七話 『狩人になる』

  ーー商通り

  毎日賑わう商店の集まり、今日は一層ザワザワと賑わっている。

  「大丈夫ってなんだろう……」

  一人の犬の少女が、走り去る獅子を止めようと伸ばした空っぽの手をおろし、立ち尽くす。

  明らかに大丈夫じゃない状態の獅子を見送って再びプリン屋の列に並び直す犬の少女。

  走り去る前に見せた彼の笑顔が、とても見ていられないぐらい痛々しいもので、その状態の彼を止められなかったことが気がかりだった。

  「誰か、獅子族の狩人を見たヒトはいませんか!」

  そんな気がかりを上塗りするように、別の狩人が声をあげて商通りを走りがかった。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「アッハハ!ほらほら!もっと見せてよ、お兄さんのチカラ!」

  「ッぐぅ!」

  閑静な、廃墟の群れの中、鋼を穿つ音が響き渡る。

  小柄な鼠と中柄の獅子による戦いが、幕を開けた。

  鼠は水色の装飾があしらわれた短剣と銀色のナイフを所持しているのに対し、獅子は素手、正確にはその手に仕込まれた鋭く光る爪で、相手の刃を弾いていた。

  「へぇ、やるねェお兄さん。」

  「っへ、どうだか」

  二本の鍛えられた刃で猛攻を加えてくる鼠に対して、レイヴンはそれを弾き返すので精一杯だ。

  それは、レイヴンが剣を持っていないからではない。相手が、魔道士狩りの容疑者筆頭だからだ。

  もし本当に魔道士狩りの犯人だとしたら、重傷を加えられない。リオンも言っていたとおり、それを理由に話を拒まれては立つ瀬がない。

  しかし、手を抜いていればあっけなくやられる、それだけの実力を相手は持っている。

  そして、唐突に始まった戦闘にレイヴンは万全じゃない状態なのも相まって、ただひたすらに相手の攻撃を受け流すので精一杯だ。

  そもそも攻めに回る余裕なんてない。

  「ほら、よそ見してたら死んじゃうよ!」

  「ーーー!」

  左前方のナイフを弾き飛ばしてバランスを崩して目が地面に向いたところで、直ぐに右から短刀が向かってくる。

  それを地面を転がりながら避けて再び立ち上がり、相手を目の中心へと収める。

  この場を打開するための何かを考えながらは戦えない、思考を全部戦うことに集中しないと、体の動きが鈍くなる。

  しかし、狩人としての任務をこなそうとするレイヴンと、命の危機を感じるレイヴンの中で、交差する一つの考えがあった。

  すごく、難解で簡潔な一致する答えがあった。

  ーー逃走

  今、このコンディションで勝てるような相手ではない。ただでさえ無理して追ってきて、無理矢理魔法まで使った。だから、今の自分にできる精一杯は死なないように逃げることだけだ。

