めた。最初に親分がやったように。
「おっとごめんごめん、君がマウリだね。ぼくはネストリ、親分がいない間ここのみんなをまとめてるのさ。トイヴォが世話になったんだって?」
ネストリはニコニコしながらぼくを焚火のそばへ座らせると、トイヴォに何かを伝えて自分もぼくのそばに座った。少しするとトイヴォが昨日と同じ小屋――恐らく食糧庫から、きれいな缶と、この集落とはどうもミスマッチな陶器製のポットを、こちらは木を削ってできた不格好なお盆にのせてきて、お茶を淹れ始めた。漂う匂いをクンクンと嗅ぎながら、ネストリはフランクな調子で話しかけてきた。
「いやあ、親分たちはまだ仕事から帰ってなくてねえ」
「仕事?」
「うん。ここで採れたものや直した道具を売ってるんだ」
「え? 親分が外のヒトに商売してるの? あんな野性味あふれた格好で」
「もちろん親分が直接売るわけじゃないさ。仲間の中には街で生活している者もいて、彼らを仲介として街の人たちと売買してるのさ。この紅茶とポットもそうして手に入れたものだよ」
そういえば日雇いでケトラ族を支えているとも言っていたな。商売したりものを修理したり、なんでも屋みたいなものなのかな。
トイヴォは木を削って作られたカップにお茶を注ぐと、ぼくらの前に置いてくれた。お茶を飲みながらあたりを見回していると、確かにこの集落にはちょっとそぐわないモノが散見される。それにこんな生活をしているというのに、集落は結構豊かに見える。
しばらく街の話や集落の話をしていると、一時間もしないうちに親分とおそらく子分たちが帰ってきた。
「今日ァ肉が食えるぞ」
「やったッス!」
親分が肉の入った袋をトイヴォに渡すと、トイヴォは嬉しそうに食糧庫に肉を運んで行った。親分はどっかり焚火のそばに座ると、ぼくの顔をチラリと見た。
「おう、済まんな」
さっそくぼくはカバンから薬を取り出すと、持ってきた薬を親分に渡した。それを受け取ると、親分は街から持ち帰ったモノが入っている箱を開けた。中には食べ物や道具、そしていくらかの装飾品が入っている。親分の首飾りを見る限り、この装飾品は親分の趣味だろう。
「好きなモン持ってけ」
ふーん、薬代ということか。それじゃあ遠慮なく何か貰うとしよう。でもお金じゃなくて物々交換するって、なんか変な気分だな。どれどれ、食べ物は集落で食べるだろうし、装飾品は親分が使うだろう。何かもっと役に立つものはないかな。こっちの箱はどうだろう。
「おい、そっちは壊れたもんが入っとるだけや」
「それ、何に使うの?」
「修理して売るんや。ええもんは入っとらんぞ」
ふーん……と箱の底を見ると、奥の方に壊れて錆びたランタンが入っているのが見えた。
「あ、これ」
「そんなモンでええんか」
「うん」
ちょうどランタンは昨日壊したばかりだから丁度いい。
「おいネストリ、修理してやれ。念入りにな」
「ふふ、了解」
親分はランタンをネストリに預けると、飯が出来たら呼んでくれと言って自分の小屋へ入っていった。親分と一緒に出稼ぎに行っていた部下たちもそれぞれの用事をしに戻っていった。ぼくと二人きりになると、ネストリは工具箱を持ってきて、ペンチでランタンのゆがみを直していく。
「今日の親分、なんか機嫌がいいみたいだねえ」
「トイヴォもそんなことを言ってたけど、そうなの? ぼくにはそうは見えないけど」
「ははは。ああ見えても親分は分かりやすい人だよ」
ふうん。いつも一緒にいる彼らにだけ分かる変化でもあるのだろうか。あるいは、ぼくが人の気持ちとかそういうやつには鈍感だからかな。ネストリの手元を見ながら親分の顔を思い出していると、ネストリは優しく笑う。
「親分、実は結構寂しがりやなんだよ」
「寂しい? ケトラ族のみんながいるのに?」
「まあ、そのうち分かるよ。とにかく、ここにはいつでもまた遊びに来てよ。親分も、ぼくたちも嬉しいし」
ネストリは傍らにあった壊れた椀をとり、木灰と水を入れてドロドロのさび取り液を作ると、それを手早くランタンの錆びた部分に塗りつけて、ランタンを傍らに寝かせた。
