四話『鼠の力』

  ーー朝

  昨日とは打って変わって、雲一つない綺麗な青い空。『華時』特有の花の香りも自然と鼻に流れ込んできそうな、爽やかな風が吹く日。

  今日は、週に一度の狩人達に与えられる休みの日だった。

  日が昇ってしばらくした頃、茶色の毛の鼠ーーレンは一人、朝食を食べようと寮の食堂に向かって廊下を歩いていた。

  他の狩人達は毎日の訓練で慣れてしまった、早寝早起きの時間で生活しているため、休日とはいえこんな遅くまで寝ている者はほとんどいない。

  ルームメイトの薄い青毛の狼(自称)ーーライも、起きた時にはもう既に外出した後だったらしく、部屋にはいなかった。

  「なんでみんなこんなに早起きなのかねぇ…。」

  レンにとって休日はとにかくだらける日と決めているのだ。睡眠を長くとって決められた時間ではなく、自分で決めた時間通りに行動する。

  やりたいだけ魔法の訓練もできるし、やりたいだけ遊びに尽くすこともできる。

  だからこそ、レンは態々休みの日まで律儀に普段通りの時間通りに動くヒト達を密かに、哀れんでいた。

  「ふぁ……あ、みんなもっとルーズに生きればいいのに。」

  あくび混じりのため息をつき、カウンターからパンと赤いきのみを数個取る。

  寮の食堂は『自由にお取りください』のパンと牛乳、そして少しばかりのきのみが毎日入れ替えで置かれている。

  食堂といっても大層な料理が出てくるわけではなく、ただみんなで食べれる共用スペースというだけだ。

  たまに座学講師のヒューマンーーサクラや健康技師の川獺ーーアリエイト、他にも料理好きの生徒がみんなに料理を振る舞ったりすることもある。

  が、基本的にはこんな感じで誰が料理するわけでもなく、毎日支給される基本食が置いてあるだけで、閑散としている。

  そんな広い食堂のすみっこで、一人細々とパンを貪る。

  特に美味しいわけでも美味しくないわけでもないパンを食べて、牛乳で流し込み、赤い酸味の効いたきのみを食べる。

  そんな1日の始まりが家にいた頃を思い出すようでレンは好きだ。

  ーーそんな至福のひと時に魔を刺そうとするいたずらっ子が一人、息を潜めている。

  (……まだいる……)

  『隠れん坊将軍』のレンにかかれば、その存在に気づくのも難しくない。

  『狩人内かくれんぼ大会』と称して、気配を殺す訓練をした時、レンだけは見つからず出てくるまで放置されるという経験をしたことがある。結局次の日の訓練始まりギリギリまで移動しなかったのだが。

  その日から、レンは『隠れん坊将軍』と呼ばれるのだった。

  そんな『隠れん坊将軍』を狙う刺客が一人、レンが食堂に入った時には既にそこにいた。

  当の本人は息を殺しているつもりなのだろうが、『一杯食わせてやろう』とでも言いたげなオーラが溢れている。

  「さーて、ごちそうさま。」

  鳴りを潜めるいたずらっ子の存在を敢えて無視して、カウンターに食器を返しに行く。

  いたずらっ子の居場所は天井の通気口だ。そこそこ広い通路があって、そこから出てきて驚かすつもりだったのだろう。

  だが、相手が悪い。普通ならそんなところにヒトがいるなんて考えないらしいが、相手はこの『隠れん坊将軍』の称号を与えられたレンなのだ。

  カウンターに食器を置き、チラリと天井を見ると、その天井の格子が微かに揺れているのがわかった。

  わざと背中を晒し、仕掛けるには絶好の機会を作ったというのに、一向に出てこない。

  「いつ出てくるんだろう…」と思いながら食堂から去ろうすると、

  「あ、待って、置いてかないで」

  と、天井の方からレンを止める声がかかった。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「うへぇ、やっと出られたんだぜ。」