  そして、生き残って他の狩人に情報を共有することを優先するべきだ、とレイヴンは結論づける。

  「ッう……!!」

  何度か撃ち合った後、レイヴンの脇を目がけて短剣が向かってくる。その剣を素手で掴み、そのまま鼠の体を引き寄せる。

  「え、ちょっと」

  レイヴンの予想外の動きに流石に鼠も動揺を見せた。

  その動揺した隙を見逃さず、鼠の腹に膝を入れる。その衝撃で鼠は近くの廃屋の壁に叩きつけられる。

  「……ハァ……ハァ……」

  レイヴンが握っていた剣も、鼠に蹴りを入れたタイミングで、レイヴンの手の中を裂いてそのまま地面に落ちる。

  手のひらから血が流れ出すのを見て、怪訝な顔をする。

  「………しゃあないな。」

  鼠に蹴りを入れ、えずく鼠に背を向け、そのまま先程通った道を目掛けて走り出す。

  ーー撤退だ。これ以上は命に関わる。

  手のひらに負った傷は、任務を放棄して身勝手な理由で逃げ出した自分への代償だ。

  ただ、何も収穫がなかったわけではない。魔道士狩りの容疑者は鼠で、青い目ぼの刀流の短物使い。

  その情報だけでも持ち帰ってみんなに伝えないといけない。今まで誰も掴めなかった新しい情報だ。

  新たな情報をみんなに共有するために撤退するのだ。

  ーー決して、自分が何もせず、ただ怖気付いて逃げ帰るわけではない。

  むしろ、今までの皆の成果をみれば、誰よりも成果を上げてーー

  「…………俺、何してんだ……」

  頭の中をめぐる言い訳の数々に、レイヴンは逃げる脚を止め、頭を抱えて立ち止まった。

  手のひらに負った傷を見てみれば、まだ血が流れていて止まりそうにない。

  何が、逃げるための代償だ。

  ただ、自分の行動を正当化するためだけに怪我を負ったのか。

  自分の行動を正当化するために他のみんなと比較するなんて、馬鹿げている。

  本当に、最低な考えだ。

  「やっと、追いついた。狩人って逃げ足まで速いんだね。ビックリしたよ。」

  その声にレイヴンは目を見開いて振り向く。

  立ち尽くすレイヴンの後ろを追ってきた鼠が、薄い笑みを浮かべて、手の中で短刀をくるくると回す。

  「いやぁ、さっきのはかなり効いたよ。受け身を取れてなかったら何本か持ってかれてたかもね。」

  鼠は再び二本の刃を構え、

  「サァ、続きを始めようか。」

  と身を低くし、今にも突撃してきそうな体勢をとる。

  鼠の青い瞳は、レイヴンをしっかりと目で押さえつけていた。

  逃げる事は、許されなかった。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「なんで、追ってきやがったんだよ。そのまま逃げることだってーーー」