「これで少し置いておこう」
10分ほど他愛のない話をしたのち、ネストリはランタンを手に取って磨き始めた。金属部分のさびが次第に落ちて、新品のような色合いに戻っていく。
「これで完成。はい」
「ありがとう」
ぼくはピカピカになったランタンをカバンの横に引っ掛けた。
「ごはん出来たッスよ!」
さすがに連泊するのも悪いし、今日は夕方には帰ろうと思っていたけど、トイヴォとネストリがまあまあと泊っていくように(強引に)引き留めてくれたので、結局今日も夕飯をいただいて泊っていくことになった。ぞろぞろと小屋から出てきた、子分とおぼしき5人の狼たちは、おのおの焚火の周りに座った。焚火には大きな鉄板が設置してある。切り分けられた肉と野菜類を前にすると、周囲から「おぉ……」という声が上がる。やがて小屋から呼ばれた親分が出てきて、焚火の前にどっかりと座ると、トイヴォは鉄板に油をひいて、おそらく塩やスパイスのかかった肉を焼き始めた。肉が焼ける香ばしい匂いが辺りに広がると、ぼくのおなかが鳴った。そういえば肉なんて随分食べていないもんなあ。
「酒頼む」
「はい」
親分が近くにいた子分に声をかけると、子分は食糧庫から酒瓶の入った木箱を持ち出してきて、狼たちに配った。親分が栓を抜いてゴクリと酒をあおると、子分たちも続いて酒瓶の栓を抜いた。
「よし、食うぞ」
親分が肉に串を刺してひとくち食べると、他の狼たちもそれに続いた。
「ボウズは酒飲まんのか」
「こんなにキツそうなやつはちょっと」
親分が近くにいた子分に声をかけると、彼はぼくのために果実酒を持ってきてくれた。やがて適度に酒が回ると、狼たちは宴のように盛り上がり出した。親分は相変わらず仏頂面で静かに酒を飲みながら肉にかぶりついている。
夜も深くなってきて、肉や野菜が無くなると、みんなおなかをさすりながら満足そうな表情を浮かべた。引き続き酒は飲んでるけど。
「ワシぁ戻るぞ」
「了解ッス!」
親分が席を立つと、子分たちも続いて小屋に帰っていった。酒瓶を持っているからこれからまだ飲むんだろう。一方、トイヴォは相変わらず忙しそうに食器や空き瓶を片づけたりしている。一番若いトイヴォが料理や親分の世話をしているんだろうな。大変だなあと手伝いを申し出ようとすると、トイヴォは「自分がやりたいッスから!」と言って空の酒瓶を運んで行った。ネストリとぼくだけが焚火のそばに残される。さっきまでとは打って変わってパチパチという焚火の音や、木々や岩の間を通る風がなる音だけが静かに聞こえる。少し酔ったネストリは、さっきの続きだけど、と前置きして話し始めた。
「食事の様子を見たでしょう。親分はね、親分でいなきゃいけないんだよね」
「え?」
「ぼくらは親分を頭にした子分であり家族なんだ。ほら、親分はいつもどっしり構えているでしょう? あれは“親分”や“父”でいようと振舞っているからさ」
確かに、親分や父たるものがあたふたしていたら、子分や子供たちは安心して暮らしていけないかも知れない。弱みを見せるわけにはいかないし、みんなの先頭に立って家族を守っていかなければいけないんだろう。
「ぼくらは家族にはなれるけど、決して親分と対等な関係にはなれないんだ。だから、君みたいに外から来た人が対等に接してくれるのが嬉しいんだよ」
「ぼくと親分は20か30歳は離れてると思うけど」
「ははは、まあそれは気にしないってことで」
なるほど、親分が寂しいっていうのはそういうことなんだな。ダサいところや弱みを見せたり、家族にはしないようなバカな話をしたり、たまには愚痴ったりする相手が欲しいんだ。それはぼくにもよくわかる。まあぼくの場合は自分で人付き合いを面倒くさがっているだけだし自業自得なんだけど、それでもたまには壁にでもいいから愚痴りたいと思うことはある。ただひとつ違うのは、ぼくは自分でそれを選んだだけだけど、親分には選択肢がなかったってことだ。
「じゃあほら、親分の小屋に行っておいで」
「えええ」
