【skeb】『アラサー鰐ヒーローは幼馴染の海賊鯱ヴィランに飲まされて海賊の下っ端に堕ちる』

  『ヴィランが出現しました。市民の皆さんは避難してください』

  人工島に造られた海上都市に、アラートが鳴り響く。人々は逃げ惑い、銃声が多数響く。

  「ヒーハー! ラガー海賊団のお通りだー!」

  現れたヴィラン達は、種族はバラバラながら皆目元が隠れるような赤いバンダナをしており、白に青の縞々のボディスーツの上からズボンを穿いたヴィラン達。その様はアニメーションの下っ端海賊のようだが、手に持つ銃器は近代的だ。

  「奪え奪え! ぜーんぶ奪え!」

  海賊姿のヴィラン達は店のガラスを破っては、中に入ってレジを壊して金銭を奪い、宝飾店のシャッターを破り侵入して、貴金属を根こそぎ奪っていった。

  「そこまでだヴィラン共!」

  しかし悪がのさばるばかりではない。ヴィランがいればヒーローもいる。現れたヒーローは、全身を青いヒーロースーツに覆われた、緑色の鱗の鰐獣人だ。目元はバイザーに覆われ、胸元はボディスーツの上から銀の装甲を装備している。

  「ヒーロー、ソリッド・スケイル、ただいま参上! お前達の悪行もここまでだ!」

  「なんだぁ?」「撃て撃て、撃っちまえ!」

  海賊ヴィラン達は一斉にアサルトライフルを構えて、ソリッド・スケイルに向けて掃射する。ただの獣人であれば、そんなことをされては容易く命を奪われてしまう。しかし、ソリッド・スケイルというヒーローは違った。

  チュインチュインッ!

  ヒーローは躊躇なく弾丸の雨の中を走り、それを受けてもソリッドの身体は弾丸を弾き飛ばし、そのままヴィランの顔に右ストレートを叩き込んだ。

  「ぶへっ!」「なんだよこいつ、銃弾無視してんじゃふべらっ!」

  頼みの武器が通用せずに混乱するヴィラン達を、ソリッドは殴る蹴るで沈めていく。ヒーロースーツのようにヴィラン達のスーツもある程度の衝撃吸収効果のある物だが、ソリッドの特殊能力『硬化』によって固められた拳は、常人よりのそれよりは高威力だ。

  「お前ら、撤退だ撤退!」「撤退ー!」

  「逃がすものか……! ぐおっ!」

  一斉に逃げ出した海賊ヴィラン達を追おうとしたソリッド・スケイルだったが、奥にいた海賊ヴィランがスナイパーライフルでソリッドの頭を撃った。幸いにしてソリッドの硬化した鱗を貫くことはなかったが、吹っ飛んで道路に倒れることになってしまった。

  「痛たた……こら、待てー!」

  「待てって言われて待つヴィランなんかいねぇよーだ!」

  次々とヴィラン達は水路に、そこに泊めてあった船へと飛び込み、発進させていく。仲間意識が強いのか、ソリットに倒され気絶している仲間も運び出していく。なんとか走って追い付こうとするも、既にヴィラン達は逃走済みで、水上を爆走する船を追う事など、ソリッドには出来なかった。

  「クソッ! ったた……」

  なんとかヴィラン達が飛び降りていった橋までは辿り着いたが、ソリッドはビアー海賊団の逃走を見送るしかなった。

  ヒーロー協会。治安維持のためにヒーローが集まり、各地で相互援助を行っている組織だ。ヴィラン事件や凶悪事件が発生した際にヒーローを派遣し、場合によっては他の地域に応援を送る。他には能力者をヒーローとしてスカウトするのも業務の一環だ。

  「戻りました、司令」

  事件の直後、ソリッドはヒーロー協会の人工島の支部のリーダーである、鮫獣人の司令官へと報告へ向かった。

  「戻ったか、ソリッド・スケイル。まずは報告を」

  「はい……ビアー海賊団を名乗るヴィラン達を迎撃したものの、盗品は取り戻せず、構成員にも全員に逃げられました……」

  「そうか……いや、そんな顔しないでくれ。お前が一人で戦って、生きて帰って来てくれただけでも良かった。お前でなければ、万が一もあっただろう」

  司令官はソリッドの落ち込んだ様子を見て、ケアの言葉を掛ける。超常の能力を持つ者がヒーローになるが故に皆その力を持っているのだが、生身にまともに実弾を受ければ命に関わる重傷を負うことも珍しくない。