  できたはずだーーと続けようとしたところで、鼠が口を開き、

  「えぇ?だってまだまだ遊び足りないし?それにお兄さん、まだ本気、出してないじゃん?」

  「ーーー」

  レイヴンはそれに対して、何も言えずただ立ち尽くすだけだった。

  流れる血も含めて、不調なままのレイヴンにはもうその挑発に乗るだけの気概は存在しなかった。

  嫌でも考えてしまうのは、今からどうやってこの場から逃げるか、ということだけだった。

  今更ながら、レイヴンは恐怖を感じていた。

  目の前の平気で命を狙うような剣を振るう存在が怖い。剣と相対する事自体は、訓練を通して何度も行っているし、レイヴンにも心得がある。

  しかし、それは訓練の中で、安全が保障されている。命を奪おうとする刃なんてそこには存在していなかった。

  自分の認識が甘かった。

  剣を振るうと言うことがどう言うことか、理解していなかった。

  命を懸けることの、実態を知らなかった。

  狩人が、何をすべきなのか、分かっていた気になっていた。

  何もかも、考えが甘かった。

  「それともーー」

  頭の中で、自分の失態を巡らすレイヴンを見て何か悟ったのか、鼠は冷めた目をして、構えを止め、

  「狩人って、その程度しかできない人類?チョット戦う心得があって、チョット刃物が振り回せて、そんな鼠相手に逃げ帰る程度なのが狩人なの?」

  「ーーーーー」

  その問いに、レイヴンは答えることができない。

  だって、レイヴンは何も知らない。

  何もかも今初めて知らないことを、未熟な自分を自覚したばかりなのだ。

  狩人じゃない自分に、狩人がどの程度かなんて、知らない。

  答えられない。勝手に自分がその程度を決めてはいけない。

  俯いて何も答えずに立ち尽くす獅子にイラついた鼠が

  「だーかーら、狩人ってどの程度のヒトなのって聞いてんだよ。」

  鼠の怒号と共に、再び剣がレイヴンに迫る。

  それをギリギリでかわすが、間髪入れずに二撃目が迫る。

  レイヴンはそれを爪で弾き、弾いた後すぐに後ろに飛び退き距離をとる。

  飛び退いた後そのままレイヴンは後ろを向き、そのままの方向にひた走る。

  戦えないーーもう、これ以上戦おうと思えない。

  狩人がどの程度なのか、そんなの分かるわけがない。

  まだ自分は狩人として本格的に活動したことなんてない。レイヴンがやっているのは所詮は狩人ごっこだ。

  子供が、憧れる職の真似事をして遊ぶように、レイヴンも、強い狩人の真似事をして、そんな皮をかぶって虚勢を張っていただけだ。

  そうすれば、弱い自分を隠せると思ってた。

  実際に狩人として訓練して、狩人の真似事が狩人の模倣になって、そして昨日ようやく模倣がオリジナルになって。

  そうして狩人の皮に隠れて誤魔化して塗りたくって弱い自分を消していたと思い込んでいた。

  完全に消えて無くなったと思っていた。

  その代償がこれだ。

  流れることを止めない血、ガンガンとうるさく刺激する頭痛、そしてそんな生命を維持しようと勤勉に躍動する心臓。

  被っていたものが一気に剥がれ落ちて現れたレイヴンという一人の獅子は弱く脆く、強さなど持ち合わせていない。

  「……ぐ………ふ……」

  そんな現実に、惨めな自分に、堪えきれずレイヴンは涙を流していた。

  何が辛くて、何が悲しくて涙を流しているのだろう。

  こんな自分に、弱さで満ちる自分をさらに貶めるような涙なんてーーー

  「立ちなさいよ、狩人!」

  そんな惨めなレイヴンに、突然、怒りの声が鳴り響いた。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「立ちなさいよ、狩人!」

  「………ぅあ?」

  涙を流して走るレイヴンを指して叫ぶ声がした。

  声の主の姿は見えない、が無責任に「立て」と叫ぶ声がした。

  狩人じゃないレイヴンを、狩人と呼び立てる存在がいた。

  「立って、明日狩人として発つんでしょ!」

  投げつけるように叫ばれて、その声の主は姿を見せずに、レイヴンの前に何かを投げつけて去っていった。

  その声は、ここにはいない狩人に対する物だった。だがしかし、明日狩人になるレイヴンに対しての物でもあった。

  なんのために、レイヴンにこんな声をかけるのだろうか。こんな、醜態を晒して、逃げることだけを考えて、戦う勇気を持てない自分は。

  今更、自分は狩人になる、狩人になろうとする資格なんてあるのだろうか。

  「……スゴイじゃん、お兄さんに対する盛大な応援。」

  その声を、勿論すぐそばに迫った鼠も聞いていた。

  レイヴンを追いかけていた鼠は声の主がいたであろう方向を見つめ、レイヴンを追う足を止めていた。

  敵との交戦の真っ最中に、なんと最悪なタイミングでの激励だろうか。

  「ていうか、狩人じゃ無いの?明日狩人として立つってさっきのヒト言ってたけど。」

  鼠が天の声と、レイヴンの発言の矛盾点に疑問を呈する。

  レイヴンは、初対面で鼠に『狩人か』と問われ、それに対して『そうだ』と答えた。

  鼠の問いに対してレイヴンは涙を袖で拭い、涙ぐんだ声で

  「俺は……狩人じゃ…無い。」

  とその問いに答えた。

  先の声の言う通り、今日はまだ、レイヴンは正式に狩人ではない。狩人になるだけの技術は持ち合わせているが、その実ただの狩人訓練生だ。

  技術はあるが、経験がない、狩人に憧れている一般人。

  でも、それは今日、今この時の話だ。明日からは狩人になる一般人でもある。

  だからもう、狩人を振る舞うもではなく、狩人にならなければならない。

  ーー狩人に『なりたい』ではなく、狩人に『なる』んだ。もう、遊びは終わりだ。

  「それで、狩人じゃ無いお兄さんは、これからどうするの?」

  鼠が尋ねる。

  その問いに対する答えは決まっている。

  走り出し地面に落ちていた魔鉱石を拾って噛み砕き、

  「今からは、狩人だ。」

  振り返ると共に、魔力を込めた赤い一撃が放たれた。

  鼠はギョッとした顔で壁を蹴りそれを避けて、そのまま試合再開だと言わんばかりに距離を詰めてくる。

  

  ーー最低すぎるな、俺

  あれだけ、醜態を晒しておいて『今からは』なんて都合の良すぎるものを取り付けて未だに『狩人』であろうとする自分に反吐が出る。

  だけど

  「狩人がどの程度か、俺が決めるわけにはいかねぇからな。」

  自分が憧れる狩人を、狩人ごっこをしていた自分が決めてはいけない。

  レイヴンの先までの醜態を=狩人と思わせるわけにはいかない。

  狩人じゃないレイヴンからバトンを受け取り狩人のレイヴンへと戦いの場が渡される。

  明日、狩人になれるのなら、今日はなれない訳がない。

  今日も明日も同じ線の上を走った先にある。

  だから、少し走れば明日も今日も変わらない。

  噛み砕いた魔鉱石から、削られた魔力が補給され体のだるけがなくなる。

  レイヴンが手を突き出したすぐ後、鼠をかき消すほどの爆音と焔が、路地裏に放たれた。

  「狩人を、なめるな」

  つぎはぎの狩人が、立ち上がった。