親分の小屋の思い木扉を開けると、服と装飾品を脱いだ親分は灯りの下で何やら作業をしている。どうも壊れた道具の修理をしていたらしい。コンコンと金属を木製のトンカチで叩く小気味よい音がする。ぼくを一瞥すると、持っていたトンカチを置いてふうと息をついた。
「どうした」
「えーと、様子を見に」
「おう」
ひと段落ついたのか、あぐらをかいていた親分は片膝を立てて座りなおした。相変わらず黒い下着が暴力的なものの形をくっきり浮かび上がらせている。親分は気にせず酒瓶を手に取ると、ゴクリゴクリと飲んだ。結構酔っぱらっている様子だ。親分はぼくに座るよう促した。
「トイヴォはもう薬飲ませとったらええんか」
「薬と、出来るだけ水を飲むようにしていれば大丈夫」
「他の薬も扱ってるんか? 傷薬やら」
「もちろん」
「ふむ」
「よかったら何種類か見繕って持ってこようか」
「頼む」
これは嬉しい。商売的にも薬草のストック的にも助かるけど、何よりここに来る理由ができたのが嬉しい。ネストリは遠慮せず遊びに来てくれと言っていたけど、さすがに何もせずにタダ飯と宿を提供してもらってばかりでは心苦しいと思っていたところだ。商売という口実があれば、堂々と遊びに来られる。
「あー……ボウズ、家族はおらんのか。毎晩泊って大丈夫か?」
「うん、ぼくひとりだよ」
「そうか」
親分はこれまでも薬やトイヴォの体調のことでぼくに質問してきたことはあるけど、こうしてぼく自身のことについて訊かれるのは初めてだ。酒が入ってるからかも知れないけど、ぼくに興味を持ってくれたみたいでなんだか嬉しい。親分はなんでもない質問をいくつかぼくにすると、「ふむ」とあごをさすった。
「まァ、好きに遊びに来い。トイヴォもネストリも喜んどるからな」
あの二人はぼくが来ることももちろん喜んでくれたけど、どっちかというと親分が楽しそうにしていることを喜んでいた気がするけどな。親分、ひょっとしたらぼくが来ることを良く思っていてくれているけど、単に照れているんだろうか。思いがけない親分の一面に思わず口元がニヤけると、親分はプイと顔を背けてぶっきらぼうに「寝るぞ」とだけ言ってランタンを消し、ベッドに入った。ぼくも暗闇で転ばないように服を脱いでベッドに入った。木壁のすき間から覗く月の光だけが、うっすら小屋の中を照らしていた。
*
「――い、起きろ」
野太い声で目を覚ます。まぶたに当たる光で、今がまだ夜明け頃だというのが分かる。ゆっくり目を開けると、相変わらずの仏頂面がぼくを覗き込んでいた。
「おい、水浴びに行くぞ」
「んんー……」
体を起こすと、親分の暴力的なモノをしまった下着が顔の前に来てドキッとしてしまう。あわててベッドから出ると、親分は傍らにあった布やら何やらをひっつかんで、ぼくを引っ張って小屋の外に出た。寝起きだからぼくもパンツ一丁なんだけどな。いくら露出度が高い服を着ているのが普通なケトラ族の集落だからといって、こんな格好で外に出るのはなんかスース―して落ち着かない。そんなぼくに構わず、親分はぼくを少し川下のほうに連れていった。
「ここで水浴びや」
冷たそうだなあ。もう秋のはじめだから、街ではみんな体を拭くようにして、水では髪や股間だけを洗ったり、時々さっぱりしたいときは水にお湯を混ぜてぬるくして行水したりしている。いくら親分の毛皮が厚いからといって、水がしみ込んだら冷たいに決まっている。そんな心配をよそに、親分はずんずん水の深いところに入っていって、頭から水をかぶってガシガシ洗っている。一方のぼくは、ふくらはぎがかろうじてつかるくらいの浅いところで木製のタブを使ってぱちゃぱちゃと申し訳程度に体を濡らし、すぐに上がって川べりに座って親分を見ていた。親分の毛皮は水に濡れてぺたっと体に張り付いて、毛皮の下の屈強な体を浮かび上がらせる。毛皮が水に濡れたら、大抵の人はぺっしょりして情けない姿になることが多いのに。また、親分の下着は水に濡れ、黒い生地がより暗く沈んだ色になっている。同時に、体に張り付いた布が股間の盛り上がりをさらにくっきりと浮かび上がらせる。ぼくはおとといの親分の小屋での出来事を思い出していた。