  「しかし……」

  「お前に振るわれた暴力が、一般市民にまで及んでしまったらそれこそ死傷者が出ていたんだ。そこまで卑下するものではないぞ」

  「それは……そうだが……せめて、一人でも捕らえられていれば」

  「ふむ……」

  説得してなお、ソリッドは今回の成果に納得していないままだった。その様子を見て、司令官は考える。ソリッドは『守る』ヒーローであり、責任感が強いのが長所であり少々融通が利かず短所でもある。

  「ソリッド、休養を取ってはどうだ?」

  「休養?」

  「そうだ。たまには何も考えずに羽を伸ばして、リフレッシュしてもいいだろう」

  「……」

  「言葉裏を考える事はない。強いて言えば、ヒーローの有給消化率が最悪だから、出来る時に消化して欲しいくらいのものだ」

  「ああ……分かった」

  ---[newpage]

  司令の提言で有給を取り、一日の休みを取った。取ったはいいが、何をしていいものか分からなかったから、ひとまず何するわけでもなく海上都市をぶらついていた。

  俺の名前は[[rb:鰐塚 > わにづか]][[rb:鋼呀>こうが]]。ソリッド・スケイルという名のヒーローをやっている、鰐獣人だ。今年で三十三、アラサーというのも限界を迎えつつある。それでも戦うためには筋力が必要なタイプだから、ガタイは相当いい方だ。

  「ふぅ……」

  司令がああいった提言をして来たのは、昨日の失態を始め、ここのところ勝率が悪いのがあるだろう。元々俺の能力が守りに特化したもので、ヴィランに勝ち切れないことが多かったが、最近は応援が間に合うまで持たない事態が連続していた。

  復旧作業を行っている現場が目に入る。割れたガラスが張り替えられ、壊れたシャッターが新しいものに変えられているのを見て、これも守れた光景だったのかと自責の念に駆られてしまう。いや、良くないな……司令はこういうことに対してリフレッシュしろって言ってたんだろうから、現場以外の場所に行くか……。

  何するわけでもなく、ぶらりと海上都市を散策する。人工島に造られたこの海上都市は、主に水棲生物の獣人達が暮らす場所だ。かく言う俺もこの街出身だ。街中は道路と同じくらい水路が張り巡らされていて、トラックより船の方が大荷物を運ぶのに適していると言われるほどである。実際、スーパーマーケットにさえ船の搬入口があるくらいだ。

  しかし今回、ビアー海賊団を名乗るヴィラン達はそれを悪用して来た形になる。海上都市のヒーローは他にもいるが、対策は考えなくてはな。

  「んー? なぁなぁ、そこの鰐のあんちゃん」

  日が少し傾き出した頃、急に声を掛けられてすぐに振り返ると、そこには白黒の巨体があった。白い所が目の様に見える、典型的な配色の鯱獣人だ。一瞬誰だ? と思ったが、話し方といい顔といい……。

  「やーっぱり、鰐塚じゃん!」

  「……鯱丸か? 鯱丸なのか?」

  「そうだぜ!」

  何故か胸を張ってそう言って来るのは、[[rb:鯱丸>しゃちまる]][[rb:守>まもる]]だ。一応は幼馴染ってことになるが、高校を卒業して俺は島外のヒーロー養成学校に行くことになって、鯱丸は地元に残っていたから、以来ほとんど会う機会が無かった。せいぜい同窓会とかくらいか?

  「いやぁ、鰐塚、いつの間に地元に帰ってたんだ? 帰ったなら言ってくれよ~」

  「ああ、まぁ、色々あってな」

  ヒーローになって地元に帰って来た、なんてことは言えない。言ってはいけない。ヒーローには守秘義務がある。ヒーローがヒーローを名乗る事を是としてしまうと、詐欺に繋がるのが一つ。そもそもヴィランに日常で狙われないためが一つだ。

