一話「青と赤と緑」

  ーー魔法は、苦手だ。

  みんな当たり前のように使えるのに、なんで自分だけはあんなに中途半端なんだろう。

  合図を待ち、ぼーっと空を見上げながら考える。

  茶色の毛に、若葉のような緑色の目を持つ、15歳の鼠少年ーーレンは現在、訓練の真っ最中だった。

  魔法が苦手。魔法を行使することが苦手だ。

  やる気は人一倍あるし、人一倍訓練もしているし、手ほどきもしてもらっている。

  しかし、満足に使うことができない。

  具体的に言うと魔法の発生が遅すぎるのだ。

  魔法には、三つの外せない手順が存在する。まず魔力を体外に出し、魔素に反応させる。そして魔法として顕現させる。この中の魔素に反応させる、という手順が魔法の発生速度に影響してくる。レンは、魔素に反応させる速度が異様に遅いのだ。

  同期の中では、レンの魔法の成績は真ん中程なのだが、レンより成績が低くても魔法の速さでレンより劣るものは誰一人としていない。

  むしろ、魔法の成績が最下位のヒトの魔法の速さは尋常じゃない。その性質と併せてかなりのスピードが出てる。

  成績は、魔法の全体的な要素を含めて総合的な点数で評価されるため、レンはそこそこの順位なのだろうが、実戦での頼りなさはおそらく第一位だろう。

  「って、集中集中。ネガっても魔法は上手くならないし、できないなりにやれることをしなきゃ。」

  頭を振ってネガティブな思考をかき消し、集中モードに入る。

  レンの魔法の属性は『緑』だ。

  自然の、主に植物から力を借りたり、逆に力を与えるたりする属性だ。

  かなり特異な属性で、その効力を発揮するには自然との親和性が必要だとか。

  今回レンが行うのは、植物を利用した罠の配置だ。他二人に標的を誘導してもらい、罠にかける。

  今回の訓練は捕獲訓練だ。なので、他の二人よりそれっぽいことが可能なレンが罠役を買って出た。

  買って出たというよりは、買わされた、というべきか。

  「ま、それしかできないだけなんだけどね。」

  地面に指を刺して、種が埋まる程度の穴を掘る。

  その穴に種を植えて土をかぶせる。

  「後は、合図を待つだけ……」

  植えた種には、レンの魔力が込められている。魔力を通して、レンと種の間にパスを繋ぎ、後は合図に合わせて魔素を反応させ流し込むだけだ。

  再び青い空を見上げて、送られるはずの合図を待つ。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  日が少々傾いた頃、そこには異様な光景が繰り広げられていた。大柄な熊猫を、中柄の獅子と小柄の兎が追いかける、そんな光景。