「ん、もう終わりか?」
親分はぼくの方を見ると、ニヤリと口元を曲げてざぶざぶとこちらの方へ歩いてきた。川べりで体をぶるぶるふる振るわせて水を飛ばすと、そのままぼくに近づいた。
「なんや、えらい前かがみになっとるなァ」
「あ、ちょっと」
親分がぼくの肩をつかむと、ぼくの股間がパンツを突き上げているのが丸わかりになった。
「そういやァ昨日はコいとらんかったなァ」
そういうが早いか、親分の黒い下着はむくむくと押し上げられ、水に濡れてぴっちり張り付いた布が太い棒のシルエットをくっきり浮かび上がらせた。親分の吐息が少し荒くなった気がする。
「いやあの、誰か来ちゃうとよくないからさ?」
「水浴びは族長が終わってから次のヤツや。ワシが戻るまでは誰も来ぉへん」
親分はぼくに顔を近づけて、耳元で舌なめずりをした。ピチャという唾液の音がぼくの劣情を煽る。親分はぼくの体を荒々しく抱きかかえると、やわらかな草地へと放り投げた。そして股間を見せつけるように、ぼくの前で腰に手を当てどっしりと構えると、挑発するように股間を突き出した。ふくらみを凝視したぼくが無意識に顔を近づけると、親分は軽く腰を引いて股間を少し遠ざけ、欲しがるぼくをじらす。目の前に豊満なモノが実っているというのに、あとちょっとのところで触らせてもらえない。やがて親分は何度も股間を突き上げるようにしてぼくをさらに挑発すると、吐息をさらに荒くさせて、今度はごつごつした手のひらで鼠径部や玉をなぞり始めた。敢えて陰茎を直に触らないことで、自分自身をじらして興奮を高めているのだろう。次第に荒くなる吐息の中に、おぉ……という喘ぎが漏れる。湿った下着を突き上げる先端部分は、川の水で濡れている分を差し引いても、その先から液が染み出ているのが分かるほど、ぴくぴくと涎を垂らし始めている。自身を攻めながら快感に浸る親分を見ながら、ぼくは股間を抑えて腹の底から湧き上がるものへの無駄な抵抗を試みていた。抗いきれずに思わずゴクリとつばを飲み下すと、親分はぼくの手を取って自らの股間に押し付けた。ずっしりとした金玉を撫でながらその重さを感じていると、親分は再び低い声を漏らしながら前後に小さく腰を振り始めた。親分はぼくの手を強引に引いて、手のひらを金玉から棒の方へと少しずつ動かし、剛直したそれをぼくになぞらせる。下着の中身の形がそのくびれまでくっきりと分かる。そして親分はぼくの手を上まで引き上げると、ぬるついた先端をぼくの指を使ってなぞり始めた。自分でするより人の手でされるのが興奮するのだろう。ぼくが自ら指を動かして親分の陰茎の先をなぞり始めると、親分は股間をぼくめがけて何度も何度も突き上げるようにしながら、ぼくの手が親分を弄ぶのを楽しんでいるようだ。そんな姿を見て、ぼくはもっと親分にしてあげたくなってきた。指先で先端をいじめたり、軽く爪を立てて金玉の裏をなぞると、親分はおっ、おっと、さっきまでより大きく声を上げ始めた。今ぼくはこんなにどっしりして、いつも強くてかっこいい親分を弄んでいるのだ。こんな情けない姿、決して子分たちには見せられないだろう。ぼくだけが知っている親分の痴態を眺めながら、より激しく股間をなぶる。耐えきれなくなったのだろう、親分は自分の下着をまくり、脇から怒張したそれをぶるんと取り出した。垂れる涎が辺りに飛び散った。
はぁはぁと呼吸を荒げながら親分は草地に仰向けに寝転がった。そしてぼくに上にまたがるよう促す。ぼくはパンツを脱いで、親分にまたがった。ぼくの股間で腫れ上がったそれが、親分のいきり立つそれに触れ、親分が流した液体でぬるりと滑り合う。親分は前後に腰を振ってそれをこすり合わせ、低い声を震わせた。ぼくも親分にこすりつけるように腰を振って返し、親分をいじめる。そのたびに親分は、おっ、おっと荒い息に交じった喘ぎを漏らす。ああ、なんてかわいいんだろう。
「……ァカン! ィッ……」