  「なんだよ~、水臭いなぁ」

  「そういう鯱丸だって、何してるんだ?」

  「俺は休みだ! って、鰐塚だってそうだろ?」

  「まぁ、そうなんだけどな」

  いくら鯱丸でも、無職って事はないか。結構やんちゃだったから、もしかしたらとも思ったけど。

  「なぁなぁ、この後暇か? 折角運命的な再会したし、飲みにでも行かないか?」

  「この後……」

  一日休みだから、予定自体はない。帰って休む……にしても、まだ少しモヤモヤしているのもまた事実。まだ飲みには早い時間だが、いっそそれもいいか。

  「いや、特に予定はないから、いいぞ」

  「っしゃあ! じゃあ、良い店知ってるから、そこ行こうぜ!」

  そう言われて、俺達は海上都市の、沿岸部に位置する場所へと向かった。人工島の沿岸部はほとんどが港になっていて、その付近には商業施設も多く集まっている。

  「じゃーん!」

  「おお……」

  鯱丸に連れられて来たのは、そんなチェーン店の多い商業施設からは少し外れた場所にあった、大きなガリオン船を模した店だった。船体が丸々店になっているようだ。

  「こんな店、あったんだな」

  「結構最近出来たんだぜ」

  言いながら鯱丸は店の扉を開く。店内はさすがに船の中というより、木造で趣のある古い酒場みたいな雰囲気の店だ。ただ、さすがに時間が時間だからか、店内にそんなに人がいるようには見えなかった。

  「っらっしゃーい! ジョリーロジャーへようこ……っておっ……!」

  「二名で予約の鯱丸だ!」

  なんだ? 一瞬店員のカワウソ獣人の態度が変じゃなかったか? 単に顔見知りってだけか?

  「っと、そうかいそうかい! えーっと……あ、ホントだ。二名様、甲板席へご案内ー!」

  『ヨーソロー!』

  レジ裏で何かを確認して、すぐ威勢よくそう言い、他の店員もそれに合わせて声を出す。結構しっかりしたコンセプトの店なんだな。店員の服も、船員……というか、ボーダーに短パンって、どっちかというと海賊では?

  店内……かと思ったら、そのまま上に上がり、本当に甲板へ上がって来た。甲板にもしっかりと席が配置されていて、すぐ傍の水路が見降ろせて船の通るのが見える。

  「何にしやしょう」

  「とりあえず生で! いいよな?」

  「ああ」

  「へい! 生一丁!」

  居酒屋なのか酒場なのかコンセプトバーなのか微妙なやり取りの後、すぐにジョッキでビールが二杯運ばれてくる。

  「そんじゃ、かんぱーい!」

  「乾杯!」

  ジョッキで乾杯して、少し飲む。鯱丸の方はグビグビ喉を鳴らして飲んでいる。

  「クーッ! 昼間っから飲む酒の、背徳感が美味い!」

  「喉越しとか冷えとかじゃないのかよ」

  思わず突っ込んでしまった。とはいえ、こんなことをするのは初めてで、思いの外気分いいな……アルコール自体は嗜んではいるが、緊急出動があっていいようベロベロに酔うような飲み方はしないんだよな。

  「で、鰐塚は今何してんの?」

  「俺は、公務員だな」

  ヒーローの言い訳の典型だ。慈善事業ではないとはいえ、公務員なんてことはないんだが、こう言っておいた方が何かと都合がいい。

  「ええ?! 鰐塚そんなお堅い仕事してんのか! けど、島の外の大学行ったんだもんな」

  「だな。鯱丸は、結局大学には行かなかったんだよな?」

  「おう。高校卒業してすぐ親父の船に乗せて貰ったんだ」

  「親父さんの? って、確かマグロ漁船だよな?!」

  「そうだぜ! 海の男! って感じで、憧れてちゃいたんだけど、大変なのはいいにしても、拘束時間が長くって長くって」

  「そりゃ……遠洋ならそうだろ」

  昔から鯱丸は自由人って感じしてたからなぁ。考え無しとも言える。

  「んで、結局島に戻って、今は、ここで働いてるんだぜ」

  「ここで? ああ、だからさっきの店員、なんか変だと思ったら」

  「そうそう!」

  話が弾む中、取り敢えずつまみを注文して、ビールをおかわりした。まだ客がそんなにいないのか、すぐに頼んだものは来た。船のコンセプトだからか、つまみも海鮮物の燻製や刺身、焼き魚等々、海鮮メニューに統一されている。