  金色の立髪を揺らし、燃える赤い目で熊猫を見据える獅子少年ーーレイヴンと、長い耳をピンと立て、屋根の上を軽々と移動す雌兎ーーファンドは絶賛訓練の真っ最中だ。

  訓練の内容は、目の前の熊猫を捕獲すること。

  レイヴンとファンドは誘導役だ。

  武術、魔法、その他諸々駆使して相手を罠に誘導する。

  「レイヴンそっち!行かせないで!」

  「おうよ、わかってらぁ!」

  熊猫の逃げる先にあるのは細道の十字路。

  今回誘導したいのは右への道だ。だから、熊猫の後方と左、前方を塞ぐ必要がある。

  「おっしゃぁ、まかせろ!」

  レイヴンが屋根の上から地面に膝を立てて着地。

  そして左手を突き立てて熊猫の後ろを走り始める。

  突き立てた左手の先に赤い光と共に小さな火が発生する。

  その火は秒を追うごとに赤いうねりを作り、その大きさは増して、拳ほどの大きさとなる。

  そしてその大きさになったとほぼ同じタイミングで左腕を大きく振りかぶりーー投げる。

  「そら、くれてやるよ!」

  投げられた火球は熊猫をめがけてーーではなくそのすぐ脇を通り過ぎる。

  通り過ぎたその先、十字路の左側に着弾し、大きな爆発音を立て、一層強く燃える。

  「こっちだってあるんだから!!」

  先回りして十字路の前方に立っていたファンドが壁に触れる。

  すると、触れた壁が青く光り、触れた壁から滝の如く水が溢れ出す。

  「……!!」

  熊猫は突然の爆発と水の発生に驚愕し、一瞬足が止まる。

  しかし、バシャバシャと水を踏み、すぐに右方向へ走り出した。レイヴンとファンドの目論見通りに進んでいく。

  「レイヴン、そのまま右行って真っ直ぐね。」

  「ああ、後処理まかせた。」

  ファンドに火の後処理を任せ、そのまま熊猫の跡を追いかける。

  「うわ、アイツ足はっや。」

  角を曲がった先、前方かなり距離を空けられていた。

  レイヴンと熊猫の距離は、かなりの差がついていた。あのまま見失うほど距離を空けられてしまうわけにはいかない。

  すぐさま走り出し、後を追い出す。

  その後ろでファンドが流した水に触れて水を止め、レイヴンの出した火に水をかけて鎮火する。そして遅れて再び屋根の上を走り出す。

  距離が空いたとはいえ、この辺りの通路は基本的に一本道だ。所々曲がり道はあるが、さっき水を踏んだせいで丸わかりな熊猫の足跡を追いかければ問題ない。

  が、しかし

  「………っ!クソっどこ行きやがった。」

  足跡を追いかけて曲がった先はわかりやすい行き止まり。

  順当に追いかけていたつもりだったレイヴンだが、そこにあったのは熊猫が履いていた靴だけだった。

  「なあぁぁぁ、くっそ!やられた!」

  「ほらぁ、いつも熱くなると凡ミスやらかすんだから。ほら、さっさと行って。誘導するから。」

  立髪を手でぐしゃぐしゃにして嘆いていると建物の上からファンドが呆れた声を掛けてくる。

  もはやこんなレイヴンのミスも日常茶飯事で、なんなら作戦の一部に必ず『レイヴンがやらかした場合』の動きが織り込まれるほどである。

  「ああ、いつもすまんな。これでもだいぶ気をつけてるんだけどな…」

  「ほらほら、誘導するから早く行くよ。」

  と、自分のミスを反省し、再び身を低くし走り出す。レイヴンが走り出したのを見てからファンドも続いて走り出す。

  「ファンド、音はどこだ」

  とファンドに尋ねる。

  逃げる対象を見失った時、がむしゃらに探すのではなく、対象の足音を探す。

  今聞こえる足音は三つ。ファンドの足音とレイヴンの足音、そして少し離れた道を走る熊猫の足音

  常人ならば聞き取れないような距離の足音、しかし幸い、ファンドは兎族だ。兎特有のその長耳を澄ましーー

  「まだ遠くには行ってないよ。一個先の角を左に曲がったら直線。ただ、そのルートだと…」

  「ああ、ポイントからずれちまうから、また誘導が必要になるな……。さて、どうしてやろうかね。」

  この訓練の成功にはこの誘導が一番大事である。最初に決めておいたポイントに『罠』を仕掛け、そこに熊猫を連れて行く。

  それだけだが相手にも勿論考える頭がある。罠がバレるのは当たり前。ただしバレていても相手を罠に嵌めなければいけない。

  作戦のメンバーは三人

  上から『音』を頼りに情報を伝えるファンド、そしてそれをもとに相手を翻弄するために動くレイヴン。

  そして作戦の要となるもう一人ーーー

  「レンくん大丈夫かなぁ……」

  下で熊猫を追跡するレイヴンを見ながらそんな心配をしていた。

  相手を嵌めるための罠を『作る』レン

  彼はいつも全力で取り組んでくれてはいるのだが、いかんせんその速さは頼りないと言わざるを得ないのだった。