親分は細かく体を震わせ、全力で腰を振りながら声にならないか細い声を漏らす。まだまだ足りない。もっと親分の情けない、恥ずかしい、そしてかわいい姿を見ていたい。ぼくはピタリと腰を止めると、親分は体に力を入れて射精をこらえているようだった。
「ぉ……前なァ……」
はぁはぁと息を荒らげながら、親分は抗議するような、切なそうな目でこちらを見た。ぼくの体を引き寄せ、ねだるように腰を振ってアピールする。軽く二、三度こすりつけると、その度に親分はうぉぉと声を上げ、その旅に射精を堪えた。
「ァホ……イかせろ……」
「うーん、じゃあ……」
交換条件といこう。
「親分の名前を教えてくれたらね」
「あ、アカン……」
うーん、射精を我慢してでも隠したいのか。まあ隠したいものを執拗に聞き出す趣味はない。それじゃあ……
「ぼくの名前を呼んでくれたら……はどう?」
「……」
無言の親分の鬼頭を指でぐりぐりといじめると、親分はうおおおと声を上げた。
「ま、ウリ……」
まあいいか、これくらいにしておいてあげよう。意地っ張りの親分からしたら名前を呼ぶだけでも勇気がいっただろう。ぼくはニコリと笑うと、親分の上で再び全力で腰を振り始めた。再び高まり合うにつれ、親分はぼくの上体を強引に引き寄せた。親分はぼくを抱きしめながら激しく腰を突き上げると、ガクガクと激しく体を揺らした。
「アカン! マウリ、イぐッ!」
「ぼ、くも……ッ!」
ふたりのウゥッという声と共に、下腹部から何かが噴き出す感触がして、股間が温かくなる。親分は二度、三度体を収縮させると、何度かうめき声を上げて果てた。
「ボウズ……もう呼ばへんからな」
「えー」
まあ今日のところはこれくらいにしてあげよう。親分はフンと顔を背けたけど、それとは裏腹に、しばらく優しく抱きしめてくれた。
集落に帰るころには辺りはすっかり明るくなっていて、トイヴォは朝食の準備をしながら挨拶してくれた。何人かのケトラ族は箱に何かを詰め込んでいて、朝食前だというのにもう仕事を始めているようだ。ネストリはぼくを見つけると、やあと声をかけてくれた。
「おはよう。ちょっとこれを見てほしいんだけど」
ネストリが持ってきたのは、かごいっぱいに積まれた薬草の束だった。
「これ、よかったら持って行って欲しいんだ」
「え、こんなに?」
「中古のランタンだけじゃ申し訳ないと思ってね」
これはストックが切れかけていた薬草だ。他にも数種類、山奥でしか取れないから手に入れにくい貴重な薬草もある。自分で採るのは現実的じゃないから、いつも業者から購入しているやつだ。これだけあれば余裕をもって冬を越せるだろう。でも今日は薬草袋を持ってきていないし、これを全部抱えて持って帰るのはちょっと難しそうだ。
「あれを使えばいいよ」
ネストリが指さした集落の入口のほうに、見慣れない狼たちがいる。親分のと似た雰囲気の装飾品をつけているからケトラ族なのかも知れないけど、街の人と同じような服装をしている。荷車の前にいて、集落のケトラ族と何やら話をしている。
「あれが昨日言っていた街の仲間さ。ぼくらが修理したものを森の外まで運んでくれるんだ」
なるほど、確かに昨日親分が持って帰ってきたものも結構な量があった。修理したものもかさばるから自分で持ち運ぶんじゃなく、役割分担をしているんだな。
「逆に森の外からここに物を運んでくれる人もいるよ。街外れの倉庫で働いている、ぼくらがしているのと同じブレスレットの狼に声をかければ引き取りに行ってくれるよ。『ラトヴァの友人』だと言えば分かって――」
すると焚火の前でくつろいでいた親分が飛び上がり、焦りながらこちらに近づいてきた。
「おい! 言うな!」
「え? 親分まだ名前のこと気にしてるの? 別にいいじゃん」
親分は額に手を当ててガックリしている。
「親分の名前はラトヴァっていうの?」
「そうだよ」
「立派な名前じゃない」
「ははは、ラトヴァってぼくたちの民族だと女の子に付けがちな名前なんだよね。それを親分が気にしちゃって気にしちゃって……」
「もうええわ! 飯食って仕事や!」
「はいはい」
Ad