  テーブルに頼んだものが並べられていく。食いながらだから軽く摘まめるよう鮭の燻製とイカリングを頼んだ。鯱丸は刺身の盛り合わせを頼んでいた。

  「いやぁ、にしても懐かしいなぁ。昔は鰐塚とブイブイ言わせたよな~」

  「ブイブイって、主にはお前だろ、色々やってたのは」

  「えー? まぁ……そうだな! 水路をイカダで下ったりとか!」

  「あれは肝が冷えた。船にぶつかりそうになって、しこたま怒られたよな」

  中学生が何やってんだって話だ。昔っから海の男とやらに憧れてた鯱丸は、小さい頃には海賊ごっことか、今のイカダの事とか、高校生になってからは今度は海でイカダに乗って横転したり、不良的なやんちゃよりこういうやんちゃが多かった。

  「そんなお前がちゃんと店員出来てるのか?」

  「そりゃ出来てるって! あそうだ、おーい、お冷一つ!」

  何を思ったか、鯱丸はお冷を頼む。すぐにお猪口が届けられる。って、このコンセプトで日本酒なんか出て来るのか。

  「ほら、酌してやるよ」

  「お、おう……」

  俺達には小さなお猪口に徳利から日本酒を注ぐ。零しでもするかと思ったが、案外ちゃんと注げていた。

  「ほらな!」

  「お、おう……」

  そんなんで店員の証になるかって言われるとな……取り敢えず、折角注いで貰った事だし一気に呑んでしまおうか。結構強いな……あんまり飲み慣れてないから、ちょっとクラッとしてしまった。

  「そういやさぁ……」

  なんてちょくちょく飲み食いしながら、昔の話に花を咲かせる。ヒーローになって以来、こういう機会はあまりなくって、なんだか気分も良くなって来た。図らずも、司令の言うリフレッシュにはなってるかもな。

  「あ、そっちの刺身取ってくれよ」

  「は? そんなの自分で……」

  自分でやれよと言い返そうとしたが、気付けば俺は刺身の皿を鯱丸の前に置いていた。まぁ、普段会わない奴だし、これくらい別にいいか。

  ---[newpage]

  すっかり日が落ち、下の店の方からもガヤガヤ声がして、盛況しているようだ。

  「もうさぁ、リフレッシュなんて言うけどさぁ、そんなんでどうにかなるかよぉ」

  鯱丸に酒を注がれて飲んで、つまみを食っては飲んでを繰り返し、昔話からいつの間にか、仕事の愚痴まで話してしまっていた。

  「アーッハッハッ! そうだなそうだな!」

  「はぁ……俺、向いてないのかな……」

  「えー? そんなことあんのか? 十年以上その仕事やって来たんだろ?」

  「そりゃそうだけど、引退時なのかもな……ヒーロー……」

  「ハッハッ……え?」

  ……ん? あれ、さっきまで馬鹿笑いしてた鯱丸の笑いが止まる。結構酔ってるから、何かマズいこと言った……か……?

  「どうした?」

  「今、ヒーローって言わなかったか?」

  「あ……」

  しまった、ついポロッと出てしまったようだ。鯱丸相手にそんなに気が緩んでたとは……。

  「言ったよな?」

  「……ああ」

  つい肯定してしまった。そんなに飲んでたか。

  「そっかぁ……鰐塚がヒーローとはなぁ。ちょいとつまみ食いするくらいにしか考えて無かったけど、そうかそうか」

  顔を上げて、鯱丸の顔を見る。鯱獣人という種族にしては柔和で人懐っこい鯱丸の顔は、何処か獰猛さを感じさせる表情をしていた。

  「鰐塚、これから言う事、怒らないし、驚かないでも聞いて欲しいんだけどよ、俺がここの店員っていうのは、半分嘘なんだ」

  「嘘? どういうことだ?」

  「何を隠そう、俺はここのオーナーなんだ」

  「……オーナー? お前が?」

  驚くなと言う方が無理な事が出てきたが、意外にも俺は冷静だった。いやしかし、鯱丸がオーナー? 全く想像できない。

  「ああそうさ。そしてここは、俺達ビアー海賊団のアジトでもある」

  「!?」

  なんだって?! ビアー海賊団って、昨日取り逃したヴィラン達じゃないか! 驚愕も、堂々と名乗るヴィランにヒーローとしての怒りもある。ただ、声にならなかった。

  「つまりだ、俺こそキャプテン・オルカ、ビアー海賊団の船長さ!」

  「……!」

  そうか、アジトのオーナーということは、つまりヴィランのボスということになる。いくら鯱丸でも、こんな下手な冗談は言わないだろう。まして、俺がヒーローだと分かっていれば、尚更だ。