  場所は変わって一階のロビー。

  その通気口の中から一人の鼠が出てくる。

  「まさか出られなくなってたとは……」

  天井で待ち構えていたのは、レンの同期の鼠族ーーエルドだ。同期といっても今年15歳のレンに対して、エルドは今年9歳だ。歳の差がすごい。

  エルドもレン達と共に狩人の訓練をこなした立派な狩人なのだが、いかんせん精神的にも肉体的にも発達途上なので狩人としての活動はまだ許されていない。それに加えて、何をやり出すか分からない危なっかしさがある。今みたいに。

  狩人として活動できるのはリオン曰く、『早くても三年後かな。』と言われている。

  「それで、いつからあそこにいたの?僕が食堂に来た時には既に居たよね?」

  どこに潜んでいるか把握したのは朝食を食べてる最中なのだが、食堂内に誰かが居る、というのはすぐに分かった。

  そして、レンが食堂に入った後は誰かが動いている気配はなかった。つまり、レンより先に潜んでいたということになる。

  その推測が正しかったようでエルドは首を縦に振り、レンの顔を見上げ

  「実はな、今日の朝からあそこに居たんだぜ!すごいだろ!」

  と、橙色の目をキラキラさせながら自慢げに胸を張って話す。尻尾もピンと立てて、なお一層自信たっぷりな様子が伺える。

  しかし、

  「そんで出てこれなくなるとか……。危なっかしいなぁほんと。」

  「いやぁ……ほんと想定外だったんだぜ。」

  エルドが照れた様子で頭をかく。

  通気口なんて人の出入りがごく僅かな場所で、レンが気づかなかったらどうやって出てくるつもりだったのだろう。

  「それで、今日は何点だったんだ!?かなり自信があったんだぜ!」

  両手を握り胸の前に持ってきて、今回のかくれんぼの評価を尋ねてくるエルド。その目は自信満々でキラキラと輝いており、余程の高評価を期待しているのが伺える。

  ちなみに今までの最高点数は100点満点中50点だ。

  「出てこれなかった場合はどうするつもりだったのかお聞きしても?」

  「え?そんなのあるはずないだろ。だってレンがオレを置いていくわけないんだぜ!……無いよな?」

  「さぁ。」

  途中まで自信満々そうに胸を張っていたエルドだが、言っている最中に不安になったようで張っていた胸が引っ込む。

  それに対してレンも肩を上げ適当に答えをはぐらかすとさらに不安になったように、レンを見上げるエルドの目が僅かに泳ぐ。

  その不安を、行動を起こす前に感じてくれたらいいのだが。

  「とにかく、何点だったんだ!思った点数そのまま言ってくれていいんだぜ!」

  不安を振り払うように頭を振り、再びエルドが尋ねてくる。年相応というか、表情がすぐにコロコロと変わる。かわいい。

  だが、評価は私情を挟まず公平に。

  「そうだね……隠れている場所、隠れるタイミング、気配……その他諸々合わせて0点だよ。今回は0点です。」

  「はぁ!?0は無いぜ、なぁせめて1点は欲しいんだぜ!?」

  「いやいやいや、今回は多分今までで最低の出来だったと思うよ。1点もあげませーん。」

  手を地面につけ態度でそのがっかり度合いを示すエルド。その様子に苦笑いで対応する。

  そもそも何点取れる予想だったのだろうか。点数を聞いてくる顔と、今の全力のガッカリ態度から見るにかなりの自信があったことだけはなんとなく分かるが。

  「せめて自分で出てこれる場所に隠れようね。本当に。ーーーほら。」

  「……気をつけるんだぜ…。」

  手を差し出し、エルドを引っ張り上げる。引っ張り上げられたエルドは罰が悪そうに頬をかき、レンを見上げる。歳の差相応の身長差だ。側から見れば兄弟に見えなくもない。

  エルドの頭を撫でるレンと、それを嬉しそうに受け入れて頭を差し出してくるエルド。

  狩人訓練生の中で鼠族はレンとエルドの二人だけだ。レンから見たら本当の弟のようで、エルドから見ても本当の兄のようで。互いに本当の家族のように接している。