  「それは、自首と取っていいのか?」

  「そんな連れないこと言うなよなぁ、鰐塚。ヒーロー引退するなら、俺のものになってくれたっていいだろ?」

  ふざけた事を抜かす鯱丸。ここは外の席だ。本当なら怒鳴って周囲に知らせてもいいくらいなのに、そんな気にならない。

  「っと、丁度皿も空いた事だし、続きは中で話そうか。着いて来てくれよな」

  「ああ……」

  酔って少し足取りが覚束ないながら、俺は鯱丸に着いて行って店内に戻った。戻ってみれば、店員達の視線が突き刺さる。こいつら、普通に接客してたようにしか見えなかったし、今もそうだが、全員ビアー海賊団の一員ということか。街中でアサルトライフルをぶっ放した奴も、俺をライフルで撃って来た奴も、何処かにいるのか?

  鯱丸に着いて行くと、店の奥の方の個室へと通された。店内は船室というより酒場の趣が強かったが、この部屋は船室、船長室と言ったところだろうか。壁に古めかしい世界地図、何かの青い球体が網にぶら下がっているもの、ハンモック、天幕付きベッド、操舵輪、大きな地球儀、本棚。取り敢えずそれっぽいものを詰め込んだような装飾だ。

  そして酒場にしてもバーにしても高級そうな古めかしいテーブルに、既に料理が並べられている。ただ、ビール瓶こそあれど、木製のジョッキは空だ。

  「ほら、座れよ」

  促されるままに、俺は木製の椅子に座り、対面に鯱丸も座る。互いの巨体でギシギシ音が鳴りそうなものだが、案外丈夫なものだ。

  「まぁなんだ、まずは一杯やろうじゃねぇか」

  「散々飲んだのに、まだ飲むのか」

  「いいじゃねぇか。ほら、鰐塚も飲みなって」

  ヒーローにヴィランだと宣言した後にも関わらず、鯱丸の奴は少々口荒くなった程度のことで、殆ど変わらず接して来る。当然のように俺の方に用意していたジョッキにもビールを注いで来た。ギリギリ泡が零れないようにしつつ、美味そうに見える注ぎ方が、鯱丸に出来るんだなと場違いな関心をしてしまう。

  「今更毒なんて盛ってねぇからよ。俺がオーナーなんだから、さっさと料理に盛らせるだろ」

  「だとしたら、何が目的なんだ」

  わざわざヒーローを、部下もいない個室に招くヴィランのボスがいるだろうか。何の狙いがあるのか、探り出す必要があるだろう。そのまま殴ってもいいような気はするが……。

  「目的なんて、そんな大層なもんじゃねぇって。俺は、自由に生きたいし、お前にもそうして欲しいって思うんだ」

  自分でビールを注いで、一気に煽る。ジョッキに毒が塗られていれば関係ないが、少なくともビール自体に何か細工はないのか?

  「あ、そっちのタコ天取ってくれよ」

  「は? またか。まぁ、いいが……」

  急に全然関係ない事を言い出して、何事かと思ったが、別に大したことではないしやってやるか。タコ天の皿を取って……。

  「そんな味気ない事しないで、箸で食わせてくれよ」

  そう言い鯱丸はその大きな口を開いて、俺にせがんで来る。何がしたいのか、訳が分からない。さすがにどうかと思うが、気付けば俺は箸を取ってタコ天を摘まみ、鯱丸の口に入れていた。すぐに鯱丸は箸の先ごとタコ天を咥えて食べる。

  「クーッ! 人に食わせて貰うおつまみは、一段と美味いな!」

  「変わらないだろ別に。美味いとしたら、ビールに合うだけだろ」

  「そうかもな。じゃあ、折角だし飲んでくれよな。泡が消えちまう前にさ」

  「ぐっ……」

  言われて俺は、自然とビールに手を伸ばしていた。おかしい。さすがに、この状況で酒を飲もうとは思わないだろうに、今俺は確かに鯱丸に勧められるままにビールを飲もうとしていた。

  「おいおい、そこまで拒絶することないだろ? ほら、飲めって」

  頭が霞む。少しして、ビールの苦みが口を覆い、喉越しを感じる。

  「おー、良い飲みっぷりじゃねぇか!」

  気付けばしっかり全部飲み干していた。おかしい。何が起きてるんだ……?

  「俺に、何をした……」

  「お? 気付いちゃった感じ? まぁここまで来たら気付きもするよなぁ」

  呆気カランに悪気のない口調の鯱丸。いっそ悪意に満ちてヴィランらしく振舞ってくれれば、躊躇なく拳を叩き込めようものなのに。

  「俺の力は『酒杯の契』っつってな、俺が注いだ酒を飲ませた相手に命令出来るってものなんだよ」

  「なっ……! クソッ、最初からそのつもりで……!」

  「いやぁ、久し振り再会した幼馴染が超タイプになってたから、ワンナイトしようと思っただけなんだけどさ。けど、さすがにヒーローって言われちゃうと、欲しくなちっまうよな、その力」

  お道化た口調でふざけた事を言い出したかと思えば、ヴィランに相応しい言葉が出て来る。その力であの海賊団とやらを作っているのだとしたら、俺も篭絡されかねない。

  「なぁに、心配いらねぇよ。意志を奪ったり無理矢理身体だけ動かしたりなんてしないから、ただただ楽しく生きて行こうぜ? 昔みたいによ」

  「そんなこと、出来るか……!」

  「ほぉ、まだそこまで言えるのか。さすがはヒーローってか? んじゃ、俺もちょいと、本気で行くとするか」

  そう言い、鯱丸はビール瓶を一つ開け、そのままラッパ飲みする。今なら、逃げ出せる……!

  「んんっ!」

  だが、あっさり腕を掴まれたかと思えば、無理矢理鯱丸の方へと向かされ、そのまま鯱丸のデカい口が俺の口へと当たる。こんな時にキスしてくる奴がいるか!? と思ったが、すぐにビールの味が、いや、ビールそのものが流れ込んで来る。まずい、これも『飲ませた』の範疇だとしたら……。

  鯱丸に抵抗しようとするも、身体が上手く動かない。動かしたくない。拒絶したくない。受け入れたい。そんな気持ちが膨れ上がり、鯱丸の身体を押し退けることが出来なかった。

  そのまま舌を入れられて、更に濃いキスをされる。鯱丸のくせに、思った以上に上手いの、なんなんだよ……鯱丸にキスされて、気持ちいいなんて……。

  「ぷはぁ! 良い飲みっぷりだったぜ、鰐塚。ほら、熱いだろ? 服脱げよ」

  服を……俺は、すぐにシャツのボタンを外して、上半身裸になる。ダメだと思っていても、酔いが最高潮に達しているように頭がクラクラして、まともに抵抗出来ない。

  「下も脱げよな」

  「あ、ああ……」

  言いながら鯱丸もズボンを脱いで、産まれたままの姿になっていた。俺も、すぐにズボンもパンツも脱ぎ捨てて、裸になる。互いにチンポはスリットの中だから、意外と恥ずかしいって気持ちは少ない。水棲種族ばかりで幼い頃から水辺が遊び場なのもあって、男同士なら全裸で水遊びなんてのは珍しくないからだ。

  「よし、じゃあセックスするぞ」

  「せ、は……?」

  「おいおい、いい年してそんなかよ。そんな可愛いとこまであるなんて、ずるいじゃねぇか」

  何故か部屋にあった天幕付きのベッドに押し倒されて、突拍子もない事を言い出す鯱丸。いやしかし、そもそもはつまみ食いのつもりとか言ってたから……って、俺はこいつに犯されるのか!?