  「あれ、そういえばバンダナは?今日はつけてないの?」

  「え?つけてる…………あれ?」

  いつも頭に巻かれている橙のバンダナが無いことを指摘すると、エルドは確認するように頭を弄る。

  その存在が無いことに気付いて、その顔は青ざめていき

  「……落とした…」

  「え、落としたってまさか」

  「「…………」」

  数秒目を合わせた後そ天井を見上げる。

  まぁ、つまりそういうことだと。

  「ちょっと、オレ取りに行ってくるぜ!」

  「いやいやいや、僕が行ってくるからエルドはここで待ってて!!」

  再び通気口へダッシュしようとしたエルドを抑え、レンが通気口へ突入する。

  その後、レン一人で天井裏なり通気口なりを探し回ったのは言うまでも無い。

  ちなみにエルドは、その後寮に訪れたリオンに捕まり説教された後、レンが戻った後重ねて説教された。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「まったく……本当にレンにはもっとしっかりしてもらわないと困るのだよ。」

  「はい、ほんと申し訳ないです……。」

  レンがエルドのバンダナを探して周った後、寮のロビーに戻ったら、そこにいたのは正座させられてるエルドと我らが教官、熊猫のリオンがエルドのバンダナを手に、腕を組んでエルドを叱っている最中だった。

  「レンなら分かるでしょ?あの水の調整レバーがあるのは本来君らは立ち入り禁止の教官室なのだよ。通気口、屋根、塀、地下水道とどこを通っても構わないが、人様に迷惑をかけないようにして欲しいのだよ。本当に。」

  「……エルドにも言っておきます…。」

  耳が痛い。

  事実、レンは通気口も屋根も塀も地下水道も何から何まで平然と通っている。

  迷惑をかけていないつもりの場所しか通ってないが、今回こういう事故が起きたことを考えると他人事では無い。

  「君も理解しているだろう?君たちの力の難解さは。それは鼠族にしか分からないことで、鼠族以外には分からないものだ。だから、人生の先輩として、エルドをしっかり導いてあげて欲しいのだよ。難しい話だけどね。」

  リオンは軽率な言葉にレンはあからさまに不満な顔を作る。

  その顔を見たリオンは「ふっ」と鼻で笑って

  「いい感じにやりたくないだろう?だから、まぁ、その調子でさっさと実践レベルまで上げてしまってもいいのだよ?そうだな……他所様に出しても恥ずかしくないぐらいに仕上げてくれると大助かりだ。」

  「……かくれんぼ止めるので許してくれませんかね?」

  リオンの提案に交換条件を付けてその責任から逃れようとする。

  やりたくない、というかやろうと思ってやれるものではない。

  事実、ここは入っちゃダメだな、とかここを通るのは良くないな、とかそういう感覚は、生きていて自然と身につく感覚なのだ。

  鍛えようと思って鍛えるものではない。ていうかハードルがたけぇ。

  「いやいや、かくれんぼ自体は非常にいい。是非続けてくれ。」

  「……ん?」

  「かくれんぼ、鼠の可能性を測るようで実に結構だ。どれだけの場所を認識できるのか、というのも今後の仕事をこなす上で非常に有用な情報だからね。」

  「鼠の……可能性?」

  「そう、可能性。言っただろう?鼠の力は鼠にしか分からない、と。それがもし、かくれんぼという形で個々の力量が見えるなら本来難しい仕事も多少は楽になるかもしれないしね。」

  それは、希望的観測だった。

  リオンが見ているのは、狩人としての鼠の力の有効活用だ。

  世間からは傍迷惑に思われていて、邪険に見られる鼠の力に、リオンは前向きな見方をしていた。

  「前々から思っていたのだよ。もし鼠の力をコントロール、或いは理解している者がいれば、それは我々狩人全体を、もう一つ前進させられるとね。そして現状狩人には、力をある程度理解して使えるレンと、まだ未熟なエルドの二人がいる。その差が何なのか分かればさらに躍進できると思わないかい?」