  「んひっ! な、何やってんだ!」

  いきなり、尻を舐められる。ただ舐められるだけじゃなく、その下が尻穴を拡げるように這い回り、むず痒い刺激を与えて来た。尻なんて弄ったこともないのに、なんでこんなに……。

  「まずはこんなもんか? んじゃ、指挿れるぞ」

  「あがっ!」

  そして、舌を抜いたかと思えば、鯱丸は本当に俺の尻に指を突っ込んできた。指一本とはいえ、俺達の指の太さを考えれば、異物感が舌と比べて尋常ではない。普通に痛みがある。

  「っと、こっちも弄ってやるよ」

  「んぎぃ!」

  鯱丸の太い指が俺のスリットにも入り込み、乱暴にスリットの中を掻き回される。痛みよりも強い性刺激がいきなり襲い掛かり、堪らず身体が反り返る。

  尻に入った指は止まり、スリットの中を、その中のモノを弄られ刺激され、あっという間にスリットからチンポが飛び出してしまう。声が出ないように抑えているが、それでも少し声が出てしまった。

  「あっ、んひっ、あっ……ひやっ!」

  「気持ち良かったか? 心配すんなって、もっと気持ち良くしてやるから」

  チンポへの刺激が止められ、尻を拡げる指が再び動かされる。いつの間にかそんなに痛みがなくなっていて、尻を弄られるのも気持ち良くなってきていた。まずい……こんなはずでは……。

  「あー、エロくって勃っちまった。なぁ、気持ち良くなりたいだろ? こいつをここにぶち込んだら、もっと気持ち良くなるぜ?」

  「そん、な……もの……」

  「なぁ、ビアー海賊団の一員になれよ。鰐塚が、ビアー海賊団の船員になってくれるなら、今すぐぶち込んでやるぜ?」

  命令が頭に響く。俺は、ビアー海賊団の船員……って、違う!

  「誰が、ヴィランに……俺は、ヒーローだ……!」

  そうだ、俺はヒーローだ。例え酔わされてヴィランの力に呑まれようと、そこだけは違えてはならない。なんとか、チャンスを……。

  「そっかぁ。じゃあ、一発ぶち込むか! 俺のチンポを、しっかり受け入れろよな!」

  「んがあああ!」

  既に臨戦態勢だった鯱丸の凶器的デカチンが、ミチミチ音を立てながら俺の尻に入っていくのを感じる。痛みで悶えるものだと思っていたのに、どういうわけか頭が真っ白になりそうな快楽が押し寄せて来た。

  「なんっ、こんな、なんで……!」

  「へへっ、意外とウケの才能あったんじゃねぇの?」

  「ひぃっ!」

  適当な事を言ってきた鯱丸は、無遠慮に腰を振り始め、俺のケツをぐちゃぐちゃに犯して来る。チンポが出入りする度に俺の背筋に電流が走り、俺の頭は真っ白になっていく。ダメだ、こんなもの受け入れたら、俺の精神が持たない。

  「やべっ、思ったより、具合いいぜ、鰐塚」

  「あひっ! んひっ! ああんっ!」

  鯱丸が何かろくでもない事を言っているが、それももうまともに頭に入らない。パンパンジュブジュブ、そして激しい息遣いだけが耳に届き、俺を興奮させてくる。

  「ああ、あの鰐塚が、俺に抱かれてこんなエロい声出すなんて。こんなエロい身体しやがって……絶対に、俺のものにしてやるからな!」

  乱暴な腰振りに、俺はもう限界を迎えつつあった。イキたい。この際鯱丸に犯されてイクのでもいいとさえ思ってしまった。だが、それは、鯱丸に、鯱丸の力に屈することに……。

  「へへっ、もうイキそうなのに、ずっと我慢してるんだな?」

  「俺、は……俺は……」

  鯱丸の腰振りが急に止まる。物寂しさを覚えてしまったが、少しホッとしている。物凄くもどかしいが、イクよりはずっと……。

  「んんっ!」

  だが、すぐに鯱丸にキスされる。さっきと同じ、ビールの含まれたキス。まずい、今飲まされたら、これ以上、鯱丸に、心を奪われたら、俺は……。

  チンポで繋がったまま、舌を絡められる。気持ちいい。ダメだ、キスだけで、もう……。

  「ぷはっ、鰐塚、俺が中出しして、お前がイッたら、俺に着いて、ビアー海賊団の船員になれ」

  「あっ、俺、は……!」

  再び鯱丸は腰を振り、そして一際強く打ち付けて来た。

  「イクぞ……!」

  「んああああ!」

  俺の腹の中に熱いものが入り込んで来る。それと同時に、俺も限界を迎え、射精してしまった。凄い……気持ち良過ぎる……。

  頭が、真っ白になる。そこに、鯱丸の言葉が、響く。

  「あ、ああ……俺は、俺は……」

  イッてしまった。俺は……。

  「鰐塚、お前は今この瞬間から、ビアー海賊団の一員だ。船長の言葉に良く従って、海賊らしく自由に生きようぜ」

  「俺は、ビアー海賊団の一員……鯱丸は、船長……船長、従う……」

  真っ白で、何もない頭に言葉が染み込んでいく。俺は、ビアー海賊団の一員。ヒーローじゃない……ヴィランだ……!

  「へへっ……俺は、海賊。ビアー海賊団の、船員だ……!」

  「ああ、そうだ!」

  「おほぉ!」

  鯱丸船長の、いや、キャプテン・オルカ船長のチンポが抜け落ちる。あー、ザーメンがケツから垂れてる……んで、船長は何を……?

  「ほら、これが船員の証のバンダナだ」

  見れば、それは赤い布だった。そういや、ビアー海賊団の船員は、みんな同じバンダナをしてたな。店員の時はしてなかったけど、してたら俺、気付いてたよな。

  俺はバンダナを受け取って、船員達と同じように目元を隠すように頭に巻く。不思議としっくり来る。

  船長も同じバンダナをして、お揃いになった。俺も船員になれたって思えて、その事実が堪らなく嬉しくなる。

  「よーし、そんじゃ、二回戦、やろうぜ!」

  「おう!」

  もう一度押し倒されて、キスされて、チンポを挿れられる。ああ、なんて楽しいんだ。こんなに楽しいなら、ヒーローである必要なんてない。俺は、ビアー海賊団の船員。下っ端船員として、船長に尽くすんだ。

  ---[newpage]

  ヒーロー、ソリッド・スケイルが行方知れずになって数日後。

  「ビアー海賊団参上!」

  赤いバンダナに青白の縞々ボーダーのボディスーツを着た海賊ルックのヴィラン集団。海上都市の水路を進む、ガリオン船に見える船が数隻、その中心には一人豪勢な黒いロングコートを着た鯱獣人、キャプテン・オルカの姿もあった。

  「ヒーハー! お前ら、しっかり暴れて来い!」

  『ヨーソロー!』

  ガリオン船から船員達が飛び出し、各々が持つ現代兵器で街を破壊しては、金銭金品を強奪していく。

  『ヴィランが出現しました。市民の皆さんは避難してください』

  ヒーローが現れる事がなく、被害はどんどん拡大していく。

  「アーッハッハッハー! いやぁ、本当に警備が手薄なんだな!」

  キャプテン・オルカは次々運び込まれる金品を見て、高笑いを上げて、すぐ傍にいる新入りの下っ端船員の背中をバシバシ叩いて賞賛する。

  「おう! 常駐場所よりかなり遠いから、しばらくは来れないからよ!」

  そう答えるのは、緑鱗の鰐獣人だ。他の海賊達と同じく、赤いバンダナに青白ボーダーのスーツにズボン姿で、今しがたレジスターを壊して持ってきた紙幣硬貨の入った袋を持ち帰って来たばかりだ。

  一体誰が他の船員達と同じような見た目で悪事を働くその姿を見て、彼がソリッド・スケイルだと思うだろうか。筋骨隆々な鰐獣人というだけならば、オーソドックスな鱗色なのもあってそこから気付く者もいないだろう。

  「さーて、そろそろこの辺は獲り尽くしたか?」

  「船長ー! ヒーローが来たッスよ!」

  「おっと、おーい、撤収だー!」

  「船長、俺迎えに行くぞ!」

  「おお、頼むぜ!」

  すぐに鰐獣人は船から飛び出し、ヒーローの来ている方へと、船員達の流れに逆らい進んでいく。

  「とりゃー!」

  船員の一人にヒーローの拳が届く直前、鰐獣人が間に入り込みその拳を片手で受け止める。

  「何!?」

  「俺がしんがりになるから、とっとと行きな!」

  「へい!」

  ヒーローを弾き飛ばして、そのまま拳を構える白熊獣人のヒーローと対峙する元ソリッド・スケイル。

  「クソッ、俺の拳を止めるとは、何者だ!」

  「へへっ、俺はビアー海賊団の船員さ!」

  すぐに鰐獣人は白熊ヒーローに飛び掛かり、硬化した拳を振るう。そこには最早ヒーローの姿も矜持も何もない、ただ海賊団の仲間達を逃がすために戦う、ヴィランの姿しかなかった。

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