  レンの顔を見るリオンの目はレンを信頼している目だった。

  リオンはいつもそうだ。鼠への期待感が半端ない。そこまで大層な力を持たない自分を、いつも期待の眼差しでレンを推し量る。

  しかし、そんなに信頼されて、期待されては断れないではないか。

  「…引き受けてもいいですけど……すぐには無理ですよ?」

  「そんなすぐに、とは思ってないよ。早いに越したことはないけどね。エルドが狩人として活動できるのは、安く見積もっても3年後だ。その3年の間に変わってくれたら関の山、さ。」

  と、最後にリオンが、レンに対してニッと笑ってこの話は終わった。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  時間は過ぎて昼前ーー太陽が軌道の頂点に至る少し前、レンはリオンの説教タイムから解放されて寮から出て街を歩いていた。

  「ーーさて、と。」

  しばらく歩いて街を抜けて、ヒトの気配が無い道を通り、行った先には高く聳える山ーー亡霊鉱山がある。

  かつて、魔法石、魔石の発掘が盛んに行われていた炭鉱がある山。

  その昔、大雨によって炭鉱が崩れ多くのヒトが生き埋めになったとか。

  それ以降、誰も山に立ち入れず入ろうとしても地表が崩れていってまともに歩けないらしい。

  猿系のヒトが入ろうと試みたこともあったらしいが木々も腐っていて、渡るに渡れないとか。

  侵入を拒み続け、果てに国の管理からも外れた山は、いつしか亡霊鉱山と呼ばれるようになり、終には誰もが亡霊鉱山周辺から立ち退いた。

  そんな亡霊鉱山に、レンは入ろうとしていた。

  地表は崩れやすく、足で地を踏んで進めない。かといって木々を渡っていこうとすると、今度は木が腐っていてまともに木を渡っていくこともできない。

  ーーだが、レンにとってそれは何の障害でもなかった。

  一度目を閉じ、一旦視界の情報をリセットする。

  入るのは、ぱっと見て、そこに見える『道』を見つけてからだ。迷わないように、最初に目についた『道』だけを通る。

  目を開き、一番最初に目についた『道』。木の上に登る。その木はレンを落とすことなく、すんなりと受け入れて立ち尽くしている。

  一度進み始めたら止まることなかれ、そこから流れに乗るように、木の上を一歩一歩踏み締めて森の中へと入って行く。

  誰も入ったことのない、道の領域へ。

  鼠の本能、鼠が生まれつき持っている力ーーその能力は『近道』と称されている。

  端的にいえば、名前の通り近道を見つける能力。

  具体的に言うと、『渡れる、通れる』場所を『道』として認識する力だ。

  力なんて銘打っているが、力というほど大層なものでもない。要するに、他の種族より『道』の選択肢が多くなるだけだ。塀の上や屋根の上なんてなんのその。地下水道や、通気口まで、鼠にとってありとあらゆる場所が『道』なのだ。

  その種族特有の小柄な体格も相まって大体の場所を行き来できる。

  もちろん、『道』として通れる場所は本人の身体能力にも左右されるが。

  「よっ、ほっ、と。」

  リズミカルに手と足を駆使しながら木の上をどんどんと前に進んでいく。

  その目に迷いはなく、ただ目的地を目指してひた進む。

  ある程度進めば、道の選択肢はさらに広がる。腐った木々が多く存在するゾーンを抜けるとそこから先は四方八方行きたい放題だ。ただし、木の上に限る。

  地面の上は相変わらず滑りやすすぎて、立ってるだけでも難しい。

  何度も試して模索されたであろう侵入ルート、数々のヒトが挑戦し、その難易度の高さに諦めてきた亡霊鉱山への侵入を、レンは一人で誰にも知られることなくやってのける。

  『近道』、そしてレンの観察力、思い切り、身体能力、そして自然との親和性。それらが併さって初めて、亡霊鉱山という山はヒトを受け入れる道を開ける。

  整備された道を駆け回る子供のように、レンの目は迷いなく、そして、踏み場を誤ることなく風を切って走っていく。

  鼠の本能『近道』ーーレンはその力を最大に使いこなす、まさしく『鼠』であった。